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ともしび

ともしび

監督:アンドレア・パラオロ 脚本:アンドレア・パラオロ、オーランド・ティラド
出演:シャーロット・ランプリング『さざなみ』『まぼろし』『愛の嵐』、アンドレ・ウィルム『ル・アーヴルの靴みがき』『ラヴィ・ド・ボエーム』 ほか

2017/フランス、イタリア、ベルギー/フランス語、英語/カラー/4Kスコープ/5.1ch/93分
原題:Hannah 配給:彩プロ
2017 © Partner Media Investment - Left Field Ventures - Good Fortune Films
2019年2月2日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
http://tomoshibi.ayapro.ne.jp/

サンセット

サンセット

監督・脚本:ネメシュ・ラースロー
出演:ユーリ・ヤカブ『サウルの息子』、ヴラド・イヴァノフ『エリザのために』 ほか
2019/ハンガリー、フランス/カラー/ハンガリー語、ドイツ語/142分

後援:ハンガリー大使館 原題:Napszallta 英題:SUNSET 映倫:G 配給:ファインフィルムズ
© Laokoon Filmgroup– Playtime Production 2018
2019年3月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
http://www.finefilms.co.jp/sunset/

三田格   Jan 21,2019 UP

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 シャーロット・ランプリングは笑わない。少なくともそのイメージは強い。かつて桃井かおりは自分の演技に限界を感じてイッセー尾形の元に弟子入りした際、演技することが苦しいと感じるようになった理由は「桃井かおりが桃井かおりしか演じていないから」とかなんとか言われたそうで(いまなら木村拓哉とかほとんどの役者がそうだけど)、シャーロット・ランプリングも演じる役柄に幅がなく、同じイメージを厚塗りしていくことに息苦しさを覚えたりはしないのかと心配になってしまう。「シャーロット・ランプリングは笑わない」と最初に僕が思ったのは1974年のことだった。どっちを先に観たかは忘れてしまったけれど『未来惑星ザルドス』と『愛の嵐』を立て続けに観て、表情筋がピクリとも動かない彼女の表情がそのまま海馬の奥深くに焼き付いてしまったのである。当時、色気というものを覚え始めた僕はジャクリーン・ビセットがひいきで、胸の開いたドレスを吸い込まれるように凝視していたはずなのに、45年後のいまもインパクトを保っているのはシャーロット・ランプリングの方であった(偶然にもランプリングもビセットもデビュー作は『ナック』)。『マックス、モン・アムール』ではチンパンジーと愛し合い、『エンゼル・ハート』ではあっという間に殺されてしまう占い師、最近では『メランコリア』で結婚式の雰囲気を台無しにするシーンも忘れがたい。ショービズで無表情といえば元祖はマリアンヌ・フェイスフルで、日本だとウインクなのかもしれないけれど、老齢というものが加わってきたランプリングにはそれらを寄せ付けない迫力があり、やはり説得力が違う。クイーン・オブ・ポーカーフェイスが、そして最新主演作となる『ともしび』で、またしても表情からは何ひとつ読み取らせない老女役を演じた。

 「脚本の段階、しかもオーランド・ティラドと一緒に書いた最初の一言目の段階から、シャーロット・ランプリングのことを想定していました」と監督のアンドレア・パラオロはプロダクション・ノートに記している。オープニングはちょっとびっくりするようなシーンなので、監督の言葉が本当だとしたら、ランプリング演じるアンナを常識とはかけ離れた人物という先入観に投げ込み、観客とは一気に距離を作り出したかに見える。しかも、夫は何らかの罪を犯して自ら刑務所に足を向け、何が起きているのか掴みきれないままに話は進行していくのに(以下、ある種のネタバレ)その後はひたすらミニマルな日常だけが流れていく。だんだんとアンナの行動パターンがわかってくるので、時間の経過とともに特別なことは何もなく、むしろ日常的な惰性や疲れに引きずり込まれていくだけというか。一度だけ孫に会いに行こうとして息子らしき人物に拒絶され、トイレにこもって号泣するシーンがあり、そこだけは物語性を帯びるものの、それも含めて「伏線」や「回収」とは無縁の断片化された日常の継続。新しい日が始まると、喜びはもちろん、今日も生きなければならないのかという嘆きもなく、ただ淡々と日課をこなすだけである。近年の傑作とされる『まぼろし』では夫が波にさらわれて死んでしまったことを受け入れられず、夫が生きているかのように振る舞うマリーを演じ、4年前の『さざなみ』では結婚45周年を迎えたものの、夫婦関係がゆっくりと崩壊していくことを止められないケイトを演じ、これらに『ともしび』のアンナを加えることで、いわば物理的に、あるいは心理的に「夫と離れていく妻の日常を描いたミニマル3部作」が並びそろったかのようである。どれもが女性の自立からはほど遠く、夫への依存度が高かったことが不幸を招き、3作とも自分を見失う設定になっていることは興味深い。「笑わない」というイメージから連想する「強さ」やリーダー的存在とは正反対の役どころであり、それこそランプリングは女性たちに最悪のケースを見せることで逆に何かを伝えようとしているとしか思えない。

 アンナの視界は狭い。彼女以外の視点から語られる場面はないので、何が起きているのか観客にはわからないままの要素も多い。このように「神の視点」を排除した語り口やカメラワークは近年とくに増えている。最近ではイ・チャンドン『バーニング』やリューベン・オストルンド『ザ・スクエア』にもそれは部分的に応用されていたし、『ともしび』では他の人の感情や存在感もほとんど消し去られていた。これは一見、主観的な表現のようでありながら実際にはヴァーチュアル・リアリティを模倣しているのだと思われる。あらゆるものをあらゆる角度から見渡せるといいながら、自分の視点からしか見ることができない視野の狭さがヴァーチュアル・リアリティには常に付きまとう。他の人の視点を交えることができない時に、映画というものはどのように見えるのか。こうした客観性や間主観性の排除がトレンドとなり、いわば古臭い物語でもヴァーチュアル・リアリティのような体験として蘇らせることがフォーマット化されつつあるのである。それこそスマホやSNS時代の要請なのだろう。フィリップ・K・ディックの世界と言い換えてもいい。そして、そうした方法論を最初から徹底的に突き詰めていたのがハンガリーのネメシュ・ラースロー監督であった。彼のブレイクスルー作となった『サウルの息子』(16)はホロコーストに収容されたユダヤ人の眼に映る光景だけですべてが構成され、主人公はいわば一度も客体視されず、観客が主人公となってホロコーストを「目撃」し、あるいは「体験」するという作品であった。自分の背後や周囲で起きていることが完全には把握できないことが無性に恐怖感を煽り、70年以上前のホロコーストをリアルなものへと変えていく。

 ネメシュ・ラースローの新作が公開されると知り、偶然にもハンガリーでデモが起きた当日に試写室に押しかけた。ブタベストで起きたデモは残業時間を年間250時間から400時間に引き上げるという法案が議会を通過したことに対して抗議の声が上がったもので、当地では「奴隷法」と呼ばれているものである。デモは昨年末に5日以上続き、催涙弾が飛び交う悲惨な事態となったようである(日本ではちなみに先の働き方改革法案で残業時間は年間700時間と定められた)。冷戦崩壊後のハンガリーはソヴィエト時代を嫌うあまり王政復古を望む声の高かった国である。そのことが直接的に現在の右派政権につながったかどうかは軽々に判断できないものの、ラースローが『サンセット』で描くのはそうした王政の最後、いわゆるハプスブルク家支配の末期である。ユリ・ヤカブ演じるレイター・イリスが帽子店で働こうと面接試験を受けに来るところから物語は始まる。イリスはその外見をカメラで捉えられ、客体視はされているものの、しばらく見ていると『サウルの息子』よりも少しカメラの位置が後退しただけで彼女の眼に映るものがそのままスクリーンに映し出されているものとイコールだということはすぐにわかる。ほんとにちょっとカメラの位置が後ろにズレただけなのである。イリスが働こうとする帽子店はとても高級で、どうやら王室御用達であることもわかってくる。イリスは経営者と交渉するが、その過程で彼女の家族に関する大きな秘密を明かされる。イリスは経済的に困っていただけでなく、アイデンティティ・クライシスにも陥り、いわば何もできない女性の象徴となっていく。そして、歴史が大きく動き始めたにもかかわらず、自分がどうすればいいのかはまったくわからない。当時のオーストリア=ハンガリー二重帝国がその直後にフランツ・フェルディナンドが狙撃され(サラエボ事件)、第1次世界大戦が始まることは観客にはわかっているかもしれないけれど、イリス(=ヴァーチュアル・リアリティ)が体験させてくれるものはその中で迷子になっていく市民たちであり、とっさにどれだけのことが個人に判断できるかということに尽きている。このところハンガリー映画が面白くてしょうがないということは『ジュピターズ・ムーン』のレビューでも書いたけれど、ラースロー作品にはハンガリー映画をヨーロッパ文化の中心に近づけようとする強い意志も感じられる。

 『ともしび』のアンナも『サンセット』のイリスもどちらも名もない女性である。彼女たちの内面ではなく、その視点だけを通して、この世界を見るというのが両作に共通の構造となっている。時代の転換という大仕掛けを用意した『サンセット』とは違って『ともしび』には格差社会や人種問題といったマイノリティの理屈さえ入り込む余地はなく、アンナの目に映るものは実にありふれた光景ばかりである。にもかかわらず、そのラスト・シーンで僕は心臓が止まるかと思うようなショックを受けた。映画が終わるとともにいきなりヴァーチュアル・リアリティのヘッドギアを外されたように感じたのである。

映画『ともしび』予告編

三田格