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フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法

監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
出演:ブルックリン・キンバリー・プリンス、ウィレム・デフォー、ブリア・ヴィネイト
2017年/アメリカ/カラー/DCP5.1ch/シネマスコープ/112分
提供:クロックワークス、アスミック・エース
配給:クロックワークス

全国公開中 5月12日(土) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C) 2017 Florida Project 2016, LLC.
公式サイト:floridaproject.net

三田格   Jun 26,2018 UP
E王

 子どもが死んだというニュースを聞いていると、よく「明るい子だった」とか「リーダー的な存在だった」という説明が続く。「毎朝、元気に挨拶をする子どもだった」とか。「目立たない子だった」とか「普通の子だった」という補足はあまり耳にしない。そういう報道を繰り返し聞いていると「暗い子ども」や「人見知りをする子ども」は死んでも可という価値観が示唆されているような気さえしてくる。しかも、それが死んだ子と同じクラスにいた子どもの耳にも入っているんじゃないかと思うと、セカンド・レイプじゃないけれど、活発でもなければリーダー的な存在でもない子には二重のダメージがあるんじゃないかとまで考えてしまう。いろんな子がいていいし、いた方がいいと思うならば、このような「理想の人間像」があるかのように表現するのはどうだろうかと。死んだ子どもがどんな子どもだったかということは少なくとも公共のニュースで報道する必要はないのではないかと。
『フロリダ・プロジェクト』を観ている間、僕は活発でリーダー的な存在のムーニー(ブッルクリン・キンバリー・プリンス)はこのままいけば絶対に犯罪者になると思って観ていた。6歳という設定のムーニーは同じモーテルで暮らす子どもたちを率いて、毎日、いろんな遊びを考え出す。草木が伸び放題になっている原っぱで。あるいは、観光客が立ち寄るアイスクリーム・ショップで、どうすれば自分にもアイスクリームを買ってもらえるかを思案する。ムーニーたちが住んでいる安モーテルの近くにはディズニーランドがある。隠れホームレス(ヒドゥン・ホームレス)と呼ばれている彼女たちは、もちろんディズニーランドには行ったことがない。アトラクションから上がる歓声なども聞こえない。それどころかひっきりなしにヘリコプターの音が聞こえ、ただでさえ悪い想像をめぐらせやすい僕はヘリコプターが彼女たちの住むモーテルに落ちてくるという結末を頭の片隅に置きながら観ることになった。子どもたちが楽しそうにしていればいるほど悪い予感しか湧き上がってこない作品なのである。薄紫色に塗られたモーテルはとても綺麗な建物に見えるし、フロリダの天気がそもそも悲惨な雰囲気からは縁遠いにもかかわらず。

 「ディズニーランドのそばに住み、しかし、その中で遊ぶことができない子どもたち」。この映画を紹介する文章は大体、そんな風に書いてある。でも、どうだろう。僕が子どもの頃、日本にはディズニーランドはなかった。築地市場の向かいにある国立がんセンターの敷地内に住んでいた僕は都内にしては自然に恵まれた場所で育ったので、子どもの頃の遊びといえばムーニーと同じようなことしかしていなかった。観光客から金をせびるということはなかったけれど、想像力だけで遊んでいたという意味ではムーニーたちとまったく同じで、それが貧しい遊びだったとは思わない。世の中には経済的に裕福でも子どもをディズニーランドには連れて行かないという方針の親もいるし、ディズニーランドで遊ぶことが上だという考え方はむしろ歪んでさえいるといえる。子どもたちは遊ぶ。ただ遊んでいる。これ以上、ストーリーの紹介をしようがない映画なので、抽象的な文章になっているのはわかっているけれど、悪い想像ばかり巡らせながら『フロリダ・プロジェクト』を最後まで観た方は、ラスト85秒で(それこそOPNが言った「ブルーカラー・シュールレアリズム」を強烈に味わい)、しかし、その時にディズニーランドが持つ意味を誤解して捉えやすく、そのせいで「ディズニーランドのそばに住み、しかし、その中で遊ぶことができない子どもたち」という否定的な表現が導かれてしまったのではないかと思う。(以下、ネタバレ)ムーニーとジャンシーはディズニーランドに「行った」のではなく、母親と引き離される社会から「脱出した」と思った方がいいのではないかと僕は思う。ディズニーランドは手の届かない場所として設定されているわけではなく、ある種のシェルターだったのだと。想像力では補えない世界に居続けることはもはや不可能で、そこから逃れられるのであればどこでも良かったのだと。ラスト85秒、観客は誰ひとりとしてムーニーの表情を観ることはない。ムーニーたちは目を丸くしていたのだろうか、それとも無表情だったのだろうか。

 この映画は半年ほど前、本サイトでも通訳などでおなじみ坂本麻里子さんに勧められた。彼女はむしろラスト85秒以外の本編がブルーカラー・シュールレアリズムだろうと言っていた。そして、管理人役のウィレム・デフォーが出てきた時に「あ、これは映画だった」ということを思い出すほど、つくりもの感がなかったという。フロリダには1秒も行ったことがないので、そこは僕にはわからないけれど、デフォーの演技を含め引き込まれ方がハンパなかったことは僕も同じである。子どもたちが逃げ回ってデフォーの足元に隠れるシーンがある。仕事の邪魔をされたデフォーは怒りもしないし、子どもたちが出て行く時に、本当に優しい表情を浮かべる。彼は必要以上に住人たちに寄り添えば、クビになりかねない立場にある。どうにかしたいけれど、何もできない。変質者めいた男がひとり出てくる以外、悪人がひとりもいないことが、この映画を本当に出口のないものにしている。
 日本では目黒で起きた幼児虐待死以降、安倍政権や日本会議が主張する家族像から離れ、必要がある場合には親子でも引き離した方が良いという議論が少しは囁かれるようになった。アメリカでは養育能力がないと判断された親から子どもが取り上げられるというテーマは何度も繰り返され、『フロリダ・プロジェクト』でも同じ結論が示されている。個人が尊重される社会というのはそうならざるを得ないし、『プレシャス』(10)や『ローズ・イン・タイドランド』(06)と同じく、あの子たちは、その後どうなったんだろうと思うばかりである。そして、この先も日本では幼児の虐待死が続くのかなあと。


三田格