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内田 学 a.k.a. Why Sheep?   Jul 30,2014 UP
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 映画『ビッグ・ウェイヴ』のサウンドトラックとして作られたこのアルバムのカヴァーは、大波を颯爽とすり抜けていくサーファーの写真とアルバム・タイトルのみ。『フォー・ユー』(82年)のジャケットにもなった山下達郎のグラフィカルな表象といってもいい、『FMステーション』の表紙を彩り続けた鈴木英人のイラストさえない。しかも全曲が英語で歌われている。が、そこから聞こえてきたのは紛れもなく達郎の歌声だった。収められているのは彼の書きおろしの曲と、ビーチ・ボーイズを中心とするカヴァー・ソングのカップリングなのだけれど、全曲がオリジナル・アルバムであるかのように聞こえるほど、すべての曲を自家薬篭中にしている。

 しかし、どうしてこのアルバムはこんなにビーチを思い起こさせるのだろう。アルバム・ジャケットのせいだけではないはずだ。それは観念としてのビーチ。白い砂浜があり、真っ青な海に波が打ち寄せる浜辺。だからといって具体的にどこの海が思い浮かぶわけではない。例えば、それが桑田圭祐の歌う海なら、湘南の海が見えてくるのに。

 ひとつには、当人が語っているように、ビーチ・ボーイズが彼の10代の頃からのアイドルだったというのもあるだろう。そのことは彼の作品全体に大きな影を落としているはずだ。
 そして、彼が10代の頃といえば、もちろんインターネットもないし、誰もが気軽に海外に行ける時代でもなかった。なにしろ1ドル=360円という固定レートだし、格安航空券なんてものもない。そんな時代にラジオから流れてくるビーチ・ボーイズの音楽は、彼にはまるで美しい写真が印刷された絵葉書のような別世界を想像させたにちがいない。そして、彼のなかでイメージされたビーチの情景が、後に作っていく彼の音楽に色濃く表れていったのだろう。
 憧憬という名の風景……

 山下達郎に限らず、彼らの世代の作家には、同様の傾向があると思う。分野は違えど、村上春樹の文学も、20世紀米文学から深く影響を受けている。初期の作品、特に処女作の「風の歌を聴け」(79年)の下敷きになっているのは、レイモンド・チャンドラーのタフな世界観であり、スコット・フィッツジェラルドの喪失感だ(余談だが村上春樹もビーチ・ボーイズの大ファンである)。作品で描かれているのは日本の地方都市だが、見えてくる海岸沿いの街の風景もだが、そこはまるで絵葉書のなかの異国の風景のようだ。

 高度経済成長期を通過して、バブル経済に突入、日本が金を持つようになって、実際にアメリカの不動産を買ったり、企業を傘下に収めたりできるようになった頃に、世に出はじめた山下達郎たちの作品は、想像に明け暮れたティーンエイジを通過した結果の、現実にはどこにも存在しない、それでいてどこかにありそうな世界を呈するようになる。
 この傾向は、山下達郎に限ったことではなくて、音楽に関して言えば、まず先陣を切ったのは日本のジャズだった。渡辺貞夫の『カリフォルニア.シャワー』(78年)しかり、日野皓正の『シティ・コネクション』(79年)しかり。前者はその名の通りカリフォルニアだし、日野のほうはニューヨークが舞台だけど、賭けてもいいが、当時のそれらの場所で、彼らの演奏したようなジャズは流れていなかったと思う。金の力でやっと海外のスタジオとミュージシャンを使えるようになった日本のレコード会社がリリースする日本人によるジャズの最初の作品だと思うが、実際に演奏されたのは、当時、本場を席巻していたフュージョンやロックとクロスオーヴァーしたようなジャズではなく、日本人の感性が「これぞアメリカ」と思うような観光地で売られている絵葉書のようなジャズだった。
 そういった現象は70年代後期から80年代中期の短いあいだに産み落とされたもので、実際にアメリカが身近になってアーティストの目指すものが、もっと本場志向になるにつれ消えていった。あるいは、一方でもっと日本の風土に即したオリジナルな進化を遂げていくことになるのだけど。

 それでも、僕はこの一瞬の間に起こった、憧憬という名のどこにもない風景をこよなく愛している。それらはあまりにも短い間に起こったことだから、潮流のようなものを生むことはなく、文化の文脈なかでは孤立しているように思えるけれども、少なくとも自分のなかではモニュメントのようなものとして残っていった。
 なぜなら、それが純粋なロマンチシズムと、エキゾチシズムによって産み出されたものだから。いつだって想像力は模倣を凌駕するものだから。
 というわけで、僕は夏に限らず表象としての海が恋しくなるたびに、この『ビッグ・ウェイヴ』を聴きつづけることになるのだろうと思う。それが表象でしかないとしても、美しくはかないことには違いはないから。

内田 学 a.k.a. Why Sheep?

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