「S」と一致するもの

 服部良一について記す前に、あるアルバムに触れたい。元ピチカート・ファイヴの小西康陽が選曲を手掛けた『ハットリJAZZ&JIVE』というコンピレーションである。“ハットリ”とは言うまでもなく、戦前戦後に活躍し、紫綬褒章や国民栄誉賞も授与された作曲家/編曲家/指揮者・服部良一(1907-1993)のこと。同コンピレーションにはクラシック畑から流行歌手に転身した淡谷のり子が唄う「おしゃれ娘」から笠置シヅ子の名唱で知られる「東京ブギウギ」まで、計24曲が収録されている。ライナーノーツで小西は、DJのクボタタケシが服部の作曲による「買物ブギー」をカリプソやアフロ・キューバンから繫いだところ、ダンスフロアが騒然となり、キメのフレーズでコール&レスポンスが起きたと記している。

 「買い物ブギー」は複雑極まりない歌詞が特徴で、希代の天才歌手と謳われた笠置も“ややこしくて覚えられない”と不平を述べたのだが、服部はそれを面白がって“ややこしややこし”という歌詞を取り入れたという。能弁な笠置のヴォーカルは、今でもDJで喝采が起こるほどなのだから、1950年(昭和25年)の発表当時も相当なインパクトだったに違いない。特にスキャット。戦後になると美空ひばりが台頭してくるが、戦前に笠置ほど奔放にスキャットで自己表現を成し得た歌い手はいなかったと断言できる。


『東京の屋根の下~僕の音楽人生 1948~1954』(ビクター)

 2024年2月21日には『世紀のうた・心のうた – 服部良一トリビュート-』というアルバムがリリースされている。真心ブラザーズ「ヘイヘイブギー」、スチャダラパー「おしゃれミドル(Contains samples of 「おしゃれ娘」)」、小西康陽 feat.甲田益也子「東京の屋根の下」、曽我部恵一と井の頭レンジャーズ「買物ブギー」、T字路s「別れのブルース」などを収録。お気づきの通り、ここにも小西康陽の名前がある。小西がここまで服部にこだわる理由はピチカート・ファイヴのラスト・アルバム『さ・え・ら・ジャポン』(01年)を聴くと分かるだろう。小西は同作のインタビューでこう話している。

 ぼくは自分のことを、日本のポピュラー音楽作ってる作曲家の末端の一人だと思ってるんですけど、そういうポピュラー音楽的な作曲家の人が日本に対してあえてアプローチするのって、それこそ服部良一さんの「山寺の和尚さん」とか「流線形ジャズ」(原文ママ、正しくは「流線型ジャズ」)とか、ああいうのから始まって、みんな必ずやるんですよ。わりと誰でもやることだし、僕も遂にそれをやる時が来たんだなと思ったんですけどね。(『ミュージック・マガジン』2001年2月号)

 小西が言及している「山寺の和尚さん」(1937年)は服部の作曲家としての本質が凝縮されたような曲である。この曲を予備知識なしに初めて聴いた人は、昔からあった日本の俗謡や手毬歌だと勘違いしても不思議ではないはず。それくらい、懐かしさを感じさせる和風のメロディが際立っている。だが、これは正真正銘、服部良一による作曲。服部の名を世に知らしめることになる原点/起点となった傑作だ。同曲は確かにジャズの和声感覚に影響を受けているのだが、日本人はもちろん、海外の人が聴いても極めて日本的だと感じるだろう。普通だったら結びつかないものが入り混じることで、世界中でここにしか存在しないオリジナルな音楽が生誕したのである。

 服部の音楽性の核となるものはなにか。思い切り端折って結論から言うと、それは繊細かつ大胆な手つきによる和洋折衷の極み、ということになるだろう。早くからアメリカのジャズに敏感に反応した服部は、フレッチャー・ヘンダーソン楽団やポール・ホワイトマン楽団といったビッグ・バンドのスウィンギーなサウンドを自家薬籠中のものとし、それを日本の民謡や小唄と掛け合わせることに成功した。小西康陽の発言の「みんな必ずやるんですよ」「わりと誰でもやることだし」の“みんな”“誰でも”とは、山田耕筰や武満徹や和田薫や大瀧詠一のことだろう。例えば、大瀧詠一がプロデュースした『LET'S ONDO AGAIN』を想いだしてみればわかると思うが、そうした作曲家の源流に服部がいたことを今一度確認しておきたいのである。

 ただし、難しいのが何をもって“日本的”とするのか、そして、その“日本的”とはどうやれば掬いだせるのかである。明治維新の際に中国を源流とする文化の流れを一度断ち切った日本人にとって、琴や尺八を採り入れることがそのまま自身のルーツの表明になるわけではない。そうした現象をあるライターは〈ルーツを断絶されたような感覚〉と呼んでいる(『文藝』00年秋季号)。こうした現状にひとつの回答を示したのが、1997年に発表されたコーネリアスの『ファンタズマ』などだと思うが、これは別所で詳細に検討し、論じよう。

 日本思想史の泰斗である丸山眞男(1914-1996)が『現代政治の思想と行動』で興味深いことを述べている。丸山は〈日本の多少とも体系的な思想や教義は内容的に言うと古来からの外来思想である。けれども、それが日本に入って来ると一定の変容を受ける。それもかなり大幅な『修正』が行われる〉という。この〈思想〉や〈教義〉を“音楽”に置き換えてもある程度論が成り立つだろう。特に服部の場合、アメリカ産のジャズを輸入しながらも、日本の民謡や俗謡と接ぎ木する形で〈かなり大幅な『修正』〉を行った。筆者は両者の邂逅を肯定的に捉えたい。ひとつわかりやすい論を例示しよう。生態学者/民族学者の/情報学者/未来学者・梅棹忠雄(1920-2010)『文明の生態史観』の一節だ。

 日本人にも自尊心はあるけれど、その反面、ある種の文化的劣等感が常につきまとっている。それは、現に保有している文化水準の客観的な評価とは無関係に、なんとなく国民全体の心理を反映している、一種のかげのようなものだ。ほんとうの文化は、どこかほかのところでつくられるものであって、自分のところのは、なんとなくおとっているという意識である。
 おそらくこれは、はじめから自分自身を中心にしてひとつの文明を展開してきた民族と、その一大文明の辺境諸民族のひとつとしてスタートした民族とのちがいであろうとおもう。

 服部の音楽は、現在の視点から見ると、こうした劣等感の呪縛に侵されることなく、もっと奔放で自由闊達に音楽に向かい合っているように思える。つまり、戦前戦後には梅棹のいうような劣等感を克服した音楽が服部の手によって生まれていたのではないだろうか。

 一方、大学教授で文学者の内田樹は『日本辺境論』の中で、〈日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮する(後略)〉と書いている。確かにその通りなのだが、服部の行き方は単なる摸倣の域を超えている。それこそ日本の俗謡や歌謡をジャズにアダプテーションするという離れ業をやってのけているのだから。一方、長年ジャズの現場に関わってきた音楽評論家・相倉久人(1931-2015)は、『相倉久人にきく昭和歌謡史』で、〈日本の民謡を素材にすれば日本のジャズになるのかというと、そんな単純な問題じゃないですよね〉という松村洋の問いにこう応答している。

 音楽ってとくにそうで、じつは体質的ににじみ出す色のほうが大切なんです。メロディの作り方やリズムみたいな、そういうものだけで出そうとしても無理なんです。(中略)例えば、原信夫がシャープス・アンド・フラッツを率いて、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに出るときに、日本の民謡なんかも使ったんですけどね。彼がアレンジャーに注文したことがあるんです。(中略)絶対に日本調のアレンジはしてくれるなと。(中略)非常に国際的なものを作っているつもりだけども、向こうの人が聴くと「日本的だねえ」と言われることがよくある。武満徹さんですら、そういう体験があるわけですからね。(中略)(引用者補足、服部は)そういうものを追求するために、民謡を使ったりブルースを作ったりなんかしてやってる。服部さんがそういう試行錯誤をいっぱいやるもんだから、普通だったら結びつかないものが、ぐじゃぐじゃに入り混じってオリジナルな音楽ができた。そういう功績は大きいですね。

 更に本質に迫る発言として、松村は、1925年にアメリカで発表された人気曲の「ダイナ」が日本でも独自の解釈で歌われていることを例に挙げ、こんなことを述べている。

 外の文化は何らかの変形なしには入らない。変形されるかた入るんですね。どういうふうに変形されていくかは、地域や時代ごとに違う。だから、文化が伝わっていくと、行った先でいろんなバリエーションが生まれる。文化がそのまま西洋化される、西洋文化が100パーセントそのまま入るということはないでしょう。異なる文化のせめぎあいの中で、勘違いも含めて変形が起こり、地域独特の新しいものが生まれるというのが、基本的な図式です。「ダイナ」を聞いていると、そういうことが感覚的に、非常によくわかります。

 また服部は、戦前からブルースが気になっていたそうで、タイトルに「〇〇ブルース」とつく曲をいくつも書いている。例えば、淡谷のり子が歌った「別れのブルース」は、オーケストラ/ビッグ・バンド・スタイルの服部流ブルースを日本に根付かせることに成功した。 また、あまり有名な曲ではないが、二葉あき子「丘の細道」などは、エノケンこと榎本健一がそうだったように、服部独自のブルース解釈が応用されたポップスとなっている。

 では、『さ・え・ら・ジャポン』を聴いてみよう。オープナーの「一月一日」は元旦にちなんだ歌曲で1892年に発表された。〈東京の屋根の下/どこかで流れる/いかしたsweet soulmusic〉というフレーズで始まる「東京の合唱~午後のカフェで」は、小西が〈服部先生みたいな「東京の屋根の下」とか「胸の振り子」みたいな曲を作りたかった〉と先出の『ミュージック・マガジン』のインタビューで述べている。松崎しげるが歌う「nonstop to tokyo」もホーンが服部のアレンジを律義に踏襲しているように聞こえる。ダバダバダバというスキャットで曲が終わるところも、服部及び戦前のジャズ・コーラスとの連続性が窺えるだろう。『キモノ・マイ・ハウス』という名盤があるアメリカのバンド、スパークスをフィーチャーした曲のタイトルはずばり「キモノ」である。

 「さくらさくら」も伝統的な日本の歌曲。元々は江戸時代に子供用の箏の手ほどき曲として作られたもので、作者は不明。いわゆる“詠み人知らず”だが、日本の代表的な歌として国際的な場面で歌われることも多く、「荒城の月」と並んで欧米人によく知られている。ヴィブラフォンとアコーディオンが印象的なアレンジで、ジョン・ルイス率いるMJQ風のモダン・ジャズやタンゴが影響源のひとつだろうか。「アメリカでは」はミュージカル映画『君も出世ができる』の挿入歌。マンボを導入して昭和期に流行した日本のリズム歌謡を意識したようなアレンジだ。「君が代」はバート・バカラック作曲でボサ・リオのカヴァーも有名な「サン・ホセへの道」を換骨奪胎したような小品である。日本をテーマにしたアルバムなのは間違いないが、「ポケモンいえるかな?」「グランバザール」のようなノヴェルティ・ソング色の濃い楽曲も収められており、学究的な印象はまるでない。むしろ、ユーモアと機知に富む歌詞が微苦笑を誘うのだ。

 なお、『さ・え・ら・ジャポン』には1953年にデビューし、江利チエミ、美空ひばりと共に“3人娘”と呼ばれた雪村いづみが参加している。そして、雪村は74年に発表された『スーパー・ジェネレイション』で、服部の楽曲をカヴァー。編曲は服部良一の息子である克久が中心となって行い、1曲目のインストゥルメンタル「序曲」のみ、作曲家/編曲家/プロデューサーの村井邦彦が担当している。同作のプロデューサーである村井は「翼をください」「エメラルドの伝説」「夜と朝のあいだに」などの作曲で知られ、ザ・テンプターズ、ザ・モップス、ザ・タイガース、ピーター、赤い鳥、辺見マリ、トワ・エ・モワらのヒット曲でも有名な才人だ。

 村井は、荒井由実をシンガー・ソングライターとしてデビューさせた張本人でもある。そして、その荒井のファースト・アルバム『ひこうき雲』(73年)は、キャラメル・ママ(鈴木茂、細野晴臣、林立夫からなるミュージシャン集団、1974年にティン・パン・アレイに改名)を迎えてレコーディングされた。なお、服部の曲をファンク調にアレンジした『スーパー・ジェネレイション』はシティ・ポップの文脈でも再評価されることにもなる。02年には、1953年から62年までの雪村の代表曲を網羅した『フジヤマ・ママ』という3枚組の豪華ボックス(必聴!)が発売されており、このブックレットにも小西は野宮真貴らと共にコメントを寄せている。

 ところで、服部の息子である服部克久もパリ国立音楽高等音楽院(コンセルヴァトワール)で学んだ作曲家/編曲家だが、多くの読者には克久の息子である服部隆之のほうが馴染み深いかもしれない。隆之は小沢健二、椎名林檎、山崎まさよしらの曲で編曲を担当しており、特に小沢健二に関しては『LIFE』(04年)や『So kakkoii 宇宙』(2019年)に全面的に関わっており、小沢が全幅の信頼を寄せているからである。

 この原稿を書くにあたって服部良一の自伝や評伝を渉猟したが、これらの事実に触れられている書は皆無に等しかった。だが、重要なのはこうして彼の遺伝子が現在にも受け継がれているという事実のほうだろう。彼の音楽はハイカラ……いや、今聴いてもモダンそのものである。


『服部良一生誕100周年記念企画 ハットリ・ジャズ&ジャイブ』(日本コロムビア)

 渋谷系まで余波の及んだ服部良一の音楽が、どの程度人口に膾炙していたのか、いくら国民的音楽家といっても今の若い世代にはピンとこないかもしれない。だが、例えば1980年にTBSが“歌謡曲と日本人”というテーマで、全国3000人を対象に行われたアンケートでは、服部が作曲した「青い山脈」(1949年)が堂々1位を獲得している。それも、支持率51%という驚くべき数字をたたきだしているのだ。 同曲が石坂洋次の小説を脚色した日本映画『青い山脈』のヒットと同期していたことを考慮しても、なかなかの数字ではないか。

 ちなみに余談めくが、先述の「山寺の和尚さん」が発表されたのは盧溝橋事件が起きた1937年。この年、日本の歌謡曲は俄かに盛り上がりをみせている。ざっとヒット曲を挙げると、淡谷のり子「別れのブルース」、林伊佐緒・新橋みどり「もしも月給が上がったら」、上原敏「妻恋道中」、上原敏・結城道子「裏町人生」、岸井明・平井英子「タバコ屋の娘」等々……。むろん、戦時下ということで「海ゆかば」のような官製軍歌も作られていたわけだが、『相倉久人にきく昭和歌謡史』によれば、そこまで国民的のメンタリティは切迫していなかったらしい。この辺りの事情は井上寿一『理想だらけの戦時下日本』に詳しく記述されているので参照して頂きたい。 今回はとにかく、ジャズと歌謡曲が地続きだった時代の空気と、その象徴である服部良一の存在の重要性を知ってもらえれば幸いである。

後編に続く

Bergman & Salinas - ele-king

 バーグマン&サリナス。この一見すると耳慣れないアーティスト名が、あのアレハンドラ&アーロンであることに思い至るまで、それほど長い時間はかからなかった。
 2000年代初頭、独自の審美眼と丁寧な仕事で知られた〈Lucky Kitchen〉というレーベルをスペインで運営していた張本人である。彼ら自身の音楽活動であるアレハンドラ&アーロンと並行して、世界のどこにもないような小さな音の宝石を届けてきたのだ。
 シュテファン・マシュー、ジョシュ・エイブラムス、リズ・ペイン、角田俊也、ASUNA、ジェフ・パーカー、ジェイソン・アジェミアンらによるWho cares how long you sinkなど、世界中の先鋭的な電子音楽家/音楽家やサウンド・アーティストの作品を、ハンドメイドの温もりを残したパッケージで送り出していた。かくいう私も当時、CDショップで見つけてはよく買っていたものである。中でもシュテファン・マシューの『Die Entdeckung Des Wetters』がお気に入りだった。
 〈Lucky Kitchen〉は単に作品を流通させるだけのレーベルではなかった。そこにはアレハンドラ・サリナスとアーロン・バーグマンというふたりのクリエイターが、自らの名義でも音楽を送り出しながら、世界各地のアーティストとの対話や交換を重ね、音のコミュニティを構築していく姿勢があった。その活動は、2000年代初頭のインディペンデント音楽シーンに確かな彩りを与えていた。

 そして2025年。アレハンドラ・サリナスとアーロン・バーグマンは、活動の場をアメリカ・ミズーリ州コロンビアに移し、愛娘アグネスを加えたファミリー・プロジェクトを始動した。実に18年ぶりとなるオリジナル・ニュー・アルバム『Fullmoon Maple』がリリースされたのだ。
 この事実だけでも、当時の〈Lucky Kitchen〉を知るエレクトロニカ・ファンにとっては胸が高鳴る。リリースは〈Sweet Dreams Press〉。アートワークは愛娘アグネスによる描き下ろしで、その素朴な筆致が音楽の温度と呼応する。
 しかも今回のパッケージには、彼らと縁の深い音楽家ASUNAが長文のライナーを寄せている。ASUNAは、〈Lucky Kitchen〉からデビュー・アルバム『Organ Leaf』を発表した経歴を持ち、その中で培われた互いの交流や、レーベルの詳細にして親密なヒストリーを封入ブックレットのテキストにまとめている。そして、アレハンドラとアーロンも、自身の活動の背景や本作に込めた想いを詳細に綴っている。テキストと音楽の両面から作品世界に触れることができる、この上なく贅沢な仕様である。
 手に取れば、56ページに及ぶ日本語・英語併記のブックレット、瀟洒な栞、ジャケットの手作業の痕跡、全てがいまの時代におけるCDパッケージの理想形であることを感じさせる。ディスクを取り出してプレイヤーに置く。その瞬間、目の前に広がる音とテキストの世界に、聴き手は自然と引き込まれる。ブックレットを読みながら音を聴き、音を聴きながらテキストを味わう。この行為は、単なる音楽再生ではなく、音というアートに触れるための一種の儀式となり、聴き手の感覚を鋭敏にし、日常から離れた集中の時間を生む。

 アルバムに収められているのは、約35分に及ぶ長尺の音響作品「Fullmoon Maple」。CD版では全9トラックに分けられており、それぞれ独立した曲のようにも聴けるが、音の流れは途切れることなくシームレスに続いている。ヘッドホンで音世界に入り込んでリスニングしていると、シンプルかつモダンな音響空間にすぐに入り込める。声、日常の音、電子音、ノイズが時間と空間を超えて結びつく。その緻密にして大胆、牧歌的にして美しいサウンドスケープは、見事というほかない。ふたりは世界各地で自ら採集・発見したフィールド録音を随所に忍ばせ、一つの風景や断片をコラージュするように音を紡いでいる。
 加えて今回のアルバムでは、アーロン・バーグマンが歌い、ピアノを弾く曲(“To repay your kindness”)が収録されているのだ。彼の声はどこかロバート・ワイアットを思わせる(言い過ぎだろうか。でも本当にそう聴こえたのだ)。ピアノを練習中のアグネスによる演奏も挿入され、家族の呼吸や日常の響きが作品の一部として刻まれている。
 この「家族」という要素は、本作に独特の温度を与えている。愛娘とのやり取りや生活の音が、単なる環境音としてではなく、音楽として自律するようにコンポジションされている。それは、電子音響作品としての洗練と、家庭という最も身近な世界の温もりが矛盾なく共存する瞬間でもあった。実際、このアルバムはいくつもの時間と記憶がレイヤーになっているように思える。家族の声、環境音、電子音、微細なノイズが織り重なり、音と時間が多層的に組み上げられているのだ。
 〈Lucky Kitchen〉の黎明期を知るリスナーにとって、このアルバムは「過去」の記憶を呼び起こすと同時に、時間を超えて繋がる創造の連続性を示すものだろう。まだ彼らの音楽に触れたことのない人にとっても、環境録音と素朴な演奏、そして家族の会話や息づかいが溶け合う音風景は、従来の電子音楽の枠を超えた体験となるはずだ。記憶と記憶、時間と時間がレイヤーになり、同時に流れ変化していく。多層的な記憶/時間としての音響作品とでもいうべきだろう。

 この穏やかで、たおやかな音風景は、現在という不確かな時代においてなお、大きな力を持ち得る。その響きは、聴く者の心に静かに届き、世界の断片をそっと手渡すようだ。18年という歳月を経てもなお、アレハンドラ・サリナスとアーロン・バーグマンは、音を通して人と人、場所と場所を結びつける術を失っていない。本作はその証しであり、この不信と不穏の時代であるいまだからこそ耳を傾けるべき作品である。

Chicago House - ele-king

 シカゴ・ハウス、それはハウスの故郷の音楽であるばかりか、それ以上の展開をみせ全世界のダンス・ミュージックにインスピレーションを与えたすばらしき音楽。シカゴ・ハウスがなければデトロイト・テクノもなかった──とまでも言わないが(サイボトロンがいたから)、しかし、違ったものになっていただろう。URだって、あの909はシカゴ(アシッド・ハウス)から受け継いでいる。デリック・メイなんて、どう考えてもシカゴなしではありえなかった。
 で、Dr. NISHIMURAとしても知られる西村公輝、『HOUSE definitive 増補改訂版』で監修を務めた氏が、同書でも協力いただいたdiskunionの猪股恭哉とふたたびタッグを組み、新たなディスクガイド本『シカゴ大全』を完成させた。これはもう、世界で唯一のシカゴ本だ。ディスコ後、1980年代前半の胎動から、ゲットー・ハウスやフットワークまでを生み出してきた当地のダンス・ミュージックに焦点を絞ったこの1冊は、2020年代の今日までを網羅し、合計で500枚以上の作品がセレクトされているし、シカゴを愛するシャッフルマスターやエイプリルさんたちによる座談会もある。まあ、とにかくこのディスクを知らずしてダンスは語れないっす。ダンス・ミュージック好きならマストだよ。

シカゴ・ハウス大全
監修:西村公輝
編集:猪股恭哉
執筆:野田努/D.J.Fulltono/D.J. Kuroki Kouichi/D.J.APRIL aka ジュークらぶ夫/Mitsuki(Mole Music)/増田優作/ROCKDOWN/una
デザイン:tone twilight 江森丈晃

DU BOOKS
240ページ
9784866472447
2,600円+税

https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK398?srsltid=AfmBOooQXWx9mwPnDlA_7OpwXJqrkX3NIoWtvZVVJ8z4eEHPLVZ4p_IP

East Asian Bass & Trap 7選 - ele-king

 コロナのせいか、不動産バブルが終わったせいか、それとも〈SVBKVLT〉が上海からイギリスにリロケートしてしまったからか、〈Do Hits〉を主宰するハウイー・リーの新作を聴いてももうひとつ勢いが感じられない中国のベース・ミュージックに対して、領海問題で中国に脅かされているフィリピンやTHAAD配備以降、中国との関係が悪化した韓国からはフレッシュなベース・ミュージックが相次いで登場し、これと絡む日本人のベース・ミュージックにも豊かな響きが豊富に感じられるようになって。あまりに暑くて集中力が持続しないので適当に7曲ほどピック・アップ!


01 | It's US!!!! - お金がないよ

(日本)これまでに〝How you doing〟や〝Utopia〟をリリースしてきたSunny Only1がフィリピンにルーツを持つitsKohkiらと新たに組んだ4人組ユニット、イッツ・アスのセカンド・シングル。7月にリリースされたデビュー・シングル〝走れ〟とはまた異なり、実に軽やかなリズムにのせて「お金がないよ 仕事もないよ」と地方の労働状況をラップする様はフィッシュマンズが「なんにもないよ~」と歌っていたことさえ重苦しさを感じさせるほどあっけらかんとしている。いや、これは素晴らしい。楽しいです。「ハナプ・タヨ」というリフレインはタガログ語で「みんなで一緒に探そう」という意味だそう。新宿の外国人労働者を様々な角度から描いたNHKドラマ『東京サラダボウル』の主題歌はこれがよかったな。

02 | SHNTI / BWYB feat. Zae

(フィリピン)3年前に〝YUH〟をフィーチャーしたEP「ELMNT」(タガログ語)で頭角を現した時はレイジーでスローなジャジー・ヒップホップがメインだったのに、一転して新曲はアフロスウィングを取り入れたヒップ・ハウス(英語)に。アフロスウィングは10年代なかばからイギリスで流行っている西アフリカ由来のパーカッシヴなリズムで、アフロウェイヴやUKアフロビーツなどとも呼称される。FKAトゥイッグス"Honda"、リトル・シムズ"Point and Kill"などがヒット。シャンティは少し重いアレンジでフィジェット・ハウスとも絡ませ、アーバンな感性を強調。

03 | Prettybwoy / Katabolic

(日本)2月に上海の〈SVBKVLT〉からリリースされたクールでリリカルな響きのEP「Tokyo Ice Age(東京氷河期)」に続いてフランスの〈Polaar〉からリリースされたコンピレーション『Polaarized』のオープニング曲。乾いたスネアが実に気持ちよく、複数のドラム・ビートを絡ませながら猥雑さのかけらもない不思議。詳しくは→https://www.ele-king.net/review/sound_patrol/dj_file/002844/

04 | BINI / Shagidi

(フィリピン)K–ポップならぬP–ポップの8人組で基本的にはトラップ・ソウルやコンテンポラリーR&Bがメインのアイドル・ガール・グループ(タガログ語でビニビニは若い女性のこと)。はっきりいってどの曲も全部つまらないのに、シャンティと同じタイミングでパーカッシヴ・サウンドに手を出し、DJ Kで知られるブラジルのファンク・マンデラオやフェヴェーラ・ファンク(バイレ・ファンキ)を取り入れたこの曲だけはとてもいい感じ。紛れ当たりなのか、それともこのまま路線変更なのか。

05 | Closet yi – Cloudborne 888

(韓国)イェジ(Yaeji)やサラマンダとは異なり、タイトで疾走感のあるDJや女性2人組のセ・ク(C’est Qui)としても活動するテック–ハウスのプロデューサー。2年前に〈Honey Badger Records〉からリリースした「Point of Hue EP」が話題となり、ブレイクビーツはそれ以前から取り入れていたものの、本格的にUKベースを炸裂させた8作目のEPからタイトル曲。ストイックな作風はそのままに不穏なSEなどで強迫的なムードを高め、韓国に多い宗教的な儀式を連想させる。〝 Cloudborne 888〟は部分的にキューバのリズムも感じさせる。

06 | xiangyu / 遠慮のかたまり

(日本)南アのゴムやアマピアノを皮切りに様々なベース・ミュージックを展開し、デビュー7年目となったデビュー・アルバム『遠慮のかたまり』からタイトル曲。UKガラージの王道を行くサウンドで、細かいリズム・パッセージが実に小気味いい。アルバム全体の歌詞は水曜日のカンパネラの偉人路線に対抗して食べ物のことばかり(つーか、シャンユーのマネージャーは水カンのDir.Fこと福永泰朋です)。アルバムには七尾旅人も参加。

07 | Effie - CAN I SIP 담배

(韓国)バブルガム・ベースやハイパーポップを自在につなぎ合わせ、曲によってはドリルやインダストリアル・ヒップホップなど神経症的なアクセントも豊富に盛り込む跳ね返り娘。作風が多岐にわたるなか、EDMにも接近し、ここではファヴェーラ・ファンクを取り入れて爽快なんだか不快なんだかよくわからない世界観をこれでもかとぶちまけている。猿の鳴き声でビートをつくるとは……

EXTRA | Lilniina / CECIL Mc BEE

(日本)過去にはBガールだったり、ゴシックだったりと、ありとあらゆる様式性を無効化していくリルニーナがついにカワイイ全開モード。選択肢の多い世界を好きなだけ駆け抜けていく。これぞジャパニーズ。小悪魔アゲハの古典『月曜日のユカ』は不滅です。続く"ANATA"では浴衣姿にも。こっちの方がいまは世界に近い? 

yanaco - ele-king

 先日、打楽器奏者の高田みどりさんにインタヴューする機会があった。筆者のような若輩者にとってはレジェンドと言える存在である。いや、筆者ならずとも、昨今、日本の環境音楽の大家として世界的に注目され、東京藝術大学音楽学部器楽科で教鞭をとってきた現在73歳の彼女から音楽ファンが学ぶことは多いに違いない。なんせ、今をときめく打楽器奏者の角銅真実や石若駿も藝大で彼女のレッスンを受けているのだ。特に角銅は、彼女の講義がいかに印象深かったかを筆者に熱っぽく語ってくれたことがある。

 当然、含蓄に富む彼女の語りには、筆者自身、背筋を伸ばして聴き入らざるを得なかった。それ以来、83年にRCAからリリースされ、彼女の再評価のきっかけとなったアルバム『鏡の向こう側』を繰り返し聴いていた。アンビエントや環境音楽やミニマル・ミュージックなどと形容されることの多い同作だが、本人はそうしたカテゴライズをした覚えはなく、そのような形容にくすぐったさと違和感を同時に覚えているようだった。

 yanacoという東京の電子音楽家のアルバム『アローン・トゥゲザー』を初めて聴いたのは、ちょうどそんな折だった。アンビエントや環境音楽、ミニマル・ミュージックなどをひとつのスープに溶かし込んだスタティックなサウンドは、そんな筆者の気分に絶妙にフィットした。彼の音楽を構成している要素が、たまたま高田みどりのそれと相通じるところがあったからかもしれない。あるいは、『鏡の向こう側』の虜になっていた筆者のリスナーとしてのモードが、yanacoの感受性とシンクロしたからかもしれない。いずれにせよ、両者は無意識にせよ(というかおそらく無意識だろうが)、同じ海から塩を採っているようにしか思えないのだ。

 カテゴライズを拒む、というのも両者が似ている点だろう。笹久保伸が参加しているんじゃないか?と思った(していなかった)“Raw Circle”。北欧ジャズの雄ジョン・ハッセルがラッパを吹いているのかと思った(吹いていなかった)ら、石若駿のAnswer To Rememberの一員である佐瀬悠輔の演奏だった“Lone Star”。坂本龍一の未発表曲と言われても信じてしまいそうな“Beauty in Imperfection”。アフリカン・パーカッションとダブの融合のような“Boundary”。名は体を表わすじゃないが、曲名が内容を雄弁に物語る“Nagi/凪”など。聴けば聴くほどひとつのジャンルに収斂せず、むしろ拡散してゆくようである。終盤に向かうにつれ、ますますその傾向は強くなってゆく。

 ひとつのジャンルに括れない、というのは、その言い方自体が既に手垢にまみれたクリシェであり、あまり使いたくはない。ないのだが、ポスト・クラシカルもジャズもダブもミニマル・ミュージックもアンビエントも環境音楽も同一線上に捉えたようなモザイク状のサウンドは、最後まで手の内を明かしてくれない。といっても、もちろんそれが不快というわけではなく、心地よい裏切りを途切れることなく与え続けてくれるのだ。まだこんな引き出しもあったのか、今度はこれか?と1曲ごとに驚きと発見がある。だから繰り返し聴いてしまうのだ。

 すでにベルギーのレーベルURBAN WAVESから着目され、EPとアルバム2枚をリリースしているyanacoは、セカンド・アルバム『Leaving/Arriving』収録曲の“Leaving”が、グラミー賞候補になったこともあるカミラ・カベロにサンプリングされたという実績もあるそうだ。だが、そうした前情報はなくてもいい。yanacoは『鏡の向こう側』を聴いたことがあるかもしれないし、ないかもしれない。耽溺していたかもしれないし、高田みどりの名前すら知らないかもしれない。それは問い合わせればすぐわかることであるが、まあ、そんなことはこの際どうでもいいだろう。この静謐でフラジャイルで内省的な音楽を前にしてはどうでも、どちらでも、いい、と思えてきてしまうのだから──。

Mocky - ele-king

 ジャンルにとらわれず多方面に活躍している音楽家、モッキーが6年半ぶりに来日する。2か月ほど前に最新作『Music Will Explain』を〈Stones Throw〉からリリースしたばかりの彼だけど、こたびのツアーでは9/22(月)@東京WWW X、9/24(水)@大阪CONPASS、9/25(木)@京都CLUB METROの3都市を巡回。東京公演にはいま注目のエクスペリメンタル・ポップ・バンド、んoonが出演することも決まっている。
 今回のツアーは6人編成のバンド・セットで臨む予定で、モッキー本人はドラム、キーボード、ヴォーカルを担当、ステージには国内外の実力派ミュージシャンが集結するという。見逃せない一夜になりそうだ。

Mocky Japan Tour 2025 - “Music Will Explain” Album Release Tour
9/22(月・祝前) 東京公演 @WWW X(オープニングゲスト:んoon)
https://www-shibuya.jp/schedule/019084.php
9/24(水) 大阪公演 @CONPASS INFO公演情報
https://www.conpass.jp/7687.html
9/25(木) 京都公演 @ CLUB METRO INFO公演情報
https://www.metro.ne.jp/schedule/250925/

Mocky(モッキー)、6年半ぶりの東京公演のゲストアクトに「んoon」の出演が決定!

これまでFeist、Kelela、Moses Sumney、Vulfpeckなどのプロデュースを手がけ、GZA、Kanye West、Cordae、G-Dragonにサンプリングされるなど、幅広いアーティストの音楽にその痕跡を残してきた変幻自在のアーティスト、Mocky(モッキー)。

日本でも根強い人気を持ち、数多の来日公演、坂本慎太郎やcero、中村佳穂BANDとの共演、ラッパーKID FRESINOやCampanellaの楽曲プロデュースなども行ってきた彼の最新アルバム『Music Will Explain』がStones Throwより6月27日(金)にリリース。その新作を携え、2019年以来約6年半ぶりの来日公演が決定した。

「なぜ私たちは創造するのか?」「なぜ音楽を作るのか?」

『Music Will Explain』は、「人間の声が響く場所」「愛や悲しみ、つながりを受け止める心のスペース」、そして「言葉では説明できないことを伝える音楽だけの領域」——それらすべてをめぐる、Mockyなりの“音楽による証明”。

東京公演のゲストアクトに「んoon」の出演が決定!
ボーカル、ハープ、キーボード、ベースというユニークな編成でノイズ、フリージャズ、ヒップホップ、ソウル、パンク、クアイヤー、エレクトロなど、あらゆる音楽のエッセンスを不気味に散りばめた音を演奏し、昨年リリースした1stフルアルバム「FIRST LOVE」が各所で賞賛を浴びた唯一無二のバンド「んoon」のライブに乞うご期待。

チケットは今週末7/26(土)より一般発売。

[公演概要]
MOCKY
出演:MOCKY(band set) / Guest Act:んoon
日程:2025年9月22日(月・祝前日)
会場:WWW X
時間:open18:00 / start19:00

interview with Colin Newman/Malka Spigel - ele-king

 「時代の流れに身を任せながらも、自分の原則を守ろうとする」というのが、マルカ・シュピーゲルが、過去数十年にわたって音楽と人生の道を歩む上で指針としてきた哲学を、自ら説明した言葉だ。イスラエル生まれで最初はベルギーを拠点とするポスト・パンクと実験的ポップ・バンド、ミニマル・コンパクトとして活動を始めた。
「君は本当に詩人だね」と、この時間の大半で冗談交じりに語ったのは、彼女のパートナーでイギリスのポスト・パンク時代の伝説のバンド、ワイアーのリード・ヴォーカル兼ソングライターとして名を馳せたコリン・ニューマンだ。
やりとりのなかで、行ったり来たりしながら互いの空白を埋めるように話し、どちらかが割って入って会話の流れを調整する。コラボレーションが基本という感覚こそが彼らの自然な会話の仕方の本質の一部であり、おそらくそれが、音楽家として長く継続できている協働の特性をも垣間見せているのかもしれない。


Immersion
Nanocluster Vol. 1


Immersion
Nanocluster Vol. 2


Immersion
Nanocluster Vol. 3

 1980年代にベルギーで出会ったふたりの、尽きることのない好奇心、新しい音に対する鋭いアンテナを張り巡らせること、そして他者の作品を吸収して共有したくてたまらない、スポンジのような吸収力と解放的な感性が組み合わさったことで、魅惑的で変わりやすいオルタナティヴ・ポップ・ミュージックの歴史に大きな影響を与える(同時に影響を受ける)存在となった。

 〈スウィム(Swim ~)〉レーベルの共同オーナーとして、Githead名義のバンドとして、ここ最近ではエレクトロニック・デュオ、イマージョン(Immersion/没入の意味)名義として『ナノクラスター(Nanocluster)』における複数の人と共働するスピーゲルとニューマンは、おそらくこれまでで一番活発な活動を展開している。今年のはじめ、彼らは『ナノクラスター』シリーズの第3弾をリリースし、イマージョンとしては、アメリカのアンビエント・カントリー・トリオのSUSSと共に砂漠と海、コンクリートと空を融合させた、ヒプノティックで本質的なテクノで宇宙的なコラージュを創り上げた。その一方、イマージョンのニュー・アルバム『WTF?』は時代精神を捉えたタイトルで、9月にリリース予定だ。

 下記は、昨年夏に『ナノクラスター』の「vol.2」「vol.3」のリリース期間中に実施した、スピーゲル(MS)とニューマン(CN)とのインタヴュ-の編集版である。

80年代半ばのブリュッセルに本物のシーンがあった。〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

この世界に入るきっかけは何だったと考えていますか?

マルカ・スピーゲル(以下、MS):知識も技術もない状態でも、とにかく人と集まって一緒になって演奏することから始まった気がします。それでも、クリエイティヴであることの力がどういうものなのかを感じることができたのが大きかった。そして私は‶一緒に居ること〟の力を感じ続けている。私たちが常にコラボレーションをするのはそのため。他の人と演奏すると音楽面だけでなく、人間関係においても魔法みたいなものを感じるから。

コリン・ニューマン(以下、CN):僕はマルカとはまったく違う世界から来ています。いわゆるハードコアからネオクラシカルまでの、ありとあらゆる音楽の領域で、合奏(アンサンブル)にはふたつのアプローチの仕方があると思う。ひとつは、誰かが何か書き留めたものを皆で演奏するタイプ。もう一方は、皆で部屋に集まってその場で一緒に何とかするタイプだとすると、僕は最初の方。ワイアーが、ジャミングが下手くそなのは、周知の事実! 「部屋で一緒に音楽を作ってみよう!」と言っても決して何もできあがらない。基本的な作品の構造と要素があれば、非常に良いものになる可能性はある。それに対して、マルカは完全に怖い物なしなんだ。彼女が文字通り演奏を始めると、その周りに必ず何かが見つかるという具合。僕たちが最初に出会ったのは1985年で、それからほぼ継続的に長い時間、一緒に仕事をしている。

あなたは、ミニマル・コンパクト(Minimal Compact)の5枚目のアルバムをプロデュースされましたね?

CN:そう、『レイジング・ソウルズ/Raising Souls』をね。

その頃、つまり1980年代初頭のベルギーの音楽シーンは、アクサク・マブールとザ・ハネムーン・キラーズのマーク・ホランダー(オランデル)が〈クラムド・ディスクス〉で活躍していた非常に興味深い時代だったようですね。

MS:そう、ある種のエネルギーがあった。レーベル周辺にはタキシードムーンやその他の多様な音楽があって、コリンは完全に魅了されていたと思う。彼は、ロンドンで公有地に不法滞在するような生活から、ブリュッセルに移ってイギリスよりも少し穏やかな人びとや美味しい食事に出会えた。

CN:そうなんだ。すごく気に入っていたよ。本物のシーンがあった。80年代半ばは常に魅力的な時代で、〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

MS:ロンドンはかなり厳しい場所だった! 私はロンドンに行き始めたばかりの頃にショックを受けたの。ものすごく貧しい感じがして。あなたがブリュッセルに惹かれた理由がわかった。誰かと恋に落ちた以外にもね……わかるでしょう?

CN:一目ぼれだったよ。

MS:楽しい場所だったけれど、(シーンが)衰退すると退屈なベルギーになってしまった。

CN:それは、ベルギーのシーンが心理的な境界線を越えてしまったからなんだ。フランドルとワロン地域はほとんど別の国とも言える場所で、シーンは〈R&S〉レコードがあったゲント(ヘント)に移ってしまい、そこがテクノ・シーンのすべてになった。突然、〈R&S〉と契約した国際的なアーティストたちが現れて、シーンを牽引するようになった。エイフェックス・ツインの最初のアルバムをリリースしたのも彼ら。〈ワープ〉レーベルが頭角を現して彼らの輝きを奪うまで、ゲントには強いシーンがあった。

MS:私たちが再びロンドンに興味を持ち始めたのもその頃だったね。

CN:たしかにね。ブリュッセルからゲントへの移住を考えるぐらいなら、ポーランドに移るのと変わらない。どちらにも同じ銀行、同じ店があるけど、言語もメンタリティも全然違う。それに、ロンドンはまさに、拡大し始めている時だった。

MS:私たちはいつも、物事が始まりそうな場所に惹かれる傾向があるね。

CN:僕は1986年にブリュッセルに移ったんだけど、僕たちがそこを離れたのは1992年になってからだった。その時、ロンドンではようやく電子音楽シーンが始まったところだった。

MS:そして私たちはレーベルを立ち上げて、多くの電子音楽のアーティストたちと知りったの。

CN:移住する前には、マルカのミニマル・コンパクトでの活動が下火になっていて、シンガーのサミー・バーンバッハの近所に住みながらあるプロジェクトに取り組んでいたんだけれど、進展しなかった。そしたら、マルカにソロ・アルバムの話が来たんだよね。でも、彼女は知らない雇われのミュージシャンたちとスタジオに入るのを嫌がり、自分たちのスタジオで、自分たち自身で作りたいと思った。

MS:それに、彼らは私たちの考え自体を理解してはくれなかった。その頃ちょうど、自分たちのスタジオを持つということをし始めたばかりだったから。今では普通のことなのにね。

CN:彼女は、‶もうやり始めたからには、最後までやり遂げたい。さっさとやってしまおう″と言ったんだ。ロンドンに引っ越す時には、ガレージをしっかりと録音ができる場所に改造してレコードを作ってから、リリースしてもらえるレーベルを探すつもりだった。持っていた僅かな金でガレージに防音を施して、新しいミキシング・コンソールを買い、レコードを完成させた。だけど、レコードを出してくれるレーベル探しには完全に失敗したんだ。そんななか、ミュート・レコード社長のダニエル・ミラーとミーティングをしたら、「ここまで全部を自分たちでやったのなら、自分たちで出せばいいのに。やり方はこうだ……」と、レーベルの運営方法を2時間かけて指導してもらった。そして突然、アルバムをリリースすることになった。

MS:(私たちの)典型的な回答ね! 質問に対して、もはやまったく別の話題になってしまっている……!

その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクルという名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

これこそが私の理想のインタヴューの形ですよ。私がやるべきことが少なければ少ないほど良い!

CN:実は、僕たちがレコード会社を作ったことをマルカが認めるまでに一年かかったんだ。彼女にはそれがとても思い上がったことに思えたから! それでも僕たちはマルカの初のソロ・アルバムをリリースし、そこから利益を得ることができた。

MS:あの頃はいまよりもまだやり易い時代だったから。

CN:そして、人びとはもっと多く(音楽を)購入していた。その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクル(Oracle)という名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

MS:私はそんなこと言っていないけど!

CN:いや、言ったよ!君はもっとインストゥルメンタルな曲を作るという想いにかられていた。そして、常に‶ミステリアス〟という言葉を好んでいたね。

MS:多分、そっちの方がより純粋だからだと思う。テクノには‶フロント〟というイメージがあまり無いところに惹かれたの。音楽の制作者がどこから来た、どういう人なのかは知らなくても、純粋な音楽だけがすべてだと思うようなところに。

CN:そうそう、『NME』では‶顔なしのテクノ・バカ(”faceless techno bollocks)″みたいにまとめられたけれど、それは‶ジャングル″のような言葉と同じで、最初はこき下ろしみたいな呼び方だけど、結局は受け入れられるんだ。‶顔なしのテクノ・バカ″なんて、素晴らしい発想だよね![編註:これはすぐにテクノの匿名性、音楽重視で作り手のルッキズムに依存しない態度を賛辞する言葉になった] 最初のイマージョンのレコードでは、僕たちはドイツ出身だと偽ってウィッグやマスクを着けて宣材写真を撮って、でたらめな偽名を使っていた。レコード会社としては、レコードをリリースするだけだから、それが誰によるものなのかは関係ない。それが最初のイマージョンのアルバム『オシレイティング/Oscillating』だった。

ほぼ同じ時期にリミックス・アルバムもリリースされましたよね?

MS:当時はほんとうに簡単だった。電子音楽のミュージシャンがたくさんいて、誰もがオープンで、「お願いできる?」と聞くと「もちろん、リミックスするよ!」という返事がもらえたものよ。

CN:それはロビン(ランボー、別名スキャナー)が始めたんだよね。バタシー・バークを歩いていた時、彼が「リミックスしてあげるよ!」と言ったんだ。我々も、いいね! という感じで。僕たちはそれが12インチ盤を出す口実になると思った。それで2枚分のリミックス・アルバムを作ったんだけど、2作目の頃には、テクノ界の少し有名なクロード・ヤングのようなアーティストがリミックスを手掛けてくれるようになって、それらのレコードが売れたんだ! まだレーベルを始める前の〈ファット・キャット〉がコヴェント・ガーデンにレコード店を持っていたから、少し多めに白盤を作って〈ファット・キャット〉に渡せば、彼らがトップDJたちに売ってくれていた。

MS:そうやって、自然と広がっていったの。あの自然な流れが好きだったな。今は、すべて業界の仕組みを通さなくてはならなくて、その罠から抜け出すのは不可能ね。

CN:それで、僕たちのそれまでの歴史とはまったく関係なく、ダンス・ミュージック界でクールな音楽を出すレーベルという評判を得たんだ。その次に、LFOのゲズ・ヴァーリーから連絡が来て、「いくつかのトラックがあるんだけど、ワープは全部が‵聴くための音楽′でないと出したくないと言っている。俺はダンスフロア向けの音楽をやりたいのに」と言うんだ。ちょうど息子のベンを迎えに行く車の中でそのカセットを聴いたんだけど、最初のトラック“クオ・ヴァディス/Quo Vadis”を聴いた瞬間にこれはポップ・ミュージックだと思ったね!

MS:彼はG-Manと名義を変えて12インチを出して、この曲は大成功を収めたし、今でもプレイされている。日本でのワイアーのライヴで、ある人がワイアーの出番の前に“クオ・ヴァディス”をプレイしていた。その人は、コリンとこの曲の繋がりを知らなかったと思うけど。聴いた瞬間に、「ワオ! まだプレイする人がいるんだ」と思った。

CN:まさにクラシックな、ダンスのできるミニマル・テクノとして、DJたちに愛されたよね。この頃には僕たちはもう恐ろしいほどの評判を得ていたんだけど、ひとつのスタイルに固執したくはなくて。そして、ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだった。自分たちでも少し作ったけれど、その後、ロニー&クライドという、ブレイクビートのより知的な側面に分け入って、違う領域に挑戦する人たちと仕事をするようになった。僕たちはもう少しダウンテンポ寄りの作品をいくつか出して、90年代後半にはポスト・ロックの渦に巻き込まれ始めた。僕たちは90年代をアンビエント・テクノから始めて、ポスト・ロックへとたどり着いた。その時の時流に乗ったということだ。レーベルをやるのであれば、常に現代的であり続けなければいけない。

いまの話を聞いて、あなたが先ほど話していたことを思い出しました。あなたは、ネオクラシックからその他のさまざまなジャンルへと続く音楽の糸のようなものについて話してくれましたが、それに名前は付けていないと言いました。実は私もそういったことをよく考えるのです。ジョン・ケージからブライアン・イーノが1970年代にやったこと、それからパンクの時代にもっとも興味深いバンドがやっていたことまで、線を引くことができるのではないかと。それは、クラシック・ロックの正典の枠組み外にある、並行歴史(パラレル・ヒストリー)のようなものではないかとね。

MS:ストリーミングが始まってからすべてが変わったのではないかな。音楽を届ける範囲や、仕組みそのものが変わったのでは?

CN:根本的に変わったのは、どこに力があるかということだと思う。例えば、90年代のインストゥルメンタル・ミュージックの台頭は、アーティストがアメリカやイギリス出身でなくても世界的に活躍できることを意味して、その変化はストリーミングの普及によって完成されたんだ。今ではその現象は‶グローカリズム(glocalism)〟と呼ばれていて、アーティストが自国で成功を収めながら世界中へと広げていくことができる。それと同時に業界は、完全に石化したかのような状態になって——僕が言っているのは、メジャー・レーベルや大手の独立系のことだけど——なんとか過去の体制にしがみつこうともがいている。権力の分散化は確実に起きていて、それをさらに加速化させる必要がある。

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ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだ。

あなた方が一緒に働き始めた時、コラボレーションが重要になったと言っていましたね。年月を経て、それが大きく成長したように見えます。それはあきらかに、『ナノクラスター』の重要な要素のひとつですよね。

MS:それがすごく魅力的な領域なんです。長年音楽を作り続けていると、知らない人と一緒に働くこともあって、そんな時には自分の安全地帯から押し出されるようなことも起きてくる。どこか違う場所で、他の人たちのやり方に挑戦すると、視野が広がって、多くの選択肢を与えられるの。すべてのコラボレーションが私たちを新たな場所へと連れて行ってくれる。

CN:2000年代になると、ワイアーが再び始動して、それと並行してGitheadというバンドのプロジェクトにも取り組んでいた。10年前には、ブライトンに移住したんだけど、そこでまたイマージョンも復活させることにしたんだ。機材がかなりシンプルで、ただ一緒にギグをするだけでよかったから。イマージョンの前のアルバム『ロウ・インパクト/Low Impact』は1999年のリリースで、その次のレコードは2016年だった。長い間隔が空いてしまったけど、それが僕たちに自由に活動する空間を与えてくれた。それでアルバムを制作して最初は2枚の10インチ盤として発売し、後にCDに編集した――まるで島に住むアナログな生き物みたいなイメージで。実際にそれがタイトルになったんだけど(EP『アナログ・クリーチャーズ/Analogue Creatures』と『リヴィング・オン・アン・アイランド/Living On An Island』 をまとめたアルバム、『アナログ・クリーチャーズ・リヴィング・オン・アン・アイランド』)。実は僕たちがすでにその時、ブレグジットによる疎外感を感じ始めていたのがタイトルに表れているんだ。

今日の取材の前にその曲を聴いていて、そのことに強く感じ入りました。『リヴィング・オン・アン・アイランド』というタイトルと2016という年を見て「ああ、自分もその感覚を知っている!」と思ったんです。

MS:ブレグジットの投票時には、私たちは島に居て、あらゆるものから隔絶されているという強い感覚を覚えたの。

CN:僕たちは海辺に住んでいるしね。

MS:そう。そしてそれがある種の希望と楽観主義を同時にもたらしてもくれる。

CN:いくつかライヴやフェスティヴァルにも出演したけれど、大きな動きはなかったね。
でもブライトン在住の知人が、「ブライトンに居るなら、自分たちの手でシーンを作る必要がある」と言ったんだ。現地の音楽シーンは結構分断されているからね。

MS:ミュージシャンもすごく多いから!

CN:すごく多い! それで僕たちは、「それはどういう意味だろう? どうやったらシーンを生み出すことができるのか? クラブでイベントを企画してもいいけど、他の人とどうやって差別化できるんだろう? そうだ、コラボレーションの要素を入れてみよう」と思いついた。僕たちはターウォーター(Tarwater)とはベルリンのシーンの初期から何年も知り合いだったし、会場をみつけて、ターウォーターとイマージョンがコラボレートするイベントを企画しようということになった。彼らが数日間、僕たちの所に泊まり込んで一緒に曲を作ればよいと考えた。そして、それが上手くいったんだ。

MS:リハーサル中にもスタジオで録音ができたから、基礎となる録音を残すことができたしね。

CN:ザ・ローズ・ヒルという公共の、110人ぐらいのキャパの小さな会場でやったんだよね。ちゃんとしたお客さんで埋めるのも簡単な規模の。

これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。

コラボレーションはどのような感じでやるのでしょう? 即興することもあるんでしょうか? それとも事前の準備の方が多めですか?

MS:まず私たちがアーティストにアプローチして、「私たちの方から3つの基本的なアイディアを送るから、あなたの3つの基本の考えを返送してください。何か思いついたものをそこに乗せてみてほしい」と言う。それを基に、あまりやり過ぎない程度に構築していく。それから相手と一緒になって完成を目指すの。毎回違うやり方にはなるけれど、それが基本的な構造かな。全然即興ではないけれど、完成度をそこまで高くしないから「うまく行くだろうか?」とか「良いライヴができるだろうか?」というような多少の緊張感もある。

CN:次に思いついたコラボレーションの相手がレティシア・サディールだった。‶クラウトロック・カラオケ″というものがあってね。

MS:ロンドンに長年住んでいる、日本から来た人が企画している、違うバンドの人達が集まってクラウトロックのヴァージョンを弾くという一夜があって、それが楽しいの!

CN:それをレティシア・サディールと一緒にやったんだけど、彼女はギター演奏の能力だけでなく、すべてのパートを覚えて参加したんだ。僕たちはそんなことをしたことがなかったんだけど! それを見て、彼女に『ナノクラスター』の話を持ちかけたら、セットをやってくれるのではないかと思った。

MS:彼女が私たちの所にやって来て滞在し、一緒に題材に取り組んで。そう、とても良かったわ。

CN:僕たちは多くの素晴らしい人たちを知っているけど、そのうちの何人かは僕たちがその人たちのファンであるという理由からなんだ。ウルリッヒ・シュナウスが宇宙で一番の音楽を作っていた時もあったし、他にもロビン・ランボー、スキャナー、勿論Githeadのね。彼のことももう何年も知っているよ。

MS:それ以来、私たちはますます幅広い分野でコラボを続け、紙の上では機能しそうもない奇抜なアイディアを次々と生み出してきたの。

CN:そこへ突然パンデミックが襲い、2020年5月に僕たちは4つのコラボレーション企画以外はまったくすることがなかったから、「アルバムを完成させよう」と決めた。実はこれは難しい決断だった。というのも、マルカと僕はそれまで一度もアルバムのミキシングをやったことがなかったから。まさに目から鱗が落ちるような経験だった。僕の感覚では、それが当時、僕たちのスタジオから生まれた作品のなかでも最高のミックスのレコードになったんだ。すべてをコラボレーションして制作したからだと思う。

MS:ある意味、ラジオからも影響を受けていたよね。異なるジャンルの曲をたくさん聴くと、音の組み合わせ方など、無意識に影響を受けていたと思う。

CN:その通りだね。それを2021年にリリースして、批評家からはある程度の高評価を得たけれど、パンデミックの最中にはプロモーションは何もできなかった。ライヴもすでに終わっていたので、ツアーを組むのも難しい状況だった。どちらにしても、2021年から22年にかけて、ツアーを検討したミュージシャンは、自分たちで主催するしかなかったし。

パンデミックの状況において、アルバムで他のアーティストたちとはどのように協力して制作できたんですか?

CN:すべてを事前に録音していた。

MS:リハーサルをしながら録音し、それを制作の基盤としたの。現在では、彼らが送ってくれる素材で仕事をしているけれど、次回作のコラボレーション(2025年のSUSSとの『ナノクラスターVol.3』)では、物理的な空間での作業はしないと思う。状況次第だけどね。スタジオ・ワークを完成させるには、互いにパーツを送り合うか、物理的に人が集まるかのどちらかの方法がある。

それは、プロジェクトの進化の一環ですね。始めた頃にはブライトン在住のミュージシャンたちや、移動が容易な人たち中心だったのが、より広範にアーティストを探し始めると、プロセス自体も変わってくる。

CN:まさに。最初の作品をリリースした後、「次のレイヤーに行くにはどうすればよいか」を考えた。多くの人と話をしたけど、誰もブライトンには居なかったし、パンデミック後というのは、誰もが自分のキャリアに集中していた時期だった。僕たちと仕事をするのは贅沢だと思われる可能性もあったから、何か別の方法はないかと考えた。僕たちの知り合いにサウス・バイ・サウスウェストの主なオーガナイザーのひとりであるジェイムズ・マイナーがいたので、そこで何かをやってみようと思った。

MS:それは結構怖いことだった。というのも、オースティンまで遠征して、現地の人たちと音楽を作らなければならなかったから。どうやってやろう?と。その時、リストにソー(Thor)・ハリスの名前を見つけたの。彼はその土地の人で、パーカッションを演奏するので、一緒に何かを創りやすいのではないかと思った。

CN:彼はかなりアメリカのミニマリスト・シーンの核心にいる人物だし。

MS:そして、生まれつきコラボレーションの才能のある人。

CN:ソーは、実に乗り気きだったね。事前に素材を交換したので現場に着いたらすでに基盤となるものもあった。結局、彼の家でリハーサルをすることになった――彼はただ優秀な音楽家であるだけでなく、大工、配管工、便利屋としても何でもござれの職人で、素晴らしい社会的良心も持ち合わせているんだ。

MS:彼は素晴らしい人物だった。彼の自宅で仕事ができたのは良い経験だった。オースティンでは誰もが知る人物。

CN:実際のパフォーマンスでは、ちょっとした試練のようだった。というのも、結局、ホテル・ヴェガスで演奏することになり、半分暗がりの、そこら中、酔っぱらいだらけのなかで、テーブルの上に機材を設置しなければなかったから。

MS:それがコラボレーションの良いところ。それぞれの異なる経験が、いつもなら行かないような場所にまで連れて行ってくれるので、かなりの中毒性がある。私たちは人と一緒に音楽を作ることが大好きだし、他の人の世界に引き込まれるのも特別なことだから。

それが、リスナーとして『ナノクラスター』のアルバムを聴くときに興味深い点のひとつです。音楽的な個性が互いに溶け合っていくかのような感覚なんです。多くの人が関わっていて、各盤面やディスクごとにコラボレーターが違うのに、常に一貫した雰囲気が漂ってくるからです。あなたたちがワイヤーとの作業について説明してくれたのとは対照的ですね。ワイアーでは各人の役割が明確に分けられ、決まっていたという。

MS:コラボレーターが違っていても、音に一貫した豊かさがあると言う声をよくもらいます。

CN:それはおそらく、最終的なミックスのやり方も影響しているだろうね。

MS:でも、それだけではないわ。私たちはそこに人間同士の繋がりを持ち込むから。いつも、最後には友情関係になって終わることが多いよね。

CN:僕たちは、一緒に仕事をする人の空間を作ろうと努めるけれど、文脈を設定した上でそうする。これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。制作に関わるのであれば、その音楽とそれを聴く人の間の障壁を取り除くべきだ。リスナーがその音楽のなかに何があるのかを容易に聴けるようにするべきだと思う。自分や他の関係者を良く見せよう、聴かせようとすることではなく、全体が大事なんだ。

レーベル名をSwim(泳ぐ)にしたのはなぜですか?

MS:だめ(笑)? 私たちはいつも響きの良い名前を探しているんだけど。多分、私たちがいつも異なる人びとの世界の間に軽やかに浮かんでいるからかも。でも、ほんとうはよくわからない。それは後からついて来るものだと思う。この名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

私はブライアン・イーノのことを思い出しました。彼の音楽では水が繰り返し登場するテーマで、イマージョンで聴く音にもどこか似たものを感じます。あなた方は、どちらも他のバンドではシンガーとして知られていますが、ここでは多くの曲でヴォーカルを削ぎ落しています。だから、ポップスターやロックスターのエゴを排除して、他の可能性が生まれる流動的な空間を探しているように聴こえます。

MS:私たちは、『ウォーター・コミュニケーション/Water Communication』というコンピレーションも出したし、水は繰り返し現れるテーマなの。そして今は、海辺に住んでいるし。

CN:これは、ある意味、『ナノクラスターVol.2』のもうひとつのコラボレーションであるジャック(ウォルター、別名カブゾア Cubzoa)に引き戻される。2021年頃だったと思うけれど、皆が再びライヴを開催するようになり、僕たちはザ・ローズ・ヒルに行ってカブゾアに真に感銘を受けたんだ。

MS:彼は私たちに曲を送ってくれるようになったんだけど、曲というのは完成されたものなので、最初はどうしたらよいのかと戸惑った。通常は、もっと基本的なところから始めるから。でもとても興味深い挑戦になったし、すごく良い作品に仕上がったと思う。

「いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから」「ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている」

CN:さらにもうひとつ、これまでの『ナノクラスター』ではやったことのないことをしたんだ。それは、素材をどんどん出し合うことだった。最初は素材が足りていなかったから。結果、かなり素晴らしい成功に繋がった。彼の曲とはかなり違うものになったんだ。

MS:彼が一緒に居るとほんとうに良い人なので助かったわ。人間性は非常に重要だから。

前回の作品では、4人のアーティストが参加してそれぞれが10インチの片面を担当されましたが、2作目ではふたりとなり、各ディスクにひとりのアーティストが参加した形になっていますね。

MS:それは事前に決めたことではなかったけど、作業を進めるうちに素材が十分そろったことに気付いたの。今後はもしかしたら、コラボレーションはひとつだけになるかもしれない(注:実際、『ナノクラスターVol.3』では、SUSSのみとのコラボになった)。

CN:ルールを設けてはいないよね。ただ、僕たちはダブル10インチ(2枚組の10インチ盤)が好きで。この着想は、完全に実用面でのふたつの理由から生まれた。ひとつ目は、最初のアルバムを製造した際、12インチのヴァイナルをプレスするのに数か月かかったのに、10インチならずっと早く作れたということがあった。また、最初のアルバムには4つのまったく異なるプロジェクトが含まれていた。だから‶それぞれに専用の面があれば、それが自然な仕切りになる″と考えた。

MS:アーティストにとってもより興味深くなるしね。

CN:そう。それぞれが独立した作品になればね。当然のようにデジタル配信では、別々のEPとしてもリリースされているし、ストリーミングでは、短い長さのリリースがトレンドになっているようだ。例えば、20曲入りのアルバムをリリースしても、注目されるのは1、2曲だけで、残りは無視されてしまう。ストリーミングでは聴く人の注意力が極端に短いから。別々のEPにすることで、異なる人たちがそれぞれ別のアーティストに集中できると思った。でも実際には、媒体によるということなんだけど。

そして2作目では、各アーティストがより広い範囲でプレイする余地が得られると、EPのような短いフォーマットではなく、違う方向性になる気がします。

MS:そうかも。各アーティストがより多くの表現で貢献できるようになることが重要。

現在のあなた方の作品に共通するテーマのひとつは、独立した所有権の尊重のように感じます。ワイアーの場合も、バンドがカタログの大部分を所有しているというのは事実でしょうか?

CN:僕たちは80年代の作品は所有しておらず、70年代、80年代の出版権も持っていないけれど、70年代作品のマスターテープは保持していて、2000年以降の作品のすべても持っている。〈スウィム〉からリリースしたアーティストの一部は、自分たちで権利を買い戻していて、他のアーティストは特に気にしていないようだけれど、僕たちは喜んで権利を返還するつもりなんだ。他の人の音楽に執着する必要はない。

MS:あなたの場合は、所有権を持つことがとても重要だと思う。だって、大手レーベルが持つ影響力というものに嫌というほど、気付かされたんだから……

CN:僕たちにとっては、個人的にかなり大きな違いになったよね……。勿論、僕は非常に恵まれた立場で話しているわけだけど。つまり、70年代のワイアーの素材が何世代にもわたって受け入れられてきたから。それは70年代にリリースされた当時の人たちだけでなく、世代を超えて受け継がれて若い人にまで響いている、決して静かではないダイナミックな現象なんだ。さらにストリーミングの数字から判断すると、リスナーは減少するどころか、増加している。自らでマスターの権利を所有し、収益の大部分をバンドに還元できると、生計を立てるための基盤ができる。もしもオリジナル・メンバーと同世代の人たちが公務員になっていれば、はるかに多くの収入を得ていただろう。だけど、60代、70代、80代のミュージシャンのなかには、生活に苦労している人も多い。ツアーに出なければ家賃を払えないから、過酷な条件でツアーを続けるしかないんだ。

MS:でも、私たちが一緒に作るものをすべて所有していることには、メリットとデメリットの両方がある。外部レーベルのように、作品をより広めるような力はないから。

CN:お金がかかるからね。宣伝費や製造費、その他すべてに費用がかかる。だけど、例えばすでにやっているコラボレーションのひとつは、ブライトンを拠点とするバンド、ホリディ・ゴースツというサムとカットのカップルで、僕たちとも仲が良い。彼は30代前半で、ツアーのブッキング方法まで良く知っているんだ。僕の世代のミュージシャンは、ツアーのブッキングの仕方などまったく知らないと思う。

MS:いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから。

CN:ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている。

日本でも似たような状況だと感じます。あの数年で、何かが急激に加速した、‶それ以前とそれ以後″があるんです。若手のミュージシャンたちが、まるで優秀なビジネスマンのように見えるのはある意味で尊敬に値するけど、彼らがそうせざるを得ないことに同情してしまいます。

MS:そうよね。ミュージシャンとして、ただ音楽を追求する自由は、素晴らしい以外の何ものでもない。

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“I think you swim with the times, but you try to hold onto your own principles,” is how Malka Spigel describes the philosophy that’s guided her path through music and life over the past several decades — initially with Israeli-born, Belgian-based post-punk and experimental pop band Minimal Compact.

“You’re such a poet,” jokes her partner through the greater part of that time, Colin Newman, who made his name as the lead vocalist and songwriter of UK post-punk legends Wire.

A sense of back-and-forth, of each filling the gaps left by the other, of one stepping in and adjusting the flow of the conversation — of collaboration, essentially — is a natural part of the way they talk, and perhaps offers a window into the nature of their long-lasting collaboration as musicians too.

The pair met in Belgium in the 1980s and a combination of endless shared curiosity, a finely honed antenna for new sounds, and a porous, open sensibility to both absorb and eagerly share other people’s work has seen them leave their in fluence on (and be influenced by) by a fascinating and fluid alternative history of popular music.

Working together as co-owners of the Swim~ label, in the band Githead, as the electronic duo Immersion and most recently with a series of collaborators in the Nanocluster live and recording project, Spigel and Newman are perhaps more active than they’ve ever been. Earlier this year, they released the third of their Nanocluster series in collaboration, Immersion merging with US ambient-country trio SUSS to create a hypnotic, techno-organic, shifting kosmische collage of desert and sea, concrete and sky. Meanwhile, Immersion’s new album, under the zeitgeist-grabbing title “WTF?”, is set for release in September.

The following interview is an edited version of a conversation with Spigel (MS) and Newman (CN) last summer in the period between the second and third Nanocluster releases.

__________

IM : What do you think was your starting point that got you on this train?

MS: I think just getting together with people and playing together without any knowledge and technical ability, but feeling already the power of what it’s like to be creative. But also the togetherness, for me is the power that always stays there. That’s why we always collaborate: there’s some kind of magic when you play with other people, not only on the music side but on the human side.

CN: I come from a very different world from Malka. I mean, within whatever you call this whole gamut of music that runs from hardcore to neoclassical or whatever, there seem to be two approaches among ensembles. One is somebody writes something and the ensemble plays it, or the ensemble stand in a room and figure it out together. I come from the first approach. Wire is famously rubbish at jamming! If you’d said, “Let’s stand in a room and figure out some music together,” that’s never happened. If you have a basic structure and some compositional elements that are going in there, then it can be very, very good. Whereas Malka is completely fearless: she will literally just start playing and you kind of find things that go around what she’s playing. We first met in 85, so that’s a long period of pretty much continual working together.

IM : You produced maybe the fifth Minimal Compact album, right?

CN: Yeah, “Raging Souls”.

IM : That looks like a very interesting period for music in Belgium in the early 80s, with the Crammed Discs label and Marc Hollander from Aksak Maboul and The Honeymoon Killers.

MS: Yeah, there was some kind of energy. There was Tuxedomoon and other kinds of music around the label, and I think Colin was pretty much charmed by the whole thing. He came from living in a squat in London into Brussels, and the nice food and people who are kind of softer than in the UK.

CN: Yeah, I loved it. It was a real scene. And that period around the mid-80s was a really fascinating time. It wasn’t just Crammed Discs, there was Crépuscule, and both labels had a lot of international artists who ended up living in Brussels because it was cheap and good for touring.

MS: And London was a pretty harsh place! I was a bit shocked when I started going to London! It felt pretty poor. I could see why you were charmed with Brussels. Apart from falling in love with… you know!

CN: It was love at first sight.

MS: It was a fun place, but when it died off, it just became boring Belgium.

CN: What happened was the scene in Belgium crossed the psychological border. Flanders and Wallonia are almost two separate countries, and the scene moved to Ghent because that’s where R&S Records were based, and that was the whole techno scene was. Suddenly there were all these international artists signed to R&S and they were leading the pack. I mean, they put out the first Aphex Twin albums. Until Warp came and stole their thunder, there was a strong scene in Ghent.

MS: That’s also when we started getting more interested in London again.

CN: That’s true, if you’re in Brussels and you’re thinking about moving to Ghent, you might as well be moving to Poland. You have the same banks and same shops, but you have a totally different language and an entirely different mentality. And London was just starting to expand.

MS: We always feel attracted to places where things kind of start.

CN: I moved to Brussels in 1986 and we finally left in ’92, and at that point, the electronic scene was just starting in London.

MS: And started a label, and started to get to know more electronic music artists.

CN: Before we left, Malka’s time with Minimal Compact had sort of fizzled out, and we lived around the corner from the singer, Samy Birnbach, and sort of worked on a project that didn’t go anywhere. Then Malka got the offer to do a solo album, but she didn’t want to go into the studio with a bunch of hired musicians. We wanted to make it ourselves in our own studio.

MS: And they just didn’t get the concept. It was the beginning of people owning their own studios, and now it’s so common.

CN: She said, “Well I’ve already started on it. I want to finish it. Let’s just do it.” We moved to London with the idea that we could convert our garage into a proper space for recording, then make that record and figure out if we could find someone to release it. We took the little money we had, soundproofed the garage, bought a new mixing board and set to work on finishing the record. Then totally failed to find a label for it, but I had a meeting with (Mute Records boss) Daniel Miller and he said, “You’ve done it all yourselves, so why don’t you just release it yourselves as well? This is what you do…” So I had like a two-hour instruction about how to run a label. And suddenly we were releasing an album.

MS: Typical answer! He asked a question and now we’re a million miles away!

IM : This is my ideal interview. The less work I have to do, the better!

CN: It took Malka a year to actually admit that we had a record company. She thought it was well pretentious! But we put out Malka’s first solo album, and we made some money out of it!

MS: It was easier in those days.

CN: And people bought more. And after that we put out a compilation of the material we’d worked on with Sami Birnbach from Minimal Compact, under the name Oracle. So we’d released two records and then Malka said, “We have to make a techno record!”

MS: I never said that!

CN: Yes you did! You were very much into the idea that we had to make something more instrumental. You always liked the word “mysterious”.

MS: I guess it’s more pure. I always felt attracted with techno to how it doesn’t have too much of a “front image”. The people making the music, we don’t know where they come from, it’s all about the purity of music.

CN: Yeah, summed up in the NME with the phrase “faceless techno bollocks”, which rather like all those other words, like “jungle”, which starts off as a put-down but you sort of embrace it: “faceless techno bollocks”, what a brilliant idea! With the first Immersion record, we just pretended to be from Germany and we had publicity photos with wigs and masks, we had made-up names. If you’re a record company, you just release records: they could be by anybody. That was the first Immersion album, “Oscillating”.

IM : You also put out a remix album at almost the same time, didn’t you?

MS: It was really easy at the time. There were lots of electronic musicians, people were open, you’d ask someone, “Yeah, I’ll do you a remix!”

CN: It was Robin (Rimbaud, a.k.a. Scanner) that started it. We were walking in Battersea Park and he said, “I’ll do you a remix!” Oh, alright! Then we thought that would be an excuse to put out twelve-inches. We did two volumes of remixes and by the second one, we were getting slightly bigger names in the techno world doing remixes for us, like Claude Young, and those records were selling! Fat Cat Records had a shop in Covent Garden, and basically you’d manufacture some extra white labels, give them to Fat Cat, and they would sell them to all the top DJs.

MS: So it kind of spread naturally. I like the way it was so organic. Now everything goes through the industry and it’s impossible to break out of that kind of trap.

CN: And we started to have a reputation within dance music that was nothing to do with our history, just as this label that puts out cool music. The next thing that happened was that Gez Varley from LFO got in contact with us and he said, “I’ve got these tracks and Warp don’t want to put it out because they want to be all ‘listening music’ and I want to to do dancefloor.” And I remember listening to his cassette while going to pick up our son Ben from school in the car, listening to the first track, “Quo Vadis”, and I just thought, “This is pop music!”

MS: He called himself G-Man. And we did really well with it. I mean, people still play “Quo Vadis”. I heard it in Japan, when Wire played a gig and there was someone playing earlier, I don’t think he connected you with the track, but he played “Quo Vadis” and I thought, “Wow! People are still playing it!”

CN: It’s just an absolutely classic bit of danceable minimal techno and DJs loved it. So by this point we had a fearsome reputation but didn’t want to stick in one style. And then drum’n’bass happened. We were biiiiig on drum’n’bass. Techno was sort of American, but drum’n’bass was just London music, and it was kind of exciting like the 70s punk thing: suddenly you have this unbelievable explosion of energy. There was a point in the mid-90s when, to be honest, drum’n’bass was the only music that you needed. We made a little bit of it ourselves, but then we started working with Ronnie & Clyde, who were sort of the more intellectual side of breakbeat or pushing into a different kind of area. We put out some other stuff that was kind of more downtempo, and then towards the end of the 90s, we started to get involved in the whole post-rock thing. We charted a course through the 90s, starting with ambient techno and ended up with post-rock. It was all about what was going on: if you’re a label, you’ve got to be contemporary.

IM : It reminds me of something you said earlier. You talked about this thread of music that runs from neoclassical through all these other things, and you didn’t have a name for it. But it’s something I often think about: that there’s a line you could draw through stuff like John Cage, through what Brian Eno was doing in the 1970s and what a lot of the most interesting bands of the punk era were doing. It’s like a parallel history outside that classic rock canon.

MS: Didn’t everything change because of streaming. It changed how far it can reach and how it works.

CN: I think the fundamental change is in where the power lies. For example, the rise of instrumental music in the 90s meant that artists didn’t have to be from America or the UK to be international artists, and that thing has really been completed now with streaming, where you have what they call “glocalism”, where artists can do really well in their territory and spread out. At the same time, the industry is absolutely petrified and they’re doing everything they can to hang on — I’m talking about the major labels and the large independents — to the way it was. There’s definitely been a devolution of power and that has to be accelerated.

IM : You said that collaboration is something that became important when you started working together, and it seems like that’s grown a lot over they years. It’s obviously a big part of what Nanocluster is.

MS: It’s a fascinating area, because after so many years of making music, you get pushed out of your comfort zone because you’re working with a person you might not even know very well. So to kind of find yourself somewhere else and to try to go towards what they do, it opens you up and gives you ways forward with more options. Every collaboration takes us somewhere else.

CN: Wire happened again through the 00s, we had a parallel project, Githead, which was also a band, and we moved to Brighton ten years ago. We made a decision when we got to Brighton that we would reactivate Immersion because the equipment was quite modest and we could just play gigs together. Immersion’s last album (“Low Impact”) had come out in 1999 and the next one came out in 2016. It’s a long time between records, but that offered us a space to just get on and do stuff, so we did an album, which we initially released as two 10-inches and then compiled onto a CD — like analogue creatures living on an island, which was actually the title (the EPs “Analogue Creatures” and “Living On An Island” which were compiled into the album “Analogue Creatures Living On An Island”). So we were already starting to feel the alienation of Brexit in that title.

IM : I was listening to that earlier today and that struck me. I saw “Living On An Island”, then the date 2016 and thought, “Oh yeah, I know that feeling!”

MS: There was a really strong feeling at the time of the Brexit vote that we’re on an island, kind of separate from everything.

CN: And we live next to the sea, too.

MS: Yeah, which gives you a kind of hope and optimism at the same time.

CN: We did a few gigs, maybe a couple of festivals, but there wasn’t a lot going on with it. But someone we knew in Brighton had told us, “If you’re in Brighton, you need to create your own scene.” It can be quite divided-up.

MS: There’s LOTS of musicians!

CN: Lots of musicians! So we thought, “Well what does that mean? How can we create a scene? Let’s create a night in a club, but how can we make that different to anybody else’s? Well let’s have a collaborative element in it.” We’d known Tarwater for absolutely years, right from the early days of the Berlin scene, and we thought, “We’ll find a venue, do Tarwater and Immersion collaborating together. They can stay with us for a couple of days, we can work out the pieces together.” And it worked.

MS: And we could record it in our studio while we were rehearsing, so we had a basic recording of it.

CN: We did it at The Rose Hill, which is a small community venue that holds about 110 people — easy to fill it up with the right thing.

IM : How does the collaboration come about? Is there improvisation, or more prior preparation?

MS: We approach the artist and say, “We’ll send you three very basic ideas, you send us three basic ideas: try and put something on it that you come up with.” And we kind of build it, but not too far. Then we get together and sort of complete it in a way. It’s different every time, but that’s the basic structure. It’s not improvisation at all, but it’s not so complete that there isn’t a kind of tension about “Is it going to work? Is it going to be good live?”

CN: The next person we thought of was Laetitia Sadier. There’s something called “Krautrock Karaoke”.

MS: It’s someone from Japan who’s been living in London for a long time, and he’s been organising nights where people from different bands get together and play a version of krautrock. It’s fun!

CN: We did one with Laetitia Sadier. She came with not only the competence of her guitar playing: she’d actually learned all the parts, which is more than we’d ever done! It was amazing. So we thought maybe if we ask her, she’ll do a Nanocluster set.

MS: And she came over, stayed here, worked on material, and yeah, it was good.

CN: We know a lot of people, some of them just because we’re fans. There was a point when Ulrich Schnauss was making some of the best music on the planet, and then Robin Rimbaud, Scanner, of course who was in Githead. We’ve known him for years.

MS: And since then, we’ve been collaborating further and further afield and come up with more weird ideas that maybe shouldn’t work on paper.

CN: And then suddenly the pandemic hit, it was May 2020, we had these four collaborations, absolutely nothing else to do, so we thought, “Let’s finish the record.” And that was a difficult decision because Malka and I had never worked on mixing an album before. It was a real eye-opener: it was at that point the best mixed record that had come out of our studio, in my opinion, and it was because we were doing everything as a collaboration.

MS: It was kind of influenced by the radio show as well. When we play a lot of songs from different genres, we hear sounds, how things are put together, and it does unconsciously influence how we work.

CN: Absolutely. So we put that out in 2021, to some critical acclaim but in the middle of a pandemic you can’t do anything about promoting it much. All the gigs had been done already, so a bit difficult to tour it. And anyway, if any musicians in 2021-2022 were thinking about touring, they were thinking about touring themselves.

IM : Given the pandemic situation, how were you able to work together with the artists on the album?

CN: Everything was recorded beforehand.

MS: So while we rehearse, we record, and that becomes the base to work on. Now we’re working on stuff that they send us, and I don’t think something physical, in a room, is going to happen for this next collaboration (2025’s “Nanocluster vol. 3” with SUSS). So it depends. There’s always a way to finish studio work, whether we send parts to each other or peeople are physically here.

IM : This is also part of the way the project has evolved, by the sound of it. When you started, it was musicians in Brighton or who could travel easily, but as you start looking further afield for artists to work with, maybe that changes the process.

CN: Absolutely. What happened was that we put the first one out and then we thought “How do we move that on to the next layer?” Because we’d spoken to a lot of people but none of them were in Brighton, and the post-pandemic period was one when people were very much looking at their own careers. Doing stuff with us could be seen as a luxury. So we thought, “How can we do this another way?” We know quite well one of the main organisers of South By Southwest, James Minor, and we thought, “OK, why don’t we do something there?”

MS: It was quite scary because we have to travel to Austin and somehow create music with someone already there, so how do you do it? Then we saw Thor Harris on the list: he’s local, he plays percussion and seemed like it might be easy to make something together.

CN: And he’s very much in the American minimalist world.

MS: And he’s a natural collaborator.

CN: Thor was really up for it, we exchanged some material so we had something to build on when we got there. We ended up rehearsing in his house — the house that he built himself because he’s not only a very competent musician: he’s also a very competent carpenter, plumber and odd-job man, who also has this amazing social conscience.

MS: He’s an amazing guy. It was a great experience to work in his house. Everybody knows him in Austin.

CN: It was a bit of a baptism of fire in terms of the actual performance. We ended up playing at Hotel Vegas. We had to set up a table with all our gear on, in semi-darkness with drunk people falling all over us.

MS: It’s the beauty of the collaboration: each experience is different and each experience takes you somewhere you wouldn’t otherwise be. That feeling is quite addictive because we love making music together but to be pulled into someone else’s world as well is special.

IM : That’s one of the things that I find interesting, hearing the Nanocluster albums as a listener: it’s the feeling of all the musical egos dissolving into each other. Even though there’s a lot of people involved and the collaborator is switching with each side of the record or each disc, quite a coherent atmosphere comes out of it. The opposite of how you described working with Wire where each person’s role is very clearly fixed and separated.

MS: We do hear from people that even though there’s different collaborators, there’s a fullness to the sound.

CN: I guess that’s also how we mix it in the end.

MS: But not only that: we bring something human-wise where we connect with the person. It’s always ended up being a friendship.

CN: I mean we try to create a space for the person but we set a context. That’s actually one of Bruce Gilbert from Wire’s big statements about life and art: “Context is all.” I always hate what I call “big boy production” where you hear a record and you know there’s been a “producer” involved because it’s got that ego about it. If you’re working on production, you should be taking away the barrier between the music and the person listening to it: you should make it easy for the person to hear what’s in the music. It’s not about making yourself sound good, or about making this other person sound good: it’s about the whole thing.

IM : Why did you choose the name Swim~ for the label?

MS: Why not? (Laughs) I mean we always look for good sounding names. I suppose we always float easily between the worlds of different people. I don’t know, though. That’s something that comes after the fact. What do you think when you hear the name?

IM : It reminds me of Brian Eno. Water is such a recurring theme in his music, and I felt he does something a little similar to what I hear in Immersion. You’re both musicians who are known as singers in your other bands, but here you’ve stripped away the vocals in a lot of it. So it’s like taking away the pop star or rock star ego and finding some more fluid space where other things could happen.

MS: We had a compilation called Water Communication, so water seems to be a theme that keeps coming back. And now we live by the sea.

CN: This kind of brings us back to Jack (Wolter, a.k.a. Cubzoa), the other collaboration on Nanocluster Volume 2. I think it was back in 2021, when people were starting to have gigs again, and we went to The Rose Hill and we were really impressed by Cubzoa.

MS: He ended up sending us songs, and we thought, “What are we going to do?” because songs are quite complete things. Normally we start from something more basic, but it was an interesting challenge and I think it turned out really well.

CN: And the other thing was we did something that we had so far not done with Nanocluster, which is bash out some material between us because we didn’t have enough material at first. It was a quite spectacular success. They were quite different to his songs.

MS: It helps that he’s such a nice guy to be with. The human side is so important.

IM : With the last one, there were four artists, with each getting one side of the 10-inch but with the second one it’s just two, with one artist per disc.

MS: It’s not something we decided in advance, but it became obvious as we worked that there’s enough material. In the future it might be just one collaboration (Note: this ended up being the case with “Nanocluster vol.3” with SUSS).

CN: There’s no rule. Though we like the double ten-inch. The idea for it came about through two entirely practical reasons. One was that when we manufactured the first album, pressing 12-inch vinyl was taking absolutely months when you could do 10-inches much quicker. And then also on the first album there were four really different projects. So we thought, “If each one gets their own side, it’ll make a natural division between them.”

MS: And it’s more interesting for the artists, too.

CN: Yeah, if they’ve got their own separate things. And of course with the digital release, they are separate EPs as well. With streaming, the trend seems to be towards shorter releases. You’ll notice that someone releases an album with like twenty tracks, but only one or two will get attention and the rest will be ignored because there’s a bit of a short attention span in streaming. So we thought separate EPs and then perhaps different people will tend more towards one or towards another one. But it’s just about the medium, really.

IM : And I guess with the second one, each artist having more space to play with takes it to a different place than with a smaller, EP-length canvas.

MS: Yeah, there’s more expression for each artist to contribute.

IM : One thing that seems to run through your work now is a respect for independent ownership. I think even with Wire now the band owns most of its catalogue, is that right?

CN: We don’t own the 80s stuff and we don’t own the publishing on the 70s or 80s stuff, but we own the masters on the 70s stuff and we own everything since 2000. Some of the artists that we’ve released on Swim have taken back their own rights and others don’t seem to be bothered so much, but we’re happy to give back the rights. We don’t need to be hanging onto other people’s music.

MS: With you, it’s really important to have ownership because you became much more aware about how big labels can really…

CN: It’s made a massive difference to us personally. Of course I talk from a very priveliged position because it just so happens that Wire’s 70s material caught generation after generation. It’s not a static thing where the only people who listen to Wire’s music from the 70s are contemporaries of when it came out. It seems to go down the generations and catch younger audiences as well, so it’s a dynamic thing. And that audience, from what I can see in the streaming figures, is growing, not diminishing. So owning the master rights and getting the majority of the money into the band gives you a living. I mean people of the age of the original members, if they’d gone into the civil service, could easily be making much more money, but a lot of musicians in their sixties, seventies and eighties are struggling. Having to go on tour in poor conditions because if they don’t go on tour, they can’t pay their rent.

MS: There is an avantage and a disadvantage in that we own everything that we make together. We don’t have the power of an external label that can maybe push it more.

CN: It does cost money. You have to spend money on promotion, you have to spend money on manufacturing and all the rest of it. But, for example one of the collaborations that we’ve already started is with a band who are based in Brighton called Holiday Ghosts — with Sam and Kat. We’re two couples and we get on really well. He’s in his early thirties, and they know how to book a tour: they don’t have any problem with that kind of stuff. Musicians of my generation would not have even the first idea how to book a tour.

MS: I mean it’s so hard for bands nowadays, they have to be.

CN: They have to be! And since the pandemic, the industry has squeezed the musicians.

IM : It feels similar in Japan, where there’s a before and after where something accelerated massively over those years. Young musicians seem like such good businesspeople, and I sort of admire them but I kind of feel sorry for them that this has had to happen to them.

MS: Yeah, the freedom of just being a musician is amazing.

Sam Prekop - ele-king

 ザ・シー・アンド・ケイクのサム・プレコップがソロ・アルバム『OPEN CLOSE』を発表。マスタリング・エンジニアとしてテイラー・デュプリーが参加。前作『The Sparrow』からは約3年振りとなる、待望の新作となる。9月26日(金)にシカゴの名門インディー・レーベル〈Thrill Jockey〉と、これまた日本の名門レーベル〈HEADZ〉よりCD盤のリリースも予定されている。なお、日本盤のみ完全未発表の新曲をボーナス・トラックとして追加収録予定。

 サム・プレコップはララージとのツーマンを5月にサンフランシスコにて実施しており、この公演に向けて作曲された楽曲が収録されているとのこと。ザ・シー・アンド・ケイク結成から30年以上、ソロ・デビューから四半世紀を迎えた熟練者の新境地が垣間見える内容に期待が高まります。

Artist : SAM PREKOP
Title : OPEN CLOSE
label : THRILL JOCKEY / HEADZ
Format : CD / Digital
Release Date:2025年9月26日(金)

Tracklist:

1. OPEN CLOSE
2. FONT
3. PARA
4. LIGHT SHADOW
5. A BOOK
6. OPERA
7. MIRROR CHOICE
8. DIVISIONS ADD

Tracks 7, 8 … 日本盤のみのボーナス・トラック

Written and recorded by Sam Prekop in Chicago Summer Fall 2024 Winter 2025
Mixed with John McEntire
Mastered by Taylor Deupree
Cover Photo by Sam Prekop, California 2025
Back Cover drawing by Sam Prekop, November 2024

interview with Meitei - ele-king


冥丁
泉涌

KITCHEN. LABEL / インパートメント

Ambient

Amazon Tower HMV disk union

 冥丁の新作『泉涌(センニュウ)』がすこぶるいい。
 これまで『古風』シリーズなどをとおし、サウンド的にもイメージ的にも過去の日本を喚起してきた彼のニュー・アルバムは、相変わらず日本を題材にしている。けれども今回は、少なくともサウンド面ではわかりやすく「和」のイメージが濫用されたり前面に押しだされたりしているわけではない。現実に存在する別府のいくつかの温泉──という具体的なものがテーマとなったからだろうか。強く印象に残るのはやはり、水(湯)の音……新作はダイレクトに耳を楽しませてくれる豊かな音響工作をもつ一方で、いまにも霧(湯気?)の彼方へと消え去ってしまいそうな、はかなげな感覚も同時にそなえている。フィールド・レコーディングやサンプリングを駆使して丁寧に練り上げられた音の数々からは、たしかに冥丁が新たな道へと踏み出したことが伝わってくる。「これまでの冥丁が、日本というものの主題歌をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくった」とは本人の弁だが、もしかしたらその「劇伴」というあり方が今後、新シリーズ「失日本百景」の核のようなものになっていくのかもしれない。
 ポイントはもうひとつある。これまで冥丁の音楽はしばしばアンビエントないし環境音楽としてとらえられることもあった。じっさいは日本版ボーズ・オブ・カナダというか、むしろエレクトロニカの文脈で整理したほうが齟齬が少なかったような気もするし、華やかな “花魁I” に顕著なように、その音楽には騒々しい側面だってあったわけで(ちなみに冥丁のライヴはかなりノイジーでラウドだ)、本人としては歯がゆい思いを抱いてきたにちがいない。
 そんな彼が今回、「初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います」と言っている。つまり『泉涌』では冥丁の考えるアンビエント/環境音楽が具現化されているわけだ。その様相をぜひ、自分の耳で確認してみてほしい。

今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。

新作はずばり温泉がテーマですが、そもそもどういうところから今回の作品ははじまったんですか?

冥丁:大分の別府に竹瓦温泉という有名な温泉があるんですが、去年の夏ツアーをしたときに、そこの二階を使用させていただいたんですね。ものすごく暑い環境でのライヴだったんですが、そのときの主催者が深川謙蔵さんという方で。彼がぼくの音楽をとても気に入ってくださったんです。それで、今後もなにか冥丁さんといっしょにやりたいです、というお話をいただいたので、ぜひ、と。ちょうどその秋、別府市制100周年記念の事業がありまして、その一環としてその温泉の音楽を1曲つくってほしい、というオファーでした。それでまた去年の11月に別府に滞在することになったんですが、そのときは山田別荘という築100年以上の別府北浜の名旅館に泊まることになって、制作がはじまって……という経緯です。

当初は1曲のみだったんですね。

冥丁:はい。せっかく行くんだから収音エンジニアの方にもお声がけしました(いつも九州での公演でお世話になっている Herbay の音響技師、岩崎さん)。いろんな音をとったほうがいいだろうと考えて。それで、ちょっとお手伝いというか、今回は自分ひとりで全部やったわけではなくて、写真家の方と収音エンジニアの方とプロデューサーの方、ぼくを入れて計4人で行くことになりました。これ、見えますかね?(と画面越しに写真集を見せる)

見えます見えます、温泉の写真集ですか?

冥丁:今回、音源だけでなく写真集もリリースするんです。別府での今作の制作過程を記録した内容で。

写真集までつくろうと思ったのはなぜですか?

冥丁:謙蔵さんはいろいろ活躍されている方で、AKANEKO というチームを組織して、別府でフェスを企画されたりもしているんです。そのチームのなかにカメラマン、動画撮影ができる方もいらっしゃって。ぼくが滞在して制作するにあたって、そのいろんな過程を記録に残しておきたい、という話になったんです。それで常時ぼくの近くにカメラマンの方がいる感じだったんですが、岡本裕志さんという写真家の方もそのチームにはいて。どんな写真が撮れているのかのぞいてみたら、めちゃくちゃよかったんです。そしたら謙蔵さんも「写真集出すのもいいですね」とおっしゃって。もうこれはレーベルのひとともきちんと話して、写真集の話を進めようと。ちなみに動画のほうもいま準備している段階です。

その深川謙蔵さんという方は、冥丁さんにお声がけするくらいですから、やはり音楽であったりカルチャーに造詣が深い方なんですよね。

冥丁:そうですね。飲食店を経営しつつ、先ほどの AKANEKO を率いてイベントをやったり。もちろん音楽は大好きで。彼のバー(TANNEL)に行くと、個性的な音響システムがあって。みんなでレコードを聴きながら乾杯している風景がよく見られる場所ですね。別府って地方都市の田舎の町ではあるんですけど、いろんな場所から訪れる方や移住者の方も多くて、大学もあるから若者もいますし、すごくエネルギーが高くて、音楽とかにも敏感なひとが途切れない印象でしたね。ユニークなお店、ユニークなひとが多くて。

これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。

新作は、これまで以上に水の音が印象に残りました。温泉ですので当たり前と言えば当たり前なんですが。

冥丁:これまでも水の音はたくさん使っていたんですが、今回音楽制作に入ったとき、温泉が目の前にある風景ばかり見ていましたので、やはりその音っていうのは強く印象に残っていますね。山田別荘には内湯(うちゆ)の温泉があるんです。そこが非常にいいところで、古い温泉ですから、旅館自体も経年変化した特有の味があって、写真集にも載せているんですが、とくに夜がすごいんです。お風呂の底が真っ黒で、なんといえばいいのか、あの世に行くかのような、闇のなかに落ちていくかのような感じがするんですよ。深夜二時くらいに入ったことがあって、ぼく以外だれも入浴していなくて、もうなんてすごい空間なんだろうと思って。そのとき、お湯が浴槽から外にあふれ出て、ちょろちょろと鳴っていて。その音がめちゃくちゃよくて。すごく肉感があるというか、ASMR的ともいえるんですが、それを活かして音楽をつくることができないか、と。今回、アルバムの最後からひとつ手前に、お湯の音しか使っていない、1分くらいの曲があります(“泉涌 - お湯”)。もうただお湯の音が鳴っていれば十分なのではないかと、そう思わせるくらいその温泉での体験が大きかった。だから今回、水の音を邪魔しないように作曲でも心がけました。
 温泉音楽というか、じっさいに温泉に浸ったときに感じられるような気配や空気を表現するというか……温泉をエンターテインメントとして表現するのではなく、温泉に入って体感しているときの角度から見た音楽というか。だから、温泉の高さに合わせてつくっているので、ふつうの音楽より低い位置にあるような音楽になっているのではないかと、自分では思っています。

温泉は1か所のみではなく、複数行かれたんですよね?

冥丁:そうです、いくつか。8か所か9か所くらいですね。録音目的で行ったのは4、5か所です。

温泉によって音にも個性というか、ちがいがあるんですか?

冥丁:これはね、すごくおもしろいことで、まったくちがうんです。ぼくが公演をやったのは竹瓦温泉の二階なんですが、一階にも歴史的な温泉があって。そのなかにスピーカーをもっていって、温泉に入りながらできあがったばかりの曲を聴いてもらうっていう企画をやったんです。おなじことを別府市内の竹瓦温泉以外の温泉でもやって。やっぱり温泉によってリヴァーブの鳴りがちがいますよね。この温泉だとこう聞こえる、あの温泉だとこう聞こえるっている。コンサートホールの響きともまるで異なる響きで。そこで知って学んだ響きを、ミキシングの段階でもかなり活かしたつもりです。

じっさいの温泉でこのアルバムの音を鳴らしたら、もともとそこで鳴っている音と干渉したりしないんでしょうか?

冥丁:します、します。反響して、いろんな角度に音が飛んでいって、それが湯けむりに包まれているような感覚になるんです。

なるほど。今回はかつてない状況での録音、制作だったわけですが、いちばん苦労した点はなんでしたか?

冥丁:もう睡眠時間ですね。毎日1、2時間しかなかったので。なぜそうなってしまったかというと、ぼくは一応の肩書としては「音楽家」「作曲家」ということになるんだと思うんですけど、当人としては「ディレクター」のほうが合っていると思っているんです。今回の企画も、写真家の方がいて、フィールド・レコーディングをする方がいて、場所を押さえてくれる方がいて。ぼくはそこでみんなを巻きこんでいく役割のほうがおもしろいんじゃないかということに気づいたんです。音楽をつくりながら、被写体でもあり監督でもあるというか。だから今回は、たんに曲をつくって帰るのではなく、ひとつ世界をつくって帰る感じで。それで、現場でつねに「あれをこうして」って指示しながら、手探りで、試行錯誤して世界をつくっていった。1週間という限られた時間しかなかったので、そういうことを朝の5時から夜の2時までやっていたんです。

それは大変でしたね。帰ってからの、ポスト・プロダクションの過程はどうでしたか?

冥丁:曲の大まかなラインはできていましたので、あとはつくりこんでいく段階ですが、音がくっきりしすぎていると、温泉のなかにいるのではなく、温泉を観ながら描いた絵、スケッチのような感じになってしまって。リアリティを出そうと思ったときに、逆に音をぼやけさせるようにしました。だからマスタリング・エンジニアの方(ステファン・マシュー)には位相がズレすぎていると指摘されましたね。これはレコードにできないかもしれない、って。それでまた調整したりしたんですが、やっぱり位相がズレていないと、あの別府の温泉の雰囲気にはならないんです。それで、ぼやかしながらもちゃんと聴ける音楽にする、ということはすごく心がけましたね。

なるほど。

冥丁:温泉というのは鉱脈的で、マグマからの水蒸気や水分が地上に噴出している状態にあります。そして、泉源からはつねに高温の熱風、シューッという音の蒸気が吹き出しています。これは『泉涌』のB面で聴いていただけますが、とくに “四湯” ではマグマの音のように、地中から湧いているエネルギー、90度を超える熱をもった音を素材として生かしています。ちょうどぼくがそこを訪問した日は大雨だったので、そのような印象も楽曲にあらわれているかと思います。
 ちなみにアルバムを再生して最初に聞こえてくる音は、じつは水琴窟です。そういう鉱脈的なものの響きを表現するのになにがいいか探ったときに、人工的な穴から聞こえてくる水琴窟の音もまた、じぶんのなかでつじつまが合ったんです。たぶんもはや水琴窟には聞こえないと思うんですが。
 そういうふうに、温泉がもつ「館や家屋」としての視覚的な趣や風情の部分から、さらには地脈を辿るところまで、国産素材の自然や大地の動きも『泉涌』では表現しています。こういう「自然物や存在の日本的歴史」は音楽と関係がない印象を受けるかもしれませんが、冥丁にとってはこれも「失日本」で、だからこれは「失日本百景」として公にすべきところだと思った次第です。

「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。

冥丁さんの音楽は「アンビエント」とくくられることもあって、ご本人としてはそれに抵抗もあったと思うんですが、今回はストレートにアンビエントと呼んでもいいサウンドに仕上がっているように感じました。もしくは環境音楽というか。

冥丁:いやもう、今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。ほんとうにそこにいたからこそできた、温泉という環境ありきの音楽で。今回、タイトルの『泉涌(センニュウ)』にはサブタイトルがあります。「失日本百景」というサブタイトルです。日本の憧憬ですね。日本の景色とか景観とか。そういったものを音楽にしていくには、日本の環境をもとにつくっていくというのは必然でした。今回はまさにアンビエント・ミュージックです。ただ、いわゆるアンビエントのジャンルやシーンに貢献するようなアンビエント・ミュージックではありません。音楽シーンとは無縁な状態で、別府の環境や自然、そして街の温泉の利用者が長年積み重ねてきた風情から今回の音楽は生まれました。ですのでシーンとは接点がないですが、ぼく自身は音楽リスナーでもあるので、作曲にそういった経験則が残っているとは思います。
 ちなみにやはりこれまでの作品、『古風』などもアンビエントではないと自分では思っています。なぜかわからないんですが、ぼくの音楽を聴いて「癒される」って感想をもたれる方が多くて。「奇妙な」とか「ちょっと不穏な」みたいな感想だったらぼくもわかるんですが、自分としては癒そうとしたことは一度もなくて。

これまで二度ライヴを拝見しましたが、とにかくノイズが強烈ですよね。そうじゃないセットのときもあるんだとは思いますが、冥丁さんの音楽はむしろノイズ・ミュージックと並べられるほうがふさわしいんじゃないかと、少なくともライヴではそういう印象です。

冥丁:ライヴではけっこうラウドな音楽をやっていますね。あまりそういう部分が知られていないのかもしれません。

「失日本百景」も「失日本」ではあるわけですよね。ですが今回の新作は、これまでの作品ほどわかりやすく日本っぽさは出ていないように感じました。

冥丁:これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。主題性があるものと、物語(環境)を劇伴するものとでは、きっと音楽の出力の種類も異なるのかもしれません。それに今回は、別府という場所に滞在したからこそ生まれた、地産地消的な音楽作品にもなっています。

「失日本百景」ということで新章がはじまったわけですが、ということはすでに今後のアイディアや予定もあったり?

冥丁:「失日本」自体が、自分の日本にたいする印象の模索というか。これまではそれを音に訳すイメージでしたけど、今回は別府の温泉という明確な対象がいて、その印象を音に訳している。そこは音として出力されたときにけっこうちがいがあるのかなと思いました。「失日本百景」はそういう、特定の場所、その環境に行って、それを音楽にしようというテーマですので、今回のように集音する方、写真家の方、地元でのさまざまな経験や出会いの機会をアレンジできるプロデューサーの方もいっしょに、そういうのをセットでつづけていけたら、と現段階では想像しています。今回の『泉涌』は予算も限られていたなかでの企画でしたが、年々異なるアイディアで新たな音楽企画へと成長させていく計画も進めています。音楽の力を借りて、日本にたいしてどんなアプローチができるかを年々追及していくような活動をしていきたいと思っています。秋にはまた新たに成長したおもしろいことをやる予定です。

たしかに特定の場所があるというのは、大きなちがいかもしれませんね。

冥丁:日本のなにかの印象を音でつくってくれと言われたときに、これまでだと自分のなかで完結している気がするんですが、今回はやはり温泉に入ったときの感じを再現することが重要でしたので。

これまでの「失日本」が過去をテーマにしていたとしたら、今回は現在がテーマともいえるかなとも思いました。

冥丁:ある意味そうですね。『古風』編は、じっさいに過去の音源も使っていますし、わかりやすく「過去」という感じですけど、今回はほとんどが環境音で構成されているので、これまでぼくがやってきた音楽とはちょっとちがってきているとは思います。日本の「幽か」な感じ、幽玄さであったり、日本人がもっているような「わびさび」の感覚を、今回は冥丁作品のなかに新たなヴァリエーションの一種として組み込みに行った気持ちではいます。
 現代は、ふつうに音楽をつくること自体はだれでもできる時代ですよね。そうなってくると、「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。

最後に、今後のご予定を教えてください。

冥丁:8月の13日に代官山蔦屋でトークショウをやります。その翌日、14日には京都の「しばし」というお店で、昼と夜の二部制でイベントをやります。インスタグラムをチェックしていただけると嬉しいです。それと、『泉涌』は写真集があるのもポイントですので、ぜひ写真集もチェックしてもらえると嬉しいです。

冥丁『泉涌』発売記念イベント情報

【東京】冥丁『泉涌』アルバム&写真集 発売記念トークショー&サイン会
■開催日時:2025年8月13日(水) 19:00~
■会場 : 代官山 蔦屋書店 3号館2階 SHARE LOUNGE
■イベント参加券:2,200円(*商品とのセット券もございます。)
■イベント・参加券購入詳細
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/music/48659-2208420718.html

【京都】冥丁 新作発売記念鑑賞会
■開催日:2025年8月14日(木)
■時間(昼夜2部制):
明: OPEN 15:00 / START 15:30
暗: OPEN 18:30 / START 10:00
■会場:しばし
■チケット: 2000円
■詳細・チケット販売
※ 追加席(若干数)を8/9(土)正午よりPeatixにて販売
https://meiteievent.peatix.com/

出演情報
8/16(土)Mural Groove Fiction @代官山ORD
https://t.livepocket.jp/e/g4aq5

Forth Wanderers - ele-king

 高校生の頃、CDショップのポップで見かけた「良心」という言葉にイマイチピンと来ていなかった(いまにして思うとそれは「良心が咎める」以外のポジティヴな文脈でこの言葉をみたことがなかったからなのかもしれない)。アメリカの良心、ギター・ロックの良心、オルタナティヴの良心、それらの良い心はいったいどこから来ているのだろう? 頭の中に疑問が浮かぶ。良い心があるということはきっと悪い心もあるのだろう。セルアウトにコマーシャリズムに急激な変化、いままでとまったく違う音楽でしかもそれが自分にとってフィットしなかった場合、人は裏切られたと感じるのかもしれない。辞書的な意味の良心とは「正しく行動しようとする心の働き」だというが、つまりそれらの「悪事」を犯さないというのが良心的なバンドなのだろう。商業主義に流されず、極端に音楽性を変えず、期待通りの方向で、しかしありきたりではない予想を超える音楽を奏でる。それをきっと良心と呼ぶのだ。そして場面ごとにその期待にあたるものが入れかわる。だから「オルタナティヴの良心」と評されるバンドはオルタナ・バンドらしい音楽を演奏しているバンドということになる。多くの人が関わり商業的な成功が求められるメインストリームの音楽に対する別の選択、流行に迎合することをよしとしない、そうではないものを求める心から始まったオルタナティヴ・ミュージック。しかしいま期待するオルタナらしさとはなんだろう? と今度は別の疑問が湧いてくる。

 こんなことを言い出したのは時を超えて自分もその言葉を使いたくなっているからに他ならない。7年ぶりのフォース・ワンダラーズの3枚目のアルバムを聞いて最初に頭に浮かんだのが「オルタナティヴの良心」という言葉だったのだ。この言葉はきっとこういう音楽のことを指すのだろうとそのときに理解した。いまならあのときのポップを書いた人の気持ちがわかるかもしれない。ダイナソーJr.やザ・ブリーダーズ、ペイヴメントらのギター、90年代USオルタナ・サウンドを現代風にアップデートしたかのような音楽を奏でるニュージャージー出身のバンド、フォース・ワンダラーズ。リヴァーブを効かせたギターのリフに気怠げな唄がのりそれがなんともセンチメンタルな気分を連れてくる。“To Know Me/To Love Me” のむせぶギターに心をかきむしられ、“Call You Back” の軽快に進むドラムと膨らむベースにソワソワとする快感を、ゆったりとした “Honey” のとろけるようなリヴァーブ・ギターにメランコリックな思いを重ねる。冷めているのかそれとも一枚隔てた情熱が込められているのかわからないエイヴァ・トリリングの少し粘りのあるヴォーカルは7年前と同じく平熱の魔法をかける。それらが合わさり曖昧な、日々の枷から外れた世界を描き出すのだ。

 強く特定の方向に針を向けたりはしないこうした音楽はともすれば目新しさのないよくあるタイプのギター・ミュージックだと評されてしまうこともあるかもしれない。しかしそのよくあるタイプの音楽がこの上なく染み込んで来る瞬間というものがあるのだ。なぜならその様式やそれがもたらす感情は、歴史の中で培われた人の集合知で作り上げたものだからだ。誰しもが心に持っているようなふるさと、帰っていく先や拠り所、「オルタナティヴの良心」という文字が頭の中のポップに踊るとき、僕はそんな感覚に襲われている。それはブラウン管のテレビに映るロードサイドのアメリカンダイナーの風景であって、パブのエールであり、縁側で揺れる風鈴、七輪で焼いた魚でもある。自分のものではない、誰かの記憶の中のノスタルジア。かってマジュニアと呼ばれたピッコロ大魔王の子が無意識に、行ったことのない故郷ナメック星の風景を求めたように、僕はこの野暮ったいフォース・ワンダラーズの音楽にいつか見た画面の中の記憶を投影する。それは記号化された感情なのかもしれないが、しかし聞くたびにその時々の思いがのり、録音された音楽を特別にするのだ。いま、記憶の棚から緑と青の1stアルバム『Though Love』のレコードを引っ張りだして聞いてみてもその当時とは少し違って聞こえる。

 2013年に10代でデビューして、2枚のアルバムを残して18年に解散した、そんなバンドが再び活動を始めたのは2021年にギタリストのベン・グーテルとヴォーカリストのエイヴァ・トリリングがブルックリンのコーヒーショップでしたまた音楽を作ってみないかという会話がきっかけだったという。以前のツアーを回り曲を作りまたツアーに出るという音楽が中心になった生活を離れ、プレッシャーから解放され同じメンバーで再び集まったときにバンドを結成して以来の最高の気分を味わったとグーテルは語る。まるで高校時代に戻ったみたいに自由で遊び心に満ちていた。あるいはこの自由さがこの3枚目のアルバムを特別なものにしているのかもしれない。メインストリームから外れたオルタナティヴな音楽はその時々の大きなものに対する別なものであり決まった形はない。しかしその中で変わらずに受け継がれているものがあるとすれば、それはこうした自由さなのだろう。これは解散したバンドのカムバック・アルバムではないと彼らは宣言する。この後にツアーに出るか、このまま新しい曲を作りレコーディングをするかどうかもわからない。ただ、また集まって曲を作ってみんなで演奏したかった。その姿はまるで高校生の頃、最初にバンドを組んだときのように感じられるのだ。そうした純粋さがこのどう見せるかのインターネットの時代においてことさら魅力的に映るのかもしれない。日常から少し外れたオルタナティヴな音楽が記憶の中の理想と重なる。ブラウン管を見つめるフォース・ワンダラーズの少しのズレは、小さなスクリーンにとらわれた我々の心にかって夢見た世界を映し出す。これを良心と言わずになんと言おう。

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