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Josephine Foster & Victor Herrero

FolkloreFree FolkImprovisation

Josephine Foster & Victor Herrero

@渋谷WWW

April 23,2013

松村正人   May 15,2013 UP
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 ブラッド・ラッシング――「血の轍」ではなく、「流れ」とでも訳せばいいのか、大地と系譜にねざした、というよりも、そこに忘れ去れたまま眠るものを手ずからこつこつ掘り起こすようなフリーフォーク(......なのか?)でじわじわと注目を集め、昨年われわれもつい何かとひきあいにだして悦にいる英『ザ・ワイヤー』誌の表紙も飾ったジョセフィン・フォスターの来日公演が渋谷〈WWW〉であった。生地・コロラドからスペインはアンダルシア州のカディスに移ったジョセフィンは、日本でも4月11日の神戸から、関西、北陸、中部とこまめにまわり、本日の東京公演が10本目である。私はうっかり今日と書いたが、ここでいう今日とは4月23日である。まだ寒さののこるころだ。風も強かったので厚手のパーカーが手放せない。会場には定刻についたが、みなさんそのような恰好をしていらっしゃる。会場には鳥の声のSEが流れていた。ほどなく、この日の共演者、灰野敬二がフィンランドの民族楽器、カンテラを手に姿を見せる。方形のボディに弦を張ったカンテラを懐に抱えこみつま弾く灰野の掛けた椅子の前には円形のテーブルがあり、その上にSGが置かれている。横倒しにたギターを通常の奏法ではなく演奏するテーブル・ギター、弾き語り、あるいは薄い金属製の円形の底部の外周を長さのちがう金属の棒がとりかこむ、鳥かごに似たウォーターフォン(底は空洞になっていて、そこに水を入れると音が変化する)など、多くのスタイルのなかかでも、身体と楽器の関係がより露わなアコースティックな手法を選んだのは、共演者であるジョセフィン・フォスターを慮ったものだったのだろう、灰野の演奏は断章的ではあったが、それ以上にこの後に続く彼女の音楽につながるいくつかの導線をこの空間にしるしづけるようだった。



写真:三田村亮

 ジョセフィン・フォスターの演目は『ブラッド・ラッシング』を中心に旧作をおりまぜたものだった。オペラの素養のある彼女の歌声はだからといってクラシック的なかたまったものではなく、高音で気持ちよくゆらぎ、言葉とぴったりと寄り添い、空間を満たすのではなく、居合わせた者の耳をそばだてさせる。ジョセフィンの作品に欠かすことのできない盟友、ヴィクトル・エレーロと、シカゴに渡り、彼の地でジョセフィンと親交をもったドラマー、田中徳崇にヴァイオリンからなる演奏陣は、ときに片足を踏み台に乗せてともするととつとつともくもくと進みがちな彼女の歌のアクセントになっていた。とくにフラメンコを独自に消化したヴィクトル・エレーロのガット・ギターは合奏にフォークロアのニュアンスをもたらし、彼がシューベルト、ブラームス、シューマン(『ア・ウルフ・イン・シープス・クロージング』)からエミリー・ディキンスン(『グラフィック・アズ・ア・スター』)、ガルシア・ロルカとラ・アルヘンチーナ(『アンダ・ジャレロ』)へと、枚数を重ねるごとに地面に近づいていく彼女の作品の伴奏(走)者であることをうかがわせる。その遍歴が『ブラッド・ラッシング』に受肉したことは"ウォーター・フォール""パノラマ・ワイド""ブラッド・ラッシング"などの収録曲を生で聴き改めてわかった。



写真:Kazuyuki Funaki

 曲の構造はシンプルで編曲が凝っているわけでもない。種々の意匠はあるけれどもささやかである。その声の特徴にも関わらず、アマチュアリズムにニアミスしそうな無名性への志向。それはフリーフォークの仮構されたフォークロアを元の位置に置き直そうとするかのようである。それで記名性が薄らぐわけではないが、何かの系譜の突端でいま新しく音楽を生み出す感覚がめばえる。それは伝統を確認するということではない。それなら土産物屋のワールド・ミュージックで十分だろう。あるいは同好の士に訴えるか。この日のジョセフィン・フォスターはどちらでもなかった。彼女にとっては比較的大きめな会場のせいもあっただろう。ここではカフェでお客さん数人で膝つき合わせて演るような近さは保てない。ムードに流されなければ、彼らの粗さもみえてくる。悪い意味ではない。私たちはつくりこまれていない音楽を聴きながら、音楽のつくりこまれていなささを意匠として聴くことをおぼえたが、それがなければ演奏は自身と他者と空間と歴史との即時的な対話とならざるを得ない。ロルカがスペインの古謡を採譜、編曲したように、あるいはデレク・ベイリーの『インプロヴィゼーション』(工作舎)におけるフラメンコのギター奏者、パコ・ペーニャとの対話を思わせるごとく。ほとんど即興のように。というと即興の定義を広げすぎだとおっしゃるかもしれないが、本編が終わったあと、灰野敬二をまじえて行ったアンコールでの演奏者が一体化するというより場を共有しながら交錯し合うようなセッションのゆらぎは、バサラ(灰野敬二、三上寛、石塚俊明によるバンド)を彷彿させた、と終演後、楽屋で灰野敬二にいうと、彼はすこし間を置いて、「それは褒め言葉だね」といった。



写真:Kazuyuki Funaki

松村正人