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KREVA

KREVA

KREVA CONCERT TOUR 09-10「心臓」ROUND3

@横浜アリーナ│Feb 6,2010

日時:2月6日(土) 会場:横浜アリーナ

二木 信 Feb 27,2010 UP

 オープニング――クレバが昨年リリースした通算5作目(ベスト盤を含む)のソロ・アルバム『心臓』から、ファンキーなナンバー"ACE"、それから"K.I.S.S."、"I Wanna Know You"といったミディアム・テンポのラヴ・ソングを一気に畳み掛ける。その颯爽とした滑り出しに、横浜アリーナを埋めた1万人を超えるオーディエンスは大きな歓声とダンスで応える。バックには、DJ SHUHO、DJ HAJI、MPC4000を操る熊井吾郎が控え、ビートとスクラッチを絶妙なタイミングで繰り出し、息の合った、テンポの良いステージングを魅せていく。さすがに半年かけて到達したツアーのファイナル初日らしい仕上がりだ。

 激しい火柱が噴き出す派手な演出とともにクレバが登場した時、「さあ、今日は盛り上がるぞ!」とばかりにいっせいに腰を上げた熱狂的なオーディエンスの気合いには凄まじいものがあった。クレバがサングラスを外そうとすれば、客席から黄色い声が飛び、彼が曲間のMCで何事かしゃべれば、ファンはじっと聞き耳を立て、時に笑い、時に大きな拍手で応じた。目の前にいるのは、紛れもなくひとりのスターだった。登場の仕方も、かけていたサングラスも、あれはきっとマイケル・ジャクソンを意識していたのだろう。実際、"あかさたなはまやらわをん"は、マイケル・ジャクソンの楽曲をマッシュアップしたヴァージョンで披露された。ステージのバックに設置された巨大スクリーンの映像といい、照明の使い方といい、エンターテインメントをやろう、という気概がひしひしと伝わってくる。

 違和感がないわけではなかった。2007年11月24日の武道館ライヴでも感じたことだったが、とにかくひっかかるのは、クレバの過剰なファンサーヴィスと彼のあり得ないほどの健全さである。例えば、古内東子と共同プロデュースした"Tonight"をヴォコーダーを弾きながら濃密に歌い上げるパフォーマンスは素晴らしかったが、楽器の練習をどれだけ頑張ってきたかをセンチメンタルに語る前口上や「だから、お母さんのように見守ってください」というエクスキューズが、このよく練られた舞台に必要だとはどうしても思えず、僕はそれによって興ざめしてしまった。クレバの人気の秘密の背景には、彼の音楽や人生に対するひたむきな姿勢がある。そのことを考えれば、彼はファンの期待に応えていただけなのかもしれないのだが......。「健全さ」については、クレバに限らずJ・ポップの抱えるオブセッションとも言えるので、いつかまた別の機会に書いてみたい。

 さて、今回のツアーのきっかけになった『心臓』は洗練された大人のラヴ・ソング集である。僕を含め、多くの人がそのムードに浸る快楽を楽しむことができる。それは、現在のUS・R&Bを牽引する売れっ子、ザ・ゲームとの同時代性を感じるR&B寄りのヒップホップ・アルバムである。と同時に、どこか懐かしさを覚えるそのスタイリッシュなサウンドと言葉は、現代のシティ・ポップスでもある。むしろクレバの先達として僕が連想するのは、山下達郎や角松敏生に代表される、ブラック・ミュージックを独自の方法でポップスへと変換してきたシンガー・ソングライター/プロデューサーたちだ。クレバは、彼らと比較されるぐらいのことを『心臓』で成し遂げたと言っていいだろう。古内東子を客演に迎えた、ウワモノのシンセ音がメロウなムードを演出する"シンクロ"、AORをサンプリングした"瞬間speechless"、"I Wanna Know You"、キーボーディスト、さかいゆうを迎えた、うねるシンセ・ベースが時間の流れを変えるような"生まれてきてありがとう"など、どれもが高い完成度をほこっている。

 ライヴの後半ではクレバがこれまで試みてきた「歌」への挑戦を総ざらいし、言い換えれば、「歌えるラップ・ミュージック」によって大衆性を獲得してきたソロ活動5年間の集大成を見せつけた。ソロとなった年にリリースした2枚のシングル、"音色"と"希望の炎"、前述した"Tonight"、"瞬間speechless"といった曲だ。なかでも"希望の炎"は印象的な曲だ。この曲の、「そうさ俺は最低の人間/ホントの事だけ書いてもいいぜ/書いたらみんながひっくり返る/だから 今じっくり耐える/ビッグになれる なれないどっち/考えたこともないぜ 本気」というリリックを聴くと、クレバが確信犯的なセル・アウターとして何を譲って、何は譲ってこなかったのかがよくわかる。クレバが、SEEDAやSHINGO★西成と共演することはあっても、彼らのような(ときに危うい)言葉を吐くことはない。その代わり、音楽的洗練を突き詰めることに集中して、メインストリームで成功してきたのだ。

 ライヴのラスト、「お前の成功は俺の成功 俺の成功はどう?/もしそうなら そりゃもう最高/行けるとこまでどこまでも行こう」("成功")と力強く客席に問う言葉は、様々な矛盾をひっくるめた上でさらに突き進もうとする宣言のように会場に響くのだった。

二木 信