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Sarah Davachi

DroneModern Classical

Sarah Davachi

Antiphonals

Late Music

デンシノオト   Sep 30,2021 UP
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 カナダのカルガリー出身の音楽家/作曲家サラ・ダヴァチーの新作がリリースされた。サラ・ダヴァチーは、近年重要な新世代のドローン・アーティスト/音楽家である。今作『Antiphonals』は、サラの2021年新作である。本作もまたバロック音楽とミニマル・ミュージックとドローン音楽の領域を融解させるようなアルバムに仕上がっている。

 サラ・ダヴァチーの音楽は、アルバムをリリースするごとに音楽的・音響的な境地が深まっていった。特に2018年に〈Students Of Decay〉から発表された『All My Circles Run』、同年の〈Ba Da Bing!〉から出た『Gave In Rest』以降から、サラ・ダヴァチーのサウンドのテクスチャーから「硬さ」がとれはじめ音が柔らかくなり、ドローン作家として個性が自律してきたように思う。
 加えて作曲家としての深度・練度も深まってきた。まるでバロック音楽を思わせるような優美な音楽性を纏いはじめているのである。バロック音楽的な古典的な技法を駆使した音楽性や響きに、現代的なドローンを対置する手法がより際立ってきたのだ。
 じっさい2018年の『For Harpsichord / For Pipe Organ And String Trio』や、2020年の『Cantus, Descant』などの楽曲には、クラシック音楽の伝統を継承しつつも、サウンドとして刷新するような面が多くみられた。
 それもそのはずでサラ・ダヴァチーは哲学を学んだのち、カリフォルニア州「Mills College」で電子音楽やレコーディング・メディアの修士号を修了し、現在は「カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)」にて、ポピュラー、実験音楽、古楽などにおける楽器と音色の美学的影響についての研究を行なっているというのだ。いわば研究者である。
 もしかすると初期のドローン・サウンドの「硬さ」は、バロック音楽のチェンバロや弦楽器の音を引き伸ばしたようなものとも言えるかもしれない。そこから彼女は、より親密な音響空間をめざして、サウンドの研磨していったのだろう。毎年複数枚リリースされるアルバムも、その研究成果の途中報告という意味合いもあるのかもしれない。むろん、創作への意欲の結晶といえるだろう。

 ともあれサラ・ダヴァチーは多作なのである。2013年に最初のアルバム『The Untuning Of The Sky』以降、毎年欠かすことなくアルバムを発表しているし、2015年以降は、年に二作の以上もリリースしている。
 2018年には『For Harpsichord / For Pipe Organ And String Trio』、『Gave In Rest』、『Let Night Come On Bells End The Day』など代表作ともいえるアルバムも3作も送り出し、2019年は、Ariel Kalmaとの共作『Intemporel』、『Pale Bloom』などの傑作を、2020年には『Figures In Open Air』、『Gathers』、『Cantus, Descant』など充実した3作のアルバムをリリースしたのである。最初に書いたように、ここ数年、その作品の成熟度、充実度・達成度には目をみはるものがある。
 2020年は、サラ・ダヴァチーは自ら主宰するレーベル〈Late Music〉を設立した。過去作に加えて、『Figures In Open Air』や『Cantus, Descant』などのアルバムをリリースした。新作『Antiphonals』もまた〈Late Music〉からのリリースだ。

 『Antiphonals』ではこれまで追及・実践・実験されてきた「バロック音楽(古楽)とドローン/ミニマル音楽などの現代音楽の交錯」がいよいよ完成の域に達してきたような印象を持った。これまでの作風を継承しつつ、その音楽世界を深めているのである。2枚組『Cantus, Descant』の中で自らの音楽技法を試行錯誤した結果、より浄化された音楽が生れてきたとでもいうべきか。
 じじつ、『Antiphonals』冒頭、“Chorus Scene” ではヨハン・セバスチャン・バッハのような、もしくはバロック音楽のごとき楽曲を展開している。しかも微妙な半音の使い方には、楽曲の調性を浮遊させるような効果があり、現代音楽的ともいえる響きの残滓を、バロック的な楽曲に忍び込ませているのだ。実に秀逸な曲だと思う。ギターのための曲というのも興味深い。
 同時にまるでコリン・ブランストーンなどの70年代のシンガーソングライター・アルバムのようなムードも醸し出している(歌のないシンガーソングライティング・アルバムのように?)。続く2曲目 “Magdalena” では、透明なカーテンのゆらぎのようにアンビエンスな音が往復し、次第に、より大きなアンビエント・ドローンに変化していく。これも見事な曲である。

 この冒頭の2曲は本アルバムの個性をよく表している。簡素な楽器による古楽的な楽曲と霞んだ質感のドローン風の楽曲の往復だ。まるで西洋音楽史の300年を往復するようにアルバムは構成されていくのである。余談だが古楽とドローンの交錯という意味では、アンビエント・ドローンの名匠とも言えるドイツのシュテファン・マシューの楽曲に通じるように感じられた。
 加えて楽曲の向こうでかすかに聴こえる(鳴っている)小さな音のノイズも良い。まるでカセットを再生したときのような小さなヒスノイズがどの曲にも流れているのだ。本作特有の霞んだ音色の音響空間が、このノイズによって巧みに演出されていることはいうまでもない。録音には名機 RE-501 Chorus Echo と TEAC A-234 が用いられ、ミックスをサラ・ダヴァチー本人が手がけている。マスタリングは〈Recital〉主宰するカリフォルニアのアンビエント作家のシーン・マッキャンが行なっていることも忘れてはならないトピックだろう。

 このアルバムは単に実験的であったり、高尚で堅苦しい音楽ではまったくない。「プログレッシヴ・ロックのキーボード・パートのみで構成されているアルバム」とアナウンスされているように、本作にはバロック的・クラシック的な楽曲のみならず、ドローンやエクスペリメンタルな楽曲にもある種の親しみやすさ、聴きやすさがあるのだ。クラシカルな音楽がよりシンプルな音像のドローンへと変化したような楽曲とでもいうべきか。このような傾向は新世代のドローン音楽家全般に見られる。例えばスウェーデンのストックホルムを拠点とするカリ・マローンのオルガン・ドローンを思い出して欲しい。
 新しい世代の音楽家にとってはなにより「音楽」であることが重要なのであり、実験も古典も分け隔てなく存在するのかもしれない。このフラットな感性にこそ新しい時代/世代の知性を感じる。
 いずれにせよ、ドローンとしての透明な魅力と、モダン・クラシカルとしての曲の練度など、この『Antiphonals』は、2010年後半以降のエクスペリメンタル・ミュージックとモダン・クラシカルの交錯の結果として生まれた素晴らしい作品である。2019年にリリースされたカリ・マローンの『The Sacrificial Code』と並べつつ、何度も繰り返し聴きたい名品だ。

デンシノオト