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Nilüfer Yanya

Indie Pop

Nilüfer Yanya

PAINLESS

ATO / ビッグ・ナッシング

Casanova.S   Mar 25,2022 UP

 漂う空気がある。人びとの口から口、スマートフォンに浮かぶ行間に存在するような。インスタグラムやツイッター、自分から積極的に探しにいかなくても知っている誰かが存在していて、その好意が画面のなかから滲んでくる。音楽が語られ、記事のリンクが貼られ(クリックはしない)、何度も写真を見て、そうやってなんとなく知っているみたいな状態ができ上がる。僕にとってニルファー・ヤンヤはそんな存在だった。「Nilüfer Yanya」ってなんて読むのだろう? というところからはじまって、存在を確認し、音楽を聞いて、そうやってUKシーンの人たちが彼女に向ける好意の理由を少しずつ理解していった。
 ウエストロンドン、チェルシー出身のニルファー・ヤンヤ、イスタンブールに生まれたトルコ系の父とバルバドス・アイルランド系の母を持ち、様々な音楽が流れる芸術家の家庭に育ち、6歳の頃にピアノをはじめ11、12歳の頃にギターを習い本格的に音楽をはじめる。2014年、19歳の頃に SoundCloud に曲をアップするようになって、2016年に最初のEPをリリース。彼女の音楽はモダンなソウル・ミュージックのようでも、キング・クルールに影響を受けたインディのギター・バンド、ベッドルームのプロデューサー、ジャズの香りをまとったオルタナ好きのSSWのようにも聞こえた。何より特徴的だったのはその声で、醒めているような雰囲気でいながら芯がありヒンヤリと情熱的で、一言では言い表せない複雑な魅力を持って聞こえてきた。彼女の音楽は簡単にカテゴライズできないようなもので、様々な要素があるからこそいろいろな方向からアクセスができる音楽なのかもしれない。ファット・ホワイト・ファミリーが表紙の『ソー・ヤング・マガジン』で、バンクーバーのニューウェイヴ/ポストパンク・バンド N0V3L のページとシェフィールドからサウス・ロンドンのバンドたちに噛みつく若きワーキング・メンズ・クラブに挟まる形で、ニルファー・ヤンヤは 1st アルバムについての話をする。それらの音楽と同列に聞かれ支持を集めながらもどこか異質で、けれど重なり合うような部分もあってその感覚がとても新鮮だった(ソウル、インディ、ポストパンク、ベッドルーム・ホップ、ひとつの言葉だけで表現しようとするとどれを選んでもしっくりこない)。

 2019年の 1st アルバム『Miss Universe』は「WWAY Health(We Worry About Your Health)」という架空のセルフケア・プログラムを題材にしたコンセプトアルバムで、17曲も入っていて、それぞれの曲のなかに落とし込まれたニルファー・ヤンヤの多彩な側面をアルバムとしてひとつのコンセプトでまとめ上げたような作品だった。それに対して12曲入りのこの 2nd アルバムは全ての曲に同じような空気が流れていて、アルバムの最初と終わりにナレーションを挟むことがなくとも自然と世界が繋がっているように感じられる。前作から引き続いてのウィルマ・アーチャー、〈DEEK Recordings〉の創始者でありウェスターマンのアルバムを手がけたブリオン、ニルファー・ヤンヤのサポート・バンドのメンバーでもあるジャズィ・ボッビ(サックスと鍵盤を担当)、そしてビッグ・シーフのプロデューサーとして有名なアンドリュー・サーロ、多くの人間が関わっていながらもアルバムのなかで流れる空気が統一されていてアルバムを通して聞きやすい(統一された空気のなかで彼女の多彩な側面はアクセントとしてそれぞれの曲のなかに埋め込まれている)。だからなのか続けて何度も聞きたくなってしまう。積極的ではなくて消極的に。そのままそこで鳴っていて欲しいとなんとなく思うような、僕にとってこのアルバムはそんなアルバムだ。

 少しの哀しみ、わずかな虚無、抜け出せない憂鬱、甘くないわけではなくて、苦みが強いわけでもない。全ては複雑に絡み合いコーヒーのなかを回る白いマーブル模様みたいに混じっていく。それは完全に調和が取れているものではなくて、何か別のものがそこにあると認識できるようなもので、決して同じにはならない。ニルファー・ヤンヤの音楽の魅力はやはりその複雑な違和なのかもしれない。ひとつのカップに入ったいくつかの味、混じりきる前のそれ、完全に混じって滑らかになるのではなく、混じりきらずにそのままグルグルとメランコリーに回り続ける。
 もっとエレクトロニクスの要素を強くして、孤独を深め、そうすれば部屋でひとり音楽を作り続けるプロデューサーのような雰囲気の曲になったのかもしれない。でもニルファー・ヤンヤはそうしない。彼女はあくまでギターにこだわってそこに自らの声を乗せる。それはSSWのようなふるまいで、そのギターはグランジを経た90年代のオルタナ・ミュージック、2000年代のUKロック・バンドのような響きがある。唄がすべてのわけではなく、ギターを聞かせるための音楽でもない、声はギターの相棒で、ギターは彼女の声に反応する。それは風変わりのデュエットのようでもあって、そのどちらもが曲の中心に存在する。ニルファー・ヤンヤはそうやって人の感情を表現するのだ。

 性急なブレイクビーツのドラムの上でかき鳴らされるギター、そこに入る低く鋭く染みわたる声、オープニング・トラックの “the dealer” 、スローダウンする中盤の “trouble”、“try”、“company”、彼女の声とギターは何かひとつの感情を違った方法を使って表しているように思えて、その音はメランコリーに哀しく響く。1st アルバムよりも暗く内省的で、だけども他者を寄せ付けないようなものでもない。気持ちをせかせるような “Stabilise” は『Silent Alarm』時代のブロック・パーティーを思い超させ、“Midnight Sun” からは『In Rainbows』期のレディオヘッドのような美しいアルペジオが聞こえてくる。それは彼女が生まれ成長する過程で日常から聞こえてきた音楽なのかもしれない。“L/R” ではトルコのサズという民族楽器が使用されている。それは彼女の父親が家で弾いていた楽器で、彼女のなかにあり血肉となっている音楽がこのアルバムのなかで再解釈されているようにも思える。「高層ビルには何もない/誰もあなたの人生に戻ってこないみたいに」。アルバムのジャケットに記されている “Stabilise” に出てくる言葉のようにニルファー・ヤンヤの音楽には都市生活の孤独があり、そこで鳴っていた音楽の影響が見え隠れする。哀しいだけではない孤独の複雑な味、それは自分のなかにある誰かからの影響を感じ取ることなのかもしれない。ニルファー・ヤンヤの 2nd アルバムはそんな風にして他者の存在を感じさせるのだ。心地が良いわけではなく、落ち着くわけでもない、居心地が悪い都市に漂う感覚、遠くの喧噪を思い浮かべ、そうしてまたなんとなくこのアルバムを繰り返し聞いてしまう。

Casanova.S