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イキウメ『聖地X』@シアタートラム

イキウメ『聖地X』@シアタートラム

Feb. 10th – 31th, 2015

文:綾門優季  
写真:田中亜紀   Aug 17,2015 UP

 イキウメはしばしば突拍子もないSF的な仕掛けが先行的に語られがちな劇団である。たとえば先日蜷川幸雄演出による再演でも話題になった、バイオテロにより、人口が激減し、政治経済が崩壊した近未来、生き残った旧来の人類「キュリオ」と、紫外線に弱く太陽光の下では生きていくことができなくなった新型の人類「ノクス」の絶え間のない衝突を扱った、第63回読売文学賞、第19回読売演劇大賞を受賞した代表作『太陽』もその例外ではなく、初演当時は、奇抜な未来社会の設定、青山円形劇場の独特の使い方などがわたしの周りではよく話題にのぼった。しかしイキウメを追っている身として、この言及のされ方にはちょっとした違和感を以前から持ちつづけていた。イキウメが突拍子もないのはあくまでも物語のスタート地点のみであり、描かれているのはその設定を自明として生きている人々の、ごくごくありふれた悩み、生活で浮上する諸問題、複雑な人間関係のほぐれなさである。遠い世界の話ではなく、現代社会にむしろ密接に寄り添っており、絵空事では片付けられない切実さをつねに孕んでいる。その思いは『聖地X』を観ることによって、ほとんど確信へと変わった。

 『聖地X』を観て真っ先に思い出したのは、イキウメの過去の作品『散歩する侵略者』で取り扱われた、由々しき夫婦間の問題についてであった。『散歩する侵略者』では、夫の体を乗っ取った、他人の概念を奪う宇宙人(かもしれない侵略者)が、夫は記憶障害だと思い込んでいる妻のとある概念を半ば事故的に奪ってしまってすぐに、深く深く絶望する。けれども、対照的に妻の気持ちはその瞬間すっと晴れやかになる、その夫婦間の悲しいギャップが印象的であった。それとは対照的に『聖地X』は、邪悪で不思議な事件が多発するものの、はじめに提示される夫婦間の解消しようがないかと思われた揉め事は、結果的に予想外の解決法で、スタンダードでポジティヴな場所に着地する。『聖地X』で目をみはるべきなのは、あくまでもその場所へ、人として当然の葛藤を経た上でようやくたどり着いた、その曲がりくねった経緯なのである。

 『聖地X』はもともと『プランクトンの踊り場』改稿再演にあたってタイトルを変更した演目だが、果たして再演と呼んでいいのか迷うほどに、作品の根幹から変質している。登場人物が減り、舞台美術がシンプルでありながら多数の仕掛けを備えたものとなり、そして何より、それぞれの人柄が濃厚になった。『プランクトンの踊り場』を観たのはじつに5年前のことなので記憶が曖昧なのをお許しいただきたいが、その時はSF的な仕掛けに驚きはしたものの、はじめてのイキウメ観劇であっけにとられていたのだろうか、当時の装置の大掛かりさもあいまって、それぞれの登場人物がいったいどういう物語を背後に備えているかという部分にまで、関心がいたらなかった(早着替えが凄いんだよ! とか、人物がいきなり入れ替わるんだよ! とか、知人に話すときも仕掛けばかりがつねに話題に出ていたような気がする)。いや、『聖地X』ももちろん仕掛けに驚く愉悦はあり、シンプルになった装置もこちらの想像していない使われ方をして、驚愕をもたらしてくれるのだが、いい意味でそこにばかり焦点をあてて語るべき作品ではなくなっていた。

 離婚を決心して実家に帰った妻を夫が追ってくるものの、携帯をなくしたと途方に暮れている夫の仕事先に電話をかけると、当の夫本人が電話に出る。どちらが本物の夫なのか、どちらも本物なのか……ここから夫ともう一人の夫の一人二役、そしてさらに知らされていなかった「もう一役」を同じ役者が兼ね、しかもその三役が一同に会する(!)にあたって「舞台裏はどうなってるんだ!」とすぐに席を立ってのぞき見たい衝動に観客の誰もが駆られるわけだが、途中から、この二人の理想的な離婚はいかなる決着によるものなのだろうか、という別の興味に囚われはじめる。どう転んでも幸せな離婚の形態を考えることができないからである。そこで要の兄が、フツーはやっちゃ駄目だろう倫理的に! というアイディアを思いつく。アイディアの詳細はこれからDVDを観る、あるいは戯曲を読む方の楽しみを奪いたくないので控えるけれども、観客の予想はまず裏切られる。途方もないやり方でこの複雑怪奇な事態は収束を迎える。いわれたときはあまりにも無理があると思われるのに、いざやってみるとこの選択肢以外ありえなかった、と納得してしまうから不思議である。そしてラストシーンの妻の幸福そうな笑顔を目撃すると、離婚という一筋縄ではいかない問題に関して、新しい見地に立たされることになる。

 現実に深く絶望しているひとへ、イキウメはまったく別の立ち位置から、いつも「考えもしなかったけれど、たしかに一考に値する」アイディアを提供してくれる。そのアイディアを実際に自分の人生に使うかどうかは、まあ、自己責任ではあるにせよ。

文:綾門優季