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電子のシャワーか。仮想空間に降り注ぐ光の雨か。電子音の欠片が粒子になって、透明な音の結晶としてリコンストラクションされていくかのごときエレクトロニック・サウンドか。不可思議なサイエンス・フィクションがもたらす電子的ノスタルジアの安らぎか。ここにあるのはまさに電子の精霊たちの饗宴、とでもいうべき清冽なサウンドスケープである。奇妙なオリジナリティに満ちた電子音響/アンビエントを聴いた。タウ・コントリブの『encode』(https://sferic.bandcamp.com/album/encode)のことである。
リリースはロメオ・ポワティエ『Hotel Nota』、ジェイク・ミュアー『he hum of your veiled voice』などの優れたアンビエント作品のリリースで知られるマンチェスターのアンビエント・レーベル〈Sferic〉からだ。このレーベルからリリースされたこれらのアルバムは、どの作品も仮想空間をトラベルするような独特の没入感を誇るサウンドを有している。いわば「ネオ・アンビエント」とでもいうべき新時代の音響作品ばかりなのだ。『encode』もまた同様に2021年の「新しいアンビエント」を象徴するような聴きやすさと緻密さを併せ持った仮想空間アンビンエス・サウンドを構築していた。
タウ・コントリブは、ライプツィヒ在住のアーティストである。彼は2019年にベルリンのレーベル〈Infinite Drift〉からオティリオ名義の『6402』(https://infinite-drift.bandcamp.com/album/6402)を2019年にリリースしているが、タウ・コントリブとしては今回の『encode』が初のリリースでもある。オティリオのときからすでに実現していた有機的に交錯する電子音のサウンドデザインは、『encode』ではよりいっそう研ぎ澄まされていたのである。
アルバムには全7曲が収録されているが、全曲を通してサウンドが大きなウェイヴを描くように展開しており、じっくりと聴き込んでサウンドに没入していくと、心地良いノイズと電子音のシャワーが交錯し聴覚に浸透していくような感覚を覚えた。まるで電子音響を通じて自身の知覚が「エンコード」されていくようである。
いわゆるアンビエント・ドローンのように一定の音に波が心地良く流れていくようなサウンドではない。『encode』の音たちは、まるでいくつもの音の生命が動き、飛び、弾け、交錯し、ひとつの音響空間を生成するような独特のものである。それはときに歪ですらあり、同時に透明な光の粒が輝くようなクリスタルなサウンドでもある。このような質感やコンポジションはほかのアンビエント作家には、近年あまりない。むしろフェネスやピーター・レーバーグ(ピタ)、フロリアン・ヘッカーなどの初期グリッチ/電子音響作家の系譜を継ぐもののようにも思えてくる(本作のマスタリングを手掛けたのがジュゼッペ・イエラシであることも見逃せない)。
そのような00年代的なサウンド・アート的なサウンドに、10年代的なポストインターネット/ヴェイパー感覚と、20年代的なチルのムードが交錯しているところに『encode』の「新しさ」がある。この「新しさ」はASMR的な音の聴取が普通になった時代特有の「モード」でもあるように思えた。
そうして生まれた音はいかなるものか。いわば「非反復的」な音の構成というものだ。この「非反復的」ともいえる電子音の蠢きは、反復音や持続音とは違う気持ち良さがある。例えば波の音は一定の反復ではないが、しかしその音には不思議な安らぎがある。『encode』から感じるサウンドも同様なのだ。例えば3曲め “thripSwarms” を聴いてほしい。サウンドの持続と接続が交錯することとで、非反復的な電子音の心地良さが生まれていることが分かってくるのではないか。大げさなたとえを許して頂ければ『encode』の音たちは、それぞれが自由に電子の海を泳ぐ生命体のようだ。まるで音の人工生命か、音による人工自然の生成か。
タウ・コントリブの音響は、サウンド・アートだけでもなく、アンビエントだけでもなく、ドローンだけでもない。そうではなくそれら「すべて」が音響空間のなかで同時に自律し、生成していくような音なのだ。その音はとても清冽で美しい。まさにネオ・アンビエント/ネオ・アンビエンスである。
デンシノオト