「OTO」と一致するもの

年末カウントダウン・イベントのご紹介 - ele-king

 ついに2016年も終わろうとしています。今年は社会の混乱に抗うように、様々な音楽が私たちの耳を癒してくれました。各音楽メディアがベスト・アルバム・ランキングを発表するのが年末の恒例となっていますが(『ele-king』の年間ランキングは12月27日発売の『ele-king vol.19』に掲載されます!)、個人的に今年のベスト・アクト・ランキングを考えてみるのも楽しいですよね。しかもそのランキングは来年を迎える瞬間までどうなるかわからない! 各地で開催されるカウントダウン・イベントがあなたを待っています。おうちでヌクヌクと迎える年越しも悪くないですが、新年を迎えるその瞬間に少しだけ現実を忘れて、思いっきりフロアの音に酔いしれるというのもきっと気持ちがいいでしょう。
 以下に、東京のライヴハウス/クラブが開催する主要なカウントダウン・イベントをまとめました。ぜひご活用ください。

interview with Levon Vinent - ele-king

 バラク・オバマのアメリカにおける歴史。そこには、彼がフランキー・ナックルズの訃報を受け、偉大なるDJの家族へ哀悼の意を表する手紙を送った瞬間が刻まれている。この8年間、もしかしたら落胆しか感じなかった人びとの方が多かったのかもしれないが、アンダーグラウンドの祝祭的象徴であるハウスを聴く大統領の出現を予期できた者が10年前にどれだけいただろう。このインタヴューに出てくるアンディ・ウォーホルのかの有名なコーク(コーラ)に関するコメントは、資本主義がもたらす均一化への鋭いクリティークだ。大統領も街角のホームレスも、そして君も同じコークを飲む。ウォーホルのTシャツにレヴォン・ヴィンセントが袖を通す理由、それはこの言葉への共感に他ならない、と僕は勝手に確信している(詳細は本文を読まれたい)。
 90年代前半、グラフィティ・ペインター、スケーター、スコッターがひしめいていたニューヨークのマンハッタン。そのダンスミュージックの中心地でジョー・クラウゼルやシカゴのロン・トレントがセンセーションを巻き起こしていたとき、ティーンエイジャーのヴィンセントはDJとしての実力をめきめきと伸ばしていた。監視カメラの導入やルドルフ・ジュリアーニ市政が牙を剥き、街の表情が豹変してしまったときも、男はニューヨークを離れることはなかった。しかし、DJができる場所の数は激減し、マンハッタンのクラブ・カルチャーには冬が訪れた。このタイミングで彼は大学で作曲を学ぶ道を選択する。そして、その音のレンズはダンスフロアからジャズ、古代ギリシア、現代音楽へと視野を広げていくことになるのだ。
 シーンに戻ってきた2002年、自身初のレーベル〈More Music NY〉を始動させたヴィンセントにとって全てが順風満帆に動いていたわけではない。彼が注目を集めるのは2008年の〈Novel Sound〉と〈Deconstruct Music〉まで待たなければいけないのだが、そこからの跳躍がすごかった。ニューヨークの伝統とエレクトロニック・ミュージックの歴史が混在する、ディスクリートかつ深淵なミニマリズムと卓越したメロディ・センス。その斬新なサウンドは、同じく東海岸出身のジャス・エド、DJ QU、フレッドP、ジョーイ・アンダーソンらとともに世界のフロアをわかせた。UKのぺヴァラリストやピアソン・サウンドらによってヴィンセントのトラックがプレイされたとき、別の世界を知ったダブステップ世代の若者だっている。2010年に彼はベルリンへ移住し、そのシーンのトップDJであるマルセル・デットマンとも作品を発表した。


Levon Vincent
Novel Sound/Pヴァイン

HouseTechno

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Levon Vincent - Rarities
Pヴァイン

HouseTechno

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 徹底したインディペンデント・スピリットに裏打ちされたその活動も忘れてはいけない。友人のレコード職人と制作する毎回数枚しかレコード店に現れないシングル。“The Media Is The Message”や “Reves/Cost”など何かを物語るラベル上にスタンプされた曲名。デジタル時代における音楽メディアのあり方も、ヴィンセントは提示し続ける。2015年にフリー・ダウンロードと4枚組の12インチでリリースされたファースト・アルバムが多くの音楽サイトに絶賛されたことも記憶に新しい。2016年には日本限定コンピレーション『Rarities』もリリースされた。
 2016年10月、DJのためロンドンを訪れたレヴォン・ヴィンセントに僕は話を聞く機会を得た。そのとき、閉鎖していたロンドンの名門クラブであるファブリックの運営再開は霧の中で、不動産王はまだ候補席に鎮座していて、デヴィッド・マンキューソは存命だった。一寸先の未来は闇どころかブラックホールである今日、アンダーグラウンドのパイオニアは何を思い作曲し、音楽をどう捉え、それを取り巻く状況について何を思うのか。以下お届けするのはその記録である。場所はイースト・ロンドン、ショーディッチのカフェ。待ち合わせのホテルのロビーに僕が到着したとき、ヴィンセントの手元には活動家マヤ・アンジェロウの自伝『歌え、翔べない鳥たちよ』があった。

毎週新しい技術が生まれて学ぶことがたくさるある。というよりも、人は学ぶことを止めることができないだろう。60年代の現代音楽家のアルヴィン・ルシエールは脳波から音楽を作り出したけど、頭にUSBケーブルを繋いで作曲をする時代が本当に来るのかもしれない。

あなたのDJキャリアのスタートは16歳と、かなり早いですよね。

LV:ああ、92、93年頃の話だね。その頃、俺は地元でDJとしてそれなりに成功していた。だけど94年にジュリアーニがニューヨーク市長に当選すると、法律が改正されてDJの活動がかなり制限されてしまった。日本のクラブの状況と似たものかもしれない。

ジュリアーニ市政下におけるゼロ・トレランスなどの一連の「治安回復政策」ですね(注:警察官を増員し、犯罪取り締まりの強化、ホームレス排除、クラブの摘発などを行った)。

LV:あの法律によって、ニューヨークの多くのクラブDJたちが職を失ったんだ。俺は活動できる場所を求めて寿司レストランなんかでもプレイしていたな。まともにクラブでDJができる機会はそれから10年はなかったんだよ。

そこであなたは大学へ戻り、2002年の卒業と同時にレーベル〈More Music NY〉をはじめ、ダンスミュージックのシーンへ戻ってきたわけですね。

LV:その通り。大学では西洋音楽を中心に古代ギリシアから順に学んだよ。インドや中東の調性、そしてもちろんアフリカのリズムも。でも、主に勉強していたのは西洋のクラシックとアメリカのジャズ。その頃までにはダンスミュージックを作っていたんだけど、大学へ通い始めて、俺は制作から一旦離れたんだ。音楽そのものに強く惹かれていたら、もっと深く学ぼうと思ったというわけさ。
 その後はじめたレーベルは失敗に終わってしまったんだけどね(苦笑)。あの時期はMP3が台頭してきた時期で、レコード文化はかなり廃れてしまっていた。個人的にはMP3の扱いもそのフォーマットも、いままでそれが正しいと思ったことはない。ビートポートが登場して、ネット上でのダンス・ミュージックの配信が普及したのはそのすぐあとの出来事(2004年)。でもそんな状況下、多くの人びとがレコードの良さに着目するようになり、2008年頃から現在に至るレコード・リヴァイヴァルの流れが生まれたんだ。

あなた個人としては、そのリヴァイヴァルをどのように捉えていますか?

LV:とても肯定的に思っているよ。俺の両親はかなりレコード集めにシリアスだった。レコードに自分の名前を書いて、お互い別々の棚で保存していたくらいだ。そういう環境で育てば、そりゃレコードが好きになる。このトレンドが誰かに仕組まれているんじゃないかと思うこともあるが、これに限っては悪いことではないんじゃないかな。俺たちのコミュニティはMP3が全盛期だった時でも、レコードというメディアでアイディアを出し続けて、リヴァイヴァルを先導する力の一部になれたんだ。

レコード・ストア・デイ(以下、RSD)などの催しに合わせて、メジャー・レーベルがレコード工場のスケジュールを抑えてしまい、インディペンデントで活動するプロデューサーたちの制作が遅れてしまう事態も、リヴァイヴァルのなかで起きています。

LV:その問題には毎年悩まされているから、RSDには関わっていないしまったく支持もしていない。最初は素晴らしいアイディアだと思ったよ。RSDがはじまった当初、俺はレコード店で働いていて、とくに最初の2回はかなり真面目にプロモーションにも協力していた。でも、やはりイベントはビジネス優先の考えが強くてね。アーティストがインディペンデントに自律しようとする流れを、大きな企業が資本化してしまい、彼らの活動が変わってしまった面もある。
 欧米で春はレコードを出すベストな時期なんだけど、大手レコード会社は春を狙って、ザ・キュアやデペッシュ・モードのようなアーティストの再発盤を発売するから、インディペンデントで活動する俺みたいなミュージシャンは、その時期にレコードを作ることができない。夏は温度の影響もあって、多くのレコード工場は機械を稼働できないから、制作時期も限られているっていうのにさ。本当にたまったもんじゃない。レコードを制作するのに大体2ヶ月はかかるんだけど、メジャー会社のせいで1年のうち3ヶ月は自由に制作ができないんだ。9月も発売には良い時期だ。でもその時期に合わせることすらも難しい状況だね。ときには1作品をプレスするのに半年かかることもあるくらいで、作品のプロモーションのスケジューリングにも影響が出てくる。でもそういうトラブルも引っくるめて、俺はレコードで作品を発表することが大好きだ。昔から慣れ親しんできたフォーマットに自分の名前が載るのは、やはり特別な思いがする。

2015年にあなたはキャリア初のアルバム『Levon Vincent』をリリースしました。楽曲制作からデザインに至る行程を含めた制作期間はどのくらいかかったんですか?

LV:正確な時間は、この場では検討がつかないな。デザインは友人のヴィジュアル・アーティストのトマス・バーニック(Thomas Bernik)との共同制作なんだけど、レコードのラベル部分はサザビーズ(Sotheby’s;世界最高のオークション会社)のカタログや、日本の家具雑誌なんかを参照していて、その収集には5年は費やしてきたと思う。レコードのラベルは1枚1枚異なっていて、同じものは存在しないんだけど、この技術を応用したのは俺が初めてなんじゃないかな。業者との連携によって成し遂げることができたのさ。それから24時間ラベルを作り続けられる技術も使って、3000枚のレコードに貼り付けた。大多数はデザインを印刷会社に送って、約2ヶ月後にラベルが出来上がってレコードに貼り付けるんだけど、俺はその過程のすべてに携わったわけだ。
 近年のレコードの制作過程におけるイノヴェーションはそんなに多くはない。60年代に完成した古典的な技術がいまも引き継がれているからね。だからその点に着目すれば、進むべき進路は見出せるわけだ。でもそれを理解している業界人はあまり多くないように思う。そこを上手くやれたのいは、トマスによるところが大きいね。最初のレーベルの時から彼と仕事をしているから、もう長い付き合いだ。彼は奥さんとふたりレコード制作会社で働いていて、俺は彼らの最初のクライアントといったところかな。ふたりはよき友人でもあり、とても感謝している。

いまの話を聞いていて思い出すが、マーシャル・マクルーハンの言葉、「メディアはメッセージである(The media is the message)」です。あなたは2009年に発表した自身の曲名に同じ言葉を選びました。

LV:あの曲を出した時のメッセージは、音楽のフォーマットに関してのものだ。当時はいまほどレコードが人気を取り戻していたわけではなかったからね。だからその言葉を選んだんだけど、それももう数年前。いまは曲の配信でMP3を使うことだってある。もっと言えば俺はもうクラブでレコードをプレイしなくなったんだ。

昨日のDJを見ていてそれは思いました。僕が以前あなたのプレイを東京で見たのは2014年のことですが、あのときはレコードをプレイしていました。データでDJをするようになった経緯は何ですか?

LV:最近になってMCカートリッジを使うようになってね。ほら、MC型って扱いに気を使うだろう? 音質は素晴らしいけれど、下手にスピンは絶対にできない。良いプリアンプも手に入れたから、それらを組み合わせてレコードの曲をデータにしてクラブで使用するようになった。クラブでオルトフォンの針を使うよりも音質が格段にアップしたね。それから、80年代や90年代に比べるとクラブの音量がかなり大きくなってきているのも理由のひとつだ。ひとつのクラブが収容できる人数も多くなって、踊る余地もないほどのスペースに人びとが立たされることだってある。つまり、そういった環境で生まれる特有の音の反響があって、それはレコードのプレイにマッチしないんだ。

ではそういう状況でCDJを使う理由とは何ですか?

LV:もちろんDJたちのレコードに対する情熱は変わらないよ。レコードを買わない週はないし、リリースもやめることはない。プレイの面のことを考えての選択というだけのことだ。現場でドリンクをこぼされたり、移動中にレコードをなくしたりする心配もないしね。
 データは極力使いたくなかったから長年頭を抱えていたんだけど、ハイレゾの主流化と、最近のパイオニアの機材の進歩によって、俺もデータに切り替えることにした。最新のCDJは機能、音質、どれを取っても素晴らしいと思う。もちろん、データを閲覧するときにパスコードの制限をつけて、曲が盗まれるのを防ぐ機能とかは必要だと感じる。あと、CDJのキューボタンは、アカイMPCのパッドと同じくらい押しやすくなってもいいだろうね。

たしかにドラムマシンのようなCDJの使い方をするDJも増えてきています。MPCには思い入れがあるんですか?

LV:俺は世代的にMPCと育ったようなものだよ。最近はパイオニアがルーパーを出したけど、あのサンプリング機能もすごい。アカイが主流だった時代に、まさかパイオニアがサンプラー市場に進出するなんて思いもしなかった!

科学技術と音楽機材は手をつないでいるかのように、共に進歩してきました。あなたはこの関係をどう捉えていますか?

LV:子供の頃からデジタル機材には憧れがあってさ(笑)。初めてサンプラーを知ったのはファブ・ファイブ・フレディのインタヴューを読んだときだ。彼もニューヨークの地元のレジェンドでね。それで小さい頃、母親と一緒にマンハッタンの楽器屋に行ったわけだ。「ママ、お願い。僕、あのマシーンで本当に音楽を作りたいんだ!」という具合に。でも当時、サンプラーは10000ドルもしたんだよ。もちろん、買うことなんてできなかった。でもいまは数百ドルでパソコンが買えて、サンプラーも手に入る。すごい時代になったもんだ。
 クラシックの例を見てみよう。クラヴィアが普及しはじめたとき、バッハはすべての演奏者の基準となる調律を作り、それによって音楽を紙に書き、ポストで遠く離れた人へ送れるようになった。これは革新的なことだろう? それから人々が音楽を書くことがブームになって、モーツァルトなど職業音楽家だけではなくて、一般の趣味人だって曲をかけるようになった。これは現代と同じ状況だ。
 現在、1週間にリリースされるレコードの枚数なんて多すぎて検討もつかない。ひどい音楽が山のようにある一方で、素晴らしい音楽も多くある。これだけ音楽テクノロジーが発達した現在、誰でも音楽家になれると言っても過言じゃないかもね。ミュージシャンになるのにこれ以上適した時代なんて想像もできないよ。毎週新しい技術が生まれて学ぶことがたくさるある。というよりも、人は学ぶことを止めることができないだろう。60年代の現代音楽家のアルヴィン・ルシエールは脳波から音楽を作り出したけど、頭にUSBケーブルを繋いで作曲をする時代が本当に来るのかもしれない。

その昔、エイフェックス・ツインは、遠くない未来において「コンピュータが音楽作曲を作るようになっている」と言いました。コンピュータが全自動で音楽を作るという考えに、あなたは賛成しますか?

LV:音楽技術の発達という意味では賛成だけど、それってジェネラティヴ・ミュージック(注:プログラムに合わせてコンピュータが自律的に音楽を作ること)のことかな? だとしたら、プログラムを作ったプログラマーが作曲家ということになるから、話がちょっと変わってくるように思える。特定の法則に則って作曲をするのは、それこそ前衛音楽家が目指したことで、最終的に完成する曲が既存のいわゆる音楽とかけ離れることはしばしある。ジョン・ケージが良い例だ。ある種のジェネラティヴ・ミュージックは身の回りで発生した音から音楽を作り出すけれど、無音のなかで発生する音が「音楽」になるケージの『4分33秒』と共通する面もある。その意味では、何十年も前からあるアイディアが、違った形で広まりつつあると考えた方が適当なのかもしれないね。
 人間が演奏をやめてしまうことは残念に思うね。楽器と人間の間には会話があってそこに喜びが生まれる。こういった関係性は1回限りの重要なものだ。クラブにおけるサウンドシステムと人間の関係も同じで、低音を感じることに意味がある。だから、そういった意味で演奏は消えないでほしい。

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これは世界中の醜いアヒルの子、つまり白鳥のための音楽だ。もし君がくだらないラット・レース(出世争い)に夢中で、他のネズミたちと一緒に権力争いをしていたとしても、もちろんこのアルバムを聴いてくれてかまわない。でもこの音楽は君のためのものじゃなくて、君に対する反抗なんだってことを肝に命じておいてくれ。
──2015年のアルバム発表に際してレヴォン・ヴィンセントが綴ったメッセージ

今年、あなたはフェイスブックに自身が音楽理論を解説するいくつかのヴィデオを載せています。個人的には特にホールトーン・スケールの解説のなかで、序列のない音階と社会との関連性について触れているものが興味深かったです。

LV:音階についての概念的な議論はもうずっと昔からあるもので、大学時代に俺もそれについて学んだことがある。あのヴィデオで話したのは、後にシュルレアリズムに繋がるホールトーン理論の側面だ。各音階が持つ音程を市民にたとえ、そのつながりが形成するものを社会として捉えるんだ。西洋で使われる音階には、主音となる音程が存在していて、そこには音の序列があって、社会における階級序列にも類似する。上下関係から、特定の因子同士が特定の行為を生むような関係まで様々な解釈ができる。各音程が等間隔で配置されるホールトーン・スケールにおいて、各音には序列がない。つまりある種の人間関係の平等がそこ見ることもできるんだ。もっと視点を広げれば、いま世界で使われているチューニングの基準はドイツで作られたもので、そこに隠された「陰謀」のようなものについての議論もミュージシャンたちの間では行われてきたんだよ。

なぜ自分でそういった考えをヴィデオで伝えようと思ったのでしょうか?

LV:ここ最近、俺はインタヴューに対して疑問に思うことが多くてね。君とのこのインタヴューはかなり久しぶりに行うものなんだ。そのオルタナティヴとしてヴィデオの投稿をはじめたんだけど、カメラの前では率直に意見を言えてやり易いと感じたね。それが自分には合っていると思えたし、反応を含めいろいろとうまくいているよ。

SNSのがここまで発達した現代、利便性もある一方、誹謗中傷や「炎上」も頻発しています。あなたはインターネットの特性をどのように理解していますか?

LV:インターネットには、周知の通り善悪の面がある。ときとして人は他人をけなし、安全性も確保されているわけじゃない。俺のヴィデオ投稿は、人との繋がりを作るという意味で自主的なパブリック・リレーションズ(PR)行為だ。これは良い関係を作ることができる反面、面識のない人びとから罵倒される可能性もある。ユーチューブ上の子猫のヴィデオにだって、ひどい言葉が浴びせられたりするだろう? 一対一の直接的なコミュニケーションじゃそんなことはまずありえない。あれは明らかに「モビング(集団による個人への攻撃)」だ。だからミュージシャンたちはソーシャルメディア上で責任感を持つことが必要になってくる。
 俺がフェイスブックとヴィデオを使って、自分のオーディエンスとダイレクトにコミュニケーションを取るもうひとつの理由は、モビングや誹謗中傷を避けて、リスナーに音楽そのものについて考えてもらうためだ。例えば、その昔、音楽雑誌でミュージシャンがファッションについて語ることはあっても、曲の作り方を話ことはほとんどなかった。ミュージシャンと音楽は別物として意識されることが多かったんだ。でもいまはそのギャップを自分で埋めることができる。つまりコミュニケーションのあり方をデザインできるようになった。それにもしかしたら、俺のヴィデオの投稿が若手に音楽の作り方のヒントを与えるかもしれないしね。

2015年の1月に、あなたは同様にヴィデオを使って自身のアルバム・リリースの告知をしました。映像はニューヨーク発ベルリン着の架空の電車にあなたが乗っているかのような編集がされています。そのコンセプトを教えていただけますか?

LV:俺が育ったニューヨークのストリートで生まれたサウンドと、90年代のベルリンのスタイルの対話が、自分のやっている音楽だと思ったからだ。あの映像で、ニューヨークを出発した電車が到着するのは、ベルリンのクラブ、ベルグハインの最寄り駅のオストバーンハーフなんだよ。

Levon Vincent – Launch Ramp To The Sky

アルバムには予期せぬ展開を遂げる曲がいくつかあります。例えば “Launch Ramp To The Sky”。この曲は終盤でビートが止まり、それまでとは異なったメロディが展開されていきます。いわゆるダンス・ミュージックのマナーを無視した進行でびっくりしました。

LV:実はビートが止まるときに流れているメロディはホールトーン・スケールでできているんだよ。ダンス・ミュージックの本質はもちろん人を踊らせることだろう? その点を守りつつも、アルバムを作っているときには、他のミュージシャンとの接点も考えていた。あれを聴いて、予想外」と捉える作り手もいれば、「これは自分にもできる」と考える者もいるはずだ。アルバムの利点は、そうやっていろんな層の人びとにアプローチできること。シングルは片面の十数分で、ダンス・ミュージックのダンスの部分にフォーカスしなければいけない、と俺は思っている。やはり、アルバムではそれとは違ったクリエイティヴな部分を出せるよね。

前回、ジョーイ・アンダーソンが東京でプレイしたときに、彼はこの曲をフル・レングスでかけたんですね。ビートが止まった瞬間、フロアの人々が戸惑っているようにも見えたんですが、徐々に音の展開に彼らが惹きつけられていくようにも見えたんです。あなたの言う、ダンスさせることにとどまらないアルバムのクリエイティヴィティは、ダンスを必要とするフロアでも功を奏しているようです。フルでかけたジョーイもすごいですけどね(笑)。おまけに、そこから彼は再びダンス・チューンに戻っていったんですよ!

LV:それは知らなかった!  ジョーイには感謝しないとな。俺もフルでかけたことはないよ(笑)。彼は素晴らしいミュージシャンであり、真のアーティストだと思う。ジョーイは型破りなことをするのに躊躇しないからね。彼の音楽は一種の場所だ。聴くたび違う場所に連れていってくれる。言うなればコズミック・プレイスだね。

“Anti-Corporate Music”も強烈なダブテクノで幕を開け、美しいメロディが徐々にはじまりますが、これもアルバムを意図したものですか?

LV:その曲ができたのは、アルバム制作の開始よりずっと前のことだったんだ。その昔、学校のオーケストラでトランペットを吹いたことがあってね。その経験から、単音でできたメロディが俺はとても好きで、そういった構成の曲を多く作ってきた。だから俺はみんな楽器を演奏するべきだと思うのかもしれない。それが作り手や聴き手の音楽に対する姿勢に影響するからね。

先ほどベルリンの音楽のスタイルについて触れていましたが、都市としてのベルリンからもインスピレーションは受けているのでしょうか?  “Junkies On Herman Strasse”という曲もあります。

LV:ドラッグの問題は現にベルリンで起きていることだからね。現在のベルリンは80年代のニューヨークに似ていると思う。ベルリンはグラフィティで溢れているけれど、あの美学はニューヨークに由来するものだ。この文化の対話について俺は考えることが多かったね。

最後の曲“Woman IS An Angel”は、2009年に発表した“Woman Is The Devil”の続編のようなものですか?

LV:続編というよりも、コインの面と裏の関係のようなものだね。“Angel”の方も何年も前に書いたものなんだ。完成させるのに6年もかかった。だからその2曲を思いついたのはほぼ同時期だ。もともとはレコードのA面とB面にデビル・サイドとエンジェル・サイドを収録するというアイディアだったんだよ。

このアルバムからクラフトワークやロン・トレントの影響を思ったりもしました。

LV:俺は本当にロン・トレントが好きだよ。その比較は聞いたことはないけれど、俺にとっては名誉だね。彼はシカゴ出身だけどニューヨークにも長いこといたんだ。〈Prescription〉も好きだけど、彼がニューヨークで関わっていた〈Giant Step〉のリリースもとてもよく聴いていた。
 いろんな存在に影響されていることは間違いない。でも、音楽の作り方にもいろいろあるから、影響がどう出てくるかはわからない。音楽をカタルシス的に作るときもあって、それは瞑想のようなものだ。機能的な面を考えてハウスを作るときは、それとはまったく異なる。はっきりと言えることは、音楽は俺の人生で最良の友人だということ。いつでも近くにいるし、状況が良いときも悪いときも音楽をやっている。そして、自分の人生で最も一貫して続いていることでもある。

アルバムを発表したとき、あなたはリリースの詳細だけではなく、世界にむけてメッセージも残しました。あの言葉の意図とはなんだったのでしょうか?

LV:世界は大衆、探求者、社会病質者に分けられると俺は思っている。大衆は探求者にリーダーシップを求める。でも大抵の場合、探求者は人類史に大きなインパクトを残すことがあるものの、大衆を操ることには興味はない。マハトマ・ガンジー、マーティン・ルーサー・キング、マヤ・アンジェロウのような人びとがその例だ。でも探求者のせいぜい全体の5パーセントしかない。その一方で10パーセントの社会病質者がいて、残りの大衆を管理しようとする。この暗黒の三角関係が歴史上存在してきた。それをラット・レースと『みにくいアヒルの子』の物語を例に表したんだ。俺に関わるDJやダンスフロアの人びと、リスナーは「みにくいアヒルの子」だ。残りの85%のなかで周囲に惑わされず、彼らは美しい白鳥に成長する存在だと俺は思っている。

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アンディ・ウォーホルは素晴らしい観察者でもあると思う。彼もまた俺が好きな人間だ。企業文化がもたらす均一化の二面性について、ウォーホルはかなり早い段階でコメントしているよね。それはまさに俺が言いたかったことだ。キャンベル・スープの作品にも表れているように、彼はその実践もしている。それに彼はニューヨーカーの持つ一面を体現しているとも思うんだ。

2016年、あなたは自身のレーベル〈Novel Sound〉のコンピレーション『Rarities』を日本限定でリリースしました。リリースに至った経緯を教えてくれますか?

LV:日本のために何か特別なことをしたかったんだよ。俺は小さい頃、野球カードを夢中になって集めていた。いまはスケード・ボードやレコードのコレクターでもあって、集めることが常に好きだった。日本ではすごいレコード・コレクターにも会ったことがあるんだけど、あの国は集めることに対して特別な意識を持っていると思ったんだ。だから彼らに貢献できるようなことをしたかった。欧米ではディスコグスに載せるためだけにレコードを買う輩がたくさんいるけれど、日本では単純に好きだから買う人が多いという印象を受けたね。それもあって、過去にはシングル「Six Figures」の日本語表記バージョンをリリースしたこともあった。今回のコンピレーションも好評だったと友人たちから聴いているし、とても喜んでいるよ。

どのような基準で曲を選んだのでしょうか?

LV:リスナーの反応が良く、かつ自分が特別だと思う曲のセレクションになっていて、曲同士のコンビネーションも重視した。それから未発表曲も入っている。

Levon Vincent – Revs/Cost


Levon Vincent
Novel Sound/Pヴァイン

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Levon Vincent - Rarities
Pヴァイン

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“Impression Of A Rainstorm”のようなキラー・チューンはどのように生まれたんですか?

LV:あの曲は音楽の印象主義に基づいたものだ。暴風雨をシンセサイザーとノイズで表現したというわけさ。12年ほど前に作った“Air Raid”は爆弾の爆発を音で表している。ドビュッシーが“海”において、波がぶつかるのを表現するためにピアノを用いたようにね。彼は印象主義の最初期の例だ。ドナルド・トランプを表現するとしたら、馬鹿な喋り方する、というような感じさ。

このコンピレーションには“Revs/Cost”が入っています。この曲はダブステップ・プロデューサーであるぺヴァラリストなど、ルーツがハウス/テクノではないDJにもプレイされてきました。曲がリリースされた2011年の前後は、ダブステップやその周辺のベース・ミュージックのプレイヤーたちがテクノへと幅を広げていった時期でもあり、彼らのミックスを通してあなたのことを知ったリスナーも多いです。

LV:ああたしかに。UKのダブステップ界隈から反応がけっこうあったんだよ。“Revs/Cost”をリリースしたとき、ベンUFOがやっている〈Hessle Audio〉や、ボディカも連絡をくれたね。2015年のアルバムは『Pitchfork』のようなロック系の媒体からもこれも評価されたんだけど、自分のコミュニティの外とクロスオーヴァーできるのはとてもクールなことだ。
 もちろん、俺はコミュニティの外の音楽もチェックしている。俺はずっとハウス/テクノをプレイしてきたけど、90年代にはヒップホップやドラムンベースもよく聴いた。そういったジャンルを別個として捉えているというよりは、ひとつのエレクトロニック・ミュージックとして理解していたよ。

この曲名はニューヨークのグラフィティ・アーティストのレヴスとアダム・コストの名前から取られていますね。

LV:その通り。俺が子供の頃、住んでいたマンハッタンの近所は彼らのグラフィティだらけだった。俺が10代の頃、確実に彼らに影響されたね。16歳の頃、ウェスト・フォースのタワーレコードで働いていたときのことだ。そこから自分のフラットへの帰り道、「Revs Cost」の文字が本当に至る所にあった。フラットの向かいのビルなんか、その文字で全体が埋め尽くされていたね。

そういった意味でも、あなたはベルリンにニューヨークを見出しているのかもしれませんね。

LV:ああ。それから現在のベルリンにはスコッター(廃墟となったビルや家屋の不法定住者)がたくさんいるんだけど、それも昔のニューヨークに似ているんだ。当時のロウワー・イースト・サイドはスコッターが多かった。現在のニューヨークからはそういった文化が消えてしまったんだけど、グラフィティと同様にそれがいまもベルリンには残っている。

あなたはアイルランドのプロデューサー・デュオのテリアーズに、ベルリンでの滞在費を与え、その間彼らが楽曲制作に集中できる環境を提供しました。その意図とは何だったのでしょうか?

LV:音楽ビジネスとは、そこに関わる人びとが何をするかによって作られている。ビジネスに「誠意が欠けている」とか「コマーシャルすぎる」とか不平を言うミュージシャンが多くいるけれど、自分たちで良いビジネスを作ることは可能なんだ。でも、新しい世代のミュージシャンたちの多くは、まず何をどうすればいいのかわからない。そこで大きな企業に頼る者もいる。企業文化は人間にとって共通のものだからそれを否定するつもりは全くないけれど、人間性が均一化されてしまうこともある。もちろん均一化によって、人々の生活の質も均一に保たれ、誰もが同じものに接することができるという利点もあるのも事実だ。そこでセルフ・プロデュースの点で納得がいかないんだったら、自分たちで状況を変える工夫をすればいい。

あなたはフロアの先を読むような的確な選曲センスでも知られています。DJにおいて何を重視しますか?

LV:自分のDJセットがひとつの物語になるようになって、フロアの人びとに何かしらのインパクトを残すよう心がけているよ。ダンス・ミュージックは偉大なイコライザー(平等をもたらすもの)だ。ゲイ、ストレート、ブラック、ホワイト、リッチ、プア……、多様な人びとがひとつの部屋で同じ活動をする。デヴィッド・マンキューソがそう言っていた。彼にはフロアにおける社会変革の促進という理念があっただろ。マンキューソには常に親しみを感じていたね。尊敬していたDJのひとりだ。

そういえば、ある写真であなたはアンディ・ウォーホルのTシャツを着ていますが、彼も同じようなことを言っています。「大統領がコカコーラを飲む、リズ・テーラーがコカコーラを飲む、そして考えたら君もコカコーラを飲むわけだ。コークはコーク、どれだけ金があっても街角のホームレスが飲んでいるものよりおいしいコークなんて買えない。コークはどれもおんなじでコークはぜんぶおいしい」。これは先ほどの均一性の話にもつながりませんか?

LV:ははは! その通りだね。ウォーホルは素晴らしい観察者でもあると思う。彼もまた俺が好きな人間だ。さっき言った企業文化がもたらす均一化の二面性について、ウォーホルはかなり早い段階でコメントしているよね。それはまさに俺が言いたかったことだ。キャンベル・スープの作品にも表れているように、彼はその実践もしている。また彼はニューヨーカーの持つ一面を体現しているとも思うんだ。

ロンドンのクラブ、ファブリックの閉鎖についてうかがいます。もともと10月のロンドンでのDJであなたはファブリックでプレイする予定でしたが、閉鎖を受けて別のクラブで開催されたファブリックを支援するイベントに出演しました。閉鎖のニュースを受けてどう思ったのでしょうか?

LV:率直にとても悲しかった。ファブリックが大好きだったからね。クラブ、DJブース、どれもお気に入りでホームだと思っている。多くの人々がサポートを表明しているし、支援金もたくさん集まっているから、次の新しい活動につながればと思う(注:11月、審議のもとファブリックは営業再開が決定した)。

ロンドンの街を歩いていると、「#savefabric」のステッカーが多くの場所に貼られていて、多くの人びとが一丸となって問題に取り組もうという姿勢が伝わってきます。あなたは90年代のジュリアーニ市政を経験したわけですが、当時、クラブ文化を守るムーヴメントはあったのでしょうか?

LV:そういうわけでもなかったんだよ。議論もプロテストも起きなかった。ある日起きたら、街全体が突然変わってしまったような感じだったからね。それからニューヨークが変わってしまったのはジュリアーニの責任だけじゃなく、監視カメラが街に導入されたのも大きな要因だ。最初にカメラが導入されたとき、とても大きなデモが起きた。多くのニューヨーカーが望んでいなかったことだったからね。でも、その流れは止まらなかった。たしかに殺人事件の件数は下がったよ。俺がいた頃のニューヨークは殺人率がかなり高かったんだ。その一方で、カメラは文化的な活動にも作用し、街が変わってしまった。路上のすべてが監視される状況だ。間接的にしろ、当然それはクラブ文化の精神にも影響があったと思う。そのようにして善悪の両方がもたらされたというわけだ。議論もプロテストも起きなかったと言ったけど、俺の世代はタバコのボイコットとか、なんらかの運動は多くしていたよ。俺もいままで様々なチャリティに関わってきた。

2017年、〈Novel Sound〉からエリック・マルツ(Eric Maltz)の作品が発表されます。あなた以外のミュージシャンが同レーベルからリリースするのは初めてですよね。その経緯を教えてくれますか?

LV:俺はエリックの音楽を長いこと聴いてきたんだけど、彼は素晴らしいミュージシャンだよ。理由はそれだけさ。彼のキャリアの新しい一歩に携わることができて光栄に思う。

Levon Vincent – Birds

〈Novel Sound〉のラベルはスタンプからイラストに変わりましたが、あれは誰の絵なんですか?

LV:俺だよ(笑)。レーベルを24時間作り続ける技術について話したけど、それを応用していて、ひとつの絵から複数のラベルを1日もあれば制作できる。今年出したシングル「Birds/Tubular Bells」は鳥がテーマだから鳥の絵を描いた(笑)。“Birds”の曲自体も数百羽の鳥の鳴き声のような音が聴こえる。このシングルにはまだ遊び心があって、“Birds”はヒッチコックの『鳥』を、“Tubular Bells”は『エクソシスト』を表している。つまり両方ともホラー映画につながっているというわけさ。

最後の質問です。すべてのミュージシャンがあなたのような活動をしているわけではありません。そのなかで、インディペンデントであり続けることがあなたに課せられた役割であると考えていますか?

LV:シーンやコミュニティでの俺自身の特別な役割があるとは思わない。アーティストとして働くこと。自分のやりたいことを100パーセントやること、これに尽きる。実験続きの人生さ。来年は俺に住む場所があるとは限らないだろう? だからとにかく仕事を続けることが目標だよ。その結果として、誰かをインスパイアできたら嬉しい。俺は意見を言うけれど論争をしたいわけじゃない。曲を作り上げるために、ミュージシャンは長い時間を孤独に過ごすから、その活動を持続させるためにも、何か言ってくれる人間が必要になる。それにDJが終わった後、「あなたのレコードが好き」って言われるのは本当に光栄なことだ。

何かリスナーにコメントはありますか?

LV:本当に感謝しているよ。近いうちに日本に戻れることが楽しみだ!

 1994年。オアシスが華々しくデビューを飾ったその年に、トニー・ブレアが労働党の党首になった。1997年。デーモン・アルバーンが「ブリットポップは死んだ」と言い放ったその年に、労働党が総選挙で大勝し、ブレア内閣が成立した。アンソニー・ギデンズの読者ならご存じだろう、いわゆる「第三の道」というやつである。当時ノエル・ギャラガーは首相官邸に招かれ、ブレアと握手まで交わしている。今年日本では「音楽に政治を持ち込むな」という言葉が話題になったけれど、ブリットポップというムーヴメントはまさに音楽が政治に利用された典型例だった。逆説的だが、だからこそ特に政治的なことを歌っていたわけではないオアシスが、あの時代の象徴たりえたのだろう。オアシスは、「最後の」ワーキング・クラス・ヒーローだった。

 そのオアシスの黄金期を追ったドキュメンタリーが公開される。監督は、これまでコールドプレイのMVなどを手がけてきたマット・ホワイトクロス。そして驚くべきことに、リアム&ノエル・ギャラガー自身が製作総指揮を務めている。バンドの結成から25万人を動員したネブワースの公演までの軌跡を描いた『オアシス:スーパーソニック』は、来る12月24日より角川シネマ有楽町ほかにて全国公開。そしてそれを記念し、監督であるマット・ホワイトクロスのインタヴューが公開された。
 われわれが知るところのギャラガー兄弟のイメージは、メディアによって作り上げられたものである。では「本当の」かれらは、一体どのような人物だったのだろうか? かつてかれらが抱いていた思いとは何だったのだろう? 以下のインタヴューを読んで、劇場へ足を運ぼう。

『オアシス:スーパーソニック』
監督マット・ホワイトクロス、インタヴュー

■このプロジェクトにはどうやって関わるようになったんですか?

マット・ホワイトクロス(Mat Whitecross、以下MW):フィルム・プロデューサーのサイモン・ハルフォンから連絡をもらったんだ。彼は以前長いこと、特に音楽業界でグラフィック・デザイナーをしていたことがあって、オアシスを知っていたらしい。彼は4番目のアルバムぐらいからアルバムのスリーブやシングル盤のアートワークなんかを手がけるようになったんだ。僕はその何年か前にジョー・ストラマーのプロジェクトでサイモンに会っていた。結局そのプロジェクトはギリギリのところでボツになったけどね。確かサイモンが僕に、「君はオアシスのファンかい?」ってメッセージを送ってきたのが始まりだったと思う。それから彼に会った時に、オアシスがすごく好きだと伝えた。その時は、オアシスがまた再結成することを僕に伝えるために連絡してきたっていうことを僕は知らなかったんだ。僕は、オアシスが、意見の相違は横に置いて、ツアーのドキュメンタリー映画みたいなものを作るのに同意してくれないかな、なんて思ってた。でも彼らは、ドキュメンタリーを作ることに、すでにほぼ同意していたんだ。だから、その時の話は、もう、「どんな映画を作るんだ」とか、「今彼らの映画を作るのか」とか、「彼らの生涯についての映画なのか」とか、「ある特定の時期に関する映画を作るのか」だった。
 それはちょっとややこしいことだった。僕は、「なあ、オアシスは、ひとりだけじゃないだろう。誰の映画になるんだ?」っていうことを聞きたかった。兄弟ふたりについてなのか、バンドの残りのメンバーはどうするのか、協力者たちも描くのかってことをね。
 興味深いことに、ノエルは以前サイモンに、ドキュメンタリー映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』が好きだってことを話していたんだ。『AMY エイミー』はまだそのとき世に出ていなかった。ノエルは、ボイスオーバーの手法が好きで、中年男が映し出されて「昔は良かった」みたいなことばかり言う、懐古主義的な作品になるのはいやだったらしい。『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』や『AMY エイミー』のいいところは、その瞬間に自分もいるような気にさせるところだ。どこか他の所にある作り物の撮影スタジオにシーンが移らないからだよ。ただ人の声が聞こえて、その時に現在進行形で自分がいるような気にさせるんだ。
 僕にとっては、もう互いと口をきいていないふたりが同じ部屋にいるような気持ちにさせるのはどうしたらいいかっていうことが大事だった。そうなると、ボイスオーバーが効果的なんだ。互いに話しかけながらも、どこから声が出てるかとか誰が何を言っているかとか心配しなくていいからね。すると、互いと口をきいていない兄弟が会話をしているような状況を作れる。それもボイスオーバーの利点のひとつだよ。

    


©Jon Gorrigan

■最初のリサーチから最後の編集までの過程はどうでしたか?

MW:僕たちはオアシスを知っていた。皆オアシスの大ファンだったんだ。だから、彼らに何が起こったかは大体知っていた。僕も、いくつかの出来事については知っていた。そのうちのどれくらいが本当かはわからないけれど。ジャーナリストもバンドもかなり大げさに言ったからね。でも、アムステルダムのフェリー事件とか、いくつかのことは知っていた。ウィスキー・ア・ゴーゴーのギグのことも知ってたと思う。それらに関連する他の出来事もね。だから、最初からリサーチはある程度済んでしまっているようなものだった。
 それらの出来事を振り返って再体験みたいなことをしたり、どんな資料が残っているか見るのは面白かったね。その後は、調査員のチームを登用して、編集者も登用して、これらの出来事を見ていくんだ。僕たち皆はある疑問を持っていた。皆がすべてを記録し始める前だし、人が携帯電話で写真を撮り始めるまでまだ5年は優にあるぐらいの時のことで、皆が携帯電話を持ち始める前のことだから、見つかった映像は、ほとんど偶然あったようなものなんだ。でもある意味でそれが良かった。なぜかといえば、僕たちが使った映像のいくつかは、誰も見たことがないものだったからね。でも同時に、いくつかの出来事に関しては、写真があるかもしれないし、誰かの記憶でしかないかもしれないってことだ。
 だから最初は、「どんな映画を作るのか」っていうのが大きな疑問だった。資料がなければ人の顔を見ることはできないし、じゃあ、どうするってことになったんだ。
 でも最初の段階では、とにかく映像を集めた。レコード会社の管理部から映像をもらったりした。初期に彼らを撮っていたカメラマンが何人かいて、彼らからコンタクトシート送ってもらった。そしてネットに載っている物も使った。
 YouTubeからもすごくいい資料が得られた。それに、古いテープを見つけることやテレビから映像を録画して共有することに熱中しているスーパーファンが彼らには大勢いて、彼らがそれをやってくれて本当に助かった。そうでもなければ、多くのものがすでに消えてしまっていただろうから。ファンだったらいくつかの物はこれまでに見たことがあるかもしれない。でも運良く、かなり早い頃からいろんな人がいろいろ送ってきてくれて、僕たちもあちこちにしまわれているのを発見できたんだ。でもほとんどが偶然見つかったものだった。当時は音楽業界がその価値をわかっていなかったんだろうね。このバンドがどれくらい成功するかとか、時を越えて有名になるなんて考えなかったんだろう。
 日本から突然ある映画が出てきたり、ウィスキー・ア・ゴーゴーやキング・タッツとかの初期のライヴからの映像で、〈クリエイション・レコーズ〉に渡されたものとかが出てきたんだ。それらのものは、どこかのファンがこれで何かができるって思ったから生き残ったものなんだ。だから、最初の調査の段階では、「映画ができるかな?」って感じで、もしできるのならば、「じゃあどんな映画なの?」って感じだったんだよ。で、どんな映画なのかは、前に進むにつれてようやくわかってきたんだ。

  


©Jon Gorrigan

■映画の中のアニメーションはどういういきさつで?

MW:この映画をボイスオーバーだけで作るっていうことは、資料がない場合どうするかっていう問題を生み出した。ある重要な時の写真が全くない場合もあった。そのひとつがニュー・キャッスルのギグ。結局最終的には、時間がないから入れないことに決めたんだけど、アムステルダム事件みたいなものをどうやって再現するのか、また2番目のアルバムの時のロック・フィールド・スタジオでのけんかをどうやって再現するんだっていうことになった。
 いろんな方法を考えて、多様なスタイルのアニメーションの話になったんだ。僕はマーク・ナプトンが率いるザ・ブルワリーっていうグループと長い間仕事をしていたことがあってね。彼は、僕たちのプロジェクトすべてに関わっていた。そうだな、『Sex & Drugs & Rock 'n' Roll(原題)』の頃からかな。ミュージック・ビデオやコマーシャルや映画とかいろいろ手がけた。でも、これはちょっと違った難しさがあった。映画作りは、「何かをアニメーションにするぞ」って考えた瞬間から、興味深い領域に入っていった。ドキュメンタリーの多くはアニメーションを使わないからね。またオアシスのスタイルと合わせ続けたいし。昔の資料から出てきたっていう印象は与えたくないし。ボイスオーバーを反映していないといけないし。気を付けないといけないことがいろいろあった。でも、アニメーションを使わなければ、映画の真ん中に大きなブラックホールができてしまうってこともわかっていた。だから、どんな方法にするかいろいろ検討したんだ。
 従来のアニメーションみたいにしようかって話もあった。彼らの顔は、わかりやすい。特にふたりの兄弟はね。だから風刺漫画家のような人を見つけて、彼らをアニメーション化してもらおうっていうことになったんだ。それでいくつかのスケッチを書いてもらったんだけど、なんとなく違う様な気がして、いろんな考えを出した。それで、入ってくる資料を見ていて、最初に来たのは、以前彼らと仕事をしたことがあるカメラマンたちからもらったコンタクトシートだった。僕たちは、「このコンタクトシートには何か特別なものがあるぞ」って思いながらそれを見続けた。何か、過去へと続く窓みたいに見えたんだ。
 そこでマークが、「なあ、見てくれ……」と言って、説明しはじめた。彼が言ったことのひとつは、「もしコンタクトシートが広がっているテーブルの2D世界を効果的に見ているなら、同じことを他の情報を使ってもできるはずだよ」ということだった。それは、ビデオを使ったり、電話の通話を使ったり、付箋紙を使ったり、リアムがノエルに書いたメモを使ったり、またノエルがリアムに書いたメモだったり。そしてページをめくるように入ったり出たりできるんだってね。そうやってあのアニメーションのスタイルが決まったんだ。

■メディアや人の目に映る彼らと現実の彼らはどう違いましたか?

MW:このふたりの兄弟に関しては皆が意見を持っているよね。実際にタブロイド紙はすごく極端で、ふたりを風刺的に描いたから、それが一般的な理解になってしまった。人は多かれ少なかれ、そのような目で彼らを見るようになったよね。だから「オアシスの映画を作っているのですが、当時についてどんなことを覚えてますか、どう思いますか?」なんて聞くと、皆はこのふたりに対してすごく厳しい意見を持っていた。そしてそれは、僕が実際に彼らに会った時の体験や、彼らに関する資料を調べて得た印象からはかけ離れていたんだ。
 彼らと一緒に時間を過ごすとわかるけど、彼らはとても頭がいい。ふたりともとても面白くて、自分がしていることに対して情熱を持っている。そして音楽が大好きで、あの3年間に起こったことを本当に喜んでいる。当時の出来事をタブロイド紙で読むと、パパラッチとの問題や人間関係とか、そういったバンドの外で起こっていたナンセンスで、彼らについての興味深いことではなかった。俳優にしろ政治家にしろミュージシャンにしろ、有名人なら誰でも言えることだったんだ。だから、それらは彼らを特別にした要素ではなかった。
 彼らの何が特別だったかっていうと、当時この国で音楽の世界で、また社会で起こっていたことなんだよ。だから僕にとっては、一歩下がって彼らに会って、人が考えている彼らの姿と現実との対比を見られたことがとても面白かった。僕たちの映画で少しバランスの取り直しができることを望んでいる。この映画を見たらふたりともどんなに頭が良くて、面白くて、才能があるかを見ることができると思うよ。

   


©Tim Abbot

 

■彼らにどんなことでも聞けるような気がしましたか?

MW:かなり最初の頃から彼らは話したいことなんでもいいよって言ってくれた。でも僕は、いったんはじまって、ふたりの仲の問題とか、成功するまでの過程で起こったこととか、子どもの頃のこととかになったら、「もう話したじゃないか」とか、「もうその話はやめよう」とか言われると思ってたんだ。でも、彼らは率直で、何度も同じことを話せたし、もう一度話したことに戻ることもできた。もしはっきりしないことがあれば、数週間後にまたその話に戻れた。それを嫌がる様子もなかった。「もうそのことは十分話しただろ」とか「この話はいやだ」とか、「その質問は言い方を変えてくれないか」なんて言うことは一度もなかったよ。全くね。
 最初の頃、どんな映画になるかっていう話をしたとき、僕は、「個人的にはタブロイド紙側の情報は十分聞いたって感じてる」って言ったんだ。「話の中でそういったスキャンダルにも触れることになると思うけど、僕は、もっと音楽の話や君たちに何が起こっていたかについて話したい。その時に起こったことは、なぜ起こったのか、どうやって起こったのか」って。パパラッチどもとの騒動や、解散間際に起こった出来事よりも、ネブワースの頃に起こったことにフォーカスしたいと伝えた。リアムもノエルもボーンヘッドもその方がいいって思ってくれたみたいだ。彼らは、自分たちの音楽がバカ騒ぎや彼らの抱えていた問題の中に埋もれてしまったのではないかということを気にしていたんだと思う。彼らに質問することが問題になることはなかったよ。どちらかといえば、僕の方がそういったスキャンダルについての映画ではなく、彼らの音楽活動に関する映画にしたいと主張していた感じだった。

■このプロジェクトの中で一番楽しかったことは?

MW:最初に入ってきた資料だね。それを撮った人以外は誰も見たことがないようなものが届くんだよ。バンドのメンバーは、ティム・アボットの映像を見たことがなかったらしい。昔見たことがあったとしても、次の日の朝に急いで見たとかで、ちゃんと見たことはなかったんだ。地球のほとんどの人は、それが存在することすら知らなかった。だから、その映像とか、また、後で日本からの映像とか、2番目のアルバムを作成している時の映像とか、ステージ裏の特別な瞬間などの映像とかが入ってきたときはすごく楽しかったよ。同じように、ジャーナリストによるインタヴュー映像なんかは、誰も聞いたことがなかったものだったりしたんだ。当時のジャーナリストたちも聞いたことがなかったんだよ。それが僕にとってはすごくエキサイティングだった。
 それから、特に興味深かったのは……。ギャラガー兄弟に何が起きたのか、彼らの関係は難しいって今では皆知っているし、ふたりのそれぞれにインタヴューはできても、ふたり一緒にインタヴューすることはできないってわかってた。でも、入ってきた映像を見ると、例えばティムが撮った『トップ・オブ・ザ・ポップス』の映像では彼らがふざけ合っているのが見えるんだ。ふたりの間に愛が見えるんだよ。すると突然失われたものが何かわかるんだ。もしかしたら……いや、彼らがなんとか仲直りしてくれるといいなって思うんだけど。
 そして、僕たちは皆彼らの間に愛があったってことを忘れていたし、また彼らも忘れていた。最初のセッションで彼らそれぞれと話す中で、僕が、「最初に一般的なことを聞いて、それから君の記憶を呼び起こすために映像をいくつか見せるね」って言って映像を見せたんだ。これは僕の思い込みかもしれないけど、かつてのふたりの関係はどんなものだったのか、また、どれだけ楽しそうにふざけ合っていて、どんなに親しい関係だったのか、それからどう展開して今はどうなったかを見て、彼らはふたりとも心を動かされているように見えた。それで、映画の中に当時のその瞬間に居合わせたような気にさせるような映像を含むことができるってことが分かったんだ。そこにカメラがあるということは、友達が撮っているっていうことでしょ。となると、そこに壁はない。見栄を張る必要はないからね。だから、そのとき何が起こっていたかっていうことを純粋に見ることができるんだ。

   


©Ignition

■映画で取り上げると、事前に決めていた曲や出来事はあったんですか?

MW:僕たちは進めていく中でどんな映画になるのかを発見していったんだ。最初にわかっていたのは、オアシスについての映画を作るチャンスがあるかもしれないっていうことだった。でもオアシスのどの部分の映画になるかはわかっていなかった。今のことなのか、昔のことなのか、それとも彼らのキャリア全体なのかはね。
 皆がそれぞれお気に入りの曲を持っている。僕のお気に入りは“Bring It On Down”だった。だからそれは1曲全部を入れなきゃと思ってたよ。それをモンタージュみたいにカットしてつなげて、その後にニューキャッスルでのけんかの場面を入れた。でも、結局それは編集でカットされちゃったんだ。すごく残念だった。僕が大好きな曲だったし、パンクっぽくて、粗野な感じでね。まだ映画には残っているけれど、僕たちが使いたい感じでは見せていないんだ。僕たちは静止画像を使って連続のアクション・シーケンスみたいに使ってよみがえらせた。だから、絶対映画に残ると思ってた。他の何をカットしてもね。でも結局ボツになったんだ。だから何が映画に残るべきかについての考え方を全く変えて、編集をした。
 フィオナは現場にしっかりと関わるプロデューサーで、サイモンがバンドとの連絡係で、ジェームスもいたし、また『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』と『AMY エイミー』っていう素晴らしい映画を作ったアシフもよく来て映画のだいたいのカットを見てアドバイスをくれた。彼らの感想は、「オアシスの歌を3曲ぐらいしか知らない人のことも考えないといけないよ」とか、「“Wonderwall”は絶対に入れないとね」といったものだった。僕はどっちにするか迷ってた。だって、彼らの曲は知られていたからわざわざ紹介する必要はないと思ったからね。でも特にアシフは、「彼らの曲は秘密兵器みたいなものなんだ。だから曲を使って、映画を見ている人に楽しんでもらうんだ」って言った。僕はそれに対して、「ん~、ファンはもう知っているし、使わなくてもこの世の終わりにはならないし」なんて思ってた。そこで思ったのは、ストーリーを伝える曲ならば使えると思ったんだ。だからいつも、それはそれがいい曲だからというよりも、ストーリーを物語っているからという理由で曲を使うようにした。


©Ignition

■このドキュメンタリー映画はノエルとリアムのストーリーの中でどんな役割を果たしていると思いますか?

MW:この映画が重大な役割を果たしているとまでは言えないね。ドキュメンタリーは結局僕たちの意見でしかないから。あるいはいろんな人々の記憶からコラージュを作っているにすぎないんだ。でも、あのバンドが達成したことや、彼らの歌の重要性や、その影響が今日まで人々に影響を与えているっていうことをこの映画が示しているんだと思う。
 彼らの影響はどの結婚式に行っても、どんなギグに行ってもわかる。今でもノエルがソロのツアーでどの曲を演奏しても、最初のコードを弾くだけで、後は聴衆が続けてくれる。もし仮に彼が引っ込んで、やかんを火にかけに行って、3分後に戻ってきたとしてもまだ皆は歌っているだろう。だからその意味では、この映画の重要性はどこにあるってわけでもない。
 僕たちが達成しようとしていることは、あの3年間にバンドが何をしたかっていうことを人々に思い出してもらうことなんだ。あの5人が達成したことは、本当にすごい。それから後に起こったことのために、また彼らの結末が面白おかしく扱われてしまったために、彼らの功績は、特に音楽の面で忘れられてしまった。だから僕たちはできるだけバランスを取り戻そうとしているんだ。
 人々が覚えているあの兄弟の姿っていうのは『サン』紙とか『ニュース・オブ・ザ・ワールド』紙とかのタブロイド紙が描いた姿で、現実をあまり反映していないからね。だから、できるかぎり、彼らの何がそんなに人の心を掴んだのか、何が人を魅了したのか、なぜ彼らは並外れた人物なのかを人々に思い出してもらうんだ。『ミラー』紙に書かれたとおりの人々じゃない。彼らは実在した実際の人間なんだってね。それが僕にとっては大切だった。だから僕たちがしたかったことは、ある意味で、バランスの取り戻しなんだよ。人びとは誇張された彼らの姿について話してきたけれども、彼らの音楽と人間関係について話してみようよって感じでね。


※『オアシス:スーパーソニック』は12月24日(土)より角川シネマ有楽町ほかにて全国公開

『オアシス:スーパーソニック』
監督:マット・ホワイトクロス(『グアンタナモ、僕達が見た真実』)
製作:フィオナ・ニールソン、ジェームズ・ゲイ=リース、サイモン・ハーフォン
製作総指揮:リアム・ギャラガー、ノエル・ギャラガー、アシフ・カパディア(『AMY エイミー』、『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』)
編集:ポール・モナハン/音楽:ラエル・ジョーンズ/再レコーディング・ミキサー:リチャード・ディヴィ/VFX&アニメ―ション:ザ・ブルワリー/VFX&アニメ―ション・スーパーバイザー:マーク・ナップトン/ミュージック・スーパーバイザー:イアン・クック、イアン・ニール
2016年/イギリス/英語/カラー/122分/日本語字幕:石田泰子/監修:鈴木あかね、粉川しの/配給:KADOKAWA
日本公式サイト:https://oasis-supersonic.jp/

Brian Eno - ele-king

 なんということだ。先日お伝えしたように、ブライアン・イーノは2017年1月1日に新作『Reflection』をリリースするのだけれど、その『Reflection』が「プレミアム・エディション」としてアプリでもリリースされることが発表された。
 たしかに、どれほど一回性を追求して作品を制作しようとも、それがヴァイナルやCDという形で発表される限り、イーノの求めるジェネレイティヴ(=自動生成的)な音楽が真の姿を現すことはない。おそらくイーノは長きにわたり葛藤してきたのだろう。彼はこれまでもピーター・チルヴァースとともに『Bloom』や『Trope』といったアプリでジェネレイティヴな音楽のあり方を探究してきたが、ついに今回、アルバムそれ自体のアプリ化に踏み切ったわけである。
 一体どんなアプリになっているのだろう? アルバムのリリースまでおよそ半月。首を長くして待っていようではないか。

巨匠ブライアン・イーノが贈る
アンビエント・シリーズ最新作『REFLECTION』
プレミアム・エディションとして
iOS、Apple TV対応アプリのリリースが決定


App images by Nick Robertson

『REFLECTION』は、長きに渡って取り組んできたシリーズの最新作である。あくまでもリリース作品という観点で言えば、その起源は1975年の『Discreet Music』にまで遡るだろう。――ブライアン・イーノ


ブライアン・イーノが、アンビエント・シリーズ最新作『REFLECTION』を、2017年1月1日(日)に高音質UHQCD仕様でリリースすることは既に発表されているが、今作のプレミアム・エディションとして、iOS、Apple TV対応アプリでもリリースされることが明らかになった。本アプリ版は、これまでにイーノが手がけた『Bloom』や『Trope』といった革新的アプリ同様、音楽家でありプログラマーのピーター・チルヴァースと共同開発されたもので、『77 Million Paintings』や『The Ship』といった代表作を生んだソフトウェア・プロジェクトのコンセプトを拡張させ、ジェネレイティヴ(=自動生成的)な音楽や画像を楽しめるアプリとなっている。


『REFLECTION』は、私にとって最新のアンビエント実験作で、これまでのところ最も精巧な作品となっている。私がアンビエント・ミュージックを手掛けることになった当初の意図は、エンドレスな(=無限の)音楽、すなわち、聴き手が望む限りずっとそこに流れている音楽を作ることであった。そしてその音楽が流れている間ずっと、常に異なる展開を生み出し続けることも求めていた。「流れる川のほとりに座っている時のように」だ。つまり、そこにあるのは同じ川だが、流れる水は常に変わり続けているということ。しかし録音作品は、アナログ盤であれカセットであれCDであれ、その長さが限られており、再生する度に毎回、全く同一の内容を聴くことになる。そのため私は従来、音楽を作り出すシステムを開発しても、その後30分もしくは1時間の音源を録音し、それをリリースしなければならないという制限を受けてきた。アルバム形式での『REFLECTION』は、アナログ盤もCDも、そのようなものとなっている。しかし『REFLECTION』の制作に用いた本アプリには、そういった制限がない。本アプリによって、『REFLECTION』という音楽作品の、エンドレスかつ無限に変化し続けるヴァージョ ンを生み出すことが出来るのである。

こういった種類の曲の制作は、3つの段階に分けられる。まず第1の段階が、音の素材及び旋法(モード)の選択、つまり一連の音程関係の選定である。これらは次の段階で、アルゴリズムのシステムによりパターン化され、探査が行われる。そのアルゴリズムのシステムは変動し、最初に私がそこに入力する要素を並べ替えながら、絶えず変容を続ける音楽の流れ(もしくは川)を生じさせる。第3の段階が、試聴だ。一旦システムを作動させると、実際、何週間にも及ぶ長い時間を費やして、私はその作用を確かめ、素材やアルゴリズムを実行する一連の規則を微調整する。それはガーデニングと実によく似ている。つまり、種を蒔き、その後、好みの庭に育つまで、世話をし続けるのだ。
- Brian Eno


コンポジション(作品)をソフトウェアに取り込むことにより、ある特別な機会を得ることができた。1日の時間帯によって、規則自体を変更することが可能になったのだ。午前中にはハーモ ニーがより明るく、それが午後にかけて徐々に変化し、夕刻までには本来のキーに到達。明け方には、新たに導入された条件によって音がまばらになり、全体の速度が落ちる。
- Peter Chilvers


ブライアン・イーノ最新作『REFLECTION』は、CD、アナログ、デジタル配信、iOS、Apple TV対応アプリのフォーマットで、2017年1月1日(日)世界同時でリリース。国内盤CDは、高音質UHQCD(Ultimate High Quality CD)仕様で、セルフライナーノーツと解説書が封入され、初回生産盤は特殊パッケージとなる。



Labels: Warp Records / Beat Records
artist: BRIAN ENO
title: Reflection

interview with KANDYTOWN - ele-king


KANDYTOWN
KANDYTOWN

ワーナー

Hip Hop

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 太平洋の両岸で社会的な動乱が続く2010年代なかば、日米はトラップの時代にあると言っていい。一方で現在の東京の地下では本当にさまざまな音が鳴っている。パーティ・オリエンテッドなトラップから本格的なギャングスタ・ラップ、けして懐古主義になることのない職人肌のブーン・バップ…。そんな中でも、KANDYTOWNのメジャー・デビュー・アルバム『KANDYTOWN』は、日本のヒップホップ生誕の地、東京のインナーシティに受け継がれる音楽文化のクールネスを結晶化したマスターピースと呼ぶに相応しい。もともと幼なじみでもある世田谷区喜多見を拠点とする総勢16名のこのクルーは、中心人物だったYUSHIを昨年2月に不慮の事故によって失いつつも、けしてその歩みを止めることはなかった。12月22日にはリキッド・ルームでのフリー・クリスマス・ライヴの開催も告知されている。

 ハイプに盛り上がる周囲の喧噪をよそに、KANDYTOWNはあくまで寡黙でマイペースだ。彼らはテレビ番組をきっかけにしたラップ・ブームとも、いまやメイン・ストリームを担いつつあるトラップとも、一定の距離感をキープしている。5年前に震災の暗闇を経験し、いまは4年後のオリンピックにむけてバブリーにざわめく2016年の東京のストリート。マシン・ビートによるトラップの赤裸々なリアリティ・ラップが注目を集める中、KANDYTOWNは1990年代以来の日本のヒップホップの蓄積を正統に継承するサンプリング・サウンドにのせて、強烈なロマンティシズムを描いている。2000年代以降の日本語ラップのリアリズムがつねに時代を切り取ろうと腐心してきたとすれば、彼らに感じるのは、むしろシネマティックな想像力で時代を塗り替えようとする野心だ。考えようによっては、彼らはとても反時代的な存在でもある。

 現在のラップ・ブームの火付け役となった〈フリースタイル・ダンジョン〉は、日本語ラップの「ダディ」であるZEEBRAをオーガナイザーに据え、いとうせいこうという先駆者をキャスティングすることで、黎明期から現在にいたるまでの日本のヒップホップの歴史をうまくパッケージしている。しかし、この10年の冬の時代にアンダーグラウンドなハスリング・ラップの台頭を経験し、震災後にはトラップの本格流入を経由した現在の日本のシーンは、より複雑で多層的だ。断片化と呼んでもいいかもしれない。今回のインタヴューでは、コレクティヴ名義での初オフィシャル・アルバムの制作プロセス、そしてほかでもない2016年にこのアルバムがリリースされた意味を探った。参加したのは、IO、YOUNG JUJU、KIKUMARU、GOTTZ、Ryohu、Neetz、そしてA&RとしてクレジットされたOKAMOTO’Sのオカモトレイジだ。

──アルバム『KANDYTOWN』について

本当にいままでどおりライヴが終わったあとに誰かの家に行って曲を書くみたいな、遊びの延長線上で作ったのがこれですね。(Neetz)
最初で最後かもしれないのでお聴き頂ければと思います。(Ryohu)

まずはアルバムのリリースおめでとうございます。今年2月のYUSHIさんの一周忌にリリースされたIOさんのアルバムを皮切りに、それぞれのソロ・ワークも順調に出していって…ついにKANDYTOWNとしてオフィシャルなデビュー盤ということで。メジャーでのレコーディングにあたって、なにかこれまでとの違いはありましたか?

Neetz:いや、そんなことはまったくなかったですね。

じゃあレコーディングの日程は順調に進んだ感じですか?

Neetz:わりとスムーズにいったとは思います。

Illicit Tsuboiさんのところで合宿的なことをしたと耳にしたのですが。

IO:合宿というほどでもないと思います。

JUJU:でも2、3日連続でスタジオを空けておいてもらって、行けるメンバーがその間に行って、途中で家帰ったりするヤツもいればまた来るヤツもいるみたいな、そういう状態だったと思います。

インディでリリースした『KOLD TAPE』や『BLAKK MOTEL』、『KRUISE』は基本的にNeetzさんの991スタジオですよね?

Neetz:そうですね。基本は991スタジオでやっていました。

Illicit Tsuboiさんといえば名だたるプロデューサーですが、作業環境が変わったことでの新鮮味はありましたか? 具体的にどういったところが変わりましたか?

GOTTZ:やっぱり全然違いましたね。やっぱり機材が違いますし、Neetzのはベッドルームを開けてやっているスタジオなので宅録という感じなんですけど。全然違ったよね?

KIKUMARU:もう最初初めて声を出したときの録り音が違いましたね。

Ryohu:Tsuboiさんが一人ひとりRECしているときにもうそれぞれのバランスを調整して、EQとかコンプとか全部一人ひとり弄ったりしていて細かいところから違いましたね。

新たなステージでどんなアルバムになるのかなと思っていたのですが、とくに構成がよく練られていると思いました。まずは派手なパーティ・チューンでスタートして、心地よい横ノリの曲で引っ張って、インタールードでブレイク・ダウンした後はメロウに、そして最後はまたドラマティックに盛り上げていく。こうした構成は最初から頭にあったんですか?

Neetz:最初はなくて、とりあえず曲をめっちゃ録っておこうというところから始まって、最終的にできたものを曲順に並べてああなったという感じですかね。でも最初はできた曲を録りまくろうという話で、カッコいい曲を録ろうという意識でしたね。

自分で作った作品は完成後に聴くほうですか? 今回のアルバムを客観的に聴いてみて思うところがあれば。

Neetz:普段はあんまり聴かないですね。

GOTTZ:いまはまだ聴いている最中、という感じですね。
Neetz:作るときからあまり意識はしていないので、いまできたものがこれなんだなという感じですね。

飄々としてますね。

Neetz:これからもそのスタンスは変わらないですね。だから意外とこのアルバムに熱意をこめてというわけでもなく、『BLAKK MOTEL』もそうだったし『Kruise』もそうだったし、本当にいままでどおりライヴが終わったあとに誰かの家に行って曲を書くみたいな、遊びの延長線上で作ったのがこれですね。

事実上のリード・トラックの “R.T.N.”にはYUSHIさんの名前がクレジットされてます。IOさんのファースト・アルバムの一曲目の“Check My Leadge”でもYUSHIさんのラップがフィーチャーされてたし…すごく象徴的に感じました。

JUJU:あの曲はYUSHIがメインで作って、MIKIが軽く足したくらいだと思うんですけど。二人が留学中に作っていた曲ですね。

レイジ:でもほぼほぼYUSHIって感じがするよね。

JUJU:うん、音的にYUSHIだしね。4年前くらいにはあった曲で、多分覚えていないと思うけど当時IOくんとかが録っていましたね。でも当時からバンクロールでやろうとしていて楽しみだねと話していたんだけど、みんなそのビートのこと忘れていて、アルバムを作り始めようというときにMIKIが「このビートあるよ」と聴かせて、ワーッという感じになりましたね。

ほかに序盤で印象的なのは、“Twentyfive”はI.N.Iの有名な曲と同じネタで、ただハットの打ち方が今っぽいですね。

Neetz:そうですね。ピート・ロックが使っているやつ。けっこう使われていたので、叩き方を新しくして新しい感じの音にしようかなと思ってああなりましたね。

JUJU:あれはNeetzがフックを作るのに困っていましたね。

Neetz:そうですね。フックがけっこういい感じで決まったというのが大きいし、みんなもラップをカッコよくカマしてくれましたね。

Neetzさんはいつもどんな風にビート・メイクしてますか? キャンディのトラックは、ビートというよりは上ネタのメロウネスが強く印象に残るイメージなんですが。

Neetz:そうですね。まずは上ネタからですね。まず上ネタを探して、ループしたりチョップしたりして、だいたいそのあとにドラムを付け足してという感じですね。このアルバムではとくに、元の素材を活かす曲が多かったかもしれないですね。

それは意識して?

Neetz:けっこう意識的かも。

影響を受けたトラック・メイカーはいますか? このまえレイジくんから、一時期はみんなプリモのビートでしかラップしなかったといういい話を聞いて(笑)。

Neetz:うーん、俺はジャスト・ブレイズとかドクター・ドレーとかけっこう王道なところですね。

どこかでDJ ダヒがフェイヴァリットだと目にしたのですが。

Neetz:DJ ダヒはそのときにちょうどハマっていたので(笑)。基本はさっき言ったような王道のヤツです。

日米のいわゆる90’Sサウンドは聴いたりしますか? ニューヨークならプロエラとかビースト・コースト周辺だったり、日本だとたとえばIOさんのアルバムが出たとき、どこかのショップの限定の特典で“DIG 2 ME”のISSUGIさんリミックスがあったと思うのですが。

Neetz:プロ・エラは聴いているけど僕らはそんなに影響を受けたりしてないですね。ISSUGIさんのリミックスは聴いたことないな。

上の世代の人たちとは、俺らはあまり交流はないですね。IOくんはブート・ストリートのときからJASHWONさんたちにはお世話になっていて。(JUJU)
IOがブートで働いていたというのが意外だよね。いいよね。(レイジ)

言ってしまえば、キャンディはブーン・バップ的な90’sヒップホップの新世代として位置づけられていると思うのですが、いわゆる上の世代の人たちと繋がっているわけではない?

IO:Fla$shBackSのKID FRESINOだったり、FebbとjjjはJUJUのアルバムで一緒にやっていたりしますね。

ほぼ同世代のFla$shBackSのほうとはつながりがありますね。

JUJU:上の世代の人たちとは、俺らはあまり交流はないですね。IOくんはブート・ストリートのときからJASHWONさんたちにはお世話になっていて。

レイジ:IOがブートで働いていたというのが意外だよね。いいよね。

一同:(笑)

JUJU:めっちゃいい。

高校を辞めて働いてたんでしたっけ?

IO:はい。

JUJU:グロウ・アラウンドで働いているヤツもいて、そういう宇田川の繋がりがあるんですけどそこくらいだよね。

じゃあラップについてお伺いします。キャンディといえばワードチョイスが独特だと言われていますが、今回この曲の作詞は苦労したということや、これはこういうトピックに挑戦してみたということはありますか?

JUJU:一切ないですね。

一同:(笑)

JUJU:メジャーに行ってどうだったということは多分みんなないし、トピックをどうしようとかもKANDYTOWNにはほとんどないし、この人に向けて歌おうとかそういうことも言わないから……あんまりないよね?

Ryohu:でも幻のバースとかありますよ。

カットされたりもするということで。ひとつのビートでラップをするメンバーはどうやって決めてますか?

JUJU:挙手制と推薦制がありますね。バランス制もある。

そのバランスを判断するのは誰?

JUJU:みんなですね。

GOTTZ:でも基本的にラップに関してはビート・メイカー・チームじゃないですか。

なるほど。今回のアルバムはビートはNeetzさんにくわえてMIKIさんとRyohuさんがクレジットされてますね。

Ryohu:はい。

GOTTZ:あとはミネソタとか。わりとそっち側で話し合っていたんじゃないですかね。

Ryohuさんは今回トラック・メイカーとして二曲担当していますが、Ryohuさんといえばやはりシンガーとしての役回りもあります。メンバーのなかにこれだけうまく歌える人がいるのは特色のひとつだと思うのですが。

Ryohu:うーん、欲をいえば、俺は本当は女性シンガーが欲しいですね(笑)。

Ryohuさんの歌声はフェミニンなやわらかさがあって、これだけバランスよく歌がハマっているのはそのおかげかなと考えてました。

Ryohu:でもJUJUもいいフックを作るし、「ペーパー・チェイス、福沢諭吉」のラインなんて考えつかないし(笑)。IOもフック作ったりできるし、僕はそんなに意識してはいないしあんまり考えていないですけどね。できないことはできないし、できるヤツにやってもらってというのはなんとなくあります。

みんなソロ活動を活発に行なってますが、KANDYTOWNとして集まったときに自然に出てくるムードみたいなものはありますか?

Ryohu:KANDYTOWNとおのおののソロはまたちょっと違うはずで、それこそJUJU新しいアルバムも違うし。

JUJU:俺のは全然違いますね。多分ショッキングな感じだと思います。

Ryohu:はは!(笑)

MASSHOLEさんプロデュースの先行シングル“THE WAY”からしてダークでドスのきいた感じで。

JUJU:ああいう系もあるし、ちょっとトラップっぽいのもあるしいろいろあるっす。このあいだ改めてキャンディのほうを聴いて、全然違うと思ってびっくりしましたね。集まるとみんなにとってああいうビートのチョイスが程良いというか、Neetzのビートはみんな出すぎず下がりすぎずという感じが保てますね。

Neetzさんは他のラッパーに曲を提供する機会は増えてきました?

Neetz:いまのところほとんどないですね。本当キャンディ内だけなんで、これからやっていこうという感じですかね。ただ黙々と作っているというか。

この1年くらいでいろんなイベントに出演することも増えて、全然スタイルの違うアーティストと一緒になることもあると思います。そのことの影響はありますか?

JUJU:同い年で頑張っているヤツもいるし、ポジティヴに制作を頑張ろうという影響は受けますけど、あんまり具体的な影響はないよね。

Neetz:あんまり影響されないですね。どちらかというと例えばRyohuが4月にアルバムを出して、WWWとかでかいところでライヴをやったりして、そういうところに刺激を受けますね。

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──2016年のシーンについて

むこうにいるキッズは、常にヤバいものが更新されていくわけじゃないですか。だからあいつらの世代のスターはリル・ウェインやT.I.だし、ビギーや2パックを追う前に小学生くらいから自分の世代のスターが目の前にいるから、別に追う必要がないというか。(GOTTZ)


KANDYTOWN
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いま日米問わずトラップの時代みたいなところがあるじゃないですか。アメリカだとそれに対してケンドリック・ラマーやアンダーソン・パークといった90年代回帰の流れもある。このまえ、アトランタのリル・ヨッティというトラップのラッパーが、2パックとビギーなんて5曲も知らねえよ、みたいな発言をして、それがちょっとした議論になって…。

Ryohu:ヨッティが「そんなの知らなくてもいいじゃん」って言ったヤツですよね。

JUJU:それにアンダーソン・パークが噛みついたんですよね。

GOTTZ:「知らないことをいばるな」って(笑)。

一同:(笑)

GOTTZ:日本に住んでいても俺らは日本語のラップをそんなに聴かないから。ようはむこう(アメリカ)のものを掘っているじゃないですか。でもむこうにいるキッズは、常にヤバいものが更新されていくわけじゃないですか。だからあいつらの世代のスターはリル・ウェインやT.I.だし、ビギーや2パックを追う前に小学生くらいから自分の世代のスターが目の前にいるから、別に追う必要がないというか。そのナウだけを聴いていたらそうなるんじゃないですか。

じゃあどちらかというとヨッティ派?(笑)

GOTTZ:いや、俺はもちろんアンダーソン・パークの言っていることもわかりますよ(笑)。

JUJU:kiLLaとか日本の若い子もきっとそうなんですよ。一緒に遊んで2パックの曲とかをかけてても知らなかったりするし、いまの若い子は本当にそうなんだと思う。別になんとも思わないけど、知ってたほうがいいとは思うし「カッコいいのになんで?」と思うだけ(笑)。

GOTTZ:ヨッティのあれは、元々チーフ・キーフが言った言葉に対してなんじゃないですか? あれはチーフ・キーフが最初に「俺はビギーも2パックもほとんど知らねえよ」と言ってたんですよ、たしか。

まあことさらトラップとヒップホップを対立的にとらえる必要もないとは思うんですが、オーセンティックなヒップホップが過去のブラック・ミュージックから続く歴史性を背負っている部分が強いのに対して、たとえばヨッティなんかは韓国のBIG BANGの大ファンだったり、ネット時代というか、グローバル時代ならではのポスト・モダン的な側面がより強く出てる印象があります。日本だとBCDMGは宇田川を拠点として、トラップもやればブーン・バップもやる、ようは断片化したシーンをきちんと俯瞰する王道的な仕事を意識的にやってる。KANDYTOWNは世田谷ローカルの仲間たちで好き勝手にやってきた部分もあるけれど、言ってみれば昔ながらの東京のインナーシティのヒップホップのクールネスをオーセンティックに継承しているところもあって。

IO:俺とJUJUとDONYがBCDMGに所属してプレイヤーとしてやっていて、ああいうところにキャンディがあるというよりは、どちらかというとキャンディは帰ってくる場所というか。

やっぱり地元から愛されているヤツは間違いないと思うから、そういうところを見て俺もやろうと思ったし……(JUJU)

日本の同時代のトラップ・アーティストを聴いてフィールすることはありますか?

JUJU:そんなに聴いてるわけじゃないですけど、俺は会ったら喋るし普通に仲いいです。曲を作ろうという話はしますし、YDIZZYとかkiLLa組は「曲聴いてください」といって送ってくるからそういうときは聴きますね。(KANDYTOWNの)みんなが聴くというのは聞いたことないし見たこともないですね。みんなが自発的に誰か他のアーティストの曲をかけてるのはないです。

Neetz:俺は日本語ラップだとKANDYTOWNしか聴いてないです。

一同:(笑)

JUJU:そういう感じなんで、そこに関してはみんなリル・ヨッティって感じですね。

GOTTZ:あ、でもRYUGO ISHIDAの“YRB”(ヤング・リッチ・ボーイ)はけっこう聴いてたけどね。中毒性がある感じ(笑)。

JUJU:まあ別にトラップをそんなに意識して聴かないですね。

IO:ポジティヴなことを言うといろんな色があって、聴く人にとってもいろんな選択肢があるなかで俺らにフィールしたら聴いてくれればいいと思う。ただいまヒップホップ・ブームと言われているじゃないですか? それがブームで終わらないで根づいていければカルチャーになるし、先の世代がラッパーになったらリッチになれるという本当にアメリカみたいな文化になればいいと思うっすね。

BCDMGのコンピレーションではSWEET WILLIAM さん、唾奇さんとジョインした”SAME AS”が印象に残ってます。オデッセイの“ウィークエンド・ラヴァー”のネタで唾奇さんが「時給700と800」ってぶっちゃける感じのラップを最初にかまして、フックで「fameじゃ満ちないpainとliving」とJUJUさんが応えてて…IOさんが時どき使う「チープ・シャンペン」ってワードじゃないけど、単にきらびやかなだけじゃないKANDYTOWNの魅力が引き出されてる感じがしました。

JUJU:唾奇とかはすごくいいと思うというか、いまの時代だとお金があるように見せがちだと思うんですよ。でもああいう感じで来るじゃないですか。沖縄にライヴをしに行ったときに沖縄の人たちの唾奇に対するプロップスがハンパなくて、みんな歌ってたし「おい! 唾奇ぃ!」みたいな感じになっていて、それがすごくいいなと思ったんですよ。やっぱり地元から愛されているヤツは間違いないと思うから、そういうところを見て俺もやろうと思ったし、なによりIOくんが「唾奇とやるからやろうぜ」と言ってきてくれて、IOくんが言ってるならと思って、一緒にやったんですよ。

IO:唾奇は単純にカッコいいんです。俺のスタイルとは違うけど、俺にないものを持ってるし、やろうと思ってもできないスタイルでやっていて、そこにカッコいいと思う部分がある。だからシンプルに一緒に曲をやってみたいと思いました。

じゃああのコラボレーションはIOさんから持ち込んだ感じですか?

IO:ですね。

レイジ:あとそうだ。シーンとのつながりで言うと、あまり明かされていないんですけど、意外とSIMI LABと仲いいんですよね。いまはもう影響を受けたりしていないと思うし一緒にやっていないけど、俺から聞きたいんだけど、昔一緒につるんでたときは、オムスとかQNから影響受けたりしたの?

JUJU:俺はラップを始めたときにYUSHIとQNくんが一番近くにいてくれたからね。

レイジ:QNが最初にヤング・ジュジュをプロデュースしようとしてたのも、もう5、6年前だよね。

JUJU:そのときは本当に恵まれていたというか、周りの人がスゲえと言っている2人がいつも遊びに連れて行ってくれて、リリック書けとか一言も言われたことないけど、あの人たちは「やる」となったら15分でビートを作って、10分でリリックを書いて、5分で録って、(そのペースで)1日5曲録るみたいな人たちだったからそれに付いてやっていて、音楽への姿勢はあの2人から影響を受けましたね。フラフラしてるんだけど、レコ屋に入ってビートを選んだら家に帰って作り出すまでがすごく早いというか。「バン!」となったらしっかりやるという感じだったり、当時はすごく影響を受けたと思いますね。

レイジ:ちゃんと盤になった音源で、一番最初に世に出たYOUNG JUJUのラップって“Ghost”だっけ?

JUJU:うーん、IOくんたちともやってた曲があったと思うけど、ちゃんと流通されたのはそうかもしれない。

レイジ:QNのサード・アルバムに入っている曲だよね。そこの繋がりはみんな知らないだろうけどけっこう古いもんね。

Ryohu:意外とね。でも感覚的にはKANDYTOWNと同じというか。

レイジ:そうとう近いし、ずっと一緒にやってたもんね。中山フェスタとか一緒に出てたし。

JUJU:YUSHIの家に泊まるときも、オムスくんがいてIOくんがいてRyohuくんがいてみたいに意味わかんない感じだったもんね。

レイジ:オムスとQNが遊ぶのもYUSHIの家だったしなあ。

黎明期のその時期、相模原と喜多見のコネクションがあったということですか?

JUJU:SIMI LABのマイスペースかなにかに「ウィード・カット」(YUSHIの別名義。ドカット)って入ってたのを俺が見つけて、「YUSHI、SIMI LAB入ってんだ。名前入ってたよ」と言ったら、「絶対入ってねえ。いまから電話する」と言って電話して「俺入ってねえから!」とずっと言っていたことがあったりしましたね。

レイジ:SIMI LABの結成前からつるんでるんだよね?

Ryohu:いまの感じになる前からだね。

JUJU:QNくんがずっとYUSHIをSIMI LABに入れたがっていて「名前だけでもいいから入ってくれ」と言っているのを俺は見てたけど、YUSHIは「俺はBANKROLLだから無理」みたいなことをずっと言ってましたね。

それはYUSHIさんはBANKROLLでバンといきたいから、ということで?

レイジ:いや、BANKROLLはもうKANDYTOWN内でバーンと行ってたっす(笑)。

JUJU:俺はBANKROLLを見て好きになっていってラップやったり、周りの同い年のヤツや年下のヤツがBANKROLLを好きになっていった雰囲気がKANDYTOWNの流れとすごく似ている気がしているから、みんな(KANDYTOWNを)好きになるんじゃねえかなとほんのり感じてますね。あのとき俺がヒップホップを好きになっていった感じとこの流れの感覚が近いというか、いまこうやってBAKROLLと曲を出したりしているのがなにかあるといいなと俺は信じてますね。

聞いていると、なにかヒップホップよりも先に出会いや絆がある感じですね。

Ryohu:そうですね。だから表現がヒップホップだったというだけで、というかそれしかできないということもあるんだけど(笑)。いまさらギターとか弾けないし。

ニューヨークでもクイーンズとブロンクス、ハーレムとかでそれぞれ色があるじゃないですか。東京もそんな感じになってきたと思います。

JUJU:日本はそれがまだすこしできていない部分があるというか、認め合うことがないというか、出てきた人をどうしても蹴落としちゃうような風潮があるんじゃないかなと感じますね。でもやっぱり下から人は出てくるものだし、それは認めなきゃいけないし、それに勝る色を持ってなければいけないし、人のことをとやかく言うよりも自分の色をしっかり持って、いろんな色があるのがヒップホップなんだということを世間の人がわかってくれれば、もっと面白くなると思いますね。

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──ラップ・ブームについて

結局自分たちがカッコいいと思うことをやっているので、別にどう解釈されてもいいんですね。リリックにも出てくるんですけど「ホント気にしない」って感じですね。(KIKUMARU)

いまヒップホップ・シーンを考えると〈フリースタイル・ダンジョン〉という番組の影響はかなり大きいと思うのですが、この前KIKUMARUさんとBSCさんとディアンさんで出演されていましたよね。あれはどういう経緯で?

KIKUMARU:話が来て、3人での出演にルールが変わったと言われたんで、それでやるんだったらあの3人でやるよ、という感じでした。

Ryohu:それこそKIKUMARUはBボーイ・パークで優勝してるんで、キャンディでは一番バトルをしっかりやって成績も残ってるし、ちゃんと実力もあるかなという。

Neetz:シーンに名前が出たのはKIKUMARUが一番早かったですね。

KIKUMARU:5年前くらいですね。

IO:(小声で)それ知らないですね。

一同:(笑)

いまのバトル・ブームについてなにかあれば。

Neetz:俺はポジティヴだと思うんですけどね。それがヒップホップかと言われればわかんないですけど、そこが入り口になって自分の好きなところに行き当たってくれればいいと思うし、実際みんなフリースタイルしててすごいなと思うし。自分がクールだと思っていることがそこにあるかと言ったらないですけど、あれはあれで俺はすごいなと思う。

JUJU:ある種のスポーツですよね。

IO:俺にはできないことだと思う。それが日本のテレビに映ってて、いままでになかったことだし、色んな捉え方はあると思うけどポジティヴなことだと思う。ブームで終わらずに、根づいていって、ラッパーで成功すれば、リッチになれるというのが当たり前の文化になればいいなと思います。

レイジくんはどうですか?

レイジ:バトルっすか? あれはラップであってヒップホップではないかなというか、べつにあそこの勝ち負けには興味ないんじゃない。ヒップホップというよりかは、あれはとにかくラップという歌唱法が流行っている感じがする。

スタイルとしてのヒップホップと歌唱法としてのラップを分けて、だけどいまはそういうヒップホップという言葉の重みが嫌で、意識的にラップって言葉を使う人たちもいますね。

JUJU:うーん、でも、みんなやることやろうって感じですね。

レイジ:俺が見ているとKANDYTOWNというもの自体がシーンみたいな感じなんですよね。ここのメンバー同士で影響を受けあってるし、メンバー同士で盛り上がって成長していってるシーンという感じだから、メンバーが増えたり減ったりすることはないだろうけど、他のひとになに言われても全部「ああ、まあいいんじゃないですか」って感じだと思う。

たとえばひと昔まえのアーティストがメジャー・シーンに切り込んでいくときには、良くも悪くもヒップホップとか日本語ラップのシーンをレプリゼントしているような感覚があったと思います。だけどシーン自体がこれだけ多様化しているいま、どれだけそういう感覚があるのか。KANDYTOWNはどうですか?

JUJU:全然ないっすよね。

Neetz:喜多見って感じするよね。

レイジ:KANDYTOWNをレペゼンしているという感じですよね。

KIKUMARU:他人を見てなにか思うところがあっても、いざビートがかかっているところでリリックを書くとなったら、そういうのはみんな関係してないと思いますね。良くも悪くも周りじゃないっていうか。ブームがどうとかもとくに考えてないですね。

レイジ:でもこの人たちはずっとこの人たちだけで生活しているから(笑)、周りの影響は生まれないっすよ。誰々がどうでとかもほとんどなくて、違う世界の人たちだと思うんですよね。

JUJU:うまく説明できないけど、俺らはカッコつけるところが独特というか。でもほかの日本語ラップのヤツに会えば「みんないいヤツじゃん」と思うし、「お互い頑張ろう」ってポジティヴな気持ちになるだけっすね。

今回のアルバムだと”GET LIGHT”のヴィデオはリーボックのCMもかねたタイアップになってます。最近はラッパーがCMに出る機会も増えてるけれど、あれはそういうブームには関係ない感じというか。

レイジ:あれはマジでヒップホップですよね。

JUJU:でも俺らはあれがそんなに超カッコいいとか、特別だとかは思ってない(笑)。そのへんからちょっと違ってると思いますね。

そのズレが面白いというか、自分たちは全然シーンを背負っているつもりはないのだけれど、結果的にバトル・ブームとは関係のないところで王道的なスタイルを引き継いで、メジャーなフィールドで勝負してるっていう。そのズレについてはどう思いますか?


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レイジ:メジャー・デビューっていっても、ただ単にメジャーのレーベルから1枚リリースしたというだけだと思うんですよ。

JUJU:アルバム作ってても、メジャーだからどうこうってのは一切ないですね。言っちゃいけないこととかダメだとか言われたことないし、全然なかったよね?

レイジ:気を使ってリリックを変えるとか全然なかった。

JUJU:みんないつも一緒にいるから緊張とかわかんないし、仕事が多くなったとかはあるかもしれないけど変わったことはそんなにないよね。

ある意味でコミュニティ・ミュージック?

JUJU:そうだと思うけどなあ。RyohuくんやIOくんの新曲のほうが100倍気になるし、俺らは元々世に出さない人たちだから。

レイジ:そうね(笑)。世の中では誰も知らないけど、KANDYTOWN内ではマジでアンセムみたいなヒップホップ・クラシックがいっぱいあるんですよ。この惑星の人たちって感じですよね(笑)。ここは外国ですよ(笑)。

JUJU:「Neetzがこういうビート作ったってよ」というほうが「ヤベえ!」と思うし。

Ryohu:NeetzからのGmailが一番アガるよね。

レイジ:それ最高だね。

Ryohu:あんなにワクワクしてメールを開けることはないかもしれない。

一同:(笑)

レイジ:俺はそこが東京っぽい感じがしますけどね。東京のローカル。東京っていろんなところからいろんな人が来てずっとソワソワしているイメージだけど、そんな東京でもローカルはある。だっていわゆる田舎でも、イケてる人ってその地元に根づいてるじゃないですか。結局東京が都会で地方が田舎ということじゃなくて、場所がどこだろうがイケてるやつはイケてるし、自分のローカルをちゃんと持って、そのなかで周りを気にせずやれているヤツはいる。だからKANDYTOWNが周りのシーンを気にしないというのも別にカッコつけているわけじゃなくて、近場に気になる人がいてそっちにしか興味がないから、NeetzからのGmailがブチあがるとか、そういうのはこの世界があるからなんだ、という。だから江戸っ子ってうのかな。本当の意味で東京の雰囲気でやれている感じがしましたね。

世田谷の喜多見からKANDYTOWNが出てきて、それはそこにYUSHIさんという人間が1人いたからということがあるじゃないですか。街って、たんに物理的な場所というんじゃなくて、人と人のつながりがつくってる。

レイジ:そうかもしれないっすね。

通常版のジャケットがYUSHIさんの描いた絵になってます。メジャーで勝負するアルバムの中心に、とてもパーソナルな歴史を置いているということが、そのローカル感の象徴かなと思います。

KIKUMARU:そのジャケはめっちゃ派手だと思いますけどね。そういうジャケってなくないですか(笑)?

JUJU:YUSHIの絵にするアイデアは元からあったと思います。

IO:MIKIと話していてジャケットを絵にしようということになって、YUSHIの家に行ったときに絵を見ていて、ほかにもいっぱいあるんですけど、とりあえずこの絵のインパクトが強くて。アルバムが出来たら、結局それになってました。

IO:たしかレコーディングが終わったくらいかな。

Ryohu:レコーディングが終わってすぐくらいですね。ミックスしている合間に同時進行でアートワークも決めました。

レイジ:通常版はペラペラの紙一枚で、メジャーから出てるのにストリート・アルバム感がハンパないっすよね(笑)。

今回は豪華版、通常版ともに歌詞カードが入ってません。これはポリシーというか、明確な意志があるんですか?

JUJU:そこはポリシーですね。

レイジ:なんて言ってるんだろうなというワクワクがあるもんね。

Ryohu:聴いてもらえばいいかなと。

Neetz:別に読んでもらえなくてもね。

YUSHIさんの存在を意識して聴いてみると“GOOD DIE YOUNG”や“THE MAN WHO KEW TOO MUCH”などドキッとするようなタイトルもある。でも別にシャウトアウトしているわけでもないし、このバランスも自然にこうなったんですか?

Ryohu:自然にですね。こういう曲を書こうということも決めていないので、1人が書いてきて「じゃあ俺も(書く)」という感じでしたね。あとはトラックが上がってきてこの曲はこういう風に書こうというのも、例えばNeetzが作ってきたトラックに“Dejavu”と書いてあったら、なんでそう名づけたかはわからないですけどみんな“Dejavu”について書こうみたいな感じでしたね。いままでそういう風に作ってきたのでいままで通りですね。

YUSHIさんを連想させるといえば、Ryohuさんのソロでいえば“Forever”という曲もありますね。

Ryohu:あれは一応YUSHIについてだけではないですけど、(YUSHIの)命日の日に書いたんですよね。直接的に言うのは嫌だったんで含めながら書きましたけど、(YUSHIが)中心にはいましたね。KANDYTOWNのそれぞれのメンバーにとっても、YUSHIはデカい存在だということですね。絶対出したくないでしょうけど、メンバー全員がそれぞれ思うYUSHIを書く曲があったら面白そうですよね。

豪華版のほうの写真はレイジくんが撮影したもので…最初のほうの扉に「PLAY LIKE 80’S」という言葉があって。リリックにもよく出てくる印象的で謎めいたワードですが、誰の言葉ですか?

Neetz:これはIOくんじゃない?

IO:これは俺がたまに言ってたやつですね。

その心は?

IO: PLAY LIKE 80’S。

レイジ:バブリーなギラギラ感だね。

IO:わかんないけど、なんか調子いい。

みんな90年代生まれですよね?

IO:はい。本当は「Like 80’sのように弾くシティ」と言っていて……。

Ryohu:それもおのおの感じ取ってもらってほしいですね。

KIKUMARU:結局自分たちがカッコいいと思うことをやっているので、別にどう解釈されてもいいんですね。リリックにも出てくるんですけど「ホント気にしない」って感じですね。

90年代生まれだったら物心ついたときは00年代だったと思うんですが、ようはあまり明るい時代じゃないというか、10年代の始まりは震災もあったし、いまは若者の貧困がどうこうとか言われちゃう時代じゃないですか。だけど、そんな中でも自分たちの楽しみ方というか、遊び方を持って、最高にカッコつけて、きらびやかに歌舞いてみせる。その感じが東京ネイティヴのクールネスの2016年の最新形なのかなと思います。ああ、俺の意見言っちゃった(笑)。なにかあればどうぞ(笑)。

Neetz:ありがとうございます(笑)

Ryohu:でもまたいまからアルバムを作ることになったら、同じものは出来上がらないだろうなと思います。

みんなスタイルが変わっていく?

IO:それはわかんないっす。そのときカッコいいと思ったものをやるし、もしかしたらいきなりトラップを始めるかもしれないし(笑)

Neetz:俺は(アルバムが)もっと続いている感覚があるんですよね。

70分でもまだ足りなかったということですか?

Neetz:いや、気持ち的にはもっとこのアルバムは続くと思っていて、今回のはそのなかの一部というか、最初の部分がファースト・アルバムになっている感覚ですね。これがKANDYTOWNのすべてというわけではないですね。

Ryohu:みんなソロでは違う感じで出すんじゃないの?

KIKUMARU:良くも悪くも変わりはすると思います。

Ryohu:きっといい方向に変化するんじゃないですか。

KIKUMARU:でもみんなまだあんまりソロを出してないから変化がわかんないっすよ。

IO:俺はキャンディでやっているときもソロでやっているときも、あまり意識は変わらないんですよ。

今後はソロ作に集中する感じですか? たとえばセカンドについて考えたりはしますか?

IO:キャンディのセカンドがどうなるかはタイミングですね。

JUJU:キャンディのセカンドは10年後くらいでいいんじゃな~い。

IO:とりあえずDONYやMUDもみんなソロ出しますね。

レイジ:MUDのソロも作るの?

JUJU:これから。

IO:俺らみたいなのを「ちゃんと出せよ」と言って動かしてくれる人がいないとちゃんとした形では出さないと思うけど、いつも通りみんなで遊んでいるときに曲を作るとは思いますね。あとはなにを出すにしろ、音の色は変わるかもしれないですけどKANDYTOWNのままだと思う。コンセプトを決めてこういうアルバムを作ろうということはないと思いますね。

最後に一言ずつもらってもよろしいですか?

Ryohu:最初で最後かもしれないのでお聴き頂ければと思います。

Neetz:本当にドープなアルバムができたと思うので(笑)、チェックしてほしいです。

IO:よかったら聴いてください。

KIKUMARU:いま作ったものが俺たちのいまなんで次出せるかわかんないですけど、おのおののソロやミックスCDがこれから出ると思うので、KANDYTOWN全体をチェックしてもらえたらと思います。

Ryohu:はい、頂きました~。

一同:(笑)

GOTTZ:アルバムのテーマは「KANDYTOWNのファースト・アルバム」です。

JUJU:ヤバい、俺まで早かった。よかったら聴いてください、っすね(笑)。

レイジ:ええ!? それだけ?

Ryohu:これが公開される頃には自分のアルバムも出るんじゃないの?

JUJU:11月23日にも俺のソロ・アルバムが出るから、そっちも聴いてください。このメンバーで作れて本当によかったなと思うんで、いまの若いキッズたちはこれからそういうのを目指して頑張ってほしいし、ラップを続ければいいことがあるよというのがアルバムのテーマじゃないですけど、俺はいまラップ続けていてよかったと思いますね。

GOTTZ:「間違いないヤツらと仲間になれ」ってDONY JOINTが言っていたけどまさにそれですね。

レイジ:俺は携われてよかったですよ。

今回レイジくんが音楽的にもディレクションに関わるのかと思ったのですが、そうではなく、あくまでまとめ役だったそうで。

レイジ:まとめ役というか、簡単に説明するとKANDYTOWN側のスポークスマンという感じなんですよ。レーベルと細かいことをやりとりしていただけなんで。

制作で一番印象深かったのは遅刻がとにかく多かったこと聞きましたが(笑)。

レイジ:遅刻はつきものですけど、こないだのワンマン見てて、ラップがカッコよければなんでもいいやと思いましたね(笑)

一同:(笑)

レイジ:どんどん遅刻していいよ! と思いました。遅刻しないでラップがカッコよくなくなるくらいだったら、遅刻しまくってラップカッコいいほうがいいですよ。

なるほど。ありがとうございました。

キャンディタウン:ありがとうございました!

Oval - ele-king

 ダンサブルでソウルフルなクラブ・トラックを詰め込んだ6年ぶりの新作『Popp』が好評のオヴァル。「ポストR&B」なんて言葉が囁かれたり、「ポップに旋回した?」なんて指摘が飛びかったり、リリース後も色々と波紋を呼んでいる同作ですが、そんなオヴァルがこの12月に、2年ぶりの来日を果たします。
 それにあわせて、なんともスペシャルなイベントが開催決定! 12月21日(水)、タワレコ新宿店にて、畠中実氏と松村正人氏によるマーカス・ポップへの公開インタヴューがおこなわれます。それと同時に、オヴァル自身によるサイン会も開催。いずれも滅多にないイベントです。この貴重な機会に、あなたもトーク&サイン会に参加しちゃいましょうー!

OVAL『popp』発売記念トーク&サイン会

内容:トーク&サイン会
出演:Markus Popp(OVAL) + 畠中実 + 松村正人
開催日時:2016年12月21日(水) 20:00 start
場所:タワーレコード新宿店10F

'90年代中盤、CDスキップを使用したエポック・メイキングな実験電子音響作品を世に送り出し、エレクトロニック・ミュージックの新たな可能性を提示し続け、世界中にフォロワーを拡散させた独ベルリン在住の音楽家、オヴァルことマーカス・ポップ。
ファンキーでダンサブル、ハウシーでソウルフル、万華鏡のようにカラフルな、オヴァル流クラブ・トラックを全編に配した最新アルバム『popp』を携えて、12月20日(火)より約2年ぶりの来日公演が開催されます。
この来日公演にあわせて、インストア・イベントが急遽決定。
前半は、聞き手にICCの主任学芸員の畠中実氏と元『STUDIO VOICE』編集長の松村正人氏を迎え、公開インタヴューをおこないます。
後半は、オヴァルのキャリア的にも珍しい、マーカス・ポップのサイン会となります。
『popp』はタワーレコード渋谷店・新宿店スタッフが選ぶ年間ベスト「渋谷・新宿アワード2016」にも選出されており、この2店舗で購入した方がサイン会に参加していただけます。
この貴重な機会に、ぜひご参加ください。

参加方法:観覧フリー。
タワーレコード新宿店または渋谷店にて、10月19日(水)発売の新譜『popp』(HEADZ 214)、または旧譜『o』(HEADZ 143)、『OvalDNA』(HEADZ 157)をお買い上げいただいた方に、先着でサイン会参加券を差し上げます。
サインは、対象商品のジャケットにいたしますので、イベント当日忘れずにお持ちください。

対象商品:
OVAL 『popp』(HEADZ 214)
OVAL 『o』(HEADZ 143)
OVAL 『OvalDNA』(HEADZ 157)

対象店舗:タワーレコード新宿店、渋谷店
問い合わせ先:タワーレコード 新宿店 03-5360-7811


now available
OVAL(オヴァル)『popp』(ポップ)
oval 2 / HEADZ 214
価格:¥2,200 + 税

マーカス・ポップはポップをアップデートする
佐々木敦

軽やかで鮮やか、圧倒的に心地よく、オヴァル史上最も「ポップ」な作品でありながらも、非常に刺激的なサウンドが満載の革新的な最新作。
日本盤のみボーナス・トラック2曲収録。


OVAL Live in Japan 2016

2016.12.20 Tue
at TOKYO TSUTAYA O-nest
open 19:00 / start 20:00
advance ¥3,500(+1D) / door ¥4,000(+1D)

2016.12.22 Thu
at KYOTO METRO
open 18:30 / start 19:30
advance ¥3,500(+1D) / door ¥4,000(+1D)

more information:HEADZ(tel. 03-3770-5721 - https://www.faderbyheadz.com

EQUIKNOXX - ele-king

 いま紙エレキングの年末号で死ぬほど忙しいのですが、重要なニュースを告知し忘れておりました。イキノックスが来日します!! 予告として言ってしまいますが、今年の年間ベスト30で、イキノックスは、満場一致でかなり上位に選んでおりまして、ダンス/クラブ系ではダントツ1位っすわ。
 まずはネットで探して聴いて。これ、ダブステップ/グライムの“次”を探していた人なら、間違いなく、「うぉ!」と唸りますよ。そして、このプロデューサーがジャマイカ人だと知ったら、さらに驚くでしょう。いや、ジャマイカの音の革新力、まったくいまも衰えていませんわ。UKのクラブでも大流行だっていうし。すげーよ、ホント、ダンス・ミュージックは更新される!

interview with TOYOMU - ele-king


TOYOMU
ZEKKEI

トラフィック

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 ヴェイパーウェイヴは、レトロなコンピュータや日本語をデザイン要素としながら80年代のCM音楽やエレヴェーター音楽の遅いループそしてカセット・リリースによって資本主義ディストピアのムードを描いている。しかしその前にスクリューがあった。これは既存の曲をただ遅めに再生すると気持ち良く聴こえるという、じつに単純な、そして再生装置もひとつの楽器と認識するようになってからの、究極的なサンプリング・ミュージックと言える。だが、しかし、音楽は常にリサイクルされてきた。100年前のストラヴィンスキーがそうであったように、メロディやリズム、音の断片は、過去から借用され、使い回しされ続けているものだが、現代ではそれがより簡単に、初期のヒップホップの時代よりも、ずっとずっと簡単にできるようになった。
 サンプリングは、それが商用で使われた場合、著作権侵害となり、クリアランスが必要になるが、しかし商業リリースではない場合は、いや、インターネット空間そのものがどこからどこまでが商用で、どこまでが個人の趣味かという境界線を曖昧なものにしてしまったため、そのグレーゾーンではフィジカルでは聴けない(買えない)ユニークなサンプリング・ミュージックが突如アップされる。
 京都で暮らすTOYOMUも、基本的には“リスペクトありき”のサンプリングで作品をアップロードしてきた。ネット空間においてサンプリングがどこまで自由なのかを試すかのように。それで今年、カニエ・ウエストの『ザ・ライフ・オブ・パブロ』をまだ聴く前に告知されていた曲名と情報公開されていたその作品のサンプリング・ネタをたよりに、TOYOMUはそれを想像して作り上げ、そしてヴェイパーウェイヴよろしくすべての曲名を日本語で表記し、『印象 III : なんとなく、パブロ(imaging”The Life of Pablo”)』として自身のサイトにアップしたのだった。
 すると、一夜にして海外リスナーからのリアクションが彼の元に届き、その痛快さ──そのアイデアおよび曲のクオリティ、そしておそらくは日本人自らやったヴェイパーウェイヴ的ミステリー効果──を『Billboard』、『BBC Radio』、『Pitchfork』、『The Fader』、『FACT』といったメディがセンセーショナルに報じた。言うなれば彼は、カニエ・ウエストの知名度に便乗しながら、自分の作品を売り込むことに成功したわけだが、計らずともこのパブロ騒ぎは、今日の音楽を取り巻く環境を反映している。つまり、引用(カットアップ)とスピードである。
 
 そこへいくと今回リリースされる彼の初の公式フィジカル・リリースのEP「ZEKKEI」は、サンプリングやコンセプトで楽しませるものではない。むしろ、俺は戦略家ではないとでも言わんばかりの、聴き応え充分のエレクトロニック・ミュージックなのだ。素っ頓狂さを装いながら、リズミックな妙味を展開したかと思えば、かつて京都を拠点に活動したレイ・ハラカミを彷彿させるかのような、ロマンティックな叙情性もある。言うなれば真っ向からの作品で、『なんとなくパブロ』で使ったアイデアはいっさいない。きわどいサンプリングはナシ、曲名はすべて英語、捻りの効いたファンク、OPNとミュータント・ジャズとの出会い、美しいアンビエント、このように言葉で説明する以上に凝った展開。
 彼の“絶景”はシュールであり、いったいどこに着くのか、ときとして音の迷路のようでもある。いや、実際、彼がこれからどこに行き着くのかまったく読めない。ただ、何にせよ、ここにトーフビーツらと同じ世代(20代半ば)のユニークな才能が躍り出たのである。彼は間違いなく僕たちの耳を楽しませてくれるだろう。もしこの『ZEKKEI』に先祖がいるとしたら、クラフトワークの『ラルフ&フローリアン』とクラスターの『ツッカーツァイト』である。わかったよね、そう、ぜひ、楽しんで欲しい。

ツイッターとかフェイスブックとかどこを見てもカニエの話題ばっかりで、いまこれをやったら絶対みんな聴いてくれるやろうなと思ったのでカニエを選びました。

なぜカニエ・ウエストだったんでしょうか?

TOYOMU:あれは『印象』という名前のシリーズでやっているんですけど、去年の10月くらいに自分でビート・テープを出して、ポンポンと出していきたいと思っていて、なおかつ過激で、エキセントリックで、実験的な内容をどんどん出していきたかったんですよ。ただそれをやるだけだったら誰も聴いてくれないので、(ビート・テープを)周知させるためになにか大きくてわかりやすいテーマがいるなと思って、まず1月に星野源を選んだんです。その次の2月はわりと地味なやつで、ソウル・ミュージックをソフト・プラグインのシンセでサンプリングしました。そして3回目をやろうとした1ヶ月前にカニエのアルバムが出て、ツイッターとかフェイスブックとかどこを見てもカニエの話題ばっかりで、いまこれをやったら絶対みんな聴いてくれるやろうなと思ったので(カニエを選びました)。あとはあのアルバムの弄りがいがあったというのが大きいですね。僕は不完全さがあるほうがアレンジしやすいんですよね。

確信犯としてやったんですね。

TOYOMU:いや、でもここまで大きな反響になるとは全然わからなかったんで。ぼんやりと海外向きやなとは思っていましたけど、こんなに海外向けになっているとは思ってなかったですね。

カニエが好きなんですか?

TOYOMU:好きですけど、それはみんなが普通に好きというくらいのレベルですね。

カニエのどこが好きなのか、すごく興味があるんですけど、ぜひ教えてください。

TOYOMU:サンプリングの良さじゃないですか? 言っていることとかそういうことじゃなくて、音楽的な面としてこういう変遷を辿ってきた人がいないから面白いという。最初はファレルやティンバランドがやっていたときにサンプリングの早回しで出てきて、それで一時代を作ったあとにだんだん変になっていって、『イーザス』という突然あんなのを作ったと思ったら、今度は『ライフ・オブ・パブロ』で「またなんのアルバムなん?」という感じで、ラップというよりかは音楽面ですね。
 変遷が大きいじゃないですか。ガラッと変わっていきますよね。あんなに変えてやっている人は、メインストリームではなかなかいないですよね。ファレルは最初から器用だから、なにをやったって驚かないじゃないですか。でもカニエは毎回驚くことをやってくるんですよね。そもそもヒップホップ自体がそういうありえへんことをできる音楽だと思うし、渋くやるというのが凝り固まった時点でもう違うと思うんですよね。最初はレコードが回っているのを(手で)止めてはじまったわけですから、それを考えたら最初からありえへんことをやるというのが基本としてあるかなと思っていますね。

カニエの前には、星野源(『イエロー・ダンサー』リリースから1ヶ月に『印象I:黄色の踊り』をアップ)もやったんですよね?

TOYOMU:あれはサンプリングをしたビート・テープを作るというのが半分と、あとはちょうどあのときに自分でドロドロのアンビエントを作ってみたかったんですよね。

星野源を選んだのは人気者だから?

TOYOMU:人気者だからというのがひとつと、あとはあのアルバム(『イエロー・ダンサー』)自体がディスコというかブラック・ミュージックだし、やっぱりバンド・サウンドというのがいちばんサンプリングしがいがあるなと思いますね。アレンジしがいがあるというのはやっぱり音楽的に補完できる余地が残っているからだと思いますね。最近でいったらフランク・オーシャンはもう弄りようがなくて、じつに完璧で、僕のつけ入る隙がいっさいないというか。でもカニエや星野源はそれぞれに不完全さがあると思うんですよね。

当然クレームは来たでしょう?

TOYOMU:僕に(クレームがきたん)じゃないんです。サウンド・クラウドやバンドキャンプ側にクレームが行ったらそちら側が判断して削除したりできるんですけど、それでバンドキャンプにクレームが行って。サウンド・クラウドにもティーザーとして1曲あげていたんですけど、それもビクターによって消されましたね。次はもうやらないでくださいねという警告もきたので、あと2回やったらアカウントを消しますということになりました(笑)。サウンド・クラウドにBANという機能があるんですよ。バンドキャンプももうこんなのやめてくださいね、と消されたときにメッセージが来ましたね。

リスナーからはどのようなリアクションがありましたか?

TOYOMU:「Sampling-Love」というブログがあるじゃないですか。元々はネタ集なんですけど、いまはかなり人気で、記事を書いたらリツイートが50~100くらいされるようなサイトなんです。国内やったらサンプリングの音源を取り上げてくれるかなと思って、そのブログの人に毎回メールをしていたんですね。『黄色の踊り』もメールしたらブログに載っけてくださって、それがきっかけで国内のみんなが聴いてくれたんですよね。ツイッターでは、「こんなアレンジもあるんだ。おもしろーい」みたいなことを言っている星野源のピュアなファンはわりといました。

サンプリングは、商業リリースでは著作権侵害で、クリアランスが必要なわけですが、欧米では、アンダーグラウンドに関しては文化として大目に見ているところもあるんですよね。例えばシカゴのフットワークはかなり大ネタ使ってます。あるいは、ジェイムス・ブレイクの最初のヒット作の「CMYK」は、ケリスとアリーヤという大物の曲をサンプリングして、誰かわからなように変調させて使っていました。その盗用の仕方も含めて、メディアは賞賛したわけです。そういうアート性の高いもの以外でも、インターネットが普及した現代のネット世界では、音源はいくらでもあるし、これを使わない手はないくらいの勢いで、サンプリング・ミュージックは拡大していますよね。

TOYOMU:使わない手はないですね。正直言って個人レベルでやっている以上は文句を言われたって(音源を)消されて終いだし、むしろ発見されること自体が珍しいんですよね。だから個人レベルだったら好き勝手やったっていいんじゃないかと思いますよ。それを大目に見てくれればいいのに、なんでわざわざ消したのかは謎ですね。

いや、それはしょうがないでしょう(笑)?

TOYOMU:僕はむしろそれをプロモーションに使ってほしいくらいなんですけどね。そういう度量はなかったみたいですね。

とにかく、サンプリング・ミュージックという手法に関心があるんですね。

TOYOMU:まさしくそうですね。

もっとiPhoneでワーッと録って、なんならインストもiPhoneで録って「どや!」といって出すくらい……、それはさすがにクオリティが低すぎるんですけど、ラップだけiPhoneで録ってPCに入れて、インストは「これ使ったらええやん」といってやるというノリがなくて、「なんでみんなこんなに便利な世のなかなのにそうせえへんのかな」とすごく不思議ですね。

サンプリング・ミュージックはたしかにいますごく議論のしがいのあるテーマなんですよね。じつはいまサンプリングの時代だから。TOYOMU君はサンプリング・ミュージックのどこを面白く思っているんですか?

TOYOMU:突き詰めていったら編集している良さかなあ。最初は音の質感でしたね。古い質感が好きになったきっかけじゃないかな。

知っている曲が違う文脈で使われることの驚きみたいなものはあります?

TOYOMU:それはだんだん詳しくなっていく過程でそう思った。でも、初期衝動としては、それ(音の質感)でしたね。中学生、高校生だった自分にとっては、テープ録音されたものを切って並べていくというのは、ポルノグラフティやバンプ・オブ・チキンが演奏しているのとは明らかに違っていた。

ずっと家で作っていたんですよね?

TOYOMU:そうですね。レコードを買ってきて(それをサンプリングして作る)、というのをやっていました。レコードじゃないとダメという風潮がありますけど、ストーンズ・スロウのナレッジというビート・メイカーはサンプリングの音がめちゃくちゃ悪くて、どう考えてもYouTubeから音を録っているようなのを毎月何本もバンドキャンプにビート・テープとして出したりしていたので、「もう作るんだったら手段関係ないやん」と思いました。レコードを買いにいく時間で(音を)作れますよね。だからある意味で合理化ではありますよね。

いつから作っているのですか?

TOYOMU:MPCを買ったのは2009年なので6年くらい前ですね。

憧れのような人はいました?

TOYOMU:KREVAですね。あとはマミーDですね。最初に日本語ラップから入ったので。あの人らって「MPCをまず買え」という人じゃないですか。それで「MPCを買ってやったらああいう感じができるんや」と思ってMPCを買って、KREVAのソロとかを聴きながら「なるほどな、こういう構造か」って分析したり、あの人がスタジオでMPCを使って解説している動画を見たりしていました。

だとしたら、普通に、真っ当なJラップの道にいってもよさそうなのに。

TOYOMU:そうなんですよ。僕は最初はラップもやっていて、KREVAやマミーDはトラックメイカー兼ラッパーで、自分で曲を作って自分でラップもできるみたいなことに憧れていたので、最初はそれでいこうと思っていたんですよ。でもリスナー目線で考えてみると周りにラップでむちゃくちゃカッコいい人が多すぎて、「これは自分で全然無理やわ」と思って、そこでラップは断念したんですよ。「こんなにカッコいいのできへんし、全然歌詞も思いつかへんし、音楽作るのは好きなんやけどなあ」という思いがずっとあって、「じゃあもうラッパーのためにビートを作る」ということでビート・メイカーという役職があることがわかったからはじめたんですよね。

誰か他のラッパーとユニットを組んでみたりしたことはありますか?

TOYOMU:それはありましたよ。地元の同い年くらいの何人かで集まってクルーを作ったりしたことはありました。1回ミックスCDを出しましたけど、どうしてもラップがパッと返ってこなくて「インストはどれがいい?」とか言っていたら時間が経ってしまって、それがだんだん「はよ返せよ!」とイライラしはじめて。
 京都に限った話じゃないんですけど、もっとみんなラフにラップをやればいいのにな、と実感するんですね。さっき来てはった人(この前の取材者=JAPAN TIMESの記者)も「日本のアンダーグラウンドのラップを探しているけど、なにを見ていいかわからん」みたいなことを言ってはって、それは日本でミックス・テープ文化が全然根づかなかったということじゃないですか。まとまっているところが全然なくて、結局僕は「タワレコの『bounce』とか『ele-king』のチャートを見るしかないんじゃないですか?」と言うしかなかったんですね。日本のヒップホップのなかでみんなが「作品を作る=CDを出す」ということになってしまっていて、CDを出すということはスタジオでちゃんとレコーディングをしてというように真面目なんですよね。「なんでヒップホップをやっているのにそんなに真面目なんだ」と思ってしまって。
 もっとiPhoneでワーッと録って、なんならインストもiPhoneで録って「どや!」といって出すくらい……、それはさすがにクオリティが低すぎるんですけど、ラップだけiPhoneで録ってPCに入れて、インストは「これ使ったらええやん」といってやるというノリがなくて、「なんでみんなこんなに便利な世のなかなのにそうせえへんのかな」とすごく不思議ですね。僕がラッパーやったらガンガン人の曲を使いまくって、アップロードしまくってハイプをやるほうが早いと思うんですけどね。ライヴでかますというよりかは、それをやったほうが絶対にヒップホップ的に成りあがれるというか。KOHHとかリル・ウェインとかああいう人がいるのに、なんでそういうやりかたをやらんのかなあと思いますね。というのもあって僕の『印象』シリーズは毎月出そうとしていて、そういうミックス・テープのノリでみんなもどんどん作ればいいやんと思うんですけど、腰が重いというのが謎ですね。

現代の、次から次へと作品がアップロードされるその速度感はすごいものですが、それでは音楽がビジネスとして成り立たなくなるということ、そして作るという行為そのものがまったく意味が違ってきてしまうということに対する恐怖心も日本にはあるのかなと思うんですけど。

TOYOMU:なるほど。でも僕はそれがなぜ作る側にあるのかがわからなくて、作る側は自由にやって、それをどう思うかは企業や会社の問題じゃないですか。

カニエ・ウエストのリアクションというのは予想以上だったと思うのですが、海外でおもしろかったリアクションはありますか?

TOYOMU:おもしろかったのは向こうの「レディット」というちょっと明るい2ちゃんねるのようなサイトでカニエ・フォーラムみたいなのがあって、そこの「カニエのアルバムを妄想で作ってみたらしい」というスレッドに「小説としてはおもしろいと思うけど、妄想で作ってない。全部聴いてから作っている」と書いてあったのがおもしろかったですね(笑)。「こんなに似ているわけないし、絶対コイツ聴いている」からみたいな(笑)。

しかし「レディット」って、すごいところまで見ていますね。

TOYOMU:それはなんでかと言えば、どこでバズが起きているかがバンドキャンプのアクセス解析でわかるんですよね。「バズ」という項目があって、もちろんエレキングだって出ますよ。それで変遷を見ていたら「レディット」というのがやたらと書いてあって、見にいったら「2ちゃんか……」と思いましたけど(笑)。

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もっと欲をかいたというか、自分ですべて作ったものを出したいと思ってきたんです。だからサンプリングで一音だけ録ってきて音階にわけて弾いていても、やっぱりどこかで借り物感に満足しきれなくて、今回はそういうことに頼らずにできたと思っているんです。

なるほど(笑)。TOYOMU君って、物静かな外見とは裏腹に、けっこう大胆な行為をやっているんですけど(笑)。ニコニコしながら言っていますが、普通こんなことはビビってできないと思います(笑)。

TOYOMU:それは「日本に住んでいるとただでさえアンテナが低いのに、出さなかったら知られていない、やっていないのと一緒だ」と思ったからなんですよね。せっかく作っているのに聴いてもらえないのがほんまに悲しいと思ってきて、だからそれだったら方法なんて選んでられへんよねという話で。しかもヒップホップ自体が手段を選ばずに新しいことをやるという音楽であるはずだと思うので、その考えからいったら怖いものはなにもないですよね。あとは個人レベルでやって怒られることなんてまずないから、なんでもやったらええやんと思うんです。

でも、今回の『ZEKKEI』がそうですが、商業流通を前提で作っているから、人騒がせなサンプリングもないわけで、自分の音をサンプリングしたんですよね。そういうときにどうやって自分のやり方を調整していくのですか?

TOYOMU:それはYMOとかを聴いてきた僕自身にミュージシャン気質みたいなものが入ったから、自分で作曲してメロディを作り出すということ自体がもしかしたら自分がもっとも目指していたところなんじゃないかと思います。最初はサンプリングとシンセの融合でうまいことやって、サンプリングに聴こえないものを作り出すというのが当初の目標でしたけど、もっと欲をかいたというか、自分ですべて作ったものを出したいと思ってきたんです。だからサンプリングで一音だけ録ってきて音階にわけて弾いていても、やっぱりどこかで借り物感に満足しきれなくて、今回はそういうことに頼らずにできたと思っているんです。今回はそういう欲求でしたね。そもそも欲求としてあったというのはあります。

サンプリング・ミュージックというのはある意味でコンセプチュアル・アートのようなもので、発想を楽しむというのがあるじゃないですか。それに対していま言ったような作り方というのは、自分で実際に絵を描くというような行為ですよね。

TOYOMU:だからコンセプチュアル・アートだけやっていた人が、自分で絵を描くのをやりはじめたという段階がいまですね。

それはやっていて面白かったですか?

TOYOMU:そうですね。いままで自分が挑戦していなかったことをやるんで、やっぱり無類に楽しいですね。僕はメロディやコードの勉強はいっさいしていないですけど、理論って……理論化して可視化しているだけなんで別に(感覚で)理解できればいらないと思うんですよね。サンプリングでコードを合わせたりするのをやっていて感覚として身についてきたので、サンプリングを外してメロディだけを作ってみたりするのがだんだんできるようになってきたということが大きいですね。
 今回はとりあえずの足がかりを作って、それをアルバムの基軸に繋げていきたいと思っていましたし、アルバムを作ることになってからあまりにも時間がないということもあったので、先にジャブ的な感じでひとつ出そうかという感じでしたね。カニエに一区切りするために、というのも一つありました。あれをいつまでも引きずるのは嫌だし、KOHHも「昔のことを忘れたらいい」「過去にしがみつくなんてダサい」と言っているじゃないですか。その感覚ですね。

なるほど。もう次に行こうということですね。

TOYOMU:新しいことのほうがしたいんで、いつまでも一緒のことをやっているのも単純に面白くないし、飽きてきますよね。

『なんとなく、パブロ』のようなギャグをもないですよね。

TOYOMU:そうですね。ギャグはタダでいっぱいやればいいし、それをやる一方でアルバムは超真剣に作ればいいんじゃないかなと思っていますね。別に(ギャグの)入れがいがあるんだったらアルバムに入れてもいいと思うんですけど、100まで振りきってやるというのはやらなくてもいいかなと。

ダンス・ミュージックなどといった縛りはなかったのですか?

TOYOMU:ジャンルということだけは定義づけてやりたくない、という考えは通してありました。「これはトラップですよ、これはハウスですよ、ヒップホップですよ」と最初から冠づけずに、「音楽ですよ」と言って出したかったので定義づけしないでやりましたね。ジャンルがあるからジャンルに従って作ったというのがそもそも嫌だし、「これがビートの作り方ですよ。これがカッコいいですよ」となっている状況が嫌だったから、その(ジャンルの)メソッドが確立したら絶対それをやらずに新しいものを作るということを前からずっとやっていますね。

それでなぜ『ZEKKEI』なのでしょうか?


TOYOMU
ZEKKEI

トラフィック

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TOYOMU:フィールド・レコーディングの曲も京都の音ですし、『印象』の5番目で『そうだ、京都。(Kyoto Music)』というのを作って人から感想を言われたりして、自分が好きな京都が祇園祭とかクール・ジャパン的な京都じゃなくて、落ち着いたアンビエントの方向の京都なのかなと思ったんですね。京都自体がそういうイメージであることを再認識して、曲を作るときにもそういうのを意識して作ったりしていたので、その延長で今回のEPの制作に取りかかったんですよね。だから『ZEKKEI』というタイトルにしたのは普通絶景と言ったら歌舞伎の石川五右衛門ですよね。あれは南禅寺じゃないですか。

なるほど。そっちから来たのですね。

TOYOMU:日本語のタイトルをつけたいというのがまずあったんですよ。カニエのときは全部邦題的なノリの日本語で書いて今回もやろうと思ったんですけど、それをちゃんとしたCD作品としてやっちゃうと勘違いされるんですよね。

ヴェイパーウェイヴなんかは、相変わらずグーグル翻訳したような日本語をそのままタイトルにしていたり。

TOYOMU:でもそれを僕がやったらヴェイパーウェイヴの人になっちゃう。それが嫌だったんですよ。そこは僕もものすごく悩みましたよ。全曲のタイトルが日本語でもよかったんですけど、やっぱりそれをオフィシャルでやって理解してもらえるまでの周知度はないと思って、嫌だったんですけど日本語の言葉で英語タイトルをつける、ということをなるべく心がけてやったんですよ。だから2曲目に“Incline”という曲があるんですけど、これも英語ではあるんですが、琵琶湖から京都まで引っ張ってきている水路があって、その水路に滑車をつけて荷物を運んでいた「インクライン」という輸送用の台があったんですよ。その線路とかを含めて「インクライン」と呼んでいたんですけど、京都の人はそういうのを小学生の頃から習ったりして知っているから、僕にとって「インクライン」という言葉は英語というより蹴上にあるものが先に思い浮かぶんですよね。もし日本語タイトルでやっていたなら、カタカナで“インクライン”にしていましたし。あと1曲目の“Atrium Jobo”というのも、「条坊制」から取っていて日本語的な意味がありますね。

それは曲のイメージと関係があるのでしょうか?

TOYOMU:曲のイメージからです。EPを作ってからも自分のなかで京都の印象が強かったので、全部曲ができてからタイトルを考えるときも、京都のどこかしらの場所がそれぞれ点在していると考えるとうまく解釈できたんですよ。例えば1曲目は京都駅で、2曲目はさっき言ったインクラインで、5曲目のフィールド・レコーディングは嵐山のほうで、そう考えていくと(京都の)俯瞰になっているんです。そういうふうに俯瞰で眺め見ている+日本語タイトルをなんとかしてつけたいということを考えて、それを理解するのに正しい言葉は『ZEKKEI』だと思ったんです。

当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、TOYOMU君のなかで京都というのは大きいのですね。

TOYOMU:そうですね。ただ音楽に国境は関係ないという話がよくあると思うんですけど、どこに住んでいたとしても住んでいる場所から生まれ出たものが絶対大きく影響しているはずなんですよ。それは京都に住んでいるから京都をレペゼンしたいということじゃなくて、もう少し俯瞰してみると自分が京都に生まれてからずっと住んでいて(その状況で)音楽を作ったらどうなるのか、ということを考えたうえでの京都なんですよ。もちろん京都愛はありますけど、そうじゃなくてもう少し冷静な見かたの京都であるということを言いたいですね。

アルバムは来年になるのでしょうか?

TOYOMU:来年の2月くらいかな。タイト・スケジュールですね。

ハイペースだね。『印象』シリーズもそうですが、作るのが好きですよね。

TOYOMU:パッと出したいので、時間かけて煮詰まってああだこうだ言うんじゃなくて、『印象』シリーズに関しては最初のインパクトだけで短期間で終わるものをどんどん出していったほうがいいかなと思って。それがあるのであんまりもったいぶっても忘れ去られるだけだなと思いますね。

やはり消費の速度は早いと思いますか?

TOYOMU:思います。それは星野源のリミックスがそうだったし、カニエのやつも3月に出して「Sampling-Love」に載ったあとワーッと盛り上がってスッと消えたので。突然もう聴かれなくなって「はあ、じゃあ次作るか」と思っていたところやったんですね。タダのものしか聴かないという状況は大きいと思いますね。みんな本当にそれしか聴かないですしね。

そういう状況のなかで音楽家はどうやっていくか、というのもテーマとしては大きいですよね。

TOYOMU:タダのものはお金を出して買って頂けるもののオマケというか、プロモーションとしてやるつもりではいるので、今回のカニエくらい実験的だったりギャグ的なことだったりしてやれることはこれからもやっていくとは思うんですよね。

それはそれで楽しみにしつつという考えなのですね。

TOYOMU:そうですね。けっこう早いペースですけど、おそらくEPが出るまでにやると思います(笑)。(※『印象』シリーズの最新作は宇多田ヒカルだった)そうやって動いていきたい感じはありますね。とにかく「あの人は音楽を作り続けているな」というふうに(言われるように)はなりたいですね。実際にやっていて「もうアイデアがない」みたいな状態もないので。

 毎年恒例でアイスランド・エア・ウエイブスのレポート。18回目のエアウエイズで、私にとっては4回目の参加。滞在期間は2日と短かったが、中身は濃かった。
 いったい、この国の良いバイブがどこから来るのだろう。アイスランドは、2008年に経済破綻したというが、初めてアイスランドに行った2013年にも、そんな様子はまったく見えなかった。レコード屋に行ったらエスプレッソが出て来るし、バーは夜中の3時でも列が出来ているし、高級レストランにも多くの人がいる。若くして子供を持っている人が多く、町は綺麗で、ホームレスもいない。どう言うこと?
 たしかに、オーロラは日常的に見れるし、ブルーラグーンや、この世の物とは思えない美しい自然が目の当たりに見れるから、観光客もエア・ウエイブスに関わらず多い。レイキャビックの町は小さく、NYで言うとベッドフォードくらいで、端から端まで歩いても1時間ぐらいなので、自転車に乗っている人が多い。町の中心にある、ミュージック・ホールのハーパ周辺の港と景色は、何処を写真撮っても絵になり(ピンク色の空)、歩くのがとても楽しい町である。
 どのようにアイスランドが、経済復興したのかと、地元の人に聞いたところ、やっぱり観光業のお陰だと言う。ただ、この小さな国にとって、クローナの価値が上がり過ぎて、またバブルが弾けるだろうと言う。エアbnbなどで、観光業が調整されず、アイスランド人にとっては家賃はどんどん高騰しているし、クローナがこのまま上がり、上がらないところまで達したら、後は下がるしかないので、政府が次にどんな対策に出るかがキーだと言う。それが資本主義だけど、もし政府が、観光業を調節しはじめ、家賃レートを守れるなら、滅茶苦茶な状態は避けることができるはず、と。とにかく2016年、アイスランドはバブリーな状態にある。因みに、NYから来た身としては、アイスランドは何でも高い。ビールが大体$9、サンドイッチを買ったら$15など。

   

 さて、私のメインの目的は、オフ・べニューと呼ばれる、昼間行われるイベント。日本やアメリカでは見れない、地元のアーティストからツアーバンドまでが、レイキャヴィックのバー、レストラン、洋服屋、洗濯屋、レコード屋、ホテル、銀行など、音楽をプレイできるところなら何処でもライヴをしている。バンドによっては1日3ステージこなし、エアウエイブス期間に10以上のライヴをこなすこともあるし、新しいバンドに出会うのに、こんなに良い機会はない。何となく予定は立てるが、もちろん予定通りにいかない。偶然良いバンドに出会ったり、知り合いに出くわしたり、人が親切なので、心地の良い所にずーっと居てしまったりする。エア・ウエイブスのいい点は、時間にきっちりしているので、何かをミスっても、すぐ予定を立てやすい。

 今回の新しい会場ベスト2は、港近くのbryggjan brugghúsとBar Ananas。どちらも、レストラン・バーで、普通のお客さんもいながら、オープン・スペースでバンドがプレイしてる。bryggjan brugghúsはビストロ風、Bar Ananasは常夏風でトロピカルなサーフ気分が味わえる。ハングアウトも出来、バンドも見れ、ご飯も食べれ、来た誰もが楽しめるようになっているのが、アイスランド風。

 新しいバンドで印象に残ったのは、Skrattar , GANGLY, GKRで、リピートとしてはSamaris, Mammút, Hermigervill, Fufanu, Mr.Sillaが良かった。キー人物がいろんなバンドでプレイしているので、それを追いかけると、だいたい良いバンドに出会える。例えば、SamarisのJofridurは、Samaris以外に、 Pascal Pinon, GANGLY,そしてソロのJFDRをやっていて、どれも彼女の個性で成り立っている。GANGLYはまったく知識がなく、感で見に行ったのですが、見てすぐに彼女がシンガーだと気づいた。何か、引き寄せられる物がある。
 見れなくて残念だったのは、やっぱりビョーク。私はDARLINGリストバンドをもっていたが(列に並ばず入れるVIPリストバンド)、それでも入れず、会場のハーパで雰囲気だけを味わっていた。見れた人は本当にラッキー。アメリカのバンドはNYでも見れるので、ことごとくスキップしたが、Santogold, Warpaint, Frankie cosmosは見たかった。
 2日の滞在だったが、新しいバンド、新しいものごと、上から下まで十分にインスパイアされた。気候がどんどん温暖化して、今年は軽装で行ったのだが、難なく快適に過ごせた。
 アイスランドは本当に、何を食べても美味しいし、人びとは、朝まで普通にパーティしているが、モラルがあり、嫌な目にあったことがない。何処でもクレジットカードが使え、Wi-Fiがあり、英語が通じる。そして、アイスランドは安全、親切。朝6時にバスを待っていると、シリアから来たという男の子と簡単に友だちになったり、バスの乗り場を間違えて待っていたら、ホテルの男の子スタッフが、わざわざ正解のバス停まで連れて行ってくれ、バス会社に電話して、私がミスっていないかを確認してくれ、バスが来たら、わざわざ止めて、そのバスがあってるかどうか確認してくれたうえで「良い旅を!」と、送り出してくれる。これが平均的なアイスランド人。涙が出そうになった(とくにNYにいると)、マジカルなアイスランド体験だった。

 

最後に今回見たバンドのリスト。

Fri 11/4
Just another snake cult @bio Paradis
Samaris @bryggjan brugghús
Mammút @bryggjan brugghús
Kótt grà pje @bryggjan brugghús
SiGRUN @12 tonar
THROWS (UK) @12 tonar
Gruska Babuska @ Bar 12
GKR @ American bar
Dolores Haze (Sweden) @gaukurinn
IDLES (UK) @gaukurinn
Hermigervill @ gamla bíó

Sat 11/5
asdfhg. @ Hlemmur Square
Kaelan Mikla @ Hlemmur Square
Fufanu @ Bar Ananas
Mr.Silla @ NASA
Skrattar @ Gaukurinn
GANGLY @ Gamla Bio
Chinah (DK) @ Gamla Bio

公式サイト
https://icelandairwaves.is/

エアウエイブス・サバイバルガイド
https://grapevine.is/culture/music/airwaves/2016/10/31/iceland-airwaves-survival-guide/?=rcar

Yoko Sawai
11/12/2016

interview with POWELL - ele-king

 俺は間違っても君がやっている音楽のリスナーではない。俺は機械化されたダンス・ミュージックが大嫌いなんだ。それがプレイされるクラブも、クラブに行くような連中も、連中が摂っているドラッグも、話している内容も、着ている服装も、やつらのなかのいざこざも、基本的に、100パーセント、そのすべてを憎んでいる。
 俺が好きなエレクトロニック・ミュージックは、ラディカルで他と違ったもの──ホワイト・ノイズ、クセナキス、スーサイド、クラフトワーク、それから初期のキャバレー・ヴォルテール、SPKやDAFみたいな連中だ。そういうシーンや人たちが/クラブに吸収されたとき、俺は敗北感すら覚えたものだ。俺はダンスこの地球上の何よりも深くクラブ・カルチャーを憎んでいる。そう、俺は君がやっていることに反対しているし、君の敵なんだ。 

──パウウェルがビッグ・ブラッグをサンプリングしたことを
スティーヴ・アルビニに知らせたところ、
本人から返信されたメールより

 いや、だからこっちはそれどころじゃないんだって。日曜日のサッカーの時間がはじまる1時間前からもうほかのことは考えられない。時間がずれていたらライヴァルたちの試合も見なければならない。試合後は、監督インタヴュー/選手コメントを3回以上は読み返す。ホント、応援するほうもたいへんだよ。J1昇格、すなわち人生がかかっているんだから。
 もちろん某君にとってはどうでもいいことだった。アレックス・スモークもゾンビーも、アルバム、いまひとつだったな、と彼はぶっきらぼうにつぶやいたのだ。それから、彼はこういう。もっとできたはず。
 もっとできたはず? いや、いまはどんなに泥臭くてもいいから勝って欲しいし、こう言ってはナンだが、連中はまだずっとマシな部類に入る。多くのクラブ・ミュージックがいま見失っているものはアティチュードにほかならない。テクノというジャンル名は、ホアン・アトキンスによってアルビン・トフラーの『第三の波』の“テクノ・レベル”から取られたという話は有名だが、早い話、その“レベル”の部分が欠落している。つまり、スリーフォード・モッズと〈Editions Mego〉との溝を埋める存在はおらんのかと。パウウェルが注目されなければならない理由はまずここにある。
 「絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……」と、パウウェルは説明する。台頭する右翼勢力、シリア内戦と難民、あるいはブリグジットにトランプ、いまやネットで世界中のニュースにアクセスできる。この10年で、未来/フューチャーという、80年代~90年代のハウス/テクノの楽天的な合言葉も喪失したわけだが、パウウェルときたら、まさに日々更新される恐怖のなかで、それでもぼくたちは楽しくやっているんだと言わんばかりだ。笑いがあるんだな。ここにもうひとつ、パウウェルに惹かれる理由がある。
 ジョン・サヴェージの『イングランズ・ドリーミング』によれば、否定者とは時代を切り拓くものであるから、期待しましょう。『スポート』は、パンク40周年の2016年にリリースされたテクノ界のブライテスト・ホープの最初のアルバム、アンダーグラウンド・ロックンロールの声明である。
 え、もっとできたはず? 

エレクトロニック・ミュージックにはもっとアティテュードが必要だ。極端に味気なく(flat)になってるし、政治性も閃きもアイデンティティも欠落しきっている。あまりにも無難で刺激がない。いまや、フェスティヴァルが音楽界の風景をコントロールしているような気分になってるどこかのエージェントがつまらない出演者ばっかりブッキングして悦に入っているが、ぼくは音楽でエンターテイナーになるのはごめんだ。


Powell
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最初の質問はちょっとファニーに聞こえるかも、ですが、なぜスイカ(https://www.youtube.com/watch?v=8bYsnJfRcdA)なんですか?

パウウェル:えぇと……、全部は話せないな、ちょっと汚い話なんで。その……どうしよう、誰にも裏話は教えられないな、ちょっと恥ずかしいから。ただ、14才のとき、ぼくの身にあるおかしな出来事が起こった、とだけ言っておく(笑)

それだと余計に興味を持たれそうだけど(笑)、とにかく何かを象徴してはいるんですね、スイカは。

P:象徴するものはあるよ。ただ、メロン自体はぼくが自分のラジオ番組をメロン・マジックにしたり、ちょこちょこ使ってるうちにぼくのファニーなアイデンティティのようになっていたんで、今回はそれを茶化したってとこだね、ほんとのところ。

なるほど。じゃあ、こちらで

P:うん。

さて、あなたは作っているヴィデオもおかしくて興味深くて行間を読みたくなるという……

P:うん、もちろん。

観る人に「これはどういうこと?」と考えさせようという意図もあるんでしょうか。

P:いや、そんなことないよ。なんだろう……ぼくがやることはみんな、音楽もそうだし、音楽について語るときも、自分の見せ方にしても、ありのままの自分を可能な限り真実で正直な姿で表現しようとしているだけなんで、ヴィデオも……あのメロンにしても、ぼくが友だちとツアー先でメロンで遊んでるっていう、それだけのこと。ぼくが作るヴィデオはどれも自分自身を反映しているにすぎない。みんなに、何がぼくの動機付けになっていて、ぼくがどういう人なのかをわかってもらいたいだけで、わざとらしいものを作ろとしてるわけじゃない。そういう意味じゃ、推測すべきことなんて何もないんだよね。すべてはぼくなんであって、これが真実ってこと、基本的に。

“ジョニー”のヴィデオもそうだし、“アンダーグラウンド・ロックンロール”(https://www.youtube.com/watch?v=bamMBFc8AtU)も……

P:あぁ、“アンダーグラウンド・ロックンロール”のヴィデオはぼくも好きで、何が好きかっていうと……ぼくはポピュラー・カルチャーの搾取が大好きなんだよ。アンダーグラウンドのどん底あたりにいるアーティストがポピュラー・カルチャーを利用して、搾取して、それで遊んでしまうというのが面白い。ぼくは前からその手のものが大好きだった。ポップ・アートが好きだから、アンディ・ウォーホルを真似て自分の顔を描く、なんてことも、もっと若い頃にはやってみたし。そうやってカルチャーを搾取することには、前々から関心があったんだ。そういうのって、やっていることに注目してもらう手段として面白いし、そこに周囲とのインタラクションを生み出すのもまた面白い。
 ぼくはけっこう肯定派なんだよね、その……、マーケティングとかプロモーションとかいう言葉を使うのは好きじゃないけど、ぼくがアートとしてやっていることと別物だとは思っていなくて、実は同じことだと考えているんだ。ぼくは自分の音楽をみんなに聴いてもらう術を探し出すこともまた楽しいと思ってる。だって、結局のところぼくはこれを生涯ずっとやっていきたいんだから、みんなに聴いてもらいたいよ。じゃないと、作り続けていけないし。

アクセスしやすさ、というのもアートの一環、ということでしょうか。祭り上げるのではなく。

P:そうだね。ただ、アクセスしやすい、という言い方は間違いかも。というのも、ぼくはとっつきやすいものを創ろうとしたことはないんで。出来たものに対して人びとを呼び込もうとはするけど、わかりやすい音楽を作って気に入ってもらおうとしているわけじゃない。ぼくはぼくのやることをやって、その上でみんなに入ってきてもらうための方法を模索する、ということ。入って来ずらいようにはしたくない。

同じことがタイトルにも言えますか。『スポーツ(SPORT)』というのは、どう解釈したらいいのか。

P:“SPORT”って、ぼくは素敵な概念だと思うんだ。人びとが競い、闘い、苦しみ、努力し……スポーツにはそういうのがみんな詰まってる。精神的なものも、肉体的なことも、そして難しくもあり、楽しくもあり。そこがぼくにはすごく重要なんだよね。ぼくにとってこのレコードは心と体と両方に働きかけるものだ。いまのダンス・ミュージックは体だけ……になっているとぼくは思うんだけど……じゃなくて、もっと全方向的な体験……ゲームみたいな感じかな。多角的で、進んだ先々で予想もつかない楽しみが待っている。ぼくとしては、レコードを中心にゲーム的な感覚を生み出す、という発想が気に入っていて、作りながら自分でもそんな感覚を味わっていたんだ。だから、この言葉がいちばん相応しいように感じた。それに、なかなか素敵な言葉だと思うよ、スポーツって。人によって意味するものがいくらでも変わってくるだろうから、好きに解釈してもらえるのもいいところだ。

スポーツって、アートとは対極のイメージがありますが。

P:ぼくも子供の頃はスポーツやってたけど、いまはスポーツが得意なタイプじゃない。いまでも観るのは好きだけどね。とはいえ、POWELLのショウを持ちこたえるには、かなり運動能力が必要だから、ね、その意味でも相応しいかも。

ダンス・ミュージックはおっしゃるとおりフィジカルだし。

P:そう。

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いま、悪いことばっかりあるだろ? シリアもそうだし、ドナルド・トランプも、BREXITも、経済もそう。常にこう、カオスの淵に立たされているような感じがする。落ちてしまったらすべてがダメになる、と。でも、実際にそうなってしまう気配はない。その感じがぼくの音楽に表れている。絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……。

ところで、質問者はあなたのやっていることのパンクな側面に注目しているようで、このアルバムも幕開けはあなたのトレードマークでもあるノイズで始まりますが、ペル・ウブやザ・フォールやフガジをサンプリングしているあたりなど……

P:うん。

あなたの音楽はシカゴのハウスとかではなく、スロビング・グリッスルズやコイルなど、もっと政治性のある音楽と比較できるのではないか、と。もっとも、あなたのやっていることはまったく政治的ではありませんが……。

うん。

そういった側面と関わることは避けているのか……。

P:ぼくの音楽は常に、ある意味政治的だと自分では思ってる。自分の信じるものを目指して本気で闘っているから。わかる? ぼくはそう思うんだ。狙いとしては、反発なり、行動なりをぼくが思うところの非常に退屈なエレクトロニック・ミュージックに対して起こしているつもりだ。過去20年、リサイクルばかりで同じことしかやっていないからね、ああいう音楽は。
 あと、質問者の指摘はまったくそのとおりで、ぼくの育ちは、DIYクラブに通ったりギターをブッ壊したりボトルを人の顔に投げつけたりするタイプのパンクではなかったけど、やっていることにはたしかにパンクな側面がある。なぜかというと、パンクって必ずしもパンク・ミュージックを聴いていることをいうんじゃなくて、姿勢に表れるものだから。あと、意思を持って……刺激を与えることで何かを変えようとする姿勢、それがぼくの音楽の根本にあることは間違いない。いま、名前が挙がったようなバンドの方が、物事との対峙を迫るというか、音楽に限らずアートや世界や色んなものに対する見方を変えてしまうというか、そういう点でワクワクさせられるんだ。こうやって、ちゃんとしたレコード会社で作品をつくれるようになっても、その発想を固持できているというのは、ぼくとしてはすごく恵まれていると思う。エクセルみたいなレコード会社が、こういう音楽と、こういう音楽を作る人間をそこまで信じてくれているんだから本当にありがたい。
 ぼくは、エレクトロニック・ミュージックにはもっとアティテュードが必要だと思ってる。最近、極端に味気なく(flat)になってるし、政治性も閃きもアイデンティティも欠落しきっているからね。あまりにも無難で刺激がない(dull)。いまや、フェスティヴァルが音楽界の風景をコントロールしているような気分になってるどこかのエージェントがつまらない出演者ばっかりブッキングして悦に入っているが、ぼくは音楽でエンターテイナーになるのはごめんだ。レコードの冒頭に残虐なノイズを持ってくるのも、そこに理由がある。「あんたを楽しませるつもりはない、ぼくなりに音楽に大切だと思うものを届けにきただけだ」という、ぼくからの宣言さ。だから、取りようによっては警告、だね。でも、それを理解しないバカなやつをそこで排除する策でもある。

ただ、そういうのを直球で深刻にぶつけてくるだけではなく、そこはかとなくおかしいユーモアに包んでいる感じもあなたの音楽にはありますよね。前述のパンクなバンドにもあった要素です。それもまた、あなたがパンクに共感する部分ですか。

P:ユーモアはぼくにはすごく重要だよ、うん。ただ、やっぱり意図的なものではない。さっきも言ったように誠実に、正直にやっていれば人間性が滲み出るんだと思う。世のなかにはシリアスな音楽がいっぱいあるよね、実験音楽の世界とか、まあ、名称は何でもいいけど。でも、そこにも楽しんでしまう隙間はあるんじゃないか、とぼくは感じてる。自分も楽しんで、聴く人を笑わせてしまう余地が。ぼくは前から、カオス&ノイズと遊び心&ノリ(groove)の狭間の微妙な境界線がすごく好きで、そのギリギリのところに佇んで、いつどっち側に転がるかわからない、みたいな感じを楽しんでいる。カオスの方に落ち込んでいくのか、はたまた遊び心に誘われてパーティに行ってしまうのか。ね? その感覚が、ぼくはすごく興味深いと思ってる。そんな感覚で音楽を体験することが。先を読み切れないっていうのは、最高に興奮するよ。

どっちかに転がり落ちてしまうこと、あるんですか。

P:曲によると思う。難解だったりカオスだったり、それだけのモーメントは作りたくないけど、そうなってしまうときはあるね。でも、カオスがあったら、それに対してもっとこう……グルーヴ主体のものとか、コントラストがあるのがぼくは好きだから、ぼくの音楽は基本、そういうふたつの対照のあいだを行ったり来たりしてるんじゃないかな。それも、できるだけ普通じゃない、ヘンなやり方で。

世界的にそうですが、特に英国では BREXIT以降、ユーモアが失われて緊張感が高まっているように思えます。そんな現状に対するひとつの答として、こういう音楽を提示している、という意識はありますか。

P:夕べ、ガールフレンドと一緒にぼくの音楽について話をしてたんだけど、まあ、ぼくら、よく音楽論議をするんだけどね、昨日は特に、あるインタヴュアーからこのレコードは時代を興味深く反映していると言われたんで、そのことについて……、いま、悪いことばっかりあるだろ? シリアもそうだし、ドナルド・トランプも、BREXITも、経済もそう。常にこう、カオスの淵に立たされているような感じがする。落ちてしまったらすべてがダメになる、と。でも、実際にそうなってしまう気配はない。その感じがぼくの音楽に表れている、と指摘されたんだ。自分では考えたことがなかったんだけど。絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……。でも、それは注意力欠陥というふうにも捉えられるのかな、とぼくは思った。
 ぼくの音楽って、どんどん跳ね回って跳ね返されて変化しながら聴いている人をどこかへ引っ張って行っては何か珍しいものを見せていく、というような。なんでそうなるのかは自分でもよくわからないけど、何もかもがこう……短くて、早くて、シャープで、どんどん変化して、常に何もかもが変わっていく世のなかの動きと繋がっているところは確かにあるのかも。

ある意味ではぼくの音楽もたしかにテクノだとは思うけどね、アルビン・トフラーがその言葉を使ったときの、未来を意味するものだったテクノという本質的な意味においては。ぼくの音楽にとって“未来”はとても大切だ。過去を引き合いに出して語ろうとする人は多いけど、ぼくの希望としては、みんなにこれを古い音楽ではなく新しい音楽として見てもらいたい。


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ところで、あなたは自身のレーベル〈Diagonal〉を持っていますが、その立ち上げから「The Ongoing Significance Of Steel & Flesh」(2011)のリリースに至るまでの経緯を教えてもらえますか。

P:うん、といっても別に経緯ってほどのことはなくて、15年間ずっと作ってきた音楽をリリースしたいと思ったのがきっかけなんだ。それで、色んな人に相談して実現させた。いまの時代、レコード・レーベルを始動させるのは実に簡単なことだからね。ただ、レコード1枚だけ出して終わるレーベルにはしたくない、という思いはあった。で、2作目を出して、気が付いたら35作になってた。ぼくは音楽をプレイするのも大好きだけど、同じくらい自分のレーベルを愛してるんで、もっとそっちに費やす時間があったら、と思う。ここ1年は本当に異常に忙しかったから。

ここでいくつか既存のレーベルの名前をあげますので、あなたがそのレーベルや出している作品についてどう思うかコメントしてもらえますか。まずは〈Blackest Ever Black〉と〈Modern Love〉。

P:うん、〈Blackest Ever Black〉を運営してるキーランのことはよく知ってるよ。20年~10年だったか、ぼくの最初のレコードが出る前、〈Blackest Ever Black〉もはじまる前に会ったことがある。その時、キーランはレインの連中と一緒で、みんなで自分たちのレコードをリリースする話で盛り上がった。その後、〈Blackest Ever Black〉がやるようになったパーティの、最初の2回ぐらいはぼくも参加してプレイしたし、キーランの活動とはぼくは何かと繋がりを持ってきた。〈Modern Love〉も同じで、運営してるシュロム・アブンカはぼくの友だちで〈Diagonal〉のディストリビューションをやってくれてるんだ。だから、すごく近い関係だよ。音楽的には当然、違いがあるけどね。それぞれのアイデンティティがあるし、重要視するものも、提示の仕方もそれぞれだから、音楽的にはそのふたつのレーベルと必ずしも親近感を持ってはいない。でも、姿勢の面では間違いなく共感する。

ふたつ目のグループは〈Pan〉、〈Editions Mego〉、〈Raster-Noton〉.

P:うん、〈Pan〉と〈Mego〉はぼくも大好きだ。理由はやっぱり、〈Pan〉をやってるビルも〈Mego〉をやってるピーターも友だちだからね。音楽に関してぼくがいちばんワクワクするのは、好きなことをやっているなかで出会ったそういう友だちができることなんだ。音楽をやっているから行けるような場所へ旅して、人生や音楽やアートについて素晴らしい考えを追っている人たちと出会って話をしてパーティをして楽しむことができる。そういうレーベルはどれもリスペクトしてるよ。大変な努力と献身が必要だということはぼくもよくわかっているからね。しかも、結局のところそれでほとんど儲かるわけでもない。この手のレーベルを運営している人はみんな尊敬に値する。

そして、いきなりなんですがスリーフォード・モッズは好きですか。

P:あぁ、好きだよ。最高だ。演奏しているところを実際に見たことはないけど、レコードはけっこう持ってる。音は好きだし、すごくいいと思う。いまの時代にすごく必要だ。

必要というのは、メッセージの面で?

P:うん、というか……要は声(voice)、だよね。代表する声……、イングランドの状況を描き出しつつ、それを極めて新しい、独創的でスタイリッシュで革新的なやり方で提示している。だから人は耳を傾ける。そこが素晴らしいとぼくは思う。

彼らが伝えているいまのUK社会は、あなたも同意するところですか。

P:正直、あんまり歌詞には注目していないんだ。いつも音楽の方に耳がいってしまうから。ぼくが感じとっているのは感覚的な……、いや、もちろん言葉は聞こえているし、めちゃめちゃおかしいから印象にも残るけど、具体的にここがこう、というのは必ずしもないな。彼らは自分たちの暮らしを題材にして、その暮らしが自分たちの目にどう映っているか、を表現しているんだと思う。だから、怒りとか、募る不満とか、そういうのは感覚的に伝わってくる。いまこの国で暮らす人の生活が浮き彫りになってくるんだ。別に攻撃的な言葉を使わなうても、敵意みたいなものが伝わってくる彼の声がぼくは好きだな。ああいう音楽にああいう言葉、という組み合わせから伝わるフィーリングが多くを伝えてくる。そこがぼくにはエキサイティングだ。なんかこう、エネルギーが炸裂している感じがする。あと、やってる人の姿勢が伝わってくる。ぼくはそういう音楽が好きだ。

話は戻りますが、あなたがテクノ・ミュージックを好きになったきっかけは何ですか。

P:っていうか、ぼくはテクノ・ミュージックに入れ込んだこと、ないよ。

あら……

P:(苦笑)、正直テクノはすごく退屈だと思ってるから。とはいって、18歳から25歳ぐらまではそれなりにテクノも聴いていて、レコードもずいぶん買った。ただ、テクノの大ファンだったことはなくて、いまとなってはもう、テクノのクラブで一晩中をテクノを聴くなんて無理。退屈しきってしまう。良質なテクノなら好きだけどね。かつてのテクノの本質とか、その成り立ちなんかは興味があって、つまりは音楽を未来へと方向づけよう、そのためにマシーンを使って何か新しいものを創ろうとしていたわけだけど、いまのテクノにそういう意味合いはないと思う。いまのテクノの意味するものは、4拍子のキックドラムさ。あとハイハット。
 まあ、ある意味ではぼくの音楽もたしかにテクノだとは思うけどね、アルビン・トフラーがその言葉を使ったときの、未来を意味するものだったテクノという本質的な意味においては。ぼくの音楽にとって“未来”はとても大切だ。過去を引き合いに出して語ろうとする人は多いけど、ぼくの希望としては、みんなにこれを古い音楽ではなく新しい音楽として見てもらいたい。

たしかに、出始めのテクノにはパンクに通じる姿勢がよく指摘されましたが、その部分は失われているかも。

P:同じ感じはしないよね、もう。

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セックス・ピストルズとぼくが共有するものがあるとすれば唯一、彼らが登場したときの状況ぐらいかな。興味深い時代ではあったよね。そこで彼らはガラリと方向転換をはかった。音楽の可能性における別の選択肢を示したわけだ。ああいう姿勢を、もっとみんな示すべきだとぼくは思うな。何でもそうだけど、何か違うことをやろうとするのなら、ジワジワと違う方向へ押していくんじゃなくて、過激なまでに違うものをいきなり提示するのがいい。


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じゃあ、パンク・ミュージックとの出会いについて教えてもらえますか。

P:さっきも言ったように、いわゆるパンクスだったことはないんだ。聴いてたのはジャングルとかドラムンベースだから。それからテクノ・ミュージックを知って、その後は2004年、2005年あたりにダブステップが出てきてからは2年ぐらい、本気で入れ込んだ。でも、それでエレクトロニック・ミュージックに飽きてしまって、あらためてパンクやポストパンク、インダストリアル・ミュージックを聴いたり、本で読んだりするようになった。ノイズとか、実験音楽、コンピュータ音楽も含めて、そこから5年ぐらいかけていろいろ消化していったんだ。後追い、だよね。「ジーザス、なんでこんなに色んなのをぼくは知らずに来てしまったんだろう!」って感じで。
 なんで、ずっと音楽の旅を続けていて、どこか特定の場所に沈没することはなかったんだ。その代わり、あらゆる音楽を楽しんでこられた。とくに……、なんだろう、それぞれ理由があって何でも好きなんだよな、明瞭な姿勢があるやつ、とか、そういう条件はあるけど……、まあ、願わくばぼくの音楽に、何か特定のひとつからの影響だけでなく、あらゆるものから受けた影響が組み合わさった何かが聞こえていてほしい。だからこそのPOWELLミュージックだと思ってるんで。

たしかに折衷的な音楽性で、いったいどこから作りはじめるんだろう、何がヒントになるんだろうと考えてしまうわけですが、例えばアルバム冒頭の不快にも思えるノイズとか。多幸感溢れるクラブ・ミュージックとは対極ですよね。

P:うん、だけど、自分ではあれが不快だとは思っていない。まあ、ある意味そうなのはわかるけどね。アルバムの冒頭であれが鳴るのは不快ではあるかもしれない。でも自分ではそうは思わないし、耳障りな音だから使った、というのでは決してない。気に入ったから使ったんだ。だから、あの音楽をクラブでプレイするときは、やっぱりみんなを不快な気持ちにさせたいからじゃなくて、純粋にその音がいいと信じているからで。

はい。

P:イライラさせるのが狙いではなく、ぼく自身は大好きで、すごくいい音だと思って使っているわけ。あと、ぼくが使う音って、けっこうブライトでプラスチックなんだよね。歪んでるって言う人が多いんだけど、そんなことはない、かなりのハイディフィニションだ。そういう高周波がぼくは大好きで、脳みそに聴いている音楽について考えさせる効力があるように思う。いつもベースとキックドラムとサブベースにばかり依存するんじゃなくて。そういう低音は伝統的に体に訴えてくるものとされているけど、ぼくは頭のど真んなかと胸の真んなかと、両方にドリルをねじ込んでくるような音のコンビネーションが好ましいと思ってる。

さっき名前を挙げたレーベルの作品は、とても知的だけれどもときにシリアスでオタクっぽさもあるのに対して、あなたのレーベルの作品はそれもありつつ、実験的で、すでに話に出たようにユーモアが必ず含まれている。そこがあなたやあなたのレーベルの作品の好きなところだ、と質問者は言っています。

P:それはまったくその通りだし、ぼくらの見解そのものだよ。ぼくらはみんな、背景は似ていて、音楽的にも……クレイジーで意外性があってファニーで美しくて……というのが好きだし、そういうのをライヴでも、リリースするレコードを通じても届けたいと思ってやっているのも同じだけど、要は自分らしさ、だね。

あなたのクラブ・ミュージックEPをフランケンシュタインのモンスター・サウンドと称した人がいるそうですが……

P:うん。

それは認めます?

P:あぁ。

わかりました。ところで、その後、スティーヴ・アルビニから折り返しの連絡はありましたか。

P:Yeah yeah yeah!  Eメールで話してるよ。あれはぼくが彼を攻撃する意味合いじゃなかったんだ。彼が言っていることをぼくもその通りだと思ったから、発言を引用したんだよ。コミュニケーションの機微ってやつをみんなわかってないんだな、と思った。ぼく自身は間違いなく、スティーヴと同じ考えだ。あのEメールに名前が出たバンドをぼくも大好きなんで、スティーヴ・アルビニの声を借りてぼくがしゃべっている、という主旨だったんだけど……。彼は理解してくれている。
 でもま、あれがきっかけで興味深い会話があちこちで生まれて、みんなが音楽の状況について語り合うようになったらしいから、ね。ロック・シーンからパンク、エレクトロニックからEDMに至るまで、色んなジャンルの人を巻き込んで、あの一風変わった広告から議論が巻き起こったんだから面白い。ヘンな広告ではあったけど、あれはぼくがスティーヴの言うことに賛同したから出したんであって、反論の意味ではなかった。

みんな誤解してますね。しかし、ホワイト・ノイズ、ゼネキス、スーサイド、クラフトワーク……とくれば、あなたのやっていることと共通点は多いですもんね。

P:まったく、その通り。

では、ここでNHKのコーヘイ・マツナがの話を。あなたのレーベルから出していますが、彼の作品についてはどう感じていますか。

P:コーヘイはスゴイよね。たしか2008年に彼はラスター・ノートンから1枚、「アヌミニアム(Unununium)」ってレコードを出している。黄色と白のやつ。〈Raster-Noton〉がやってたシリーズの一環だったと思う。あれで俺が考えていた音楽の可能性が、ガラリと変わったのを覚えてる。ぼくは最初のレコードをやるにあたってコーヘイに 「ハイ! ロンドンのオスカーっていいます……」 みたいな手紙を書いたことがあったんだけど、それからまたたまに話しをするようになったり……って感じで、割と自然な流れでリリースが決まったんだ。それってスゴくない? ヒーローだったコーヘイと5年ぐらいしたら一緒に仕事してるんだから。最高だよ。すごく感謝してる、彼に対しても、だけど音楽というものに対して。音楽のおかげでぼくは彼に信頼して任せてもらえるようになったんだから。音楽ってスゴイよ。

イーロン・キャッツは?

P:イーロンもだけど、みんな経緯は似たり寄ったりで、自然と出会った人たちなんだ。知らない人のレコードをリリースしたことはない。決まって、家族なり友だちなりってのが先にある。インターネットの中だけに存在する実体のないレコード・レーベルを作るのなんて、お安い御用さ。ただ、それがどういう方向へ進んでいくか、となるとレーベルに関わる人間どうしのつながりがすごく重要になってくるからね。

ふたつ名前をあげます、まずはセックス・ピストルズ。彼らと音楽的に、あるいはメッセージなど姿勢の上で、何か自分と共通するものはありますか。

P:う~ん、ないな、別に。パンクを踏まえてるって意味では通じるところはあるけど、う~ん……、セックス・ピストルズとぼくが共有するものがあるとすれば唯一、彼らが登場したときの状況ぐらいかな。興味深い時代ではあったよね。そこで彼らはガラリと方向転換をはかった。音楽の可能性における別の選択肢を示したわけだ。ああいう姿勢を、もっとみんな示すべきだとぼくは思うな。何でもそうだけど、何か違うことをやろうとするのなら、ジワジワと違う方向へ押していくんじゃなくて、過激なまでに違うものをいきなり提示するのがいい。

もうひとつの名前はアンドリュー・ウェザオール。知っていますか?

P:もちろん! 会ったことあるし。

あ、面識もあるんですね。

P:うん、一度だけ、あれは……スイスか、去年の夏に。すごい人だよね。イギリスの音楽界ではアイコンのような存在だから、みんなリスペクトしてるよ彼のことを。ぼく自身はあんまり彼の活動をフォローしてなくて、長年追いかけてますって感じじゃないけど、英国の音楽に大きく貢献した人だから当然のようにリスペクトしている。

ありがとうございます。最後に、POWELLという自身の苗字でレコードを出すことにしたのはどうしてですか。

P:ほかに名前を思いつかなかったから。

(笑)

P:いや、他にも名前は山ほど考えた。でも、どれもピンとこなかったから本名にしたんだよ。

(以上)

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