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明るい未来にツバを吐く男として知られる田中宗一郎はゼロ年代の重要項目の5本のうちのひとつにLCDサウンドシステムを選んでいたが、ジェイムス・マーフィのコンセプトにはポスト・パンク期におけるニューヨークのディスコ・カルチャー、通称ミュータント・ディスコがあったことは間違いない。70年代から80年代にかけてのニューヨークの創造的な不協和音めいたシーンの盛り上がりについては、長いあいだ気にはなっていた。だいたい......〈パラダイス・ガラージ〉がある一方で〈CBGB〉があり、ロフト・ジャズのシーンがある一方で〈キッチン〉のシーンがある。ディスコ、パンク、前衛、ジャズ、ミニマルとドローン、そしてサルサ......これらがマンハッタン島内部で交錯していたのが70年代のニューヨークだった。それは戦後の好景気が崩壊し、白人の中産階級が郊外逃亡を加速させ、アフリカ系やラテン系などの移民であふれ、そして商業施設が衰退した時代の産物でもあった。カネのないアーティストや音楽家などは、産業施設としては使い物にならなくなった天井の高い(しかも家賃が安い)ロフトに住むようになると、アメリカ中からも似た者たちが集まるようになった。むしろボロボロの都市だったからこそ、そこには移民もゲイも、貧しいアーティストも暮らしていけたのである――と、ティム・ローレンスはそんなようなことを綴っている。
そうした文化的な猥雑性の高まりのなかで、ディスコは冒険心に富んだ異端児たちの使い勝手のよろしいフラスコとなって、まるで小学生が理科の授業を楽しむように、そのなかにいろんなものを放り込んでは掻き混ぜたのだった。ただしそれは、素人が意味もなくやったわけではない。音楽のスキルを持った連中が、そう、子供のように無邪気に遊んだのだ。それが今日で言うところの"レフトフィールド・ディスコ""ディスコ・ノット・ディスコ"、そして"ミュータント・ディスコ"と呼ばれる一群である。
こうした急進的なディスコの遺産をこの10年のあいだ蘇らせたのは、ロンドンの〈ストラット〉レーベルが2000年に仕掛けた『ディスコ・ノット・ディスコ』シリーズなるコンピレーションだ。これを契機にいっきに再評価(というかようやっと評価)の機運が加速したのが、かのアーサー・ラッセルである。翌年にはシリーズの第二弾がリリースされているけれど、そこにはカンやイエローがアレキサンダー・ロボトニクスやザ・クラッシュとともに収録され、その後の〈DFA〉的な折衷主義の青写真といえる内容となっている。当時は異端視された"レフトフィールド・ディスコ"だが、現代の耳で聴けばエクレクティックなこちらのほうがソウルフルなオリジナル・ディスコよりむしろ親しみやすく感じるのである。
このところ〈P・ヴァイン〉から〈ZE Records〉のバックカタログが再発されている。Z=ジルカとE=エステバーンによる〈ZE〉は、広くはジェイムス・チャンスやザ・コントーションズなどノーウェイヴで知られている。が、他方でレーベルはレフトフィールド・ディスコとも交錯していた。ありていに言えば、〈ZE〉はパンクとディスコを繋げたレーベルである。
『ディスコ・ノット・ディスコ』の第一弾にはウォズ(ノット・ウォズ)のクラシック"ホィール・ミー・アウト"が収録されていたが、あたかもこのチャンスを逃すまいと、〈ZE〉は2002年に再活動をはじめ、2003年には自らも『ミュータント・ディスコ』と名乗ったコンピレーション(CD2枚組)を発売している。〈Pヴァイン〉からの再発では、すでに『Vol.1』と『vol.2』がリリースされ、そして最近は『Vol.3』も発売された。『Vol.1』と『vol.2』は......実は2枚組で発売された2003年の『ミュータント・ディスコ』の評判があまりにも良かったので、レーベルが2005年に2枚に分けてさらに再リリースしたものだと思われる。この2枚には、キッド・クレオール&ザ・ココナッツやウォズ(ノット・ウォズ)をはじめ、ガール・ディスコの先駆けとなったリジー・メルシエ・デクルーやクリスティーナ(......そしてマニアが喜ぶであろうオーラル・エキサイターズ)といったレーベルの顔役たちのフロア・ヒット曲が収録されているわけだが、結局のところ――良い悪い好き嫌いは抜きにして――ジェイムス・チャンス関連のニヒリズムよりもエクレクティックなこちらを掘ったほうが現代的だったのだ。だいたいレフトフィールド・ディスコにおける最大のヒット・メイカーと言えばトーキング・ヘッズであり、ここ数年のシーンの動向を見ていればデヴィッド・バーンとリディア・ランチとではどちらが必要とされているのかは問うまでもないだろう。
『Vol.1』と『vol.2』は捨て曲なしの好コンピレーションだったが、今回発売された『Vol.3』も前2作に劣らぬ良い内容だ。なによりアルバムの最後にスーサイドの"ドリーム・ベイビー・ドリーム"が収録されているだけで価値があるってものだ。石野卓球から中原昌也、はてやブルース・スプリングスティーンまでもが愛する"ドリーム・ベイビー・ドリーム"は、深い闇のなかで錯乱するニューヨーク・アンダーグラウンドにおいて宝石のように輝けるトランス・アート・パンクの名曲である。また、アラン・ヴェガ(スーサイドのヴォーカリスト)の"アウトロー"のオーガスト・ダーネル(キッド・クレオール&ザ・ココナッツ)によるリミックス・ヴァージョンもある。これがまたロカビリーとディスコの煌びやかな融合となっている。
オーラル・エキサイターズとボブ・ブランクによる"ラ・マラディ・ダムール"の退廃的なガール・ディスコも魅力的だ。マニアックなところではデトロイト・テクノのオリジナル世代からリスペクトされている先駆者ケン・コリアーとウォズ(ノット・ウォズ)とのコラボ、スウィート・ピア・アトキンスの"ダンス・オア・ダイ"もある。また、キッド・クレオール&ザ・ココナッツの"サムシング・ロング・イン・パラダイス"のラリー・レヴァンによるリミックス・ヴァージョンもある(それほど褒められた出来とは思えないが......)。レーベルのピークが過ぎた1983年以降に発売されたトラックが何曲か入っているけれど、ロン・ロジャースの"ノーティ・ボーイ"(1982年)や"ヤーヤ"(1983年)、ないしはコーティ・ムンディの"シー・ヘイ"(1984年)のような当時を物語るディスコとヒップホップのふたつからの影響を反映した曲もまた面白い。とはいえ、下手くそな日本語ラップをフィーチャーしたデイジー・チェインの"ノー・タイム・トゥ・ストップ・ビリーヴ・イン・ラヴ"は......ちと恥ずかしい。
マーティンのMySpaceを見ると在りし日のヨハン・クライフ(70年代、世界を虜にしたオランダの天才フットボーラー)の映像が流れる。昨年の素晴らしいアルバム『グレイト・レングス』に収録された"ブリリアント・オレンジ"のデトロイティッシュ・テクノ・ダブステップに合わせて、クライフは長い足を使った華麗なフェイントで相手をかわし、華麗なドリブルで素早くペナルティ・エリアに接近して、そしてゴールを狙う。断っておくが、アヤックス時代のクライフとオランダ代表でのクライフの映像だ、バルセロナ時代も(当たり前だが)フェイエノールト時代もない......と、そんなマーティンだが、いまはアメリカのワシントンに移住した......という話だ。
ハドソン・モホークの"ジョイ・ファンタスティック"(アルバム『バッター』に収録されたベスト・トラックで、ユニークなエレクトロ・ヒップホップ)からはじまるマーティンのミックスCDは、率直に言って好奇心を駆り立てられるには充分である。他にダブステップのシーンから、急進的で変わり者のゾンビー、〈ハイパーダブ〉所属の女性トラックメイカー、クーリー・G、知性派コード9,そして2562や彼自身のトラックを豊富に放り込んだこのミックスCD(全26曲)は、いまだ動き続けるダンス・カルチャーのもっとも新しい場面におけるドキュメント(記録)となっている。
マーティンらしさは十二分にある。デトロイトのベテラン、DJボーン(渋い!)、アイルランドのアフロ・フューチャリスト、ヌビアン・マインズ、あるいはレディオ・スレイヴの〈リキッズ〉からリリースされたディープグルーヴ&ジェイミー・アンダーソン......などといったテクノ系のトラックを効果的に混ぜながら、ダブステップのエレクトロ・ファンクめいた側面を強調する。また、ゾンビーのような振り幅の広いアーティストから彼の耳障りの新しい実験的なトラックをチョイスしながら、ロスカやジョイ・オービソンによるUKファンキーまで挿入して、ダブステップなどたいして聴いたことのない"テクノ耳"に新世代のセンスをねじり込む。
"ダブステップ・オールスターズ"シリーズは、たいていどのミックスも後半になればなるほどその真の正体=ジャングル/レイヴという姿を露わにするものだが、マーティンのこれははっきり言ってテクノだ。スペイシーでファンキーな(ときにドラッギーな)テクノの最新ヴァージョンであると言えるだろう。エンディングは、まるっきりURだし。
あるいは......広大な一軒家に住むメタル君は彼のレヴューにおいて「最近のダブステップをかけて、逆説的にテクノのクオリティの高さも再認識した」と書いているが、果たして本当にそうだろうか。このミックスCDの20曲目を超えたあたりで、マンチェスターにおけるデトロイト/ディープ・ハウス系のレーベル〈プライム・ナンバース〉から発表されたアクトレスのトラックからゾンビー~2562~マーティンへと続くあたりは、たかがミックスCDであれど、テクノ・ダンスにおける眩しい瞬間が織りなす宇宙とともに新しいムーヴメント固有の猛然とした勢いがあって、そうしたジャンル(縄張り)の壁を意識するような態度を確実に溶解しているのだ。つまりこれは聡明な前向きさを持ったミックスCDなのである。
「?」と言うキーワードを使うとき、決まってマーク・プリチャードの〈Ho Hum〉からリリースされた10インチ「?」を思い出す。2008年9月20日、 DBS〈DRUM & BASS x DUBSTEP WARZ〉にて筆者とユニットフロアで共演したマーラが1曲目にスピンした鮮烈な作品だ。何故ならこれは......ノンビートだからである。漆黒アンビエントが5分以上続くそのオープニングに会場は一時......静まり返った! 「なんだ、この曲は!?」、みんなそう思ったに違いない......文字通り「?」であった。そこからのマーラのプレイは言うまでもなく素晴らしいものであったが、いろんな意味を含めて話題をさらったセンセーショナルな作品が「?」だ。
マーク・プリチャードは、UKエレクトロニック・ミュージックの巨匠として古くはグローバル・コミュニケーション、リロード、ジェダイ・ナイツ名義などで活躍していたベテラン・プロデューサーである。最近では〈WARP〉からアルバムを発表したハーモニック313(HARMONIC 313)名義としても名高い、エクスペリメンタルな孤高のサウンド・クリエーターだ。無限とも言えるその懐深いサウンド・スケープは、どのシーンにおいても抜きん出ており、数多くの名作をリリースしている。
マーラの〈Deep Medi Musik〉からついにリリースした"Elephant Dub"は、彼の無限の創造性による産物となった。ダーク・サイドな音楽像の根底を掘り下げたかのようなヒプノティック・サウンドで、硬質にリヴァーブするビートと底知れぬ深いべースラインが共鳴している。まったく彼ならではのサウンド・オリジナーションである。"Heavy As Stone"だが、美しくも切ない女性ヴォーカルがトライバルでアトモスフェリックなトラック群と交感し、さらにポエトリーがよりいっそう全体像を際立たせたハイブリッド・ジャズ! 彼のサウンド・クリエーションはまったく無限であるとあらためて感じた。時代性を超越した作品である。
UKダブ・カルチャーの拠点"ブリストル"でもダブステップは刻々と進化を続けている。90年代初期のジャングルがレイヴを席巻していたように......。その進化の過程とともに、ピンチの〈Tectonic〉と双璧の如く歩んで来たのがぺヴァーリストの〈Punch Drunk〉。90年代のジャングル/ドラムンベース・ムーヴメントを通って来たであろう彼らブリストル・ダブステッパーたちは、UKダンス・ミュージックの特性である"ハイブリッド"を巧みに取り入れた全く新しいブリストル・サウンドの提唱者となった。
その〈Punch Drunk〉からエレクトリック・ミニマルと称され、傑作の呼び声高い「Pixel Rainbow Sequence」を〈Reduction〉から発表したブリストルの新星ハイタルとポスト・ガラージ/ファンキー・クリエーターで〈Ramp〉からの「Rustling/Stuff」が記憶に新しいショートスタッフがタッグを組んでのリリース。アーバンなガラージ・テイスト溢れるエレクトリックなファンキー・ダブステップで、現在巷で話題のアントールド(UNTOLD)やゲーオム(GEIOM)などのミニマル X ガラージを混合させたニューフォーム・サウンドである。試行錯誤の末、細分化されてきたダブステップのなかでも今年もっとも注目されるであろうこのサウンドは、ジャンルを越えて脚光を浴びるポテンシャルを有す存在になろうとしている。その動向、その先の化学変化は刮目に値するムーブメントであり、今後のシーンにおいて最重要に位置づけられるひとつであろう。
筆者は、とにかくクリプティック・マインズのダブステップ・サウンドが大のお気に入りである。〈Tectonic〉からの「768」、ピンチ&ムーヴィング・ニンジャ「False Flag -Kryptic Minds RMX-」や〈Osiris〉の「Life Continuum/Wondering Why」、〈Disfigured Dubz〉から「Code 46/Weeping」など......最近のリリースすべて注目している。
遡ることドラムンベース時代〈Defcom〉から数多くのダーク・サイバー・ドラムンベースを量産してシーンに一時代を築いて以来、一遍も変わらない硬質なビート・プロダクション、実に重く太い漆黒ベースラインとテッキーな音色――ドラムンベース・サウンド・クリエーションをそのままダブステップに変換してしまったと言っていいくらい一貫したサウンド・スキルが大いに繁栄されている。さらに素晴らしいのが、ミックスした時のその状態だ。ブレンドの最中でも己の主張性を損なわないそのグルーブ感満載のサウンド・ポテンシャルは実に素晴らしく、特にミニマルとのブレンド・ミックスをオススメしたい。スライトリー・ミスティック・ダブステップとも捉えれる唯一のプロデューサーだ。
今回もダブステップのオリジネーターのひとりであるローファー〈Loefah〉主宰〈Swam P81〉からのリリース。前作にあたるアルバム『One Of Us』でその存在感を遺憾なく発揮した崇高なるダーク・ダブステップそのままに、今作も続編的アプローチを見せている。
ダブステップ界でも現行のクラブ・ミュージック・トレンドである"エレクトロ"ムーヴメントに触発された作品が目立つなか、彼ら自身の音楽性を常に貫くその姿勢が真のダブステップ・プロデューサーとして認知されようとしている。今後も変わらないであろう確信がある。そう、昔と変わらず、彼はずっとこのサウンドを貫いてきたのだから。
サブトラクト(Sbtrkt)。脅威のニューカマーとして昨年のデビュー以来、破竹の勢いで上り詰めた天才エレクトリック・ダブステッパー。すでにベースメントジャックス、フランツ・フェルディナンド、モードセレクター、ゴールディといった大物達のリミックスを手掛け、ミニマル~ガラージ~ファンキー~エレクトロと縦横無尽に行き来している今年その動向がもっとも期待されている大注目株である。
今作「Laika」は、ゾンビー(Zomby)のエレクトロ・スケープの傑作「Digital Flora」やアントールド〈Untold〉のミニマル・ガラージ「Flexible」に続くように〈Brainmath〉からの限定リリース。このトラックもすでにポスト・ガラージとして注目され、シーンで話題をさらっている。近い将来、その才能でシーンを掌握するであろう彼のサウンド・コンダクトから目が離せそうにない.......。
イーピーロム(Eprom)は、サンフランシスコ在住の新進気鋭ウエスト・コースト・ベース・テクニシャン。ファンキーの要素とテッキーなカッティング・ビート、ハッシュされた女性ヴォーカルにアトモスフェリックな上ものを巧みにコントロールした、これぞニュー・テック・ファンキーだ。アメリカやカナダでも大盛り上がりを見せているダブステップやベースライン・ミュージックだが、アメリカでその代表格と言えば、ファルティDL(Falty DL)、6ブロック(6Blocc)、スターキー(Starkey)、ノアD(Noah D)等々だ。今回の"Never"のリミックス・ワークを担当したのがファルティー・DLだ。
〈Planet Mu〉から発表した傑作アルバム『Love Is A Liability』やシングル「Bravery」、〈Ramp〉からの「To London」等々......名門レーベルからの信頼も厚い才能豊かなプロデューサーだ。もちろん今回のリミックスも名門レーベルに恥じぬ秀逸なディープ・ファンキーに仕上がっている。この先もアメリカ/カナダ・ダブステップ・シーンのホットな動向も追走しなければならない。刻々と独自の進化を遂げているのだから。
来月の連載はサウンドパトロールと合わせて、先日大盛況で幕を閉じた2月13日のDBS〈2010ゴールティ VS ハイジャック〉のパーティ・リポートもお送りしますので乞うご期待!
オープニング――クレバが昨年リリースした通算5作目(ベスト盤を含む)のソロ・アルバム『心臓』から、ファンキーなナンバー"ACE"、それから"K.I.S.S."、"I Wanna Know You"といったミディアム・テンポのラヴ・ソングを一気に畳み掛ける。その颯爽とした滑り出しに、横浜アリーナを埋めた1万人を超えるオーディエンスは大きな歓声とダンスで応える。バックには、DJ SHUHO、DJ HAJI、MPC4000を操る熊井吾郎が控え、ビートとスクラッチを絶妙なタイミングで繰り出し、息の合った、テンポの良いステージングを魅せていく。さすがに半年かけて到達したツアーのファイナル初日らしい仕上がりだ。
激しい火柱が噴き出す派手な演出とともにクレバが登場した時、「さあ、今日は盛り上がるぞ!」とばかりにいっせいに腰を上げた熱狂的なオーディエンスの気合いには凄まじいものがあった。クレバがサングラスを外そうとすれば、客席から黄色い声が飛び、彼が曲間のMCで何事かしゃべれば、ファンはじっと聞き耳を立て、時に笑い、時に大きな拍手で応じた。目の前にいるのは、紛れもなくひとりのスターだった。登場の仕方も、かけていたサングラスも、あれはきっとマイケル・ジャクソンを意識していたのだろう。実際、"あかさたなはまやらわをん"は、マイケル・ジャクソンの楽曲をマッシュアップしたヴァージョンで披露された。ステージのバックに設置された巨大スクリーンの映像といい、照明の使い方といい、エンターテインメントをやろう、という気概がひしひしと伝わってくる。
違和感がないわけではなかった。2007年11月24日の武道館ライヴでも感じたことだったが、とにかくひっかかるのは、クレバの過剰なファンサーヴィスと彼のあり得ないほどの健全さである。例えば、古内東子と共同プロデュースした"Tonight"をヴォコーダーを弾きながら濃密に歌い上げるパフォーマンスは素晴らしかったが、楽器の練習をどれだけ頑張ってきたかをセンチメンタルに語る前口上や「だから、お母さんのように見守ってください」というエクスキューズが、このよく練られた舞台に必要だとはどうしても思えず、僕はそれによって興ざめしてしまった。クレバの人気の秘密の背景には、彼の音楽や人生に対するひたむきな姿勢がある。そのことを考えれば、彼はファンの期待に応えていただけなのかもしれないのだが......。「健全さ」については、クレバに限らずJ・ポップの抱えるオブセッションとも言えるので、いつかまた別の機会に書いてみたい。

さて、今回のツアーのきっかけになった『心臓』は洗練された大人のラヴ・ソング集である。僕を含め、多くの人がそのムードに浸る快楽を楽しむことができる。それは、現在のUS・R&Bを牽引する売れっ子、ザ・ゲームとの同時代性を感じるR&B寄りのヒップホップ・アルバムである。と同時に、どこか懐かしさを覚えるそのスタイリッシュなサウンドと言葉は、現代のシティ・ポップスでもある。むしろクレバの先達として僕が連想するのは、山下達郎や角松敏生に代表される、ブラック・ミュージックを独自の方法でポップスへと変換してきたシンガー・ソングライター/プロデューサーたちだ。クレバは、彼らと比較されるぐらいのことを『心臓』で成し遂げたと言っていいだろう。古内東子を客演に迎えた、ウワモノのシンセ音がメロウなムードを演出する"シンクロ"、AORをサンプリングした"瞬間speechless"、"I Wanna Know You"、キーボーディスト、さかいゆうを迎えた、うねるシンセ・ベースが時間の流れを変えるような"生まれてきてありがとう"など、どれもが高い完成度をほこっている。
ライヴの後半ではクレバがこれまで試みてきた「歌」への挑戦を総ざらいし、言い換えれば、「歌えるラップ・ミュージック」によって大衆性を獲得してきたソロ活動5年間の集大成を見せつけた。ソロとなった年にリリースした2枚のシングル、"音色"と"希望の炎"、前述した"Tonight"、"瞬間speechless"といった曲だ。なかでも"希望の炎"は印象的な曲だ。この曲の、「そうさ俺は最低の人間/ホントの事だけ書いてもいいぜ/書いたらみんながひっくり返る/だから 今じっくり耐える/ビッグになれる なれないどっち/考えたこともないぜ 本気」というリリックを聴くと、クレバが確信犯的なセル・アウターとして何を譲って、何は譲ってこなかったのかがよくわかる。クレバが、SEEDAやSHINGO★西成と共演することはあっても、彼らのような(ときに危うい)言葉を吐くことはない。その代わり、音楽的洗練を突き詰めることに集中して、メインストリームで成功してきたのだ。
ライヴのラスト、「お前の成功は俺の成功 俺の成功はどう?/もしそうなら そりゃもう最高/行けるとこまでどこまでも行こう」("成功")と力強く客席に問う言葉は、様々な矛盾をひっくるめた上でさらに突き進もうとする宣言のように会場に響くのだった。
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マッシヴ・アタックの新作に比べて、復活第二弾となるボム・ザ・ベースの新作はあまりにも話題になっていないな。湾岸戦争が勃発したころは、どちらも「戦争を想起させるから」というよくわからない理由で改名を強制されてたくらい影響力のあるアーティストだったんだけどな。まぁ自分も08年にやはり〈!K7〉からリリースした復活作のことはまるで知らなかったし、長年裏方に徹してしまった人が再度スポットライトを浴びようというのは容易ではないのだろう。
ボム・ザ・ベースことティム・シムノンは、87年のデビュー曲「Beat Dis」や、プロデュースしたネナ・チェリー「バッファロー・スタンス」の印象が強すぎて、洗練されたサンプリング魔術師、UKヒップホップ~アガれるDJミュージックの第一人者といまだに思われているところがある。しかし、実際には91年のセカンド・アルバムあたりからもうどよーんとした雰囲気やダブ趣味、それにとってつけたようなR&B歌唱が乗るというありきたりな路線になってしまい、まぁそういうのだったらブリストル勢とかほかにいくらでもいいアーティストがいるという時代に突入していくなかで急速に人気が陰っていく。一方で、プロデューサーとしてはビョーク、シンニード・オコナー、ギャヴィン・フライデー、カーヴ、デペッシュ・モードなどを手がけ、お、これはフラッドとかマイク・ステントとかみたいな職人の道を歩むのか......などと思っていたら、いつのまにかそっちの道も途絶えてしまっていたようだ。
なんの情報もインプットせずにCDをプレイヤーに入れて再生すると、いきなりきらびやかな歌ものエレポップが流れてきて、驚かされる。元はエレポップなデペッシュ・モードをプロデュースしてもかなりダークな『Ultra』になっちゃったティムなのに、なんなのこの変貌ぶりは。いや、たしかに日本だけじゃなく、世界中でエレポップ風の打ち込みトラックバックにして女性ヴォーカルが唄うスタイル、流行っているよ......しかしここまで開き直ってもいいのかね。――と半分くらいまで到達して、箸休めもなにもなく全曲その調子なので資料に手を取って再度びっくり、なんとプロデューサーがギ・ボラットではないか! その昔、まだ彼が注目される前に〈Kompakt Pop〉から出た歌ものエレクトロな「Like You」がものすごい好きでずっとDJバッグに入れていた者としては、ティムのようなポップ職人でありDJミュージックのパイオニアが現在のフロアの最前衛でさらに西洋的音楽観だけでない素養を持つギ・ボラットにアルバム全体を任せるなんて、と少し泣けてしまったよ。で、改めてCDを頭までリワインドして正座して聴き直してみる。
ポール・コンボーイ、リチャード・デイヴィス、ケリー・ポーラーら哀愁を帯びた男性ヴォーカルを聞かせるゲストを起用し、アッパーになりすぎず繊細なアレンジワークを展開。昨今、巷に腐るほどあるただの手法としてなんとなくデケデケシンセ鳴らしてみましたという類とはちがい、ヴィンス・クラークやジョン・マーシュ(The Beloved)あたりのかつての仕事のように、エレクトロニクスへの偏愛が生みだしたプラスチックの宝石みたいに安っぽさはあっても愛おしい輝きに満ちている。正直、これがボム・ザ・ベースの作品である必然性はまったくない気もするが、例えばミス・キティンあたりが当初のチープさを脱しよう脱しようとして、プロダクションに力を入れれば入れるほど魅力を失っていったのとは真逆で、ハイ・プロダクションの世界からストリート的猥雑さ、シンプルさにおりてきて、なおかつ本来のポップとしての質を失っていないというのは、なかなか思い切った挑戦だ。しかし、売れるフックが欲しかったとはいえ、10年前のボツ曲に違いない、マーティン・ゴアの参加した陰鬱なインスト曲で最後を締めるのはどうなのかと。別に悪い曲だとは思わないけど、どう考えてもここだけ違和感があるんだよね。
終わりなき日常のフルクサス〈二〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈一〉
私は気づけば更新が大幅に遅れてしまったが、前回書いた通り、明日には終わってしまうヨーゼフ・ボイスの展覧会の会場に会期ぎりぎりに飛びこみ、妻と子ども(と、このときは妻の両親もいた)を引きまわすように慌ただしくまわったものだから、展示の細かな内容はもちろん、会場の水戸芸術館の一角でうずくまるようにして考えこんだことはすでに薄れつつあるが、ここに記そうと思う。
ボイスは、これも前回書いたが、フルクサスと結びつけるのはむずかしい作家であるのは、彼は60年代初頭にフルクサスに接近しながら、活動をともにするうちに、おもに思想の齟齬から離れはじめたと思われるからだ。1978年5月9日に死去したマチューナスを追悼し、ボイスはナム・ジュン・パイクとともにデュッセルドルフの州立美術館の一角で、「In Memoriam George Maciunas」と題した〈アクション〉(フルクサスにならえば〈ハプニング〉)をおこなったが、これはボイスとフルクサスを出会わせた触媒であり友人でもあったパイクを、フルクサスの中心人物であったマチューナスとの関係にとりこんだボイス流の社会関係を基底にした追悼の様式であり、同時にフルクサスという流動体の、別の意味ではきわめて「音楽的」な運動への彼なりの批評でもあった。パイクは元は19世紀末のウィーン楽派の研究にはじまり、50年代末から60年代にかけてシュットクハウゼンの門下生でもあった音楽家であり、彼のドイツや日本への親和性がボイスのフルクサスへのコミットをうながしたのはまず間違いないだろう。
今回『ボイスがいた8日間』と題した水戸芸術館の順路通りにたどればほとんど最後にあたる第9室で上映された、1984年6月2日の夜の草月会館でのアクション「2台のピアノのためのパフォーマンス」(のちに「コヨーテ・」に改題)でもパイクはアクションに参加し、リーディングとコヨーテの咆哮を模したボイスの(文字通りの)ヴォイス・パフォーマンスに、即興的で訥々としたピアノをかぶせていた。私はヴィデオ上映で、けっして音響が完璧とはいえない環境でこの演奏を初めて見たが、端的にはこのアクションは「音楽」ではなかった。フルクサスの運動の精神的な支柱だったジョン・ケージ(彼のことも私はこの連載でいつか書きたいと思っているが)の「実験」音楽が音楽を内から外へ領域を拡大させるように進んだのにたいして、ボイスは音楽を外からさわろうとする。パイクは音楽の不可能性こそをめざし音楽自体を止めてしまったが、ボイスにとっての音楽は彼が平行して手がけたドローイングやオブジェクトやインスタレーションやマルチプルや、もっといえば思想や哲学や教育といった諸要素のなかでも下部に位置するものだったのだろう。私はいいとか悪いとかでなくて、音楽は不意にやってくる。音楽は様式をつねに待望しているのだけど、演奏の再現性は身体性と環境にたやすく左右され、様式は決定稿をつねに先送りされることになる。この遅延を使ってクラシック音楽はロマン派から今日まで命脈を保ってきたが、ポピュラー音楽にしてみれば、決定稿は発表当初からパッケージの形で存在していて、私たちは街頭からコンビニの店内にいたるまで不意打ちのように決定稿を聴かされるはめになった。 先月あたりか、朝日新聞のコラムで天野祐吉が「正月に福袋しか売れないのは、私たちは本当は買いたいものがないから買うのだ」と書いていて(うろおぼえの引用なので正確ではないです)思うところがあったが、これは音楽にも起きている。消費から音楽を考えれば、たぶん聴きたいものはそうはない。私たちは音楽という不意の受動的な体験に、能動的に向かうことでかろうじて、音楽を成立させなければならないということは、数年前ににわかにとりざたされた「聴取」という言葉にもあわれている。『ゼロ年代の音楽』のレヴューの一部でも書いたのでよろしければご覧いただきたいですが、「聴取」をめぐるここ数年の問題意識は音楽の「聴く方」だけでなく「やる方」の自意識に重きが置かれたもので、ミュージシャンは音楽を演奏するとともに聴かなければならないのである。このまえ、山本達久と千住宗臣という若手を代表するドラマーふたりにインタヴューしたときに気づいたが、ある曲の楽想を尋ねた質問に彼らは「ドラムセットに座って叩いているときに聞こえる音を再現しようと思った」と答えた。もうリスニング・ポイントはオーディオ・マニアックな愉悦を超えて、音楽を演奏する主体の耳に届く音をさえ再生する方向へ(無意識に)動いていて、音楽の需要/受容がライヴの現場へ回帰した現象とそれは同期するといえなくもない、との前提がある現在からボイスとパイクのパフォーマンスをふりかえると、やはり音楽未然なのだった。私は繰り返すが、これをいいとも悪いとも思わない。フルクサスは音楽的だったと前回書いた私の意図は、彼らは音楽的受動性をもっていて、ある局面において表現が音楽のダダイスティックなパロディとして現れるときもそこには音楽の反語として音楽に抜けるバイパスがあるのだけど、ボイスの音(声)は意味――自然、環境といったものから受けたインスピレーションのようなもの――は伝えるが、その音には意味以上のものは感じられなかった。むしろこれが無意味なノイズならボイスの声は聴く人たちのなかにある様式との軋轢をもたらしたのだと思うが、ノイズではなくそれは彼のいうように「アクション」であり、反復された「行為」よりも「意味」が前にでてくる(彼がパフォーマンスに黒板をもちいたいたのもそれに拍車をかけた)からそれは「ミニマル」でもない。私はリハーサル風景や公演後の質疑応答をふくめた2時間のヴィデオをすべてみたわけではないので、ボイスの意図はべつのところにあったかもしれないが、本番の演奏でいちばん面白かったのは、それまでピアノで断片的なモチーフを淡々と弾いていたパイクが脇に設置されたマイクをピアノの鍵盤に叩きつけたとき、その集音部がポロッとはずれた瞬間だった。背中越しにパイクを写していたヴィデオ・カメラはパイクが狼狽した姿をのがさず、水戸芸術館の巨大の立方体にちかい上映空間のスクリーンの前にいた私は笑いだした。私以外の誰も笑っていなかった。しかし私はそのときアクションにハプニングが裂け目をつくった気がして、血が沸き立ったようにうれしくなり、うろたえたパイクの肩を叩きたくさえなった。
[[SplitPage]]終わりなき日常のフルクサス〈二〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈一〉
水戸の妻の実家に帰ったあとに、私はその場面を何度もかみしめながら、数年前に表参道のライヴハウスでみたチャールズ・ヘイワードの単独公演を思い出した。「ディス・ヒートの伝説的ドラマー」の煽り文句で身動きとれないほど盛況だった初来日時とはちがい、このとき表参道でおこなった単独ライヴはほどよい集客だった。演奏はドラムとヴォイスをメインに小物(サンプラーやラジカセ)を絡めたパンキッシュかつポップなヘイワードらしい即興でたのしかったが既視感はいなめず、私はどこか確認するような気持ちにもなっていた。終盤にさしかかりヘイワードはドラムセットから舞台の中央にでてきて、小物のひとつのラジカセの取っ手をつかみゆっくりと回しはじめた。ラジカセが旋回するごとにそこから流れる音がヘイワードを中心にした円周の上で奇妙なドップラー効果を生み、速度があがると音程も変わっていく。見た目にも音響的にもこのパフォーマンスは私たちを惹きつけ、場はしだいに盛り上がり、ヘイワードもラジカセをまわしにまわし、最高速度になったとき......ラジカセの取っ手が外れ、本体は横に舞台横にすっ飛び、壊れた。私と私の隣に座っていたカメラマンの塩田正幸は叫び声をあげた。ヘイワードは運動の慣性でなおも数回腕をまわしたが、顔には唖然とした表情が張りついていて、それは1984年6月2日の草月会館でみせたパイクと重なるものがあった。このようなことがあると場の空気は一変する。あのあと、ヘイワードは猛然とドラムを叩きだし、パイクの演奏の色彩は変わった。だが、ボイスはそれに触発されない。ボイスの位置からはパイクが死角になっているのか? 彼は鼻孔から吸いこみ喉の奥をとおし絞り出した空気をマイクで増幅し、黒板にその場で書き記したスコア--それは音価を示したリズム譜のようなものと思われる--をチョークでなぞりながら咆哮をコントロールしている。
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今回の展覧会の副読本『ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命』(フィルムアート社)で高橋瑞木氏は「例えば、美術家の赤瀬川源平は、東野芳明と写真家の安齊重男との鼎談で「見てはいけなかったものを見てしまった」と語り、草月ホールのパフォーマンスを中座したと告白している」(文中の脚注指示は省略した)と書いたが、赤瀬川源平とおなじ気持ちになった観客はすくなからずいたはずで、仮に中座してもアクションの「価値」(とはつまり「意味」だが)は損なわれなかったに違いない。パイクはときに童謡のメロディを弾き出し、パフォーマンスに起伏をつくろうと試みるが、舞台上手のボイスは巌のような意味の塊に見え、アクションは千代に八千代につづくかのようにさえ思われたが、あるとき唐突な終わり方をした。私は切断にも似たその休止がアクションの意味を増幅させて驚いた。「コヨーテ・」は制止し、ボイスが執拗に指し示した意味の塊が舞台から消え去ったあとにかえってその重みをました気がしたのだった。アクションがイナクション(INACTION)になったとき初めて私はその上に悠久の時間が流れだしたとでもいえばいいのか、時間を超えた普遍さえほのめかされた気分になった。彼はあの1984年6月2日の草月会館にいた観客だけが相手だったのではなく、草月会館の外の木々のざわめきと通じ、ポストモダンが喧しくいわれだした1984年から歴史を遡り、無人の時間に達しようと吠えつづけたようでもあった。もう彼の行為は音楽の様式との相克が問われるようなものでなく、「音楽ではなく」、だが「音楽になり得る」なにかだったのではないか。
それはまたボイスとフルクサスとの差異をに思わせるものでもあった。彼の重要なモチーフのひとつである脂肪が温度によって液体にも固体にもなるように、つねに流動体を意図したフルクサスとボイスは共有できる領域をもちながら、他方で溶け合わないものがあり、それはボイスの創作上の哲学からきていると思われるが、詳しくは次回書きます。