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『セックス・ピストルズ』

原題:Pistol
監督:ダニー・ボイル 脚本:グレイ・ピアース
出演:トビー ウォレス、ジェイコブ スレイター、アンソン・ブーン、ルイス・パートリッジ、シドニー・チャンドラー、クリスチャン・リース、タルラ・ライリー、メイジー・ウィリアムズ、エマ・アップルトン、トーマス・ブロディ=サングスター
※現在ディズニープラスにて配信中

野田努   Jul 19,2022 UP

 たまたまぼくに限った話かもしれないし、近年の御大ジョン・ライドンの言動も少なからず影響を与えているのだろうけれど、セックス・ピストルズに思春期入り口のどんぴしゃリアルタイムで魅了されてしまったぼくが、リアルタイムにはかすりもしなかった世代の音楽好き(しかもシリアスに音楽を追究している人たち)とセックス・ピストルズに関して話したりすると、ここ数年はほぼ100%に近い確率で、PiLは素晴らしいという結論で逃げられる。いや、PiLは(とくに最初の3枚は)もちろん素晴らしい、で、セックス・ピストルズは? 
 セックス・ピストルズが文化的に重要だったことは認めるけれどサウンドは騒ぐほどではないし、端的に言えば、マネージャーの戦略でのし上がった、スキャンダラスで、ある意味茶番めいたバンドだったという表層的な見解が、ぼくよりずっと年下の一部リスナーのなかにはあるようなのだ。ダニー・ボイルの『セックス・ピストルズ(原題:Pistol)』は、その印象を上塗りするかもしれない。この高名なイギリスの映画監督は、しかもそれを、なかば感傷的なパンク・ロック・バンドの青春物語として再構築している。出会いと別れ、野心と恋、友情と喧嘩、セックスとドラッグ、成功と失態……などなどといった青春メロドラマのクリシェのオンパレードで、ライドンいわく「中産階級のファンタジー」においては、アナーキーもデストロイも、ナチスもヘロインも、流血も死も、漫画的であるがゆえにインパクトや深刻さを訴えない。だからこれは、ボイルの職人的な演出によって構成された、全6話にわたって配信される娯楽ドラマとして、軽い気持ちで楽しめると言えば、まあ楽しめる。なんだかんだでぼくは一気に見てしまったわけだし。

 周知のように、物語のベースはスティーヴ・ジョーンズの自伝『ロンリー・ボーイ』、ぼくはその本(評判は概して良い)を読んでいないので比較しようがないのだけれど、『セックス・ピストルズ』の中心人物はたしかにスティーヴ・ジョーンズで、もうひとり挙げるとしたら、これは意外なことにクリッシー・ハインドだ。ひとつの歴史的な出来事も、それに関わった人間それぞれの見え方があるのは当然であって、しかもこれはシリーズドラマ。そのため脚色をされているし事実と異なっている箇所もいくつかある。要するに実話に基づいたボイル解釈の“セックス・ピストルズ”というわけだ。独自な視点はいくつもある。たとえば全体のバランスを考えると“ボディーズ”に関するエピソードが大きく扱われているし、ニック・ケント(あの時代によくいたロックンローラー気取りのロック・ライター)の出番がやけに目立つ。ボイルらしい人間味を感じるところを言えば、1977年のクリスマスに、失業者を親に持つ14歳以下500人の子どもたちの前で演奏するという微笑ましいエピソードが重要なシーンとして用意されていることが挙げられる(*)。そして映画よりも実際のセックス・ピストルズのほうが男前だったという事実はさておき、うーん、しかし言わせて欲しい、猫背のネズミ男のように描かれているジョン・ライドンだが、実物はもっと美しい若者だった。
 サウンドについて言えば、彼らのそれがパンクの基準となってしまったがゆえにある時期から普通になってしまったが、1977年の時点では、あのサウンドは突出していたのではないか。スピード感は圧倒的だったし、ラモーンズよりも荒々しくラウドに聞こえたことは、当時「シーナはパンクロッカー」の7インチ日本盤を買った中学生の自分が、このバンドに魅了された理由のひとつだった。演奏の未熟さが誇張されてしまい、ともすればサウンド的には二流バンド扱いだが、それは違っている。
 それから、やはり、バンドにとって最後のライヴとなったウィンターランドでの幕引きにおけるライドンの、歴史的に有名なあの虚ろさが表現さていないことも、うるさいことを言うようだが気になってしまった。“ベルゼン・ワズ・ア・ガス”〜“アナーキー・イン・ザ・USA”をやり終えて、アンコールに応えて演奏した“ノー・ファン”のあとのライドンの言葉──「Ever get the feeling you've been cheated?」、日本では「これまで騙されていたって感じたことはあるかい?」などと訳されてきているが、ディズニー版の日本語字幕では「裏切られたと感じたことは?」になっている。前者のほうが、この言葉がのちのち政治的な文脈においても引用されていることの汎用性の高さに合っていると思うのだが、マネージャーへの個人的な憎しみを印象づけるにはこのほうがわかりやすかったのだろう。
 そもそもこれはインサイドストーリーであって、文化革命としてのパンクとその衝撃、町中から子どもという子どもを誘い出すハーメルンの笛吹き男のごとき影響力を描こうとしている作品ではないし、ぼくが残念だったのもそのことではない。ボイル版『セックス・ピストルズ』が、ひとつの完結した過去の世界の出来事として固まってしまっていることだ。何も知らない若者がこれを見たら、へー、ピストルズってそういうバンドだったのね、ふむふむ、で終わるだろう。あれだけ引き出せる要素の多いバンドの物語にしては、どこか別の世界に繋がる回路が用意されていない。しかしまあ、それを望むのはお門違いなのだろう。全話見終わってから風呂に入っていろいろ考えてみたが、やはりこれは、このバンドについての知識があって、それなりに愛情を注いでいる人たちに向けたおとぎ話なのだ。なにせデヴィッド・ボウイにはじまり、花火で終わる。
 だからという訳じゃないが、ぼくなりに面白かったところはいくつかあった。ひとつは、ブティック〈SEX〉の動く広告塔ことジョーダン──ジョン・サヴェージにいわく「最初のセックス・ピストルズ」──が印象的に描かれていること。〈SEX〉の店内の様子とヴィヴィアン・ウェストウッドの存在感。女性の活躍がしっかり描かれている点においては現代的なドラマとなっている。で、もうひとつ、これは極めつけにセンチメンタルなシーンなのだが、テムズ川での騒動後、慰めを求めて部屋にやって来たスティーヴ・ジョーンズを突き放すクリッシー・ハインドが、ジョーンズの去ったあとにギターで“キッド”を弾き語るシーン。ぼくは我慢できずにレコード棚からプリテンダーズのファースト(日本盤)を取り出して、歌詞カードを読みながらその曲を繰り返した。セックス・ピストルズではなく。 

(*)この日のライヴが英国での最後のライヴとなった。ちなみにそのときのフライヤーは、中央にディケンズの『オリバー・ツイスト』の原書のイラストを使用し、裏表にわたってマルコムの手書きによるオリバー・ツイスト署名の“ティーンエイジ・アナーキー”なメッセージ付きだった。

野田努