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LNDFK はイタリアのアーティストであるリンダ・フェキのユニットなのだが、アルバム・タイトルの『クニ』はじめ、“タケシ”、“ハナビ”、“ク” など日本語による(もしくは日本語と類推される)楽曲名が多く用いられている。“タケシ” というのは北野武(ビートたけし)を指していて、彼が監督・主演した『HANA-BI』(1998年)からの引用である。この映画はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、ヨーロッパで高い人気を集める北野映画の代表作であり、また久石譲によるサウンドトラックも高い評価を得ている。“タケシ” や “ハナビ” はそうした北野武の映像や作中で使われた彼の絵画、久石譲の音楽が源泉となった作品で、“ハナビ” では ASA-CHANG こと朝倉弘一の歌とパーカッションもフィーチャーされるといった具合に、日本人にとっても極めて親和性の高い作品だ。
リンダ・フェキはもともとチュニジアのスースに生まれたアラブ系人種のチュニジア人の父とイタリア人の母のハーフで、生後間もなくイタリアのナポリに移り住んで育った。シンガー・ソングライターとして2016年ごろから音楽活動をはじめ、2019年のスペインのプリマヴェーラ・サウンド・フェスなどのステージが話題を呼ぶほか、カマシ・ワシントンや Mndsgn (マインドデザイン)などのステージの前座を務める。ダリオ・バッソリーノと一緒に楽曲制作を開始し、2016年に初EPの「ラスト・ブルー」をリリースした後、2021年にブルックリンのレーベルの〈バスタード・ジャズ〉と契約して “ドント・ノウ・アイム・デッド・オア・ナット”、“ハウ・ドゥ・ウィ・ノウ・ウィ・アー・アライヴ”、“ク” のシングルを発表し、それらを含むデビュー・アルバムが『クニ』である。音楽的にはジャズ、ネオ・ソウル、ヒップホップなどの要素がブレンドされているが、両親からチュニジアとイタリアと両方の文化を受け継いでいるという点で、こうした音楽をやっている多くのアーティストたちとの違いを生んでいるようだ。全体としてはハイエイタス・カイヨーテあたりに近い雰囲気を持つアーティストと言えよう。
和のイメージを持つアンビエント作品 “ハナビ” でアルバムははじまり、“タケシ” はリンダの歌声を含めてハイエイタス・カイヨーテ調のネオ・ソウルとジャズの融合。細かくチョップされた有機的なドラミングも印象的で、カリーム・リギンズやユセフ・デイズなどのプレイを彷彿とさせる。ドリーミーでメロウな “スモーク-ア・ムーン・オア・ア・ボタン” はムーンチャイルドに近いタイプのナンバー。アメリカ人のルース・クラウスとレミー・チャーリップによる1959年の児童書から引用されたタイトルである。“ハナビ” をはじめ、LNDFK の作品は音楽以外にもさまざまな分野から影響を受けていることを物語る。チェスター・ワトソンによるポエトリー・リーディング風のラップをフィーチャーした “ドント・ノウ・アイム・デッド・オア・ナット” は幻想的なビート・ミュージックで、同様にアルバム中ではヒップホップからの影響を感じさせる “ハウ・ドゥ・ウィ・ノウ・ウィ・アー・アライヴ” にはピンク・シーフがフィーチャーされる。ちなみにチェスター・ワトソンは昨年日本のホラー映画(怪談映画)を題材としたアルバムをリリースしており、LNDFK 同様に日本の文化にも通じたアーティストである。
“オム” は “ハナビ” 同様に和をイメージさせるようなアンビエント調の作品で、アルバム最後のアンビエント・ナンバーの “セ・ミ・スタッコ・ダ・テ、ミ・ストラッポ・トゥット” はイタリアの前衛詩人・作家のエドアルド・サングイネーティの作品から引用されたもの。“ktm” はアメリカのジャズ・ピアニストのジェイソン・リンダーをフィーチャーし、彼の抽象性の高いキーボードと即興的なドラムのコンビネーションによる現代ジャズ作品となっている。ブロークンビーツ調のジャズとネオ・ソウルのコンビネーションの “ク” はアメリカの漫画家のフランク・ミラーによるネオ・ノワール漫画『シン・シティ』と、その映画化作品が題材となっており、そこに登場する暗殺者キャラクターのミホのことを歌っている。北野武映画ほか、いろいろな国の文学や映画、漫画などを題材に、デビュー・アルバムから実にイマジネーション豊かな世界を展開する LNDFK。今後も目を離せない存在となりそうだ。
小川充