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銀杏BOYZ

合評

銀杏BOYZ- ボーイズ・オン・ザ・ラン

Mar 11,2010 UP 文:橋元優歩、二木 信、磯部 涼
123

"ボーイズ・オン・ザ・ラン"のPVが話題になっている......いや、すでに数週間前の話だが。とにかく、それなりに話題になっていた。ご覧くださればその理由もおわかりになるはず。あの『SNOOZER』もまったくスルーした"ボーイズ・オン・ザ・ラン"のPV、その合評をどうぞー。

観て一驚を喫したのは、そこに映し出されていたのが、
このとき振り落とされた男性たちであったことです。文:橋元優歩

 GOING STEADY時代のファンが多いというだけのことかもしれませんが、驚いたのは、あの女性ジャケのシングルを実際に被写体のような女性が買いにくることです。いまはなき御茶ノ水の某店舗、パンクとインディ・ロックだけを置いた薄暗いフロアにて、ファースト・アルバム2枚同時リリースから2年半を経て、銀杏BOYZのシングル「あいどんわなだい」が店頭に並んだとき、鋲打ちジャケットの男性や若いサラリーマン等々の後ろから、正月でもないのに着物を着た可愛らしい女性がちょこちょこと入ってきて「みねたくんのシーディーください」(!)と言ったことは、非常に印象深かったです。その週は女性客がいつになく多く、もちろんたいていは「みねたくんのシーディー」のお客さん。そしてたいていが可愛らしい。ちょっと待ってください、あなたがたは、スカートをめくられ("日本人")、体操服を盗まれ("Skool Kill")、1000回妄想("トラッシュ")されているのですよ!? しかし「みねたくん」ならよいのです。

 曲中では、女性=「あの子」はいつも手が届かないひとつの究極の存在として表象されるし、そのために結局は転校してしまう("あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す")けれど、実際にはモテてしまう「みねたくん」。彼が同世代の男性に課したハードルはとても高い。

 PEACEとPISSを心に放て スカートをめくれ/凶暴的な僕の純情 キュートな焦操/
(中略)/球場を埋め尽くす十万人の怒号と野次/グラウンドに投げ込まれるゴミの嵐にも負けず/九回の裏50点差の逆転を狙う/素っ裸の九番打者に僕はなりたい――"日本人"

 デビュー・アルバム『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』収録曲ですが、2005年に、この主題はあまりにハードです。地下鉄サリン事件から数えても10年も経っている。九回裏での50点差......九回裏ってものが、10年前に終わってしまっている。これを言えるならヒーローだ。それなら女性もついてくる。また、ついてくるからこそそう言える。しかし、この主題を真に受けるなら、ほとんどの者がそこからこぼれ落ちるだろう......。

ボーイズ・オン・ザ・ラン 銀杏BOYZ
ボーイズ・オン・ザ・ラン


初恋妄℃学園/
UK.PROJECT

 久しぶりのリリースとなる本シングルのPV「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を観て一驚を喫したのは、そこに映し出されていたのが、このとき振り落とされた男性たちであったことです。一種のドキュメンタリー・ムーヴィーの形をとっていて、「将来の夢」とおぼしき事柄を書いたフリップを持った男性が次々と現れ、簡単なインタヴューを受ける。それが延々と続く。セーラー服や、彼らの3枚のシングルのジャケットを飾る、あのあどけない表情をした女性の登場を予期していると、完全に肩すかしを食らいます。それどころか女性はひとりも出てこない。戦争オタクを皮切りに、アイドル、ガンダムなど各種オタク、「脱ニート」や「リア充」を掲げるライトな生活者、正社員志望のロスジェネ既婚者から5000万円を女性に貢いでしまった中年男性、親の介護で消耗しきっている青年等々矢継ぎ早に映し出され、そのいっぽうで「世界一周」や「ストパーかけたい」というささやかな願望も語られる。ごく普通の若い人もいるけれど、頭の薄い人や話し方が宿命的にイタい人など、ある一定の線は充分に意識されている印象を受ける。ひどく滑舌の悪い中年男性の夢は「21世紀のリーダー」だ。

 素っ裸の九番打者どころの話ではないです。過剰な流動性を生み出す成熟社会にあって、また、生きていくのに必要なだけのストーリーを調達するのに以前ほどには素朴でいられないポスト・モダン状況にあって、多くの人が舵を切り損ねている。あるいはオタク化するなど急ハンドルを切っている。

 「みねたくん」の言葉は今度は彼らに届くのでしょうか。もういちど彼らを挑発することができるのでしょうか。率い、目指され、より説得力のある男性モデルを立ち上げることができるのでしょうか。映像は画面転換の速度を増し、曲はバーストし、とくに結論は導き出されない。ただ、最後に写った男性の言葉は、とても印象的に使われていました。「まあ、なるまで......闘います。闘ってもダメだったら、まあ勝つまで、諦めない、まあ死ぬまで、まあ天国に行っても、諦めません。」

 彼は何になるのか? なりたいのか? 正社員に、です。「ほぼ見込みがないかも」という自信のなさをありありと表情に伺わせながら、「まあ」を多用して諦めないことの照れを隠しながら、ただ「諦めない」というキャラだけは自分に設定しておこう、と。もう切なくて観れたものではないです。天国に行ってから正社員になってもまったく意味がないのですから。

 前シングルからさらに2年のインターバルを置き、自らのテーマの洗い直しをおこなったかに見える本作は、だから以前までは曲の対象からはずされていた種類の女性に対しても届き得るものになっているのではないでしょうか。おひとりさま、腐女子、カツマー、さらには森ガール等々の類型は、上に出てくる男性たちと対称形を成している。それは流動的な社会を生きる上で、ひとつの拠り所として切実に選択された態度です。

 サア タマシイヲ ツカマエルンダ――"若者たち"

 つかまえあぐねている人びとに、もう以前のようには煽らない。そこにはそれ相応の背景や事情があるから。でもやっぱり、さあ、魂を、つかまえるんだ。複雑な社会であることはわかっているけど、やっぱりやらなければいけない、「もう一丁」!――"ボーイズ・オン・ザ・ラン"

 "ボーイズ・オン・ザ・ラン"は、それを以前のように直接言わないことで、より普遍的な表現を勝ち得た力作であり、PVとしては破格の喚起力を持った問題作である。もちろん、社会問題が絡む以上は若干の既視感は否定できない、が、実際にいまを生きている男性の顔を正面から撮りまくるというのは、方法的にも非常に有効であると思う。人が素でカメラに向かうと、いろいろなものが写り込むから。

文:橋元優歩

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