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John Cage, Apartment House

Experimental

John Cage, Apartment House

Number Pieces

Another Timbre

高橋智子   Feb 28,2022 UP

 実験音楽や即興を中心とする英国のレーベル、〈アナザー・ティンバー〉が2021年8月にリリースした4枚組ボックス・セット。当時75歳のジョン・ケージが1987年から亡くなるまでの1992年に取り組んだ最晩年の楽曲群『Number Pieces』全43曲のうち、“Four”から“Fourteen”までを英国の現代音楽アンサンブル・グループ、アパートメント・ハウス (Apartment House)が演奏している。このボックスセットに収められているどの曲も基本的に音の引きのばしでできているので、なんとなく聴いている分にはとりとめのない印象だ。実際、どのトラックを再生しても、そこから聴こえてくるのはなんらかの楽器の音が放つ、ただまっすぐな響きとその重なり合いのみである。これらの曲を「ドローンのような」と表することもできないわけではないが、現代音楽の精鋭たちが奏でるこの一様なテクスチュアには思いのほか深い意味が込められているらしい。

 ケージの『Number Pieces』はそれぞれの曲のタイトル、つまり数字がその曲を演奏する人数を表している。例えば“Five”は5人で演奏する曲だ。“Five2”の場合は“Five”シリーズの2番目の曲を意味し、同じく5人で演奏する。しかし、編成については曲ごとに若干の違いがある。“Five”は演奏楽器が指定されておらず、5人の奏者であればどんな楽器で演奏してもよいし、声でも演奏できる。このボックスセットで“Five”はディスク1の1曲目に収録されており、ヴィオラ、アコーディオン、コントラバス、ファゴット、バス・クラリネットによるアンサンブルが演奏している。対して“Five2”(ディスク1、2曲目)には風変わりな5重奏−コールアングレ、クラリネット2人、バス・クラリネット、ティンパニ−が指定されている。個々の楽曲の編成についてケージは意図を明確にしていないが、おそらく彼はあまり慣習的ではない編成が生み出す新鮮な音の響きを期待していたのだろう。
 『Number Pieces』シリーズにとって、数 (number)は曲のタイトルだけでなく曲の構成や演奏方法にも深く関わる重要な要素だ。1981年頃にタイム・ブラケットという作曲技法を考案したケージは、この技法を『Number Pieces』シリーズに用いた。タイム・ブラケットは時間の長さを括弧などで囲って区切ることを意味する。例えば60分にもおよぶディスク4の2曲目“Eight”のトランペットのパートには、F#の音の両端に8’05” – 8’35”と8’25” – 8’55”のタイム・ブラケットが書かれている(Illustration 1参照)。この場合、左端のタイム・ブラケット、8’05” – 8’35”に従い、曲が始まってから8分5秒~35秒までの間にF#の音を演奏する。そして、そのF#は右端のタイム・ブラケット、8’25” – 8’55”に従って8分25秒から55秒の間に終わらせる。演奏者はストップウォッチを見ながらタイム・ブラケット内でのタイミングを計る。基本的な決まりはこれだけである。タイム・ブラケットの範囲内であれば、その音を長くのばしてもよいし、逆に短めに鳴らして終わることも可能だ。音の強弱や抑揚といった音色にかかわる要素も特定の指示がない限り演奏者に委ねられている。演奏する人数が多ければ多いほど、つまり“Five”よりも“Six”や“Seven”の方が多層的な音の響きを生み出す。その様子をケージが愛したきのこに例えるならば、演奏者が多いほど音の胞子も広範囲に散らばり、絶えず色々な音が鳴り響いている状況が展開される。アパートメント・ハウスのメンバーの人数の都合から、このボックスセットに収録されているのは“Fourteen”が最大人数の楽曲だ。他の『Number Pieces』シリーズの楽曲を見てみると、オーケストラのための“108”(1991)という大きな編成もある。
 タイム・ブラケット自体のルールは単純だが、より多様な音響を引き出すためにケージは演奏指示をいくつか記している。ディスク1の5曲目“Five3”とディスク3の5曲目“Ten”は、通常の調律よりも狭く分割された微分音で演奏するよう指示されている。こうすることで曲全体が十二平均律とは違った響きを生み出す。アパートメント・ハウスの演奏者たちはこの指示にしっかりと応じており、普段のチューニングとは違った響きを聴かせてくれる。
 トランペット、シロフォン×2、ヴァイオリン×2、チューバ、ヴィオラ、チェロ、ファゴット、オーボエ、クラリネット、フルート、トロンボーンの13人の奏者で演奏されるディスク3の5曲目“Thirteen”も特徴的な曲だ。基本的にタイム・ブラケットが指示するのは単音のひきのばし(ピアノ等の鍵盤楽器の場合は和音も含まれる)だが、“Thirteen”ではタイム・ブラケットのひとつのシステムに複数の音符が記されている(Illustration 4参照)。このような箇所では記された全ての音を順番に演奏しなければならず、音が1つの音から次の音へと移っていく。静止した印象を与える他の曲と違い、“Thirteen”には音の動きやゆらぎをはっきりと感じ取ることができる。
 タイム・ブラケットをはじめとして、単純な仕組みやルールが柔軟に作用して思いがけず豊かな音の響きや効果を生み出すケージの晩年の記譜法は「耐震構造(earthquake proof)」に喩えられている。『Number Pieces』の場合、タイム・ブラケットが強固な基盤や土台として機能し、その内部で可変的な音の世界が繰り広げられる。
 『Number Piece』シリーズでケージは「アナーキーなハーモニー」という概念を打ち出し、実践した。西洋音楽におけるハーモニー(和声)は、調性システムの上に成り立ち、それぞれのコード(和音)が特定の役割や機能を持つと考える。トニック(主和音)とドミナント(属和音)という名称からわかるように、機能和声といわれる和声体系のなかでは、和音と和音との関係は階層関係や主従関係にある。このような関係性のなかで和音を配置してひとつの流れを作ることを和声法という。ケージはこの慣習的な和声の考え方に対して若い頃から反発していた。まだ20代だった彼に和声法を教えていたアルノルト・シェーンベルクは、ケージには和声の感覚がなく、このまま彼が作曲を続ければ、やがて大きな壁に直面するだろうと指摘した。これを受けてケージは壁に頭を打ち付けた。この有名なエピソードは伝統的な和声、さらにいえば伝統的な音楽の慣習や規則に対するケージの態度を象徴している。以来、長きにわたってケージの音楽に和声の要素は希薄だったが、晩年にさしかかった彼は独自の和声概念「アナーキーなハーモニー(anarchic harmony)」にたどり着く。
 「アナーキーなハーモニー」の「アナーキー」は辞書通りに、中心や階層関係のない無政府状態や無秩序を意味する。「ハーモニー」は音楽用語としての和声や音の響きと、事物が混ざり合って調和した状態のふたつの意味を持つ。『Number Pieces』のそれぞれの曲がタイム・ブラケットの範囲の中で様々な音を奏でる。高い音、低い音、金管楽器の音、打楽器の音、短い音、長い音、微かな音、力強い音など、様々な音がタイム・ブラケットという共通の場に集う。そこには機能和声に見られる階層構造も主従関係もなく、ただ音が鳴り響く。このような音の重なり合いをケージは「アナーキーなハーモニー」と呼んだ。アナーキーなハーモニーが提示するのは音楽に限ったことではなく、ケージは理想的な社会のあり方をこのハーモニーを介して追求しようとした。1988年に行われた講演で、ケージは音楽の演奏が望ましい社会の姿を描く可能性について語っている。

 音楽が他の芸術と違うのは、音楽がしばしば他者を必要とすることだ。音楽の演奏は公共や社会的な場である。したがって、なんらかの曲を演奏することは社会のメタファーになりうるし、私たちが望む社会の姿を演奏に反映させることもできる。現在、私たちはよい世界に生きているとは言えないが、私たちが生きたいと願っている世界を投影した曲を作ることができるだろう。これは文字通りの意味ではなくて喩え話だ。楽曲を、あなたたちが生きてみたい社会の表象と見なすことだってできるはずだ。
(John Cage, I-VI, Cambridge: Harvard University Press, 1990, pp. 177-178.)

 音楽を公共的な芸術と考えていたケージにとって、誰かと誰かが共に音を奏でる行為は社会的な行為に他ならない。指揮者とオーケストラとの関係のように、慣習的なクラシック音楽の制度も社会のあり方を反映しているが、ケージが目指したのは中心点のないアナーキーな社会だった。『Number Pieces』では、演奏者はタイム・ブラケットの基本的なルールを守っていれば、音を鳴らすタイミングや音の長さを自分で決めることができる。もちろん、他の演奏者と無理に足並みを揃える必要もない。誰かと音のタイミングを合わせたい場合は、隣の人とアイコンタクトを取ることができる。社会には単独行動が好きな人もいれば、誰かと一緒に行動したい人もいる。アナーキーな社会ではどちらも受け入れられる。自分と違った考えや方法を排除せず、異質な要素の混ざり合いがすばらしい効果を生むことを期待する。曲が演奏されているほんの束の間かもしれないが、アナーキーなハーモニーによって、私たちはケージが目指した社会の姿を疑似体験しているのである。このように考えながら再び演奏を聴いてみると、次々と現れては消えていく数々の音がとても興味深い現象として聴こえてくる。
 プロデューサーのサイモン・レイネルは、アパートメント・ハウスのメンバーと編成や演奏方法などを協議しながら録音を進めていったとライナーノーツに書いている。このボックセットはCovid-19による様々な制限のさなか、2020年8月から2021年5月の間に録音が行われた。演奏者たちが顔を合わせることができず、やむをえず別々に録音し、ミックスの過程でそれぞれの演奏を一体化させた曲も数曲含まれている(それがどの曲なのか明かされていないが)。この類の音楽は、曲の特性や演奏技術だけでなく、その音楽が提示する問題意識を演奏者と聴き手がどれほど共有できるかも大事だ。アパートメント・ハウスが聴かせる音の響きに私たちは何を聴き取り、想像するだろうか。

高橋智子