「Dubstep」と一致するもの

Rob Smith & KURANAKA - ele-king

 モア・ロッカーズの『Dub Plate Selection Volume 1』はいまでもポップ・ミュージックの歴史にその名を残す名盤である。「ドラムンベースって何?」と訊かれたら、これを薦めておけば間違いない。その後スミス&マイティを経て、いまはRSD名義でブリストル・サウンドを更新し続けているロブ・スミスが来日する。
 彼を迎え撃つのは、日本のアンダーグラウンド・シーンを支えてきた異才クラナカと、今年で21年を迎えるロングラン・パーティ「Zettai-Mu」。1月21日の公演@梅田NOONにはD.J.Fulltono が、1月27日の公演@渋谷CIRCUSにはGOTH-TRADが出演することも決まっている。詳細は以下を。

日本中の真の新の進の震の深の神の心のミュージック・ラヴァー&ベース・ジャンキーたちがしんしんと集結する、日本唯一のロングラン・パーティ〈ZETTAI-MU〉。コアとなる点はブレることなく、音楽や文化が進化・成熟するたびに、ZETTAI-MUもアップデートを繰り返してきた。時代は移り変わろうとも、常にその最前線・最深部に存在し続けているパーティであり、国内外問わず、数々のレジェントを迎え、幾度となく最高の夜を(至福の朝を!)演出してきたパーティ。内臓が震えているのがわかるほどの重低音と、血湧き肉踊るリズム、生き方すら変えてしまうほどの強靭なメッセージ、そして“集まる”という大事さ。記憶に焼き付く、身体に染み付く、忘れえない体験がそこにはある。
昨年からのKURANAKA ASIA TOUR、China、Shanghai、Beijing、Sichuan、Philippines、Manila、Thailand、Taiwan、Vietnam & Japan行脚を経て、 22年目になる2017年スタートの、1/21 (SAT) @ NOON (Umeda. Osaka)、1/27 (FRI) @ Circus Tokyo (Shibuya ShinMinamiGuchi. Tokyo) は、Massive AttackやWILD BUNCHとともに、 数々のオリジナリティあふれる革新的な音楽を生み出し続ける世界の音楽の発信地ブリストル・ミュージックの代表格SMITH&MIGHTYより、Jungle、Drum&Bass、Dubstep、Abstract Beats etc. のトップ・クリエイター&DJとして世界中に広がるシーンのリヴィング・レジェンド! ROB SMITH a.k.a RSDが登壇!!

https://www.zettai-mu.net/news/1701/robsmith2017/

 

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2017.1.21 (SAT) OSAKA
ZETTAI-MU UMEDA NOON Again!!

日本で唯一シカゴ・ハウスからゲットー・テック、ジュークまでを通眼する存在。日本にJuke / Footworkシーンを根付かせた伝道師。Mr Booty Tuneこと、D.J.Fulltono! FatKidOnFire (UK)、Encrypted Audio (UK) などから作品をリリース。2016年にはKarnageとの共作を自主リリースするなど精力的に活動する、岡山在住、気鋭のDUBSTEPプロデューサーDAYZERO!! 深化し続けるNOONの裏名物パーティ“depth”主催、ハード機材を駆使した即興性の高いLIVE MIXを展開するRhy-s! 京都を拠点に活動し、UK TrapシーンのホープHUCCIを擁する「VEYRON ARCHE」に所属。着実に世界との扉を開く新鋭プロデューサーMADKO$MO$! 「ハードヒットレゲエ」を謳うパンクでダビーな音とレベルなルーツロックでジャンルを越えた夜をハードにヒットする。3ピースレゲエダブバンド、バンヤローズ! 日本の大衆文化/サブカルチャーを源に独自の視点で多角的な表現を試みるペインターBAKIBAKI (DOPPEL) によるDJ名義VakiX2! from ATTACK THA MOON中LAのライヴペイントに、BUGPARTY主催、NAGAやCOTYLEDON SOUND SYSTEMの2SHANTI、101、yuki pacificといった関西各地の面々も勢揃い!

:: LINE UP ::
ROB SMITH a.k.a RSD (SMITH&MIGHTY / UK.BRISTOL)
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu, Outlook jp)
D.J.Fulltono (Booty Tune/Somethinn)
Dayzero (FatKidOnFire / Encrypted Audio)
バンヤローズ
Rhy-s (depth/NOON)
MADKO$MO$ (Veyron Arche / #MADWANT )
VakiX2 a.k.a BAKIBAKI (Doppel / ARHBK)
NAGA (BUGPUMP)
2SHANTI (COTYLEDON SOUND SYSTEM)
101 (DIRT)
yuki pacific
and more...!!!
:: LIVE PAINT ::
中LA (ATTACK THA MOON)

 

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2017.1.27 (FRI) TOKYO
ZETTAI-MU

2016年には待望の新作アルバム『PSIONICS』をリリース! UK London MALA (Digital Mystikz) 率いる DEEP MEDi MUSIK所属、世界中で活躍し最も尊敬を集める日本人プロデューサーGoth-Trad!! 初ソロ名義アルバム『The Ja-ge George』をリリースした、東京発世界発信のレーベル/プロダクション「PART2STYLE」の看板アーティスト、オリジナル異型ラガマフィン・ディージェイ、Jage-GeorgeがMAL (PART2STYLE SOUND)とのセットで登場!! 90年代より東京のDrum&Bass / Jungleシーンを牽引するSoi productions DX with Osamu G.Gに加えて、DJ DON! そして新宿Duusraaのサポートによる2nd FloorにはThe Chopstick KillahzよりMars89、Min、HALU、maidable、SYNDROME、Ampsなどの若手も勢揃い!
Bass & Beats Music JunkiesにはマストなまさしくConcrete jungle Music Night!

:: 1st Floor ::
ROB SMITH a.k.a RSD (SMITH&MIGHTY / UK.BRISTOL)
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu, Outlook jp)
GOTH-TRAD (Deep Medi Musik.UK / Back To Chill.JP)
Ja-ge George + MAL from PART2STYLE
Soi Productions (DX&OSAM "GREEN GIANT")
DJ DON (新宿ドゥースラー)
and more...!!!

:: 2nd Floor ::
Mars89 (The Chopstick Killahz / 南蛮渡来)
Min (The Chopstick Killahz / 南蛮渡来)
HALU
maidable (Shoot Recordings / Rubik Records)
SYNDROME (SKETCH UP! Recordings)
Amps (Weekend Shuffle/TREKKIE TRAX)
and more...!!!

 

△▼△▼△▼△▼ PROFILE and ... △▼△▼△▼△▼

ROB SMITH a.k.a RSD
(Smith & Mighty / More Rockes / Tectonic / Punch Drunk / Black Box / Moonshine / Zettai-Mu from Bristol. UK)

Massive AttackやWILD BUNCHとともに、数々のオリジナリティあふれる革新的な音楽を生み出し続ける世界の音楽の発信地、ブリストル・ミュージックのレジェンド、スミス&マイティ "ROB SMITH a.k.a RSD"!! 80年代前半より、レゲエ・バンドのレストリクションで活動を開始。その後、レイ・マイティとともに、ブリストル・ミュージックの代表格として君臨するスミス&マイティとしての活動をはじめ、マッシヴ・アタックのファースト・シングルをプロデュース。そしてバカラックの古典をブリストル流に解釈した「エニィワン」の大ヒットによって、マッシヴ・アタックと並ぶブリストルの顔としてメディアに大々的に取り上げられるようになる。これまでに「ベース・イズ・マターナル」「ビッグ・ワールド・スモール・ワールド」「ライ フ・イズ…」、2003年には初のベスト・アルバム「フロム・ベース・トゥ・ヴァイブレーション」を発表。また、ロブは、初期のマッシヴ・アタックにも参加していたピーターDとのドラムンベース・ユニット“モア・ロッカーズ”での活動も精力的におこなっており、2004年にはアルバム『セレクション3- トライド・アンド・テスティド』をリリース。DJ-Kicksより『Smith & Mighty』、ソロ・アルバム『アップ・オン・ザ・ダウンズ』を発表。09年には、ブリストルの〈パンチ・ドランク・レコード〉の記念すべき1枚目のアルバムとして『グッドエナジー』をリリースする。2009年スミス&マイティとして【METAMORPHOSE】に来日。現在進行形のブリストル・ミュージックで多くの日本のクラウドを沸かせた。そして、2011年には、ZETTAI-MUよりニュー・アルバム『GO IN A GOODWAY』をリリース、同年3月の "SMITH&MIGHTY" 公演は震災の影響により中止になったが、急遽DOMMUNEによる【WE PRAY FOR JAPAN】に出演、日本中を音楽の力で勇気づけた。近年はスミス&マイティの進化版とも言えるダブステップ名義 "RSD" で数々の傑作を生み出し【GRASTONBERY FESTIVAL】【OUTLOOK FESTIVAL】【Deep Space NYC】などオーディエンスを魅了しつづけている。2014年には、"Rebel Sound (Chase & Status + Rage, David Rodigan, Shy FX)" など世界中で話題になった【Red Bull Music Academy - Red Bull Culture Clash】Bristol大会において (Rsd + Pinch + SGT Pokes + Joker + Jakes + Chef + Riko Dan) "Subloaded Sound force" として、Winnerに輝いたのも記憶に新しい。レゲエ~ダブ~ジャングル~ドラムンベース~ダブステップのトップ・クリエーター/トップDJとして世界中に広がるこのシーンのリヴィング・レジェンド! 正真正銘、最新最核の現在進行形のブリストルサウンド!

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KURANAKA a.k.a 1945
(Zettai-Mu, Japan)

11の顔と1000の腕を駆使し日本中のアンダーグラウンドから革命の狼煙を上げ続ける絶滅危惧種の野生の日本人。開放的な上物と相まって叩き打つリズム、体中を行き来する超重量級ベース、フロアを狂喜乱舞させる獣の様なダブ・エフェクト!! 20年以上にわたって日本のダンス・クラブ・シーンの最前線で活動する。Dub、Jungle、Drum & Bass、Dubstepと呼ばれるUK Sound systemミュージック、そして日本のDeepサイド・ミュージックのパイオニア。
今年で21年を迎える日本唯一のロングラン・パーティ「Zettai-Mu」(大阪Bay Side Jenny、梅田Noon、難波Rockets、新宿/恵比寿Liquidroom、代官山Unit、Yellow、Eleven、代官山AIR、渋谷Asiaなど)をはじめ、近年盛り上がりを見せるBass music partyの最高峰「Outlook Festival Japan」そして13年にはAsia初となる「Sonar Music Festival」の国外サテライト・イベント「A Taste of SONAR」の主催者でもある彼は日本初の野外フェスティヴァル・レイヴ「Rainbow 2000」をはじめ、3度の「FUJI ROCK FESTIVAL」「朝霧JAM」「METAMORPHOSE」「Outlook Festival」「Saturn」「Earth Dance」「明宝 Reggae Festa」「渚音楽祭」「舞音楽祭」といった屋内外のフェスティヴァルにヘッドライナーとして出演。シーンの草分け「Drum & Bass Sessions」や 東京アンダーグラウンド・ビーツ最前線「Tight」などのレジテンツ、和太鼓チームとのコラボレーション、DRY & HEAVYのヴォーカルAO INOUEをフィーチャリングしたステージや、REBEL FAMILIA / DRY & HEAVYのベーシストAkimoto "Heavy" Takeshi、BOREDOMSのE-DA、アコーディオン奏者COBAとのセッション、古くはディジュリドゥ奏者GOMAをフィーチャリングして「Rainbow 2000」「FUJI ROCK FESTIVAL」「METAMORPHOSE」といったフェスティヴァルに出演、近年は日本のレゲエ・オリジネーターMUTE BEATのリーダー、こだま和文とのライヴ・セットでの活動や、Shing02との同期コンビでふたつの国際芸術祭(2014年ヨコハマトリエンナーレ、2015年KYOTO PARASOPHIA)1年にわたり繰り広げられたステージを飛び出し観客と深化させる問題作『日本国憲法』がリリースされるなどジャンルや時代の垣根を越え様々なシーンの最前線で活動する。「海底2万マイル ZETTAI-MU 丸腰でトライするエンタープライズ ゼロ足しても掛けてもゼロ」THA BLUE HERBのBOSS THE MCが歌っているように、シーンを底の底で牽引する日本のSUB CULTURE界のラスボス。
20年以上もの間、年間100本近いギグをおこない、これまでに日本・アジア・UK・ヨーロッパなど40回以上のツアー行脚を行っている彼は、LEE PERRYの来日ツアーをはじめ、JAH SHAKA、LKJ、DENNIS BOVELL、ADRIAN SHERWOOD、ABA SHANTIといったRoots Reggae / Dubの来日公演から、世界最大のサウンドクラッシュ「Red Bull Culture Clash」においてGrand Winnerに輝いたRebel SoundのSHY FXをはじめ、CONGO NATTY、RONI SIZE REPRAZENT、ANDY C、DEGO、The BUG、MALA (DMZ)などのJungle / Drum and Bass / Dubstepのアクト、グラミー賞5冠制覇のDAFTPUNKの初来日、UnderworldのDERREN EMERSON、近年にはJAMES BLAKEの初来日公演のACTも務める。またカリフォルニアのFLYING LOTUS、NY・ブルックリンの COMPANY FLOW、AESOP ROCK、NINJA TUNEといったHipHop / Beats系、国内では「HAPPERS ALL STARS (Audio Active. Dry & Heavy. Tha Blue herb. 1945)」での全国ツアーや、BOREDOMSのツアー、THA BLUE HERB、REBEL FAMILIA (GOTH-TRAD + HEAVY)、OKI DUB AINU BAND、O.N.O、QUIETSTORMなどとツアーをおこなっている。
初期のリリースはMOUという名義で (w/ NHK Koyxen) ドイツの名門〈MILLE PLATEAUX (ミルプラトー) 〉よりABSTRACT HIPHOPの先駆け『ELECTLIC LADY LAND』などにDJ SPOOKYやDJ VADIM、TECHNO ANIMAL (THE BUG) などと並びクレジットされている。またコンピレーション『響現』や〈CISCO Records〉よりDRY & HEAVYのベーシストAKIMOTO "HEAVY" TAKESHIをフィーチャリングした楽曲をリリースしている。1945名義では『TIGHT』シリーズのMIXを〈煙突レコーディングス〉よりリリース。リミキサーとしてもAudio ActiveのRemixを〈On-u sound〉よりリリース。REBEL FAMILIA、ORIGINAL LOVEなどの作品を解体~再構築し、ロンドンICAなどでのコンテンポラリー・アート・ショウや、アメリカはネバダ州Burning Manでのプロジェクトに楽曲を提供するなど活動は多岐にわたる。そしてJungle~D'N'B黎明期の片仮名「クラナカ」という名義ももちろん彼であり、世界中で愛用されているKORG「KAOSS PAD」Delay + Reverbe + Sirenが、彼のプレイからヒントを得て開発されたことはあまり知られていない。
強力なビートに乗るメッセージは、そのしっかり踏みしめた両足にのみ伝わる。繊細だが力強く感じ取れる「今まで」「今」そして「これから」へ、貴方が必要とする瞬間、一人ではたどり着けない場所に向かって、現代の太鼓打ちは今日も何処かで大きくバチを振る。

interview with FaltyDL - ele-king


FaltyDL
Heaven Is For Quitters

Blueberry Recordings/ビート

IDMFuture JazzAmbientPost DubstepElectronic

Amazon Tower

 かつてマイク・パラディナスの蒔いた種が開花し、いま、美しく咲き誇っている。マシーンドラムしかり、フローティング・ポインツしかり……ダブステップの功績は、それ自体の音楽的魅力はもちろんのこと、その後に多種多様な音楽のあり方を生み出したという点にも存する。フォルティDLもまたその流れに属するアーティストのひとりだ。

 ダブステップは無論のこと、ハウスやテクノやIDM、アンビエントからジャズまで、フォルティDLが自身の音楽に取り入れるスタイルは多岐にわたっている。そのように様々なジャンルをつまみ食いする彼の音楽全体に共通しているのは、音作りの丁寧さあるいは繊細さだろう。そしてそれはおそらく、彼の「ひとり」性に由来している。
 彼は、音楽を作るときはひとりだと言う。2年ぶりとなる彼の最新作には3組のゲストが参加しているけれど、かれらはみなフォルティDLの作り出す音響空間を華やかに彩るようなことはしない。かれらはみな、自らをあくまで素材のひとつとしてフォルティDLに提供する。フォルティDLはその素材を、彼自身の部屋でひとりで丁寧に組み上げていく。
 そういった彼の「ひとり」性は、このアルバムの随所から聴き取ることができる。“River Phoenix”でときおり訪れる、全ての音がほんの一瞬だけ収束する不思議な「間」。“Drugs”でロージー・ロウのヴォーカルと対比的に刻まれるブレイクビーツ。“Shock Therapy”における「A.I.」シリーズへのノスタルジア。“Whisper Diving”後半のシンセのみじん切り。どこか初期のOPNを想起させる“Osaka Phantom”の幻想的なメロディ。そのような「ひとり」性は、彼とガールフレンドのイニシャルが冠された“D & C”からも感じ取ることができる。たしかに、パートナーがいようがいまいが、人はみな、ひとりだ。
 それにこのアルバムは、「クラブ・ミュージックって何?」という素朴な問いを発するもものでもある。たとえば、ミュージックことマイク・パラディナスが参加したダンサブルな“Frigid Air”は、本作のキラー・チューンと言って差し支えないと思うのだけれど、必ずしも踊ることに特化した機能的なトラックというわけではない。たしかに、曲調自体は明るい。でも、下方を踊り這うブレイクビーツと、2種類の音が交互に入れ替わる上モノ、そしてそのあいだにうっすらと滑り込むヴォーカル・エフェクトは、良い意味でちぐはぐな空気を紡ぎ出している。これはおそらく、フォルティDLなりのダンスの狂熱との距離のとり方なのだろう。
 クラブへ行っても、メイン・フロアに繰り出して踊り狂ったり、顔なじみと「よう!」などと肩を叩き合ったりすることはせず、箱の隅っこで小刻みに身体を揺らす程度で済ませ、家に帰ってひとりでまた別の音楽を聴く――フォルティDLのこのアルバムからは、そういうリスナーの存在を感じ取ることができる。間違いなく、それもクラブ・ミュージックのあり方のひとつだ。

 以下のインタヴューで彼は、音楽はエスケイピズムであると発言している。おそらくそのエスケイピズムには、音楽それ自体からの逃避も含まれているのだろう。逆説的ではあるが、だからこそ音楽は同時にセラピーでもあることができるのだと思う。

音楽って、逃避できるのが良いところだと思わない? でも同時に、セラピーでもあると思う。

あなたの音楽はハウス、ダブステップ、IDM、アンビエント、ジャズなど、幅広い領域を横断しています。もし自分の音楽にひとつだけタグを付けなければならないとしたら、何という言葉を使いますか?

ドリュー・ラストマン(以下、DL):どうだろう……「エレクトロニック・ソウルフル・ミュージック」だな。俺はそれがいいと思う。

あなたは、自分の音楽がクラブで聴かれるのと、ベッドルームで聴かれるのとでは、どちらが嬉しいですか?

DL:両方とも嬉しいね。でも、俺は自分ひとりで音楽を作るし、ひとりで音楽を聴くのも好きだ。音楽自体と一対一のパーソナルな関係で繋がることが多いから、そっちの方がしっくりくるというか、近く感じるというのはあるかな。

あなたの音楽は、主にクラブ・ミュージックのリスナーによって受け入れられてきたと思います。そのことについてはどうお考えですか? 

DL:確かにそうだよね。プレスリリースでも少しそのことに触れたけど、自分自身も音楽を色々な状況で楽しみたいし、俺の音楽にはそれが反映されていると思う。リスナーに色々な種類の人たちがいるのは良い事だと思うよ。

本作ではいくつか「歌」をフィーチャーしたトラックがあります。あなたにとって歌やヴォーカルとは何でしょう? 他の楽器やエレクトロニクスと同じものでしょうか?

DL:まず、歌は素晴らしい楽器のひとつだと思う。そして、歌があることで、より多くの人びとがその音楽と繋がることができるんじゃないかな。ヴォーカルがあった方が、繋がりを感じやすいと思うしね。だから逆に、ヴォーカルのないエレクトロニック・ミュージックなのに幅広いオーディエンスの心をつかむ音楽は本当に素晴らしいと思う。エイフェックス・ツインとかさ。ヴォーカルはないのに、本当に多くのオーディエンスが彼の音楽をエンジョイしているだろ? そういう音楽って好きなんだよね。

“Drugs”のロージー・ロウは、どのような経緯でこのアルバムに参加することになったのでしょうか?

DL:デルス(DELS)がプロデュースした曲をリミックスしたことがあったんだけど、その曲がロージー・ロウをフィーチャーしていたんだ。3年前の話で、その時、俺は彼女の声をすごく気に入って、デルスの声を全く使わずに、彼女の声だけを使った(笑)。彼女の声を繰り返し使って、7~8分のリミックスを作ったんだ。それがきっかけで彼女の声を知って、その後彼女といくつか曲を作ろうとしたんだけど、なかなかお互いがしっくりくるものができなくて……で、“Drugs”のインストを彼女に送った時に彼女がそれをかなり気に入って、その日の夜までに何パターンかのヴォーカルを乗せて返してきてくれたんだ。その全てが違っていたし、クールだったよ。

“Infinite Sustain”のハンナ・コーエンは?

DL:彼女のマネージメント・チームを通して知り合ったんだ。最初はそのマネージメントの他の女性アーティストとコラボを企画していたんだけど、そのアーティストが忙しかったりで実現できそうになくて、彼らがハンナを勧めてきた。そこでハンナの作品をチェックしてみたら、すごく良かったんだ。彼女の声はロージーと違っていてすごくソフトなんだ。そこがまた面白いと思った。様々なスタイルをアルバムに持たせることができるからね。

通訳:あなたの音楽には、女性ヴォーカルの方が合うんでしょうか?

DL:男性よりも女性ヴォーカルとコラボすることの方が多いのは確かだね。でも、どちらのヴォーカルにもオープンだよ。前回男性ヴォーカリストとコラボしてから随分経つけど、男性ヴォーカルをフィーチャーするのも好きだし。あ、待って、それウソだ(笑)。この前ホセ・ジェイムズとコラボしたばかりだからね。アルバムの前にミックステープをリリースしたんだけど、すっかり忘れてたよ(笑)。SoundCloudでチェックしてみて。

“River Phoenix”のダブステップのリズムには懐かしさを感じます。あなたは、ダブステップが多様化していった時期に登場してきましたが、ダブステップについてはどのような思いを抱いていますか?

DL:実は、もうダブステップのシーンは追っていないんだ。まだ存在していることはわかっているし、多くのプロデューサーが色々な方向に進んで様々なBPMに挑戦しているのも知っているけど、ダブステップが盛り上がっていた理由のひとつは、皆がひとつになって繋がっていたことだと思うんだ。皆がファミリーみたいな感覚だった。それがひとつのビッグなシーンを作り出していたわけで、だからこそ盛り上がっていたんだと思う。でもいまはそれがいくつかのグループに別れてしまって、ひとつにまとまったシーンではなくなっていると思うんだ。いまは小さなシーンがいくつか存在しているような感じだと思う。いまだにソリッドなダブステップを作っているミュージシャンももちろんいるけど、俺自身はもうダブステップにはあまり繋がっていないね。

通訳:いまのあなたの音楽とダブステップの繋がりとは?

DL:もちろん、多くのダブステップのプロデューサーたちには影響を受けてきた。2009年頃、俺が音楽をリリースし始めた頃はね。特にそこから2~3年はたくさんのダブステップを聴いていた。だから脳の中にはインプットされているし、自分の音楽作りを助けてくれている部分もある。でも、エレクトロニカやブロークンビーツっぽい音楽の方が自分にとっては近いんだ。

“Bridge Spot”のサックスは808ステイトの“Pacific State”を彷彿させます。また、“Shock Therapy”には、初期のプラッドなど「A.I.」シリーズの頃の〈Warp〉作品を思わせるテイストがあります。80年代末~90年代初頭のテクノに特別な思い入れはありますか?

DL:あの時代は、テクノ界で様々なことが繰り広げられていたし、常に革新的なことが起こっていた。同時に、国どうしが影響し合いはじめた時代でもあったと思うね。アメリカやドイツ、日本やUKが自分たちのヴァージョンのテクノを作っていて、それをお互いに広め合っていた。インターネットが普及する前の話だし、それってすごくクールだよな。俺、808ステイトが大好きなんだ。だから、その意見はすごく嬉しいよ。

あなたの最初の2枚のアルバムは〈Planet Mu〉からリリースされました。それによってあなたの存在を知ったリスナーも多いと思います。マイク・パラディナスは本作にも参加していますが、彼とはどのようにして出会ったのでしょうか? また、彼から受けた影響はどのようなものですか?

DL:彼と最初に話したのは、インスタント・メッセンジャー。インスタント・メッセンジャー、覚えてる(笑)? 2008年くらいかな。もしかしたらその前に彼にMyspaceでメッセージしたことがあったかもしれない。2002年くらいから彼の音楽を聴いていて、彼の音楽が好きだったから、彼にデモを送るようになったんだ。かなりたくさん送ったな。最初はCDに焼いたりして送ってた。その後ネットでデータが送れるようになって、インスタント・メッセンジャーで彼にデモを送るようになったんだ。そうしているうちに彼が気に入ってくれたものがあったみたいで、彼が「よし、リリースしよう」と言ってきた(笑)。クールだったね。彼はプロデューサーとしてユーモアのセンスがあるし、彼のメロディの作り方にも影響を受けていると思う。あといちばん大きいのは、レーベル運営のしかた。それに影響を受けて、俺自身もいま自分のレーベルを持っているしね。彼がレーベルを運営している姿を見ているのはすごく勉強になった。彼は自分が良いと思ったものは何でもリリースする。その時の流行は関係ないんだ。逆に、彼は流行ってない作品を人気にすることもできる。彼はテイスト・メーカーなんだよ。

その後の2枚のアルバムは〈Ninja Tune〉からリリースされました。それは、あなたにとってどのような経験になりましたか? コールドカットや他のレーベルメイトから学んだことはありましたか?

DL:〈Ninja Tune〉は、とにかくビッグ・チームだった。約20人の人たちが自分のレコードのために動くんだからね。だから、皆が全てを把握できるようオーガナイズをするのはすごく大変だったけど、彼らは本当にそれがうまくできるんだ。売り方もうまいし、本当に成功したレコード・レーベルだと思う。大物アーティストからアンダーグラウンド・エレクトロニックまで、様々な作品をリリースしているしね。コールドカットとは会えばいまだに一緒に出かけるよ。彼らは本当にクールだね。他のアーティストもそうだけど、何かを学んだというよりは、音楽に変化をもたらしたアーティストたちの周りにいるというのはすごく「刺戟的」だったね。

先ほどお話に出ましたが、本作をご自身が主宰する〈Blueberry Records〉からリリースすることになった経緯を教えてください。また、レーベルが変わったことは、本作の制作にも影響を及ぼしましたか?

DL:レーベル名は、俺の祖母が持っているブルーベリー畑から取ったんだ。なぜ今回自分のレーベルからリリースすることになったかというと、〈Ninja Tune〉とも次回作の話はしていたんだけれど、自分の理想の時期よりも長く待たないといけなくて、俺自身はもう準備ができていたから、それを友人たちに話していたら、皆に、「自分のレーベルがあるんだから、自分がいま出したいなら自分のレーベルから出せよ」と背中を押されたんだ。〈Ninja Tune〉もそれに対して「良い」と言ってくれたし、お互いにとって平和な決断だった。全てのプロセスが実験的だったけどね。トラックリストも全部自分で決めないといけなかったし、自分で最初から最後まで全てを手掛けた初めてのアルバムだった。あまりインタヴューで話してないけど、もっとこのことについて話すべきだな。だって、全て自分でコントロールしながら作ったことで、この作品はいままでの中でいちばんフォルティDLらしい作品に仕上がっているから。ある意味、それはクールだと思う。それが良い事なのか良くない事なのかはわからないけど(笑)、いちばんフォルティDLらしいっていうのは事実だね。皆がそれを気に入ってくれるといいけど(笑)。

“Shock Therapy”という曲のタイトルが気になりました。音楽には、つらい現実を忘れさせてくれるものもあれば、ハードな現実と向き合う手助けをしてくれるものもあります。あなたの音楽は、そのどちらだと思いますか?

DL:音楽って、逃避できるのが良いところだと思わない? でも同時に、セラピーでもあると思う。俺は瞑想するために音楽を聴く時もあるしね。それが音楽だと思う。

幻想的な“Osaka Phantom”には、どこかゲームのサウンドトラックのような雰囲気があります。何か実際に大阪で体験したことがインスピレイションになっているのでしょうか? また、このアルバムのアートワークにはタイトルの日本語訳が記されています。何か日本について思うところがあったのでしょうか?

DL:日本はもともと大好きなんだけど、大阪ってなんか東京より大きく感じるんだよね。高層ビルがないぶん広く感じるし、あのガヤガヤした雰囲気のヴァイブがそう思わせる。あの曲は、自分が大阪にいる時に聴きたい音楽を想像しながら作ったんだ。すごくにぎやかな街に流れるアンビエント・ミュージックみたいな。ちょっとファントムとかお化けっぽい感じ。日本って本当に好きなんだ。自分の国と全然違うし、日本人って音楽に感謝の念を持っているし、リスペクトしているよね。アーティストとして、やっぱりそれは感じたいしさ(笑)。ちなみにタイトルの日本語訳は、日本盤だけじゃなくて全てのアルバムに表示されているんだ。

最後のトラックのタイトルになっている“D & C”とは何の略でしょうか?

DL:あれは俺とガールフレンドの名前のイニシャルだよ。

アルバムの前半はヴォーカルの入ったトラックやダンサブルなトラックが続き、後半になると静かなトラックやじっくり聴き入りたくなるようなトラックが並んでいます。アルバムを作る上で、何かコンセプトのようなものはあったのでしょうか?

DL:コンセプトというか、自分が考えていた目的は、純粋なフォルティDLを見せることだった。あとは自分のレーベルから出すということもあって、それを意識したし、自分のレーベルが築き上がるまでを表現したかった。でも、あまりコンセプトはない。それはリスナーに委ねたいから、普段からコンセプトはあまり考えないんだ。

本作の制作中によく聴いていた音楽があれば、教えてください。また、それらの音楽は本作にどのような影響を与えましたか?

DL:レーベルからリリースされるアーティストの作品はよく聴いていたね。でも、特別これといったものはなかったな。あ、待って! ビーチ・ボーイズをたくさん聴いてたな(笑)。アルバムの音楽からはあまり聴き取れないと思うけど、ソングライティングなんかは、もしかすると影響を受けているのかもしれない。あの、良い意味でイージーなソングライティングにね。

あなたと同じ時期に〈Planet Mu〉から12インチをリリースし、その後あなたと同じように様々な音楽の要素を取り入ながら評価を確立していったアーティストにフローティング・ポインツがいます。彼の音楽は聴きますか?

DL:彼の音楽は聴くよ。彼の昔のクラブ・ミュージックの方がよく聴いていたかもしれない。けど、彼の新作は本当に美しいよね。いまはライヴ・バンドと一緒に全然違う事をやっているし、すごく良いと思う。俺には、ロック・ジャム・バンドを思い起こさせるんだ。彼は俺にとって、弟みたいな存在なんだよ。

あなたは2年前にワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの“Replica”をリミックスしています。OPNの音楽についてはどう思いますか?

DL:彼の音楽は本当に素晴らしいと思う。俺は『Replica』のアルバムが大好きで、もちろんリミックスした“Replica”は俺の大のお気に入りなんだ。あのアルバムはすごく遊び心があるし、あのロウファイなサウンドが好きなんだ。彼の前の作品の方がよく聴いていたな。いまはもっとアカデミックで、超クリーンでクレイジーなエレクトロニックのテリトリーにいると思うけど、それはそれでスクエアプッシャーっぽくてカッコいい。リスペクトしてるよ。すごく才能があるミュージシャンだと思うね。

最近のアーティストで共感できるアーティストがいたら教えてください。

DL:共感できるアーティストは……最近はエリシア・クランプトンをよく聴いてるかな。去年彼女のアルバムを〈Blueberry Records〉からリリースして以来、彼女の音楽にハマっているんだ。いま話し合ってるんだけど、たぶん今後コラボすると思う。

『Heaven is for Quitters(天国はふぬけのためにある)』というアルバム・タイトルは最高に素晴らしいと思います。ドラッグによるトリップを想起させるタイトルですが、どのような経緯でこのタイトルに決まったのでしょうか? また、これは反語でしょうか、それともストレートに読むべきでしょうか?

DL:最初は、『Heaven』っていうタイトルにしようと思ってたんだ。自分のアルバムを自分で作って、自分のレーベルから出すわけで、それってすごく良い位置にいると思ったから、「天国」にしようと思った。でも、俺って何に対しても100%ポジティヴってことはなくてね(笑)。ちょっとネガティヴなものを混ぜたくなるんだ。なんでそうなのかは自分でもわからないんだけど(笑)。ニューヨーカーだからなのかもしれない(笑)。それで「is for Quitters」をつけたんだよ。「ふぬけ」っていうのは、人気になるために活動している人たち。それって、俺にとっては全然何かに挑戦してるとは思えないんだよな。ちょっとダサいと思うな。彼らにとっての「天国」を目指すってことは、ギヴアップに感じるんだ。

あなたご自身は、ふぬけ(quitter)ですか? もしそうだとしたら、天国(heaven)へ行ってみたいと思いますか?

DL:良い質問だな(笑)。俺はふぬけではないと思うけど、何かを始めてもなかなか終わらせられないっていうのはある。もっと何かを止めたり、失敗することに勇気を持てるようになってもいいと思うね。人生短いんだから、どんなことでもやっていいと思う。天国に行きたいかはわからないな。俺、天国の存在自体あまり信じてないから。でも、もし常にハッピーを感じられる場所があるんだったら、もちろん行きたいけどね(笑)。

通訳:ありがとうございました!

DL:こちらこそ、ありがとう。

interview with Mala - ele-king

E王
MALA
Mirrors

Brownswood Recordings / Beat Records

DubstepLatinWorld

Tower HMV Amazon

キューバの次はペルーと来た。理由は以下に詳しい。70年代のナイジェリア音楽やガーナのヴィンテージ・サウンドがこのところエディットされたり、サンプリングされまくる傾向をワールド・ミュージックのリユースとするなら、トランス・ローカルな産物といえるDRCミュージックや『BLNRB』、あるいは〈サウンドウェイ〉から『テン・シティーズ』としてまとめられた初顔合わせの試みは完全にコンテンポラリー・サウンドに属し、過去の音楽を現代に蘇らせたものとは素直には言い難い。

 マーラがキューバに続いてペルーの現地ミュージシャンと作り上げたセカンド・ソロ『ミラーズ』もはっきりと後者に属し、1+1を3にも4にも膨らませようというダイナミズムに彩られた驚異の試行錯誤である。マーラが人気に火を点けたとも言えるスウィンドルがひたすら50年代のアフロ-キューバン・ジャズに執着しているのとは対照的に、マーラは「いま、そこ」で音楽活動を続けているミュージシャンの力量に基礎を置き、彼らが現在進行形で有しているスキルを時の流れにスポイルさせてしまうような方法論は取っていないともいえる。DJカルチャーならではの非常に回りくどいコラボレイションの方法論をつくりあげたというのか、ダブステップとはかなり懸け離れたイメージを漂わせてしまうかもしれないけれど、もしかしてそのアーキタイプはブライアン・ジョーンズの『ジャジューカ』なのかなとも思いつつ、南米を逍遥しつづけるマーラ自身に話を訊いた。

Mala / マーラ
ダブステップのデュオ、デジタル・ミスティックズの片割れとしても活躍するロンドンのプロデューサー、DJ。同ユニットにおいて初めてダブステップを本格的に普及させるきっかけとなったパーティ〈DMZ〉を主催してきた他、自身でもレーベル〈Deep Medi Musik〉を立ち上げてさまざまなアーティストの発掘、紹介に精力をみせる。2012年にジャイルス・ピーターソン主宰の〈ブラウンズウッド〉からマーラ名義では初となるアルバム『マーラ・イン・キューバ』をリリース、世界的な評価を浴びた。2016年6月には2作め『ミラーズ』がリリースされる。

異国の地に行って、現地のミュージシャンとの出会いだったり、そこで発見した新しい楽器、新しい食べ物、新しい文化、新しい物語、新しい経験をもとにアルバムを作りたいと思った。

『マーラ・イン・キューバ』(2012年)は現地のリズムを録音しながら随時エディットしていくというものだったそうですが、ペルーがインスピレイションの元になったという新作も制作の方法論は同じですか?

マーラ:同じだ。細かい部分での違いはあったけど、基本的には同じ方法をとった。つまり、異国の地に行って、現地のミュージシャンとの出会いだったり、そこで発見した新しい楽器、新しい食べ物、新しい文化、新しい物語、新しい経験をもとにアルバムを作りたいと思った。新しい発見は楽しいし、刺激的だ。まるで子どもに戻ったような感覚になる。異国に行って、右も左もわからないんだけど、だからこそまっさらな状態で新しいことを学び、吸収することができる。そうやって何かを創造することが好きなんだ。

(通訳)なぜペルーだったのですか。

マーラ:2つの理由でペルーになった。ひとつは、いまのパートナー(恋人)がいつもペルーの話をするんだ。出会ったときからずっと。俺の方は、ペルーについて何も知らないまま育った。学校でも教わらなかったし、育った環境もペルー出身の知り合いもいなかった。いままで全く接する機会がなかった。だから新しい発見があるにちがいないと思った。新しい人や音楽、あと、食べ物との出会い。ジャイルス(・ピーターソン)と〈ブラウンズウッド〉から「またアルバムを作らないか」と 言われたとき、彼らの方から「こういう国はどうか」という提案がいくつかあった。でも、ペルーは誰も予想していないだろうと思った。案の定、ジャイルズとレーベルのみんなも驚いていたよ。

“テイク・フライト”の試みはとてもユニークだと思いましたが、これもペルーのリズムなんですか?

マーラ:リズムに関してはなんとも言えないな。あの曲で主にペルーなのはギターだ。ペルーのギタリストが演奏している。でもドラマーはちがう。というのも、現地で録音したものとはまったくちがうドラムを組みあわせているんだ。というのも、(ペルーから戻ってきて)どうもピンとこなくて、元からあったドラムとパーカッションをすべて抜いたんだ。そこからどうしたらいいのか途方に暮れていた。とりあえずちがうドラム・サウンドやビートを重ねてみたりした。そこで、ぴったり合うようなドラム・パターンを見つけた。でも、サウンドがちがっていた。生ドラムの音じゃなきゃだめだと思ったんだ。



 ちょうどその頃、リチャード・スペイヴンというドラマー用のリミックスを仕上げたところだったんだ。彼はザ・シネマティック・オーケストラの作品にも参加しているし、ホセ・ジェイムズのバンドのドラマーでもある。あと、日本人トランペッターの黒田卓也ともやっている。とにかく、そのリチャード・スペイヴン用のリミックスを終えたところだった。で、例のトラック用に新しく作ったドラム・ビートには生ドラムのサウンドがいいと思って、最初はソフトを使って、スタンダードな生ドラムの音で作ったんだけど、イマイチだった。作ったドラム・パターンを録音しておくのによく使うスタンダードな生ドラムの音だ。だから彼に連絡して、「君が叩いたらぴったりだと思うんだ。やってくれないか」とお願いしたんだ。そして彼にトラックと自分が作ったドラム・パターンを送ったら、完璧にやってくれた。彼のドラムが 入ったおかげで曲が断然良くなった。俺が作って送ったフィル(ドラム・パターン)を叩いてくれているんだけど、彼は生きたドラマーだから、曲に息を吐き込んでくれた。あの曲の仕上がりには本当に満足している。

ギターという楽器を打楽器として再発見しているような印象もありますけれど、これは誰が演奏しているのでしょう?

マーラ:すべてペルーの現地のミュージシャンだ。アルバムに参加しているのは2人のギタリストだ。彼らにペルーの伝統的なリズム・ギターを弾いてくれ、伝統的な曲を弾いてくれ、とお願いするんだ。そうして録音したものをサンプリングして、一度解体して、また曲に再構築するんだ。

リズムに対する興味はかなり広範囲になっていると思います。とはいえ、無制限でもないようで、自分ではどのあたりで線を引いたということになるのでしょう。

マーラ:それは正直、自分でもわからないんだ。自分がどうやっているのか。アルバムを作るとなると、作品としての統一感や流れを持たせることを意識せざるを得ないわけで。でも、それでいいのかどうかという確信は最後まで持てない。アルバムを作る作業が進んで、さらに深く掘り下げながら、終わりに近づくにつれて、そういう考えがより明確に頭の中をよぎる。そして、「この曲の後にはどの曲を持ってくる」といった具体的なことを考えるようになる。それをする上で 決まった作業の進め方があるわけではない。個人的には、アルバムを作るのには苦労する。たくさんの楽曲を作って、ひとつにまとめる作業というのはけっして簡単なことではない、と思っている。

キューバ同様、いくつかのちがうリズムがペルーにも存在する。さまざまなアフロ・ペルーのリズムが。

“インガ・ガニ(Inga Gani)”はDJニガ・フォックスやポルトガルのクドゥロに影響を受けたものに聴こえます。これもペルーのリズムなんですか?

マーラ:ペルーのリズムではあるけど、さらにその前にまで遡れば、今日のペルーの文化にはアフリカに由来している部分もある。かつてスペイン人がペルーにたくさんの奴隷をアフリカから連れてきているからね。人口の1割はアフリカ系ペルー人だ。だから、地域によっては、アフリカの流れを組む音楽を耳にすることができる。だからキューバだろうと、アンゴラ、ポルトガルだろうと、アフリカ音楽が土台にあるから、似た雰囲気に聞こえるのだろう。リズムにしても、6/8拍子だったりとか、すごく似ている。この曲のリズムもペルーのリズムだ。アフロ・ペルーと呼ばれている。ノヴァリマ (NOVALIMA)というバンドとも共演しているマルコス・モスクエラ(Marcos Mosquera)というパーカッショニストがこの曲に参加している。もう一人著名なアフロ・ペルー音楽のミュージシャンのコチート(Cotito)もこの曲に参加している。彼らは二人ともアフリカ系ペルー人だ。

(注*アフロ・ペルー音楽に興味を持つのは国外の人が多い。ペルーで一般的なのはサルサやロック。もしくはケーナやチャランゴといったフォルクローレ。クラブ系ではテクノ・クンビアことチチャ。ちなみにペルーの首都リマにちなむノヴァリマは元はスラッシュ・メタルだったという噂も)

(通訳)ちなみにタイトルにはどんな意味があるのでしょう?

マーラ:インガ(Inga)というのはあるリズムを意味している。キューバ同様、いくつかのちがうリズムがペルーにも存在する。さまざまなアフロ・ペルーのリズムが。たとえば、フェスティーホ(festejo)と呼ばれるものだったり、インガ(inga)、それからランドー(lando)、ザマクエカ(Zamacueca)といったものがある。「Inga Gani」のGaniは特に意味はない。インガ(Inga)はこの曲のインスピレーションのもとになったリズムを指している。

『ミラーズ』というタイトルは自分自身がさまざまなものを反映しているという意味ですか?

マーラ:たしかにここ数年、いくつかの辛いこともあった。そんな中で音楽だけは、自分が大人になってからの人生において心のよりどころになっている。音楽と向き合っている時間は、瞑想だったり、自分のスペースを見つけたり、思案する時間でもある。この数年、このアルバムに費やした時間と労力を振り返ってみると、「self-reflection(内省)」が大きな部分を占めていたと思う。そういう観点から、「ミラーズ」がアルバムのタイトルにふさわしいと思った。あと、「鏡」というのは、われわれが普段「鏡」と呼んでいる「光の反射を利用して形・姿を映す道具」のみを指すのではなく、自分の場合、たとえば山の中にいるときだったり、目の前に海があってそれを眺めているときだったり、スタジオにいるときなんかの、自分と向き合うことのできる瞬間のことでもある。「聖なる谷」にいるときのように。

「鏡」というのは、自分の場合、たとえば山の中にいるときだったり、目の前に海があってそれを眺めているときだったり、スタジオにいるときなんかの、自分と向き合うことのできる瞬間のことでもある。「聖なる谷」にいるときのように。

 ペルーにはウルバンバというクスコから車で1時間くらいのところに、「聖なる谷」と呼ばれている谷がある。あれだけ多くの星を夜空に見たのは、そこに行ったときが初めてだった。夜中1時くらいに、そこでただ夜空を眺めながら座っている瞬間というのは、大自然という野外の環境に身を置きながら、同時に非常に内省的な体験でもある。内なる自分と向き合いながら、宇宙とひとつになる瞬間だ。自分を見つめ直す瞬間なんだ。ペルーでの多くの体験に、この内省的な体験を 感じたんだ。だから「ミラーズ」がぴったりのタイトルだと思った。
当初は別のタイトルにする予定だった。制作開始から1年くらいは別のタイトルで作業を進めていた。でも、アルバムの完成が近づくにつれ、当初予定していたタイトルがしっくりこなくなった。そこで、別のタイトルにしようと思って、いろいろ探して、「ミラーズ」に行き着いた。おもしろいのが、「聖なる谷」 を訪れた際、あるシャーマンに会いに行ったんだ。そこで、そのシャーマンといっしょにアヤワスカの儀式を行った。その儀式の終わり近くになって、自分の頭の中 で巡らせていたいろいろな思いをどうしても書き留めたいという衝動に駆られたんだ。そのときに、日記に書き留めた文章の最後の言葉が「ミラーズ」だったんだ。でも、そのことに気づいたのは、アルバムのタイトルを決めた後だった。決めた後に、「もしかしたらもっといいのがあるかも」と思って日記を読み返したら、最後に「ミラーズ」と書いてあって、「そうだよな、やっぱり『Mirrors』だよな」と思った。全部が理にかなっていた。

(注*アヤワスカはDNTとして知られる地上最強のドラッグの材料。ロサンゼルスで体験する人も多く、フライング・ロータス『パターン+グリッドワールド』のジャケット・デザインもおそらくDMTの幻覚に由来)

トライバルなリズムに浮かれた気分を持ち込まないのはあなたの性格の表れですか? それとも、実際にいま、そういったリズムが生まれる場所の社会情勢がそういう気分にさせるとか?

マーラ:いくつか理由はあると思うけど、俺自身の性格が大きいと思う。というのも、普通にアフロ・ペルーのリズムを聴くと──たとえばアフロ・ペルー音楽を奏でるスペシャリストのバンドなんかの演奏を聴くと、それはむしろアップ・ビートでまさにカーニヴァルやお祭りで人々が踊って、騒いで、笑顔で手を叩いているのがぴったりくる。だから、メランコリックなサウンドになるのは、俺の性格や人間としての気質の表れだと思う。この世界には光や美しいものもたくさんあると思うし、そういう世の中のいい面も見えてて、外向きな面も自分にはあるけど、同時に悲惨で、恐ろしい、破壊的なことが継続的に起きていることを見ないふりはできない。だから、その両極の間のどこかに自分をつねにおいているんだと思う。

『マーラ・イン・キューバ』にそこはかとなく感じたメランコリーは『ミラーズ』にはストレートに受け継がれていないように感じたのですが、自分自身ではいかがですか?

マーラ:正直、自分ではわからない。今作を作るにあたって、ものすごく苦労したし、悪夢のように感じた瞬間もあった。その一方で、自分がすべてを掌握していると思えて、方向性にも非常に満足できた瞬間もあった。自分にとって、これは自分の人生そのものなんだ。この3年間に起きたことすべて、さらにはその前の出来事もすべてが、この作品を作る糧になっている。だから、今作が前作と比べてメランコリックかどうかと、俺からは言えない。音楽の素晴らしさ、ひいては人間の素晴らしさっていうのは、自分の頭で考えることができることだ。「この音楽はこういうものだ」という説明ができるだけない方がいいと思っている。俺にとってのこの作品は、人が感じる印象とはまったくちがうかもしれない。だから聴き手が自分たちの好きなように解釈してくれれば、それでいいと思う。どう解釈しようと自由なわけだから。

今作に関して自分にとって重要だったのは、共演しているミュージシャンに対して、彼らの音楽の魅力を十分に引き出すことだった。

『マーラ・イン・キューバ』は世界中で大絶賛でしたし、日本でも音楽誌一誌で0点が付いたのを除けば満点評価に近いものがありましたが、自分で反省点などはありますか?

マーラ:プロデューサーとして、自分は音楽を2つの観点で見る。ひとつは、科学者的な見方だ。つまり、分析的で、批評的な観点から、とかく考えすぎなくらい、すべてが完璧であるようにと何度も確認を重ねる自分だ。でも、同時に人間でもあるわけで、自分の感覚をもとに音楽を作っている。クラシックの教育を受けたミュージシャンではないからね。だから作品を作る際は、自分の感覚に従うしかない。でも、その感覚も日々変わるわけだ。自分のその日の気分だったり、 その週に自分の身の回りで何が起きたかといったことが、自分の見解に影響を与える。だから、すごく前向きになれるときもあれば、落ち込んだり、疑心暗鬼になることだってある。でも、心に留めておくようにしているんだ。「完璧な作品を作るのは不可能だ。むしろ完璧である必要なんてないんだ」ってね。プロデューサーとして、自分の中の科学者的な自分に言い聞かせなければいけない。「完璧でなくたっていいんだ」ってね。肝心なことは、自分が何を意図してその音楽を 作っているか、ということ。
さらに、今作に関して自分にとって重要だったのは、共演しているミュージシャンに対して、彼らの音楽の魅力を十分に引き出すことだった。というのも、今回参加してくれたミュージシャンは誰もが、とにかく寛容で、寛大だった。非常に快く、惜しみなく捧げてくれた。だから俺も、そんな彼らを尊重し、敬意を表したかった。彼らが今作を聴いた際、気に入ってくれるものを作りたかった。今作はまた、『マーラ・イン・キューバ』や『リターン・トゥ・スペース』(ディジタル・ミスティック名義)や、何年も前に出した最初のアルバム同様、俺の人生のある瞬間を切り取ったもので、後になって振り返ってみて、「ああ、あそこをもっとこうできた。こうやってればよかった」と思うこともできるけど、俺はむしろ、振り返ったときに「いい経験をさせてもらった。ペルーに行って、現地で新しいミュージシャンたちや新しい楽器と出会い、その結果、独創性に満ちた作品を作る機会を与えられて自分はなんて幸せなんだろう」と思いたい。実際、今回ペルーには1ヶ月、パートナーと子ども2人の家族で滞在することができた。このアルバムにはそういう思い出も詰まっているんだ。だから自分の作品を振り返って、重箱の隅をつつくことだってできるけど、俺はありのままを受け入れて、それを作る機会をあたえられたことに感謝することを選ぶ。

日本に行ったときの、人から受ける印象やおもてなしは他とは比べものにならない。

世界中のさまざまな場所を旅していますが、仮にイギリスを追放されるとしたら、どこに住みたいですか?

マーラ:素晴らしい国はたくさんあるけど、中でも行くのが大好きな国が2つある。今年で9度めの来日になるわけだけど日本は間違いなくいちばん好きな国の一つだ。理由はまず「人」。日本で多くの素晴らしい人たちと出会った。日本に行ったときの、人から受ける印象やおもてなしは他とは比べものにならない。食べ物もそう。日本食は間違いなく、世界中を回る中で、もっとも美味しくて、健康的な食べ物だ。日本から帰ると、行く前よりも自分が健康的になったと思える。全部の国がそうではない。新鮮で健康的で清潔で美味しい食べ物を食べたくてもなかなかありつけない国もたくさんある。それから日本の風土も。特に日本の田舎は本当に美しい。俺はこれまで2度ほど朝霧ジャムに出る機会に恵まれた。朝霧に行って、富士山を目の当たりにしたり、京都もそうだし、南に下がって沖縄に行っても、美しい景色がたくさんある。だから日本にはぜひ住みたいと思う。
それか、ニュージーランド。世界中で心から好きなもう一つの場所だ。あと正直な話、ペルーもぜひもう一度行ってみたいと思っている。人が優しくて、美味しい食べ物もペルーにはたくさんある。深く力強いエネルギーに満ちた場所だと思った。

子どもたち2人とも、生まれて最初に聴いた音楽がオーガスタス・パブロの曲だ。彼らに最初に聴かせたレコードだ。

ちなみにアメリカとキューバが国交回復をしたことについて、なにか思うところはありますか?

マーラ:俺は政治家じゃないから政治の話はできない。俺は音楽で人と人を結びつけたいだけだ。

また、カストロはいつもアディダスばかり着ていますけど、政治的なリーダーとしては親近感を持ちますか?

マーラ:う~ん。自分なりに意見はあるけど、ここでは政治的なことよりも、音楽の話に留めたい。

すでに亡くなっているミュージシャンからあなたが尊敬する人をひとり選ぶとしたら誰になりますか?

マーラ:残念ながら多くの偉大なミュージシャンが亡くなってしまった。……。もしかしたら、安易な答えに聞こえてしまうかもしれないけど、もっとも深く影響を受けているミュージシャンとなると、オーガスタス・パブロかな。1人選ぶとしたら彼だろう。彼の音楽は俺が自分の音楽を確立する上で大きな存在だった。オーガスタス・パブロがメロディカを弾くのを聴くといつも「自由」を感じる。彼の音楽には決まった構造やアレンジがなく、自由を感じた。そういう音楽を作る上での既存の定型にとらわれない姿勢というのを彼から学んだ。自分の子どもたち2人とも、生まれて最初に聴いた音楽がオーガスタス・パブロの曲だ。彼らに最初に聴かせたレコードだ。自分が最初にやったDJライヴでも、最初にかけたのはオーガスタス・パブロの曲だった。というくらい、オーガスタス・パブロの音楽は俺にとって大きな存在で、彼の存命中に彼と会って、いっしょに音楽が作れていたらどんなによかっただろう。

あー。

Re+ - ele-king

最近よく聴く曲

interview with Swindle - ele-king

 ぼくが初めて買ったスウィンドルのレコードは、〈ディープ・メディ〉から出た2012年の“ドゥ・ザ・ジャズ”なので、彼の音楽を最初からリアルタイムで聴いてきたわけではない。彼がロンドンの〈バターズ〉からシングルをリリースしていたことも、2009年にすでに自分のレーベルからアルバム『カリキュラム・ヴィータイ(履歴書)』を出していたことも、あの赤いスリーヴが店頭に並んだときは知らなかった。でもあのベースラインとハンドクラップを聴いて、一瞬でぼくは彼の虜になってしまった。当時のダブステップ界隈ではテクノへの接近がひとつの流れになっていて、DJのピンチが言うように、それはある意味「コールド」な感覚を有するものだ。そこにスウィンドルがあのジャジーでファンキーな熱い曲を持ってきたのだから目立たないわけにはいかなかった。
 2013年、スウィンドルが〈ディープ・メディ〉からアルバム『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、それにともなうライヴをUKで行うと発表したとき、ぼくは迷うことなくロンドン行きのチケットを買った。そのときにピンチのコールドなセットも、アコードのひとりシンクロの透き通ったベース・ミュージック・セットも、ジェイムズ・ブレイクのクラシック・ネタ満載のDJも見たけれど、それらと比べ物にならないほどスウィンドルのライヴはポジティヴに感じられた。このインタヴューで彼が言うように、自身のルーツにも目を向けたその音楽は、流動的なシーンのなかでも強いのである。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

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 初来日の2013年にはじまり、これまでにスウィンドルは4回も来日しており、世界中をツアーでまわってきた。2015年に先述の〈バターズ〉から発表した『ピース, ラヴ&ミュージック』は、ツアー先で出会ったミュージシャンとの共作を多く収録し、JMEとフロウダンというグライムの重鎮MCも参加した快作だ。
 2016年、スウィンドルは〈バターズ〉のレーベル・メイト、フレイヴァDと来日ツアーを行った。東京公演にはレーベル・オーナーであるイライジャとスキリアムも急遽参加し、その夜が大いに盛り上がったことは言うまでもない。この取材はそのバックステージで行われた。投げかける質問に対して、そのことばの意味を噛みしめるようにして、スウィンドルはじっくりと答える。彼の音楽が情熱的なように、彼自身もまた素晴らしい男だ。そのことが少しでも伝わればと思う。

スウィンドル / Swindle
スウィンドルはロンドン出身のマルチ奏者、プロデュサー、DJとして活動している。2006年より自主制作で自分の音楽をリリース、多くのプロジェクトに関わってきた。2013年にはベース・ミュージックの人気アーティストマーラの〈ディープ・メディ〉レーベルより『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、DJ、ライヴ・アクトとして世界規模のツアーを行ってきた。
ジャイルス・ピーターソンのワールドワイド・アワードにて披露したパフォーマンスと、ボイラールームでのジャズの伝説的キーボーディスト、ロニー・リストン・スミスとのギグが大きな話題を呼び、現代における最も将来有望なエレクトロニック音楽の若手として今後の活動が期待されている。

俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

『ele-king』に本人が登場するのは初めてなので、最初の質問は「スウィンドルって誰?」にしましょう。

スウィンドル(Swindle、以下S):オーケー! スウィンドルは平和と愛と音楽の使者。ファンク、ジャズ、ベース・ミュージックに根付いた新しいサウンドの開拓に、その人生の大半を捧げている。1987年生まれ、ロンドンのクロイドン出身。料理が好き。スポーツはやらないしテレビも見ない。

では音楽をはじめたのはいつですか?

S:小さいときから何かしら音で遊んでいて、12歳ぐらいのときにキーボードをはじめたね。プレイステーションと同じように楽器もオモチャみたいなものだった。それで14歳のときにトラック・メイクにハマって、DJをするようになったのもちょうどその頃だ。絵に描いたような音楽好きな家族からの影響がデカいね。

たしかお父さんはギターを弾いていますよね?

S:そうそう! 実は親父は『ピース, ラヴ&ミュージック』のジャケットに写っているんだよ。俺とマーラといっしょにいるのがおやじ。2013年にロンドンのファブリックでライヴをやったんだけど、そのときにいっしょに撮った(笑)。

そうなんですか! ぼく、あの日ファブリックへあなたのライヴを見に行ったんですよ。DJ EZからロスカ、ジョーカー、ピンチまで出ていて豪華な夜でしたよね。あなたはグライムやダブステップのプロデューサーとして知られていますが、最初はどんなジャンルが好きだったんですか?

S:ドラムンベースだね。あとGファンク。そのふたつといっしょに育ったようなもんだよ。

ダンスミュージックからR&Bのようなトラックまで手掛けるあなたのスタイルからプリンスを連想したりもしました。あなたはいろんな楽器ができますから、プロデューサーとしてだけではなく、マルチ・プレイヤーという点でも共通しています。

S:なるほどね。でもオレはプリンスのレコードをそこまで持ってないんだ。もちろん聴いてはいるけれど、それはオレの音楽を聴いたひとが「お前はもっとプリンスを聴いたほうがいいよ」ってオススメしてくれたから。でも彼がアーティストのプリンスとして完成するまで、多くのファンク・ミュージシャンと共演してるだろ? ブーツィ・コリンズやジョージ・クリントンとかとね。俺も彼らから多大な影響を受けているから、その意味ではプリンスと音楽的に共通点があってもおかしくないよ。

ではあなたが理想とするミュージシャンは誰ですか?

S:クインシー・ジョーンズだね。間違いない。彼は究極のプロデューサーだと思っているよ。

UKアンダーグラウンドでは?

S:ロニ・サイズやデリンジャー。数え切れないくらいいる。

ドラムンベースのプロデューサーですね。あなたはダブステップ・プロデューサーのシルキーとも共作を残しています。あなたのスタイルは彼にも通じるところがありますよね。ダブステップのシーンで、シルキーはフュージョンやファンクをいち早く参照していました。

S:たしかに。シルキーに初めて会ったきっかけも、知り合いに彼をチェックした方がいいってアドバイスされたからなんだけどね。それで実際に会っていっしょにやることになった。ブリストルのジョーカーともそんな感じだったな。俺たちにはサウンド面で共通点があるけど、お互いの音からインスパイアされているわけではない。似たような音楽経歴を持っていたから共感できたんだと思う。俺が17歳くらいのときあいつとはネットで知り合った。それから曲を交換して意見を出し合っていたけど、実際に会ったのはその数年後だったね。

インターネット世代らしいですね。ちなみに〈バターズ〉のイライジャとはどうやって知り合ったんですか?

S:それもネットだね。あれは2009年だったかな。テラー・デインジャが俺たちを繋げてくれたんだ。MSNってサイトでみんな連絡を取っていた。当時はフェイスブックとかはなかったんだけど、そういったソーシャル・メディアとMSNの違いは相手の顔がわからなくて、曲だけが公開されているってこと。だから余計な情報なしに、音だけで相手を判断できたってわけだね。「うお!こいつの曲ヤベえじゃん!」と思ったらすぐに連絡、みたいな感じだった。

アルバムのライナーにはあなたがイライジャの「グライムを作ってみれば?」というオファーを断ったエピソードが載っています。詳しく教えていただけますか?

S:そのときにはもう普通なことはやりたくなかったんだ。それは自分のスタイルじゃないってわかっていたからね。一生グライムのトラックを作ることはできるよ。でも俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

なるほど。でもあなたの曲はジャズやファンクの要素が強いけれども、グライムのフォーマットを完全に捨て去ったこともありませんよね。グライムの何があなたを魅了するのでしょうか?

S:グライムは常に「新しいアイディア」でできているってとこだ。グライムの主役は若者で、17とか18、ひょっとしたらそれよりも若いやつらが音楽を作っている。その世代の多くには養う家族も恋人も子供もやるべき仕事もないだろ? だから全ての想像力が音楽に向かう。その結果、ルールに縛られない興味深い音楽が生まれてくるわけだ。ロックやファンクが好きなのも同じ理由だよ。ジェームズ・ブラウンがオーディエンスを驚かせたとき、彼には従来のルールなんか通用しなかった。シカゴのフットワークだってそう。ルールがない場所からヤバい音楽はやってくる。

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人生でベストDJができたと語る2015年3月21日DBSの様子

世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

ちなみにMCをやったことはないんですか?

S:実は昔、ドラムンベースのMCをやっていたよ(笑)。マジメにやっていたわけじゃなかったけどね。MCでは自分を表現できないってわかったから、そっちの方向には進まなかったな。

あなたがファンクやドラムンベースに熱中しているとき、周りのひとたちもそういった音楽を聴いていたんですか?

S:親父がジャズ、友だちはガラージやドラムンベースって感じだったね。だから俺のなかで音楽のバランスが取れているんだと思う。グライムやファンキー・ハウスを聴くようになっても、いろんなジャンルを並行して聴いていたよ。

当時のあなたはオーバーグラウンドのチャート・ミュージックをどのように捉えていましたか?

S:あんまりチェックはしてなかったね。自分がフォローすべき音楽があまりないように思えたんだ。チャートのなかには金儲けにために作られているようにしか思えない曲もあったしね。そういった類のモノに昔から興味が持てなくてね。いまでもメジャーのラジオ番組は全然聴かない。

ラジオということばが出ましたが、『ピース, ラヴ&ミュージック』ではラジオのような編集がされている箇所もあります。10代の頃、あなたは海賊ラジオを聴いて育ったとも聞いています。

S:その通り。毎日聴いてたよ。俺にとってラジオとは海賊ラジオだっていうくらいにね。10代? もっと若かったよ(笑)。初めて海賊ラジオを聴いたのって、たぶん6歳のときだ。うちに古いコンピューターがあって、それを使ってカセットにラジオを録音してたのを覚えているな。海賊ラジオの電波を探すのって本当に巡り合わせが重要だったんだよ。特定の日、サウス・ロンドンの特定の場所、特定の時間。この条件が揃わないと電波を受信することすらできなかったし、かっこいい曲がかかった途端に電波が途切れて、同じ曲には二度と出会えないってことなんてしょっちゅうだったよ。ネットのポッドキャストやCDじゃ絶対に味わえない体験だった。

エリック・ドルフィーみたいですね。「音楽を聴き、終わった後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」。

S:それそれ(笑)! ホント、音を捕まえるためにカセットがあってよかった(笑)。そういった具合に、本当のラジオが何なのかを知る前に海賊ラジオに出会ったわけ。

6歳だったわけですもんね(笑)。このアルバムでは、グラスゴーのマンゴズ・ハイファイとの“グローバル・ダンス”の前に、ラジオ中継のようにマンゴズの会話が入ってきます。

S:それは彼らがやっている本物のラジオ番組からの抜粋なんだよね。曲を作った日にそのラジオの放送があったんだけど、そこに俺も出演したんだよ。音楽に対して正直になることはオレのテーマなんだけど、ラジオは人生の重要な一部でそのテーマともつながってもいる。

そうでしたか。あなたはその曲でコラボしているグライムMCのフロウダンとグラスゴーでプレイしています。スコットランドってグライムがそんなに人気がないようにも見えるんですが、あなたはどう思いますか? またスコットランドとイングランドとオーディエンスの反応に違いはありますか?

S:いまはそんなことないんだよ。スコットランドに限らず、UKのメインストリームでもグライムはすごく大きな存在感を持っている。反応の違い? 酒だよ(笑)。「こいつらどれだけ飲むんだ!?」っていうくらいスコティッシュはウィスキーが好きだよね。ケルトの血はクレイジーだ(笑)。ロンドンは雰囲気的にちょっと閉じているところもあるけど、スコットランドはオープンだからやりやすかった。

2013年にあなたはソロと『マーラ・イン・キューバ』のキーボーディストとして2回来日していますよね。マーラからバンドへの参加のオファーがあったそうですね。

S:マーラとはいっしょに作業をする機会があったんだけど、ちょうどそのときに彼は『マーラ・イン・キューバ』をライヴでやることを計画していてね。「キーボード弾けるんだからセッションに参加しないか?」って誘われて、すぐに了解の返事をしたよ。
 あの作品、それから一連のセッションからはものすごくインスパイアされた。音楽を表現するのに必ずしもDJである必要はないんだって気づけたから、自分のバンドを持とうと思ったし、それを実行する上でマーラ・バンドへの参加は大きな自信にもなった。
 世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

おっしゃるように、あなた自身も自分のバンドを率いて演奏を行いますが、それは文字通りライヴです。いまって、クラブにラップトップを持ち込んでエイブルトンのコントローラーをいじっているだけでもライヴって呼ばれる時代ですよね。そういう状況についてどう思いますか?

S:すごい音楽をやるプレイヤーもいるから、そのスタイルを決して否定はしないよ。でもなかにはステージに立ってタバコ吸ってプレイ・ボタンを押して金を貰っているヤツもいる。ふざけんなって話だよな。そんなのオーディエンスにとっては、家でユーチューブを見ているのと変わらない。ちなみに俺もよく「ツアーでエイブルトンを使ってライヴをやれば?」って言われるんだけど、これからもそれは絶対にやらないと思う。やっぱり俺が考えるライヴはバンドがいてこそ成り立つものなんだよね。それにDJするのも大好きだから、ひとりでツアーをするときはDJで十分だよ。もし現場にキーボードがあったら曲に合わせて弾きたいけどね。

マーラのレーベル、〈ディープ・メディ・ミュージック〉から出した“ドゥ・ザ・ジャズ”であなたを知ったリスナーは多いと思います。あの曲はどうやって生まれたのか教えてくれますか?

S:オーケー。本当のことを話そう。あの曲が生まれたのは、母親の家の地下室で夜も遅かったな。それで俺はめちゃくちゃクサを吸っててさ……(笑)。で、気づいたら朝になっていて曲が完成してたんだよ。作っている間のことはまったく覚えてない。あのベースラインが先にできたのか、ハンドクラップが先だったのかも記憶にないね(笑)。

Swindle - Do The Jazz (DEEP MEDi Musik) 2012

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どれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

Tower HMV Amazon

では『ピース, ラヴ&ミュージック』についてお訊きします。作品が発表された2015年はグライムのアニヴァーサリー・イヤーとも言える年で、ボーイ・ベター・ノウの結成、それからロール・ディープのファースト『イン・アット・ザ・ディープ・エンド』のリリースからちょうど10年という節目でした。そしてあなたは今回のアルバムでボーイ・ベター・ノウのJME、ロール・ディープの主要メンバーだったフロウダンと共演しているわけです。ノヴェリストやストームジーといった若手も注目されていますが、なぜこのふたりを選んだのでしょうか?

S:そうか、気づかなかったけどたしかに10年だね。当時からふたりの大ファンだったよ。俺は曲を作るときに、「この曲には絶対にあのアーティストが必要だ!」って制限を設けるようなことはしないし、いまの流行りとか、売れ線とかが共作者を選ぶ基準にはなることもない。だって音楽じゃん? 自分の意図が伝わる相手といっしょにやらなきゃ、結局は自分に嘘をつくことになる。今回も音楽を優先した結果、相手がフロウダンとJMEになっただけだよ。「音楽がビジネスを決めるのであって、ビジネスが音楽を決めるのではない」。これに尽きるね。

あなたから見たふたりの違いとはなんでしょうか? 音楽的、人間的、どんな側面でもかまいません。

S:うーん、違いは多いね(笑)。だから共通点について言わせてもらうよ。ふたりともどんな状況でも自分自身になることができるよね。そこがふたりの魅力だよ。だからこそスタイルの違いが出てくるんだと思う。
 ちなみにさっき若手MCの名前が出たけど、俺は彼らのスキルがベテランたちに劣っているとはこれっぽっちも思わない。というかそれは個性の問題であって、優劣の問題ではないよね。いつの時代も比較の上での良し悪しをつけるのは簡単だし、その基準は個人によっても変わる。だから音楽を楽しむ上では個性の違いを尊重するべきだと思うんだよ。

ネット上の動画などであなたのスタジオを見ることができますが、今作はあそこで作られたんですか?

S:このアルバムは世界のいたるところで作ったよ。ちなみにこのアルバムを作っている間、俺は3回引っ越しててさ(笑)。ちょうどそのときロンドンでいい物件が見つからなくてね。いまロンドンでは昔から住んでいるひとたちが、街を出ていかざるを得ない深刻な状況になっているんだよ。ロンドンの外からやってくる人口の増加や家賃の高騰が影響している。だから俺もロンドンを離れるしか術がなかったんだ。いまでもロンドンが大好きだし、自分のことをロンドナーだと思っているけど、音楽のためにはロンドンを出るしか選択肢はなかった。やっぱり都会だと隣人との間隔が狭くて満足に音を出せないからね。いまはロンドンから1時間くらいはなれた田舎に住んでいる。住民の誰も俺のことをしらないような街だよ。だからゆっくりできるし、音楽にも没頭できている。ツアーで刺激的な場所に行くことができるから、いまの街に何もないことは大して問題にならないね。

世界のいたるところで曲を作ったとおっしゃいましたが、例えば一曲目のアッシュ・ライザーとのコラボ曲“ロンドン・トゥ・LA”はロサンゼルスで作ったということですか?

S:その通り! いつもスタジオを持ち歩いていたからね。俺はロスのロウ・エンド・セオリーでプレイしたんだけど、この曲はそのショーの前にだいたい完成していたよ。

スタジオを持ち歩いていた……?

S:つまり、バッグにサウンド・カード、スモール・マイクとか必要なものを詰め込んでツアーに出かけた(笑)。ロサンゼルスはエコパークが最高だったね。それで現地でレコーディングしたものをイングランドに持ち帰って編集をした。あとから外国の知り合いに音を送ってもらったりもしたね。アルバムの日本語の部分はパーツースタイルのニシピーにお願いしたよ。

あなたはよくシンガーと共演していますが、どのように歌が生まれるのでしょうか?

S:理想としては音楽と歌詞が同時にできることが望ましいよね。“ロンドン・トゥ・LA”では俺がどういう歌詞にしたいかシンガーに要望を伝えた。曲を作ったとき、俺は文字通りロスにいるロンドン・ボーイで、気分は2パックの“トゥ・リヴ・アンド・ダイ・イン・LA”や“カルフォルニア・ラヴ”みたいだった。そのときの俺の気持ちを知ってほしくて、あの歌詞ができたってわけ。

Swindle - London To LA Ft. Ash Riser

世界各地に思い入れがあると思いますが、日本はあなたにとってどんな場所ですか?

S:たくさんの場所に行ったけど、日本は世界で一番音楽をプレイするのが楽しい場所だよ。けっしてお世辞じゃない。オーディエンスの反応、人間性、どれも最高だ。前回ロスカと出たDBSは、俺の人生で一番楽しいDJだった。いつか日本で自分のバンドのライヴをやりたい!

今回のアルバム収録曲の多くにはあなたのツアー先での様子が動画で収められていますが、それを試みた理由とはなんでしょうか?

S:そのアイディアを思いついたのは『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』のあとだね。俺は日本に来るのがこれで4回目なんだけど、音楽をやっていなかったらフィリピンにも南アフリカにもロサンゼルスにもグラスゴーにも行けなかったと思う。あんまり恵まれていない境遇だったからね。そんな俺に音楽が世界に出る機会をくれたんだ。だから自分は音楽に感謝する必要があると思ったし、それを自分の作品に還元する必要性を感じた。自分のツアー先での様子をドキュメンタリー的に動画に残すことはその方法のひとつだね。
 それと別にあることを伝えたかった。俺は世界中を回って、人種、文化、言語といったあらゆる差異を目の当たりにしてきたけど、ひとつだけ共通点を発見したんだ。クラブで俺がプレイ・ボタンを押したあとのフロアの反応は、世界のどこに行ったって変わらなかった。そのことをどうしても記録してみんなに見せたかったね。それから、素晴らしいパーティには、必ず素晴らしいひとびとが関わっていることも伝えたかった。

個人的には“マシンボ”のPVで、フィリピンのコミュニティへあなたが出向いて、現地のミュージシャンたちとセッションする様子にびっくりしました。

S:あれはすごい体験だったなぁ。フィリピン土着の竹でできた楽器を“マラシンボ”ではメインで使っている。共作者のヒラリアス・ドーガのスタジオで録音したんだけど、その小屋も竹でできてんだよ(笑)! 自分が住んでいる地域の山に生えてる竹を自分で採ってきて作ったらしくて、その山の名前がマラシンボって言うんだよね。もちろんフルートからパーカッションにいたる彼の楽器は自作で竹でできている。いままでそんな人間に会ったことがなかったから衝撃だったよ。彼はすごくスピリチュアルなひとで、霊のために音楽を作っているらしい。
 こんな出来事があった。俺はヒラリアスとレコーディングをするために彼の
場所へ行ったんだけど、そこは電話も通じないようなところでさ。フェスに俺は出る予定だったから、他の出演者を含めて5人でヒラリアスに会いでかけた。その場所に着くとヒラリアスがいて、彼の楽器も置いてあるわけ。で、連れのひとりがその楽器のなかからフルートを手に取って吹こうとしたとき、ヒラリアスが「やめとけ! そのフルートには霊が入っているから危険だぞ!」って言うんだ。でも彼はそのフルートを吹いちゃってさ。それでしばらくして振り返って彼を見たら意識を失っていた……。「だからやめとけって言ったんだよ。霊が彼に憑依したんだな」ってヒラリアスは言うんだ。40分くらいで彼は目覚めたんだけど、彼は自分が寝ていることさえ覚えていなかった。言っとくけど本当の話の話だからね。だから“マラシンボ”を聴くとその出来事を思い出すよ。

Swindle - Malasimbo Ft. Hilarius Dauag (Philippines)

アルバムのタイトルに「平和と愛と音楽」を掲げた理由を教えてください。

S:その3つが世界的にどんな人間にも共通している事柄だからだね。それに、たとえ音楽をやらないひとでも平和と愛を必要とする。それに音楽を聴いたときって、好き嫌いを問わずに何かしらの感情を抱くだろ? そういった意味でも音楽は全人類に共通していると思ったから選んだんだ。

なるほど。でもポピュラー音楽の歴史を振り返ってみると、「愛と平和」は散々歌われてきたテーマで、現在はシニカルな態度をとって、それを口にするミュージシャンを馬鹿にするひとも少なくありません。そういう状況で「愛と平和」を打ち出すことに躊躇しませんでしたか?

S:まったくしなかったよ。だってどれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。

そういう覚悟がある上でやっているからこそ、あなたの音楽は多くの人に届いているのかもしれません。あなたのライヴをロンドンで見たとき、最初は「白人がやっぱり多いんだな」と思っていたんですけど、いざライヴがはじまって周りを見回したら、ブラック、アジア系もたくさんいてびっくりしました。あなたの音楽はフロアの人種をミックスしていたんです。

S:それは俺が音楽をやる上で超重要なテーマだ。俺が作っているのは特定のジャンルの音楽っていうよりもミクスチャー・ミュージックだと思う。俺の母親はホワイト、父親がジャマイカ人で、ジャマイカ、イングランド、イタリアの血が俺には流れている。でも見た目がブラックだから俺と兄弟は幼い頃につらい差別を受けたこともあった。だから人種や文化をミックスすることは、俺の人生においてとても重要なことだと意識するようになったね。個人的には音楽においてその壁を越えることは、差別するよりも簡単だと思うんだ。俺はブラックやアジアン、どんな音楽も好きだけど、ただ好きになりさえすれば壁は越えられる。音楽にもう「色」は関係ないね。
  俺がベース・ミュージックをやる理由のひとつには、そのルーツがレゲエにあることも関係しているよ。レゲエはジャマイカ人の苦しみから生まれたけど、いまはジャマイカにルーツがあるかどうかなんて関係なく世界中でポピュラーになっているだろ? それはまさに俺が音楽でやりたいことだ。どんどん人種や文化の壁を壊していきたいね。

これからの活躍に期待していますね。では最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。

S:これで4回目の来日だけど、毎回日本に来るたびに素晴らしいオーディエンスの期待に応えようと思えるよ。ツアー中、2年前に撮った俺との写真を見せてくれるひとや、今夜来るのが初めてだってひとにも会えて最高だった。また絶対に戻ってくるよ! 素晴らしいイベントを企画してくれたDBS、グッドウェザー、それから日本で俺の作品の流通に関わっている方々にも感謝したい。みんな本当にありがとう!

取材協力:DBS

Swindle All Time Best

Quincy Jones – Body Heat – A &M Records – 1974
Herbie Hancock – Just Around The Corner – CBS – 1980
George Benson – White Rabbit – CTI Records – 1971
Ed Rush & Optical – The Creeps(Incredible And Deadly!) – Virus Records – 2000
Bad Company – Inside The Machine – BC Recordings – 2000
Dr. Dre – 2001 – Aftermath Entertainment – 1999
Zapp &Roger – So Ruff, So Tuff – 1981
Parliamentの全ての作品

CE$ - ele-king

MY GRIME CLASSICS

MALA & COKI -Digital Mystikz - ele-king

東京においてドラムンベース、ダブステップ、グライムで活躍する先鋭的なアーティストを紹介し続けてきたパーティ、DBSが今年で19周年を迎える。今回、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの一貫として行われるイベントに、そのアニヴァーサリーにふさわしいディジタル・ミスティックズことマーラ&コーキが出演する。
ふたりがロンドンで開催しているパーティであるdmzも、今年で10周年を迎えた。チケットと毎年恒例のTシャツもソールド・アウトになってしまうほど、その人気は健在だ。先日マーラの〈ディープ・メディ〉からリリースされたカーン、コモド、ガンツらによる作品を聴けばわかるとおり、ダブステップはいまだにその音を更新し続けている。ディジタル・ミスティックズのふたりのステージでは、毎度未発表のダブ・プレートがプレイされるので、シーンの現在と未来を今回も堪能できることは間違いない。
日本からは、マーラの盟友であり、孤高の重低音をクリエイトし続ける〈バック・トゥ・チル〉のゴス・トラッド。先日、所属レーベル〈グルーズ〉からレコードをリリースしたばかりのヘルクトラム。さらにアフリカ、マリの伝統楽器コラ奏者のママドゥ・ドゥーンビアらが出演する。
 

Montreux Jazz Festival Japan 2015
DBS 19th Anniversary
MALA & COKI -Digital Mystikz

10.11 (SUN) @ UNIT
open/start 23:30
adv.3,300yen / door 3,800yen

出演
UNIT:
MALA & COKI -Digital Mystikz
wuth.
GOTH-TRAD
MAMADOU DOUMBIA(Live)
HELKTRAM

Saloon:
DJ INZA
SIVARIDER
DJ DON
TETSUJI TANAKA
SHINTARO

info. 03.5459.8630 UNIT
Ticket outlets:NOW ON SALE
PIA (0570-02-9999/P-code: 274-844)、 LAWSON (L-code: 73842)
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/
渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)
原宿/GLOCAL RECORDS(090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、disk union CLUB MUSIC SHOP(5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

UNIT
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com

出演者情報
MALA & COKI(DIGITAL MYSTIKZ)
ダブステップのパイオニア、DIGITAL MYSTIKZはサウス・ロンドン出身のMALAとCOKIの2人組。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼らは、独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、アンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。
'03年にBig Apple Recordsから"Pathways EP"をリリース、'04年には盟友のLOEFAHを交え自分達のレーベル、DMZを旗揚げ、本格的なリリースを展開していく。そして名門Rephlexのコンピレーション『GRIME 2』にフィーチャーされ、脚光を浴びる。また'05年からDMZのクラブナイトを開催、ブリクストン、リーズでのレギュラーで着実に支持者を増やし、ヨーロッパ各国やアメリカにも波及する。
'06年にはSoul Jazzからの2枚のシングル・リリースでダブステップとDIGITAL MYSTIKZ の知名度を一気に高め、DMZの作品もロングセラーを続ける。また同年にMALAは個人レーベル、Deep Medi Musikを設立、以来自作の他にもGOTH-TRAD、KROMESTAR、SKREAM、SILKIE、CALIBRE、PINCHらの作品を続々と送り出し、シーンの最前線に立つ。一方のCOKIは'07年にBENGAと共作した"Night"をTempaから発表、キャッチーな同曲は'08年に爆発的ヒットとなり、ダブステップの一般的普及に大きく貢献する。
そして'10年にはDIGITAL MYSTIKZ 名義によるMALAの1st.アルバム『RETURN II SPACE』がアナログ3枚組でリリース、壮大なスケールでMALAのスピリチュアルな音宇宙を明示する。そしてCOKIも同年末、やはりDIGITAL MYSTIKZ 名義でアルバム『URBAN ETHICS』を発表(P-VINEより日本盤発売)、血肉となるレゲエへの愛情と野性味溢れる独自のサウンドを披露する。その後もDMZから"Don't Get It Twistes"、Tempaから"Boomba"等、コンスタントに良質なリリースを重ねつつ、11年から謎のホワイト・レーベルのAWDで著名アーティストのリワークを発表、そして12年、遂に自己のレーベル、Don't Get It Twistedを立ち上げ、"Bob's Pillow/Spooky"を発表。
MALAはGILLESの発案で'11年、彼と一緒にキューバを訪れる。そしてMALAは現地の音楽家とセッションを重ね、持ち帰った膨大なサンプル音源を再構築し、'12年9月、GILLESのBrownswoodからアルバム『MALA IN CUBA』を発表(Beatinkから日本盤発売)、キューバのルーツ・ミュージックとMALAのエクスペリメンタルなサウンドが融合し、ワールド・ミュージック/エレクトロニック・ミュージックを革新する。
"Come meditate on bass weight!"

GOTH-TRAD (deep-medi,BTC)
ミキシングを自在に操り、様々なアプローチで ダンスミュージックを生み出すサウンド・オ リジネイター。03年に1st.アルバム『GOTH-TRAD』を発表。国内、ヨーロッパを中心に海外ツアーを始める。05年には 2nd.アルバム『THE INVERTED PERSPECTIVE』をリリース。また同年"Mad Rave"と称した新たなダンスミュージックへのアプローチを打ち出し、3rd.アルバム『MAD RAVER'S DANCE FLOOR』を発表。06年には自身のパーティー「Back To Chill」を開始する。『MAD RAVER'S~』収録曲"Back To Chill"が本場ロンドンの DUBSTEP シーンで話題となり、07年にUKのレーベル、SKUD BEATから『Back To Chill EP』、MALAが主宰するDEEP MEDi MUSIKから"Cut End/Flags"をリリース。12年2月、DEEP MEDiから待望のニューアルバム『NEW EPOCH』を発表、斬新かつルーツに根差した音楽性に世界が驚愕し、精力的なツアーで各地を席巻している。
https://www.gothtrad.com/
https://www.facebook.com/gothtrad

Mamadou Doumbia
マリ共和国クリコロ生まれ。11才よりギターを始め、高校時代より既にレコーディングをするなど学生ミュージシャンとしてキャりアをつむ。緻密で鋭い切れのギターワークが持ち味。音楽大国マリのビックバンド、バマサマ、レイル、両バンドのメンバーとして早くから活躍する。1982年、マリの国営バンドレール・バンドのリード・ギタリストとして抜擢されると、同バンドのリード・シンガーサリフ・ケイタと意気投合。1984年にサリフ・ケイタがパリに拠点を移すと、その2年後の1986年に渡仏。サリフ・ケイタを始め、さまざまなミュージシャンのバックバンドを精力的に務める。1990年にサリフ・ケイタのバックバンドの一員として初来日。ワールドミュージックブームと日本の音楽情報の流通形態に感銘を受け、翌1991年から日本に拠点に移す。1993年にマンディンカを結成。翌1994年からアフリカの民族楽器コラを独学で習得し、それをバンドサウンドのひとつとして取り入れている。1997年1月にバンド名をMAMADOU DOUMBIA with MANDINKAと改め、セカンドアルバム「YAFA」をリリースし、イギリスBBCの年間ベストアルバムに選ばれる。コラを片手に講演活動するなど、多方面で精力的に活動している。


SAKANA - ele-king

いつでも聴きたい元気が出る曲。

年代ジャンル問わず、いつになっても好きな曲、アガる曲を10曲選んでみました。
賑やかな曲ばかりですが、何よりラップものと女性ボーカルものにとにかく弱いです。

<Profile>
ダブステップ、グライム、ジューク、トラップを軸にベース・ミュージックを包括したパーティRAGEHELLを、2012年にK.W.A, YTGLSと共に始動。並行して、NODA、Zatoと「T.R Radio」開始。月に1度、ツイスト気味なDJミックスをライブ配信中。考えるより感じることに重きを置き、音楽と接する。
Soundcloud » https://soundcloud.com/sakanasakana
RAGEHELL » https://www.facebook.com/Ragehelltokyo
T.R Radio » https://mixlr.com/tr–2/

<出演情報>
KAHN & NEEKがブリストルより初来日いたします。是非遊びに来てください!
https://www.ele-king.net/news/004545/

2015/07/24 (FRI)
BS0 1KN
KAHN & NEEK Japan Tour in Tokyo
会場:
Star Lounge (渋谷)
時間:
Open/Start: 24:30
Act:
KAHN & NEEK / GORGON SOUND from Bristol
Bim One Production (Roots/Dancehall Set)
Soi Production (Jungle Set)
100mado 〈Back To Chill〉(Dubstep&100bpm)
SAKANA 〈Ragehell/T.R Radio〉(Weightless Set)
Host MC:Ja-ge
Sound System:eastaudio SOUND SYSTEM
料金:
advance: 3000yen (ドリンク代別途500yen)Limited 150!!!
door: 4000yen (ドリンク代別途500yen)
チケット情報:
https://bs-zero.tumblr.com/ticket
Web: https://bs-zero.tumblr.com/
TW: https://twitter.com/_b_s_0_
FB: https://facebook.com/BS0TOKYO
YouTube: https://bit.ly/BS0YouTube

Congo Natty×Caspa来日ツアー2015 - ele-king

 コンゴ・ナッティの去年の来日公演は素晴らしいイベントでした。DJマッドの技巧派ダブステップ・セットのあとに、レベルMCとコンゴ・ダブスがステージに現れ、ボブ・マーリーの“スリー・リトル・バーズ”が流れ、ジャングルで揺れ、戦士たちの歴史が語られ……。あの日のフロアはいつも以上に国際色豊で、若者とベテランが入り交じっていました。ジャングルの持つ求心力はすごいです。あの光景が今年も見られますよ!

 しかも今回はダブステップの王様、キャスパが登場します。彼の曲でダブステップを聴きはじめたという方は多いのではないでしょうか? キャスパのレーベル〈ダブ・ポリス〉からはいくつものクラシックが生まれました。キャスパの重低音を操る力は今日も健在。先日発表されたニュー・アルバム『500』は、全体を凶器のようなドラムとベースが貫いています。アルバムのミックスの展開もすさまじい! イギリスでもなかなか見られない組み合わせが実現するdbsのステージですが、この日もその歴史を更新することでしょう。

 クラナカa.k.a 1945やパート2スタイル・サウンドといった、ラガをキーワードにジャングルとダブステップをつなぐアツい日本勢にも期待大。おそらく当日はレベルMCとともにライターを灯すことになるので、おひとつ持参することをおすすめします!

【東京公演】
UNIT 11th ANNIVERSARY
DBS "JUNGLE BASS SESSIONS"
CONGO NATTY x CASPA

2015.07.18 (SAT) @ UNIT
open/start 23:30
adv.¥3,300 door ¥3,800

feat.
CONGO NATTY a.k.a REBEL MC & DJ CONGO DUBZ
CASPA

with:
KURANAKA a.k.a 1945
PART2STYLE SOUND
JUNGLIST YOUTHS
DJ DON
JUNGLE ROCK

saloon:
KAN TAKAHIKO
NESSILL
HELKTRAM
SHINTARO

info. 03.5459.8630 UNIT
Ticket outlets:6/6 ON SALE!
PIA (0570-02-9999/P-code: 266-620)
LAWSON (L-code: 72753)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/

渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)
TECHNIQUE(5458-4143)
GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)
Bonjour Records (5458-6020)
原宿/GLOCAL RECORDS (090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)
JET SET TOKYO (5452-2262)、
disk union CLUB MUSIC SHOP (5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)
Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)
disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

info. 03.5459.8630
UNIT >>> www.unit-tokyo.com
DBS >>> www.dbs-tokyo.com

【大阪公演】
7/19(SUN/祝前日)
出演:CONGO NATTY a.k.a REBEL MC & DJ CONGO DUBZ
CASPA
And more..
OPEN:23:00~
ADV:3,000yen DOOR:3,500yen
チケット情報
Peattix https://ptix.co/1ImJiDm
チケットぴあ P-CODE(267765)
ローソンチケット
イープラス https://eplus.jp/

会場:CIRCUS
〒542-0086 大阪府大阪市中央区西心斎橋 1-8-16 中西ビル 2F
TEL:06-6241-3822
https://circus-osaka.com

■ CONGO NATTY a.k.a REBEL MC (Congo Natty Recordings, UK)

ルーツ・レゲエを根底にヒップホップ、ラガの影響下に育ったレベルMCは、'80年代後半からスカとハウスのミックス等、斬新なブレイクビートサウンドで注目を集め、『BLACK MEANING GOOD』('91)、『WORD, SOUND AND POWER』('92)でジャングルの青写真を描く。また92年にボブ・マーリーの"Exodus"のリミックスを手掛ける。Tribal Bass、X-Projectレーベルを経て、JJフロスト、DJロンと共にCONQUERING LION名義で活動、ラガ・ジャングルの中核をなす。'94年にジャングルの総本山となるCongo Nattyを設立、自らもコンゴ・ナッティを称す。『A TRIBUTE TO HAILE SELASSIE I』 を始め、数多くのリリースを重ね、'02年にはMCテナー・フライをフィーチャーした『12 YEARS OF JUNGLE』を発表、初来日を果たす。'05年は足跡を伝える『BORN AGAIN』、'08年には入手困難なシングルをコンパイルした『MOST WANTED VOL.1』をリリースし、レベル自らDJとして新たなパフォーマンス活動に乗り出す。近年は息子のDJコンゴ・ダブス、ヴォーカルのナンシー&フェーベらファミリーも広がり、Glastonbury、Womad、Outlook等のフェスに出演。'13年にBig Dadaからアルバム『JUNGLE REVOLUTION』をリリースし、ルーツ・レゲエとジャングルのヴィジョンを深く追求する。レーベル名の"CONGO"はアフリカの民族音楽の太鼓、"NATTY"はラスタファリアンに由来し、彼らの音楽のインスピレーションは主にこの2つの要素から来ており、真のアイデンティティーはもちろんJAH RASTAFARIである。
https://congonatty.com/
https://www.facebook.com/CongoNattyOfficial
https://twitter.com/CongoNattyRebel

 

■ CASPA (Dub Police / Sub Soldiers, UK)

西ロンドン出身のキャスパはジャングル、ヒップホップを聞き育ち、UKガラージに触発され、DJを開始、トラック制作にも着手する。04年に自身のレーベル、Storming Productionsを立ち上げ、Rinse FMでのラジオショーも始まる。05年にはダブステップに特化したレーベル、Dub Policeを設立、自身の作品やNタイプ、ラスコ等のリリースでダブステップ・シーンの一翼をになう。07年にはラスコと共にロンドンのクラブ/レーベル、Fabricに迎えられ、DJ Mixシリーズ『FABRICLIVE.37』を手掛け、さらには新レーベル、Sub Soldiersからも精力的なリリースを展開する。08年にはGlastonbury, Global Gathering, Big Chill, Glade等のビッグフェスに出演した他、北米、ヨーロッパ各国をツアー。09年、1st.アルバム『EVERYBODY'S TALKING, NOBODY'S LISTENING!』をFabricからリリース、ダイナマイトMCらのラッパーをフィーチャーしたドープ&ファンクネスな世界を築く。12年にはザ・プロディジーのキース・フリントをフィーチャーしたシングル、"War" が大反響を呼び、13年に同曲を含む2nd.アルバム『ALPHA OMEGA』をDub Policeから発表する。その後も勢いは留まらずDub Policeのリリースは100タイトルを越し、キャスパ自身は新たなるヴィジョンとムーヴメントを生むべく制作を重ね、15年6月に待望の3rd.アルバム『500』がリリースされる。
https://caspa500.com/
https://www.dubpolice.com/
https://www.facebook.com/caspadubstep
https://twitter.com/Caspadubstep
https://soundcloud.com/caspaofficial


Kahn & Neek Japan Tour 2015 - ele-king

 〈dmz〉がブリクストンではじまって10年、ロール・ディープの『イン・アット・ザ・ディープ・エンド』のリリースから同じく10年が経とうとしている。UKアンダーグラウンドにおいてダブステップやグライムが「最先端」の音楽でなくなってから久しいが、それでもなおリスナーの心を掴んで離さないのは、10代でそれを体感した第2世代の目覚ましい活躍があってこそ。今回初めて来日するカーンとニーク(ともに20代なかば)がいなかったら、いまの若者の多くがレコードを買いはじめることはなかった、かもしれない。

 すくなくとも、ふたりのレーベル〈バンドゥールー〉から、レコードのみでリリースされた“パーシー”を持っていない方はかなり後悔した方がいい(僕も持っていない)。あまりにも多くのクラブで流れてスマッシュ・ヒットした1枚であり、スカスカだが図太いグライムのビートとクセになる声ネタを、「若者だけの音楽にしておくのは、もったいない」と、ある音楽評論家も評している。

(ここで、主催者から届いた“パーシー”の冒頭が使われたツアーCMをどうぞ!)

カセットでのミックスの発表、レコード・オンリーのリリース、手刷りのアートワーク、地元ブリストルのクルーだけで構成されたコレクティヴ、ヤング・エコーでの活動など、カーンとニークを語るうえで出てくる要素は多いが、ネット至上主義に抗うかのようなDIYスピリットは、間違いなく彼らの魅力のひとつだろう。当然、ふたりのようにラディカルに活動をするアーティストは、日本になかなか来ることができない。「来日公演」が溢れかえる昨今において、カーンとニークを本場ではなく日本で見ることは大きな意味を持つことになりそうだ。

 ツアーは7月17日に函館からはじまり、18日に小樽、19日に京都、20日に福岡、24日に東京、翌日は名古屋で開催される。ブリストル特集を予定している21日のドミューンの前半に、カーンとニーク本人が登場する予定なので、ふたりについてもっと知りたい方はそちらもチェック。各イベントともその地域のスペシャリストたちが出演するので、会場が近い方は是非足を運んでほしい。東京公演には今回から始動するイベント〈BS0〉の企画にもたずさわる、ビム・ワン・プロダクションとソイ・クルーの面々に加え、カーンとも交流がある〈バック・トゥ・チル〉の100マド、若手グライムDJのサカナが出演する。

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