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Skee Mask

BreakbeatElectronicaTechno

Skee Mask

Pool

Ilian Tape

河村祐介   Jun 03,2021 UP

 ここ数年、いわゆるベース・ミュージック以外、わりとダンサブルなテクノからもブレイクビーツの、もしくは別方向からのベクトルを見るとIDM的なリズムの捉え直しというのがわりと盛んなのはもはやゆるぎのない事実というかひとつの路線となっているわけですが(この前ここで紹介したブラザー・ネブラあたりも、それのブレイクビーツ方面のそんなフィーリングの作品ではありました)。で、そのあたりのサウンドが顕在化する、その流れを象徴する作品にスキー・マスクの2016年のファースト・アルバム『Shred』があるんではないかと。でもこの2021年にみてみると、意外にこの辺の流れ、いやいや意外とエイフェックス・ツインの『Syro』(2014年)ってやっぱり結構大きなターニング・ポイントだったんじゃないかと思うような。IDM的なブレイクビーツ・テクノ+ダブ・テクノといった感じで、作品としてのリスニング性能とダンサブルな曲がしっかりとフロア対応といった感じでアルバムにおいて繰り広げられており、なんというか逸材が出てきたなと思ったわけです。

 で、そのスキー・マスクがミュンヘンのゼンカー・ブラザーズのレーベル〈イーラン・テープ〉からわりかし謎の新人的な扱いでデビューしたのが2014年。本名はあとあとに明かされたのですが、ブライアン・ミュラーという人物。その正体はEDMというかわりかしバンギンなエレクトロで2000年代から活動するベテラン、ボーイズ・ノイズ一派の天才少年枠で世に出た逸材でした。ブライアンは2011年のデビュー、1993年生まれというのだからわずか17歳という年齢で SoundCloud で発掘されたという、そんなアーティスト。件のレーベルから SCNTST という名義にてリリース。どちらかというと SCNTST 名義はフロアライク、といってもバキバキのそれではなく、もう少しわかりやすいドリーミーでポップな空気のテクノといった感じでしょうか。

 RAのインタヴュー(https://ra.co/features/3108)によれば、当時、ボーイズ・ノイズに象徴されるようなバンギンなエレクトロを好んでいたそうですが、18歳のときに〈チェイン・リアクション〉の作品にてディープ・テクノの洗礼を受けて、エイフェックス・ツインやオウテカなどを聴きあさり、その辺の影響もあり、こちらのスキー・マスク的な音作りもするようになったとか(別にバンギンなエレクトロを辞めた訳ではない模様)。またある種のメンターとしてゼンカー・ブラザーズ、特にマルコの影響も大きいことを件のインタヴューでは言っています。

 テクノ・シーンで注目を浴びるなかリリースした2019年セカンド『Compro』はそうした期待に応えるもので、さらに緻密にプログラミングされた躍動感溢れるリズムと、アブストラクトかつ美しいシンセのラインが交叉、楽曲によってはアンビエント・テクノへも進み、その感覚はどこかAIシリーズやオウテカの初期作品(『Amber』もしくは『LP7』あたり)を彷彿とさせる作品に、さらに評価を盤石なものに。“Kozmic Flush” のようなアートコア・ジャングルも印象的でした。そしてある意味でその手のサウンドの先達とも言えるプラッドのリミックス、“Maru (Skee Mask Remix)”では不穏なシンセとフリーキーなジャングル・ビートが分裂気味に突き進むトラックでどこかここ最近〈リフレックス〉などのドリルンベース再評価を彷彿とさせる感覚に。また〈イーラン・テープ〉からのシングル諸作ではディープ・エレクトロ、ブレイクビーツ・テクノといった要素をやはり彼らしいIDM的な実験性とダンスフロアへのアクセスと、両方の絶妙なバランス感を持ったサウンドを展開していた、というのが2020年ぐらいまでの流れ。
 そういえば2020年には〈リヴィティ・サウンズ〉などからもリリースするベース〜ダンスホールなサイモ・セルとのB2Bテープ「TemeTape1」もリリースしてました。こちらはA面にはニュー・ビート〜初期ハウス〜テクノ〜IDMをつなげたBPM125サイドと、ハードコア・テクノ〜ジャングル〜ゲットー・テック〜ジュークなどを横断する160BPMのB面を配していて、なんというかその横断性とIDMの躁な部分とジャングルとの接続から僕はシロー・ザ・グッドマンの2000年代中頃のDJを思い出したりもしました。

 そしてつい先日リリースされたのが本作『Pool』。今回は18曲の2時間近くにも渡る大作、というよりも、リズムの展開がひとつのストーリーを描くような『Compro』などに比べると、どこかコンピレーションのような作品に。グリングリンとグラインドするAFX的な高速ドラムの冒頭の “Nvivo”、または “Rdvnedub”、アートコア・ジャングルな “Dolan Tours”、メランコリックなIDMサイドとジュークを絡め取ったような “Harrison Ford”、幽玄なアンビエント・トラック “Absence”、エレクトロの実験 “60681z” “Pepper Boys” などなど、楽曲はまさにいろいろ、とにかくこれでもかというくらい彼のリズムへのセンスが感じられる様々な楽曲が集録されています。
 作品としてはコンピレーション盤のようですが、時代の空気というか、いまこのコロナ禍をへて、ダンスフロアに過去のIDMやエレクトロニカ的なビート実験から、なにを取捨選択しようとしているのか、そのプロセスが垣間見えてるのではという感覚があります。そのあたりは先を考えると非常におもしろいのではという作品ではないかと思うわけです。どこかアルバム1枚のアーティストの表現を核にしたものというよりも、彼のある種の天才肌な感性を通した、時代のドキュメントといった感じすらあります。多様にばらまかれた種子が今後、ダンスフロアでどんな芽を出し葉を茂らすのか、そんな可能性を感じる作品ではないかと。

河村祐介