「Low」と一致するもの

interview with Traxman - ele-king


Traxman
Da Mind Of Traxman Vol.2

Planet Mu/Melting Bot

FootworkJukeGhetto

Amazon iTunes

 本当に暑い。夏の真っ直中だ。少しでも身体が動けば汗が噴き出る。え? フットワークだと? 
 人生に「たら」「れば」はないが、自分がいま20歳ぐらいだったら「シカゴのフットワーク以外に何を聴けばいい!?」ぐらいのことを言っていただろう。そして、DJラシャドが逝去したとき、本気でシーンの行く末を案じたに違いない。DJラシャドは、衝動的とも言えるこの音楽に多様な作品性を与えた重要なひとりだった。
 DJラシャドの他界の前には、シカゴ・ハウスのパイオニア、フランキー・ナックルズの悲報もあった。シカゴはふたりの大物を失った。
 で、しばらくするとトラックスマンの『Da Mind Of Traxman Vol.2』がリリースされた。
 以下のインタヴューで本人が言っているように、前作『Vol.1』と同じ時期に作られたものだそうだが、マイク・パラディナスの選曲だった『Vol.1』に対して、今作『Vol.2』は自身が手がけている。ヨーロッパからの眼差しをもってパッケージしたのが前作で、シカゴ好みが全面に出ているのが今作だと言えよう。どうりで……
 豪快な作品である。笑えるほどの大胆なサンプリング使いとユニークで力強いビートは、この音楽の勢いが衰えていないことの証左でもある。圧倒的なまでにファンキーだ。
 しかも……この猛暑のなか、トラックスマンは来日する。くれぐれも充分に水分を取ってから、ギグに向かおうじゃないか。

“ゲットー”は心理状態や人格だ。住んでいる場所や経済状況ではない。ゲットー・エリアに住んでいた奴がゲットーな街を出て行っても、そいつはゲットーなままだ。ネガティヴな意味で使われがちだけど、俺はポジティヴな意味で使う。ハングリーさとかそういうメンタリティを表しているからな。


海法:〈Juke Fest〉はどうでしたか? 今回は〈Booty Tune〉のD.J.AprilとD.J.Fulltono、あとダンサーのWeezy (SHINKARON) もいました。日本人がシカゴの現地のシーンへ訪問することをどう受け止めていますか?

トラックスマン:〈Juke Fest〉は最高だったよ。日本でジューク/フットワーク・シーンを広めてるDJやダンサーがジュークのメッカ、シカゴに来てくれた事は物凄く意義があったと感じている。シーンの現状を見せることが出来たし、彼らをシーンのパイオニアであるJammin' GeraldやDJ Deeon、X-Rayとか若手のSpinnやK.Locke、ダンサー集団のThe Eraに紹介することも出来たし、双方にとって素晴らしい機会になった。〈Dance Mania〉の本社にも連れて行ったよ。

DJラシャドの死についてまずはコメントをください。彼を失ったことはジューク/フットワークのシーンにおいて、どのような意味を持っているのだと思いますか?

トラックスマン:ラシャドの死についてコメントするのは本当に難しいな……。シカゴにはラシャドをDJとしてだけでなく、個人的に親しくしていた人もたくさんいたから彼の死はとても衝撃的だった。実際に会って話をして、彼を『DJ Rashad』ではなくひとりの人間として接すると、本当に素晴らしい人間だということがすぐにわかるし、そういう人たちにとってのショックは計り知れない。彼を失ったことは非常に残念だけど、彼がこの世を去った後もシカゴのプロデューサーやダンサーはかならずこのシーンをさらに世界中に広めようと心に誓っている。

少し前にフランキー・ナックルズが亡くなり、DJラシャドまで亡くなるというのは、シカゴ・ハウスの歴史を知るあなたにとって重い出来事だったと思います。

トラックスマン:そのふたりが亡くなったのは1か月も離れていないんだ。ラシャドとは17〜8年の付き合いだったので、本当の親友を失ったと感じているよ。フランキーの死に関しては、シカゴ全体がショックを受けたニュースだった。ハウス・シーンを最初期から見ている古い世代がもっともショックを受けていると思う。もちろんそれはシカゴに限ったことではなくて、世界中のハウス・ミュージック好きにショックを与えた出来事さ。いい出来事も、悪い出来事も、受け入れなくてはならない。

いまはジューク/フットワークのシーンは日本にも広がっているときだったので、彼の死はとても残念でした。とくにDJラシャドは音楽的な才能に恵まれた人だったし、あなたとはもう古い付き合いだったと思います。ぜひ、彼と出会った頃の話を聞かせてください。

トラックスマン:日本にジューク/フットワーク・シーンがここまで広まったのは本当に素晴らしいことだ。今度の来日も出来る事なら1ヶ月くらい滞在したいよ。
 ラシャドに出会ったのは、1997年か98年のことだな、あるパーティでRP Booに紹介されて初めて会った。その後しばらく会わない時期があったけれど、仲が悪かったわけでは決してなくて、DJでお互いの曲をプレイしていたりもした。2004年に再開して、そこからは完全に意気投合して、シカゴのウェストサイドで「K-Town 2 Da 100'z」というミックステープを俺とラシャド、スピンの3人でリリースしたりもした。その頃ラシャドとスピンはDJ Clentの〈Beat Down〉クルーに所属していたんだけど、それを抜けて俺を含めた3人で〈Ghettoteknitianz〉クルーを始動させた。そこから新しい時代が幕を開けたと言っても過言ではない。もちろん当時は俺らのやってる音楽がここまで大きなものになるなんて誰も予想すらしていなかったけどね。

あなたは子供の頃からディスコ、初期ハウス、ガラージ・ハウスを知っているし、そしてロン・ハーディのDJも知っています。そして、シカゴ・ハウスがミニマルでクレイジーな方向、ビート主体で、テンポも速いゲットー・ハウスへと展開していった過程も知っていますよね。先ほども言いましたが、シカゴの歴史を知っているひとりですが、まずはあなたにハウスを定義してもらいましょう。ハウスとは……何でしょう?

トラックスマン:ロン・ハーディをもの凄くリスペクトしているし、フランキー・ナックルズも尊敬してる。だが、彼らがシカゴのクラブでプレイしていた1983〜85年くらいの時期は、まだ俺は10歳くらいの子供で、クラブに行くことすら出来なかった。音楽の情報源はもっぱらラジオだった。ロンやフランキーのプレイを見ることが出来るようになったのはもう少し歳をとってからだ。
 これは本当に世に知られてないことだけど、俺らの世代のDJはみんなWBMXというラジオ局を聴いて、ハウス・ミュージックの洗礼を受けたのさ。俺は当時WBMXでDJをしていたKenny Jammin Jason、Scott Smokin Silz、そしてFarley Jackmaster Funkのプレイを聞いてハウスを学んだんだ。彼らのことは本当に死ぬほど愛しているし感謝しているよ。彼らラジオDJの存在がなければ、いまのシカゴにここまで多くのDJやプロデューサーがいる状況は生まれていなかっただろう。
 俺より上のロンやフランキーの時代にクラブに行ってた世代は、クラブで流れる曲に注目しただけで、DJのスキルやミックスのテクニックに注目はしていなかった。だがラジオDJは違った。例えば1曲かけるだけでも最初にインストゥルメンタルをかけて、じょじょにヴォーカル入りのヴァージョンにミックスして、そのあとダブミックスのブレイク部分をかけるなどして、ミキシングで展開を作った。俺らはそのスタイルにとても影響を受けている。
 ハウス・ミュージックの歴史に関しては、ラジオDJが後の世代にいかに大きな影響を与えたかなどの重要な情報は、シカゴの街から外に出ることは無かった。ハウス・ミュージックは70年代後半に生まれたと言う人もいるけど、現在も受け継がれているハウス・ミュージックのスタイルが誕生した本当のスタートは、1985年だ。その年にChip Eがリリースしたレコードに"House"(85年発表の「Itz House」)、そして"Jack"(同じく85年の「Time to Jack」)という言葉が初めて使われた。ちなみにChip Eは、十数年前に日本に引っ越して、いまも住んでいるよ。シカゴに戻りたくなくなったのかもね(笑)。
 俺にとってハウスは、キックとスネア、サンプルで構成されたとてもシンプルなもの。それのスタート、そして現在のハウスのスタイルの元となったものの誕生が1985年、とても重要な年だ。俺はハウス・ミュージックについての正しい知識と知識を広めるのが宿命だと思っている。そのためにCorky Strongという名義でも活動している。昔のことを知らないで、良い方向で未来に向かって行くことは難しいからね。
 シカゴは昔から、それこそアル・カポネの時代からとても閉鎖的で、隔離されていて、それでいて自分たちのテリトリーを重要視する街なんだ。ゲットー・ハウスもジュークもフットワークもシカゴではまったくリスペクトされていないのが実際のところで、地元で力のある多くのベテランDJやラジオ、テレビはまったくピックアップしない。インターネット上で盛り上がってるだけだ。これは本当に根深く大きな問題だ。自分たちの街で、自分たちに当てられるべきスポットライトが当たった試しがない。インターネットは比較的最近の媒体で、いまだに多くの人びとはラジオやテレビで新しい音楽と出会っている。なのにそれらのメディアが取り上げてくれないと広がりようがない。俺たちの作った音楽がいつの間にか海を渡って、日本やその他の国で愛されていることを知ったのもつい最近のことだ。いつも海外での評価の方が地元の評価より高いのさ、例えばジミ・ヘンドリクスがアメリカを出てヨーロッパで評価されるまでは、アメリカでまったくと言っていいほど評価されていなかった。それと似た感じだな。このあいだ日本のフットワーカーのWeezyがシカゴに来たとき、ゲットーのレストランでフットワークを披露したんだけど、地元の人間は本当に驚いた。フットワークのダンス・カルチャーが世界に広がってるなんて想像もしていないかったからね。


[[SplitPage]]


俺より上のロンやフランキーの時代にクラブに行ってた世代は、クラブで流れる曲に注目しただけで、DJのスキルやミックスのテクニックに注目はしていなかった。だがラジオDJは違った。例えば1曲かけるだけでも最初にインストゥルメンタルをかけて、じょじょにヴォーカル入りのヴァージョンにミックスして、そのあとダブミックスのブレイク部分をかけるなどして、ミキシングで展開を作った。


あなたがハウスにハマった理由について教えて下さい。

トラックスマン:いい質問だな。最初にChip Eの「Itz House」を聞いたときは全然好きになれなかったんだ。いまは大好きだけどね。同時期にChip Eが発表した「Time to Jack」がハウスにハマった大きなきっかけのひとつだな。電子的なシーケンス・パターンに完全にやられたよ。
 その前年にJesse Saundersが「On and On」を発表して、リズムマシンを使ってファンクを表現するスタイルを確立した。初期のハウスはTR-808リズムマシンのサウンドが多く使われていたんだけど、808のドラム・サウンドに本当に虜になった。その後1987年にハウス・ミュージックのサウンドに変化が見えはじめた。TB-303を用いたアシッド・ハウスが登場して、そのサウンドにも夢中にさせられたね。当時ちょうどティーンネイジャーだった俺は、ロン・ハーディらがDJしていた〈ファクトリー〉に遊びに行きだした。いまでも仲がいいHouseboyって友人とよく一緒に遊びに行っていたよ。〈ファクトリー〉はシカゴのウエストサイドにあったティーンのクラブで、Jammin Geraldとかがプレイしていた。
 あるとき〈ファクトリー〉で遊んだ帰り、夜中の2時くらいにHouseboyが「サウスサイドのクラブに行ってみよう」と誘ってきて行ってみたんだ。そこではロン・ハーディがDJしていて、初めてドラッグ・クイーンとかゲイのパーティ・ピープルを見て衝撃受けた。ロン・ハーディーは選曲のセンスはパワフルで人を引き付ける物があった。だけどDJとしてのテクニックはいまひとつだと感じたのを覚えてる。そのサウスサイドのクラブで流れていたのは、メロディやハーモニーが重視されたキレイ目な楽曲が多かった。いっぽうウエストサイドではビート重視でリズムマシンが多用された電子的な、さっき出たChip Eの楽曲のようなスタイルが好まれた。同じハウス・ミュージックでも、サウスがハウス・クラウド(客)、ウエストがビート・クラウドという風に言われていて、同じ市内でもビート系とハウス系ではまったく違うシーンだったよ。俺はもちろんビート・クラウドさ。

どうしてあなたは、ゲットー・ハウスの流れの方に進んだのでしょうか? たとえばディープ・ハウスではなく、ゲットー・ハウスの側に惹かれた理由を教えて下さい。

トラックスマン:最大の要因はまわりの人間だな。俺がいまでも住んでいるウエストサイドの人間、みんなビート系ハウスの流れを組んだゲットー・ハウスが好きだった。もちろん自分でも好きだったけど、パーティに遊びにくる人たちも、まわりのDJもみんなゲットー・ハウス好きだった。まわりの人たちを喜ばせるためにもゲットー・ハウスに進んだのは自然な流れだったね。80年台後半から90年代初頭にはハウス・ミュージックはシカゴでは落ち着いてしまって、ヒップホップの時代に突入した。そのかわりハウスは、世界中に波及して、当時シカゴを盛り上げていた尊敬していた先輩DJはイギリスやヨーロッパの国々に行ってしまった。
 ヒップホップが勢いを増すなか、シカゴに残ったプロデューサー、Armando、Steve Poindexter、Robert Armani、Slugo、Deeon、そして俺なんかは、ラジオでもすっかりプレイされなくなってしまったハウス・ミュージックを作り続けていた。つまり、ハウスはストリートに戻ったってことさ。その頃は400〜500ドルくらいの少額な契約金でレコード契約を地元レーベルと結んでいた、何より作品を発表し続けたかったからね。その頃から考えるといまの現状は考えられないね。

Traxmanを名乗ったのも、〈TRAX〉ものが好きだったからですよね?

トラックスマン:良くわったね。その通りだよ。〈TRAX〉レーベルから出ていた楽曲は的を得ていたというか、何か俺に語りかけているような魅力があったんだ。DJをやりだした頃はDJ Corky Blastっていう名前で、そのあと90年頃からDJ Jazzyっていう名前だったな、Jazzy Jeffが好きだったからね。93年頃にTRAXMANと名乗りだしたんだ。93年ごろにPaul Johnsonと知り合った。彼は銃で背中を撃たれた直後で車いす生活を余儀なくされたばかりだった。同時期にTraxmenメンバーのEric Martinと親しくなり同じくTraxmenのメンバーとして活動していたGant-manを紹介された、当時まだ13〜4歳の子供だったよ。仲間が増えてきた矢先に、俺たちの活動の場だったウェストサイドの〈ファクトリー〉が火事で焼失してしまい、〈ファクトリー〉の歴史は急に終わってしまった。その直後からJammin Gerald、DJ FUNK、Paul Johnsonなどがレコードをリリースしはじめて、その流れに乗って俺もリリースをはじめた。
 同時期にサウスサイドのDJ/プロデューサーの噂が耳に入るようになってきた。DJ Deeon、Slugo、Miltonとかだ、サウンドを聞いたら彼らは最高にイケてたよ。ちょうどこの時期が85年以降のハウスのオリジネーターとゲットー・ハウス世代の世代交代の時期だったな。その頃はギャング抗争がもの凄く激しくて、ストリートはとても危険だった。俺たちは音楽に救われていた、音楽にハマっていなかったらギャング抗争に巻き込まれて、殺されていてもおかしくなかったからな。実際に殺されてしまった友人もたくさんいる。音楽が俺を救ってくれたから、いまシカゴでくだらない争いに巻き込まれている若いヤツらだって、音楽に救われることが出来るんだということを伝えていきたいと本気で思っている。

DJとして活動するのは何年からですか?

トラックスマン:1981年だね。

DJ以外の仕事はしたことがありますか?

トラックスマン:それもいい質問だ。むかし、1989年から1年ちょっとのあいだ地元のトイザラスで働いて、それ以外の仕事は全部音楽に携わる仕事さ。レコード屋で働いたり、〈Dance Mania〉のディストリビューションの手伝いをしたりしてた。

あなたが〈Dance Mania〉からデビュー・シングルを発表するのは、1996年ですが、自分でトラックを作るようになったきっかけは何だったのでしょうか?

トラックスマン:俺の原点ともいえる初期のハウス・ミュージックに大きく影響されている。アシッド・ハウスも好きだったけど、ビートやシーケンスが強調されたスタイルがやはり好きで、作曲に関してはそれにもっとも影響を受けているな。〈ファクトリー〉でJammin Geraldがプレイしていたり、ラジオで流れていたSleazy Dの“Lost Control"を聴いて、俺もトラックを作ってみようと決めた。Adonisの“No Way Back"っていう曲もかなり影響を受けたな。
 当時は近所にリズムマシンを持っている人が本当に少なくて、87年か88年ごろにSlick Rick Da Masterと知り合い、彼がチャック(=DJ FUNK)を紹介してくれた。リズムマシンを持っていたのは、そのふたりだった。Fast Eddieも割と近所に居たけど、彼はヒップ・ハウスが流行ってきて忙しくなってきた頃だから全然会えなかった。当時はレコードはたくさん持っていたけど、リズムマシンは持っていなかったんだ。DJ Raindeerっていう仲間がいたんだけど、そいつは逮捕されしまって今度はそいつの弟とよく遊ぶようになって、ある日「俺、実はリズムマシンもターンテーブルも持ってるよ」と言ってきたんだ。その頃、DJ FUNKも近所に越してきていて、俺のターンテーブルとFUNKのカシオRZ-1を交換した。ついに機材が揃ったから曲作りが出来るようになった。そこからは夢中になって、トラック制作に取り組んだね。DeeonとかGantmanとかサウスサイドの連中ともどんどん仲良くなって、ゲットー・ハウスシーンが広がっていった。

「Westside Boogie Traxs - Vol I」を出してから、「vol.2」はいつ出たんですか?

トラックスマン:Vol.2はフランスの〈Booty Call〉から2012年に発表したよ。1と3は〈Dance Mania〉だね。

90年代末から2000年代の最初の10年前、あなたはとくに目立った作品のリリースはしていませんが、それは何故でしょうか?

トラックスマン:コンスタントに曲は作っていたんだけど、〈Dance Mania〉も止まってしまい、発表の場が無くなった。デトロイトのDJ Godfatherがそのあいだの時期にシカゴのアーティストの作品をリリースしていたが、俺は彼とはあまり繋がっていなかったからな。それからじょじょにフランスの〈Moveltraxx〉みたいなレーベルから声がかかるようになって、自分の作品を発表する場が出来てきた。

ゲットー・ハウスがどんどん発展して、音楽的に独創的になり、ジュークが世界的に認知されるまでのあいだ、シカゴのシーンはどんな感じだったのでしょうか?

トラックスマン:シーンはあったんだけど、前後の時期ほど盛り上がってはいなかったね。なんとなく続いていた感じかな。

ちなみにシカゴでは、いつぐらいからヴァイナルではなくファイルへと変わっていったのでしょう?

トラックスマン:それは他の連中がPCでDJをはじめて時期と一緒くらいだよ。2000年代半ば頃から、ちらほら増えだしたな。俺は筋金入りのヴァイナル・フリークでターンテーブリストだけど、昔からテクノロジーも好きだから、いまはPCも使っているよ。PCDJを否定する連中もいるけど、彼らはテクノロジーをどこか恐れている部分がある気がする。


[[SplitPage]]

初期のハウス・ミュージックに大きく影響されている。アシッド・ハウスも好きだったけど、ビートやシーケンスが強調されたスタイルがやはり好だ。Sleazy Dの“Lost Control"を聴いて、俺もトラックを作ってみようと決めた。Adonisの“No Way Back"にもかなり影響を受けたな。


Traxman
Da Mind Of Traxman Vol.2

Planet Mu/Melting Bot

FootworkJukeGhetto

Amazon iTunes

2012年の『Da Mind Of Traxman』以来のセカンド・アルバム、『Da Mind Of Traxman vol.2』は、相変わらず勢いのある作品で、ビートがさらにユニークになっているし、カットアップもより大胆になっているように感じました。

トラックスマン:実は『Vol.2』も『Vol.1』も収録楽曲はほぼ同時期に作られている。もちろん新しい曲も収録されているけどね。いちばんの違いは、前作は〈Planet Mu〉が楽曲をチョイスした楽曲しているが、今作のほとんどは俺が選曲したってことだ。もちろん前作も気に入っているけど、今作の方が実験的な曲を収録出来たし、気にっているよ。

ジャングルからの影響はありますか? 15曲目の“Your Just Movin”など聴くとそう思うのですが。

トラックスマン:言われてみればそう聞こえるかもな。良いところをついてくるな。とくにジャングルを意識して作ったわけではないよ。さっきも言ったように、今作は本当に実験的なアルバムだから、かなり珍しいサンプルとか、変わったネタ使いをしているというだけ。

ジューク/フットワークはダンスのための音楽なわけですが、あなたはアルバムというものをどのように考えていますか?

トラックスマン:アルバムは俺の子供みたいなものだ、1曲1曲に俺の好きなアイディアを詰め込んであるし、自分の子供たちを世に送り出すような感覚だね。

よりテンポを落として、ハウスやテクノとミックスしやすいようにしようとは考えませんか?

トラックスマン:それは別名義のCorky Storngでやっているよ。トラックスマンはジューク/フットワークの名義だ。それにDJをやるときは160BPMからはじめることはまずない。いきなり160から入ったら、あまりに窮屈だからね。最初は比較的ゆっくり、128BPMくらいからはじめて、じょじょに上げていくのが俺の基本スタイルかな。

クイーン、クラフトワークなど、大ネタを使っていますが、サンプリングのネタはどのようにして探しているのですか?

トラックスマン:サンプルは俺の家にある音源と親友のX-Rayのレコード・コレクションから選んでいる。X-Rayは本当に凄いコレクターで、彼のコレクションはまさに“Mind of Traxman"だよ。使うサンプルを探してるときはいろいろなレコードを聴いて、気に入るサンプルを見つけるまでひたすらアイディアを巡らせている。気に入った部分を見つけたら部分的に保存しておいて貯金するようにためておくんだ。

あなたにとって「getto」とは、どんな意味が込められていますか? 人はそれをネガティヴな意味で使いますが、あなたはこの言葉をなかば前向きに使っているように感じます。

トラックスマン:gettoは心理状態や人格だ。住んでいる場所とか経済状況ではない。ゲットー・エリアに住んでる奴がいるとして、そいつがゲットーな街から引っ越して出て行っても、そいつはゲットーなままだ。ネガティヴな意味で使われがちだけど、俺はポジティヴな意味で使う。ハングリーさとかそういうメンタリティを表している。ちなみに俺はG.E.T.O. DJzっていうDJクルーに入っているんだけどそれは"Greatest Enterprise Taking Over"(制圧する最高の企業)の略だ。

ゲットー・ハウスは、このままワイルドなスタイルを貫くのでしょうか? それとも音楽的に成熟する方向を目指すのでしょうか? あなたは未来についてどう考えていますか?

トラックスマン:俺たちシカゴの人間、そして世界中のゲットー・ハウス、ジューク/フットワークのプロューサーがいる限り、音楽のスタイルは変わらない。進化は続けるけれど本質が変わることはないよ。

海法:まもなく日本でのツアーが始まりますがその意気込みをきかせて下さい。

トラックスマン:日本にまた行けるのを本当に楽しみにしている! 嬉しくて、フットワークが踊れたらこの場で踊ってしまいたいくらいだ! 前回よりも絶対に最高の内容になるのは保障する! 是非見に来てくれ!



Da Mind Of Traxman Vol.2 Release Tour 2014 In Japan




数多くの逸話を残した衝撃の初来日から2年。80年代シカゴ・ハウス、90年代ゲットー・ハウス、そして00年代ジューク、シカゴ・ゲットーの歴史と共に30年以上のキャリアを誇るシカゴ・マスター、 Cornelius Ferguson (コーネリアス・ファーグソン)こと Traxman (トラックスマン) aka Corky Strong (コーキー ・ストロング)が最新アルバム『Da Mind Of Traxman Vol.2』を携えて待望の帰還!

ツアー会場先行 & 限定特価でTraxmanのハウス名義Corky Strongでの日本限定来日記念盤CDのリリースやオリジナルのTシャツの物販も要チェック!

______________________________________________________

SOMETHINN 6 - DA MIND OF TRAXMAN VOL.2 RELEASE TOUR -
■8.8 (FRI) @ Circus Osaka
OPEN / START 22:00 - ADV ¥2,500 / Door ¥3,000 *別途1ドリンク代500円

Guest:
Traxman (Planet Mu / Lit City / Dance Mania / GETO DJ'Z / TEKLIFE / TEK DJ'Z)

DJs:
Kihira Naoki (Social Infection)
D.J.Fulltono (Booty Tune / SLIDE)
Metome
Keita Kawakami (Kool Switch Works)
DjKaoru Nakano
Hiroki Yamamura aka HRΔNY (Future Nova)

More Info: https://circus-osaka.com/events/traxman-release-tour/

_______________________________________________________________

TRAXMAN JAPAN TOUR 2014
■8.9 (SAT) @ Unit & Saloon Tokyo
OPEN / START 23:00 - ADV ¥3,000 *150人限定 / Door ¥3,500

DJs:
Traxman (Planet Mu / Lit City / Dance Mania / GETO DJ'Z / TEKLIFE / TEK DJ'Z)

DJ Quietstorm
D.J.Fulltono (Booty Tune)
D.J.April (Booty Tune)

Live Acts:
CRZKNY
Technoman

Saloon:
JUKE 夏の甲子園 <日本全JUKE連> 開催!

DJs:
D.J.Kuroki Kouichi (Booty Tune, Tokyo)
Kent Alexander (PPP/Paislery Parks, Kanagawa)
naaaaaoooo (KOKLIFE, Fukuoka)

Live Acts:
Boogie Mann(Shinkaron, Tokyo)
Rap Brains (Tokyo)
隼人6号 (Booty Tune, Shizuoka)
Skip Club Orchestra (Dubriminal Bounce, Hiroshima)
Subsjorgren (Booty Tune, God Land)

More Info:
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/08/09/140809_traxman.php

ICHI-LOW (Caribbean Dandy) - ele-king

9/11 原宿UCでA-1 LOUNGEに出ます。

来日間近のMORGAN HERITAGE 関連のフェイバリット


1
Perfect Lave Song - MORGAN HERITAGE

2
Jah Seed - MORGAN HERITAGE

3
Call to Me - MORGAN HERITAGE

4
DOWN BY THE RIVER - MORGAN HERITAGE

5
SWEET WATA - PETER MORGAN

6
Let it Fly - IRIE LOVE ft. PETER MORGAN

7
She's Still Loving Me - MORGAN HERITAGE

8
WASH THE TEARS - GRAMPS MORGAN

9
Rescue Me - Duane Stephenson and Gramps Morgan

10
One In A Million - GRAMPS MORGAN


The Body - ele-king

 8月突入ということで2014年上半期の書き損じを記させていただきたい夏真っ盛りな今日このごろ、みなさまはいかがお過ごしだろうか?

 私は〈スカル・カタログ/スペンディング・ラウド・ジャパンツアー〉に全生命力を浪費し尽くし、一度ゲル状になり、再び人間らしい形を取り戻しつつある。そのなかでもとくにグッタリさせられたのがサウンド・チェックへ向かう車内や本番直前に必ずおこなっていたDJスカル・カタログ、というか彼のiPhoneのプレイリストを爆音で聴かされる儀式で、基本的にはメタルとビートの素晴らしい選曲ではあるのだけれど、おでこにサーチ・アンド・デストロイとか書いてある北斗の拳のキャラクターのようなノリノリの男を乗せて、そんなものを垂れ流しながらボロボロのハイエースを転がしていればつねに職質への警戒を怠ることはできぬし、イヴェント中に唐突にはじまる、「アイツの後でDJやるぜ!」みたいな対応に追われ溶けかけたりしていた。とはいえ自身のモチヴェーションを高めることを主としたミックスなのでそのアゲ作用も半端ではなく、とくにわれわれの話題にあがっていたのがコレであった。

 活動歴15年、米国はロードアイランド州プロヴィデンスで結成され、現在はポートランド州オレゴンを拠点に活動するジ・ボディ(The Body)と、電子音楽・メタル・デュード最右翼、ハクサン・クローク(Haxan Cloak)による今年度もっともオサレだけども重い一枚。永久に存在しているんじゃないかと思うほど長きに渡ってストイック極まる独自のドゥーム/スラッジを追求してきたデュオ、ザ・ボディは、かつて〈アット・ア・ロス(At A Loss)〉などのクラスト~ドゥームの流れを汲む、遅くておっもい、ダーク・クラストな感性を持つレーベルに発掘され、2011年発表の『オール・ザ・ウォーター・オブ・ザ・アース・ターン(All The Water Of The Earth Turn)』では総勢24名の女性コーラス隊、アッセンブリー・オブ・ライトとのとんでもないコラボレーションでわれわれの度肝を抜いた。Youtubeでいま見ることのできるそれは、思わず笑ってしまうが。

 これだけのインパクトをもった存在を、ゼロ年代以降のエクストリーム・ミュージックに対してインディへの架け橋を提示してきた〈スリル・ジョッキー〉が放っておくわけがない。コーラスやオーケストレーション、時にポスト・プロダクションによる大胆なインダストリアル的エディットを用いて孤高のサウンドを構築してきた彼らは、〈スリル・ジョッキー〉からの前作『クライスツ、レディーマース(Christs, Redeemers)』で、より大きなフィールドを得たのだ。そこに目を光らせたのが現在進行形インディ界随一の天才プロデュース・レーベル〈リヴェンジ・インターナショナル(RVNG Intl.)〉のマット・ウェルス(Matt Werth)である。彼はハクサン・クロークことボビー・ケリック(Bobby Krlic)をロンドンからニューヨークへ呼び出し、一週間スタジオに閉じ込めてジ・ボディのレコーディングのリミックスをおこなわせた。

 リミックスという表現は的確ではない。それはハクサン・クロークの前作『エクスカヴェイション(Excavation)』で証明された彼の職人芸とも呼べる天才的なリ・エディット術を今回も我々に存分に堪能させてくれる。ローファイにフラット化されるザ・ボディの断末魔の叫び、スロッビング・グリッスルなベースライン、ブーストされた拷問ドラムのディケイと打ち込みビートの絡み合いは最高に心地よい。ギター・リフとわかる状態で並べた展開の一部だけはチョイダサいけども、そのあたりも自身のメタル・バックグラウンドをアピールしたいボビー・ケリックの思いととれば微笑ましいではないか。解体、再構築によって両アーティストの才能と経験が加算ではなく乗算された、近年まれにみる好例だ。

 ザ・ボディを結成間もなくからつねに側で見守ってきた〈リヴェンジ・インターナショナル〉の敏腕プロデュースなくしては生まれなかった、最新型スタイリッシュ地獄絵図。「我ここに死すべし」にこめられた肉体の終焉と意識の宇宙的拡張を巡る漆黒の大スペクタクルにオサレ・ゴス・キッズも油ギッシュなノイズ/メタル・デュードも全員首と拳を振り下ろせ!

 スカル・カタログが漏らしていたザ・ボディの乗り物恐怖症伝説──具体的にはある時ヨーロッパ・ツアーをブッキングされたが飛行機が怖すぎて船によって東海岸からヨーロッパへ渡ろうと試みたものの、出航後に恐怖で発狂。救命ボートで陸に引き返したというすさまじい逸話があるらしい。祈来日! ぜひともがんばって克服してほしい。


interview with Plastikman - ele-king


Plastikman
EX

Mute/トラフィック

MinimalTechno

Amazon iTunes

 プラスティックマンが11年ぶりに新作を出すのは、何かそうさせる機運が、彼を後押しする気配がこの時代に潜んでいるからだろう。それは本人の知るところではないかもしれない。が、カイル・ホールが俄然大きく見えることとも、ピンチがテクノを手がけることとも、V/Vmが『レイヴの死』などという、20年前も聴いた言葉を繰り返し新作の題名に使うこととも無関係ではないのだろう。
 僕はプラスティックマンが1993年当時、いかに革新的で、いかに衝撃的で、しかも、それがいかにバカ受けたしたのかを伝えなければならない。が、ラマダンマンを聴いている世代に“スパスティック”を聴かせても、普通に良い曲/使えるトラックぐらいにしか思わないようだ……(そうなのか? 高橋君?)。
 たしかに最初、ミニマル・テクノで重要だったのは、ジェフ・ミルズ、ベーシック・チャンネル、プラスティックマンの3人だったが、我々はこの20年ものあいだ、「繰り返し」の音楽がひとつのスタイルとして確立され、四方八方へと拡散していくさまを見てきているし、多くのミニマリストによるこのジャンルの多様性を見てきている。「繰り返し」はトランスさせるし、トランスしたがっている人はつねに少なくないことも知っている。
 1993年から1998年までのプラスティックマンはすごかった。新作の『EX』が11年ぶりのリリースになってしまうのも無理はない。彼はすでに多くのことをやってきているのだ。

2004年から2008年はミニマル・テクノの当たり年で、ハイプ・トレンドになった年だ。僕はハイプ・トレンドになる前からミニマル・テクノをやっていた。ハイプ・トレンドのあいだもずっとミニマル・テクノをやっていた。ハイプ・トレンドが去った後も、変わらずにミニマル・テクノをやっている。

ベルリンにお住まいですか? 

リッチー・ホウティン:いま現在の僕はイビザにいてね、イビザに居つつ、ベルリンで過ごしたり、世界中を旅したり……、こうなるとどこに住んでいるとは特定しにくい状況なんだ。
 ベルリンはずいぶん変わってきたけれど、それは街が大きく変貌していってるだけで、そこに住む人たちは何も変わっていない。いまでも刺激的だし、インスパイアされる。それは10年前と何も変わっていない。むしろ良くなっているとも言える。人が増えたからそれだけ面白い人も増えた。クラブも増えたしね。アンダーグラウンド系、スクワッド、バー、いろいろあって面白い。ベルリンはいまでも、世界でもっとも面白い都市のひとつだと思うよ。

プラスティックマンは、あなたにとってメインのプロジェクトです。1993年、初めて“Spastik”が出たときには相当な衝撃がありました。『Consumed』も当時としては挑戦的な作品でした。あらためてプラスティックマンというプロジェクトのコンセプトについて話してください。

RH:プラスティックマンのコンセプトはイコール、リッチー・ホーティンのコンセプトだと思う。新しいアイディアを積極的に実現していく。だけどそれは、いまの時代にはどんどん難しいものになってきている。音楽を作って25年、エレクトロニック・ミュージック・シーンでずっとやってきて、この長い年月のあいだにほとんどのことはやり尽くされた感がある。何か新しいもの、自分らしい個性を見つけて爆発させるって簡単なことではなくなった。
 プラスティックマンのプロジェクトを10年ぶりに復活させた理由のひとつはそこにある。ここ数年実感していたんだけれど、いま、シーンにある既存の音楽、たくさんの音楽が溢れてるなかで、プラスティックマンの音楽性とは、他の何とも同じではないと思った。だからみんなにもっと聴いて欲しい。衝撃的だと言われたファースト・アルバムから連続性のある発展を遂げてきたものだから、それを5枚〜6枚と聴いて欲しい。と同時に、僕自身のサウンドは他の人たちがやってることと比較しても個性的で遜色ないものだと自負してるし。

〈M_nus〉からシングルは出していましたが、アルバムというと、2003年の『Closer』以来の11年ぶりとなります。今回の作品を発表するに当たっての、いちばんのモチベーションは何だったのでしょう?

RH:モチベーションはたくさんあった。ここ数年のあいだ、新しくて良い音楽がたくさん世に出てきていると思う。そのなかでプラスティックマンのサウンドというのは、テクスチャーがユニークだと思うし空気感が独特だと思う。それをさらに発展させて新しいものを作っていきたいと思った。

2007年、あなたは〈M_nus〉から“Spastik”のリミックスをリリースしました。また、2010年には過去の楽曲を集めた『Kompilation』、CD9枚組のボックスセットしても『プラスティックマン ‎– Arkives 1993 - 2010』もリリースしています。プラスティックマン名義での大がかりなライヴ・ショウも試みています。あなた自身がプラスティックマンの本格的な再活動に着手するにいたった経緯を教えてください。

RH:それはライヴ・ショウをやるのと同じ理由、プロセスだと思うんだ。2008年、2009年、2010年と、僕にとっては音楽活動20周年ということでいろんな企画があった。新しいリスナーがたくさん流入してる実感があるんだよね。新しいリッチー・ホーティンのファンがたくさん増えてると思う。新しいファンはリッチー・ホーティンの歴史をあまり知らない人も多いし、僕がいままでやってきたプロジェクトを全部知っているわけではない。それらのストーリー、歴史、僕の音楽にまつわるさまざまな情報を知らせるためには、プラスティックマンのアーカイヴは有用だった。僕がいままでやってきた事を理解してもらうのにとても役立つと思ったんだ。
 2010年、2011年のライヴでプラスティックマンのアーカイヴをプレイしたのもそれが理由だった。それに僕にとっても、ずいぶん昔に具現化したアイディアを再訪するのはとても楽しい行為だった。エレクトロニック・ミュージック・シーンて変化の速度はとても速い。基本的に過去を振り返るのは好きじゃないし、いままでやったことを忘れてしまうときさえある。だけどそういう、自分でも忘れていたことをあらためて見てみると、それがいい刺激になったりもする。過去の再訪、そして過去からの継続。つまりアーカイヴ・プロジェクトは再始動の序章だよ。それをきっかけとしてニュー・アルバム『EX』に繋がっていったんだ。

近年では、UKのポスト・ダブステップのラマダンマンのように、90年代のプラスティックマンの再解釈が見受けられましたが、ご存じでしたか?

RH:いや、意識したことはない。ただ、プラスティックマンはさまざまなところに影響を与えてるとは思う。長年かけてやってきてるから。君もさっき言ってたように、初期の作品はとくに影響力が強かったと思う。でも僕自身は、音楽を作っていくことを楽しんでるだけだ。誰かに影響を与えたいとか与えようなんて思ってない。いつも考えてるのはプラスティックマンイコール、リッチー・ホーティンのサウンドになるようにってことだけ。

[[SplitPage]]

たしかに『Sheet One』にはユーモアがあって『Consumed』には暗さがあった。そして、今回のアルバム『EX』は表現力があると思う。演奏がより際立っていて、僕が10年ぶりにスタジオでプラスティックマンのサウンドを爆発させようと思った、その航海なんだ。


Plastikman
EX

Mute/トラフィック

MinimalTechno

Amazon iTunes

『EX』は、昨年11月の、NYのグッゲンハイムでのライヴになりますが、これは作品としてリリースすることを前提でやったのですか?

RH:そういうわけでもなかった。前回のショウのオファーがあったとき、当初は既発の作品でやって欲しいという前提だった。しかし、それではつまらないと僕は思った。だから新曲を書こうと思ってね。それで1回のショウに足りる分くらいの曲を書こうと思って書きはじめた。それがいい感じにフロウしてきたら、ライティング・プロセスもレコーディングも楽しくてね。終わってみたら、これはすごく良いと確信したんだよ。だからリリースすると決断するのは至極当たり前の流れだった。

何故、ライヴ録音という手段を選んだのでしょう?

RH:もともとプラスティックマンのレコーディングというのは、プラスティックマンのライヴ・レコーディングと同じプロセスだからね。ライヴで人前でライヴ・レコーディングをするにしても、スタジオでレコーディングするにしても、結局僕ひとりでレコーディングするわけだから。マシンはずっと動かしっ放しだった。ちょっとアレンジしたり、コンピュータを動かしたり……。グッゲンハイムでのライヴは、普段のレコーディング・プロセスとほとんど同じだったよ。

90年代、テクノはヨーロッパでは受け入れられていましたが、アメリカは最初ヨーロッパほどこの音楽に積極的ではありませんでした。今回のアルバムがNYでのライヴということ、フランク・ロイド・ライトの建築物であるというは、あなたにとってどんな意味があったのですか?

RH:これはとても重要なポイントだった。エレクトロニック・ミュージックの現在は、北米ではこれまでにないほどとても支持されている。ただ、いまでも、やはりアートのひとつとしては捉えられていない。それが音楽史の一部として考えると面白いところでもあるんだけど。
 君の言うように、初期のエレクトロニック・ミュージックは北米ではあまり受け入れられていなかった。最近のエレクトロニック・ミュージックは、ほぼEDMと受け取られている。グッゲンハイムをプラスティックマンで再訪するというのは北米のマーケットに、エレクトロニック・ミュージックはレイヴ・ミュージックだけではない、EDMやダブ・ステップだけでもない、アーティストがいてDJがいて、世界中にあるものだと、世のなかに溢れているんだというね。
 エレクトロニック・ミュージックはさまざまな場所に溢れてる。ホールで、車のなかで、レイヴで、パーティで……。それだけではない美術館とか、そういった施設のなかでも流れてるものだからね。

スタジオでは、どの程度の手を加えたのでしょうか?

RH:ポスト・プロダクションは多少やったね。イマイチ気に入らなかった曲は1曲削除したし、全体のフロウをよくするために曲をちょっと短めに編集したりとか、そういった調整はした。ただ、ライヴ体験となるべく同じ状態でリリースしたかったから、そこは念頭において作業をした。だからちょっとしたミスやヴォリュームの問題なんかは、敢えていじらなかった。それは人間らしい息づかいを感じる部分というか、単なる機械に囲まれてるんではないという部分だから。

今年のソナーでも大がかりなライヴをやられていますし、いまやプロジェクトには、照明やヴィジュアルなどの、何人かのアーティストが関わっています。プラスティックマンというプロジェクトは、いわばチームとして再編され、総合的なアート、大きなプロジェクトに発展しているのですか?

RH:音楽的にはプラスティックマンはイコール、リッチー・ホーティンであり、僕自身なんだけど、ライヴではチームで動いている。とても親密な関係性を構築しているよ。僕の友だちのアリー・デメロール、日本人のイタル・ヤスダ、僕たちは一緒にヴィジュアルを作っている。チームワークでのクリエイティヴ・プロセスだよ。
 それは他のアーティストがやっているやり方とは違う。他のアーティストはそこに人間関係があるわけではない、よく知らないアーティストにヴィジュアル作品だけ依頼して作ってもらう。そういうやり方ではいいものは生まれないと思う。だけど僕たちはチームだ。僕たちがやってるのはひとつの家のなかで、お互いにアイディアを共有して音楽とヴィジュアルが融合したときにパワーを持つような、そういうものを作っている。ライヴで観たときにそれが体感できる何かである、ひとつの体験になるようなそういう作品を作っている。

あなたはデジタル・テクノロジーを積極的に取り入れていることでも知られていますが、とくに今回試みた新しい技術があったら教えてください。

RH:今回はプラスティックマンとしては、初めて、100%デジタルで作ったアルバムだ。303などのデジタル・プラグ・インを使ってるんだけど、そうすることでもっと自由度が増したと思う。全体の空気感がいままでよりも良い。メロディもよりメロディックなものが作れるようになったし、サウンドもより深みのあるものが生まれた。以前よりも広がりが生まれたと思う。音と音の空間もより広がった。

Sheet One』(1993年)にはユーモアがありました。『Consumed』(1998年)には暗さが反映されていました。そして、『EX』は、ライヴ演奏であり、曲名をすべて“EX”ではじまる単語に統一していますね。この意図するところは?

RH:たしかに『Sheet One』にはユーモアがあって『Consumed』には暗さがあった。そして、今回のアルバム『EX』は表現力があると思う。演奏がより際立っていて、僕が10年ぶりにスタジオでプラスティックマンのサウンドを爆発させようと思った、その航海なんだ。初期の頃のサウンドを思い出しながら、新しい領域へと踏み込んだ、その実験が最初から最後まで詰まっている。最初の曲は『Sheet One』に入っていてもおかしくないような関連性を感じる。その一方で、最後の曲は新しい領域、メロディックな領域に足を踏み入れている。それが僕の冒険であり、『EX』が辿った道筋だ。

あなたが今回のプロジェクトをやる上で、大いに参考になったことがあったら教えてください。

RH:このアルバムの重要な要素となってるのは、グッゲンハイムという建築物の傑作だね。それとインスピレーションになったのは僕のベルリンの家の暗いリビング・ルームだ。ベルリンの暗い夜に、ひとりで、部屋に座って曲を作ろうと思ったことだ。

[[SplitPage]]

エレクトロニック・ミュージックの成功と熱狂的に支持された理由のひとつは、ここ10年くらいで考えると、デジタル・ディストリビューションとデジタルDJテクノロジーが先行した部分にもあると思う。デジタル・ディストリビューションはエレクトロニック・ミュージックを活性化するひとつのアドヴァンテージだと思っている。

あなたがいままで経験した他のアーティストのライヴのなかで、とくに印象に残っているものがあったら教えてください。

RH:最近は、あまり他のアーティストとコラボレーションしていない。あまり興味がないんだ。プラスティックマンとしてのライヴで良かったのは、1995年のグラストンベリーかな。プラスティックマンの新しいサウンドにみんなが熱狂し、大きなインスピレーションを与えた。それとソナーやグッゲンハイムも素晴らしかった。2〜3年前のモントリオールのミューテック・フェスティヴァルでのショウも印象に残っている。僕の誕生日で、地元カナダだったから、友だちがたくさん集まってくれた。

ここ数年、アシッド・ハウスやテクノの需要が上昇していると思いますが、あなたは時代性とか、シーンの変化ということにどこまで意識的なのでしょう?

RH:全然意識していない。音楽シーンはすごいスピードで変化し続けている。だから僕は、DJとして音楽をプレイし続ける限りは自分が好きなように冒険していければいいと思っている。自分でこれが良いと思うものをやればいいと思っている。それがたまたまトレンドとして盛り上がったらそれはいいかもしれない。だけどわざわざトレンドに乗る必要はない。

ミニマル・テクノのスタイルの音楽がポピュラーなものとなり、かれこれ20年以上も人びとに求められている理由は何だと考えますか?

RH:ミニマル・テクノはトレンドからどんどん遠ざかっていると思う。ただ、ミニマル・テクノ、ミニマル・ハウス、ミニマル・ミュージックは、ほどほどのバランスを保って人びとの注目をある程度集められるくらいの情報量があって、それで熱心に聴いてる人たちがある程度いるということだと思う。だけど、熱心に聴いてる人はそんなに多くはいないと思うよ。みんなが熱心に聴く、そのときにトレンドが起こる。みんなが熱心に聴いて口コミが広がり、話題に上って……そうしてトレンドの隆盛が繰り返されていく。しかし、音楽というのは、そこに愛があって作られる。音楽とは、そうあるべきだと思うんだ。そういう音楽が僕は好きだし、そういう音楽を僕は追っている。

ミニマルは、この10年で東欧にも広がっています。興味深いレーベルやアーティストがたくさん出てきていますよね。

RH:たしかに2004年から2008年はミニマル・テクノの当たり年というか、ハイプ・トレンドになった年だと思う。もうそういうトレンドがやってこないとは言わないけれど、それ以降の年はトレンドとは逆の方向にいったと思う。だけど僕はハイプ・トレンドになる前からミニマル・テクノをやっていた。ハイプ・トレンドのあいだもずっとミニマル・テクノをやっていたんだ。ハイプ・トレンドが去った後も、変わらずにミニマル・テクノをやっている(笑)。それでいいと思う。それが僕だから。自分の個性を見つめながら少、しずつその個性を発展させていけばそれでいいんだよ。
 東欧のシーンは、他の欧州のシーンと同じように変わり続けている。発展し続けてると思うけど、ロシア、ウクライナはとくにエレクトロニック・ミュージックが浸透していってる気がする。だけどピンポイントでは語れないな……もっと広い目で見ると、こっちでは浸透していきつつ、こっちでは廃れているみたいな、ひとつのスタイルがこっちで人気になっていると思うと、あっちではそのスタイルが廃れていくみたいな……。波と同じで、行ったり来たりだ。満ち潮もあれば引き潮もある。太陽と同じで、昇ったり沈んだりしている。だから結局、自分の道を進むしかない。自分の道を進んでいくなかで同じ道を、同じ場所を共有する人に出会う。それでいいと思う。

〈M_nus〉では積極的に新人(もしくはあまり知名度のない)アーティストを紹介されていますが、彼らはどのような基準で選ばれているのですか?

RH:僕にとって面白くてインスパイアされるアーティストで、この先成長するだろうアーティストを少しでも手助けできたらと思っている。探してるのは、自分の個性を大事にしている人たち。デリック・メイみたいなサウンドとかリッチー・ホーティンみたいなサウンドを目指すんではなくて、自分のサウンドを大事にしている人たち。
 だけど、そういう音を探すのは難しいんだ、誰だって最初は誰かの模倣からはじまるから。だけど、そこから試行錯誤して、自分のアイデンティティを見つける。そこからだね、僕の出番は。そういう人たちと接するとすごく刺激を受けるよ。

〈M_nus〉の最近のシングル作品に関して、ヴァイナルでのリリースがなくなっていますが、それはアナログをカットする魅力/必要性を感じなく なったからでしょうか?

RH:そういうわけではない。より多くの人に届くには、どうすればいいかと考えるとデジタルになる。デジタルの方がディストリビューションがしやすいし、デジタルならどこでもダウンロードできる。
 エレクトロニック・ミュージックの成功と熱狂的に支持された理由のひとつは、ここ10年くらいで考えると、デジタル・ディストリビューションとデジタルDJテクノロジーが先行した部分にもあると思う。アナログみたいにNYのレコード屋に行かないと買えないってものではなく、iTunesでも買える。デジタル・ディストリビューションはエレクトロニック・ミュージックを活性化するひとつのアドヴァンテージだと思っている。ヴァイナルはいまでも支持してるし、いまでもヴァイナルでプレイするのが好きなDJはたくさんいるから、今後もなるべくリリースしていくつもりだよ。だけどそれ「だけ」ってわけにはいかない。CDだけとか、デジタルだけとか、ヴァイナルだけとか。すべてを駆使して少しでも多くの人に届くように、そして少しでも多くの人に楽しんでもらえるようにというのが本来の目標なんだから。

日本でもライヴの予定はありますか?

RH:実は10月にRedbull Music Academyで来日予定なんだ。京都や東京でもライヴができたらいいなと思ってる。

現在あなたとDEADMAU5とのコラボレーションが噂されており、意外な組み合わせだと思う人が多いと思います。それは偶然意気投合したの か、それともあなたのなかで以前からアイデアとしてあったものなのでしょうか?

RH:ジョーは同郷のカナダ人だから、もともと交流もあったし、去年のSXSWでも一緒にDJした。楽しかったから、また一緒に何かやりたいねって話をしている。ふたりの違うタイプのカナダ人が一緒に何かやったら楽しいだろう。彼も忙しいし、僕も忙しいから実現できるのかどうかよくわからないけど。でも、意外な組み合わせに見える人脈を見せるプロジェクトは良いと思う。積極的にやっていきたい。

そういう意味ではEDMには肯定的なんですね。

RH:EDMは良いと思うよ。ここ数年、人びとがEDMに注目することで、エレクトロニック・ミュージックに興味を持つ人が増えているんだから。作り手として、僕たちはいつも新しいものをシーンに持ち込んで、新しい人たちに門戸を開いて、僕たちのシーンに、僕たちのスタイルに呼び込んでいる。EDMのアーティストは新しいエレクトロニック・ミュージック・ファンを呼び込んでいる。そして彼らがドアを開けたら、僕は彼らとは別のドアを開く。そういうことなんだろう。

She Talks Silence - ele-king

 東京のインディーズ・シーンなんて言うとじつに抽象的で窮屈な気持ちになってしまうが、そんな渦中においてそれっぽく飾られたぼやけた存在ではなく、主張せずとも目に焼きつけられるはっきりとした色彩をもち、くっきりとピントの合った独自の美学を貫くバンドが2組。ベッドルームから現れた甘い劇薬、山口美波と河合亜由美による女性デュオ、シー・トークス・サイレンスと、みんなよく知る多くのCM曲からアーティストのプロデュース/エンジニアも手掛けるというアナザー・サイドを持つ日陰のポップ職人、橋本竜樹によるソロ・プロジェクト、ナガルジュナ(Nag Ar Juna)の12インチが新進レーベル〈de.te.ri.o.ra.tion〉より同時にリリースされた。

 シー・トークス・サイレンス(以下:STS)の『When It Comes』は、昨年密かにカセットのみでリリースされ、すでに入手困難となっていた6曲入りミニ・アルバムの新装アナログ盤。アートワークも新たに最新型のSTSを堪能することができて耳寄りである(なによりヴィニールならではの音の厚みと艶が増していてうれしい!)。内容はというと、新曲とレア・トラック(コンピ提供曲やライヴ会場のみで販売していた曲)を集めたもので、これがすでに完成された彼女たちの美意識に従いつつも、いつになく多彩な陰影と色調をもった表情を見せてくれて鼓動が高鳴る。時に華やかに、時に危うげに。これまでは山口(ギター/ヴォーカル)による宅録プロジェクトという印象が強かったが(詳細は江森丈晃編・著『HOMEMADE MUSIC』で確認してほしい。そこには山口が初めてギターとMacを買ってから、わずか2年であれよあれよという間に1枚の7インチとアルバム『Noise & Novels』(2010)をリリースするまでの経過を記した制作日誌が抜粋されている)、サポートだった河合(ドラム/ベース)を正式メンバーに迎えたセカンド『Some Small Gifts』(2011)を経てリリースされた本作は——手の平を合わせて高らかにつき上げた2人のアートワークが象徴するように——デュオとしてのSTSの方向性(結束)がさらに固まり、ライヴでの演奏が重視されているのだろうか、楽曲の骨格もより美しく研ぎ澄まされたものとなっている。

 1曲め“Walk Away”から乾いたカッティング・ギターと吐息のようにそっと囁かれるヴォーカル、陰りのあるメロディとコーラスが疾走感を伴って転がる。これは名曲の予感。2曲め“Just Like War”は、機械仕掛けのリズムに這いずるようなベースが耽美な楽曲の輪郭を際立たせるダーク・ウェイヴな新機軸。自らディレクションを務めたMVでも見てとれるように、黒を基調とした映像に鮮烈な赤が差し込まれ——まるでブルース・ギルバートの『This Way』(1984)のアートワークよろしく——細く長く伸びた腕、むすんでひらいて、絡み合う手、そして「HOPE」と「ANGEL」の文字が交錯するさまには背徳感すら覚えてしまう。3曲め“There's No”は、インディ・ロックだけに留まらないSTSのもう一つの動機「怒り」が垣間見えるハードコア曲。彼女たちがライヴであぶらだこのカヴァーを披露しているのも頷ける。つづく4曲め“Holy Hands, Holy Voices”は、“Walk Away”同様にインディ・ロックのマナーに則ったSTSの代表曲だ。ハンマービートにぐしゃっと歪んだギターのコード・ストローク、その上にキーボードの淡いメロディが寄り添いメランコリックに駆け抜ける。そして、呪術的なリズムとヴォーカルが印象的な“Long Ways”を経て、マリンでデカダンスな6曲め“Rosie”が海風のように横切り、アルバムはエレガントに幕を閉じる。

 〈de.te.ri.o.ra.tion〉を主宰する橋本竜樹=ナガルジュナの『Doqu』は3曲入りの12インチEP。2010年にリリースされたファースト・アルバム『How Many Friends Can Die Happily?』が橋本によるエコーまみれの宅録ひとりポップだったのに対し(これがまた80年代後半に残されて、誰にも気づかれず忘却の彼方に消えてしまった奇跡のインディ・ポップ盤を発掘したような悦びを与えてくれる)、3年ぶりに登場したこのEPはライヴではお馴染みのバンド体制で録音された意欲作である。そして、バンドの面子がクセがあるようでないようでかなりあるというかめちゃくちゃある強者ぞろい。ドラムに須田洋次郎(ミツメ)、ベースにJUN(80KIDZ)、キーボードにYUJI ANDO(golf)、ギターにPUNPUN(ニュー・ハウス)を迎えたサウンドは、ソフトな質感をもちながらもじつに奥行きがあり、何度も聴き返してはその音の奥に触れたくなってしまう。

 異様なまでに郷愁を誘うタイトル曲“Doqu”。西に傾く太陽と、長い影を伸ばすハリボテのような郊外団地のビル群。そんなシルエットが目に浮かんで殺伐とした気持ちにさせられるが、時折の夢のように現実離れしたサイケデリックなサウンドが視界を薄明るく照らしてくれて救われる。そして、そこにのせられる、「壊れたのはぼくの遠いドク(毒)/辿ったのはぼくの遠いドク(毒)」なんて言葉が柔らかい光をねじ曲げ、ゆるやかに流れる時間は一見爽やかで美しくもありながら、妙な孤独感を残す。STSがディレクションを手掛けたMVも、牧歌的でモノクロームな世界に浸食されていてひどく詩的だ。つづく“Sasage”は、フルートの音色が切なく、「若さを捧げた/長い日々が終わる」といった言葉が冬枯れ感を残すネオアコ曲。そして、3曲め“Miscellany(1987, 1988 and 1993)”は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの3枚めのように繊細で、ミニマル・ロック化する終盤に現れるけたたましいヴァイオリンがクールにスパークしてガヤガヤとした喧騒をきたす。

 これが東京の「いま」なのか? と問われると答えに窮するところもあるが(というかそんなことはどうでもいいな)、勃発的に現れるのではなく、出てくるべくして姿を現し、具体的にコミットするシーンを持たず、頑固に、冷静に、音楽への熱情と、気高く筋金入りのDIYスピリットを最大の武器に、独創的な魅力を放つ彼らの存在はどこにも類のないものだ(STSの初期の曲にはディス・ヒートやジョセフKのフレーズを引用した曲も!)。先日、テイ・トウワを中心とした事務所〈hug inc.〉にも仲間入りしたシー・トークス・サイレンス。そして、これから自身の活動のほかに〈de.te.ri.o.ra.tion〉のリリースも活発化していくというナガルジュナ。本作のリリースによって、彼らへの羨望の眼差しはさらに増殖し、蜜に群がる蜂のように集まってくることは間違いないだろう。
 しかし、注意も必要だ。砂糖菓子のように甘い誘惑をちらつかせつつも、噛めば痺れがじわりと口に広がる毒の入ったキャンディも用意されていてまったく油断ならない。すべての心に茨を持つ少年。そして筆者のようにかつては茨を持っていた(はずの)中年たちの動揺は、いつまでたっても止まらないのである。

DJ Kenji Hasegawa (gallery) - ele-king

※7/20のトリビュート・トゥ・ラリー・レヴァンに向けて、彼の偉業に敬意を表しつつ、東京のクラブ・レジェンド達から伝えられたラリー関連の楽曲の数々のなかから、特に自分が今好きな曲をチャートにしました。7/20はビッグ・セレブレーション!! 皆で集いましょう!

more info
https://www.liquidroom.net/schedule/20140720/19588/

Tribute To Larry Levan


1
Man Friday - Love Honey, Love Heartache (Victor's Tribute Mix) - Vinylmania

2
Man Friday - Winners (Dance Version) - Warner Bros.

3
NYC Peech Bpys - Real Love - King Street

4
Lora - Wax The Van (Jon's Dub) - Jump Street

5
Chaz Jankel - No.1 (Dub Mix) - A&M

6
Rafael Cameron - Boogie's Gonna Get Ya (Instrumental) - Salsoul

7
Grace Jones - My Jamaican Guy - Island

8
Erons - Land Of Hunger - Island

9
Chocolette - It's That East Street Beat - Atlantic

10
Loleatta Holloway - Strong Enough (Ultimate Mix) - Active Records

The Antlers - ele-king

 ゲイの同僚からジ・アントラーズの新譜CDを貸してもらった。
 彼は別の保育施設に転職することになった。職場で一番仲が良かった人間が去るのはやはり寂しい。
 「君は非ヨーロッパ圏から来た非ホワイトな外国人だし、僕はゲイだ。あるグループの英国人父兄には絶対に受け入れられない保育士なんだよ」
 と言った彼とは、おもむろに不快な視線をこちらに向ける保護者(この層は白人だけではない)だの、「You are yellow! Your skin is so yellow!」と4歳のお嬢さんに言われても耐えなければならない純商業的保育施設従業員の辛みだの、といった非常にアンクールな、頑なにはなりたくないけどやっぱマイノリティーだといろいろあるんだよね。みたいなことをランチ休憩に愚痴り合える仲だった。
 だから、そんな同僚がいなくなるのはとてもサッドだ。そんな心情にジ・アントラーズの新譜は妙にフィットした。なんでまた50歳にもなろうというばばあがこんなおセンチなものを聴いてるんだ。という気はするが、今年の夏は気分が下向きである。

 おセンチ・ロックというのは今世紀のUKポップ&ロックの人気ジャンルだ。代表的なバンドはコールドプレイやキーン。メロディアスで感傷的というのは英国には昔からあったジャンルだが、これらのバンドには例えばザ・スミスのような暗さの突き抜けはなかった。
 が、一方でUSのジ・アントラーズの『Hospice』を聴いた時には、お。と思った。『Burst Apart』を聴いた時は、グリズリー・ベアやん。と思った。で、5枚目にあたる『Familiars』では、“Palace”という曲の物寂しいブラス音が妙に沁みて日本の小学校の下校時間を思い出し、こりゃブライトンの浜辺でブルーグレーの空を見上げながらぼんやり聴く曲だな。と思っていると、The AntlersがYoutubeで公開した同曲のイメージ写真に、数年前に燃え落ちたブライトンの埠頭娯楽施設の写真が使われていた。
 なんでまたニューヨークのバンドがブライトンなのか。
 レヴューしてくれと呼ばれたような気がした。

               ********

 SAD、PAIN、BEAUTY。といった言葉がだいたい彼らのレヴューにはよく使われている。ヴォーカルのピーター・シルバーマンの声(楽曲によっては女声にしか聞こえない)が圧倒的に劇的で、儚げに震えたり、ひゃーーーと唐突にビロードのような高音で裏返ったりするので、THEATRICALやMOODYもよく使われる形容詞だ。まあ若いうちならこういうのもいいのだろうが、婆さんの年齢になってくるとアルバムを通じてエモーショナルな世界を展開されると「うへー。」となって普通は途中で止める。だから、「お。」とは思ったもののThe Antlersをまともに聴くことはなかったのだ。
 が、今回の『Familiars』はアルバムを通して何度でも聴ける。JAZZYになったからだろう。「夕暮れブラス」みたいなホーンの音がとても新鮮で、ひたすら床を這いつくばって悲しがっている感じではなく、それに飽きて起き上がり、ベランダから夏の空を見ている感じがある。
 陰気だったり、感傷的だったり、内省的だったりすることをサッドと呼ぶなら、近年のUSはサッド・ソング流行りだ。サン・キル・ムーン、ベック、ラナ・デル・レイ。セイント・ヴィンセントのアニーが「泣きながら歌ったら1テイクで済んだ曲がある」と言っているインタヴューを読んだが、いったいみんな何がそんなに悲しいのか。
 しかしサッド・ソングというものは、泣いている自分を幽体離脱したもうひとりの自分が外側から見ていなければエレガントには聞こえない。そういう意味では、『Familiars』は珍しくエレガントなサッド・ソングズ・アルバムと言えよう。いみじくも本作で一番素晴らしい楽曲のタイトルは“ドッペルゲンガー”という。

僕が鏡の後ろに閉じ込められている時、僕の声は聞こえる?
 僕の静かなる熱狂のせいで吠えてしまう僕の分身の声が?"Doppelgänger"

 US産のジ・アントラーズは、本アルバムでザ・スミスとシガー・ロスの間に位置するエレガントなバンドに成長した。そのエレガンスとは「醒め」や「客観性」という言葉でもいい。が、それは音楽やリリックスを作ることに対するある種の「硬質さ」でもあろう。

               *******

 さて、今月はモリッシーの新作アルバムが控えている。
 いよいよサッド・ソング界のキングの登場である。客観性と主観性のあいだにある境界線を縦横無尽に行き来するあのキングの新譜を期待して、わたしは寝ることにする。

前説:
 定住地ヲ持タズ、定職ニモ就カズ、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル、一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタべ……。
 思わず宮沢先生の一節を口ずさんでしまうこの男のドリフター・ライフスタイルに僕はいつだって尊敬の念を抱いてしまう。実際に彼がおもむろにポケットから生のニンジンを取り出し、カリポリ食べながらマスタリングをしている姿に僕が唖然としていると、「どうした? 何か変か?」と屈託のない眼差しで不思議そうに首をかしげていたり。いや、変じゃないよね。単にそんな人を僕がみたことなかっただけだよね。むしろジャンク・スナックを喰らうよりぜんぜんいいよね。彼と過ごしていると、僕自身の生活感覚を改めて考え直させられるような場面が多々あるのだ。アメリカのフードスタンプ制度や、その他の各国々においても、あらゆる生活保護プログラムを最大限に利用して創作活動を続けるアーティストたちに、日本人である僕はいつもインスパイアされてきた。彼らにたかられるのにもウンザリしてきているんだけども。

 〈ハンデビス(Hundebiss)〉のドラキュラ・ルイス(Dracula Lewis)ことシモーネ・トラブッチの手引きの下、ソーン・レザー(SEWN LEATHER)としては最後のヨーロッパ・ツアーを終え、スカル・カタログ(SKULL KATALOG)としての初めてのツアー、そして彼自身初めてのジャパン・ツアーを強行しようとしているこの男。80'sホラー・ムーヴィーから抜け出してきたような風貌、めちゃくちゃなライヴ・パフォーマンス、僕がみてきたアーティストの中で間違いなくもっともキャラが立つ(てか、ほぼ漫画のキャラ)USアンダーグラウンド最大の問題児の全貌が、いま明かされようとしている。

 というわけで、今回はずっこけノイズ放浪記番外編! 僕の主宰する〈crooked tapes〉がお届けする、このスカル・カタログ・ジャパン・ツアーをより楽しんでもらうために、来日直前インタヴューをお届けしたい。来週月曜(7月7日)にはDOMMUNEにも出演するので、この機会に観られるだけ観ていただけたらうれしいです。

■スカル・カタログ / バイオグラフィー
1987年、ニューオリンズにて生を受ける。
パンテラのフィリップ・アンセルモの又従兄弟。
2002年に観たノーティカル・アルマナック(Nautical Almanac)のショウに感銘を受け、音楽活動を開始。
〈DAF〉やジ・ノーマル(The Normal)、ソフト・セル(Soft Cell)やスロッビング・グリッスル(Throbbing Gristle)等に影響を受け、2006年12月よりソーン・レザー(SEWN LEATHER)を始動する。
これまで〈ハンデビス(Hundebiss)〉や〈フレンス・アンド・リレイティヴ(Friends and Relative)〉、〈アメリカン・テープス(American Tapes)〉や〈ナイト・ピープル(Night People)〉等、数多くのレーベルからさまざまなフォーマットによる音源をリリース。
2007年より国内外でのツアーを頻発。
これまでDJドッグ・ディック(DJ Dog Dick)やナーワルツ・オブ・サウンド(Narwhalz of Sound)、レーザー・プードル(Laser Poodle)、ドラキュラ・ルイス(Dracula Lewis)、シークレット・アビューズ(Secret Abuse)、アース・クラウン(Earth Crown)、ヴィデオ・ヒッポス(Video Hippos)やホアクス(Hoax)等、ボーダレスにアーティストやバンドとステージ/フロアを共有してきた。
2013年暮れ、ソーン・レザーからスカル・カタログ(SKULL KATALOG)へ改名。
2014年夏、スカル・カタログとして初のミニ・ツアーが〈Crooked Tapes〉によって日本で強行されようとしている。USアンダーグラウンドきっての問題児の狂気を見逃してはならない。

俺たちは「エンド・タイム(最後の時)」を生きているわけじゃない。世界はとっくに終ってるんだよ。

やぁ、ソーン・レザーとして最後となったヨーロッパ・ツアーはどうだった?

(スカル・カタログ):よう! ヨーロッパはいつ行ってもクレイジーだぜ。フィンランドはとくにヤバかった。とりたてて何も期待せずに行ったら、完全に狂ってたよ。地元のテレビのヤツが取材に来てさ、ソイツのインダストリアル・ミュージックのショウのためにインタヴューを受けたり、同じ日にナイン・インチ・ナイルズとコールド・ケイヴが近所でプレイしてたから、俺らのショウのゲスト・リストにトレント・レズナーが入ってたんだよ! 結局来なかったけど……。
 次の日がオフだったから、ハコにそのまま残っていた3人とずっと飲んでてさ、その中のひとりのジョナスってデッカイやつが、次の日のベルリンのショウまでノリで航空券買っていっしょに来やがったんだよ。アコギだけ持って飛行機乗ってきて、ロック・スター気取りでさ。シモーネ(ドラキュラ・ルイス)がマネージャーのフリしたりして。フィンランド人はイケてるぜ。

ムハハ。グダグダだね。シモーネの〈ハンデビス・レコーズ〉からリリースされたソーン・レザーのラスト・アルバム『フリーク・オン・ハシシ/ロングボーディング・イズ・クライム』なんだけど、ソーン・レザーのラストを飾るのにふさわしい、素晴らしくヴァラエティに富んだ、ドラマティックなレコードだよね。このアルバムに込められたコンセプトとかあるわけ?

SK:う~ん……、ぶっちゃけそれ作ったのは相当前のことだからさ、そのとき何考えてたのかぜんぜん憶えてないんだよね。俺を取り巻いていた当時の状況を反映したものだと思うよ。ソーン・レザーの発展と終焉さ。このプロジェクトに対するある種のお別れを作りたかったのがあるけど、あのときそう思っていたかどうかはわからないね……。

あ、言っちゃうんだ(笑)。ぶっちゃけ僕も君がそれマスタリングしてたの憶えてるんだけど、たしか2012年にLAにいたときだよね? でも、お世辞を抜きにしても、ソーン・レザーとしてのベストじゃないかな。ヘヴィで、グシャグシャにロウで、それでいてエモいし、くそハードコア。

SK:ありがとう! そうそう。ほとんどは俺があのときLAに滞在していたくそ狭い部屋(LA郊外にある通称「ウーマン」というクラスト・アーティスト・レジデンス)で作りあげたね。

君がいつも作る造語みたいのっていいよね。最近の名言があったら教えて。

SK:最近作った新しい言い回しは思い当たらないな。だけどスカル・カタログの曲で、“ポスト・ワールド・オーダー(世界後秩序)”っていう、俺の見解を示す新しい言葉を掲げたんだ。基本的には「ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)」のもっと極端なヴァージョンさ。俺的には「エンド・オブ・ワールド(世界の終焉)」はもう起きたんだ。俺たちは「エンド・タイム(最後の時)」を生きているわけじゃない。世界はとっくに終ってるんだよ。「ドゥームズ・デイ(審判の日)」を待っているなんて連中は的外れだし、「ドゥームズ・デイ」がすでに起きた事件だなんて考えるには混乱しすぎてんのさ。

いいね。すげぇそう思うよ。じゃなきゃこんな放射能汚染大国に人が住んでるわけないもんな。ほとんどの人々はまだ世の中がまだどうにかなってるって無理矢理思ってる/思わされてるからね。

SK:マジでその通りさ。

つーか、いまどこがヤサなの? こないだまでマサチューセッツのノーサンプトンにいたらしいじゃない。

SK:いまはカリフォルニア。カラッカラだぜ。

ソーン・レザーは死んだんだ。俺が“スモーク・オブ・ザ・パンク”(初期の代表曲)をやるのを期待してショウに来ないでほしいね。

ソーン・レザーはどうしちゃったわけ? なんでスカル・カタログになっちゃったの?

SK:もう長らくその名前に飽きてたんだ。俺が2006年にソーン・レザーを始動したときと、いまの自分とをこれ以上同一視できないしな。当時の俺はとにかく電子音楽とかノイズのショウでプレイしたかったんだ。ぜんぜんそういったシーンに不平があったわけじゃないけど、いまはロックンロールなバンドともっとプレイしたいんだよ。たとえどんなバンドでも、自分たちなりのロックンロールを表現している連中とね。そんなのばっかり聴いているから、最近の電子音楽なんてほとんど聴いてねぇよ。コンテイナー(Container)とその他ちょこっとは別だけどな!!!! 俺は客といっしょに騒いでハコをブッ壊すようなギグをプレイしたいんだ。観客がただ俺のことを怖がっていたり、ドラッグや酒をあおってそのへんに突っ立ってるようなんじゃなくなくて。つーか、そもそもショウに来てドラッグやって酒やって突っ立ってるって、どういうことだよ? 場はエナジーを求めてるんだよ? 連中は殻を破るべきじゃん、ゆでたまごになっちまうんじゃなくてさ。わかるっしょ? 俺的には、名前を変えることでソーン・レザーがやってきたことと差別化して異なった何かになればいいと思ってるかな。俺がいまやってるのはソーン・レザーじゃねぇ、スカル・カタログなんだ。だからソーン・レザーは死んだんだ。俺が“スモーク・オブ・ザ・パンク”(初期の代表曲)をやるのを期待してショウに来ないでほしいね。ありゃもう6年もやってねぇし、やる気もないね。

スカル・カタログの音はソーン・レザーと比べて(いくらか)キチっとしてるよね。

SK:その通りさ。他に方法ないしね。機材も使いこなせるようになったし、新しいのも入れたしね。カセットは使ってないよ。これは俺にとっていいことだね。場所を節約できるし音もいい。音がずさんなハコでエフェクトをこなすのはマジで難しいけど。

実験性は減ったけどパワフルな楽曲になったよね。リリックのテーマとかも変化してるのかな?

SK:リリックも進化してると思うぜ。俺はいつだって自分の身のまわりのことやこの世界でおきているクソッタレについて唱ってるんだ。

最近のゴス・リヴァイヴァル・ムーヴメントってすごいけどどう思う?

SK:ぶっちゃけそういった「最近何が起こってんのか」なんてことはぜんぜんわかんないんだけどさ、なんだってキッズはいつだって同じ格好してんのさ? 俺的には、ゴスだのパンクだのハードコアだの、シーンのキッズの格好をみるたびに変だなって思うよ。だって、すげぇ制服っぽいじゃん。まるでバカなガキがタンブラーだかなんだかに指示されてるみたいだよ。トレンチコートにブラブラ系のイヤリング、鋲付きのフィンガーレス・グローヴとか、最近の80年代の映画みたいなパンクはアリだけどな。唯一パンク・コミュニティに関しては、人々は変わりモンの思想を身にまとうことでコミュニティを引き立たせるってのはあるよ。みんなを異なるヴァージョンの同じ「変わり者」に見せるのさ。

あらゆるタイプの人間とツルんで、発展のためにあらゆる音楽を聴くべきだと思う。単にパンク・シーンのためだけじゃなくて人類全体のためにな!

 ……って、こんなんマジでいい加減にしてくれよって感じだよ! ユース・オブ・トゥデイは80年代に「ブレーク・ダウン・ザ・ウォール(壁を壊せ)」って言っていた。俺はその言葉を何よりも2014年の「パンク」シーンに与えたい気がするね。俺はパンクが自分自身を箱の中に押し込めるモンだなんて思ったこともねぇし、あらゆるタイプの人間とツルんで、発展のためにあらゆる音楽を聴くべきだと思う。単にパンク・シーンのためだけじゃなくて人類全体のためにな! インターネットだかなんだかのせいで均質化されたクソッタレなんかファックなんだよ。もし誰かが心から「ゴス」でも何でものめり込んでるなら、いいよ。イケてるよ。だけど空っぽの「リヴァイヴァル」なんて全部ファックだぜ。

ソーン・レザーが死んだのは、君が言うそういった空っぽの「リヴァイヴァル」への離別の意味もあったりするのかな?

SK:う~ん……いや、それはさっきも言ったけど単に俺が自分の過去のクソとこれ以上関わりたくなかったからだよ。単に過去の自分のスタイルから離別したかったってだけ。

最近君らがはしゃいでたトリップ・メタルって一体なに?


空っぽの「リヴァイヴァル」なんて全部ファックだぜ。

SK:ジョン・オルソン(ウルフ・アイズ)があるインタヴューの流れの中で言ってたんだよ。「ノイズ・ミュージックは完全に終わった」「ウルフ・アイズはトリップ・メタル・バンドだ」……ってね。なにがトリップ・メタルだか聴きゃなんとなくわかるだろ? でも定義できないんだよ。あらゆる定義の試みは不毛だ。人々は永遠にそれが何であるのか、何がトリップ・メタルと呼べるのか、思いを巡らせていくだろうよ。
 ドッグ・レザーはスクラップ・メタル・バンドだぜ!

DJドッグ・ディック(犬チン)との合体ユニット、ドッグ・レザーはまだやってる?

SK:……いや。だけども、できればもうすぐ引退を発表したいな。

うわー、悲しいなぁ……。君たちが近いうちにスカル・ディック(骨チン)を結成することを夢見てるよ。

SK:ハハハ、いいぜ。いつか必ずやってやるぜ!

最近イケてるバンドといっしょにやったりした?

SK:モントリオールのバンドでペルヴィック・フロア(Pelvic Floor)はヤバい。ギリシャのバンドでバズーカ(Bazooka)ってのがクソヤバいんだけど、いっしょにやったことはないな。最近ちゃんといろんなバンドとやれてないよ。ホアクス(HOAX)とのツアーは最高すぎたけど。

ホアクスはヤバかったよね。彼ら解散したってきいたんだけどマジ? ……てか、君は昨年末までノーサンプトンで彼らのところに転がりこんでなかった?

SK:そうさ。ホアクスのジェシーとイアンはいまLAに住んでるよ。俺は昨年末までドラマーのジャイボのところで過ごしてたよ。彼はいまモーロン(MORON)って新しいバンドをやっててそれもヤバい。

……つーかなに、知らなかったんだけど、君ってパンテラのフィルの又従兄弟なの? それってマジ? なんかそれにまつわるイイ話ないの?

俺がバックステージ・パスを持ってヴィニー・ポール(パンテラのドラマー)のとこに行って「ヘイ! フィルに会わせてくれない? 俺フィルの従兄弟なんだ!」って言ったんだよ。そしたら彼は俺を見ながら「誰もがフィルの従兄弟さ!」ってね。

SK:ヘヘン! マジだぜ。会ったことないけどな! フィルの母ちゃんはクールだぜ。若い頃に彼女に何回か会ったことがあるんだ。彼女はいつもクールなパンテラのマーチをくれたし、パンテラやスレイヤー、それにモービッド・エンジェルのショウに入れてくれたんだよ。あれはたしか俺が14歳のときだな。俺がバックステージ・パスを持ってヴィニー・ポール(パンテラのドラマー)のとこに行って「ヘイ! フィルに会わせてくれない? 俺フィルの従兄弟なんだ!」って言ったんだよ。そしたら彼は俺を見ながら「誰もがフィルの従兄弟さ!」ってね。いまだにそれがマジでどういう意味だったのかわからないけど。まぁとにかく、スレイヤーのメンバーが俺と俺の友だちに話しかけてくれたし、彼らはマジでクールだったね。どうよ?

最ッ高……(笑)! イイ話だわ……それ。自分で呼んでおいてなんなんだけど、君がもうすぐこっちに来るなんて信じられないよ。ショウ以外で果たしたい野望はあるか? あとスケボーは持って来いよな。

SK:この野郎! もちろんスケボーは持ってくぜ! もし金に持ち合わせがあればクールなTシャツとかカセットをゲットしたいぜ! レコードショップ・ベースは行きたい! 全パンクスとハングアウトしたいぜ!

■あぁ……最後の以外はどうにかできるわ(笑)。

宣伝:

■SKULL KATALOG SPENDING LOUD JAPAN TOUR 2014
頭蓋骨の目録/爆音浪費日本道中二〇一四


7月11日(金)新宿ロフト
7月12日(土)西横浜エルプエンテ
7月13日(日)札幌The HAKATA
7月19日(土)大宮ヒソミネ
7月20日(日)幡ヶ谷フォレストリミット

■SKULL KATALOG SPENDING LOUD JAPAN TOUR 2014 INTRODUCTION
緊急特番!
頭蓋骨の目録/爆音浪費日本道中二〇一四開会宣言
CROOKED TAPES TV

7月7日(月)Dommune
出演
食品まつり
黒電話666
SKULL KATALOG
※エアロビ有り
…and more ?

■SKULL KATALOG SPENDING LOUD JAPAN TOUR 2014 FINAL
頭蓋骨の目録/爆音浪費日本道中二〇一四最終公演
CROOKED TAPES NIGHT

7月20日(日)幡ヶ谷フォレストリミット


出演
SKULL KATALOG
PAIN JERK
DREAMPV$HER
黒パイプ
§=§
MCKOMICKLINICK&WATTER
KΣITO
DJ 1drink
DJ ケンジルビエン
DJ 7e
※エアロビ有り
友情出演:
Vinnie Smiths

21時より
¥2000 + 1 drink

more info:
www.crooked-tapes.com
ryo@crooked-tapes.com

Hercules & Love Affair - ele-king

 自由はどこにある? ついこの間もどこかの馬鹿な政治家が「ホモにHIVの啓蒙なんてしなくていい」と抜かしたそうだが、思いっきり脱力するとともにそのことに驚きも怒りもしない自分に心底がっかりした。この国のおっさんの平均的な認識を確認したまでだ。同性愛が犯罪として取り締まられ、マイノリティが殺されてしまうような国よりはまだ「マシ」なんだろうか? だけど、この国で同性愛者であることはつねに世のなかからヤジを飛ばされて生きているようなもので、そんな環境で暮らしていればひとは卑屈になるしシニカルにもなる。自由はどこにある? ……その問いは、むなしく消えていくばかりだ。

 アンディ・バトラーは……ハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェアの首謀者は、それは四半世紀前のハウス・パーティにあったと迷わずに宣言するばかりか、その刹那的な快楽を現代に蘇らせることを企んでいる。彼は自分がフランキー・ナックルズの子どもたちのひとりであることを宣誓し、かつてのゲイ・アンダーグラウンド・パーティで鳴っていた音の再生を昨今のハウス・リヴァイヴァルよりも早くはじめた……2008年、あの素晴らしいシングル、ゲイの孤独とそれゆえに切望される愛をアントニー・ハガティがディスコ・ビートの上で歌った“ブラインド”とともに。ハーキュリーズがゲイ・アンダーグラウンド・シーンのもっとも重要なアーティストのひとりになるのは自然な流れだった。
 だからバトラーはこの2014年、ダンスフロアにハウス・ビートが鳴らされ、ゲイ・ライツ運動が沸く現在、あらtめて「自由」と題した曲をアルバムに2曲も収める。1曲めは“5:43・トゥ・フリーダム”といって、朝5時を回ったにしては激しいキックと跳ねるシンセ・サウンドともに踊り疲れた足をまだまだアップリフトする。繰り返し歌われる「Be Myself/Be Yourself」という挑発は同時にそこに集った性のはぐれ者たちへの魂をこめた励ましでもあるだろう。「お前自身であれ」……確固としたアイデンティティを持って生きることが「フリーダム」であるならば、もうひとつの自由、“リバティ”ではいくぶんダーティな風合いのシンセ・ハウスの上でジョン・グラントが半音階を多用するメロディと低音のヴォーカルで自分の人生を選択する権利について歌う。「お前は望むことをなんだってできる、お前は完全に自由だ」……ゲイ解放運動の歴史をヴィデオにしていたグラントがそう歌うことで、これはマイノリティたちが自分の人生を生きることを力強く歌ったトラックだと確信する。が、そこは自身の作品で孤独を痛切に綴るグラントを招聘しているので一筋縄にはいかない。続きで「お前はどこにだって行ける、だけど俺なしで」と彼が絶唱することで別れの歌でもあると明らかになるのだ。つまり二重の意味でゲイの人生と愛について表現されていて、うまいとしか言いようがない!

 重要なのは、これがファーストよりもセカンドよりも徹底してダンス・レコードになっていることだ。6年前にハーキュリーズが纏っていたようなミステリアスさはもうない。だが代わりに、傷ついたマイノリティたちをベッドルームに引きこもって寝かせない、立ち上がって踊らせるんだと意志がある。“ドゥ・ユー・フィール・ザ・セイム?”と題されたリード・シングルでは、「あなたもそう思うでしょ?」とセクシーなダンス、その快楽に誘おうとする。アルバム・タイトルが意味するところは「傷ついて壊れた心のごちそう」、そういうことだ。
 そして“ブラインド”に匹敵する傑作シングルを新たにものしたことも大きい。もう1曲ジョン・グラントをヴォーカルに迎えた“アイ・トライ・トゥ・トーク・トゥ・ユー”、そこではどこまでもハウシーなピアノ・リフとキック、エレガントなストリングスとともにグラントがHIVポジティヴであることがわかったときの心境が歌われているという。「理解できない、助けてくれ、すべてわかるように話してくれ」……そうそれは、20年前にエイズでこの世から消えていった亡霊たちの叫びでもあるだろう。あのダンスフロアで踊った、ただ愛を求めた同性愛者たちの。「どうか助けれてくれ、俺のところに来てくれないか」……。簡単なことだ。僕たちはそこに行けばいい。傷ついた魂たちとともに、ただすべてを忘れて踊り明かせばいい。

 ちなみに、“アイ・トライ・トゥ・トーク・トゥ・ユー”のゲイ・アンダーグラウンド・アート感満載のヴィデオも傑作だ。

vol.12 『Transistor』 - ele-king

 

 みなさまご無沙汰しております、NaBaBaです。久しぶりの更新ですが、今回は最近遊んだインディーズ・ゲームをご紹介したいと思います。その名も『Transistor』です。

 『Transistor』は今年の5月にリリースされた〈Super Giant Games〉開発のアクションRPG。2011年に処女作『Bastion』をリリースして以来の2作目という、新興のインディーズ・スタジオですが、作品の完成度の高さからすでに今世代の代表的なスタジオの一つと目されていると言えるでしょう。


今回ご紹介する『Transistor』と、スタジオの前作『bastion』のトレイラー。

 古くからのゲーマーなら、ゲーム・デザインやアート・スタイルから『聖剣伝説』等ピクセルドット時代の日本の名作RPGを想起されるかと思います。そうした日本の作品からの影響については彼ら自身認めるところでありますが、実際のところ彼らの作品はドットの代わりにデジタルペイントで画面を構築しており、より繊細且つ高解像度になっています。そこからは、オリジナリティと同時に日本の黄金期のゲームへのリスペクト、そして日本の感性に追いつき、追い越してしまいそうなものを感じます。

 
〈Super Giant Games〉の作品のアートワークは美しく繊細で、どこか懐かしい。とくにわれわれ日本人にとっては。

 往年の日本へのリスペクトは多くのインディーズ・デベロッパーが持っていて、とりわけ2Dプラットフォーマーへの影響は計り知れないものがあるでしょう。たとえば2010年の傑作アクション・ゲーム『Super Meat Boy』は、作中のショート・ムービーにさまざまな日本作品へのオマージュを入れることで、その敬意を明らかにしていましたし、最近発売された『Broforce』は見るからに『魂斗羅』シリーズの影響を感じさせるなど、明示・非明示を問わず、彼らの作品のなかにはいまなお日本の過去のゲームの面影がしのばれます。


初っ端から『ストリートファイターII』へのオマージュたっぷりな『Super Meat Boy』。いろいろなBroが登場する『Broforce』は、往年のハリウッド映画とともに、『魂斗羅 』シリーズの影響も強く感じさせる。

 しかし一方で、両者の間にはなかなか埋められない溝もありました。それは日本のアニメチックな表現スタイルで、この点について肉薄するようなものは欧米からは長らく出てきていませんでした。しかし近年のインディーズ作品からはわずかながらその境界を超えるものが出てきはじめており、その一つが先の『Bastion』であり、またはアメリカの〈カートゥーン〉と日本の『ヴァンパイア』シリーズのキャラクター・デザインを組み合わせたかのようなアートワークの『Skullgirls』、そして今回ご紹介する『Transistor』です。

Skullgirlsからは、『ヴァンパイア』シリーズをはじめ、〈カプコン〉黄金時代のキャラクター・デザインのエッセンスを感じる。

■Jen Zee氏によるアートワークは圧巻の一言

 『Transistor』の魅力は先ほども述べたように世界観、とくに日本的感性をも感じさせるアートワークにあります。ゲームの舞台はCloudBankと呼ばれる近未来都市で、歌手をしていた主人公のRedが陰謀に巻き込まれつつ、その過程で手に入れた謎の剣Transistorを使って戦っていくというのが大まかなストーリー。

 前作『Bastion』は優れているとはいえ、穿った見方をすれば日本の『聖剣伝説』等の作品の延長線上にある世界観だと言えなくもなかったのですが、本作はサイバーパンクにアール・ヌーヴォー様式を交えた、よりオリジナリティの高い世界観になっています。

 
時おりイベント・シーンで挿入されるイラストも美しく、オリジナリティがある。

『Bastion』と『Transistor』のアート・ディレクションは、いずれもJen Zeeという方がほぼひとりで手掛けており、彼女のアジア系アメリカ人という出自は、欧米産のゲームでありながらも日本的感性に通ずる、繊細でアニメチックなデザインのアートワークにつながっていると断言できるように思います。

 彼女のイラストは〈Deviant Art〉の氏のページ(https://jenzee.deviantart.com/)でも見ることができます。しかし、同じくイラストを生業としている僕の身から憚りなく言わせていただくと、このページで見られる彼女のイラスト一枚一枚はそれだけでは圧倒的というほどではない。もっと優れたイラストの描き手はまだまだいるというのが実状でしょう。

 しかしゲームのアート・ディレクションという観点で彼女の業績を見た場合、およそ匹敵し得る仕事を成した人などほとんどいないのではないでしょうか。前述したように『Bastion』にせよ『Transistor』にせよ、キャラクター・デザイン、背景デザイン、個々のゲーム用のアセット作成、各種イラストに一挙に携わっているのは驚異的です。

 そんな、一人の絵描きによる完全に統一された世界観の強さが、『Transisotr』にはあるのです。

■RPGではお馴染みのシステムに一捻り加えたゲーム性

 〈Super Giant Games〉はアートだけのスタジオではありません。肝心のゲーム・デザインの方でもその完成度はたしかなもの。ジャンルとしてはアクションRPGの部類に入りますが、前作『Bastion』がオーソドックスなアクションRPG的なシステムだったのに対し、今回の『Transistor』はそこにも工夫を加え、さらなる進化、オリジナリティを獲得しています。

 本作の戦闘はアクションRPGの呼び名どおり、基本的にはリアルタイムで進行し、プレイヤーはその中で攻撃したり回避したりといったことをするわけですが、「Turn()」と呼ばれる作中のシステムを使うとそれが一変するのです。

 Turn()を発動すると時間が静止したような状態になり、プレイヤーはその状態から次の行動を予約する事ができます。1回のTurn()でできることの上限は各行動のコストにより制限され、予約した行動は基本的に間髪を入れず一方的に実行できる。

 要するにRPGのターンシステムとほとんど同じなのですが、任意のタイミングで発動させることが可能で、また、一度用いると使ったコストの分だけクールダウンが必要となります。そのため、アクションRPG的な面とターン性RPG的な面をそのときどきの事情を見ながら使い分けていく戦略性、またTurn()を使ったときの一方的に敵を蹂躙できる爽快感が本作のおもしろさの一つとなっているのです。

Turn()の仕様は動画で確認するのが一番わかりやすい。

 もう一つおもしろいのが「Functions」という独自の成長要素。基本的にはレベルアップ時に手に入るFunctions、これはいわばいろいろな効果を持ったカードのようなもので、それを武器であるTransistorに直接組み込むか、組み込んだFunctionsへのさらなるアップグレードとして使うか、自分自身に組み込むかによって効果がまったく異なってきます。

 正直なところ、このシステムはかなり複雑。僕も理解するのに暫く時間がかかり、完全に使いこなせたのは2周め以降でした。そこが1つの欠点でもあるのですが、逆に、理解できればこれほど自由度が高くて奥深いものもない。それぞれFncutionsの差別化がうまくいっており、組み合わせの実験ができる機会もあるので、毎回異なるカスタマイズにするもよし、一つの方向性を洗練させるもよしで、人によって千差万別のプレイスタイルが生みだせるでしょう。

 
Functionsの種類は16種×それぞれ3つの特性を考えると組み合わせ方は膨大だ

 1周8時間前後のプレイ時間で、登場する敵の種類もそう多いものではありません。しかし敵ごとの差別化がこれまたしっかりできていることと、このFunctionsの組み合わせの自由度、Turn()の戦略性のおかげで、中弛みもなく一貫して楽しく遊ぶことができました。むしろ前述する複雑さもあって、ゲームとしての本番は2周めからとも言え、2周めは同じFunctionsの2枚めが手に入るので、同一Functionsの掛け合わせによるさらなる自由度と深みが待っています。


■『Transistor』の音楽

 海外の大作ゲームにおいて、音楽がどんどん映画音楽と同じ方向性を突き詰めつつあるのに比べ、インディーズの方はもっと扱う曲の幅が広く、また、同じくインディの音楽アーティストと組むことも多いと言えます。

 『Transisntor』もその例に忠実で、ブルックリンのインディ・バンドControl Groupのメンバー、Darren Korb 氏が手がけたサウンドトラックがなかなか魅力的な出来です。主人公Redの職業が歌手ということもあり、たびたびヴォーカル入りの曲が挿入されたり、Turn()発動中は曲にハミングが挿入されたりといった作りこみも繊細でいい。

 またヴォイスアクトも、登場キャラクターは少ないですが、どれも良質で楽曲と同じく繊細さを感じさせるのが気に入っています。

 なお、サウンドトラックは単体で販売されている他、Youtubeでも公式で無料配信されているので、興味のある方は聴いてみるとよいでしょう。



■まとめ

 インディーズの勢いは止まる気配がありません。それはまさに破竹の勢いで、数はもちろん質的にも素晴らしいものが増えてきています。従来のコンシューマ・ゲームが大作化と少数化の一途をたどっているのとは対照的で、業界全体の勢力図はつねに変動していますが、多様性という点ではいまがもっとも熱い時期と言えるのではないでしょうか。

 この『Transistor』も間違いなく本年を代表するインディーズ・ゲームの1本として数えられましょう。これがわずか12人のスタッフによって作られたというのだから驚きだし、また記事中何度も触れたように、そのできあがった作品が日本的センスに肉薄しているのも驚きであります。

 pixivやDeviant Art、いまはなきCG Hub等のイラストSNSを見ていると、外人でありながら日本的感性を感じさせる、または日本らしさと欧米らしさの良いとこ取りのようなスタイルのアーティストをよく見かけます。そんな彼らのほとんどがJen Zee氏と同じく中国系、あるいは韓国系の出自であるというのは特筆すべき点であり、きっと今後も彼らのそうしたセンスを掛け合わせたインディーズ・ゲームが登場してくることでしょう。

 こうした世界の動きに対して、日本のゲーム・デベロッパー、またはイラストレーターが従来のコンシューマ、インディーズともに出遅れているのは残念なことではありますが、それはおき、ひとまずは海外ゲーム市場のこの盛り上がりを素直に喜びたいと思います。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294