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Interview

interview with Anchorsong

interview with Anchorsong

梅雨のような音

――インターナショナル・デビューを果たしたアンカーソングに訊く

取材:野田 努   Dec 19,2011 UP

Anchorsong
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 アンカーソングを名乗る吉田雅昭は、ロンドンで暮らしながら音楽を活動をしている日本人青年だ。本サイトでもたまにUKの音楽事情をレポートしてくれている
 同じコスモポリタンの都市でも、ベルリンやニューヨークと違って、ロンドンは日本人が音楽活動しやすい場所ではない。世界でもっともポップ文化を産業としている国でありながら、いろいろあそこは大変だ。アンカーソングは彼の地で4年も地道に活動している。
 この度、アンカーソングはロンドンのレーベル〈トゥルー・ソーツ〉(クァンティックで有名)を契約を交わし、インターナショナル・デビューを果たした。その作品『チャプターズ』が、彼にとっての初めてのアルバムでもある。
 『チャプターズ』は彼の叙情詩だ。トレードマークであるビートの"生演奏"をもとに、ダンサブルな曲からアンビエント調のものまでと起伏に富んだ展開をみせている。高速で飛ばすミニマル・テクノ、ファンキーなダブステップ楽団、深夜の孤独なIDM、メランコリックなダウンテンポ、壮麗なエレクトロニック・ジャズ......などなど。いままでアンカーソングといえば迫力ある生打ち込みのビートでリスナーの目と耳を集めていたものだが、『チャプターズ』ではメロディも光っている。"ビフォア・ジ・アップル・フォールズ"のように官能的なストリングスの音を活かしたメロウな曲も耳に残る。"デイブレイク"のようなグルーヴィーな曲からも平和的な微笑みが見えてくる。
 ばつぐんにキラーな曲がひとつ入っている。それは"プラム・レイン"という曲だ。IDMテクスチャーと彼のスローなビート、そしてジャズのコードと美しいメロディが重なる曲で、しとしとと降る綺麗な雨を想わせる。最高の状態のアズ・ワンの曲とも似ている。
 ロンドンにいるアンカーソングに話を訊いてみよう。

この国には日本のようなはっきりとした四季の移り変わりがない分、"風情"っていう感覚が希薄なんです。メロディやプロダクションも含めて、そういう日本人特有の繊細なニュアンスがこの曲には含まれているんです。

いま、どんな感じで過ごしてますか? ギグはどのくらいの頻度でやっているのでしょう?

吉田:アルバムが海外でリリースされたばかりで、その反響を楽しんでいるところです。海外ではデビュー作ということもあり、僕のことを最近知ったという人が多くて、日本でデビューEPをリリースしたときのフレッシュな気分を感じています。ギグは平均だと月に2、3本ですが、来年2月からはツアーに出る予定です。今はその準備を進めつつ、新曲を書き溜めているところですね。

2011年の吉田くんにとっての最高の思い出を教えてください。

吉田:やっぱりフル・アルバムをワールド・ワイドにリリースできたことですね。活動をはじめた頃から数えると7年近くかかったんですが、自分が本当に作りたいと思っていたものを形に出来たと思うし、それを自分の名刺代わりの1枚として世に送り出すことができたことに、たしかな手応えを感じたので。

今回がインターナショナルなデビュー・アルバムとなるわけですが、吉田くんのなかではやっぱある程度の達成感がありますか? ある意味ではこれをひとつの目標に渡英したわけですよね?

吉田:そうですね。僕は音楽にのめり込み始めた10代の頃から基本的に洋楽ばかり聴いていたので、そういう海外のアーティスト達と同じ土俵で勝負したいという思いが、東京で活動を開始した頃からずっとありました。渡英を決めた時に自分の中でデッドラインを定めて、それまでにワールドワイドに作品をリリースすることが出来なかったら、日本に戻って来ようと決めていたので、何とか達成できて良かったですね。

当然、東北の震災と福島原発事故はロンドンで知ったわけですが......。

吉田:地震のあとしばらくはやっぱり落ち込んでいたし、自分が海外で生活しているということに対してそれまで感じたことのなかったような疑問を抱いたりもしましたが、それが作品の制作に影響を及ぼしたということはないと思います。あの時点で作品がすでにほぼ完成していたというのもありますが、僕はあまり自分の個人的な感情や心情を作品に投影するタイプではないので。とは言え、ある程度は無意識のレベルで作品に現れてしまうものなのかも知れませんけど。

今回〈トゥルー・ソーツ〉と契約するにいっった経緯を教えてください。

吉田:いちばんのきっかけはボノボのサポートを数回に渡って務めたことだと思います。彼はデビュー作を〈トゥルー・ソーツ〉からリリースしていて、いまも親交が深いようなので。それがきっかけで名前を知ってもらって、未発表の曲を聴かせて欲しいと言われて、その時点でほぼ完成していたアルバムをまるごと送ったんです。結果的に内容に手を加えることなく、そのままの形でリリースしてもらえることになったんです。

〈トゥルー・ソーツ〉の音を特徴づけるのは、ソウル・ミュージックやジャズ、ラテンといった音楽からの影響ですが、それまでのアンカー・ソングの音楽性とは開きがあるようにも思いました。自分ではそのあたりどう考えていましたか?

吉田:曲を送った時点では、正直気に入ってもらえるかどうかというのは半信半疑でしたね。レーベルのコンセプトに沿った曲もあるとは思っていたけど、ちょっと違うものも含まれていたので。

実際、音楽性はそれまでとは明確な変化がありましたね。なによりも多様になったし、〈トゥルー・ソーツ〉的な音になっていますが、これは吉田くんがある程度レーベルの方向性に合わせた感じですか? 4曲目の"ダークラム"にしても"プラム・レイン"にしても、コードはジャズからの影響だと思うし、それとも吉田くん自身のなかにジャズやソウルの要素を取り入れた洗練という方向性があったのでしょうか?

吉田:先にも述べた通り、彼らと契約した時点でアルバムはほぼ完成していたので、意図的に彼らのカラーに合う曲作りをしたということはないんです。でもレーベル側がとくに気に入ってくれたのはやっぱり"ダークラム"や"プラム・レイン"といった、ジャズのテイストがある曲でしたね。今回の作品のコンセプトのひとつは「ミニマルであること」なんですが、短いサイクルでのループを組み立てる際に、ポップス的なコード進行を使うとどうしても冗長なものになってしまいがちなので、それに対する打開策のひとつとして、ジャズっぽいそれを導入したというのはありますね。

"プラム・レイン"が本当に美しい曲で、聴いていると綺麗な雨の風景が見えるようです。いま、日本で雨というと原発事故の影響で恐怖があるのですが、"プラム・レイン"は汚染されてない、魅力的な雨を感じます。IDMのテクスチャーと、吉田くんのシンプルなビート、そして素晴らしいメロディがありますね。この曲についてのコメントをください。

吉田:"プラム・レイン"というタイトルは、"梅雨"をもじったものなんです。もちろん実際にはそんな言葉はなくて、駄洒落みたいなものなんですけど。ロンドンで雨模様の日が続く季節に書いた曲で、それが何となく日本の梅雨時の風景を思い起こさせるなって。この国には日本のようなはっきりとした四季の移り変わりがない分、"風情"っていう感覚が希薄なんです。メロディやプロダクションも含めて、そういう日本人特有の繊細なニュアンスがこの曲には含まれているんです。

日本が恋しくなったことはあると思いますが、今回のアルバムにそういう思慕のようなものは出ていると思いますか?

吉田:とくにないと思いますね。この国に来て4年経ちましたけど、いまはまだ日本のことを恋しく思う気持ちよりも、この国のことをもっと知りたいという思いの方が強いですからね。

あるいは、ロンドンで活動しながら吉田くんのなかでも変化があったと思うのですが、どのような影響や、考えの変化があったのかなど、そのあたり、詳しく教えてください。

吉田:もっとも大きな変化は「ライヴ・アクトとしての自分」っていうルーツに立ち戻ったことだと思います。それまでロンドンのアンダーグラウンド・シーンの刺激を吸収して、音楽性の幅を広げることばかり考えていたんですが、ライヴを重ねるうちに、自分が伸ばすべきところはやっぱりそこにあると思うようになったんですよね。レコード契約をとるまでには時間がかかったけど、現場での手応えは常に感じていたので。今回のミニマルというテーマも、僕の基本のセットアップだけでステージで再現できることっていう、ある意味自らに課した制限の中から生まれたものでもあるんです。

取材:野田 努(2011年12月19日)

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