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COFFEE & CIGARETTES BAND
ELECTRIC ROOTS 001
ELECTRIC ROOTS/JPN / 2009/12/24
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SLOW MOTION REPLAY
THINK BETTER / RAGGED MUSTANG
SOUL SOURCE/JPN / 2009/12/15
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V.A.(MANMADE SCIENCE FT. JOHN THROWER, SOULPHICTION, PHLEGMATIC...)
Motorsoul Vol. 1
PHILPOT / GER / 2009/12/26
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ROTATOR/JIMMY S/SOMTEK/FEXOMAT...
TNI 12
TERROR NOIZE INDUSTRY / スイス / 2009/12/30
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KEJA / KAN10 / OZYSTIK 12"
3672 1 07
3672 1 / FRANCE / 2009/12/30
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LA FOUDRE
LE CHAOS ORDINAIRE
NO-TEK / FRANCE / 2009/11/14
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『100%RAP』は怠け者による最高のサウンドトラックである
アルバム・チャートを作るのが楽しくて、ハマってしまった。CDを部屋中から集め、サンプル盤しかないものは新宿のタワレコに買いに行き、ついでにUSのヒップホップやR&Bを中心に結構な枚数を新しく手に入れた。そして、帰省していた年末年始を挟んで、昨年末から今まで聴きまくっている。僕は2009年も相変わらず日本のヒップホップをメインに追い続けたが、総合的にこのジャンルは1年を通して刺激的であり続けた。世の中の不安定な情勢をまるでエネルギーにするかのように、凋落するこの国の経済と反比例するかのように、進化を続けた。いまこの音楽を聴かないと何年か先に間違いなく後悔することになるだろう。もちろんすべてを完璧に追えているわけではないし、僕にも好き嫌いは当然ある。ただ、時間と気持ちとお金に多少でも余裕があれば、気になったものを聴いておいて損はない。
おそらく北米のインディ・ロック・シーンがそうであるように、ムーヴメントとしての面白さが現在の日本のヒップホップ・シーンにはあるのだろう。00年代後半、特に2009年の成熟ぶりには特筆すべきものがあった。それについてはこれから語ろう。ただ言っておくと、それは「最先端」とか、そういう言葉に納まる類のものではない。そんなスノビズムを拒絶するような泥にまみれながら輝く文化としてある。日本のヒップホップ/日本語ラップの魅力は、音と言葉で時代の変化や現実を克明に生々しく伝えるメディアとして機能している点にもある。だから、この国においてマイナーなジャンルであることに悲観することはないし、セールスとか、数値では計れない次元で目の醒めるような音楽的独創性と鋭い社会批評性を保っているこの文化に携わる人間には自信を持って堂々としていて欲しい。
批評家の矢部史郎は00年代初頭に言った。「マイナーを滅ぼすことはできない」と。そもそもこの国の経済そのものがガタガタなのだし、じたばたしてもはじまらない。SEEDAのリリックを引用するならば、「WE FUCKIN MAJOR インディーズだがメジャー WE DA OFFICIAL FUCKIN MAJOR」("Get That Job Done")ということになるのだろう。僕らは2009年も素晴らしい音楽とちゃんと出会えている。産業について考えることも大事だけれど、音楽を語る言葉を豊かにして、小さな蠢きをひとつの文化として活性化させることの方がよっぽど意味のあることだ。
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さて、前置きが長くなったが、僕はアルバム・チャートの1位に鎮座DOPENESSのファースト・ソロ・アルバム『100%RAP』を選んだ。このユーモアたっぷりの43分あまりのアルバムをトップにすることにまったく迷いはなかった。ジェイ・Zの『ザ・ブループリント3』を押さえての1位というのにも意味がある。もちろん賛否両論はあるだろうが、これはひとつのメッセージだ。たしかに『ザ・ブループリント3』は圧倒的だし、これぞヒップホップといった、エネルギッシュなアルバムだ。音は古くて新しく、ヴィヴィッドな時代性があり、しかもグローバルに波及するパワーがある。それでも僕は、鎮座DOPENESSの、植木等のスーダラな楽天性をこの時代に引っ張り出してきた嗅覚と、ファンキーでソウルフルなラップ、この国でしか生まれ得ない素晴らしく雑食的な感性――ダンスホール、ファンク、ソウル、フォーク、歌謡曲から忌野清志郎まで――を支持したい。鎮座DOPENESSの世界観をうまく捉えた菱沼彩子のキュートなイラストもとても良かった。『ザ・ブループリント3』がオバマ大統領就任に胸躍らせるアフリカン・アメリカンによるヒップホップだとしたら(冒頭の"WHAY WE TALIKIN` ABOUT"を聴いて欲しい)、『100%RAP』は政権交代以降、いまや一国のトップさえ経済成長に疑問を呈する国の怠け者による最高のサウンドトラックと言える。ボブ・マーリー風に言えば、「EVERYTHING IT`S GONNA BE ARLIGHT」という感じか。朝寝坊と電話で上司に遅刻の言い訳をする"朝起きて君は..."を聴くと、自分の苦い過去を思い出しつつ、笑ってしまう。こういう可笑しみのあるストーリーを書けるのも鎮座DOPENESのオリジナリティだ。
[[SplitPage]]アメリカでは、ドレイク、キッド・カディ、ワーレイはギャングスタ・ラップを更新する新たな時代のスター(3人は、昨年、米『GQ』誌の「Gangsta Killers」という記事でフィーチャーされた)としても注目を集めている。鎮座DOPENESS、PSG、S.L.A.C.K.(PSGのメンバー。ラッパー/トラックメイカー)の登場はその動向との奇妙なシンクロニシティがあって、00年代、この国のアンダーグラウンドで市民権を得た、上昇志向をキーワードとする所謂ハスリング・ラップ/ハードコア・ラップとは別の流れを今後生み出す契機に間違いなくなるだろう。昨年末、鎮座DOPENESSが、MSCの所属するレーベル〈Libra〉が主催するフリースタイル・バトルの全国大会〈UMB〉で優勝したのもその予兆と言えるかもしれない。

マクロに視れば、今の日本(あるいは諸外国)はアメリカの金融危機の余波による不況といった景気循環のひとつの局面ではなく、資本主義というシステムが再考されるべきレヴェルに達していると言う学者もいるぐらいで、事実、自分たちのライフスタイルを根本的に変えないと生き残れない時代に突入しているとの実感をヒシヒシ肌で感じている。実際、昨年末、アメリカで黒人若年層の失業率が34.5%に達したというニュースが報じられた。日本はまだそこまで絶望的な状況ではないけれど、頭ではわかっていても、いつまでも右肩上がり幻想が体から抜けない人はこれから生き残るのは難しいだろう。元々のこの国のありように何の期待もしていなかった(社会に無関心というわけではない)僕は逆に気楽な気持ちでいる。むしろ期待に満ちている。鎮座DOPENESS、PSG、S.L.A.C.K.の低空飛行は、そんな気分にしっくりくるものがある。彼らへの期待も高まるというものだ。
PSGのデビュー・アルバム『DAVID』と、弱冠22歳のS.L.A.C.K.のセカンド・アルバム『WHALABOUT』は、本当にわくわくしながら聴いた。S.L.A.C.K. の甘いソウルの感性やトリッキーなビートは、スラム・ヴィレッジやマッドリブを彷彿とさせるが、団塊の世代や大人に毒づく"ANOTHER LONELY DAY"のドキッとするような物言いはパンキッシュですらある。これは僕の今年の1曲だ。まったく末恐ろしい若者が登場したものだ。『David』に破壊力のあるミキシングやマスタリングが施されればもっと良かったと言う人の意見には賛同するけど、とはいえ彼らのユニークなアイディアやSF的発想力には目を見張るものがある。また、ヒップホップ、ハードコア、レゲエが衝突するCIA ZOOのラッパー/トラックメイカー、TONOのファースト・ソロ『TONO SAPIENS』の、カッコ良い! という言葉が思わず口からついて出てくるような疾走感には痺れた。スピードという点においては、トゥー・フィンガーズと同じぐらいの速さがあっただろう。彼ら新世代のアクトは、前時代的な所謂海外コンプレックスを独自のやり方で克服しようとしているように見える。そんな彼らの試みはまだ過程にあるものの、邦楽や日本文化への偏重から来る閉塞とは明らかに別の次元で鳴っている。
[[SplitPage]]他にもいろいろあった。DJ BAKUによる日本語ラップ・オムニバス『THE 12JAPS』には強い変革の意志を感じたし、KILLER-BONG(K-BOMB)の日々の実験と奔放なサンプリング・センスの成果をまとめた『LOST TAPES』には相変わらず輝くものがあった。年末におこなわれた、K-BOMBが所属するTHINK TANKの、ダブやフリー・ジャズの感性をヒップホップ・ライヴに落とし込んだタイトな復活ライヴには興奮したが、あの黒く狂った息吹はより多くの人の耳に吸い込まれていくことだろう。(今年のイヴェントだが)先週末、プライヴェートのこんがらがった日々から来るであろう痛々しさと力強さを剥き出しにしたRUMIの『HELL ME NATION』の告白的なリリース・ライヴから目を逸らすことができなかった。RUMIの、女性の加齢について大胆に切り込むラップは特別なものだ。あんな風に女性が肌の小皺と弛み(!)について歌う姿を僕は他で聴いたことがない。マッチョ男を縮み上がらせる、あの勇気にはマジで恐れ入る。応援するな、という方が無理な話だ。
ぶっちゃけて言うと、最近なんとなく気づいたのだけど、僕は00年代に一度、音楽が「必要ない」生活を知らず知らずのうちに送っていたのだと思う。曲がりなりにも音楽ライターという肩書きの人間が何を言っているんだと思われる方もいるだろうが、当たり前の話、音楽を追いかけるよりも優先しなければならないことや不意に訪れるアクシデントや熱狂が時に人生には起こるし、だからこそ音楽を強く欲することもできる。さらに言えば、つまらない「ミュージック・ラヴァー」とか「音楽ファン」には絶対になるものかという妙に捻くれた気持ちと既存の窮屈なシーンなるものへの違和感から生じた性急な音楽への愛の表現は、町中で大騒ぎしたり、踊りまくるエネルギーへと変換されていたのだ。まあそこには政治的な動機やもっと様々なモチヴェーションがあったのだけど、細かいことは原稿のテーマとずれるので書かない。今でもそんな一方的な音楽へのむちゃくちゃな想いは心の底にあるものの、ここ1、2年、もう少し素直に音楽ファンとしての気持ちを大事にしようと思えるようになった。
だからというわけではないが、2009年はここ数年でいちばんCDを買った年だった。他の年と比較してもダントツに買った。メジャー/インディともに面白いものがたくさんあった。配信への移行が進み、CDが売れないと言われる時代に逆行するようにレコード屋によく出かけた。CD/レコード文化を守ろうとかいう大それた使命感などはないが、前よりCDを買う経済的余裕が出てきて(たいした余裕じゃないけど。2、3年前はあの経済状況でよく生活できてたなぁ)、しかもこれまで以上に音楽を聴くのが楽しかった。単純に音を求めていたし、新譜を聴くことに喜びを感じていた。
[[SplitPage]] 正月の帰省中、高校時代にレディオヘッドやニルヴァーナのコピーまでしていた結婚間近の地元の男友達が、婚約者の運転する車の中で流行りのアイドル・グループの曲を「セクシーだよねー」と何気なくかけていて、音楽との付き合い方も変わるものだなと思ったのだけど、それが良い悪いとかじゃなくて、彼との関係も含め、あぁ、お互い随分変わったなと感慨深かった。僕が生きている社会と彼の社会はまったく別のところにあるという当然の事実を、ブラコン歌謡風の軽快なダンス・チューンを車内で聴きながら感じていた。突き詰めれば、そういう距離感や現実認識の中で僕は音楽について考えている。
そこでKREVAの『心臓』は、このチャートの中で唯一あの車の中で鳴っていても違和感なく聴けたはずだなと思った。『心臓』は絶妙なバランス感覚を有していて、密室的なラヴ・ソング集としても、ある意味ブラコン歌謡の最新形としても、R&B寄りのヒップホップ・アルバムとしても聴ける。つまり、大衆音楽として強度のあるアルバムだ。去年、家で繰り返し聴いた1枚だ。他方、KREVAが参照したのと同じUSアーバン・ミュージックやスタジアム・ロックばりの派手なギターを消化してオリジナルなサウンドを作り上げたSEEDAの通算7枚目のアルバム『SEEDA』は、自民党と民主党の固有名を挙げてストレートな政治批判を展開する "DEAR JAPAN"がいい例だが、SEEDAの内省と外(社会)に向かう気迫が融合したアヴァン・ポップな作品だった。騒々しく飛び交うシンセ音には圧倒されっぱなしだったが、今にも安室奈美恵がセクシーに歌いだしそうな"FASHION"のキャッチーさにもやられた。どちらが知名度の意味でポピュラーかと言えば、もちろんKREVAだが、どちらにポップ・ミュージックとしての突破力を感じるかと言えば、僕はSEEDAに軍配を上げたい。
S.L.A.C.K.やKREVAやSEEDAらのメロウでスウィートなテイストを持った楽曲はソフトな耳ざわりと裏腹に挑戦的な試みでもある。年末、オリコン・デイリーチャートで最高5位を記録したSEEDAの復活シングル「WISDOM」はその路線におけるひとつの結実だろう。シングルでは、七尾旅人とやけのはらの甘く切ない「ROLLIN` ROLLIN`」も最高だった。00年代中盤、MSCやSEEDAがファッション化していたストリートという概念に対抗的で野性的なニュアンスを注入して、ストリート・ミュージックとしてのヒップホップを再定義して以降の次なる展開の予感さえ感じる。昔はストリートなんて言葉は白々しくて使いたくなかったけど、彼らの出現以降、その言葉を使うことにそこまで躊躇しなくなった自分に今さらながら気づいたりもした。
まだまだ書きたいこと、突っ込むべきことは山ほどあるが、時間切れ。ムーヴメントと言うにはまったくてんでばらばらなこのシーンが10年代に果たしてどんな展開をみせるかは予測がつかないが、僕はアンビバレンツな、一筋縄では行かない気持ちを抱きながら、この国の大きな情勢から見れば、ほんの小さい、マイナーなムーヴメントをいまはどこまでも肯定しよう。それは去年1年間で熟成された気持ちで、2008年までは言えなかったことだ。2010年も刺激的な年になるに違いない。
■Top 20 Hip Hop albums of 2009 by Shin Futatsugi
1. 鎮座DOPENESS/100%Rap(W+K東京LAB /EMI)
2. Jay-Z/The Blueprint 3(Roc Nation/ユニバーサル)
3. PSG/David(ファイルレコード)
4. Seeda/Seeda(Concrete Green)
5. S.L.A.C.K./Whalabout(Dogear Records)
6. Drake/So Far Gone(October's Very Own)(mixtape)
7. Kid Cudi/Man On The Moon:The End Of Day(G.O.O.D/ユニバーサル)
8. Tono/Tono Sapiens(CIA REC)
9. Two Fingers/Two Fingers(Big Dada/Paper Bag Records)
10. Rumi/Hell Me Nation(Popgroup)
11. Mos Def/The Ecstatic(Downtown/Hostess)
12. ECD/天国よりマシなパンの耳(Pヴァイン)
13. Killer Bong/Lost Tapes(Blacksmoker)
14. Skyfish/Raw Price Music(Popgroup)
15. Shafiq Husayn/Shafiq` En A-Free-Ka(Rapster)
16. Keri Hilson/In A Perfect World...(Mosley/Interscope/ユニバーサル)
17. Kreva/心臓(ポニーキャニオン)
18. DJ Baku/The 12Japs(Popgroup)
19. Killa Turner/B.D.&Roverta Crack/Nipps/the sexorcist presents Black Rain(Tarpit Records)
20. Raekwon/Only Built 4 Cuban Linx... Pt.2(Ice H2O/EMI)
次点
The-Dream/Love VS. Money(Def Jam/ユニバーサル)
Wale/Attention Deficit(Interscope/Allido)
Rihana/Rated R(Def Jam/ユニバーサル)
Pitbull/Rebelution(RCA/Jive)
Ghostface Killah/Ghostdini Wizard Of Poetry In Emerald City(Def Jam)
Common/Universal Mind Control(Geffen/ユニバーサル)
Dudly Perkins/Holy Smokes(SomeOthaShip/E1)
スチャダラパー / 11(エイベックス)
Issugi/Thursday(Dogear Records)
O2/Stay True(Libra)
鬼 /獄窓(赤落PRODCUTION)
Juswanna/Black Box(Libra)
SD Junksta/Across Tha Gami River(Yukichi Records)
V.A/Chocolate Factory#2(Ing Records)
Zen-La-Rock/The Night Of Art(Awdr/Lr2)
般若/Hanya(昭和レコード)
サイプレス上野とロベルト吉野/Wonder Wheel(Almond Eyes/Pヴァイン)
写真左:旅人&やけのはら。七尾旅人は年明け早々の1月9日に恵比寿リキッドルームでライヴあり。
写真右:モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオ。こちらは七尾の前日の1月8日に恵比寿リキッドルームでの来日ライヴが決まっている。
整合性というのはつねづね僕のテーマのひとつである。が、気が変わるのは人間の性分であるし、だいたい雑誌というのはせっかちだ。2009年のベストを選ぶのに、早いところでは11月前半にその締め切りを言い渡される。12月初旬に売られるからだ。だから下手したら最後の2ヶ月はその年から除外されることになる。2ヶ月もあれば、人間、恋に落ちることもあるだろうし、死にたくなることだってある。運命を変えるには充分な時間だ。こういうとき、webは良い。本当に年末になって、それを書くことができるのだから。
2009年は自分にとって、僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最低レヴェルの経験をするという忘れがたい年となった。非常ベルは鳴りだし、事態は臨界点に達した。デヴィッド・クローネンバーグの映画に放り出され、未知の絶望を感じするほか術がなかった。事態が信じられなかった......なんて惨めな! ときに自虐的で、まるで『地獄の季節』の最初の10ページのような呪いに満ちた茫洋たる暗黒大陸においても、僕にとって幸いだったのは、信じるに値する友人知人が何人もいたことだった。ありがたいことだ。
いまこれを書きながら、僕はイギリスのプロト・パンク・バンドとして知られるザ・デヴィアンツのリーダーであり、『NME』の名物ライターでもあったミック・ファレンの著書『アナキストに煙草を』を読んでいる。ちなみにこの素晴らしい本を、こともあろうかこのご時世に刊行している「メディア総合研究所」は、他にもここ数年、『アメリカン・ハードコア』や『ブラック・メタルの血塗られた歴史』といったとんでもなく喜ばしい本を出している。このように、政権が代わっても思ったよりアッパーにはならない世のなかにおいて、貴重な光を届けてくれている稀な出版社だ。で、そう、60年代のカウンター・カルチャーから70年代のパンクにいたるまでの現場感覚に満ちたその『アナキストに煙草を』読みながら、僕はどこの国においてもいつでも同じことは同じなのだなと確認したことがある。そのひとつ、60年代の回想の下りだ。「特筆すべきは、我々全員の頭の中を独占していたひとつのこと、すなわち自分の人生がこれからどうなっていくのか、何が起こるのか、そういう類のことはほとんど話題に上がらなかったことである。地球の未来について語ることはあったかもしれないが、自分個人の未来について話すことはめったになかった。この点において我々は、十年以上経って出現するパンクと似ていた」(赤川夕起子訳)
まったく......僕のまわりにいる連中はたいがいそうだ。個人の人生の未来など、考えていないわけではないだろうが、まず語らない。それがゆえに勝ち負け社会の確固たる敗者として生きているのかもしれない。我々は結局のところ「政治理論などほとんどどうでもよかった。それが我々の魅力であり同時に没落した原因」(前掲同)だった。
しかし......、ところが僕はこの夏、自分の将来――といっても半年後だが――についていろいろ考えた。せこい未来だけれど、事態は思ったより深刻だった。さすがに考えざる得なかった。ど、ど、ど、どうしようか? と妻に訊いた。し、し、静岡に帰ろうかな? 僕は焼き鳥を焼いている自分を想像した。臆病な僕はしばらく妻の顔を直視できなかった。が、妻は、考えてみれば僕のようなデタラメな人間と結婚するくらいであるから、それなりの覚悟はできていたのかもしれない。まあ、そんなわけで、ずーっと家にいるようになって肩身の狭い思いをすることはなかったけれど、とりあえずできる仕事はぜんぶした。5歳の息子は「なんで仕事いかないの?」と訊いたが、「これが仕事だ」と言った。
河出書房新社の阿部さんのおかげで1冊の本を作ることもできた。三田格、松村正人、磯部凉、二木信というひと癖もふた癖もあるライターと一緒に作った『ゼロ年代の音楽――壊れた十年』という本だ。「壊れているのはお前だろ!」と言われそうだが、それはまったくその通りで、しかしそうした個人の属性とはまた別の次元で、我々はこのゼロ年代の音楽ついて語り、書いた。150枚のアルバムも丁寧に紹介した。僕は編集者としてバランスを整えようと努めたが、結局はいくぶん偏ってしまった。それは二木信がネプチューンズやミッシー・エリオット他3枚のレヴューを辞退したからではなく、まあ著者全員が偏執的といえばそうだし、言い訳すればそもそも時代がそういう時代である(断片化されている)、と僕はその本のなかで解説した。欠点もあるが、それを補うほどの長所もある本が完成した(1月末に刊行します!)。
つまりそんな事情もあって、僕は12月のある時間を集中的に、ゼロ年代というディケイドについて頭を使い、スケジュール管理に神経をすり減らしていたので、クリスマスのこの時期、正直言えば2009年という1年についていまさら強い気持ちがあるわけではない。たしかに2ヶ月前まではあった。が、いまはもう薄れてしまったのだ。
僕は11月上旬に『EYESCREAM』誌でまずそれをやって、半ば過ぎに『CROSSBEAT』誌でアンケートに答え、続いて『SNOOZER』誌の特集に参加した。ところがこの2ヶ月は年末ということもあってやけにバタバタしていた。清水エスパルスは悪夢の5連敗を喫して、坂道をゴロゴロ転がった。僕はそれにいちいち打ちひしがれている暇もなく、原稿を書いて書きまくって、そして音楽を聴いていた。
10月30日にユニットでiLLのライヴを見終わった後そのままクワトロで湯浅湾のライヴに行って、11月に入って2本のトークショーをこなし、静岡でDJ(もどき)をやって、七尾旅人のライヴに行って、新宿タワーレコードでXXXレジデンツの発売記念トークショーを宇川直宏とやった。12月は〈ギャラリー〉に踊りに行って、中原昌也のライヴに行って、で、その数週間後に毛利嘉孝の司会で中原昌也と東京芸大で話した。そしてそれから......久しぶりに"締め切り"という名の絶対的概念に苦しめられた。もちろんこの2ヶ月、僕はこの「ele-king」に情熱を注ぎつつ、と同時に、いま平行して作っているアーサー・ラッセルの伝記本の編集もしている(これがまた面白いのよ)。ここに記したすべてが僕にとって刺激的で、思考の契機となる。
そしてこの数ヶ月というもの、僕は自分でも信じられない量の音楽を聴いている。まだ文字にしていないものを含めると自分の限界まで挑戦したと言っていい。寝ている時間と人と会っている時間以外は、ほとんど聴いていた。僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最高レヴェルの密度だろう。もうそうなると、2009年を回想することなど、ホントにどうでもよくなってくる。
せっかくなので、いくつか気になったことを書き留めておく。2009年の最高の曲のひとつは七尾旅人+やけのはらによる"Rollin' Rollin'"だ。奇しくも、東京NO1ソウルセットとハルカリが90年代のバブルな感覚を懐かしむように"今夜はブギーバック"をカヴァーするかたわらで、"Rollin' Rollin'"は"現在"を表現した。この曲の良さは水越真紀さんがレヴューで書いている通りだと思う。つまりこれは、この10年、バブルな思いとは無縁だった世代の素晴らしい経験が凝縮されたアーバン・ソウルだ。
RUMIの3枚目の『HELL ME NATION 』もこの2ヶ月で好きになったアルバムだ。彼女は、このハードタイム(厳しい時代)を生きる女性のひとりとしてのリアリズムを追求する。30歳という自分の年齢まで歌詞にしながら、彼女の意気揚々とした姿はこの国の女性アーティストたちが手を付けてこなかった領域に踏み入れているように思える。とても元気づけられる作品だ。もしクレームを入れるとしたらジャケのアートワークだけ。それ以外はほぼパーフェクトだ。ラップものでは、他にも何枚か素晴らしいアルバムに出会えた。『EYESCREAM』にも書いたが、S.L.A.C.K.は最高だ。言葉も音も良い。そこには不良少年の毒と清々しさの両方がある。2009年に彼は発表した2枚、『MY SPACE』と『WHALABOUT』はどちらとも良い作品だ。出勤や登校で異様なテンションを発する朝の駅に、遊び疲れた身体を引きずりながら友だちや恋人と一緒にいた経験がある人ならこの音楽を身近に感じるだろう。疎外者たちのメランコリアだ。ファンキーという点ではTONO SAPIENSが良かった。嗅覚の鋭い連中が集まる下高井戸のトラスムンドやSFPの今里君、あるいは磯部涼が絶賛するSTICKYはまだ聴いていない。
SFPも、4曲だが新録を発表した。リリース元の〈Felicity〉は、もともとはポリスターでフリッパーズ・ギターやコーネリアス、〈トラットリア〉をやっていた櫻木景という人物だ。例の「Rollin' Rollin'」も〈Felicity〉からのリリースで、いわば90年代前半の渋谷系に思い切り関与していた人間がいまこうして七尾旅人やSFPを出しているところが"いまの時代"を物語っていると言えよう。
とまれ。僕は、いまこの日本にはふたりの強力なパンクがいることを知っている。真の意味での反逆者と言ってもいいし、彼らはこの国の"自由"の境界線を探り当てているという点においてパンクなのだ。そのひとりは中原昌也。彼はいわば、映画『If...』のマイケル・マクドウェルで、グレアム・グリーンが『ブライトン・ロック』で描いた17歳のピンキーだ。いずれ校舎の屋根に上って散弾銃をぶっ放すかもしれない。そしてもうひとりがSFPの今里。SFPの「Cut Your Throut」は興味深い作品で、ここがイギリスなら〈リフレックス〉や〈プラネット・ミュー〉から出ていてもおかしくない。SFPのハードコアは、いまとなっては誰もが思い描けるようなハードコア・サウンドで統一されていない。ポスト・モダン的にスキゾフレニックに展開されている。「Cut Your Throut」にはラウンジとサイケデリックとノイズコアが同居しているが、そういう意味でSFPはこのシングルで新しい領域に踏み入れたと言える。当たり前だがハードコアやパンクとは様式(スタイル)ではない。サム・ペキンパーの『ワイルド・バンチ』もまたハードコアであるように。
電気グルーヴが彼らの20周年を祝うアルバムを発表したのも2009年だった。これを書いているたったいま(12月25日)も、僕の5歳になる息子は電気グルーヴの「ガリガリ君」を聴いている。僕が奨励したわけではない。能動的に、しかも繰り返し何度もだ。「2番がちょっと恐いんだよね」と感想を言っている。ちなみに「2番」とはオリジナルの次に入っている別ヴァージョンのこと。まあ、電気グルーヴにしてもクラフトワークにしても、何が素晴らしいかと言えば、あの罪深きトランス性によって3歳児から40歳児までをも興奮させるところだ。この年代になってわかることだが、それはエレクトロニック・ミュージックの"強み"のひとつだ。石野卓球からは、90年代に彼が体現した危うさはなくなってしまったけれど(誰も彼を責められない、あのまま突っ走っしることなんか誰にもできない)、彼の芸は円熟の領域に入ろうとしている。『20』を聴きながら、僕はそう思った。
2010年にはマッシヴ・アタックの5枚目のオリジナル・アルバムが待っている。ヴァンパイア・ウィークエンドのセカンドも控えている。自分たちがいまどの方向性を選べばいいのか理解しているという意味において、どちらも良い内容だった。時代の空気は変わろうとしている。日本の音楽も面白い方向に転がっていくかもしれない。
■Top 25 Albums of 2009 by Noda
1. Atlas Sound / Logos(Kranky/Hostess)
アニコレがビーチ・ボーイズならこちらはビートルズ。毒の詰まったポップ。
2. S.L.A.C.K. / Whalabout(Dogear Records)
21世紀の薬草学におけるビートと日常生活のささやかな夢。
3. Girls / Album(Fantasy Traschcan/Yoshimoto R and C)
素晴らしきバック・トゥ・ベーシック。ここにも夢と星がある。
4. Volcano Choir / Unmap(Jagjaguwar/Contrarede)
ポスト・ロック時代の山小屋のロバート・ワイヤットといった感じ。
5. Major Lazer/Guns Don't Kill People...Lazers Do(V2 /Hostess)
ダンスホールにおけるスラップスティック。
6. Animal Collective / Merriweather Post Pavilion(Domino/ Hostess)
サイケデリック・ポップとエレクトロニカの華麗な融合。
7. The XX / XX(Young Turks/Hostess)
アリーヤとヤング・マーブル・ジャイアンツとの出会い。
8. V.A. / 5 Years Of Hyperdub(Hyperdub/Ultra Vibe)
アンダーグラウンド・サウンドにおける最高のショーケース。
9. Mortz Voon Oswald Trio / Vertical Ascent(Honest Jon/P-Vine)
『ゼロ・セット』から26年。1曲目を聴くだけで充分。
10. Grizzly Bear / Veckatimest(Warp /Beat)
ポール・サイモンが『キッドA』をやった感じ。"Two Weeks"は最高。
11. Micachu / Jewellery(Accidental / Warnner Music Japan)
批評精神に満ちたポスト・モダン・ポップのレフトフィールド。
12. Flying Lotus / L.A. EP CD(Warp/Beat)
レフトフィールド・サウンドにおける期待の星。
13. Rumi / Hell Me Nation(Pop Group)
リアリズムと世俗的だが素晴らしいファンクネス。
14. Bibio /Ambivalence Avenue(Warp/Beat)
エクスペリメンタル・ヒップホップの甘い叙情詩。
15 鎮座DOPENESS / 100% RAP(W+K東京LAB /EMI)
植木等とラップとダンスホールの出会い。
16. Moody /Anotha Black Sunday(KDJ)
アンダーグラウンド・ブラック・ジャズ・ファンク・ハウスの底力。
17. Dominic Martin / The Annual Collection(BeatFreak Recordings)
ジャングルの知性派によるエレクトロニカ・ポップ。
18. Toddla T/Skanky Skanky(1965)
モンティ・パイソンによるダンスホールといった感じ。
19. Speech Debelle / Speech Theory(Big Dada/ Beat)
取材してがっかりしたが、良いアルバムだと思う。
20. Fuck Buttons / Tarot Sport(ATP/Hostess)
スタイリッシュかつダンサブルに変貌。次作で化けるでしょう。
21. Dirty Projectors / Bitte Orca(Domino / Hostess)
NYのアート・ロックのお手本のような1枚。
22. Antony and the Johnsons / The Crying Light
(Secretly Canadian / P-Vine)
現代のディープ・ソウル。EPのみの"Crazy In Love"も最高。
23. 2562 / Umbalance(Tectonic /AWDR/LR2 )
ダブステップにおけるフューチャー・ファンク。
24. Juan Maclean / The Future Will Come(DAF / P-Vine)
ヒューマン・リーグ・リヴァイヴァルを象徴する作品。
25. Beak> / Beak (Invada /Hostess)
ポーティスヘッドによるクラウトロック賛歌。
なんですかね。出世作となったセカンド・アルバム『ウエルカム』は同時期のオリヴィエ・デイ・ソウル(ハドスン・モーホーク)や北欧のナイキ・ソングになったキッセイ・アスプルンド「シルヴァー・レイク」(ドリアン・コンセプト)と同じくアシッドな傾向を持つR&B群のなかではやや物足りない雰囲気のものになっていたと思っていたのに、それ以前と同様、その後もアルバムを出すごとにキャラクターを変化させ、ここへ来てあっさりとモンドに様変わりしてしまいました。マンネリ大魔王と化しているエンペラー・マシーンとはジャケットも含めてほとんど同じか、もしくは全体にパーカッシヴな音が強くなっているだけ......とはさすがにいわないけれど。
ナッシュヴィルで、しかもパンツを名乗っていながら、インナーには神秘主義にかぶれたらしき黄金分割や数秘術らしき「説明」がびっしりと書かれ、これが演出だとしたら、このイカガワしさはかなりのもの(深入りしないで雰囲気だけを楽しむのが現代人の知恵というやつです)。「時を超えて」「卵のなかに暮らし」「空は警告する」などイメージの広げ方にも工夫があるといいたいところだけど、後半に入って「私はウソをついたと約束する」という曲があるのはどういうことだろう? ......わからない。思い出すのはやはりモンドとポップの架け橋になっていたモルト・ガーソンが60年代後半に人類と宇宙のつながりを理解するために制作したゾディアック・シリーズなんだけど、エレクトロをベースにガーソンがやろうとしていたことをコンピュータ時代に再現しようとしたものなのかどうか。「すべてのものには終わりがあり、それが運命。もう一度、ひとつになろう」って、やっぱり本気のようだなー。リチャード・バックは何度でも蘇る......。『ターミネイター』のように......。
たまたま今年は70年代のラテン・ファンクと同じく北欧電子音楽がイージー・リスニングを接点にどのように結びついているかという辺りを重点的に聴いていたので、同じモンド文脈でもそれらと共有するところがあるようでいて、やはり、ビートが決定的に強く、『ウエルカム』同様どこかプリンスを思わせるところが大きな差として伝わってくる。そういうところはこの40年まったく変わっていないのかもしれない。リズムを第1に考えているということは(プリンスが神秘主義に走ったらこうなるのかなという想像も含めて楽しめます、はい)。
手許にある音楽雑誌をパラパラめくる。音楽評論家やライターたちがこんなふうにつぶやく。――音楽が生成し浸透する現場に足を運ばなければ、なにもわからない/いろいろなパーティやライヴに足を運べ/PCでYouTubeとかマイスペースだけ見てわかった気になってしまうのはとても危険だ――や、てことはみごとにぼくは危険なんだな。
10年くらい前まではたぶんぼくもその音楽評論家と同じような意見を持っていたのかもしれません。アグレッシヴに聴いていた時代があったのです。でも、ここ数年は特に新しい音楽シーン(というものがあれば)とはあまり縁のない世界に席を追いていたおかげで、すっかり世情に疎いアラフィフになってしまったのはまぎれもない事実なのです。だって『スヌーザー』見ても『ロッキング・オン』読んでも『クロスビート』眺めても、さっぱりわからない名前やジャンルばかりになっているじゃないか。
俺は「グライム」ってわかりません。「ダブステップ」もよく知りません。つか、「エレクトロニカ」って何?ってこないだ奥さんに聞かれたんですけどよくわからないって答えておきました。だって説明できないのです。たとえばそのジャンルで代表的なアーティストは誰?って聞かれても閃かないのですよ。つか、俺って今なにを聴いてるんだろうと自問してしまうくらい、実はなにも考えずに音楽を聴いていたことに最近気づきました。
でも、ここ1、2年はそれでも数年前に比べたらいいほうだと思うのです。少しは意識的に聴くようになってきたし、誰それが「これがいい」と親切に教えてくれたもののうち、多少は自分でそれを探して聴くということをするようになってきました。
......うーん、自分でも情けないね。こんなことを書いてる自分が情けない。だけど事実だからしかたがありません。そんな自分が選んだアルバム20枚(シングルははっきり言いますけど2009年は10枚買ってません......ですのでセレクションは当然割愛せざるをえませんでした)ですが、そういうわけでなにか指標があって選んだものではなく、結局2009年に聴いてフィットした20枚のセレクションなのです。だから、この文のお題目である「2009年を振り返って」と言われても、たぶん編集部が要求しているであろう内容はまったく書けない。だからこんな、自己憐憫みたいな文章をだらだらと綴っている次第なのです。
よって、ここに選んだアルバム20枚というのは、なんの脈絡もない、単なる自分のコレクションのなかから今年気に入って聴いていたもの(=iPodに入っている率が高かったもの)を選んだだけなのです。まあしかし、それでもele-kingの読者で、ぼくの昔のことを知っている人なら(名前は違いましたけどね)、あのころからあまり趣向が変わっていないことを感じてもらえるかもしれません。結果として、サイケデリックで暗いんだけど、その中に一筋の光が見えるようなアルバムばかりがやはり自分の中で残ってきてるなあと感じています。
ちなみにベスト20はほとんど順不同。ただしヨ・ラ・テンゴ(特に後半3曲のアンビエント・シンフォニー!)は圧巻でダントツ。その次が渋谷慶一郎といろのみのアルバムで、どちらも生ピアノの音を生かした沁みる内容で、相当な時間をともに過ごしました。感謝します。
■Top 20 Albums of 2009 by Shiro Kunieda
Yo La Tengo / Popular Songs(Matador / Hostess)
Keiichiro Shibuya / for maria(Atak)
いろのみ / ubusuna(涼音堂茶舗)
Kaito / Trust(Kompact)
Moritz von Oswald Trio / Vertical Ascent(Honest Jon/ P-Vine)
Andrew Weatherall / A Pox On The Pioneers(Rotters Golf Club / Beat)
David Sylvian/ Manafon( Samadhisound / P-Vine)
The Field / Yesterday and Today(Kompact)
Atlas Sound/ Logos(Kranky / Hostess)
Gong / 2032(Wakyo)
Jebski & Yogurt / Jebski &Yogurt(Rose)
ASA-CHANG & 巡礼 / 影の無いヒト(Comonds)
The Orb / Baghdad Batteries(Third Ear)
Simian Mobile Disco/Temporary Preasure(Wichita / Hostess)
Prefab Sprout / Let's Change The World With Music(Kitchenware)
Animal Collective / Merriweather Post Pavilion(Domino / Hostess)
Devendra Banhart / What Will We Be(Warner Bros.)
Mum / Sing Along to Songs...(Morr Music / Hostess)
Jackie-O-Motherfucker / Ballad of the Revolution(Fire)
Tim Hecker / An Imaginary Country(Kranky)
Tyondai Braxton / Central Market(Warp / Beat)
とてもとても久しぶりに行った戸川純のライヴで、初めて生の"玉姫様"を聴いた。わかいころ、生理痛が激しかったり、その最中に喧嘩をしたときなんかにこの歌を口ずさんだりしたもんだ。原稿がかけないのも彼の"無神経な"一言にいちいち腹がたつのも、社会が私を拒絶して一人ぼっちな気がしてしまうのもすべてはこの女体の神秘のせい、いつもの理性的な私じゃないもののせい、コントロール不能ではあるけれど、いずれにしても「私」の一部のせい、だけど神秘神秘......。
怪我をして杖をついていると聞いていたし、パフォーマンス自体には正直そんなに期待していなかった。ところがそんな意に反して、そのライヴは素晴らしかった。休憩を挟んで2時間たっぷり、ほとんどはスツールに掛けたままだったけれど、何曲かでは立ち上がり踊ってもいた。声はとてもよく出ていた。
フロアはいっぱいに埋まっていた。30代と思わしき男女。古くからのファンたちかもしれないが、もう少し若く見えるひとたちもいた。
彼女らしいMCも含めて、10年以上のブランクをこえて、何の違和感もなく、そのステージに引き込まれていた。
ほとんどすべてが懐かしい曲ばかりだったけれど、古臭さはなく、それどころか、80年代よりも切実な思いで彼女の歌を聴くのではないかと思われるような人びとは21世紀の日本にますます増えているようにさえ感じる。
彼女があちこちに忍ばせていた、あるいははっきりと歌っていた、管理社会化や対人コミュニケーションの困難、孤独など、最近では「生きづらさ」と総称される苦悩は、経済環境の変化も手伝って、あの頃よりも広範囲に、激烈に拡大し続けてきた。

戸川純がずっと歌ってきた大きなテーマは、「思いの伝わらなさ」だ。恋人でも親子でも他人でも、彼女の思いは決して伝わらない。自分はただの肉塊でしかない"諦念プシガンガ"も誰にも見えないものが見えてしまう"Fool Girl"も恋から覚めるのは髪を切ったからだという"セシルカット"もそのものずばりの"昆虫軍"も"バーバラ・セクサロイド"も"ロリータ108号"も"レーダーマン"そうだし、"隣のインド人"もそうだった。"蛹化の女"も同じだ。他者は異種であり、隣人は異人であり、恋人の心ははるかに遠い。
と考えると、"玉姫様"はまったく違う歌に聴こえてくる。女性の生理の神秘さを率直に歌ったというよりも、むしろ、生理中であろうとなかろうと通じない思い、すれ違い、互いの思惑違いのその責任は双方にあるにもかかわらず、自分が生理中だからね、仕方ないね、私はいまちょっと変なんだよねなどと白旗を揚げて見せている、とりあえずここは自分のせいだと言えばどちらも傷つかずにすむという思いがよぎった瞬間を思い出す。そういうとき、じつは悔しくもあったことも......。だって本当は双方に原因があるのに、双方が歩み寄るべきなのに、自分にもコントロールできない自分の中のなにやらを差し出してコトを収めようとするなんて、なんという事なかれ主義かと。すべては時間の節約、ディスコミュニケーションによる心の消耗の削減のためだ。
どうせ「思いは伝わらない」のだ。どこまで話してもたぶん平行線は免れない。
戸川純がこのように繰り返し歌ってきた「伝わらなさ」は、80年代までは主に女性と子供に集中した苛立ちだったと思う。校内暴力や登校拒否、(話し合いではなく)わざわざ法規制しなければ解決不能と判断された男女の雇用均等問題などに少しずつそうした苛立ちは現れ、やがて90年代以降、社会全体に充満するようになった気分ではなかったろうか。するとどうなったか?
暴れる子供にはリタリンを飲ませ、プレゼン下手な自分はプロザックで鼓舞する。さまざまな非主流的気分に細かな病名をつけて、「憂鬱」はうつ"病"に昇格させられた。ADHDやうつ病がフィクションだというつもりはないけれど、そうした診断が、人びとの、社会全体の「伝わらなさ」に対する不安を和らげたとは言えないだろうか? 夫婦喧嘩の理由を生理のせいにしたときのように?
こうした解決法は、ネオリベラリズム経済ととても相性が良かったのではないか。伝わるまで話あったり、伝わらない者同士がその状態のまま同じ空間にいることはとても効率の悪いことだ。ピル1錠でその場が収まるならこんなに簡単なことはないではないか。
一方で、戸川純は、繰り返しその「伝わらなさ」という悲しみを歌うことで、「伝わらなさ」自体に抗議し続けてきたように思う。彼女の作る歌詞の特徴のひとつである、(自己制御不能な)情念を(理性的な)理屈でとことん説明しようとする姿勢というのは、「生理だから仕方ないね」という解決方法に対する抵抗だったのではないか。
この日、たくさんのMCの中でとても引っ掛かりを感じたひとことがあった。アンドロイドのコールガールの諦観を歌う"バーバラ・セクサロイド"の時だったか、「あたしはフェミニストじゃないですよ」と言ったのだ。どうしてわざわざそんなことを言うんだろう? そういえば80年代から、彼女はよく似たようなことを口にしていた。「私は不思議ちゃんじゃないです」をはじめ、ファンが妄想する戸川純像をいちいち丁寧に修正しようとしていた。彼女のMCもインタヴューも、いつも本当に丁寧で、時にはくどいほど繰り返し、違う言葉で同じことを説明してくれようとすることもある。このこともまた、「伝わらない」ことをあんなに歌っている彼女自身が、時間と言葉を掛けることでいつか伝わることを実は信じている、あるいは願っている証左なのかもしれない。
このライヴは10月から1月半にわたって新宿ロフトで行われた〈Drive to 2010〉というイヴェントの中のプログラムのひとつだった。純ちゃんは怪我をしていて、ほとんどの歌はスツールに掛けたまま歌われた。私は10数年ぶりに見る彼女のステージに、正直言ってそんなに期待していたわけではなかった。けれども、想像以上に、いや、以前に見ていたいくつものライヴ以上に、この日の戸川純はすばらしかった。90年代には開演が1時間以上押すこともあったけれど、この日はオンタイム(!)で登場し、声はあの頃以上によく聴こえたほどだ。休憩を挟んだものの、たっぷり2時間、ときおり立ち上がったり踊りさえした。純ちゃんは戻ってきていたんだと、満員のフロアも含めて本当にそう思えるものだった。
ここにきて、抗うつ薬の副作用に人びとの関心が向きはじめている。大手メディアが「自閉症が個性と認められるまで」(ニューズウィーク日本版)のような記事を掲載するということは、自閉症は個性のひとつだという考え方も理解を得られるようになってきているかもしれない。効率的に(安直に)コミュニケーション不全を解決しようとする焦りが社会的に和らいできたことと、戸川純がふたたび歌いはじめていることは、無関係とは言えないのではないだろうか。
入りとしてはヒップホップだったけど、スケボーやりながら、ルーツ・レゲエとかハードコアを聴いたり、吉田拓郎のアナーキーさに惹かれたりもしましたね。フィッシュマンズとかハナレグミを聴きまくってた時期もあるし、銀杏ボーイズも聴いてた。めちゃめちゃですね。PJハーヴィーとかモルディー・ピーチーズとか......。
Love Music Love Skate
これから先もずっと
No Busy No Money
これから先もきっと
- "SMG"
ピーターパンのようにスケート
友だち、Family、Honey
ラヴ・ソング作ってMoneyっていうかHobby
- "That's Me"
![]() S.L.A.C.K. Whalabout? DOGEAR RECORDS |
素晴らしい才能だ。東京板橋地区(Skate Board Bridge)から登場した弱冠22歳のラッパー/トラックメイカー/スケーター、スラック。
2008年、100枚限定で自主制作で発表した『I'm Serious(好きにやってみた)』は一部のマニアックなヒップホップ・リスナーのあいだで話題を呼んだ。評価を決定付けたのは、今年2月、下北沢を結成地とするヒップホップ・クルー、ダウン・ノース・キャンプ主宰のレーベル〈DOGEAR RECORDS〉からリリースしたデビュー・アルバム『My Space』だ。ジェイ・ディー、マッドリブ、クリプス、ネプチューンズ、MFドゥーム......を彷彿とさせるラップとサウンド・プロダクション。それは時間をかけて、より多くのリスナーのもとに届いている。
言葉が曖昧になるほど日本語と英語を織り交ぜた、囁くような、ときに呟くようなフロウとライム。チープなビート。もたつきながら前に進むグルーヴィーなシークエンス。ソウルやジャズ、ブルースなどブラック・ミュージックからのサンプリング。それらによって構成された彼の音楽性は、『My Space』の時点でほぼ完成されている。そして、9ヶ月という短いスパンでリリースされたセカンド・アルバム『WHALABOUT』。ちなみにその間、実兄のパンピー、ガッパー、スラックから成るPSGのデビュー・アルバム『David』も出ている。スラック本人はPSGのアルバムは「兄貴の趣味」だと言うが、いずれにせよ、この3枚をいま、このとき、しっかり聴いておかない手はない。
『WHALABOUT』で言えば、ソウルフルなヴォーカルのサンプリングからはじまる"That's Me"、R&Bシンガーのように、ファルセット・ヴォイスとフェイクを巧みに操り、溶けてしまいそうなほど甘く切ない世界を描き出す "Another Lonely Day"は出色の出来だが、僕がスラックの音楽に強く惹かれる理由は、音楽に感じる甘ったるい感傷やときめきを呼び起こす瑞々しさと無邪気さ、そしてそれらを響かせながら音楽や人生に対するシリアスな哲学を表現している点にある。最高に晴れた日に余計な悩みをすべて忘れて聴きたくなるような音楽でありながら、そこには切実な想いが込められているのだ。
■ラップはいつからはじめたんですか?
スラック:12歳ぐらいですね。兄貴(PSGのパンピー)は中3ぐらいからトラックを作り出して。スペシャ(スペースシャワーTV)とかで洋楽のPVを観て、ベースボール・キャップを被る感じを知って。当時は、リンプ・ビスキットとナズがどう違うのかも、ジャンルの違いもわからなかった。キッド・ロックもヒップホップだと思ってたぐらいだから。スケボーを同じぐらいのときにはじめて、「じゃあ、何聴く?」みたいなノリで、ロックとかパンクとかレゲエとかヒップホップを聴きはじめましたね。授業中に適当に暇つぶしにリリックを書いたりしてた。ラッパーは人のことを馬鹿にしたり、やっちゃいけないことをやるのかなって思ってたから、酷いことばっかり書いてた。
■例えば?
スラック:批判ばっかっすね。アイドルをディスしたり、それがはじまりだった。スケボーやってる知らないお兄さんたちからもいろんな音楽を教えてもらいましたね。
■お父さんがかなりのレコード・コレクターらしいですね。
スラック:親からの影響もありますけど、ヒップホップ自体は親の影響ではないっすね。俺がまだヒップホップを知らない頃から、家でブラック・ミュージックとかヒップホップが当たり前のようにかかってはいたけど。親父はストーンズとかの世代だから、白人がやってるブラック・ミュージックもかかってました。だいたいこういう感じに歌うとかは気づかないうちにしみ込んでいったのかもしれない。
■日本の音楽は?
スラック:はっぴいえんどにハマたりしましたね。親父に「レコード、ある?」って訊いたら、もうごっそり出てきて。スケボーのヴィデオでかかってる曲を「これ、何?」って訊くと、ツェッペリンのレコードが出てきたり。
■じゃあ、10代の頃、ポップ・チャートに入るようなJポップは聴いてなかった?
スラック:一時期、俺も普通の子たちと一緒に仲良くしたいと思って、そういうのも聴いてみたけど、何が良いのかわからなかった。
■小学生の頃、まわりの人と話が合わなかったんじゃないですか?
スラック:そうっすね。小6からスケボーとか音楽にはまったから。それぐらいの子供ってカード・ゲームがばりばり楽しいみたいな感じじゃないですか。
■まあ、そうですよね。いまの独特なラップ・スタイルも最初から?
スラック:いや、そんなことはないですね。日本語ラップをばりばり聴いて日本語でやってたし。ニップスさんのラップとか好きでした。俺は英語を喋れないんですけど、昔からまわりが多国籍な感じで、帰国子女のラッパーたちがいっぱいいるなかで動いたりしてましたね。小学校で初めてできた親友も外人だったし。いまもまわりに外人がいますね。
■ダウン・ノース・キャンプにもいるんですか?
スラック:ひとりだけ、OYGっていう、Budamunky(『WHALABOUT』で2曲トラックを制作している日本人トラックメイカー)と一緒にやってるLAのラッパーがいますね。
[[SplitPage]]■12歳でラップをやりはじめたとき何年でした?
スラック:いま22歳で10年前だから......
■ということは、小6で99年かー。その頃だと、ウータン・クランとか?
スラック:ウータンのPV真っ盛りでしたね。あと、ナズの"Nas Is Like"とか。
■ティンバランドとか?
スラック:ネプチューンズがPVにちょっと写ってるぐらいのときですね。まだ、こいつら誰だ? みたいな時期。コーンみたいなミクスチャーも流行ってましたね。だから、ヒップホップは中途半端な時代だったのかもしれませんね。
■当時は楽しかった?
スラック:なんでも良かったですからね。スケボーやって、無駄に反抗したり、適当に音楽を突っ込んだラジカセをママチャリに入れて遊び出かけたり。
■遊び方はいまも昔も変わらない?
スラック:変わってないけど、ちょっと人に知られてきたから、少し(まわりの目を)意識するようになりました。
■ぶっちゃけ、不良だった?
スラック:不良の奴らとかやんちゃな奴らと学校では一緒にいたけど、そもそも趣味がずれてた。俺は学校終わったら、すぐに家に帰ってスケボー持ってちょっと遠い公園行って、そこのローカルなお兄さんとスケボーしてた。みんな金髪でピアスを開けてるときに、俺だけ坊主でラインを入れてましたね。『Up In Smoke』とか観て、悪い黒人の奴らがかっこいいなって。
■ヒップホップ好きの不良の友だちもいたわけですよね?
スラック:ヒップホップの人たちは悪いことを悪いことだと思ってやる人が多いけど、スケーターは自分たちがやってることが悪いのに悪いと思ってなかったりする。ワルに憧れたりしない子供でしたね。兄貴にくっついて、兄ちゃんの友だちと遊ぶって感じだった。つねに兄貴の年齢の友だちが多かった。ワルよりも自由の方が好きでしたね。
■ワルより自由か......なるほど。10代の頃に不自由だと感じていたことは?
スラック:やっぱり子供だから舐められますよね。板橋は田舎が近いんで、特攻服着たような人たちもいたし。でも俺はそういうのには関わらなかった。小6の頃から、頑張って原宿とかにヒップホップの店を探しに行ったりして、黒人に呼び込みされて怖えー、みたいな(笑)。
■まわりにいた外国人はどこの人だったんですか?
スラック:アメリカ人とかスペイン人とかコロンビア人とかですね。スケボーやってる友だちは何人かわからないような奴がいっぱいいましたね。町でスケボーしてると、日本に来たんだけど、日本語も全然わからないから、つまらねーみたいな奴が声をかけてきて仲良くなるっていう。どこでもすぐに友だちはできた。普通の日本の環境だと、外国人からしたら、なんでこんなことを守らなきゃいけないのってことが多くて。そういうのもこっち側はけっこう自由にやってたから。
■いろんな音楽を聴く中で最初からヒップホップにはまった感じなの?
スラック:入りとしてはヒップホップだったけど、スケボーやりながら、ルーツ・レゲエとかハードコアを聴いたり、吉田拓郎のアナーキーさに惹かれたりもしましたね。フィッシュマンズとかハナレグミを聴きまくってた時期もあるし、銀杏ボーイズも聴いてた。めちゃめちゃですね。PJハーヴィーとかモルディー・ピーチーズとか、一度サブカルっぽいところに行って、ヒップホップはダサいんじゃないかって思ってたときもある。それが高校の頃ですね。かっこつけて、型にはまり過ぎてる感じがダサいなって。でも、ベスくんやシーダくんが出てきたぐらいから、日本語なのにラップがヤベェなって。俺も英語のラップに日本語をはめるっていうのはずっとやってたんですけど、それをうまくやってる人がまわりにいなかったから。
■あ、そうなんですね?! 真面目にヒップホップを作ろうと思ったのはいつぐらいから?
スラック:『My Space』を今年2月に発売して、その1年前ぐらいから作りはじめたから、2年前ぐらいからですね。かっこつけてるけど、やり切ってるヒップホップのダサいかっこ良さがわかって。解放し切っている感じがわかった。
■トラックはサクサクできちゃう?
スラック:めちゃくちゃ作りますね。『My Space』を作ったときに『WHALABOUT』は7割ぐらいできてた。1日1曲ぐらい作ってた時期もあったし。
■大雑把に言うと、『My Space』はソウルフルで『WHALABOUT』の方がビートの組み方がラフだし、ファンキーですよね。
スラック:まだ日本語のヒップホップで表現できてない重要な部分をやりたかったんです。
■重要な部分というのは?
スラック:感覚なんですけど、遅れ方とかですね。ビートの鳴ってるところを完全に理解して、めちゃくちゃにずらしてもはまるみたいな。みんな昔からフロウ、フロウって言うけど、そうじゃなくて、なんかあるんですよ。耳で聴いて良いとかじゃなくて、感覚的な、音的な声の強弱の角とかが英語のラップには当たり前のようにあって、そこがヤバさの判断基準だったりする。
■外国人で好きなラッパーは誰ですか?
スラック:いろいろです、特定の人はいま思い浮かびません。
■カジモトやMFドゥームなんかはどうですか?
スラック:あー、そういうラップも好きっすね。BudamunkyはLAで10年間ぐらいトラックを作ってたんですけど、Budamunkyに向こうのラッパーのかっこいい奴を教えてもらったりしてますね。インフェイマスMCとか。まだそこら辺はリスナーとしては初心者ですね。
■パンピーくんとかイスギ(ダウン・ノース・キャンプ)とか、最近周りの人たちがワッと出てきたじゃないですか。それはスラックくんひとりが頑張ったっていうよりも状況が整ってきたんじゃないかなと想像したんだけど......どうですか?
スラック:でも、板橋レペゼンとかはどうでもよくて。地元愛とかも正直ないし。そんなのよりスキルとか音楽の良さだから。
■ある種のコミュニティとか仲間が形作られたのはいつ頃なんですか?
スラック:ダウン・ノースに「入れてください」って言ったことはあるんですけど(笑)、「入れるとかそういうんじゃないから」って言われて。「気が合っているだけの奴らだから」って。だから、「ダウン・ノースのメンバーですか?」って訊かれてもわからないです。そう言ってくれる人もいるけど、単純に気が合ってやりやすい友だちが集まってるだけなんで。俺らで勝ち取ってやろうぜ、やってやろうぜ、みたいのは全然どうでもいい。単純に良い音楽を作るために活動してて、かっこいいラッパーと間違いねぇって奴と仕事してたら、こういう風に絞れてきたし。......まあ、バビロン(無駄な要素)はとりあえず嫌いですけどね。
■クルーにいるからとりあえずフィーチャリングで参加したり、アルバム出すみたいな文化がヒップホップにはあるじゃないですか。そういうのは違うなと?
スラック:ヒップホップ的にはそれもあるし、ある意味ではかっこいいやり方でもあると思う。こいつは俺らの仲間だからフィーチャリングで入れるみたいな。リスナーが聴きたくないなら聴かなければいいだけだから。それを批判してる時間がもったいない。俺がやるならかっこいい友だちをフックアップして、音楽がかっこいいほうが満足いきますね。
■ちなみに、いま、ダウン・ノースの人たちと遊ぶときは何するんですか?
スラック:リラックスしてますね。スケボーしたり、酒飲んだり、飲まなかったり......いろいろっすね(笑)。暇があったら、出さない作品も無駄に作ってるし。安定剤ばりにビート作ってないと病んだり、スケボーしてないとストレス溜まったりしちゃいますね。
[[SplitPage]]■バイトとかは?
スラック:最近、バイト辞めちゃって。やっといた方がよかったかなーって。そういう生活のリズムみたいのがあって、それがむちゃくちゃになると怖くなりますね。地に足着いてない感じになって。
■アルバムを出す前からライヴはしてました?
スラック:ライヴはかなりやってましたね。音楽のことばっかでしたからね。かっこ悪りーものはかっこ悪いだろって感じで、くそ生意気な少年でしたね。
■ところで、「slack」という言葉には「ゆるい」とか「いい加減な」とかいう意味があるわけだけど、この名前にした理由はなんですか?
スラック:辞書で言葉を探してて、「ゆるい」とか、そういう意味があったから選びました。適当に名前の響きもいい気がするって感じだった。後々、外国人の友だちに「スラックって名前をよく見つけたな。ホントお前そのものだよ」って言われて。後から気に入り出した感じですね。最近、雑誌とかでも「ゆるキャラ」とか「適当」とかが使われ過ぎてて、逆にちょっと使いたくなくなってきたけど(笑)。
![]() S.L.A.C.K. Whalabout? DOGEAR RECORDS |
■『WHALABOUT』には"適当"って曲があって、「適当に敬意を」ってラップしてますしね。
スラック:適当は口癖なんですよ。それを意識して使ってるんじゃないかって思われるのは、めんどくせぇなって(笑)。
■デビュー・アルバムを出すときは、自分のことを誰も知らないわけじゃないですか。緊張感や力みみたいのはありました?
スラック:ないっすね。小6ぐらいからアルバムを作ることばっかやってたんですよ。通算どんだけ作ってるんだぐらいアルバムありますよ。実際、いまから『My Space』と『WHALABOUT』よりもヤバいのを作れって言われたら、1ヶ月で作る自信ありますね(笑)。『My Space』を出すときは、赤(字)にならないかなって心配はあったけど。最初は自主で刷って売ろうとしてたんですよ。全部手続きが終わって、8万円、母ちゃんに借りて、それを振り込みに行く途中に落としたんですよ。神隠しなんですよ。「へ?!」って(笑)。そしたら、〈DOGEAR RECORDS〉から出さないかってモンジュ(ダウン・ノース・キャンプ)に言われて、一か八かで、ここ(〈ウルトラ・ヴァイヴ〉)で審査通って出せたからラッキーかなって。
■初回は何枚?
スラック:100とか300ぐらいですね。完全なる無名だったから。兄貴はマスタリングみたいのはやってくれましたけど、兄貴のフックアップで出せたわけでもないし。
■『WHALABOUT』は?
スラック:PSGのアルバムを出して得た兄貴サイドのリスナーもいるから。
■PSGはひとりでやるのとはまったく違う?
スラック:全然違いますね。俺の音楽を超聴いてる人は、PSGのアルバムは「なんでやったんだろう?」ぐらいの感じだと思いますね。そういう人もいました。音楽自体は優れてると思うけど、俺の趣味じゃないものもあって。あれは兄貴の趣味ですね。でも兄貴のセンスは信じてます。やりたくない曲はリリックでもやりたくないって言うし、実際"Yes."って曲でこのトラック大嫌いだって言ってる。俺のビートも兄貴が選んで、曲順を決めたのも兄貴ですね。でも最終的にはいいアルバムなんじゃないかって思ってます。
■でも、ソロもPSGも楽しんでるのが伝わってきますよ。とくにサンプリングを本当に楽しんでるなーって。ソウルやジャズやブルースをサンプリングして新しい音楽を創造する感覚は、〈ストーンズ・スロウ〉のセンスに近いものを感じますね。
スラック:〈ストーンズ・スロウ〉から出すのは夢っすね。それはずっと昔から言ってる。ダム・ファンクが来日したときに、Budamunkyと一緒に声をかけたら、Budamunkyが〈ジャジー・スポート〉から出してるレコードをLAでかけてて超調子良いよって言われて。
■いい話ですねぇ。〈ストーンズ・スロウ〉から出すのが夢ということだけど、アーティストとしての目標みたいなのはありますか?
スラック:ちゃんとヒップホップのかっこ良さがわかっている人に評価されたいっすね。
■曲ごとにテーマは決めてから作るんですか?
スラック:あったりなかったり。意味なんてない曲はいっぱいありますね。"適当"とかは意味はないですし。
■『WHALABOUT』には"意味なんてないさ"って曲がありますよね。でも僕は逆にそこに主張を感じたんです。"That's Me"の「Musicのみ」という言葉にも強い決意を感じるし、『My Space』のちょっとハウスっぽい"Think So"の「普通の生活して楽しくできればいいと思うんだよ」ってリリックにも「意味なんてない」っていう言葉の裏側にある信念が垣間見える。
スラック:ヒップホップはもっとお手軽な遊びの延長線上じゃないですか。それなのに日本のシーンはアメリカのヒップホップのビジネス化に影響を受けて、なんか知らないけど、良くない部分で目立つことを真似してる奴も多い気がする。贅沢は別にしなくていいんで、ただ最低限の金と良い音楽を作るための環境が欲しいだけなんですよ。旨い飯は食いたいけど、その分働かなくちゃいけないならいいよって(笑)。
■「その分働かなくちゃいけないならいいよって」のは僕もよくわかるんだけど、それは......世代的な感覚だと思います? 2001年に小泉純一郎が出てきて、まあ、たぶん板橋も格差社会の餌食になっただろうし(笑)。
スラック:うちのマンションとか中流階級ぐらいの感じなんですけど、ベンツとかBMWとか多かったりして......、う~ん、でも、みんなビビって大学無理やり入って後悔したりして、俺はそういうのが嫌で。
■ビビって入るっていうのは?
スラック:就職とか時間稼ぎっすね。俺らはぎりぎりゆとり教育触れたぐらいなんですよ(笑)。
■というと?
スラック:好きなことを完全にやり切りたいなって。ビビっちゃって時 間を無駄にしてる友達を見て苛立ってリリック書いたりはしますね。もっと動いて言いたいことも言ったほうがいいと思うんですけどね。
■何にビビってるんだろう?
スラック:わかんない(笑)。環境っすかね。友だちを失うのが怖かったりとか。
■ということは、スラックくんはやはり異端ということだ。
スラック:でもPSGでよく話すんですけど、俺らがど真ん中だと思ってやってたことが、いろんなリスナーから変わってるとか癖があるとか言われて、それにいままで気づいてなかった。ちょっと変わったことをやるのは好きだったんですけど、いちばんかっこいいと思うことをやって来たつもりなんで。
■サウンド的にはアメリカのメインストリームのヒップホップからの影響も強いですよね。
スラック:けっこう聴きますね。アメリカのメインストリームのヒップホップを俺らなりに舐めた感じでやってる。でも、最近はどちらかと言えば嫌いっすね。なんか音が高い。車で自分のアルバムを聴いた後に、向こうの新譜を聴くとシャリシャリしてて。低音なしで聴くとホントにひどくて。
■MP3で聴くのを想定した音になってますよね。アナログへの拘りがあったりはする?
スラック:パソコンのなかに曲がたくさんありますよ。友たちがくれたりするから。アナログはサンプリング・ネタばっかり買ってますね。レコードプレーヤーは生まれたときからあるから、逆に執着心がないですね。
■なるほど。ちなみに歌詞カードを付けないのには理由があるんですか?
スラック:歌詞を付けちゃうとラップのやり方がわかっちゃうかなって。こういう日本語をこういうフロウでラップすればいいんだって。英語に聴こえるけど、実は日本語だって部分がかなりあると思うんですよ。聴き取れるところだけ聴いて欲しい。ベスくんとかシーダくんとかもそうだけど、リリックは何回も聴いてればわかってくるから。
[[SplitPage]]![]() S.L.A.C.K. My Space DOGEAR RECORDS |
![]() S.L.A.C.K. Whalabout? DOGEAR RECORDS |
■『My Space』と『WHALABOUT』の違いを本人が分析すると、どうなんですか?
スラック:『My Space』のときに気づかなかった部分が『WHALABOUT』にはありますね。俺、ディアンジェロとかめちゃくちゃ好きなんですよ。例えば、久保田利伸さんはJポップとして聴かれてるけど、R&B風のJポップとして聴かれてるじゃないですか。キャッチーだったり、さわやかだったり、いい印象の裏にある渋い煙たいかっこ良さを雰囲気で感じさせられればいいなって。俺も出し過ぎぐらいの黒さを出して、法律とかモラルとかでははかれない、本当の良し悪しだったりを知ってもらいたい。
■それは作品を世に出してリスナーに音楽で何かを伝えたいって気持ちが芽生えてきたってことですか?
スラック:でも、正直伝えたいことはなくて、ただ俺がやりたいことを完全に出し切って、「こんなのはどう?」って感じですね。そういう単純な一連の流れなんです。
■なるほど。
スラック:そのなかでシーン......じゃないですけど、音楽に対して歯痒いような気持ちも出てきますね。
■シーンという言葉で思い出したんだけど、さっきレペゼンという意識はないって話してたけど、ダウン・ノースは下北沢が拠点ですよね?
スラック:俺はそんなに下北に関わってないけど、ダウン・ノースで遊ぶときの家が下北にあったりしますね。あと、床屋が好きな感じなんですよ。
■どういうこと?(笑)
スラック:下北の床屋によく行くんですよ。刈り上げがすごくうまくて。だから、床屋に行く感じのヒップホップですね、美容院というよりは。無理してでも金払って床屋行って、かっこつけるっていう。そういうヒップホップの感じが出せたらいいなって。反メインストリーム主義というか反抗精神がつねにあるべきものが、無闇にタレント化したり、ブログを頻繁に書いてみたり、そういうのが目立ってて。なんでそこを頑張ってんだよって。もっと違うところ頑張れよって。最終的に批判はないんですけど、俺がいちばん良いと思ってるものは行動で示してるんで。自己アピールっすね。
俺は自分の足でクラブに行き
自分でフレンズを選び
自分で曲を作る
シーンのルールには興味もない
Musicのみ Musicのみ
"That's Me"
馬鹿みたいに夢語って
大人なんて馬鹿に見えた
"Another Lonely Day"
自分の言葉がある。ナンセンスもある。それは落ち着きや諦念とはまったく逆のベクトルにある。彼は、大人の熾烈な生存競争から積極的に降りてしまっているように見える。上を目指すために「めんどくせぇ」ことに関わるよりも、スケボーや音楽を無邪気に楽しむほうを好む。好きな娘や気の合う仲間たちと過ごすことを選ぶ。ある友人は「フィッシュマンズみたいだね」と言ったけれど......そう、たぶん。
それは頭の固い頑固オヤジからはモラトリアムだとか、軟弱だとか揶揄されるような......しかしいまや首相さえもこの国の成長そのものを否定する時代に突入してしまったのだから......若者は成熟のあり方を自分たちで作り出すしかないのだ。それはある意味幸運な時代なのかもしれない。
スラックのCDを気軽に手に取って欲しい。君の時間や金が無駄にならないことを僕が約束する。まあ、万が一少しぐらい無駄になったとしてもいいじゃないか。それもひとつの冒険だ。「適当に敬意を」――