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Booker Stardrum

ElectronicaExperimental

Booker Stardrum

CRATER

NNA Tapes

デンシノオト   Aug 19,2021 UP

 ブッカー・スタードラムは、ドラムとエレクトロニクスの融合によって、ジャズ的な細やかなリズムと緻密なエレクトロニカをコラージュさせていく手法を駆使して、魅惑的な心地良さに満ちたミニマルなエレクトロニカを作る才人である。これまで〈NNA Tapes〉から『Dance And』(2015)、『Temporary etc.』(2018)など、2枚のアルバムをリリースしている。この『CRATER』は、彼の三枚目のアルバムである。これまで培ってきたエレクトロニカとジャズ的な要素と、アンビエントなサウンドのムードや質感を巧みにブレンドしたエレクトロニカに仕上がっている。

 ブッカーはロサンゼルスを拠点とするミュージシャン/アーティストで、ニューヨークのエクスペリメンタル・ロック・バンドのクラウド・ビカムズ・ユア・ハンドのメンバーでもある。そのうえリー・ラナルド、ワイズ・ブラッド、ランドレディといったロック系のアーティストや、ヤング・ジーン・リー・シアター・カンパニーのような劇団などとの競演をおこなってもいるのだ。この10年で、彼は多くの録音にも参加し、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、南アメリカなど世界各国での音楽フェスやライヴなどで演奏活動をおこなったという。
 「多彩な活動を展開するドラマ―/電子音楽家」という組み合わせから、イーライ・ケスラーの名を思い浮かべる人も多いだろう。じじつ、即興演奏から電子音楽の作曲まで、ふたりの歩みはとても「似ている」。これはモダンな電子音楽とジャズ・メソッドの電子音楽が、意外なほどに「近い」ということの証左でもあるようにも思う。ドラム/リズムは、音楽の律動・推進性だけではなく、サウンドの多層的なレイヤーに一役(も二役)もかっているのだ。じっさい「ピッチフォーク」の記事では、ブッカー・スタードラムをグレッグ・フォックスとイーライ・ケスラーの系譜に加えているかのような書き方がされていたほどだ(https://pitchfork.com/reviews/albums/booker-stardrum-temporary-etc/)。

 とはいえ彼らとブッカースター・ドラムの音楽性や個性は(当たり前だが)だいぶ違う。ブッカー・スタードラムのサウンドは、いくつもの音響ブロックが接続されて(いわばコラージュ的に)、ひとつの楽曲として成立しているような楽曲である。つまりサンプリングされたと思えるサウンドのループとレイヤーによって成り立っている(自身の演奏が、常に客体化されているというべきか)。このループ感覚が肝だと思う。
 この新作『CRATER』では彼のドラムとエレクトロニクスのサンプリング/コラージュの「交錯的手法」がより洗練され、研ぎ澄まされているように私には感じられた。ドラムとエレクトロニクスのレイヤーの完成度がさらに上っていたからである。
 ちなみに制作にはディアフーフのジョン・ディートリックが全面的に関わっている。デートリックはブッカー・スタードラムと共にアルバムを録音し、ミックスと最終的なマスタリングをおこなったのだから、実質、共作者のようなものかもしれない。録音は2019年と2020年に、ロサンゼルス、アルバカーキ、ブルックリン、アムステルダムなどでされたという。前作『Temporary etc.』が2018年のリリースなので、前作発表以降、さまざまなプロジェクトの合間をぬって制作が続けられてきたとみるべきだろう。

 この『CRATER』には全9曲が収録されている。どの曲もアンビエンスとリズム、ノイズとアンビエントの交錯(つまりエレクトロニカだ)が卓抜である。いわば「ブッカー・スタードラムのサウンドの粋」を聴くことができるアルバムなのだ。
 アルバム収録時間は約38分でコンパクトな長さだが、聴き込んでいくと電子音とリズムの仮想空間を泳ぐような心地良さを得ることができる。細やかなリズムとパチパチと交感するノイズ/電子音のミックスが、聴き手の聴覚に程よい刺激と心地良さを与えてくれるだろう。
 昨今の流行の言葉で言えば「ASMR的な気持ち良さ」があるのだが、とはいえ、むろん「それ」だけでの音ではない。演奏家としても一流でもあるブッカー・スタードラムのリズム感覚は緻密かつ繊細で、単に心地良いアンビエントに陥る前に、音楽としてのダイナミズムも獲得しているのだ。

 1曲目 “Diorama” で展開されるその名のとおりミニチュールなサウンドスケープは、まるでミクロの世界に没入するような感覚が横溢している。2曲目 “Fury Passage” も同様で、細やかなノイズがミニマルにループするサウンドは「都市の民族音楽」のようなムードを醸し出す。捻じれていくようなノイズ・サウンドにマイクロ・リズムが重なって「エクスペリメンタル・ドラムンベース」ともいうべきサウンドの3曲目 “Bend” もまたトライバルなムードを生成している。これらの曲を聴くと、私などは、まるで「芸能山城組『AKIRA』がエレクトロニカ化したようなサウンド」と思ってしまうのだが、これは言い過ぎだろうか。
 続く “Steel Impression” ではリズムがアンビエンスの空気の中に溶け合っていくようなサウンドスペースを展開している。約8分46秒に及ぶトラックで、アルバム中ではもっとも長尺の曲である。乾いたメタリックなサウンドによる音の粒子が堪らない。そして、どこか「声」を加工したようなサウンドによるインタールードな “Squeezing Through A Tube” を経て、アルバム中もっとも「ミニマル・テクノ
」なトラックである “Parking Lot” に至る。これまでのアルバムで展開されていたマテリアルがそのままテクノに援用されたかのような見事なトラックである。“Parking Lot” を経て以降、アルバムは急速にアンビエント化していく。ラスト3曲 “Yellow Smoke”、“Downturn”、“Walking Through Still Air” とそれぞれサウンドの質は違えども、メタリックかつリズミカルなサウンド・マテリアルがアンビエントの持続の中に溶けていくような音響であることは共通している。いうまでもなくどの曲も心地良い。まるでデジタルな仮想空間を浮遊するような気持ち良さである。

 ブッカー・スタードラム『CRATER』はデジタルなサウンドでありながら、有機的なムードも濃厚であり、仮想世界のサウンドのようでもありながらも、現実の都市空間のサウンドトラックのようでもある。繊細な音響でありつつも、その音楽としてのダイナミズムもある。そう、まさに多面性と多層性のエレクトロニック・サウンドに仕上がっているのだ。
 そして重要なのはエクスペリメンタルな音楽でありながらも「暗くない」という点ではないか。これは『CRATER』だけではなく、例えば〈sferic〉からリリースする現代的なアンビエント/エレクトロニカ・アーティストのアルバムや楽曲に共通するムードでもある。
 この不穏な時代にあって、それに抗う(逃避するような)光のような「明るさ」の希求。しかしそれは「感情的」な明るさだけではなく、むしろ「光が眩い」ということに共通するような「現象的」な「光」への希求のようにも思えてならない。そう、エモーショナルとテクノロジーの共存とでもいうべきか。ここにこそ「20年代のモダン・アンビエント」を読み解くヒントがあるのではないかと私は考える。

デンシノオト