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Black Country, New Road

Indie RockPost-Punk

Black Country, New Road

For The First Time

Ninja Tune / ビート

木津毅   Aug 10,2021 UP

「references, references, references(参照、参照、参照)」──“Science Fair” でヴォーカルのアイザック・ウッドが物憂げにつぶやく。強烈なギター・ノイズで幕を開け、管楽器が混乱したようにうなる、アルバムでもとりわけ不穏な響きのナンバーだ。歌詞に登場する主人公はほとんど錯乱しているかのように、現代のライフスタイルを語っていく。とくに笑えるのは、「だけど僕はまだ母親と一緒に暮らしている/影響を受けるマイクロインフルエンサーを次々と変えながら」というくだり。デジタル・ネイティヴ世代による風刺の効いた言葉だ。すべての知識や経験はインターネット上でフラットな情報となり、彼らはそれらに飲みこまれつつも巧みに「参照」することで何とか生きているのかもしれない。「僕はこの街を愛しているんだ/自分で好みを選ぶという重みを背負いながらも/なんという時代に生きているんだろう」。ほんと、なんという時代なんだろうね……と世代が違う自分も勝手に共感してしまうが、しかし、この曲は開き直ったようなこんな言葉で幕を閉じる。「失うものなど何もない/ああ、僕は逃れるために生まれた/向こうでブラック・カントリーが待っている」。「I was born to run」……? ブルース・スプリングスティーン “Born to Run(明日なき暴走)” の引用じゃないか! 頭のなかでただちに、「Baby, we’re born to run」と、あの輝かしいメロディが流れる。
「歌詞にスプリングスティーンの引用があるよ」とエレキング編集長に教えられ、あらためて歌詞を読みながらブラック・カントリー、ニュー・ロード(以下、BC,NR)による大量の参照に彩られたデビュー・アルバムを聴いていると、最終曲 “Opus” でもたしかに “Thunder Road(涙のサンダーロード)” の引用に出くわす。BC,NR はもちろん音楽的にも歌詞的にも膨大な固有名詞と接続されるバンドなので、そのなかのひとつにスプリングスティーンがあるのも驚くべきことではないのかもしれない。だけど、自分は「ああ、スプリングスティーン “も” 好きなんだね」で済ますことができない。なぜならば、よりによって “明日なき暴走” と “涙のサンダーロード” とは……ストレートに熱いセレクトすぎやしないか。若者たちが苦境にめげずに、未来に立ち向かおうとするロック・チューンだ。つい、そこに BC,NR の若々しい情熱を嗅ぎ取りたくなってしまう。

 現代のUKインディ・ロック・シーンから登場した7人組による『For The First Time』における音楽的参照元を挙げればキリがないが、あえていくつかポイントを絞るとすれば、スリント辺りを連想させるポスト・ハードコア、NYのノーウェイヴ、英国ポスト・パンク、スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージック、ポスト・クラシカル、そしてユダヤの伝統音楽クレズマーといったところだろうか。すでに多くの論者が指摘していることだ。それらは様々にぶつかり合い、混ぜられ、盟友ブラック・ミディに負けじとカオティックなうねりを生み出していく。その様は率直に言ってスリリングだ。
 BC,NR の音楽的な知識は膨大で、演奏力も抜群だが、いっぽうで、だからこそアルバムではフォーカスがあまり定まっていないのではないか……というレヴューもある。たしかに、よくも悪くも、過去の多くのアーカイヴが生み出した BC,NR はストリーミング・サーヴィスが一般化した時代ならではのバンドなのだろう。たとえば自分も聴いたことのない過去の名盤の名前に出くわしたとき、つい検索窓にコピー&ペーストしてどんなものか「確認」してしまうことが増えたが、そこに後ろめたさも感じる。それは本当に過去に出会っているということなのか? こんなに簡単に「名盤」にアクセスできてしまうことは、リスナーに過去への敬意を忘れさせるのではないか? 『For The First Time』のアートワークがネット上のフリー素材の画像を使っているというのは、現代文化への批評に他ならない。つまり、過去の優れた音楽はもはやフリー素材であり、自分たちはその時代の申し子なのだと。
 けれども、まさに BC,NR が言うように、大量のアーカイヴから「自分の好みを選ぶことの重荷」に本作は向き合っている。どれだけ多くのものにアクセスできたとしても、それらを巧みに混ぜ合わせるのだとしても、最終的にはそこから選択しなければならない。「すべての知識や経験はインターネット上でフラットな情報となり」……と冒頭で自分は書いたが、それは怠惰な認識なのだと BC,NR を聴くと気づかされる。たとえば BC,NR におけるほかのバンドと一線を画す個性であるクレズマーの要素は、サックスのルイス・エヴァンスとヴァイオリンのジョージア・エラリーが持つジャズとクラシックのバックグラウンドに由来しているとのことで、それは大所帯のバンドだからこそ実現したものだ。結局のところ、個人がどれだけ多くのものを知っていたとしても限界は必ずあって、他者と出会って起きる化学反応がなければ新しいものは生まれない。まさにクレズマーの要素が前面に出る “Instrumental” と “Opus” における祝祭的なフィーリングは、BC,NR のハイブリッド・サウンドがメンバーそれぞれの個性の集結によるものであることを讃えているように感じられる。BC,NR のエネルギッシュな音楽は、膨大な断片のなかからそれでも自分の好みを選び抜いた若者たちが集まり、そこから何か新しくて面白いものを生み出そうという……そんな自分たちのあり方を祝福するものなのだ。

 だから、スプリングスティーンの参照がたんなる情報の処理だと自分は思わない。それもやはり、彼らが情熱とともに選び抜いたものだ。「僕の新しい自転車の後ろにきみを乗せて/今夜、サンダーロードを後輪走行で駆け抜けていく/これほど勇敢な気持ちははじめてだ/いつになく寛大な気分の日曜日」──“Opus” によるどこか黙示録的で、それでも前向きなアルバムの終わり方は、BC,NR が持つ「いま、このとき」を肯定する志をよく表している。スプリングスティーンは “涙のサンダーロード” で「遅れたけど、走れば間に合うさ」と歌っていた。BC,NR はまさに「遅れてきた者たち」として、“涙のサンダーロード” の精神を引き継ぎながら、しかしスプリングスティーンのロックン・ソウルとはまったく異なる音を鳴らそうとする。サンダーロードを経由して、いま、彼らは新しい道(New Road)を颯爽と走っている。

木津毅