「Re」と一致するもの

■いま、早期アクセスが熱い

 みなさんこんにちは、NaBaBaです。今回はいままでと趣旨を少し変えて、最近インディーズ・ゲーム界で流行っている「早期アクセス」という販売形態についての雑感と、それに関連した作品をいくつかご紹介したいと思います。

 この連載で幾度となく言及してきたインディーズ・ゲームですが、その規模は年々大きくなるとともにいろいろな問題が起きてきています。その最たる、かつ普遍的なもののひとつがお金でしょう。デジタル販売が普及し独立系の開発スタジオが自力で販売できる時代になったとはいえ、開発のための予算を確保しペイするのは依然困難なものです。むしろインディーズの裾野が広がっているからこそ、販売形態にも多様性が求められています。

 こうした中で今年に入って急進してきた新たな販売形態が、冒頭で挙げた早期アクセスです。これは開発途中のゲームを先行販売し、そこで得た資金を元手にして開発を継続していくスタイル。
 開発側からすると、はじめから十分な資金を持っていなくても販売と開発の継続ができるチャンスがあり、また開発途中の物を多数のユーザーに触ってもらうことで、実質的なテストができることが主なメリットとなります。

 当然開発途中なので必要な機能が実装されていなかったり、バグが含まれていたりということもあり得ますが、ユーザーもその点を承諾し、一方で完成版よりも割安で購入できたり、バグの報告や新機能の要望等といった形で開発に間接的に関われるというのが購入する側のメリットだと言えるでしょう。

現在Steamでは約270ものタイトルが早期アクセスとして販売されている。
現在Steamでは約270ものタイトルが早期アクセスとして販売されている。

 この早期アクセスが急進してきた背景としては、上記のメリットの他に、クラウドファウンディングの衰退の影響も大きいと言えます。Kickstarterをはじめとしたクラウドファウンディングは、昨年まではインディーズ・ゲーム開発のフロンティアとされてきました。しかしこの方法による資金調達の成功率は非常に低く、有名な開発者が参加していたり、すでに有名な企画だったりという知名度が物を言い、純粋な企画力だけではなかなか成功に繋がらないのが現状。また度重なるプロジェクトの中止等、支援者側からの信頼も低下してきています。

 事実、2014年上半期のゲーム・カテゴリの資金調達額が、昨年の半分以下となったという調査報告が出てきており、クラウドファウンディングのバブルは弾けたというか、多くのスタジオにとってはもはやチャンスを掴める場所ではなくなってきているんですね。

 
ICO Partnersの報告によると、今年上半期のKickstarterのゲーム・カテゴリにおける資金調達額は13,511,740ドルと、下半期を同額と想定しても昨年通期の57,934,417ドルの半分以下にまで下回った。

■早期アクセスとMOD文化の類似点

 早期アクセスが普及したもう一つの主因として、スター的作品の存在にも言及せずにはいられません。インディーズ勃興期にも、またはクラウドファウンディングが登場したときにも、その普及を牽引するスター的作品が存在しました。早期アクセスの場合は『Minecraft』と『Day Z』の2タイトルを挙げることができるでしょう。

 『Minecraft』は言わずと知れたクラフトゲームの始祖であり、今日のインディーズ・ゲーム文化そのものを代表する名作ですが、本作がリリース初期にとっていた、開発途中のものを割安で販売し以後無償でアップデートを繰り返していくというスタイルは、早期アクセスの販売方法のモデルの一つとなっています。

 もう一方の『Day Z』は、もともとは『ARMA II』というゲームのMODとして展開されてきたゾンビ・サヴァイヴァル・ゲームですが、昨年末スタンドアローン版が早期アクセスでリリースされて大ヒットを飛ばし、実質的な早期アクセス・ブームの火付け役となりました。

『Day Z』より。本作と『Minecraft』はゲームデザインから販売形態まで後続のインディーズ・ゲームに多大な影響を与えつづけている。
『Day Z』より。本作と『Minecraft』はゲームデザインから販売形態まで後続のインディーズ・ゲームに多大な影響を与えつづけている。

 さて、以上のように早期アクセスは概念的には『Minecraft』、より実際的な販売形態としてのブームを作ったのは『Day Z』にあると述べましたが、より深い部分にある考え方というか文化的な性質というのは、ずっと前の時代の「MOD」文化から引き継がれているものだと個人的に感じています。

 MODというのは、既存のゲームを「Modification」する、つまり改造し、そのデータをネットで無償で広く公開・共有することを指します。さかのぼるとFPS黎明期である『DOOM』や『Quake』の時代から存在しており、かつてPCゲームを語る上で欠かすことのできない重要な文化でした。

当時のMODの一例。『Shadow Warrior』改め『Sylia Warrior』。98年の作。テクスチャが無秩序に『バブルガムクライシス』のイラストに差し替えられる暴挙。こんな光景当時は日常茶飯事だった。
当時のMODの一例。『Shadow Warrior』改め『Sylia Warrior』。98年の作。テクスチャが無秩序に『バブルガムクライシス』のイラストに差し替えられる暴挙。こんな光景当時は日常茶飯事だった。

 一見して著作権等々の法的問題に触れそうなこのMODですが、改造元のゲームの販売を促進させるということでメーカーも容認する姿勢が一般的で、MOD文化全盛期にはむしろ改造のためのエディターをメーカーが直々にゲームに同梱するのも珍しいことではなかったのです。

 そのMODの内容は多岐にわたり、元のゲームにちょっとした機能を追加するものから、キャラクター・モデルやテクスチャの差し替え、ほぼ完全な別の作品に作り変えてしまう物までじつにさまざま。ほぼ完全な作り変えは「Total Conversion」と呼ぶこともあり、その代表的な作品が『Half-Life』のMODである『Counter-Strike』でしょう。

 ただし『Counter-Strike』という商品化された例があるとは言え、それは特殊なこと。MODは基本的に素人のユーザーが作ったものですからクオリティは玉石混淆、メーカーの保障も受けられない、完全に自己責任で楽しむものでした。Total Conversionについてはいきなり完成版がリリースされることは稀で、大抵少しずつアップデートされていくのを見守るのも楽しみの一つだったのです。

『Counter-Strike』も完成形である『1.6』に至るまで度重なるアップデートを重ねてきた。画像は後年のリメイク作の一つである『Counter-Strike: Source』。
『Counter-Strike』も完成形である『1.6』に至るまで度重なるアップデートを重ねてきた。画像は後年のリメイク作の一つである『Counter-Strike: Source』。

 現代のMOD事情はというと、ゲーム開発がきわめて高度かつ大規模なものになってきたにつれ、素人が手出しできるものではなくなり、かつての勢いはすっかり失われてしまったのが実情です。『The Elder Scroll: Skyrim』等の一部のMODフレンドリーな作品を除くと、現在発売されるゲームでMOD前提とした姿勢は見られなくなって久しいですし、Total Conversionのような大規模なものが話題に上がることも滅多にありません。

 しかしMODにとって代わって興隆してきたのがインディーズ・ゲームです。かつてのゲームに同梱されていたエディターの役目はUnityやUnreal Development Kit等の安価で安定したサポートが得られるゲームエンジンに変わり、既存のゲームを改造するのではなく、1からオリジナルのゲームを作っていくことに軸足が移ってきたのです。

 こうして振り返ってみると、インディーズ文化の先端にある早期アクセスも、単に目新しいだけでなく、かつてのMODやTotal Conversionという文化の土壌があるからこそ生まれてきた、しっかり文脈を踏まえたものだと感じられるのです。またそう考えるとMODからはじまった『Day Z』は、MODとインディーズ、Total Conversionと早期アクセスといった古今を繋ぐ象徴的な作品であるとも捉えられますね。

■お金を取るという事の難しさと責任の重大さ

 しかしながらMODとインディーズには金銭的やり取りの有無に決定的なちがいがあり、これが現在のインディーズ業界にまつわる諸々の問題を引き起こしています。たとえば早期アクセスの場合、開発側とユーザーの認識のギャップが問題になっています。簡単に言えば開発側が公約していた内容、あるいはユーザーが求めている内容と、実際のゲームの内容がちがうということが往々にして起こり得るんですね。

 MODにもそういったことはよくありましたが、MODは商品化でもされないかぎり基本的に無償であり、どこまでいっても所詮は趣味の産物、当然ユーザー側も何が起きようが自己責任だという大前提を暗黙の内に共有していました。

 しかしインディーズは逆に、どんな糞味噌な内容であってもお金を取っている以上は開発側に相応の責任が発生するし、ユーザーもそれを追及する権利を有するという考え方になります。すると開発中であるという前提をすっ飛ばしてユーザー・コミュニティが炎上、ゲームはブランド・イメージを不当に損なうという問題が起きてしまう。

 また開発中止のリスクがつねに伴っているという問題もあり、ひどい場合だと返金処理どころかまともな説明もなくスタジオがばっくれてしまうことも。実際Steamで早期アクセスとして販売されていた『The Stomping Land』の例では、開発半ばでスタジオからの連絡が途絶えそのまま販売停止に至るという事件にまで発展しています。

『The Stomping Land』より。5月30日のアップデートを最後にスタジオは音信不通になっている。
『The Stomping Land』より。5月30日のアップデートを最後にスタジオは音信不通になっている。

 こうした問題を受けて現在Steamでは早期アクセス・ゲームのストアページやFAQで、早期アクセスゲームが開発途中のものであり、最悪の場合は開発中止もあり得るという点を明記するようになりました。しかしながらこれは開発側とユーザーとの信頼の問題でもあり、いくらリスクを明記しても問題が多発するようであれば、ユーザーは関わりを避けるようになるし、健全な開発スタジオにとってもメリットがなくなってしまいます。

 それこそKickstarterにおいてこの数年でさまざまな問題が発生し、クラウドファウンディングの可能性と限界が周知された結果としてそのバブルが弾けたように、早期アクセスも未知数ゆえの評価待ちの状態であり、数年後も安定した販売方法として定着しているかどうかは怪しいところです。

 個人的な見解を述べれば、早期アクセスが数年後もいまの形態のまま存続している可能性は低いと見ています。なぜなぜならゲーム開発とは予定通りいかないものであり、予算も期間も足が出ることは現代の大手のゲーム開発においてでさえ当たり前のことなのです。しかし早期アクセスは将来の完成の可能性を担保に資金を募っている面があるわけですから、これはじつに危ない橋を渡っているものだと感じています。

 しかもベータ版等、ゲームとして必要な機能がすべて実装されている状態ならまだしも、アルファ版やそれ未満の状態で販売しているゲームも多い。ということはそれだけ今後の開発で未知数な部分や問題が起きる危険性が高いのです。しかも開発中のゲームをそういう状態で販売しなければいけないということは、それだけスタジオに余裕がないということの表れでもある。

 早期アクセスが流行りはじめてまだ一年も経っていないので問題も顕在化されていませんが、これから先、募った資金が足りなくなったとか、公約していた機能を実装できない等の問題が間違いなく頻発することが懸念されます。最悪クラウドファウンディングと同じ道をたどり、最終的に信頼も知名度も資金も余裕のあるスタジオにしかうま味がない、何も元手が無い弱小デベロッパーの救いにはならない販売形態になってしまうのではないか、という点を大変危惧しています。

■早期アクセスのその先は?

 より多くの開発者にチャンスを与える。これがインディーズ・ゲーム業界でつねに問われている課題であり、それに応えつづけてきたからこそ、現代の興隆があると思っています。クラウドファウンディングや早期アクセスもそうした試みの一部であり、成功した面もあれば失敗した面もあります。では早期アクセスの次には何が来るのか? その点についても少しご紹介したいと思います。

 インディーズのスタジオにとって資金と同じく問題になるのがプロモーションです。せっかくよい物を作っても十分な宣伝がなされなければ売れるものも売れない。早期アクセスが流行った要因の一つには、じつのところ、とりあえず発売すればSteamのトップページに掲載されるというプロモーション面での理由もありました。こうしたことからもわかる通り、近年ますますたくさんのゲームが発売されひしめき合う中で、いかに目立つかというのは大変重要な課題になっているのです。

 こうした問題に一石を投じる形で最近Steamに登場したのが、「Steam Discovery」および「Steam Curators」という新機能です。この両者はともに多数のゲーム・ラインナップの中からユーザーに適切な商品を紹介することを目的としています。

 Steam Discoveryは個々のユーザーが購入し遊んだゲームをもとに自動生成される商品紹介ページで、これまでの画一的な商品紹介ページでは取りこぼしていた作品の情報をユーザーに届けられるようになることが期待されています。

 もう一方の Steam Curatorsは逆に有人による商品の紹介機能で、キュレーターである個人、あるいは組織が商品を推薦することで、購入の一助にしようというものです。贔屓にしたいキュレーターを登録すれば、先程のSteam Discoveryで生成された商品紹介ページに、キュレーター推薦の商品も掲載されます。

ちなみに僕は『Rock, Paper, Shotgun』を特別贔屓にしている。本来はゲーム専門ニュースサイト(https://www.rockpapershotgun.com/)で、マイナーながら良質なゲームの発掘に定評がある。
ちなみに僕は『Rock, Paper, Shotgun』を特別贔屓にしている。本来はゲーム専門ニュースサイト(https://www.rockpapershotgun.com/)で、マイナーながら良質なゲームの発掘に定評がある。

 これらの新機能はいずれも実装されたばかりなので効果的かどうかの判断はできませんが、こうした試み自体は評価できますし、また引きつづき行われなければいけません。インディーズ・ゲーム業界が今日の形を成しているのは、作っていくため、売っていくための試行錯誤が続けられたからであり、その結果としてマネタイズとクリエイティヴィティを両立しながら市場を拡大してきたことは財産であると誇ってもいいものです。

 そして早期アクセスとMODの繋がりが示すように、今日の試行錯誤や新しい試みの中にも、文化的な土台としての過去をしっかり引き継いでいることに、根底の部分での力強さを感じています。今後もさまざまな問題が起きるでしょうが、それらを乗り越えインディーズ・ゲーム業界をさらに発展させていってほしいと思っています。

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 ここから先は早期アクセスの作品を具体的にいくつか紹介していきたいと思います。ただしどれも開発中のものですから、ここでの評価は最終的なものではないことを念頭に入れてください。

Broforce

 

 開発はFree Lives、パブリッシャーは一癖も二癖もあるゲームの販売でお馴染みのDevolver Digitalによる作品。往年のアクション映画のヒーローたちを堂々とパロディしたキャラクターが大暴れする、肉密度1000%、木曜洋画劇場的なアクション・ゲームです。

 パッと見、『魂斗羅』や『メタルスラッグ』等の純粋な戦場アクションかと思いきや、地形を崩して回り込んだり敵の足場を無くしたりといったパズル的側面もあります。プレイヤーが操作する兄貴たちはどれも強力な火力を持っていますが、敵の攻撃一撃で倒れてしまうため、強力な攻撃をぶっ放しつつ、それによって削れていく地形をも利用し、いかに敵の射線に入らないかを考える、アクションと戦略性をあわせ持ったゲームと言えます。

 とは言えそこまでタイトではなく、そればかりか実際はかなり大雑把なゲーム・バランス。地形は半ば制御不能なくらい削れていくこともあるし、操作する兄貴たちは毎回ランダムで決まる上に性能差が激しくて、使えない兄貴ではクリアはままならない。ただどうせすぐ死ぬし、そしたらまた別の兄貴を操作することになるからいずれクリアできるっしょ? みたいなノリ。同じDevolver Digital販売で、タイトなアクションと戦略性が高いレベルで融合していた『Hotline Miami』とは比べるべくもないアバウトさです。

 しかしながら、本作はそれがいいのではないかとも思います。現在Beta版でゲームとしての根幹部分は大分でき上がっていると思います。一方でいまなお新しい兄貴たちを次々と実装しようとしているところからもわかるように、本作は磨き上げられたゲーム・バランスを味わうものではなく、次々と登場する新たな兄貴にワクワクしながらその場その場の爆発を楽しむ、ファストフード的な楽しみ方のゲームなんだと思います。

 ちなみに法的に大丈夫なのかと心配になるくらいあけすけなパロディをしている本作ですが、なんと本家本元の筋肉映画『Expendables 3』との公式コラボが決定、その名も『Expendabros』という兄弟作をリリースするに至っています。世の中どう転ぶかわからないですね。


『Expendabros』より。ヘタにプロモーション用ゲームを委託開発するより、よっぽどできがいいし話題性もある。

■Dream

 

 Hyperslothが開発、Mastertronicが販売の、題名通り夢を題材にした作品。古くは『Myst』等に代表される、雰囲気系、探索パズル系のゲームですね。開発は順調そうで、月1からそれ以上のペースでアップデートされているので、その点についての心配はなさそうです。

 僕はこの手のゲームが好きなのでそれなりに遊び込んできたつもりですが、しかし本作は残念ながらピンときませんでした。まず第一にヴィジュアルのセンスがない。雰囲気系のゲームはその世界に引き込むヴィジュアルのインパクトが必要ですが、美しさと超現実性、どちらにおいても突出したものを感じない。変化も乏しく、長時間変わり映えのしない空間を歩きつづけさせられることが多く苦痛です。

 またパズル性についても一定のエリアを何度も行き来して解くタイプのものが多く、難易度も高いため個人的にはとてもテンポが悪く感じる。これに変わり映えのしない見た目が加わると、退屈で面倒くさくて、とてもじゃありませんが夢の中を彷徨っているような幻想的な感覚は味わえません。

 夢の中を彷徨っているような体験ということであれば、他に『Kairo』や『NaissanceE』、『Mind: Path to Thalamus』等の作品があり、どれも『Dream』より出来がいいのでそれらを僕はお薦めします。とくに『Kairo』と『NaissanceE』はシンプルなジオメトリで構成された空間が抽象的かつ幻想的で、夢の捉えどころのない感じが具現化されているようで好きですね。

『NaissanceE』より。グレー1色の世界だが巨大構造物の数々はSF的でもあり、こちらのほうがはるかに夢っぽい。
『NaissanceE』より。グレー1色の世界だが巨大構造物の数々はSF的でもあり、こちらのほうがはるかに夢っぽい。

■The Forest

 

 Endnight Gamesが開発・販売を手掛けるオープンワールド・サヴァイヴァル・ゲームで、早期アクセスの中でも人気の高い作品です。ベースは『Minecraft』が発明したクラフト&サヴァイヴァルのシステムを踏襲しつつ、敵の襲撃を想定した拠点や罠の作成、体調管理等といったサヴァイヴァルの側面がより強化されています。

 昼夜を問わず敵である原住民が襲ってくるため難易度は高い。最初の頃、僕はスタート地点である飛行機墜落現場付近に拠点を作っていたものの、すぐ敵に見つかっては殺されるを繰り返してまったく楽しめませんでした。

 しかし敵にも巡回ルートがあるようで、海岸沿いの崖下の僅かな平地に拠点を作成。さらに敵に見つかっても逃げ込めるように各地に臨時避難所を用意することで、ゲームを軌道に乗せることができました。

 以上のように説明不足で大変とっつき難い面があるものの、ゲームの法則を試行錯誤で学習していくおもしろさがあり、一度軌道に乗れば『Minecraft』譲りのエンドレスなクラフト&サヴァイヴァルの世界が開けています。

 現状、ヴァージョンはまだ0.07のアルファ段階で、未実装の要素もあれば挙動も安定していません。ただ基本的な部分のおもしろさは十分実感できるし、グラフィックスもインディーズにしてはよくできているほうなので、今後の開発でしっかり肉付けしていけば、よい作品になる予感がします。

 ただ僕は個人的にはエンドレスなゲームって好みではないし、その方向性であれば『Minecraft』が最強なので、本作には何らかの大局的な目標を用意してほしいところ。ゲームのオープニングで主人公の息子が原住民にさらわれる場面があり、その後とくに説明がないのですが、そのへんの背景設定をゲームの大局的な目標に組み込んでくれることを期待したいです。

■Invisible, Inc.

 

 Klei Entertainmentが開発・販売のステルスゲーム。ここのスタジオはゲームのできに定評がある上、前作の『Dont't Starve』も早期アクセスで販売し完成させた実績があるので、信頼度は申し分ありません。

 本作の最大の特徴はターン性のステルスゲームということで、いままでありそうでなかったタイプです。ターンごとにアクション・ポイントの範囲内で行動をとる、という点を除けば基本的なルールはステルスゲームを踏襲しています。つまり敵に見つからず、監視網を掻い潜ってアイテムを収集し、速やかに離脱する。

 しかしながら非常に難易度が高く、自キャラは敵に見つかったらほぼ死亡確定で、対抗手段もほとんどないのでゴリ押しはまったく利きません。しかも一定ターンごとに警戒レベルが上がり敵勢力が強化されていくため、無駄のない行動と、ときには引き際をわきまえないと、あっという間に包囲網ができ上がり詰んでしまいます。さらにステージはランダム生成なので決まりきった攻略法もない。

 そういうわけでターン性を活かして個々のターン内ではじっくり戦略を練られるものの、大局的には時間制限を意識して行動しなければいけない点が、従来のリアルタイムのステルスゲームの、瞬間的なアクションは問われるものの大局的には牛歩戦術が利く性質とは真逆なのがおもしろいですね。

 しかしそれにしても難しい。自キャラが複数いる内は各ステージはツーマンセルで挑むことになりますが、いまだに2人とも生還してクリアできたことがない。アイテムの購入やレベルアップで自キャラも強化させていけますが、そうした軌道に乗せるためにまずはゲームオーバーになりまくってコツを掴まなければいけません。そのあたりを良しとできるかどうかが好みの分かれどころでしょう。

 現状ランダム生成とはいえステージのヴァリエーションは少ないし、アイテムやレベルアップ時のアンロック要素も十分ではありません。ただ基本部分は大変しっかりしているので、あとは要素を増やしていけばいいという点では、今後の開発も安心して見守れる気がします。

■The Long Dark

 

 Hinterland Studioが開発と販売を手掛けるオープンワールド・サヴァイヴァル・ゲーム。『Minecraft』や『Day Z』のサヴァイヴァル要素のみを抽出・深化させたような作品ですが、ゾンビとか原住民だとかいったフィクション要素はいっさい出てきません。かわりにプレイヤーが立ち向かうのはカナダの豪雪地帯という、厳しい自然環境そのものです。

 サヴァイヴァルに特化しているだけあって、管理しなければいけない自キャラのパラメータは疲労、冷え、飢え、渇き等にわたり、さらに怪我だ病気だといった状態異常にも気をつけなければいけません。

 これらを満たすためにつねに探索しつづけ、食料や衣服、燃料を集めつづけなければいけませんが、これまたとても難易度が高い。極寒の地での活動はそれだけで体力を奪いますが、何もしなくてもパラメータは低下していく。かといって探索したところで物資が見つかる保証も、いざ吹雪いてきたときに非難する場所がすぐそばにある保証もない。

 そんな状況だから、体調が万全なのはゲームを開始したときだけで、以降はつねに何らかの体調不良に悩まされることになります。この問題を抱えたままプレイしつづける感覚は、初代『Half-Life』の、HPがつねに半分前後になりがちなゲーム・バランスに通じるものがあります。

 ただ本作は半分どころか油断していればすぐ詰んでしまいます。といっても即死するわけではなく、何も打つ手がなくなってしまったが後2日くらいは生きられる体力が残っているので、その間ゆっくり衰弱していく、っていう流れになるのがじつに生々しい。

 現状アルファ版でストーリーモードはまだ実装されておらず、純粋なサヴァイヴァルに挑むサンドボックスモードのみを遊んだ上での感想ですが、それでも本作のエッセンスは十分に感じ取ることができました。基本的な操作感は大変しっかりしているし、難易度は高いものの徹底してリアルなサヴァイヴァル・シミュレーターに徹したゲーム・デザインも渋くて好みです。グラフィックスもシンプルだけど自然の険しさと美しさの両面を感じさせてくれます。

 要望としては、現状ではインベントリが文字だけなので、画像を交えて直感的な仕様にしてもらいたい。ただ不満点はそれくらいで、これから先肉付けしていけばかなりいい作品になりそう。今回ご紹介したゲームの中では、個人的には本作がいちばん期待値が高いです。後々実装されるというストーリーモードにも大いに期待したいと思います。

■World of Diving

 

 Vertigo Gamesが開発と販売を行うダイビング・シミュレーターです。海に潜って数々の魚の写真を撮ったり、埋蔵物を収集したりといったことが主な遊びになります。

 最初は海中の美しさにワクワクさせられますが、所詮は作り物。景観のヴァリエーションがなく、もしくは海中なので出しようがないのかもしれませんが、とにかくすぐ飽きてきてしまい、何か遊びはないかと考えるのですが、上記の2種類しかやることがないのでたまりません。

 埋蔵物の収集でゲーム内通貨を貯め、ダイバースーツ等の装備を買い揃えることもできますが、それがゲーム自体のおもしろさに繋がるわけでもなし。いちおうダイビングの諸要素を再現はしているのかもしれませんが、ゲームとしてはただただ退屈なものでしかありません。

 類似した作品はどうなんだろうということで、『Depth Hunter 2』という作品も遊んでみました。開発中のものと完成品を比較するのもフェアではないのですが、『Depth Hunter 2』のほうがグラフィックスは若干綺麗だし、泳いでいる魚の種類も多い。また写真撮影や埋蔵物収集の他にも、スピアガンを使っての魚のシューティング要素もあります。

『Depth Hunter 2』より。見た目が似ていますが別作品です。
『Depth Hunter 2』より。見た目が似ていますが別作品です。

 ただこちらも五十歩百歩という感じで、ゲームとしておもしろいかどうかというと大いに疑問。どちらも実際のダイビングの再現に気を取られていて、ゲームとしてのおもしろさが蔑ろにされている気がします。

 では、ゲーム性優先の海中ゲームはあるのだろうかと探して見つけたのが『Far Sky』という作品。こちらは言うなれば海底版『Minecraft』で、有限の酸素や水圧による活動限界という海中ならではの要素が要所に組み込まれていますが、基本的には『Minecraft』を踏襲したクラフトゲームです。

 前述の2作よりは圧倒的にゲームとして遊べますが、それでも『Minecraft』の縮小再生産の感は否めず、海中ゲームとしてのオリジナリティを実感するには至りませんでした。

『Far Sky』より。こちらも見た目が似ていますが、やっぱり別作品です。
『Far Sky』より。こちらも見た目が似ていますが、やっぱり別作品です。

 今回『World of Diving』を通じていろいろ探し回って感じましたが、海中を舞台にしたゲームは少ないです。それはここで取り上げた3作を遊んでも感じたように、海中という舞台自体が景観の変化に乏しく、飽きがくるのが早いというのも理由の一つかもしれません。

 『World of Diving』のダイビング・シミュレーターとしての再現性については、僕は実際のダイビングをしたことがないので量りかねますが、ゲームとして捉えたらおもしろくないのはたしかです。ただ本作がシミュレーターと銘打っている以上、ゲームとしてのフィクション性を取り入れる気はあまりないようなので、今後のアップデートについても個人的には期待できません。

 それにしても海中を舞台にしたゲームで、これはという作品はないのでしょうか。探しているのでご存知の方は教えてください。ちなみに『BioShock』シリーズは抜きでお願いします。

interview with Analogfish - ele-king

 日々が湛える哀しみの
 上を吹き抜ける喜びを
 受けて走らせるヨットのように
 暮らしていたいね 暮らしていたいね

 閉め切ったWindow
 開けたら空だった

 アナログフィッシュのニューアルバム『最近のぼくら』は、“Receivers”という曲のこんなリリックで締め括られる。同時代の表現者であるくるりの傑作『THE PIER』に散りばめられていた〈悲しみの時代〉や〈困難多き時代〉というワードをわざわざ抜き出すまでもなく、現代は〈日々が湛える哀しみ多き時代〉である。きっかけは2011年の震災と原発事故。しかし、それ以前から見て見ぬふりをされてきた数々の問題が徐々にあぶりだされているのが、いまという時代だ。そして、アナログフィッシュというバンドは、『荒野 / On the Wild Side』と『NEWCLEAR』という2枚の作品を通じて、そんな社会に対して鋭いメッセージを放ち続けてきた。


アナログフィッシュ
最近のぼくら

felicity

Rock

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 もしかしたら、メッセンジャーとしてのアナログフィッシュを期待する人にとって、『最近のぼくら』という作品は、肩透かしを食らう作品かもしれない。全体としては、ややアトモスフェリックでありながら、穏やかで有機的なムードが流れ、言葉に関しても、『NEWCLEAR』のような直接的な言及は避けられていて、タイトル通りの日常感ある言葉が並んでいる。三体の彫刻が並べられた、どこかサイケデリックなアートワークも含め、ゆらゆら帝国の『空洞です』あたりを連想する人も多いだろう。何にしろ、本作が前2作とはトーンの異なる作品であることは間違いない。

 しかし、僕はこの作品はある意味アナログフィッシュのニュートラルな作品だと言っていいと思う。アナログフィッシュの、とくに下岡晃の楽曲には、つねに社会的なメッセージが内包され、それが強い明度で表れるときもあれば、うっすらと滲んでいるだけのときもあって、その本質はバンドが結成された15年前から変わることはない。つまり、震災以降の社会状況を受けて、メッセージが強く表れていたのが前2作であり、うっすらと滲んで、それでもたしかに時代のムードを醸し出しているのが本作だと思うのだ。実際に、本作には2006年に発表され、メッセンジャーとしての側面が決して大きくは取り沙汰されていなかった『ROCK IS HARMONY』収録の“公平なWorld”という曲が再録されているのだが、この曲はまたしても今という時代を見事に射抜いている。やはり、本質は変わっていない。

 バンドのディスコグラフィーを振り返ってみれば、本作に一番近いムードを持った作品は、斉藤州一郎の復帰作となった2010年の『Life Goes On』だろう。良い事も悪い事も起こりながら、それでも人生は続いていく。最近のきみらの調子はどうだい?

そこにあるけど、みんな気にしてるけど、でもそれにタッチしないっていうことを、自分も大事なことを忘れて行ってるのかもしれないってことも含めて、曲にしようと思った。とにかく、今のこの状態を残しておこうって。

アルバムのスタートはどんなところからだったんですか?

下岡:1年ぐらいかけて断続的にレコーディングしてたんですけど、最初は“はなさない”って曲を、何も決まってない段階で録ったんです。

前作を作るときに、まず“抱きしめて”を録ったような感じですよね。

下岡:そうそう。で、音的な方向としては、基本的に音数少なくて、1ループとタイトなバンド・アンサンブルの感じ。1ループっていうのは、ループが乗ってる場合もあるし、ベースなりギターがずっとループを弾いてる場合もあるけど、起伏は意図的に作らないような、そういうバンド・アンサンブルのイメージが先行してましたね。BPM130より速い曲は作らないとか、ガチャガチャさせるのはやめようとか、そういうのを思ってた。

ミニマルでタイトっていうのは、『NEWCLEAR』でも顕著で、それは言葉を引き立たせる狙いもあったと思うんですけど、今作でもそれを推し進めたと言っていいんでしょうか?

下岡:推し進めたって言い方もできますね。あとは『NEWCLEAR』よりもう少し有機的な感じにしたいなとか、そういうことをいくつか考えながらやってました。

いま海外のインディー・シーンでR&B寄りのものが流行ってるから、その影響もあるのかなって思ったのですが。

下岡:去年出たThe Weekendすごい好きで、音数の感じも質感も好き。あとはThe Internetもよかったし、BADBADNOTGOODとか、基本的にチルウェイヴっぽいのも好きだし、Fenneszもよかった。家で聴いてるのがそういうのだったので、そういうところの影響は出てると思います。

ああいうサウンドのアトモスフェリックでサイケデリックなムードと、いまの社会のムードにシンクロするような部分を感じていたのでしょうか?

下岡:どうなんだろう……そういう風には考えてなかったかな。単純に、リスナーとしてそれを楽しんで聴いてただけで、タイトにやりたいっていう自分の趣向と、どこか通じるものを感じたっていうか、なんかああいうのに惹かれるんですよね。上手く言えないけど、女性の好みみたいな感じで、ずっとそういうのに惹かれてて、バンドを15年やってるから、その間には違うこともやったけど、基本的に僕はそういう音が好きなんです。20歳過ぎたぐらいで聴いたThe MetersとかThe J.B.’sとかのフィーリング、タイトで、ずっと持続していく感じで、歌で起伏ができてる、あのノリがすごい好きなんですよね。

その感じはelephant(アナログフィッシュの下岡と斉藤、髭の宮川トモユキと斉藤祐樹によって結成されたバンド。今年の夏にファースト・アルバム『daydream』を発表)にも出てたと思うんですけど、あの活動からの何らかのフィードバックも本作には含まれていると言えますか?

下岡:そこは結構難しくて、elephantに関しては、僕曲とか全然作ってなくて、歌詞にしても、曲を作った人がタイトルだけつけて、それがお題みたいな感じで、リハの何時間の間に大喜利みたいな感じで作ってたんで、アナログフィッシュでやってることとは、出てくるところが全然違って。

瞬発力の方が大事だったと。

下岡:そうですね。だから、自分の中にあるものを議論するような感覚はあんまりなかったというか、フィルターを通さずに出てる感じだったんですよね。単純に、軽やかに、気楽に音楽ができたから、リフレッシュにはなりました。

ちなみに、その一方で健太郎さんはソロを作っていたわけですが、あのアルバムに対する感想を話してもらえますか?

下岡:感想か......ホント、健太郎節でしたよね(笑)。すごくポップで、良かった。ああいう音楽って、俺ひさしぶりに聴いた気がするんですよ。昔はいた気がするんですけど、いまやってる人って案外いないなって。あとは……「歌上手いな」って思った(笑)。

いまの話とつなげると、今回のアルバムの穏やかなムードっていうのは、リフレッシュしたからこそのムードだとも言えるかもしれないですね。

下岡:かもしれないですね。まあ、日常的なことを歌おうっていうのはある程度決めてて、直接的なメッセージには行かないようにしたいなっていうのがぼんやりあったんですよね。

それはなぜ?

下岡:うーん……暮らしてると忘れそうになることがあって。忘れるっていうか薄まっていくっていうか。

編集部:何をですか?

下岡:震災後の、原発事故が起きたことに対してのセンシティヴだった、あの感じとか、徐々に風化して行ってる感じがあるというか、俺自体は相当ニュースとか拾ってる方だとは思ってるんですけど、それでも風化はしてるっていうか……。

編集部:ニュースって、テレビのニュースでしょ? テレビのニュースなんて肝心なこと伝えないよ。

下岡:それはずっとそうですけど(笑)、でも情弱とか言うけど、俺情報強者がいるとも思ってなくて、ネットの中とかって、ホントに起こってることがみんなが知ってることではないわけじゃないですか?

編集部:でも、わかることもあるじゃん。

下岡:あるけど、ホントに正しい情報を自分が得てるとは限らないわけじゃないですか? だって、いま手に入る情報は、正しいうんぬんよりも、検索にかかるかかからないかの方が大きいでしょ? だから、どんなに間違ってても、検索にかかってれば、それを見る人が圧倒的に多いわけですよね。もちろん、情報を統制するのは最悪だと思うけど、もっと別の問題もたくさんあると思うし。

編集部:さっき直接的なメッセージは避けようと思ったって言ったけど、これだけいろんな問題があるわけだから、逆によりメッセージを強くするっていう方向もあったんじゃないかと。

下岡:でも、俺が今回思ったのは、風化して行くっていうか、俺の中でも何かを忘れて行く部分があるっていう、そこも含めてやりたいと思って。レイシズムのこととか、ガザのこととか、そういうのもホントにまいっちゃうけど、でも全部一緒だと思うんだよね。そこにあるけど、みんな気にしてるけど、でもそれにタッチしないっていうことを、自分も大事なことを忘れて行ってるのかもしれないってことも含めて、曲にしようと思った。とにかく、いまのこの状態を残しておこうって。

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“PHASE”とか“Hybrid”とか“抱きしめて”とか、いいって言ってもらってる曲とかって、今ライヴでやってても、作ったときと同じようなフレッシュさがあって、お客さんの反応もいつもすごくいいし、自分もいつもいま作ったようなテンションでできてて。

僕も個人レベルでの風化っていうのは起こってると思ってて、その一方では、集団的自衛権や知る権利の問題とか、短いスパンでかなり大きな出来事が起こり続けてる。だから、『最近の僕ら』っていうアルバムのアトモスフェリックでサイケデリックなムードは、ある意味、異常が常態化した日常を表してるように思ったんですよね。

下岡:それはたしかにそうだと思うけど、でもいろんなことが起こってる状態っていうのを特別意識はしてなくて、単純に、自分に起きてることとか、強く思ってたことを忘れて行ったり、そこも含めて音楽にして、あんまり「メッセージ」って切り口にはしないようにって思ってましたね。

具体的に、「この1曲ができてアルバムの方向性が見えた」みたいな1曲ってありますか?

下岡:それはたぶん1曲目の“最近のぼくら”で、演奏がタイトで、ベースが1ループで、あと声だけ。なおかつ、日本語のメロディーで、今歌いたいことが言葉にできて、これが一番やりたかった形に近い。

この曲はいろんな意味でプロトタイプですよね。音数の少なさもそうだし、言葉にしても、極端に言えば、何も言ってない。でも、それがやりたかったと。

下岡:うん、このヴァージョン違いをあと10曲作れればみたいに思ってて。だから、今回のアルバムは普通にそのとき思ったことをただ書いてて、ラヴソングを作りたいと思って、ただラヴソングを書いた曲とかもあるし。

個人的に印象に残った曲のひとつが“Nightfever”で、とくに「センターラインはどこにある?」っていうリリックが気になったのですが、これはどんな意図で書いたものなんですか?

下岡:そのときの感じっていうか……って言ったら、全部そうなんだけど(笑)。何て言うか……上手く言えないなあ。

じゃあ、もうちょっと僕言ってみていいですか?

下岡:はい(笑)。

これも極端な解釈ですけど、「センターラインはどこにある?」っていうフレーズから、僕は右翼と左翼を連想したんです。で、もちろんどっちがいい悪いの話ではなくて、でもいまこの構造がかなり鮮明になってきてる。それをそのまま歌っておきたかった……って解釈したんですけど、ここまでの話を聞くと、ちょっと違いそうですね(笑)。

下岡:それは考えてなかったですね(笑)。それよりも……手すりっていうか(笑)、つかまえられるものを探してる感じっていうか。

編集部:自分の中の支えってこと?

下岡:そうそう。

編集部:直接メッセージを表現しようと思わなかったっていうのは、直接メッセージを言うことがしんどかったってことでもあるのかな?

下岡:いや、しんどいと思ったことは特にないかなあ。

編集部:でも、いまのセンターの話って、内省的なことでもあるわけでしょ?

下岡:しんどいとは思ってなくて、そこを求められてるなって思うことも最近多い。

編集部:求められると引いちゃう方?

下岡:そんなこともなくて、俺そこに応えたいなっていつも思うんですけど。

編集部:そんな感じするよね。むしろ、それを望んでたっていうか、求められるっていうのは、リアクションがあるわけだからね。

下岡:それはすごく嬉しくて、“PHASE”とか“Hybrid”とか“抱きしめて”とか、いいって言ってもらってる曲とかって、今ライヴでやってても、作ったときと同じようなフレッシュさがあって、お客さんの反応もいつもすごくいいし、自分もいつも今作ったようなテンションでできてて。でも、そういう曲って無理に作っても意味がないというか、自然にそれを超えるだけのものができてこない限りは、出す必要ないと思ってて。あとは単純に、今回は最初に言った感じのものが作りたいと思って、実際は1曲メッセージ色の強い曲もできて、録ったりもしたんだけど、今回のアルバムには合わないと思ったから、外したの。

編集部:もったいない(笑)。


「ラヴソングが一番のプロテストソング」とか、「ポリティカル・イズ・パーソナル」とか、そういう言葉ってよく言われるじゃないですか? 僕そういうのあんまりわかんなくて、ピンと来なかったんですけど、今回作ってる終盤ぐらいに、「それってこういうことなのかな?」って、ちょっとだけ思いました。

今回のアルバムの中で、メッセージ性を読み取れる曲というと、あとは“公平なWorld”かなって思うんですけど、これはもともと2006年の『ROCK IS HARMONY』に収録されていた曲ですよね。順番に訊くと、そもそもこの曲は当時どういう経緯で作られた曲だったのでしょう?

下岡:これは……超嫌だなって、不公平だなって思うことがあって、作らないとスッキリしなくて(笑)。

それって、個人的なこと?

下岡:そうそう。で、実際作ることでスッキリできたので、結構大事な曲で。それで今回ガザのニュースとかを見てて、この曲入れたいなって思って、いまのアレンジがライヴでやっても手応えあったから、この形で入れようと思って。

この曲をライヴで聴いたときは衝撃でした。それこそ、ele-kingにレヴューを書かせてもらった、7月のアジカンとの2マンで聴いたんですけど、ちょうど集団的自衛権の問題が大きく取り沙汰されてたときだったし、ブラジル・ワールドカップもやってたから、「僕らが寝ている間に何が起きてるか知ってる?」って歌い出しもぴったりで(笑)、“PHASE”や“抱きしめて”と同じように、また過去に書いた曲が現在とリンクしちゃってるなって。

下岡:そっかあ……でも単純に、ひさしぶりに聴いたら、いい曲だなって思って(笑)。

あの日アジカンが“No.9”って曲をやってて、あれは9条の歌だって言われてるんですよね。近年いろんなミュージシャンが直接的にも間接的にも、社会に対してアクションを起こしていると言っていいと思うんですけど、そういう周りとの比較も踏まえて、自分のやることっていうのをどうお考えですか?

下岡:自分がやることか……プロテストソングとかメッセージソングって、自分がやること云々っていうよりも、出てきちゃうからやってるって感じなんですよね。人によるとは思うんですけど、曲って、そのラインが出てきちゃったら、俺に選択肢はなくて、出てきちゃったら作るしかないんですよ。だから、俺が選べるわけじゃないっていうか(笑)。「こういうことを書こう」って思わないわけじゃないけど、メッセージだったらメッセージが思い浮かんじゃうんで、しょうがないんですよね。

なるほど。わかります。

下岡:この間スパングルの笹原くんと飲んでて、やけのはらくんとか、それこそ後藤くんの話とかをしてて、彼らは論理的な思考を持ってると思うんですよね。頭いいし、話すこともやることも論理的だって。で、笹原くんが「下岡くんはこういう感じ(宙に浮かんでるものを捕まえる仕草)だよね」って言ってて、僕自分はそうじゃないと思ってたんですけど、「でも、そうだな」ってそのとき思って、「もうそれでやろう」って思いました。

その感じはアルバムに出てますよね。すごく感覚的というか。

下岡:歌詞を書いて、言葉の流れはちゃんとできてても、いろんな理由で書きかえるじゃないですか?ちょっとパンチがないとか、生っぽ過ぎるとか。でも、今回は極力それをやらなかったんです。

なるべくそのまま残したと。

下岡:そう、「ここもうちょっと山欲しいな」って思うところも、そのまま残して。

やっぱり、今回のアルバムは恣意的に考えないで、そのままを出すっていうか、それすらも意識しないように作ったってことなんですね(笑)。

下岡:うん、ホントに『最近の僕ら』って感じのアルバムにしようと思ったから。

宙に浮いてるものを捕まえて、それをただ自分を通して出すと。でも、それが結果的には社会のムードを表してるのかもしれない。

下岡:なんかね……「ラヴソングが一番のプロテストソング」とか、「ポリティカル・イズ・パーソナル」とか、そういう言葉ってよく言われるじゃないですか? 僕そういうのあんまりわかんなくて、ピンと来なかったんですけど、今回作ってる終盤ぐらいに、「それってこういうことなのかな?」って、ちょっとだけ思いました。

資料によると、今回の作品は「社会派三部作の完結編」とあるわけですが、ちなみにご本人にこの意識ってあるんですか?

下岡:うーん.....(笑)。

了解です(笑)。では、今回の作品のラストに“Receivers”という曲を置いたのは、どんな意図があったのでしょうか?

下岡:これの最後の塊で歌ってることが、一番いい終わらせ方だなって思って。

「日々が湛える悲しみの~」っていうところですね。僕も大好きです。まあ、三部作かどうかはともかく(笑)、何もない荒野からスタートして、旅路を経て、海に開けたという受け取り方もできますよね。そして、この曲の風を受けて進むヨットのイメージっていうのは、「ここからまたどこにでも行ける」っていう、新たな始まりも予感させました。

下岡:このアルバムって、前向きな感じの曲はとくにないんですけど、唯一そうかもしれないフィーリングを持ってるのが、“Receivers”だと思います。普通に暮らしてて、「楽しい」とか「面白い」はあるけど、「今日は前向き」って、あんまりないっていうか(笑)、それってちょっと不自然じゃないですか?面白いこととか楽しいことが前進力だから、「前向き」っていうのは入らなかったのかなって。

いまの社会状況が混沌としていて、先行きが見えない状態だから、前向きなイメージは外したとかではない?

下岡:それはそれですごい感じますけどね。“不安の彫刻”とか、何のオチもないけど、ただ何となく不安ってことを歌おうと思ったし。でも、僕“Receivers”で気に入ってるのは、「良い事も嫌な事もありそうだね」ってとこで、普通こう歌う人いないなって思って。

普通は「良い事あるさ」ですよね。

下岡:「良い事も嫌な事もありそうだね」って、すげえ当たり前の話だから誰も歌わないんだと思うんですけど、「良い事も嫌な事もありそうだね」ってずっと言ってたら、気分良くなるんですよ(笑)。いまって、それぐらいの上がる感じがちょうどいいなって。

「そりゃあ、どっちもあるよ(肩ポン)」ぐらいの感じだ(笑)。

下岡:そうそう、それぐらいがいいと思って(笑)。

物語る私たち - ele-king

 and I told you to be PATIENT,
 and I told you to be FINE,
 and I told you to be BALANCED,
 and I told you to be KIND…

 ボン・イヴェールによる“スキニー・ラヴ”が映画の冒頭で流れれば、僕ははじめて『フォー・エマ、フォーエヴァー・アゴー』を聴いたときのことを思い出す。その小さなフォーク・アルバムのなかで、敗れた恋とつまずいた人生に傷ついた男が自分自身に向けて「我慢強く、しっかりと、バランスを保って、心やさしく」あれと懸命に言い聞かせていたその曲のように……『物語る私たち』は、とても個人的な1本だ。

 幼い頃から子役として活動してきたサラ・ポーリーにとって監督3作めとなる本作で、彼女はこれまでの作品群……『アウェイ・フロム・ハー/君を想う』(06)、『テイク・ディス・ワルツ』(11)と同様に夫婦間に横たわる問題と複雑な愛について描き出している。ただし本作でポーリーが取りあげる夫婦は自分の両親であり、そして実話だ。しかしながらこれは「ノンフィクション」や「ドキュメンタリー」と言うより、あくまで「ストーリー」なのだと何度も強調される。
 その「ストーリー」の筋書きはこうだ。舞台女優でもあった母ダイアン・ポーリーはサラが11歳のときにガンで他界した。独立した兄や姉たちとは違って、末っ子のサラは父マイケルと暮らし、父娘の絆は育まれていく。しかしサラが成長してからというもの、家族間で「サラだけパパに似てないよね」という意味深なジョークが時折出るようになり、そしてそれがどうやら冗談でもない可能性が浮かび上がってくる。「サラが生まれる少し前、家を離れてモントリオールの舞台に立ったママは、どうやら恋人がいたらしい」……。そしてサラ・ポーリーは、自らの出生を、奔放だった母の秘密を探るために当時の舞台俳優仲間たちを訪ねることにする。
 たしかにこれはある家族の、ともすれば下世話な興味を引きかねないごくごく内輪の話である。だが、『羅生門』スタイルで、夫、子どもたち、友人、俳優仲間たちがそれぞれ証言することによって唯一不在かつ最大の当事者である母の像を浮かび上がらせていくというポーリーがここで取った手法は非常に効率的で滑らか、そして巧みだ。何度となくノスタルジックに差し込まれる8ミリのホームビデオ。まるで萩尾望都のマンガに出てくるような、率直で賑やかで、少々落ち着きのない母がそこで笑っている。誰もが魅了され、誰もが愛したダイアン。母でもあり、妻でもあり、恋人でもあり女優でもあったその女のある秘密が、じつに鮮やかに暴かれていく。

 ここから以下の文章ではその真相を明らかにしていることをご了承の上、お読みいただきたい。

 あろうことか……というか、大方の予想通り、母には恋人が本当にいて、父マイケルはサラの「本当のパパではなかった」。ただ、中盤であっさりと明かされるこの事実は映画の核心ではない。ここで明らかになるのは、本作が多くの優れたロマンス映画のように「ふたりの男とひとりの女」を題材にしていることなのである。それはふたりの男の間で揺れた母/女ダイアンだけではない。ふたりの父を持つことになった娘サラの物語でもあるのだ。そしてその両者の間にある愛は、形は違えどどちらも真実であり、だからこそ……そのことを知る家族はお互いを許し、母の人生を認め、そしてサラや父マイケルをはじめとして、彼女らが巻き込まれた厄介な事情をそれぞれが受け入れていく。
 興味深いのは、父マイケルもあるいは母の恋人でありサラの実父であった「その男」も、ダイアンとの間に起きたことや自分の人生を語りたがろうとしていることである。一個人の身に起きたことが、何か人生の普遍を……人間の真実を示しているのだと、その行為によって男たちは信じようとする。あるいは、そこに本当に愛があったのだと……。いっぽうでサラ・ポーリーはあくまで監督であり編集者として、一人称を「私」とせず、「私たち」にすることによって父親たちよりも客観的な視点を獲得しており、ひとりの女に大いに振り回された男たちの姿を浮かび上がらせていておかしい。

 だが、『物語る私たち』はシニカルな視点に貫かれているわけではなく、家族の事情を重く捉えないユーモアとお互いへの信頼が映像を満たしているからだろうか、とても温かな感触がある。母が死んだときのことを語らせる娘に向かって父マイケルは涙ながらに言葉を詰まらせ、「お前はなんてサディスティックな監督なんだ」とつぶやく。そしてふっと笑う。「この間もわけのわからない演出しやがって」。その笑顔はつまり、どんな人生にも必ず生まれる深い悲しみや困難に「語る」という行為を通して立ち向かっていくことを示しているように、僕には思えてならなかった。ちょうど、ボン・イヴェールが自らのごく個人的な悲しみと愛を、人称をぼかしながら「物語る」ことによって多くのひとの心を掴んだように。
 邦題が巧みな稀有な例でもある。原題は「Stories We Tell」、すなわち「私たちが語る物語たち」。語られる物語と、それを語る私たち。その円環のどこかに、私たちが愛と呼ぶものが立ち上がっているのだと、この映画はそっと差し出している。

予告編

FEBB - ele-king

 少し前の話だ。テレビでも人気のある元陸上選手のツイートが日本のヒップホップ・ファンのあいだで物議を醸した。彼はツイッター上で激しい批判に晒された。いまさらその話題を蒸し返して、彼を貶めるのが目的ではないから名前は出さない。
 彼の意見を要約すると、つまり、「日本にヒップホップは根づかない/根づいていない」というものだった。耳にタコができるぐらい何度も聞いてきた凡庸な意見である。ある側面においては、この国の輸入文化の受容に対する根強い一般論であり、ありがちな本場志向や本質主義とも言える。だから、彼は突飛なことを言っているわけではなく、率直に保守的な意見を述べたに過ぎない。
 音楽史を振り返れば、日本のロックやジャズやソウル・ミュージックに対してまったく同じことを主張する人間はいたし、彼にしてみれば、「日本で生まれ育った人がフラメンコをやるとどこか違和感がある」というツイートでもよかったわけだ。その元陸上選手がひとつだけ下手を打ったとすれば、熱狂的なヘッズやファンの存在を知らずにヒップホップを引き合いに出してしまったことぐらいだろう。

 Fla$hBackSのFEBBが今年1月に発表したファースト・ソロ・アルバム『THE SEASON』は圧倒的にかっこいい。東京のインディ・レーベル〈WD Sounds〉と〈Pヴァイン〉のダブル・ネームでリリースされたこの作品は2014年の最重要作の一枚あり、僕の今年の愛聴盤でもある。
 前述した件があってから、あらためてFEBBを聴き込んでいる。『THE SEASON』の有無を言わさぬかっこ良さはなんなのだろうかと考えながら、何度も聴いている。そしてあることを思う。東京出身の弱冠二十歳のラッパー/ビートメイカー/プロデューサーは、この国でヒップホップをやることに微塵のコンプレックスも感じていないんだろうなと。

 日本のヒップホップはそのはじまりから、多かれ少なかれ、本場=アメリカに対するある種のコンプレックスを糧にして成長、進化してきた側面がある。この手の話は散々語られてきたことではあるが、コンプレックスそのものは必然的なことだったし、だから、ここで言うコンプレックスは必ずしもネガティヴな意味ではない。
 ラップで英語を多用し、英語訛りを積極的に取り入れてきたZEEBRAやSEEDAも、逆に、英語や英語訛りを意識的に避けてきたRHYMESTERやILL-BOSSTINOも、それぞれのコンプレックスに徹底的に向き合うことで独自のスタイルを生み出してきたという点では共通している。
 また他方で、強烈な名古屋弁でラップすることで、東京のラップともUSラップとも異なる地方独自の個性で人気を博したTOKONA-Xのようなラッパーもいた(ちなみに、方言の訛りを活かしてリズミカルにラップすることにおいていま最も独創的なラッパーのひとりは岡山県津山市出身の紅桜( https://www.youtube.com/watch?v=KGhWqZ6Y-GI )ではないか。stillichimiyaの甲州弁ラップもじつにおもしろい)。
 いずれにせよ、原点にあるコンプレックスとアメリカとの距離感が、彼らの音楽の芯の強さとユニークさを作り上げてきたのである。

 そのようなコンプレックスから解放されているとまでは言わないまでも、早い段階で攻略法を見つけ、ぐんぐん進化していく、いまの「日本のラップ」のおもしろさと醍醐味を体現するラッパーはたくさんいる。たとえば、AKLOとMOMENTというふたりのラッパーを挙げることができる。
 先月リリースされたセカンド・フィジカル・アルバム『THE ARRIVAL』で、メキシコ人と日本人のハーフであるAKLO( https://www.youtube.com/watch?v=DGTddE4UV5U )は、意味や叙情性をほぼ排し、超絶した技巧力でグルーヴする(本人はこのカテゴライズを嫌うが)日本語と英語のバイリンガル・ラップにさらに磨きをかけている。橋本治のある歌謡曲論に倣って言えば、これぞ、人生の悲哀や人間の真実、美しい愛の歌でもない、素晴らしいノリだけでできた、2014年のラップ・スターのシュールな世界である。
 また、韓国語、英語、日本語を使い分け、ときにミックスし自由自在にフロウする大阪在住の韓国人であるMOMENTも魅力的だ。MOMENTはいま、自愛と自虐の葛藤のなかで次の舞台を模索しているようにみえるが(それこそいろんなコンプレックスに懊悩しているようだ)、彼ならきっと困難を乗り越えることができるだろう。

 FEBBの唯一無二のかっこ良さは、彼が息を吸って、吐くようにヒップホップしているところにあると思う。迷いがなく、理屈もない。ダ・ビートマイナーズやヒートメイカーズ、スキー・ビーツといったビートメイカーたちをフェイヴァリットに挙げるFEBBの音楽にとって90年代、00年代のNYヒップホップは重要な構成要素であるものの、彼のラップやビートを聴いても、模倣や解釈ということばは頭に浮かんでこない。
 14曲中4曲はみずからビートを作り、それ以外のトラックを国内外のビートメイカーに託している(スキー・ビーツも一曲提供し、ミキシング/マスタリング・エンジニアを、カレンシー『PILOT TALK 2』(2010年)のマスタリン・エンジニア、Brian Cidが担当)。
 そこには、呼吸するように英語と日本語を混ぜたハードボイルドかつ鋭いラップをスピットし、鼓動を刻むようにドープなビートを作り出す生身のFEBBとその仲間たちがいるだけだ。
 アルバムの冒頭曲、SOUL SCREAMの“君だけの天使”と同じネタがサンプリングされたジャジーでスムースな“NO.MUSIC”で、FEBBは印象的なことばを吐いている。「俺は獣」、そして「言葉はノイズ」だと。じつにFEBBらしいパンチラインだ。
 
 かつてZEEBRAが、「東京生まれ/ヒップホップ育ち」(「Grateful Days」)と歌ったのが、1999年だったから、それから15年が経った。そのころ4歳だったFEBBはさながら「ヒップホップ生まれ」という感じである。それは、Fla$hBackSのメンバーでソロ・アルバムの完成が待たれるjjj( https://www.youtube.com/watch?v=h_dXj_jhFis )にも、先日素晴らしい無料ミックステープ『Shadin'』を発表したFEBBの盟友、KID FRESINOにも共通するものだ。
 
 最後に。『THE SEASON』は、サイケデリックで、ソウルフルで、ジャジーで、ファンキーな、素晴らしいハードコア・ヒップホップだ。まだ聴いていない人はぜひ聴いてほしい。

IPPI - ele-king

旅先で聞いたアルバム 2014.10

パーティーを開催します!
楽しもう!

PYRAMID ROOTS
2014.10.10.FRI.
at BONOBO
https://bonobo.jp/schedule/2014/10/001524.php

僕のHPです!
https://www.ippi.jp


Yasuyuki Suda (inception records) - ele-king

Recent Favorite Music

群馬県桐生市でinception recordsというレコード屋やっています。
同じ桐生市のLEVEL-5にて、"TIME"(奇数月第2土曜)、"HOWSAUCE"(偶数月第2土曜)でDJもやっています。今回、店に入荷したタイトルを中心に、自分の最近のお気に入りをピックアップしました。
https://inceptionrecords.com

Aphex Twin - ele-king

五野井郁夫/Ikuo J. Gonoï
1979年、東京都生まれ。国際政治学者・政治哲学者。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHK出版)など。世界中のフェスや美術展、流行の研究と批評も行っている。去年は新語・流行語大賞を受賞。

若山忠毅/Tadataka Wakayama
1980年生まれ。写真家。
主な展示 第10回写真「1_WALL」展 / 銀座 ガーディアンガーデン(2014)。テクノ・ハウス全般に造詣が深い。
https://twitter.com/t_waka1980
https://www.facebook.com/waqayama.tadataqa
https://rcc.recruit.co.jp/gg/exhibition/gg_wall_ph_201403/gg_wall_ph_201403.html

Aphex Twinにいつ、どのようにして出会ったか

五野井:Aphex Twinといえば、われわれの世代からすると、挑むにせよ、模倣するにせよ、ひとつの準拠点なわけですが、まだネットがなかった頃の電子音楽、そしてAFX体験っていつでしたね? 思春期の頃には、お互いすでに聴いていたのだけど。

若山:はじめて知ったのはレコード屋ではなく、まず雑誌ですね。クラブミュージックを取り扱ったほとんどの雑誌の情報はなんでも仕入れていました。あとは海外の雑誌をたまに。高校ぐらいからは『ele-king』が創刊されて読むようになった世代ですね。そんな情報の中でアンビエントってジャンルがあるんだと知りました。いろいろ聴いていると変なのが引っかかった。それがAphex Twinです。音としては、最初に〈Warp Records〉が発表した『Artificial Intelligence』(1992)。あとはソニーの〈Warp〉のコンピに入っていた、Polygon Window名義の“Quoth”(1993)って曲ですね。90年代は何々テクノやらハウスやらがいろいろあって、それを必死で追いかけていました。

五野井:そうですね。『Artificial Intelligence』にはThe Diceman名義の“Polygon Window”(1992)が入っていたんですよね。ネットが普及していないので、まず、音を紙で聴いて、情報を仕入れてCDを買いに行くっていう感じでしたね。身体性を気にしない澄んだ音だったから、90年代の帰宅部カルチャーだったわれわれにとっては、すぐれて心地よくもあったわけで。1992年にアルファ・レコードから『HI-TECH / NO CRIME』と1993年の『Hi-Tech / U.S. Crime』(YMOのリミックスCD)が相次いで発売されて、これが未来なんだって当時感じましたね。徹底的にテクノの「洗礼」を受けた時期かな。雑誌といえば『i-D』や『Face』、あと季刊の『Vouge Hommes』で、音楽はもちろんモードや写真にも入っていきましたね。2000年にターナー賞受賞したウォルフガング・ティルマンスなんかが、90年代当時のUKクラブシーンを撮っていたし。

若山:ぼくはティルマンスが写真撮っていたことは、当時まったく気づかなかった。あの頃は写真に興味がなかったから(笑)。でも彼がAphex Twinの写真を撮っていたんですよね。当時のAphex Twinへの入り方は、お互い歳がそんなに離れていないから、ここは2人の共有できる点ですね。そのCDから誰がリミックスしているとかから、アーティスト名を調べていた時期です。彼らのオリジナルやその周辺のアーティストを漁りはじめたころ。最初のころは曲名の意味や発音が分からなかったですから。Aphex Twinの場合だと『Selected ambient Works 85-92』(1992)の“Xtal”や“Tha”とか、そもそも辞書に載っていないじゃないですか。現に存在する言葉をいじる、もしくは作ってしまえという発想は新鮮でした。それは今回もやっていますね。

五野井:しかもAphex Twinはもちろん、ほかのアーティストも別名義を幾つか持っていたりするから、ああいう文化も衝撃的だったなあ。いずれにせよ、ベンチマークになりましたよね。多重人格ではなくして、分割可能な人格って、政治哲学者のウィリアム・コノリーとかが現在でも唱えているプルーラリズム(pluralism:多元主義)そのものですから。

若山:あのころ分割可能なアーティストって多かったですね。リチャード・D・ジェイムスの旧友のTom Middletonなんかもいろいろ使い分けていたなぁ。本人も様々な名義を使い分けてトラックをリリースしていましたね。でも、だからこそ抽象的な次元から飛び出てくる多様な音や言葉(=意味不明な曲名)を視聴することで、音楽の自由さみたいなのを知ることができたといっても過言ではないです。パンクの人がNeu!を聴いた衝撃に近いかも。「あ、こんなのでいいんだ!」って。あとは中二的ですけど、無機質人間っぽさのない状況に入り込んでみたかったっていうのは、郊外における日々の生活の退屈さゆえにありましたね。
※「neu!」https://www.youtube.com/watch?v=vQCTTvUqhOQ/
「neu!2」https://www.youtube.com/watch?v=tOfhR6uybNo

五野井:そういえばYMOやクラフトワークへと続く古典的な黎明期テクノのロボティックで機械的な音だとされているなかで、Aphex Twinの位置づけって、電子音楽というよりはむしろ牧歌的で、とくに第二期以降は露悪的だとする評価がありますけど、どうです?

若山:たしかにAphex Twinをそう位置取りする方が多いのかもしれませんね。いくつかの仕事を取り上げれば、牧歌的で露悪的というのは賛同できます。でも当時テクノの細分化のなかで、もっと露悪で牧歌的なのってあったと思うんです。だから彼だけにそうした意識を強く感じることはなかったです。

五野井:70年代後半以降生まれの世代からすると、シェーンベルクからメシアンという純粋音楽の延長線上にブーレーズ、シュトックハウゼンら、「管理された偶然性」としてジョン・ケージから貶された系譜だとも云える。とくにYMOの『増殖』と2枚のHi-Techが所与だったせいか、社会風刺としての露悪や諧謔もテクノの一部だと思っていました。  とりわけ、90年代前半に中学生って、Blurの“Park life”(1994)を日本で実体験していた世代だから、あの露悪は自然な流れというか、妙なリアル感があるんですよね。あとはクリスチャン・マークレーみたいに音の外のアイデアで戦うのはなく、あくまで諧謔は補足的なものでしかなく、何だかんだいって純粋に音の中で勝負するっていう姿勢には感銘を受けました。

若山:パークライフ的な冴えない生活環境だからこそ、純粋な音楽で別次元に行きたいっていうのはありましたね。まだ郊外に住んでいるから、それはいまでも変わらないかな。

五野井:むかしだと、寺山修司が演劇『レミング 世界の涯まで連れてって』(1979)のなかで「室内亡命」という提案をしていますね。いまだとネットに逃げそうだけど、当時は普及してなかったからできなかった。「室内亡命手段」の1つは、書を捨てて街に出るのだけど、行き着く先はクラブ。そういえばそのダンスフロアからも、苦手な音の時は室内亡命をするっていうのは、建築雑誌の『10+1』に以前書いたなあ。まあ、でもフロアも疲れるときってありますよね。

若山:でも、なぜAphex Twinなのかといえば、爆音のフロアで聴かなくても、チルアウトスペースでも、さらには自宅の畳の部屋でも電気を暗くすれば、同じ効果が得られるっていうところですよね。「畳とテクノ」って(笑)。まぁ、ベッドルームテクノの本質ですね。

五野井:家で聴けるって、お金もかからないし、中高生の懐にも優しい音楽でしたよね。

若山:当時のクラブ・ミュージック、とりわけ・は退屈な曲が多くなっていっていましたよね。それよりもAphex Twinは、普通の音でも、爆音で聴いてもいい。そんな特徴があったのだと思います。“Didgeridoo”(1991)や“Polynomial-C”(1992)なんかは、面白いですよね。ダンス・ミュージックの名曲って箱でも家でもどちらでも聴いても楽しむことが可能なのが多いですね。

五野井:“Didgeridoo”は当時のワールド・ミュージックに対する嫌がらせであるとともに、引きずられた感じの両方があるのではないかと。第二期へのとっかかりとも取れるわけですけど、あれって、ジャングルとかトリップ・ホップの前で、目の前の不安感をそのまま出した感じがするんですよ。ウィトゲンシュタインの「言語のザラザラした大地」を音で垣間見たというか。

若山:バカにしているのか、本気なのか、どっちだったのでしょう。「流行りの音なんて、もううんざりだー!」って風潮はあったのかもしれない。失礼かもしれませんが、AFXってあまりクラブとか行かなそうだし。仮に家で地道にやってたいらなおさらなわけです。

五野井:本人に聞いたら絶対にはぐらかされるだろうけど、90年代のいくつかの雑誌インタヴューで本人は代表曲としていたから、本気でしょうね。当時のアーティストがみんな語り口からして真面目だったのに対して、Aphex Twinって基本姿勢は諧謔キャラだけど、でも音はもちろんとして、インタビューでも真面目な部分がちらりと見えます。誰に似ているかというと、デミアン・ハーストの、シニシズムでキャラをつくりながらも「俺の作品は残酷だって言うくせに、一番スキャンダルなのは新聞の紙面で、戦場で兵士の頭が吹っ飛んだって書いてあるのに平気な奴らだ」っていうアレかな。

若山:ぼくらがみてきたイギリス人特有のふざけた感覚ですね。ストレートな面白さと真面目さではない、ねじれた面白さと真面目さですね。多感な時期に斜に構えたスタンスを植え付けられたというか。今考えるともっと普通に青春時代を過ごしていればよかったなぁって、感慨深いです(笑)。

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新作『Syro』について

五野井:で、『Syro』なわけですが。あの純粋な音、何か懐かしい感じがしませんか。

若山:トラックごとに聴いてみると、初期の別名義の作品に似ていたりするのかなと。そして格別に新機軸ってわけでもないんですよね。AFX名義で「Analord」(2005)シリーズを発展させた感じで聴いてくださいっていうAFXの新しい楽しみ方をみつけました。

五野井:たしかにそれは新しい提案だと思う。さて、しっかりと分析していきますか。

若山:まず、“minipops 67 [source field mix]”ですね。これはGAK(AFX変名)に似ているのかな。基本に帰るっていうかアマチュアっぽいのがなんとも、どうでしょう?

五野井:GAK 1”(1994)はビートがいわゆる「完全に一致」ってやつで懐かしくもあります。Aphex Twinをこれから聴いてみようっていう人には、入門としてよい1曲目ですね。でも一般的な商業テクノの市場はこれを求めているのだろうか。

若山:たぶん、この人は一般的な市場とかどうでもいいんじゃないでしょうか。市場でのエレクトロニカ系は知的な音楽っていう嫌いがある。話がずれますが、岡崎京子の『東京ガールズブラボー』(1990-1992)でも、ニューウェーブ好きの男の子ってそういう設定で描かれていますよね。

五野井:『東京ガールズブラボー』の犬山のび太くんは、かなりナードですよね。その設定を商業的なマーケットからは求められているけど、あえて今回『Syro』では肩透かししたった、と。

若山:おそらく。先ほどから言っている予期せぬ作用があるわけです。“XMAS_EVET10 [thanaton3 mix]”はそこまでキャッチーじゃないけど、Metro Areaの“Caught Up”(2001)を思い出してしまいました。メローだからかな。

五野井:2000年代初頭の音に還っていってますね。にしてもマッシュアップ感、パねえなあ……(笑)

若山:03. produk 29、前半の緩めのビートの部分はやはり2000年代前後のダブディスコを想起してしまいます。Chicken Lipsとか……その辺かと (笑)

五野井:このあたりはさほどAphex Twinの得意分野でもないのかもしれませんね。とまれ、「神は細部に宿る」とは云ったもので、Aphex Twinが他のミュージシャンが保ち続けることの出来なかったベテランとしてのクオリティを保っていることは分かるわけで。そういう意味では、この辺りはフォロワーに対して「過去のグラマーお前らに教えてやんよ」、なのですかね?

若山:一応ベテランなわけですしね。04.4 bit 9d api+e+6はピッチを曲げるデトロイトっぽいシンセがいいですね。似ているというわけではないのですが、このトラックのシンセやベースの懐かしさがわかるといえば、Rhythm is Rhythmの“Nude Photo”(1987) とMr. Fingersの“Washing Machine”(1986)あたりとかを聴くと「おぉ!」ってなるんじゃないかな。

五野井:たしかに。この前『短夜明かし』(河出書房新社)を出した作家の佐々木中さんが講義で学生にRhythm is Rhythm聴かせたら、学生が感動したらしいですからね。われわれの世代が聴くと今回の『Syro』は2000年代初頭にくわえて、80年代〜90年代のいくつかの牧歌的な音にも戻ってきている気がするのですよ。踊らせてやるぜっていう感じとこれがテクノのクロノロジー(年代記)だよっていうメッセージも感じます。

若山:“180db_”は4つ打ちになりますね、これに関してはフロアチューンと言わないまでも、そっちの方向ですよね。でもすごいだるーいですね。ハードコア・テクノみたいだけど、音がスカスカ。Human Resourceの“Dominator[Joey Beltram remix]」”(1991)、全然違うかもしれないけど、思い出してしまいました。

五野井:刻みのよいビートなので素材としても使えるしフロア的ですね。他方、“CIRCLONT6A [syrobonkus mix]”は擬似的な感じですね。速さがあり、クラシックで、やはりベーシック。いじくり回して打ち込んでいる感じがたまらない。これがうまくいくというのは往年の技を見た気がします。とくにリズムの刻みが激しくなり巻き返すところは極めてオーソドックス。必ずどこかで聴いているような気がするっていうのはすごいことですよ。

若山:すでに聴いたことがある、どうでもいい音を再度取り上げるスタンスは大切だと思います。“CIRCLONT6A [syrobonkus mix]”も2000年くらいのBreaksってこんな感じでしたね。Plump DJsの“Soul Vibrates”(2004)はたしかこういうビートでした。でも、やはりAphex Twinらしさは十分にありますね。あと中盤のところがPsycheの“Crack Down”(1990)の後半みたいな疾走感がありますね。

五野井:たしかにPsycheのときのカール・クレイグっぽいかも。他方“fz pseudotimestretch+e+3”は転調しますね。“CIRCLONT14 [shrymoming mix]”のアンビエントな入りだけど、這うような音が入り、スピードが上がる。不安さから心地よい速さへすすむ。Aphex Twinが歳をとったのか、我々がこの音のもとで育ったからなのか、追いかけてくるような音もずしんと来る音も、オーソドックスで安心しますね。Roland TR-808と909ですよね。

若山:はい、ぼくらはこの音にやられていた。大好きな808と909です。やっぱり加工していない生の音に安心する。“CIRCLONT14 [shrymoming mix]”は極端なシャッフルが面白くて聴き入ってしまいます。クセになりますね。DJがターンテーブルで遊んでいる感じですね。リズムボックスで遊んだことがある人だったらこの機能は試したことあるんじゃないかな。おそらく機材をそのままの使っているかのようで。

五野井:生の音、というか安心できる素の音ですよね。。電子音楽における「生」っていうのは、明らかに語義矛盾なのだけど、これはたしかに生の音だなあ。TR-808、TR-909あたりで、音圧で潰さない感じがそういって差し支えないかと。

若山:いまはソフトシンセでトラックを作る時代。過去の機材もソフト上でその音を再現してくれます。最近はこうしたビンテージ機材を見直す動きみたいなのがあるのでしょうかね。

五野井:“syro u473t8+e [piezoluminescence mix]”のシンセのベタなメロディが引っ張って、後半の高音4音が純粋に気持ちいいし、そのあとのテンポの下げ方もよい。まるで他のエレクトロニカを嘲うかのように、他ジャンルをAphex Twinの音に仕上げているけど、これやる人あんまりいないですよね。

若山:こうやってコミカルにやるのはコーンウォール一派の人たちですかね。みんないいやつです(笑)。

五野井:先生と生徒(mentor and disciple)の関係ですね。そういえばスクエアプッシャーがジーマのCMに曲提供していたけど、そういう時代になったんですね。ええと、“PAPAT4 [pineal mix]”ですが、テクノポップみたいなシンセの入り方でお得意のスネアのうねりがあって、聴覚だけではなく、他の五感や身体性が拡張される感じがします。メトロノームの刻みのような音はウィリアム・ケントリッジの『The Refusal of Time』(2012)なんかにも影響を与えている、安定のAphex Twinサウンドですね。

若山:もっともAphex Twinっぽいですよね、聴きやすい。10の雰囲気はAFX名義の“Hangable Auto Bulb”(1995)みたい。

五野井:かわいた感じがたまらないですね。近頃、世界はウェットなもので溢れているから。

若山:ええ、あらゆる事象がウェットすぎですね(笑)。まま、ドリルンベースで刻むところとかいいですね。こういう音を昔のサンプラーで編集するとかなり時間がかかるんですよね、それに比べるとだいぶ楽ですよ、いまは。

五野井:“PAPAT4 [155][pineal mix]”と“s950tx16wasr10 [earth portal mix]”まで聴いていると、ひさびさにホアン・アトキンス先生のModel 500“Night Drive”(1985)が聴きたくなります。今回の『Syro』はback to the basicだと感じるのはこういう昔からの音をもう一度聴きたい気にさせる曲調が多いからでしょうか。“s950tx16wasr10 [earth portal mix]”はドリルンベースとはかくあるべしと言う曲ですね。鉄線を擦るような、ウォルター・デ・マリアの“Apollo's Ecstasy” (1990)のように、ジリジリとした感じがたまらない。曲の作りはグラマーのお手本だなあと。でも、最後の“aisatsana”は、評価が分かれますね。

若山:11曲目のタイトルにある「S950」ってサンプラーの名前かな? 最後はどうなんでしょうかね。ここまで打ち込みだったから、最後まで同じノリでやるのかなと予想していたのですが、意外な展開ですね。『Drukqs』の“jynweythek”的なのを思い出してしまって、少し驚きました。

五野井:11はAKAIのあれですかね。12曲目はたしかにウェブ上にアップされている“jynweythek”をピアノで弾いたのを聴いてみると、曲調がかなり似ている気がします。欧州圏のミックスCDのお手本のような無理のない終わり方ですね。

『Syro』を聴いてから、もう一度Aphex Twinの意義を考える

若山:今回『Syro』を聴いてみて気づいたのは、やはりルーツを調べることや戻ることの大切さということですかね。音だけで勝負するのってわれわれの世代にはすごく影響を与えていますよ。例えばテクノとハウス最初に聴いていた頃は、白人が作っているって先入観がありましたから。それこそ初めて聴いたときはDJピエールって字面であの音聴いたらみたらね。そしたら違った(笑)。テクノとハウスの歴史を紐解いてみると必ずしもそうではない。世界では音と実力で勝負出来るのだと理解できて、価値観が変わったのを今でも覚えています。それ以降、通り一遍で物事を考えず、多方面から物事をみるのがデフォルトになりましたね。

五野井:とくにAphex Twinは実際どの方向から攻め込んできてもおかしくないですからね。今回の『Syro』がそうだったけど、聴く側の隙あらばやられてしまう(笑)

若山:その隙があればやられてしまうのって、たしかに聴く側もそうですが、ポップスにとっても最大級の脅威だと思うのですよ。宅録してさじ加減ひとつでああいうものができちゃうから、お金儲けという意味での音楽関係者にとっては恐ろしいでしょうね。

五野井:いつの時代もテクノって人生の闘い方を教えてくれるよね。

若山:そうですね、そんなポップスからも奪えますからね、さらにそれで攻撃が出来るっていう、サンプリングとかでいろんな手段を使って取り込んで、ショッピングモールとそこでたれ流される音楽とか、すでにある生産物から自分に都合のよいものを、都合のよいやり方で利用することができますし。

五野井:ポップスに代表される社会の「戦略」は、どうでもいい曲を大量生産し、碁盤の目のようにレコード屋やダンスフロアを区切り、流行を押しつけてくる権力です。対してテクノの「戦術」は、この流行の権力を逆手にとって利用し、巧みにあやつり、サンプリングによってアプロプリエーションしていくわけですよね。社会が押しつけてくる「戦略」の隙をついて、押しつけてくる「戦略」の武器をそのまま逆機能にして、オセロをひっくり返すのがテクノの「戦術」。ポップスは資本の「戦略」側に「踊らされる音楽」。対してテクノとは、踊れる音楽だけど「踊らされない音楽」かな。そこではポップスの曲調はYMOがテクノポップとしてやってみせたように、すべて「戦術」へと転用可能だけど、ポップスはテクノを取り込むことはできない。ポップスでそれをやるとただの剽窃になるし、なによりも商業的な採算も合わないから。身を委ねない音楽としてのテクノと、他の身を委ねていい音楽の違いはこういったところでしょうね。

若山:Aphex Twinに話を戻すと、テクニカルな面白さと全体的な面白さもある。電子音楽の基本とは違うし、クソみたいなポップスの詰め込みました、っていうのとも違いますよね。AFXは醜悪な映像は持ってきても、たとえば適当なアイドルとかグッズとか二次元キャラとか、音楽以外の付加価値で騙すってことをしないから。利潤追求じゃなくて、たぶん面白いとか適当にやっていた。その程度の事なんじゃないでしょうか。その結果として、たまたま評価されて大変なことになったみたいな状況なんじゃないでしょうか。

五野井:Aphex Twinの場合、第二期以降とくにそうですけど、騙すときは、商業的な理由とは別のどうでもいい理由で騙しますよね(笑)。しかも、皿や電子音というフラットなかたちで。アプロプリエーションの極地ですね。でも主戦場はあくまで音という。ジョン・オズワルドの「プランダー・フォニックス(plunder phonics:略奪音)」の電子音楽版というか。

若山:こうしてAphex Twinについて話をしていると、突き抜けそうで、突き抜けてない(笑)。奇才とか言われているけど、意外とコツコツ真面目な人だと思いますよ、彼は。

五野井:音だけを追求するっていう突き抜け感だけでは、シカゴやデトロイトの先行するアーティストのほうが振り切っていますね。でも、Aphex Twinの自分が他人からどう見られているのかを気にする「まなざしの地獄」(見田宗介)は、現代人の多くが抱えている悩みでしょう。そのシャイさがAphex Twinに身体性からは自由なはずなのに、人間味や憎めなさを与えている。なぜ我々はAphex Twinにわくわくするのかといえば、Aphex Twinは洒脱で諧謔なフリして、実際にはそれなりに本気で作り込んでいるところですね。

若山:おそらく、過去の遺産を食いつぶし、切り貼りをする貼り合わせがどのように文化産業のなかで行われているのが現代じゃないですか。Aphex Twinは音楽も映像も、すべてどこかで聴いた音(過去のAphex Twinの音も含む、あのback to the basic感など)、どこかで見たもの、拾って彼の音に再構成してくるというスタイルはダンスミュージックの基本に忠実な人ですね。

五野井:どこかで聴いたかなっていう断片を虚焦点にして、そこから新しい音を作っている点が今回の聴きどころかなあと。自分の過去の作品も含むコピー(コピーのコピーの……)からオリジナルを作る技というのは、つねに今の自分をも越えようとする試みです。この完成度をもって今回世に出た『Syro』というアルバムは、過去の遺産の切り貼りになっている現在の「n周目の世界」におけるひとつの到達点なのかもしれないですね。

※10月7日(火)
21:00-23:30 DOMMUNE「ele-king TV エイフェックス・ツイン特集」
https://www.dommune.com/
https://www.3331.jp/access/
出演者:
野田努(ele-king)、佐々木渉(クリプトン・フューチャー・メディア)、五野井郁夫(政治学者)、三田格(音楽ライター)
DJ:DJまほうつかい(西島大介)

※10月15日
ele-king vol.14「エイフェックス・ツイン特集号」発売
リチャード・D・ジェイムス、独占2万字インタヴュー掲載!

Shxcxchcxsh - ele-king

 2作めでかなり雰囲気が変わった。あまり暗くなくなった。ヨーロッパ全体のテクノを見てもこれはめずらしい(ムーンバトンのようなバカっぽいものはもちろん除きますよ)。ラスティは底抜け脱線的な例外だとしても、最近だとパッテンぐらいしか知的な面もあるのに「暗くない」というムードを表現していたプロデューサーはいなかった。「明るい」ではなく「暗くない」である。抑制は充分に効いているし、センチメンタルな様相ももちろん覗かせる。ただし、〈モダン・ラヴ〉やロシアから東欧にかけて支配的な美学とは一線を画するものがある。そういったインダストリアル・リヴァイヴァルに取り巻かれながらも、そのようなフォースにさまざまなフェイズで抗っているという感じだろうか。昨年のデビュー作『Strgths』が〈モダン・ラヴ〉の影響下にあったことは明白だったけれども、ここにはもはやミニマルやインダストリアルのクリシェは薄らぎ、どこか雲をつかむような感じで自分たちのオリジナリティへとそれなりの一歩を踏み出している。いや、ここまで変わるとは。

 スウェーデンからSHXCXCHCXSH……「Hは発音しない、後はそのまま読めばいい(The Hs are silent. Except that, you do it like it’s written)」ということはSXCXCCXS…エス・エックス・シー・エックス・シー・シーエックス(エス)と読むのだろうか? サウンドクラウドを開くと、何もアップされていなくて、ただ「曲のシェアなんかしない(SHXCXCHCXSH hasn’t shared any public sounds.)」と書かれているだけ(Dazed Digitalが全曲アップしているけど)。当然、ふたりの名前もわからないし、ラーメンの好みなどもわからない。あるのは音とヴィジュアルだけで、これまでに2枚のテクノ・アルバムとシングルが5枚。そのほとんどはシフティッド&ヴェントレスによる〈エイヴィアン〉からのリリース――ガイ・ブルーワーがドラムン・ベースのコミックス(Commix)から脱退してテクノに「シフト」したレーベルで、ブルーワー自身も昨年はシフティッド名義の2作め『アンダー・ア・シングル・バナー』がインダストリアル方面で高い評価を得ている。ちなみにコミックスという名義はポケモンに由来するらしい。

 なぜか2014年は誰かと音楽を共有したいとはなかなか思えなかったので(レヴューも1枚しか書かなかったなー)、このような(かつての〈アンダーグラウンド・レジスタンス〉を思わせる)頑なな姿勢には絶大な興味を掻き立てられてしまった(それこそマッド・マイクによる編集盤『デプス・チャージ1』(93)に記されていた「我々は絶対に浮上しない(We Will Never Surface)」という宣言が頭をよぎったり)。どれぐらい続くかはわからないけれど、プライヴァシーを隠すことがある種の表現と化しているのは事実だし、それが可能になってしまったがゆえに誰とでもはつながりたくないというのはむしろ普通の感覚に思える。おもしろいのは彼らが言語(と水)に興味を持っていること。アルバム・タイトルの『Linear S Decoded』は、「S」が「A」だと「古代ギリシア語解読」という意味になるので、暗に「SHXCXCHCXSH語」というものがあるという想定なのだろう(“螺旋状の対話”とか“雄弁”のミス・スペルのような曲名もある)。エイフェックス・ツインがデビュー・アルバムとなる『セレクティッド・アンビエント・ワークス』のタイトルをギリシア語でつけていたのも似たようなことだったのか、異なる言語体系を持つということは、それによって成立するコミュニティを考えざるを得ないから、現在とは異なる集団性を(無意識にでも)夢想していることはたしかだろう。それも含めて“ジ・アンダー・ショア”や“サブ・ミッション――ジ・アトランティック・ヴィジョン”のような曲は若さに任せたような実験性が小気味よく、まだまだどちらにでも転がる可能性を感じさせる。移民問題を意識しているのか、ジェフ・ミルズが延々とブレイクビーツを操っているような“ザ・リぺリング・オブ・ザ・クォンタイテイティヴ・インヴェイジョン”からスウェーデンの大先輩にあたるカリ・レケブッシュをグルーヴィーに煮込み直したような側面まで、全体の完成度にはもう少しあるかなという時期が僕にはいちばんおもしろい。

Elijah & Skilliam from Butterz × RAGEHELL! × SWIMS - ele-king

 先日のアクトレスとバグの来日で幕を開けた秋の怒濤の来日ラッシュですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか? 第一線で活躍するDJやプロデューサーだけではなく、レーベルを作り上げたカルチャー・クリエイターたちの表現に触れる絶好のチャンスです。〈ナイト・スラッグス〉のボク・ボク、〈dmz〉のマーラ&コーキ、そして〈バターズ〉のイライジャ&スキリアムがやってきます!
 2007年にロンドンで〈バターズ〉はブログとしてスタートし、グライムのアーティストのインタヴューやミックスなどを公開していました。2010年からはレーベルとしても活動をはじめ、現在にいたるまでレコードのリリースとデータ配信を通じて最先端のグライム・アーティストを紹介。所属アーティストにはスウィンドル、ロイヤルT、テラー・デインジャなどがおり、インスト・グライムからダブ・サウンドまで素晴らしいリリースを発表してきました。
 さらに、目玉のマークで知られるブランドの〈ミシカ〉とコラボレーションをするなど、ユニークなアプローチでレーベルをデザイン。グライムをアップデートしつづける存在として、〈バターズ〉は大きな注目を集めています。

 先日、〈ファブリック〉からふたりのミックスが発表されたばかりですが、ネット上で公開された〈アウトルック・フェスティヴァル〉でのミックスも素晴らしいので、気になる方は要チェック!


Outlook 2014 - Butterz Stage w/ D Double E, Footsie & Novelist

 XXX$$$やブロークン・ヘイズといった東京のベースミュージック・シーンの重要DJや、若手チームの〈レイジヘル!〉や〈スウィムズ〉も出演! 
 リンスFMヘヴィー・リスナーのグライム・ヘッズだけではなく、グライムが何なのか正直ピンとこないあなたもぜひ現場へ! 

■Elijah & Skilliam from Butterz × RAGEHELL! × SWIMS
日時:10月3日(金)OPEN/START 23:00
会場:Trump Room(渋谷)
出演:
〈Butterz〉
Elijah&Skilliam

〈Guest Acts〉
XXX$$$ (XLII & DJ SARASA)
BROKEN HAZE (RAID SYSTEM)

〈RAGEHELL!〉
K.W.A
YTGLS
SAKANA

〈SWIMS〉
Gyto
Shortie
Tum
AZEL
SUNDA

〈Support DJ〉
Koko Miyagi
KONIDA
NODA
ZATO
BAMBOO CHOCOLA

Supported by
Butterz |MISHKA

料金:Door 3,000円 1d / フライヤー持参2,500円

Elijah & Skilliam (BUTTERZ , from UK)


いわずと知れたロンドンのリンスFMに2008年に登場して以来、多くのプロデューサーと共に活動してきたイライジャ&スキリアム。2010年にレーベル〈バターズ〉を本格始動させ、翌年にはリンスFMからミックスをリリース。スウィンドル、ロイヤルT、フレイヴァD、テラー・デインジャなどといったエッジのきいたグライム・アーティストとも強い繋がりを持つ。彼らのグライムレコードのリリースにも如実に表れているように、MCだけでなくプロダクションにも重きを置く姿勢が多くの共感とリスペクトを呼んでいる。〈バターズ〉のパーティではJMEやスケプタといったMCを、コード9やDJ EZといったDJと共演させるというドープな演出を毎回実現させていた。2014年、ふたりは、ロンドンの人気クラブ〈ファブリック〉からリリースされるミックスを手掛けた。〈ファブリック〉からのリリースのなかで、グライムだけで構成された初のミックスという点でもランドマーク的な作品である。UKグライム・シーンの現在を語る上で欠かすことの出来ない二人のプレイを体感してほしい。

interview with Tofubeats - ele-king

 この数年、若いアーティストに接してしばしば感じるのは、とにかくきちんと自分たちのことを説明する、ということだ。そして、そう感じる相手はたいてい25歳前後の人びとだったりする。乱暴な世代論を振り回すようで恐縮だが、彼らのことを「プレゼン世代」と呼んでみてもいいだろうか? これは三田格さんがずいぶん前にふと口にされた言葉で、どんな意味でどんな対象を指すものだったかは覚えていない。けれど、こちらのインタヴューや問いかけに対して「べつに……」と靴を見つめることもなく、「言うことはない、ただ感じてくれ」とそっくり返ったりもしない、むしろエントリーシートに書き込むような慎重さと戦略性でもって回答する、ある世代のアーティストたちには、そうした呼び方を当てはめてみたくなる。村上隆『芸術闘争論』ではないけれども、音や作品を神秘化しないできちんと説明していかなければ外に伝わらないという感覚が、はじめから骨身に沁みているとでも言おうか。あるいは、調子のよかった頃の日本の空気にかすりもしていない年齢の人たちにとっては、そうしたことは不況や世知辛さと結びついたひとつの倫理観として内面化されているのかもしれない。説明せずにわかってもらおうだなんて、貴様(=自分)何様だ──「プレゼン」とは、そんなことでは生きていけないぞという、したたかさと謙虚さのあらわれであるようにさえ思われる。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

 筆者にとってtofubeatsは、音楽のフィールドにおいて、そんな「プレゼン」をもっともシャープに、鮮やかに、また自身を被検体のようにして提示しているアーティストのひとりだ。彼が「説明」するのはなにも彼自身の音楽についてばかりではない。自身の出自でもある〈マルチネ・レコーズ〉などネット・レーベル界隈の動向、そして国内に限らないインターネット・アンダーグラウンドのトレンド、ハウスやテクノ、Jポップへの愛、音楽産業の現在と行く末、地元としての、あるいはニュータウンという特殊性を帯びた場所としての神戸、対東京というスタンス、80年代や90年代カルチャーへの憧憬の感覚……彼が「インターネット時代の寵児」と呼ばれるのは、ネット云々というよりも、ポスト・インターネットの情報空間において物事を効率よく整理・翻訳し、適材を適所にはめてプロダクトを生み出すことができるというプロデューサーとしての才を指してだろう。さまざまな文脈を縫い、串刺しながら、彼の饒舌な「説明」は、音やパフォーマンスとなり、ひいてはある世代やカルチャー自体を翻訳するものとなった。そのふるまいは、プレゼンせずにはやっていけない世知辛い時代を生きる20代にとって頼もしく輝かしいロールモデルとなろうし、彼らの感覚やその生活の悲喜こもごもを容れられる器であったからこそ、「水星」はスマッシュ・ヒットとなったのではないか。

 いま彼の饒舌とプレゼンは、ようやくメジャー・デビュー・アルバムというかたちでさらに大きなフィールドに手をかけようとしている。その名も「First Album」。以下読んでいただければわかるように、tofubeatsの「説明」は、ドメスティックな範囲を越えて、Jポップ=日本を世界へ伝えていくという大きな目標へ向かって一歩距離をつめた。彼にいま見えているものはどんなものだろうか。意外にもちょっとしたエクスキューズからはじまったこのインタヴューには、しゃべらないtofubeats──音楽をつくり聴くこそがただひとつの喜びだというtofubeatsの姿と、そんな彼に音楽についてしゃべらせてしまう状況の不幸さとを垣間見る思いもする。けれども不幸と言ってはすべてが不幸で終わってしまう。「景気がいいって、いいじゃないですか」と言うtofubeatsは、日本のプレゼンを通してそんな空気とたたかうつもりなのかもしれない。「音楽サイコー!」という偽らざる本心をあえて冒頭で宣言し、それを空転させないために、みずからツモって上がる覚悟の勝負を彼は仕掛ける。『First Album』はその遠大な取り組みの「first」だ。そして、それが世間や業界に対すると同時に「人生を進めるため」の勝負であり、音楽がサイコーであることを証明するための自らへの勝負でもあることに、心を動かされる。

■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。
くるりをはじめとしたさまざまなアーティストのリミックスや、アイドル、CM等への楽曲提供などプロデューサーとして活躍の場を広げる他方、数多くのフェスやイヴェントにも出演、2013年にはアルバム『lost decade』をリリースする。同年〈ワーナーミュージック・ジャパン〉とサインし、森高千里らをゲストに迎えたEP「Don't Stop The Music」、藤井隆を迎えた「ディスコの神様 feat.藤井隆」といった話題盤を経て、2014年10月、メジャー・ファースト・フルとなる『First Album』を発表。先のふたりの他、新井ひとみ(東京女子流)、okadada、の子(神聖かまってちゃん)、PES(RIP SLYME)、BONNIE PINK、LIZ(MAD DECENT)、lyrical schoolら豪華なゲスト・アーティストを招いている。


やっぱりポップになったんだなあと思いますね。

それこそ『lost decade』をリリースするころ、tofubeatsって人は、メジャーという場所にするっともぐりこんで、古くなった業界の論理とかルールを自分たちがおもしろいように書き換えようとしているんだなってふうに見えました。そういうモチヴェーションとか野心をビリビリと放出していましたよね。

TB:はい、はい。

それで、今回満を持してメジャーからのファースト・アルバム──その名も『ファースト・アルバム』がリリースされるわけですけども、ここに至って、何かを書き換えている手ごたえみたいなものはありますか?

TB:うーん、書き換えたところもあれば、折れたところもあるアルバムだというか。「折れる」というか、順応した部分もあるなと感じますね。前のアルバムは、スキットが入って17曲でフルだったんですけど、今回はスキットがなくて18曲、聴き味が重たくないものになっていると思います。けっして明るいアルバムではないんですけど、するりと聴いてもらえるんじゃないかなと。それを考えると、やっぱりポップになったんだなあと思いますね。数字のこととかを考えたんだなー、みたいな。

ああ、なるほど。

TB:そこからバランスを取るために、後半のような流れがあるかなと思いました。

ご自身のことなのに、言い回しからもう、すごく客観的な見方をされてますね。

TB:いや、すごく短期間でアルバムを制作しなければならなくて。そういう事情もあって、シングルにぶつけるアルバムの曲というのは、ほんとに1ヵ月くらいでガーっと作ることになったんですよ。すごくタイトでしたね。

それこそ、アルバムという単位はどうなんですか? tofubeatsはシングルで問題提起してきたアーティストだと思いますし、それこそツイッターのタイムラインで音楽を聴いていくような世代でもありますよね。アルバムにすると、問題を出し終わったものを集めるような感じがありませんか?

TB:そうですね、だから、本当は全部アルバム・ヴァージョンにしたかったんです。それが時間の関係でどうしても無理だったというのが正直なところですね。

アルバム・ヴァージョンにするというのは、たとえばどんな感じになります?

TB:“おしえて検索”とかって、もともとそういうふうにアルバム・ヴァージョンをつくる予定で、サビ前にジュークっぽいパートがあったりとかシーケンスが入ったりとか、いくつかの要素を忍び込ませてあったんですよ。で、アルバムになるとそこを全部808に変えたりとかできたなーと……。そういうアイディアはいくつかあったんですよね。それをかたちにする時間が足りなかったので、それならばもっとちゃんと新しい曲を入れたほうがいいなって思いました。


前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。

でも、グッとパーソナルな、小品みたいな曲も入ったんじゃないですか?

TB:そうですね、時間が本当になかったから、自分を切り売りしていく方向になっていくというか……。

ははは。

TB:前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。だから自分でも聴けるアルバムになっているんですけどね。

自分なくし! では“ひとり”みたいな曲は?

TB:もっと推敲したかったなというのはありますね。

へえー。ロックやフォークとの差というところかもしれないですけど、ある種の表現領域においてはパーソナルなものがゆるされるというか、自分の切り売りってけっして悪いことではないですよね?

TB:まあ、そうっすね。だから『First Love』(宇多田ヒカル)とかをすげえ聴いて、「パーソナルなこととか言ってもまあいっかー!」みたいな。……そのような気持ちになったきっかけが『First Love』の15周年記念盤(2014年発売)ですね。

おっと! なるほど、『First Love』と『ファースト・アルバム』。

TB:そのエディションで宇多田さんの手書きの歌詞とか見て、「まあ、これが日本でいちばん売れたんだったら、俺も(パーソナルな曲づくりを)やっちゃっていいか!」と。

ははっ。だから、なぜそこでそんなエクスキューズが必要なんですか(笑)。そういうところがすごくおもしろいですけれどもね。では、“ひとり”がパーソナルな曲だといっても、一周回った視点があるわけですね。

TB:これでもちゃんと、(自分のことを)言わないようにしてるんですよ。自分のことを書いてしまうと他人が共感できなくなるというんでしょうか……そういう目線は必要じゃないですか? 「自分のことのように書かなければなりません」というのが基本にあるにせよ。
 あと、思い入れがある曲は人前でやりにくいというか。なぜ僕が“No.1”をライヴであんなにやるかというと、思い入れがぜんぜんないからなんですよね。曲のテクノロジーとしてはすごく好きなんですけど。ある意味では健全なんだと思いますね。そういう曲は自分でも扱いやすいし、外に広まっても自分が傷つかない。

その「健全」の線引きが興味深いですね。わたしくらいの世代だと──まあ、一概に世代の問題と括れないですが、いわゆるロック、オルタナティヴが入口だったりすると、音楽が生々しい一人称と結びつくことにとくに違和感もないというか。そこを忌避する感覚に、やっぱりちょっと差を感じますね。

TB:なんか、そういうふうに思っちゃうんですよね。

なるほどー。


Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。

TB:あと、自分の作った曲ならば、どんなにクソな曲だったとしても、それを作っていたときのことを思い出すというか。だから、そういう個人性みたいなものはなにも意識しなくても出てくるから、あとで薄めるくらいがちょうどいいという気もするんです。
 実際、自分の中でも成功した曲というのは“水星”とか“No.1”とかなんですけど、あれは何にも考えないで作った曲でもあるんですよね。“LOST DECADE”とか思い入れがあるけど、だからこそライヴでもやんないし。

野田:逆にファンは“水星”みたいな曲に思い入れがあると思うんだよね。

TB:そうそう、だから「容れ物」になるってことなんですよね。空っぽの物を出すというのは。Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。「思い」みたいなものは、意識しなくても自分が作ったものであるかぎりは入ってしまうものだとも思いますし。

野田:たとえば「生々しい自分をさらけ出す」というような、ちょっと上の世代がやってきたことへのアンチ・テーゼだったりはしない?

TB:どうなんですかね? 好きなアーティストはあまりそういう感じではないかもしれないですね。BONNIE PINKさんとかすごく好きなんですけど、彼女がはたして自分のことをそんなに歌っているのかというと……わからないですからね。
 でもべつに自分をさらけ出すというような表現が嫌なわけではぜんぜんないです。むしろ、最近のアイドルとかの手法に対して思うところが大きいですね。「こんなに大変でした!」みたいに説明するのとかって、そんなに品のいいやり方じゃないなというか。まあまさにいまこのインタヴューがそうだ!ってのもあるんですが(笑)。

ストーリーはもとからあるものじゃないですか。

 最近そういう音楽が増えている気はしますかね。ストーリーを意図的に作ろうとしている。ストーリーはもとからあるものじゃないですか。たとえば僕だったら「インターネットから出てきました」「インターネットに救われました」みたいな(笑)。それは本当の話ではあるけど、自分から吹聴するものでもないというか、そういう部分での品のよさとか塩梅っていうのはあるじゃないですか。

たしかに、利用しているわけではないですよね。

TB:最近だと「インターネット時代の寵児」みたいによく書かれて、ダルいなーみたいな(笑)。

野田:はははは! それは書かれるよね。

TB:いや、書いてもいいですし間違ってるわけでもないですけど──新幹線がある時代に生まれたから東京まで来れる、みたいなもので、インターネットがあったからデビューできた、というところはありますからね。かといって僕はべつに〈マルチネ〉のスポークスマンでもないし。〈マルチネ〉だけがネットレーベルというわけでもない。

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冒頭で「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

「インターネット時代の寵児」という言い方もそうなんですけど、トーフさんたちは、インターネットのなかにもストリートが存在してるんだということをいちはやく象徴したアーティストでもありますよね。そんな人たちにとってクラブとかハコでのライヴとか、具体的な場所を持ったイヴェントってどういうものだったんですか?

TB:状況のひとつっていうか、自分にとってはそこまで大きなものではないですね。家で音楽を聴く、電車で音楽を聴く、そういう中にクラブで音楽を聴くという状況もあるっていうような。自分の性格としては家が好きだし、家で聴くのが好きっていうところがあるんですけどね。関西ではもうDJほとんどやってないし。

野田:Seihoくんとやったりしてたじゃない?

TB:あれは1回だけですよ(昨年dancinthruthenights、sugar's campaign、PR0P0SEの3組で行われたイヴェント〈fashion show〉)。夕方の時間帯にやったやつで、そういうのもやっぱり楽しいんですけど……。
 最近は「音楽はライヴがいいよね」ってノリがありますよね。あれってライヴがいいというよりも、みんながiTunesとかでいろんなものを家で聴けるようになったから相対的にいいって感じられるだけであって、CDの売り上げが下がってライヴの質が上がるというようなことではぜんぜんないと思うんですよ。それも環境のひとつってことです。クラブに行ったらクラブの聴き方があるし、自分の曲でもクラブでかけるものはアレンジがちがう。

なるほど。『lost decade』も今作もそうですけど、パーティが終わるところからはじまりますよね。「バイバイ、ありがとう」っていう。あれは何か意図があるんですか?

TB:前回が終わりからはじまって、今回も終わりからはじめたかったんですけど、かつ外からはじめたくって。

外?

TB:前回は「わー」ってパーティが終わって、部屋で僕が「ふぅ……」って小芝居して、ってカットになるんですけど、今回は某野外フェスのときの録音なんですよ。で、そのまま曲に入っていくんです。

はい、はい。

TB:だから、家を出たってことを暗に示しているというか。……まあ、自分だけにわかることなんですけど。

あ、そうなんですね。

TB:デビューしたぞ、と。

なるほどー。

TB:だから、前回と同じなんですけど、家は出たぞと。

へえー。磯部涼さんのご著書を思い浮かべたりしたんですけどね、「音楽が終わって、人生が始まる」って。

TB:ああ、そういう気持ちもあるかもしれません。あとは、あそこで「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。

おおっ、なるほど。私はあの「音楽サイコー」についてぜひ訊きたかったんです。

TB:このアルバムありきでやってますね。「こんなふうに言ってね」ってライヴ前に伝えて。

あの「音楽サイコー」ってなんなんですか?

TB:もう、メジャー行ってもやりたいことはそこっていうか。音楽がやりたくて、それをやるために最善の策は何かって考えて、いまはひとまずメジャーに行って、アルバムを出してみたりしているわけなんですけど、そういうことをわかってほしいというか。
 たとえば、僕は森高(千里)さんといっしょにやって、この曲を森高さんに食われたとは思ってないし、藤井(隆)さんもしかりで、僭越ながらそういうメジャーな仕事を通して音楽への入り口のひとつを作れたらって思います。あとは、いままで僕の音楽を聴いてきてくれた人たちも裏切りたくないとも思いますし。後半のインスト群とかオカダダさんとの曲とかもそうですね。大人が絡むことで煩雑さが増したりすることはあるんですけど、そういう中で最善のことをやってるよってところを見せたい。

うん、うん。

TB:1ヵ月半でアルバム作れっていうのも、無茶な話じゃないですか。もっと時間をかけたかったというのは断言しておきたいです。……でも、大変だったぶん、前のアルバムより直感的なものにはなってるかなと思いますね。前のはなんか、病気のときに作ってるなって感じがするんですよね(笑)。今回は畳み掛けるようなところがあります。昔の曲も入っているんですけど、限られた中ではよくやったほうなんじゃないかと。


シングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、すごく個人的にもプレッシャーがかかっていたんです。

野田:前のアルバムから1年以上経つから、もっとはやく出してもよかったんじゃないかって気もするけどね。

TB:そうですね。でもシングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、芸能の世界も絡むという意味でこれまで作ったことないものでしたし、何よりすごく個人的にプレッシャーがかかっていたんです。

野田:いつも自信たっぷりみたいに見えるけどねー。

TB:やっぱりメジャー・デビューということもあるし、そのわりに数字的にそれほど跳ね返りがあったわけでもなかったり。そんななかで「もうどうでもいいやー」って感じで“CAND\\\LAND”みたいな曲ができたのはよかったですけどね。あんまり気にしていてもしょうがないなって。

でも“CAND\\\LAND”って大事な曲ですよね。

TB:そうなんですよね。

どっちかというと、「音楽業界の仕組みを変えてやる」っていうよりも、「お茶の間にとんでもないものを流してやる」っていう方向で。

TB:そうそう(笑)。


パラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。

〈マッド・ディセント(Mad Decent)〉とパラパラ。

TB:2年前からパラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。トリルは作れたんですけど、パラパラはできなくて、勉強した結果やっと生まれたんですよ。幸いヴォーカルもリズムも間に合って、アルバムに入ることになりました。今回作った中でいちばんうれしかった曲ですね。締切の2日前にトラックダウン用のヴォーカル・データが届いて……それがイヴェントの会場の楽屋だったんですけど(〈音霊OTODAMA SEA STUDIO〉@鎌倉由比ヶ浜)、その場でトラックダウンして、その日にかけました(笑)。

へえー。アルバムの腰の位置で、重要な役割をもった曲だと思います。

TB:ていうかこの曲がなかったら、アルバムのイメージがだいぶ変わっちゃうんじゃないですか? だから相当慌てて、急いで入れてよかったです。

Jポップ革命であると同時に、Jポップによって外を変えるんだっていうような、tofubeatsの意志みたいなものが通ってますね。

TB:どっちかというとその後者を目指していて、「Jポップというコンテクストを説明するチャンスを与えてもらっている」と思ってますね。Jポップってめちゃくちゃいいものだって思うんですよ。BONNIEさんとかも世界的に売れるはずの人だと思っているんですけど、まだ誰もそれを説明できていなくて……というか、ピチカート(・ファイヴ)とかは、それを説明できていたからそのままKCRWとかにも出ていたわけで、そういうことがなんでいまないんだろうなって感じますね。彼らがKCRWの公開収録で日本語のまま歌を歌っていることがけっこう衝撃で。

アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか。

 ああいうのを見て勇気づけられるところがあるし、宇多田さんがUtada名義でそこまでセールスを伸ばせなかったけど、アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか、そういうことがちゃんとできたらいいなっていうのはずっと思っています。だから、BBCのレディオ1に出られたことで、それをちょっと証明できたかなと思います。好きなことをやっていれば大丈夫なんだなって思えました。Jポップから影響を受けたことを恥ずかしがらずにいていいんだと。

野田:なるほどね。ピチカートは本当に人気があったけど、半分オリエンタリズムとして受けてたところもあるからね。

TB:それでもいいんです。僕がR・ケリーを聴いていいなと思うように、R・ケリーが僕のを聴いていいなと思うことだってあると思ってるんですよ。

野田:日本人が海外でウケるときのパターンってふたつあると思っていて、三島由紀夫として売れるか、村上春樹として売れるか。

TB:三島由紀夫的な見方をされてもオッケーですよ。

野田:なるほどね(笑)。

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Jポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。

TB:そもそも(ボーエン)bo enとかの話を聞いていると、Jポップっていうのは何かしら海外にないものをもっているんだろうなあと思わせられるんですよね。ボーエンなんて、曲をアップするときに「J-POP」ってタグをつけるわけですよ。ぜんぜんJポップじゃねえじゃんって思うんですけど、つまりはJポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。
 宇多田ヒカルだってそうですよ。あれはR&Bじゃないんですっていう。

野田:まあ、R&Bだけどね。

TB:いやいや、ちがうんですよ。それっぽくなってますけど、あんなメロディであんなアレンジでっていうのはありえない。日本語で、プロデューサーにもあのメンツが集まらないとあんなふうにはならないってところがありますよ。

野田:いまフランスでJハウスっていうか、日本の90年代初頭のハウスを集めまくっているコレクターが増えているみたいだけどね。そこでは、たとえば宇多田ヒカルとかもすごく好んでかけられたりしている。でもその理由の一つはとても単純で、日本語で歌われているのがたまらないっていうんだよ。

TB:そうなんですよね。母音に合わせて作られる音楽の感じとか、そういうものがすごくいいと思うんですよね。

野田:これだけいろんな音楽がアーカイヴされているのに、外国人からみると日本はブラックボックスになっている。

TB:だからレッド・ブルだったか〈BOILER ROOM〉だったか、日本のレコードだけを1時間えんえん聴くっていう企画をやってましたよね。日本の音楽ばっかりを集めているコレクターの家で、まったく曲名とかも明かさないまま日本の音楽をかけつづけるんですよ。僕らは日本語もわかるし、「ああ、じゃがたらかかってるわー」とかって感じなんですけど、海外からしたらマジでブラックボックスで、コレクターは曲名すら出そうとしないし、レーベルだけ見せて、でもお前ら読めへんやろ日本語、みたいな感じでドヤ顔なんです。

野田:なるほどねー。


tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とかの頃とはちがうかたちでおもしろがられたり参照し直されたりするタイミングなのかもしれませんが、その機運にパッケージを乗せてやろうというようなもくろみがあったりしますか?

TB:tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので、BBCとかだって、いかに神戸から動かずに世界に音を届けるかっていうところで得た結果のひとつなんですよ。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

野田:“インターネット時代の寵児”じゃない(笑)。

TB:いやいや(笑)、tomadとか師匠がいての僕なんで。

野田:あ、師匠って位置づけなの?

TB:や、もうなんていうか──

社長?

TB:あ、社長はありますけど、なんていうんだろう、困ったときに電話する人ではありますね。

ああー。

TB:人生に悩んだときに電話する人がふたりいて、──あ、3人かな、まずはマネージャーの杉生さん。あと、tomad、オカダダです。

杉生:全員ロクでもないじゃねーか。

TB:うん。あと、全員無職。

杉生:俺は無職じゃないし!

(tofu注:全員マネージャー、社長業とDJとして働いていますのでこれはジョークです。悪しからず。)

(一同笑)


やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。

まあ、そんなふうに「インターネットつないでヴァカンス」とか「wi-fiあったらどこでもいい」(“#eyezonu”)みたいなことをいちはやく体現してこられたわけですけれども、一方で、いまは状況がそれに追いついちゃってるところもあると思うんですね。そのなかで次にtofubeatsはどんな存在になっていくんですかね。

TB:ふつうにもっとミュージシャンになりたいというのはありますね。いまは、言ってるばっかりのヤツですからね(笑)。

野田:ははは!

いやいや、それが輝いてますから。

TB:言ってることとかスタンスとか、そんなんばっかりですから(笑)。でも。やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。ああいうときの気持ちをメジャーでもうちょっと出せないかなって思いますね。
 今回だと“衣替え”とかそれにちょっと近いです。

うんうん!

TB:でもBONNIEさんを呼ぶことによってちょっとコマーシャルになっていて、バランスがとれたかなって思います。ほんとに、音楽を作って人に聴いてもらうっていうのが好きなので、そのときどきでそれに適した状況に自分をもっていくってことですかね。


ゲームよりも人生を進めたい、って。

なるほどなあ。音楽っていうところでは、トーフさんにひとつ切ない姿勢みたいなものを感じるんですよ。冒頭の「音楽サイコー!」の話に戻りますけどね、あのちょっと薄っぺらなパーティ感とか、あるいは「音楽」に対する執拗な自己言及──「朝が来るまで終わる事の無いダンスを」とかもそうですけど、本当に音楽の真ん中で十全にそれを味わいきっている人は、そんなに音楽音楽って言わない気がするんですよ。じつは音楽に対して距離がある、みたいな。そこになにか非常に切実で切ない、リアルで生々しいものがあるように感じるんです。

TB:ああ……、でも音楽くらいしか本当に楽しいことがないというか。それ以外に楽しいことなんてあんのか、みたいな。

野田:じゃあ、けっこう素直な言葉なんだ?

TB:そうっすね、ゲームよりも人生を進めたい(※)って書いてますけど、ヒップホップってよくゲームってふうにたとえたりするじゃないですか。僕はそんなにおっきい枠では楽しめへんというか、そんな俯瞰できひんみたいなところがあるんです。音楽をやっていてそれをゲームだなんてふうには言えないです。

※「ゲームに良く例えるけど/本当は俺は人生を進めたい」(“20140803”)

ああ──

TB:だって音楽しかやったことがないし、それこそ中1のころから曲を作っていて。カヴァーとかコピー・バンドとかもしたことがなくて、でもそれのおかげで作った音楽をインターネットで他人に褒めてもらったりとか、それこそtomadとかとも友だちになれて、いまのこの状況があって……。音楽を作ったはいいけど、それを乗せてくれる電車のようなインターネットがなかったら、すべてがないですからね。

そうかもしれないですね。

TB:でも音楽を「流す」って言うように、音楽は流れもんで、つまりは無くなるものでもありますよね。それから、自分の好きなものが変わっていってしまうという、いい意味でも悪い意味でも切ないようなところがある。
 ドラマの最終回とかってむやみやたらによかったりするじゃないですか。でもJポップってそういうことのような気もするというか。そのために作られている音楽でもあるし。

最終回にJポップがめちゃくちゃ効いてくるっていうのは、ありますよね。

TB:軽薄であるがゆえによいみたいなところがありますよね。というか、そういうJポップが好きなのかな。でも軽薄であることがかなしいというような切なさもある……。

いい、切ない回答です。そんなに音楽が好きな人がなぜこんなに「音楽音楽」って言わなきゃいけないのか。

TB:だからそれは、さっき言ったように「説明しなきゃわかってもらえない」っていう。

野田:なるほどね。

音楽が昔ほど若者カルチャーの超真ん中ってわけじゃなかったりもしますしね。

TB:それは、ありますね。

野田:むしろ「インターネット」ってキーワードのほうが取り沙汰されてしまったりするしね。

そんなところに対する、「こんなに音楽がただ好きなのになあ」っていう感じが、ヒリヒリくるんですよ。ペラっとした「音楽サイコー」から。

TB:そうかもしれないです。結局、音楽を作っても音楽的なバックがあんまりないというか。先日初めてバンドで自分の音楽をやってもらったんですけど、あれって自分への音楽的なバックがあるものだなって思いますね。あとは音楽をやることでお金をもらって生活がよくなって機材を買ったりすることができるとか、それも音楽によるバックだと思います。
 でもたとえば自分の音楽が売れて、自分の顔をさして「めんどくさい」とか言われたりするようになったとしたら、それははたして音楽で得しているのか。そういう芸能的な部分での葛藤もあるにはありますね。メジャーでもし自分がうまくいくことがあれば、ちやほやされたいだけで音楽をやっている人と自分とは何かがちがうんだっていうことを証明したいなとは思いますね。──そういうのを否定したくはないですし、証明もまったくできていないんですけれども。

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藤井さんは本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。みんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
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通常盤
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いやいや、藤井隆さんとの曲(“ディスコの神様”)なんて、まさにそういうところでつながっているんじゃないですか?

TB:そう、あの人も本っ当に音楽が好きな人なんですよね。

最初は、なにかコンセプチュアルに藤井隆というアイコンが引っぱり出されてきているのかなと思ったんですよ。tofubeatsだし。でも曲を聴いて実際に感じるのは、音楽つながりなんだなあというような。

TB:そうそう、藤井さんはすごくジョディ・ワトリーが好きで、しかも高校生のときに〈ブルーノート〉に観にいっていたりとかしてるわけなんですよ。前もスタジオで、「96年にオランダで買ったレコードが思い出せないんです。“エターナリー”って言ってる……」とかって突然言い出して、何を言ってるんだろうと思っていたんですけど、実際に探したらその曲があったりしたんですよね。本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。そういうことをインタヴューとかの端々から感じていたからこそ、この人にオファーしようって思ったんです。

そういうキラキラとしたマジックが、メジャーというステージでは可能になるんだなというところはありますよね。

TB:それに、藤井さんがこんなに音楽が好きなんだっていうことを、これを通じてみんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。

なるほど。すごく素敵な話ですよ。それに、遊び場がひとつ増えた、広がったというところもあるんじゃないですか?

TB:いやー……。そうですね、ほんとにBONNIEさんとか、藤井さんとか、〈ワーナー〉に来ないとできないことではあったので。

その一方で、ERAさんとかPUNPEEさんとか、前作のひとつのインディ感からは異なるものにもなっていると思いますが。

TB:それはでも、今度出るアナログとか、企画段階のリミックス盤とかには自分に近いところからブッキングしていて。
 とはいえ、アルバム自体はこのかたちでラッピングしておかないと、自分のやっていることがいっしょすぎてしまうし、そこはメジャーから出すということを意識しました。

野田:どんな人たちなの?

TB:BUSHMINDさん、STARRBURSTさん、(DJ・)HIGHSCHOOLさん、MASS-HOLEさん、ENDRUNさん、SH-BEATSさん、YOSHIMARLさんです。

野田:うわ、すごいね(笑)。


いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。聴いている人が金額的に得なもの、というところでアルバムを考えています。

ところで、アルバムという単位についてもうちょっと掘り下げて訊いていいですか? いまは、タイムラインで1曲単位の消費、しかも1時間後に消えていてもおかしくないようなものを追ったりするわけじゃないですか。トーフさんはそういうところで生き生きと呼吸をしている人ですが、それに対してアルバムというのは、それこそ産業的に完成されたひとつのフォームでもありますよね。

TB:このアルバムについては、俺ならこう並べるってだけですけどね。あとは、いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。このあたりの気持ちは『lost decade』のときと変わらないですね。聴いている人が金額的に得なもの、というところです。ただ、プレイリストありきでは作ってないですけどね。
 通常のメジャーのアルバムの作り方だったら、2曲めに自分のラップなんて絶対に入れずに“Don't Stop The Music”をもってくるわけですけれど、そういうことはやってないです。あと、CDで出しているのはあくまで〈ワーナー〉とサインしているからで、でもディスク2がついていて安い。

「安い」「お得」というのも、コンセプチュアルに仕組まれているように感じますね。

TB:でも、安いっていうのは会社の提案なんですよ。2枚組で2,400円って、頭おかしくなっちゃったのか? って思いました(笑)。

(一同笑)

真ん中にも思いきって4曲ほどインストが入っていたりするじゃないですか。

TB:あれはもう絶対に入れたくて。

“Populuxe”とかが好きです。

TB:あれは60年代のアメリカの、郊外開発のときのキーワードなんです。ニュータウンについていろいろ研究しているときにぶちあたった単語で、けっこう好きだったのでデモ曲のタイトルにしていたんですが、それをそのまま使いました。

どういう意味なんです?

TB:60年代に、郊外に一戸建てを買ってわりとリッチに暮らすっていうようなスタイルが流行って、そのころのひとつの価値観を表す言葉というか。ポップでデラックスっていうことなんです。成金というとまたちょっとニュアンスがちがいますけど。

ああ、なるほど。

TB:郊外での暮らしが、いわゆるサバーブっていう感じのものになっていって、レッチワースみたいな、田園都市の根幹を成す考え方と合流していくという。でも、曲に使用しているのは単純に単語が好きだからですね。曲自体はポリリズムがやりたかったというだけのものなんです。4拍子と5拍子の。菊地成孔とかもやってるから俺も、って。

野田:意識するの?

TB:いえ、意識するわけじゃないんですが。でもJAZZDOMMUNISTERSを聴いていて、本当に菊地成孔さんのラップはいいなあって思って。あのアルバム、僕はすごく好きで。というか菊地さんのラップが好きなんですよ。やっぱりラッパーってパーソナリティなんだなってことをヒリヒリ感じました。もう、そいつがおもしろいかどうかってのが大きいなって。

そういえば、これも素朴に気になっていたんですが、トーフさんって二次元カルチャー的な入口が意外にないですよね。アニメとか、あるいはニコニコ動画、ボカロみたいな文脈がない。

TB:それは意識的にやってますね。日本のものを世界に明け渡すにあたって、ニコ動にアップしていたら外国人は見ないので。

なるほど。言語の問題を措いても、特性ともいうべき独特の閉鎖性がありますよね。弾幕が流れて画像がブロックされますし(笑)。

TB:あとは、ボーカロイド周辺の雰囲気があまり自分の肌には合ってないみたいで。思っている以上にクローズドなものがあるのかなと思います。いってみれば、シカゴ・ハウスとかよりもずっとハードコアなんじゃないですか? 初音ミクを使わなきゃいけないっていうのは。


707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクはどう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

野田:なんで(笑)?

TB:いや、それこそいちばん病んでいたころのデトロイト・テクノくらい開いていないというか。

野田:909を使わなきゃいけない、っていう?

TB:キャラなわけだから、「初音ミクはこんなこと言わない」みたいな次元も生まれてきたりするわけですよね。アイディアで何かが入れ替わっていくのではなくて、キャラクターとしての閉鎖性とプラグインとしての機能の制限が複雑に絡み合っているみたいに見えて、自分からするとちょっと面倒くさいというか。そもそもキャラに思い入れがなければ参入しにくいですし。最終的にその閉じまくった複雑さが海外でパーンとウケたりもしてますが、自分には向いていないなって思いますね。
 707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクって、それを使って発明をしたりしようというものではない。どちらかというと、どう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど、では反対に、昔ながらでメガな受け皿について。単に個人的なルーツなのかもしれないんですけど、BONNIEさんだったり森高さんだったりって、「芸能」とか「テレビ」とかに象徴される種類の豊かさが反映されたものだと思うんですね。そのへんはわざわざフォーカスしたものなんですか?

TB:半分意識的で半分そうじゃないかもしれませんね。BONNIEさんとか、予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど(笑)。

TB:だから僕が出会いやすかった。ということに尽きます。BONNIE PINKさんとか、1万円札を持っていけば全部かえる揃うと思います。言い方は最悪に聞こえるかもしれませんが。森高さんも全部ブックオフだし、藤井さんもそうだし、今回お呼びしているなかで、誰ひとりとしてリアルタイムで正規盤を買っている人はいないです。残念ながら。

(一同笑)

TB:だから今回はじめて還元ができるという言い方もできるかもしれないですね。

では、それなりに素直に自分の背景でもあるわけですよね。

TB:そうですね。あとは、景気がいいっていうのはいいなって思います。そんな時代の音楽に憧れている部分はありますね。

いかにお金をかけないかっていう工夫合戦が、ある種の音楽を進化させてきた側面もありますけどね。

TB:それもあると思います。でも、だからこそ「音楽、音楽」って言わなきゃいけないのかもしれない。

ああ、なるほど。

TB:ハイプなものではまったくなくなってますから。音楽は。

今日なんかは、テレビの収録もあったわけですよね。テレビ出演につながってくるというのは、トーフさんにとって大きいことですか?

TB:まあ、大きいことですねー。ありがたいです。営業の方とかも、こんなやつをテレビに出させてくれて。でも一方で、それで数が動くことの切なさみたいなものもありますね。知名度っていうのはそんなところで上がっていくんだなって。

いまだテレビは大きいんですね。

TB:まずは聴いてもらうところからはじめなきゃいけないので、それは本当にありがたいんですが。ただ、自分が本当に音楽が好きなので、音楽を好きじゃない人に届けるという概念があまりよくわかんないです。実際出ると反響はあるんですけどね。
 やっぱりそういうことを感じるために神戸にいるという部分もあります。世のなかそんなに信用できないなっていうことを、神戸にいるとよく感じられるというか。

ははは! ここにいると麻痺するんですかね?

TB:そんな気がします。あとはスピードを遅らせたい。結局は「中の人」になっていっちゃうだろうし、就職もしないで音楽をやる仕事に入ってきてしまったので、きっと他の人からずれていくと思うんです。それを遅らせたいという気持ちはありますね。


何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。

方向としても、さらにプロデューサーという感じになっていくんですかね? いまやっていることもコンセプターとしての気質みたいな部分もそうかと思いますが。

TB:プロデューサー側になれたらいいなと思うんですけどね。繰り返しになりますけど、音楽を作って、聴いてもらうことがうれしいわけなので。でも本音を言うと、自分でいいなと思える曲ができた瞬間がいちばんうれしいです。それ以上はないですよね。

なるほど。でもそのあたりが次のステップということになっていくわけですね。

TB:そうですね。あまり内向的にならないようにしようと思います(笑)。

ははは! そこは、内向的になってもいいんじゃないですか?

TB:いや、もっとEDMくらいの開き方をしていかなきゃぐらいに思ってますよ(笑)。

野田:EDMにはならなくていいけど、ポップスは目指してほしいよね。

TB:いまは、何かに寄りかからなくていいポップスをやっている人がいないですから。AKBもEXILEも、何か別のものとポップスを掛け合わせたものじゃないですか。何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。ポップスとしてひとつで立ってるもの。

よくわかりますよ。

TB:がんばるって言うしかないんですけどね! よく言われんですよ、「〈マルチネ〉の人柱」って。僕が突入していくと、みんながそこにつづいてくれるわけです。いちばん若いので、鉄砲玉として働きますよ。

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いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。

野田:20年前にはたくさんいたタイプだと思うんだよね。いまは少ないけど。

TB:そうそう、そう思います。マリンさんとか寺田創一さんとかテイトウワさんとか、そういう人たちにシンパシーを感じるんですよ。

野田:まあ、こうやって話していると思うけど、すごく石野(卓球)とかに似てるよね。デビューした頃の。アマチュア時代にいちばん人気があったのが“N.O.”っていう曲なんだけど、それは石野が唯一自分の本心を吐露している曲なんだよね。

TB:ああー! でも、そうですね。

野田:でも、彼はそれをメジャーで出すこともライヴで演奏することも嫌がったし、レコーディングし直すことも拒否してるんだよ。それはやっぱり、自分のことを正直に歌っているから。

TB:ああー! なんですかその話。それ聞いて、今日すごいよかった!

野田:言ってることいっしょでしょう。

TB:いや、すごくわかります! “Shangri-La”とかはなんも考えてないっていう感じがするんですよ。

野田:そう、あれはエンターテインメントで芸なのね。

TB:いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。たしか、“Shangri-La”の歌詞を考えるためにスタジオを借りたけど、歌詞が出てこなくて、「瀧がトロフィーって言ったんだよね」みたいなことを言っていて……。「トロフィー」って言葉は歌詞には入れなかったけど、いちばん売れた曲だからあれは「トロフィー」だったんだな、っていうような話で。で、そうか、縁起のいい言葉を曲名にすればいい曲になるんだなって思って、先に“No.1”というタイトルを決めてから作りはじめたのがあの曲なんです!

野田:はははは!

TB:だからいまの話をきいてちょっとビビったっすね。

野田:正直な自分は出したくないっていう考え方は、すごくあるよね。

TB:そういうのは人の考えであれ嫌だから、今回のアルバムも、会社から“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”を入れませんかって提案されたとき、快諾はしたんですが、思うところはあって。たまたま『WIRED』の原稿とかでそのことについて説明することができたのでよかったですが、もし何の説明もなくこの出したら、すごくやるのが嫌になっただろうなって思います。
 何度かその曲を人前でやる機会をもらったんですが、なんか、風営法の問題が盛り上がっているときにすごく運動で使われたんですよね。結構ショックでしたね。


自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない。

そうなんですか? 意図はどうあれ、アンセミックにも響くような大きさのある曲ではありますよね。

TB:たしかに、自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。こういうことかあって。でも世の中にあんまり期待しないっていうところもあるので、ポジティヴな意味で諦めていますけどね。……アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない、諦めるというような。

野田:でも、なんで風営法のキャンペーンに使われるのがダメなの?

TB:いや、風営法のために作ったものじゃないからですよ。僕は反対というわけでもなかったし。でもこの曲のおかげで風営法反対の公演とかへの出演依頼がめちゃくちゃ来たんですよね。

へえー!

TB:風営法に反対だっていうことを一回も言ったことがなかったのに。それで勝手にキャンペーン・ソングみたいになってるのがつらかったので、クリエイティブ・コモンズをつけてフリー・ダウンロードにしたんですよ。もう、知らぬ存ぜぬということで。音楽はそういうものから自由だからいいのに。

野田:政治に利用されるのが不本意だったのね。

TB:ダンス・ミュージックってそういうものじゃないじゃないですか。「イエーイ!」みたいな……あ、そうでもないか(笑)。

(一同笑)

TB:でも、505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。「505に宿ってるソウル」とかじゃなくて、もっと「いいよねー」みたいなところを。だから、“ディスコの神様”みたいなものが売れたら、とても景気がいいじゃないですか。
 SMAPではじめてオリコンの1位を獲った曲が“Hey Hey おおきに毎度あり”なんですよ。その話がめっちゃ好きなんです。あんな歌詞のものがオリコンの1位っていう──あんな、っていうのは1周まわって最高だっていうような意味なんですけど。あんな曲が1位を獲るというのは、つくづく景気のいい時代だったんだなって。

505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。

さっき言っていたような、空っぽのものがいいと思う理由は、そのへんにもありますね。しかもそれが受け入れられているのはある意味で健全だと思います。みんな薄っぺらいラヴ・ソングがどうこうって揶揄したりしてますけど、薄っぺらいラヴ・ソングが売れていることがどんだけいいことかって話ですよ。

野田:まあ、でも、景気がよかった頃ってメガ・ヒットはないんだよね。みんなが平均的に売れていたってだけで。むしろ景気が悪くなってからミリオンが出るようになる。

TB:それは、言われてみればそうですかね。“らいおんハート”とか“世界に一つだけの花”とかの頃はもう不景気だって思うっす。

でも、tofubeatsの仕事というのは、自分がバーっと売れればいいという種のことではないですよね。

TB:自分の曲が育ってほしいなって思いますね。

そうですね。それが種を生むというか、ひとつの状況を準備できたらっていう。でも、そんなふうに何かを引き受けてやるぞっていうのが、メジャーになるということかもしれないですね。

TB:そうですね、プロ野球選手になったって感じです。プロの二軍の人よりうまいアマチュアの人ってぜったいいるはずじゃないですか。でもプロはプロって看板はらなきゃいけない。僕にしたって僕よりいい曲書く人なんていっぱいいるわけです。

でも、音楽って、ぜんぜんなにも引き受けなくてもいいものじゃないですか。

TB:そうかもしれないですけど、引き受けること以外にメジャーがやれることって、いまそんなにないなって思います。

野田:本来ならそういうプロ意識って、こんなふうに公言しなくてもよかったものなはずなんだけどね。でも公言しなければならないくらい、一種のアマチュアリズムがはびこっている部分はあるんじゃないかな。

そうですね。今日は非常に心強い言葉がきけました。

野田:でも10年後ぜんぜんちがうことを言ってるかもしれないよ(笑)。

TB:歌は世につれ……ですよ。そこは変わっていけばいいと思います(笑)。


次回は紙ele-kingに掲載された過去のインタヴューをお届けします!



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