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Panda Bear

Animal Collective

合評

Panda Bear- Tomboy

Domino/ホステス

May 10,2011 UP 文:木津 毅、橋元優歩、野田 努 E王
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熱でもアイロニーでもない、静かに明るくひらけている肯定感文:橋元優歩


Panda Bear
Tomboy

Domino/ホステス E王

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 パンダ・ベアとアニマル・コレクティヴ最大の功績は、案外とリズムやビートにあるのかもしれない。ビートとは、心臓の鼓動がそうであるように、時間を分節するものだ。刻み、前進する。どもったり淀んだりすべったりしても、基本的にはリニアな流れを持つものだと言える。ループという方法は、我々が日ごろ感じているそうした流れを対象化するものである。リピートとは違う。「繰り返す」のではなく、「元に戻ってしまう」=「前に進まない」のがループで、そこには時間というものについての批評がある。パンダ・ベアの音楽はしばしばループの多用について指摘されるが、「元に戻りつづける」ことは、後に彼以降の音にヒストリカルな意味をもたらすことになるエスケーピズムを象徴していたのかもしれない。とくに3連符が2拍子で延々と続いていく"ファイアワークス"や"ウォーター・カーシズ"など、あの独特のビートを持った曲を聴いていると、ビート自体は非常に躍動的なものを孕んでいながら、それがループすることで独特の滞留感覚を生んでいることに気づく。それは揺りかごの時間みたいなものだ。赤ん坊に時間概念はない。目を覚ますたびに同じ地点に戻る。そして我々が赤ん坊でない限り、それは心地よい逃避として機能するだろう。彼の音楽についてよく指摘される祝祭性も、民俗音楽的なシミュラークルからではなく、このように普通の日常性から切り離された時間感覚によるものではないだろうか。

 パンダ・ベアのビート/時間感覚がもたらしたものの大きさについていま考えている。それは実際の手法としてのビートから、もう少し抽象的な意味にまでひろがる。彼とアニマル・コレクティヴが2000年代のインディ・ミュージック・シーンに与えつづけてきた影響は計り知れない。60年代から「死んだ」「死んでない」と続くロックの営み、先の10年でもガレージ・リヴァイヴァルとポスト・パンク・リヴァイヴァルといった形で弁証法的に進んできたロック・ミュージックの時間軸を、解体し、超越するものが、パンダ・ベアの祈りと祝福のループに隠されていなかっただろうか。
 ストロークスに象徴されるガレージ・リヴァイヴァリストたちのように、2000年代はそもそも復古的なロック・ヒーロー像によって幕を開けた。もちろんそれを駆動していたもの、そもそもそんなイメージをリヴァイヴァルさせたところには大いにクリティカルな態度があったと言える。続いてポスト・パンク・リヴァイヴァリストたちの隆盛があった。これはそのままガレージ・リヴァイヴァリストたちへのリアクション、批評である。ポスト・パンク自体がもともと非常に知的な動機を持っている。しかし、このようにメタな方法の追求はいずれ袋小路に陥る。
 パンダ・ベアの滞留するビートは、そのように線的に進み続けなければならないという近代的なオブセッションを解除したのだ......というのは私見である。結果、インディ・ミュージック・シーンには自由さや新たな風通しが生まれ、2008年前後に大いに果実を実らせた。サウンド面でも、シャワーのように光降り注ぐサイケデリアや無国籍で土俗的な意匠は、ポップなフィールドではMGMTというスターを生み、ダーティ・プロジェクターズやギャング・ギャング・ダンスなどブルックリン周辺の実験主義者たちの存在を押し上げ、現実世界とのやわらかい遮断装置のような覚醒感あるドリーミー・サウンドはチルウェイヴを準備した。ディアハンターの体現するサイケ/シューゲイズもまさにこの盛り上がりの中で萌芽し、パンダ・ベアのソロに色濃いトロピカリアは、エル・グインチョやドードースのように陽気なサイケというヴァリエーションを生んだ。
 またビーチ・ボーイズ=ブライアン・ウィルソンの血脈を宿した内省的できらきらとしたポップ・センスは、ザ・ドラムスモーニング・ベンダースなどのヴィンテージなサーフ・ポップ・ルネッサンスにまで連なるといえる。

 さて、今作についてみていこう。パンダ・ベアのソロとしては4作目となる。彼が率いた10年が終息し、前作は名盤として記憶され、作り手としてはひと息つくタイミングではあるだろう。やや地味で、パーソナルな印象に仕上がっている。"スワニー河"を思わせるアメリカン・トラッドなコーラスで幕を開ける冒頭"ユー・キャン・カウント・オン・ミー"。もちろんすべて彼自身の声である。
 この『トムボーイ』では、先に述べたビートの問題とともに、彼の声の力にもあらためて感服した。アトラス・サウンドの『ロゴス』収録の"ウォークアバウト"でパンダ・ベアのヴォーカルがおもむろに聴こえてきたとき、そしてパンタ・デュ・プランスの『ブラック・ノイズ』に1曲参加していたのを聴いたことを思い出す。まったく関係のない街角で聞いても、彼の声はそれとわかるのではないだろうか。くっきりと輪郭のあるヴォーカルで、あたりの色を変えてしまうような強さがある。むやみな熱でもやたらなアイロニーでもない。その両者を通過しつつ、静かに明るくひらけている肯定感。力強いが決してマッチョにならないあのヴォーカルを表現するのには、そうした言葉しか思いつけない。そして深くリヴァーブのきいたサウンドには、サンプリングされた音の断片が、この世界を生きる様々な生命の情報のように溶かし込まれている。声の上でも一人称や時間性を超えてくる。というか、ヴォーカル/バック・トラックという二元論を超えていて、彼の声は彼のビートであり、時間感覚だ。
 つづく表題曲"トムボーイ"は得意の8分の6拍子で展開する桃源郷サイケ・ポップ。パーカッシヴなギター・ストロークと脈のようなバスドラがひたすら心地よい。このループ感といい、養分の多いリヴァーブ感といい、そしてビームのように圧倒的な光量のヴォーカルといい、パンダ・ベアの粋ともいうべき曲である。ループが際立つのは"スロー・モーション"だ。スクラッチするように、とにかく進まない。主題の断片のみで出来上がっている。だがまったくストレスがなく、声の浮力で延々と気持ちいい。このままこの音楽の外へ出たくないと思わせる、逃避願望を誘う音だ。だが彼の音はそのことによって人を枯らしたり閉塞させもしない。"ドローン"でビートが消えたとき、彼の祈りが静かに浮かび上がってくる。パイプ・オルガンの、強弱も濃淡もない太く一定した響きに声が同調する、祝詞のようなトラックだ。幻夢のような世界だが、生きるエネルギーに満ちている。
 以上はパンダ・ベアのおさらいというか、パンダ・ベアの100パーセント、これまでに知っている彼の音を馥郁とたのしめるパートである。異色トラックを指摘するなら"アルセイシャン・ダーン"、"シェエラザード"、"アフタ―バーナー"といった後半の数曲になるだろう。おおらかで、センチメントな起伏の少ない彼の作風に、このようにエモーショナルな切なさが現れるのは驚きである。
 それはビートにも表れていて、"アルセイシャン・ダーン"は切迫感をもって前進する2拍子。独特の滞留感覚がない。"アフタ―バーナー"はボンゴやコンガをあしらいながらも16ビートで展開するトライバルなダンス・チューンで、これまた驚きだ。ベースもよく動き、やはり切迫感がある。ラストはループによって昂揚していくセクシーな構成。ループの中に安息と逃避を見出す彼のマナーを、大きく逸脱する曲である。"シェエラザード"は『キャンプファイア・ソングス』をピアノで作り直したような、古い引き出しを開けたアシッド・フォーク。いずれもパンダ・ベアの次のモードを占うものではなさそうだが、このアルバムが少し力の抜けた、クローズドな感覚をもった作品であることをしのばせる。いろいろと入っている。静かにアソートされている。私などのようにパンダ・ベア/アニマル・コレクティヴとロック史を振り返りながら随想するのもよいだろうし、イージーに聴くこともできるだろうし、しかし何度でも繰り返し聴くほどはまってしまうかもしれない。そういうアルバムだと思う。

文:橋元優歩

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