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Home >  Reviews >  Album Reviews > Okada Takuro + duenn- 都市計画(Urban Planning)

Okada Takuro + duenn

Ambient

Okada Takuro + duenn

都市計画(Urban Planning)

Newhere Music

https://ssm.lnk.to/UrbanPlanning Bandcamp

デンシノオト   Jun 02,2020 UP

 岡田拓郎とダエンによる本作は極めて重要な達成を示している。アンビエント・ミュージックがミニマルなポップ・ミュージックであることを明快にプレゼンテーションしているのだ。
 アルバムには全16曲が収録されている。岡田とダエンがディスカッションのすえに導き出したコンセプトはふたつ。ひとつはアンビエントは「都市の音楽」ということ。もうひとつはメロディをダエンが担当すること。特に後者には驚かざるをえない。なんといってもダエンは「メロディのない」ドローン・アーティストとして国内有数の存在だからだ。メルツバウやニャントラとの3RENSAとしての活動も活発である。
 対して待望の新作アルバム・リリースがアナウンスされている岡田は現代随一のポップ・ミュージック・アーティストであり、その音楽性はポップスからアンビエントまで幅広い。その2人がいわば立場を逆転して創作・作曲したわけだ。しかもどうやらダエンは、はじめて「メロディ」を作曲したらしい。そのうえ「GarageBand」というもっともポピュラー(というか誰にでも使える)なソフトで作曲したのだという。
 こうしてダエンによって生みだされたメロディたちは、子守唄のように素朴で、記憶の琴線をやさしく刺激するやさしさに満ちている。岡田は「プロデューザー」という役割に徹することで、ダエンのメロディをつぶさに観察し、2020年の「環境音楽」として構築していく。その手腕は流石だ。サウンドはやわらかなカーテンのようにゆらぎ、都市の満ちる光のようにふりそそぐ。このアルバム、完成には2年の月日を必要としたらしい。それゆえかまるできずひとつない工芸品のようなサウンドに仕上がっている。聴いているうちに思わずため息すらでてしまうほどに。
 しかもどの曲も1分強という短さなのだ。この短さは意図されたものだろう。短さゆえにまた聴きたくなる。それによりサウンドが永遠に続くような感覚を得ることができる。じじつ、YouTube盤では三時間に及ぶバージョンとなっており、本作における短さと長さが永遠というテーゼによって合わせ鏡のようにつながっていることが分かる。
 最初に聴いた印象は、吉村弘、芦川聡、廣瀬豊、尾島由郎などの80年代日本環境音楽を継承しているのでないか、ということだった。じっさいアルバム名の「都市計画」は、パブリックな空間において環境と共に鳴る音楽を実践するという80年代型環境音楽の思想をつながるように思えたし、メロディがサウンドの中に融解していくさまは尾島由郎によって東京・青山の複合文化施設スパイラルのために制作された環境音楽『Une Collection des Chainons』シリーズに近いとも感じられた。もしくはエリック・サティが電子音楽化したようなサウンドのようにも。
 同時に新しい時代の、新しい都市を生きる人のための、新しいポップ・ミュージックを提案する音楽にも思えた。ポップ・ミュージックとは反復聴取により都市と生活に浸透していく音楽だ。その意味では本作は、都市生活の中に静かに反復し溶け込んでいくフラグメンツとしてポップ・ミュージックといえないか。もちろん、歌声はないし、当然、歌詞もない。ビートもない。いわゆる「アンビエント」音楽のフォームである。しかし断続的に生成し反復する「メロディ」は、ある意味で、ドローン主体の音楽よりも日々の都市生活に中に空気のように自然に溶け込んでいく。
 インターネットとリアルを往復する現代を生きるわれわれは常に短い断片的な時間を生きている。それゆえ短い曲が自然に生成変化を繰り返すアルバム構造は、日々の生活をシームレスに彩ってくれるはず。じじつ本作は「物語」ではなく、「空気」のような音楽を目指しているという。パブリックな空間に流れていても、環境に溶け込みつつ、静かに都市生活を彩ることになるだろう。
 反復と聴取。環境と浸透。本作『都市計画(Urban Planing)』は、20世紀中期・後期の録音作品によるアンビエント/環境音楽の思想を継承しつつも、21世紀のインターネット以降の断続的な時間が流れる都市/生活にアジャストするために、イーノ以降のアンビエント/環境音楽がポップ・ミュージックの一形態であったことも示唆するような作品になっている。そこに中心になっているのがドローン作家がはじめて作曲したメロディなのだ。都市、メロディ、空気。このみっつのコンセプトのもと、本アルバムはそんな都市に舞う透明な霧のようなアトモスフィアを発している。
 ぜひともサブスクで最新のポップ・ミュージック(そこにはロックもヒップホップも含まれる)を聴くように、本作を折に触れて再生してほしい。断続的/断片的な時間が不意に融解し、安心と快楽を得られることができるだろう。今、この時代を生きる現代人に必要な音がここにはある。そう、本作はあらゆるアンビエントがそうであるように、新しい時代の、新しい都市を生きる人のためのポップ・ミュージックだ。

デンシノオト