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ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

監督:リー・ダニエルズ(『大統領の執事の涙』、『プレシャス』)
脚本:スーザン=ロリ・パークス
原作:「麻薬と人間 100年の物語 薬物への認識を変える衝撃の真実」ヨハン・ハリ著(作品社)
音楽:クリス・バワーズ(『リスペクト』)
出演:アンドラ・デイ、トレヴァンテ・ローズ(『ムーンライト』)、ギャレット・ヘドランド(『オン・ザ・ロード』)
原題:THE UNITED STATES VS. BILLIE
HOLIDAY/2021年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/131分/字幕翻訳:風間綾平
配給:ギャガ
© 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.
2月11日(金・祝)新宿ピカデリー他全国公開

公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/billie/

土田修   Feb 14,2022 UP

■ビリー・ホリデイ、死の真相

 2020年5月、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に殺害された黒人男性ジョージ・フロイドの死によって、1939年に録音されたビリー・ホリデイの名曲“奇妙な果実”が脚光を浴びている。「南部の木には奇妙な果実がなる。血が葉を濡らし、根にしたたる。黒い体が揺れている、南部のそよ風に」。リンチで殺害され木に吊るされた黒人の死体を描写したこのプロテスト・ソングは、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の時代に新たな重要性を発揮し、2020年上半期には200万回以上ストリーミング再生されている。
 この曲は1965年にジャズ歌手で公民権運動の活動家でもあったニーナ・シモンがカヴァーした。シモンは「私がこれまでに聞いた中で最も醜い曲だ。白人がこの国の同胞にしてきた暴力的仕打ちとそこから生まれた涙という意味で、醜い」と語った。厳粛なピアノの音色に乗って深い悲しみを表現したシモンの曲は2013年にカニエ・ウエストが、2019年にはラプソディがサンプリングしている。ラプソディは「80年も経っているのに、あの曲は今の時代を物語っている」と振り返っているが、黒人がリンチで殺害されることが当たり前だった時代にビリーが歌った“奇妙な果実”は21世紀の人種問題や社会問題とも共鳴し続けているようだ。
 歴史学者の研究によると、1883年から1941年までの間にアメリカでは3000人以上の黒人がリンチを受け殺されているという。ボブ・ディランの“廃墟の町”は「やつらは吊るされた死体の絵葉書を売っている」という歌詞で始まるが、南部で普通に見られた〝奇妙な果実〟は当時、絵葉書として出回っていたというのだ。
 こんな時代に“奇妙な果実”を定番曲として歌ったビリーが一体どのような仕打ちを受けたのかはあまり知られていない。リー・ダニエルズ監督の最新作『ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ』は、米連邦麻薬局が仕掛けた巧妙な罠によって死に追いやられたビリーの死の真相を描きだしている。
 映画の原作はヨハン・ハリの『麻薬と人間 100年の物語』(作品社)。ハリは、『ル・モンド・ディプロマティーク』紙や『ニューヨーク・タイムズ』紙などで健筆をふるう英国出身のジャーナリストだ。アムネスティ・インターナショナルの「ジャーナリズム・オブ・ザ・イヤー」に2度選ばれている。同書は、1930年に連邦麻薬局の初代局長に任命され、フーバーからケネディまで5代の大統領の下で32年間「麻薬局の帝王」として君臨したハリー・アンスリンガーに着目し、彼が書き残した記録などを基に、彼が麻薬と黒人ジャズ・ミュージシャンへの怒りをビリーに集中していった経緯を見事に暴いている。

■奴らを牢屋にぶち込め!

 禁酒法時代の取締官だったアンスリンガーはカリブやアフリカの響きが入り混じったジャズを「黒人にひそむ生来の衝動」と考え、「真夜中のジャングル」と評した。「ジャズの演奏家の多くはマリファナを吸っているおかげで素晴らしい演奏をしていると思い込んでいる」という部下の報告もあった。マリファナは時間感覚を損ねるので「(即興演奏の)ジャズが気まぐれな音楽に聞こえるのはそのせいだ」とも語っている。いずれにせよ、ハリによるとアンスリンガーは「チャーリー・パーカー、ルイ・アームストロング、セロニアス・モンクといった男たち全員を牢屋にぶち込みたくて仕方がなかった」というのだ。
 というのも、「(薬物依存症の)増加はほぼ100%、黒人によるもの」と考えたからだ。アンスリンガーが薬物戦争を遂行できたのはアメリカ人が感じていた恐怖に負うところが大きい。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「黒人コカイン中毒者、南部の新しい脅威に」と書いた。「これまでおとなしかった黒人がコカイン中毒で暴れている。……署長は拳銃を抜いて銃口を黒人の心臓に向け、引き金を引いた。……射殺するつもりだったが、銃弾を受けても男はびくともしなかった」。コカインは黒人を超人的な存在に変えてしまい、銃弾を浴びても平気なのだと噂されていた。そのため南部の警察で使われる銃は口径が大きくなった。ある医療関係者は「コカイン依存症のニガーを殺すのは大変だよ」と語っている。
 「黒人が怒るのは白い粉が原因だ。白い粉を一掃すれば黒人はおとなしくなり、再び服従する」と考えたアンスリンガーは、部下を使ってミュージシャンを尾行させ、「ジャズをやるやつら」を一網打尽にしようとした。だが、ジャズメンには堅い団結があった。密告者をひとりとして見つけることができなかった。仲間がひとりでも逮捕されると彼らは資金を募って保釈させた。米財務省はアンスリンガーの連邦麻薬局が時間の無駄遣いをしていると批判しはじめた。やむなく、彼は当時、ニューヨーク・ダウンタウンの人種差別のないカフェ・ソサエティで“奇妙な果実”を歌い、人気上昇中だったジャズ・シンガーのビリーに狙いを定めることにした。
 アンスリンガーはビリーがヘロインを使っているという噂を聞きつけ、ジミー・フレッチャーという職員を「覆面警官」としてビリーの元に送り込み、監視させた。ジミーは薬物を売る許可を持っており、自分が警官ではないことを証明するために客と一緒にヘロインを打つことも認められていた。ビリーを逮捕するために送り込まれた捜査官を信用したビリーは、彼を部屋に招き入れ、麻薬所持で逮捕された。その時、身体検査した女性警官とジミーの目の前で、ビリーは真っ裸になり「見てごらん」と放尿した。

■パパを殺したものすべてが歌い出されている

 “奇妙な果実”はそのカフェ・ソサエティで生まれた。作詞作曲は共産党員の教師エイベル・ミーアポール(ペンネームはルイス・アレン)だが、ビリーは自伝(油井正一・大橋巨泉訳『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』晶文社)の中で「彼(ミーアポール)は、私の伴奏者だったソニー・ホワイトと私に、曲をつけることをすすめ、三人は、ほぼ三週間を費やしてそれをつくりあげた」と書いている。これに対してミーアポールは沈黙を守った。「レイシストたちにビリーを攻撃する材料を与えたくなかった」というのがその理由だ。
 ビリーはこの歌詞に「パパを殺したものがすべて歌い出されているような気がした」と語っているが、ギタリストだった父クラレンスは巡業先のテキサス州で肺炎に罹り、黒人であるがゆえに病院をたらい回しにされた挙げ句、39歳で「白人専用病院」で亡くなった。ビリーは「テキサス州のダラスが父を殺した」と叫んだ。差別の激しい南部でリンチを受け、木に吊るされた黒人の姿を、自分の父親の死に重ね合わせたのだ。
 ビリーは自伝の中で、カフェ・ソサエティで初めてこの曲を歌った晩をこう書いている。「私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配していた通りのことが起った、と思った。歌い終わっても、一つの拍手さえ起らなかった。そのうち一人の人が気の狂ったような拍手をはじめた。次に、全部の人が手を叩いた」
 それからは毎晩、ステージの最後の曲として歌った。感情をすべて出し切って歌ったので、歌い終わると立つのがやっとになった。ビリーが歌い出す瞬間、ウェイターは仕事を中断し、クラブの照明は全て落とされた。こうして黒人へのリンチに対するプロテスト・ソングはビリーの十八番になった。この曲のレコーディングは大手の〈コロンビア〉には断られたが、インディー・レーベルの〈コモドア・レコード〉によって実現し、ビリー最大のベスト・セラーになった。
 ビリーが歌う“奇妙な果実”は多くの黒人の心を奮い立たせると同時に、レイシズムを嫌う白人の間にも感動の輪を広げた。黒人解放運動はカフェ・ソサエティの晩に始まったと数年後に言われるようになった。連邦麻薬局が「その歌を歌うな」と禁じたにも関わらず、ビリーが勇気を奮って歌い続けたからだ。

■あいつらはあたしを殺す気なのよ

 当時、連邦麻薬局は財務省の奥の薄暗い場所に置かれていた。かつては酒類取締局だったが、1933年に禁酒法が廃止されたため、即刻取りつぶしになっても仕方のないような弱小組織だった。それをアンスリンガーは「地上からすべての薬物を一掃する」ことを誓い、一大組織に育て上げた。アンスリンガーが残した記録によると、彼はジャズ界で唯一ビリーにこだわり、手を緩めなかった。
 薬物所持で逮捕され、女性刑務所で8ヶ月の服役を終えた後も、ビリーを執拗に追い回した。ビリーのヒモを脅して彼女のポケットにヘロインを忍ばせ、麻薬所持で現行犯逮捕したこともあった。ビリーを破滅に追い込むため、アンスリンガーはありとあらゆる罠を仕掛けた。
 最初に薬物所持でビリーを逮捕したジミーは「アンスリンガーに話をつけてやる」とビリーに約束し、その後もビリーに接近し続けた。母親から「あんな素晴らしい歌手はいない」と諭されてこともあった。それから、捜査官と麻薬依存者がクラブで一緒に踊る姿が見られるようになった。そのうち愛し合う関係になった。ビリーが薬物所持で再逮捕された時には裁判所でビリーに有利になる証言をしてアンスリンガーの怒りを買った。だが、アンスリンガーはビリーの情報を得るため捜査官としてジミーを使うことを厭わなかった。
 裁判が終わった後もビリーは“奇妙な果実”を歌い続けた。周囲の誰もが当局から睨まれるのを恐れて「歌わないように」とビリーを説得したが、「これは私の歌だ」と誰の忠告にも従わなかった。ビリーの友人は「彼女はどこまでも強い人だった。誰にも頭を下げなかった」と語っているが、その強さは黒人と麻薬を憎むアンスリンガーには通じなかった。
 その後もビリーは薬物とアルコールに溺れる生活を続け、1947年に解毒治療を受けるが失敗している。その数週間後にまたもや麻薬所持で逮捕され、懲役一年の刑に処せられた。度重なるスキャンダルのせいでニューヨークでの労働許可を取り消され、地方巡業に出るようになったビリーは経済的にも追い詰められ、麻薬とアルコールをやめることができなくなった。この間、カーネギーホールでのコンサートや欧州ツアーを一応は成功させたが、疲労や体重の減少による心身の衰えは隠しようがなかった。パリ公演を観たフランソワーズ・サガンは「(ビリーは)痩せほそり、年老い、腕は注射針の痕で覆われていた」「目を伏せて歌い、歌詞を飛ばした」と書いている。
 1959年、44歳になったビリーは、自宅で倒れ、病院に入院したが、既にヘロイン離脱症状と重度の肝硬変を患っており、心臓と呼吸器系にも問題があった。「長くは生きられない」と医者に言われた。それでもまだアンスリンガーはビリーを許そうとはしなかった。ビリーの方も友人に「見てなよ。あいつらは病室までやってきて、あたしを逮捕しようとするから」と吐き捨てるように言った。その言葉通り麻薬局の捜査官がやって来てアルミ箔に包まれたヘロインを見つけたと言って寝たきりのビリーを訴追した。ヘロインの包みはビリーの手の届かない病室の壁に貼ってあった。これも罠だった。
 警官2人が病室の入り口で警備に当たり、ビリーはベッドに手錠で拘束された。ビリーの友人らが「重病患者を逮捕するのは違法だ」と主張すると、警官はビリーの名前を重病人名簿から削除した。こうしてメタドン投与が打ち切られ、ビリーの体調は日に日に悪化した。ようやく面会を許された友人に向かってビリーは「あいつらはあたしを殺すつもりなのよ」と叫んだという。
 ビリーが病院のベッドで亡くなった時、警察は病室の入り口を封鎖し、彼女の死が公表されないようにした。手錠をかけられたビリーの足には50ドル札が15枚くくりつけてあった。ビリーを世話してくれた看護師たちにお礼として渡すはずだった。これが彼女の全財産だった。葬式の時に参列者が暴動を起こすことを恐れた警察はパトカーを数台出動させた。ビリーの親友は周囲の人たちに「ビリーは、彼女をめちゃくちゃにしてやろうという陰謀に殺された。麻薬局が組織をあげてそう画策したんだ」と怒りをぶつけた。

■ビリーは真のヒーローだ

 この映画で歌も雰囲気もビリー・ホリデイになりきったアンドラ・デイはスティーヴィー・ワンダーに見出された黒人ジャズ・シンガーだ。BLM運動のデモ行進でも歌われた“ライズ・アップ”の曲でグラミー賞にノミネートされたことがあるが、演技の経験はなかった。心配したリー・ダニエルズ監督が彼女に演技指導をつけたところ、その変身ぶりに驚いたという。監督は「彼女は演じているのではなく、ビリーそのものだった。神の声を聞いたような気がした」と語っている。
 当初、監督はビリーの曲に合わせてデイに口パクで演じさせる意向だった。だが、予定を変更しデイにはライヴで歌わせることにした。映画の中で“奇妙な果実”をフル・ヴァージョンで歌うシーンは圧巻だ。ビリーの深い悲しみと怒りが臨場感を持って伝わってくる。聞く者の心の琴線を強く揺さぶるシーンだ。まるでビリーがデイに憑依しているようで鳥肌が立った。
 このシーンについてデイはこう語っている。「ビリーとして、そして私自身として“奇妙な果実”を生で歌うことは、痛みのある体験だった。同時に不思議なことだけれど、カタルシスでもあった」
 ダニエルズ監督は1980年代後半のニューヨーク・ハーレムを舞台にした映画『プレシャス』で、母親から虐待を受けた黒人の少女がフリースクールの女性教師との出会いで「学ぶことの喜び」を知り、成長していく姿を描いた。1919年にヴァージニア州の農場で生まれた黒人の人生を描いた『大統領の執事の涙』(2013年)では、公民権運動やブラックパンサーの活動などを通して黒人から見た歴史を見せてくれた。
 今回の映画について監督はこう語っている。「政府がビリーを止めるただ一つの方法は、彼女を死の床に追い込むことだけだった。だから、ビリーは真のヒーローだ」。ヨハン・ハリによると、同じ麻薬中毒者でも白人歌手のジュディー・ガーランドや、「赤狩り」で知られる共和党上院議員ジョセフ・マッカーシーはアンスリンガーから良質な麻薬を渡され、逮捕されることもなく擁護されていたという。黒人はもちろん、共産党員や密売ルートとして中国やタイを槍玉に上げたアンスリンガーのグローバルな「麻薬戦争」は、自らが麻薬の “売人” になるという汚い戦争でもあった。
 結局のところ、彼の政策は麻薬密売シンジケートのギャングと取締当局をお互いに持ちつ持たれつの関係にしただけだったともいえる。アンスリンガーは終生、黒人差別と「地上から麻薬を一掃する」というパラノイア(偏執狂)に取り憑かれていた。ビリーはその犠牲者だが、“奇妙な果実”の歌声はデイによって模倣(ミメーシス)され、社会変革を求める「神の声」として現代に蘇った。

予告編

土田修