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クリスチャン・マークレー - ele-king

 音というものはつくづく不思議なものだ。高らかに鳴り響いたかと思えば、地を這うように轟きわたり、郷愁をさそうメロディの他方で聴くものを拒絶するノイズと化し、熱狂した観衆は踊り狂い、その瞬間に音はそのこと自体を言祝ぐファンファーレとなり、陶然とする私たちはただそれを描写することしかできない──

 上のような横書きの文字列が東京都現代美術館で開催中のクリスチャン・マークレーの展覧会「トランスレーティング[翻訳する]」の会場にはいってすぐの方形の展示スペースをかこんでいる。冒頭で「ような」とことわったのは文章そのものは私がうろおぼえで書いた創作だからだが、だいたいこのようなことが日本語で記してあったと考えていただいてさしつかえない。むろん私とて出版人のはしくれ。引用は正確の上にも正確を期すべきだとわかっている。わかっているが、この作品のテキスト自体、意味の伝達を優先しない。なんとなれば、今回の展示テキストはカタロニア語からの訳出で、その前が何語だったかは寡聞にして知らないが、本邦初披露のさいの展示はドイツ語からの翻訳で、このたび二度目のおめみえとなる。ただし前回と今回の文章は微妙にちがっているはずだ。翻訳=トランスレーションが逸失(ロスト)と不可分なのは日本を舞台にした映画の題名にもなったのでごぞんじの方もすくなくないが、聴覚に働きかける音ないし音楽という現象を対象とする場合、まかりまちがえばその懸隔はおそるべきものとなる。音を書くとは、その点で不可能事に属することは、ゆめゆめわすれてはなるまいが、それらを他言語に移しかえるともなれば、こぼれおちるニュアンスもひとしおであり、そのとき「翻訳」は「伝達=欠落」となる。


2.《ミクスト・レビューズ》 1999
壁に貼られたテキスト
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展示風景
(東京都現代美術館、2021年) Photo:Kenji Morita
©Christian Marclay.

 この作品のタイトルは《ミクスト・レビューズ》。1999年の発表で、新聞や雑誌に載った音楽にまつわる幾多のレヴューからサンプリングしたセンテンスをつなぎあわせ、文意はとおっていそうなのに全体的にはなにをいっているかわからない(わからなくてもいい)テキストになっている。クリスチャン・マークレーの個展「トランスレーティング[翻訳する]」はこの作品がぐるりをめぐる中央に「リサイクル工場のためのプロジェクト」と題した、ブラウン管式PCモニターやメディアプレイヤーなど、廃物を利用したメディアアートないしインスタレーション作品を設置した第一室からスタートする。サンプリングとリサイクリング、オブジェクトとコンセプトといった作者を基礎づける2作品、かつて国内で公開したなじみぶかい2作品でクリスチャン・マークレー「トランスレーティング[翻訳する]」展をおとすのである。


5. 「リサイクルされたレコード」のシリーズ 1979-1986
コラージュされたレコード
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展示風景
(東京都現代美術館、2021年) Photo:Kenji Morita
©Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York

 第一室をあとにした観客は通路沿いの《リサイクルされたレコード》、その前後をはさむように設置したふたつの映像作品《ファスト・ミュージック》《レコード・プレイヤーズ》を目にすることになる。ともに活動初期の作品で、ことにレコード盤にじかにマーカーで記号を書いたりシールを貼ったりするだけならまだしも、切り離して別のとくっつけて外見ばかりか中身もコラージュした《リサイクルされたレコード》はマークレーが特異なターンテーブル奏者としてニューヨークの即興音楽界隈で頭角をあらわしはじめた当時の代名詞というべき一作。ここでの「代名詞」の語には代表作や名刺代わりの含意があるが、そのように記す私はこの「代名詞」なる用語の匿名性と交換可能性をたのみに、言語そのものがマークレー的表現世界の一端であるかに思いはじめている。
 本展はこの「マークレー・エフェクト」とでも呼びたくなる現象の多面性をたしかめる場でもある。それらはレディメイド、フルクサス、ノーウェイヴ、DJカルチャーなど、歴史的文脈にも接続可能だがいずれも微妙に食いちがい、そのわずかばかりの空隙を発生源とする。たとえば初期サンプラーの粗いビットレートやいびつなループ感は時代性の傍証であるとともに特定の形式を想起させる記号でもある。いまでは80~90年代のサンプラーの解像度を再現することはたやすいが、マークレー・エフェクトはそのようなテクノロジー依存的で定量的なシミュレーションとはことなる原理原則に接近しながら働く法則だといえば、いえるだろうか。
 その点でマークレーはデュシャンやケージら考え方の枠組みを転換した先達の系譜につらなっている。ただし彼らのようにその前後を分割したりはしない。もっとカジュアルでしばしばコミカルなのは、お歴々ほど近代や制度や社会や教育や教養といった課題に真正面からとりくまなくてもよかったからかもしれない。むろん美大生時代のボストンでのノーウェイヴ体験、卒業後に出てきたニューヨークの都市の磁場も無視できない。80年代のニューヨークには猥雑で折衷的な空気が瀰漫していたと想像するが、先端的なモードのなかで近代なるものは失調しかけていた。モダニティの革命幻想が晴れてしまえば、あらわれるのは「post festum」としての事物と状況である。剥き出しのレコード盤を転々流通させることで、音楽から本来とりのぞくべきノイズを外部から付加するのみならず、エディションを一点ものに変化させる《レコード・ウィズアウト・ア・カバー》や、レコード店のエサ箱から中古盤のジャケットを改変した《架空のレコード》、おもにクラシックとポップスのジャケットをかさねて視覚をおもしろがらせるのみならず、鑑賞者固有のイマジナリーサウンドスケープの再生ボタンを押す《ボディ・ミックス》など、本展の中盤の要となる80年代末から90年代初頭の諸作の情報攪乱的なコンセプト、すなわち黎明期のサンプリング・カルチャーの戦術はおそらく先に述べた時代背景にも影響をうけている。また制度との摩擦熱を動力源とするこの戦術はおよそ形式や序列や経済性が存在すれば、どの分野にも応用可能であり、そのことを証明するように2000年代以降、マークレーは作風の裾野をひろげていくのである。


14 「ボディ・ミックス」シリーズより 1991-1992
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展示風景
(東京都現代美術館、2021年) Photo:Kenji Morita
©Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York

 とりわけ2002年の《ビデオ・カルテット》は映像分野の劃期として一見の価値がある。作品に登場するのは過去の映画から抜き出した音にまつわる場面で、マークレーは数百にもおよんだという断片を、カルテットの題名通り、四つの画面に矢継ぎ早に映し出しながら、時間の前後のみならず空間の左右にも目配せしつつ緊密に編みあげている。私はこのおそるべき労作を前にするたびに畏怖の念と笑いの発作におそわれるが、なんど鑑賞してもあきないのは作品の自律性によるものだろう。《ビデオ・カルテット》でマークレーはサンプリングした映像を人物や事物といった事象に分解しその記号的な側面を強調したうえで同時時進行する4面の映像と音が連関するようたくみに構成するのだが、そのありようは、ジャズのアンサンブルにも、実験的ターンテーブリストのエクササイズにも、チャールズ・アイヴズのポストモダン版になぞらえられなくもない。


9. 《ビデオ・カルテット》 2002
4チャンネル・ビデオ(同期、カラー、サウンド) 14’ 30”
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」展示風景
(東京都現代美術館、2021年) Photo:Kenji Morita
サンフランシスコ近代美術館蔵 © Christian Marclay.

 きわめて音楽的であるがゆえに時間的な《ビデオ・カルテット》の主題はのちに長大な《The Clock》などに展開する。一方で速度や強度といった音楽体験の土台となる主観的な時間単位は「アクションズ」や「叫び」のシリーズで絵画という古典的な形式に擬態するかにもみえる。クリスチャン・マークレーの「翻訳」とは、それら相補的な問題の系を横切りながら、そのたびになにかを「欠落」していくことにほかならない。あたかも音の不在が沈黙を析出するように、翻訳のさい反語としてうかびあがるもの。私のいうマークレー・エフェクトもそこに淵源するが、そのことを体感するには本展のような企画はぜひとも必要だった。
 いうまでもなく「翻訳」とは二言語間に限定できず、言語の数だけ存在するなら、その行為は本来的に増殖的である──そのことを体感するのにも本展はうってつけといえる。やがて鑑賞者は本展後半にいたるころには、マークレーがアートそのものの翻訳作業にかかり、度外れにその意味を拡張するなかで、意図的に主題を空転させ、真空状の記号にすべての意味をすいあげさせていることに気づくであろう。翻訳行為にはえてしてこのようなパラドックスがつきまとうが、よくよく考えると、存命中の美術家でクリスチャン・マークレーほどパラドキシカルな作家もそうはいないわけで。私は本展の多様な作品を前にして上のようなことを思ったが、他方であらためて作品を前にして、マークレーを語るにあたってコンセプトに隠れがちな細部の繊細さ、情報が覆う作品表面の風合いや素材の質料や質感にも目をひかれた。《無題》と題した2004年のフォトグラムなどはそのことをさらに作品化したものともいえるのだろうが、ほかにもレコード盤やジャケットやマンガ雑誌の切り貼り、シルクで刷ったカンバスの表面、幾多のファウンド・オブジェクトに作者の手の痕跡のようなものを感じたのも本展の収穫だった。展覧会場の最終コーナーにもうけた「フェイス」シリーズや《ノー!》などの新作にも手の痕跡はみとめられる。2作品ともに2020年の発表で、コロナパンデミックというきわめて現代的で文明的な状況における人間のありようをマンガのコラージュであらわした作品だが、そこでは感情や身体性の表出が意味伝達の速度をおいこしていくのがわかる。その傾向は2021年の最新作《ミクスト・レビューズ(ジャパニーズ)》へ伸張し、ろう者であるパフォーマーが冒頭でとりあげた《ミクスト・レビューズ》を日本語へ手話通訳する模様をおさめた映像では音や口頭言語の伝達機能が希薄化するのと反比例するように身体性がたちあらわれるのである。この作品をもって「トランスレーティング[翻訳する]」は円環を閉じるように幕をひくが、そのとき私たちは「翻訳する」ことにみちびかれ、思えば遠くに来たもんだと、ひとりごつのである。

連鎖の網の目に位置する「誤訳=創造」のプロセス
——クリスチャン・マークレーと「翻訳」

 たとえば五線譜を演奏することについて、一般的にはそれを翻訳と呼ぶことはない。五線譜に記された記号は多くの場合、演奏内容を細かく規定しており、演奏者はそれらの記号を解釈しながら特定の作曲作品を音として再現する。他方で翻訳とは、なにがしか起点となる表現を別の文脈へと置き直すために別の形を作り出す作業のことをいう。通常はある言語を別の言語へと、できるだけ同一の意味内容を保ちつつ置き換える行為およびその結果を指す。だが周知のように言語学者ロマン・ヤコブソンは「翻訳」を三種類に腑分けし、そのうちの一つを自然言語にとどまらない「記号間翻訳」として定義した。彼の定義を踏まえるのであれば、言葉、音、イメージ、あるいはそれらの混合物をも含み込みながら、音楽、文学、絵画、写真、映画など、さまざまな記号系を置き換えることもまた、一種の「翻訳」と看做すことができる。この意味で異なる記号系を跨がる演奏、たとえば絵画を譜面と見立てて音楽を演奏する行為は一種の「翻訳」である。五線譜の演奏は譜面と音を異なる記号系と区別する限りにおいて「翻訳」と呼び得るだろう。そしてこうした「翻訳」は、自然言語においてもそうであるように、少なくとも次の二つの結果をもたらす。すなわち「翻訳」によって、わたしたちは異なる言語あるいは記号の体系を架橋し、これまでになかったコミュニケーションを生み出すことができる。同時に「翻訳」は、同一の意味内容を保とうと努めつつも、文脈と形が変わることによって、つねに致命的なズレを抱え込むこととなる——それをコミュニケーションの原理的な不可能性と言い換えてもいい。だがこうしたズレと不可能性は、たとえ情報の伝達という面で失敗の烙印が押されようとも、いみじくもヤコブソンが「詩」について述べたように、むしろ新たな表現へと向かうための創造性の源泉となっている。音楽に「翻訳」の観点を導入することに意義があるとすれば、まさにこの点にある。そしてそれは作曲と演奏のプロセスだけでなく、演奏と聴取の間にも創造的に寄与するはずだ。

 音楽家であり美術家のクリスチャン・マークレーによる、国内の美術館では初となる大規模な個展「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」が11月20日から東京都現代美術館でスタートした。展覧会の関連企画として、会期2日目の11月21日にはマークレーのグラフィック・スコアをリアライズするライヴ・イベント・シリーズ「パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する」の第1回が開催。∈Y∋のソロ・パフォーマンス、およびジム・オルーク率いるバンド(山本達久、マーティ・ホロベック、石橋英子、松丸契)による演奏が披露された(なお、同イベント・シリーズは2022年1月15日にコムアイと大友良英、翌16日に山川冬樹と巻上公一によるライヴが予定されている)。マンガをコラージュしたヴィジュアル・アートでもあるグラフィック・スコアを音楽へと「翻訳」する試みは、音楽と美術という異なるジャンルを渡り歩き、そしてそのいずれにも括り切れないマークレー独自のスタンスがあればこそ実現できた取り組みだったことだろう。

 クリスチャン・マークレーは1955年にアメリカ・カリフォルニア州で生まれ、スイス・ジュネーヴで育った。音楽家としては主にノー・ウェイヴの影響下でバンド活動を始め、ヒップホップとは異なる文脈で1970年代後半からターンテーブルを自らの楽器として使用し始めた先駆的存在として知られる。1980年代にはジョン・ゾーンらニューヨーク・ダウンタウンの先鋭的な音楽シーンと交流を持ち、1986年に当時「ノイズ・ミュージックの前衛的ゴッドファーザー」と呼ばれたヴォイス・パフォーマーでドラマーのデヴィッド・モスとともに初来日。音楽批評家・副島輝人の招聘ということもあり、来日の模様は『ジャズ批評』誌で取り上げられた。その後、マークレーは1989年に自身を含む12名のミュージシャンのレコードをそれぞれのミュージシャンごとにコラージュした12曲入りの傑作アルバム『モア・アンコール』を発表、さらに80年代のレア音源をコンパイルしたソロ・アルバム『記録1981~1989』を1997年にリリースしている。他にもギュンター・ミュラーやエリオット・シャープ、大友良英、オッキョン・リーらさまざまなミュージシャンとセッションをおこなった作品を多数リリースしており、こうしたコラボレーションの方が彼の音楽活動の大部分を占めているとも言える。演奏家としては近年はターンテーブル奏者としてではなく、日用品やオブジェを駆使したアコースティックなサウンド・パフォーマンスに取り組んでいる。2017年に札幌国際芸術祭が開催された際、廃墟となったビルの内部で大友良英とともにバケツやキッチン用品、食器、発泡スチロール、自転車、枕など無数のファウンド・オブジェを用いてデュオ・インプロヴィゼーションをおこなったことも記憶に新しい。

 他方でマークレーの足跡は音楽家だけでなく、ヴィジュアル・アーティストとしても40年近いキャリアがあることが一つの大きな特徴だ。もともとマサチューセッツ芸術大学で彫刻を専攻していた彼は、1979年から86年にかけてレコードをモノとして解体/再構築した「リサイクルされたレコード」シリーズを制作。1985年には音楽アルバムとも造形作品とも言い得る代表作の一つ《カヴァーのないレコード》を発表し、やはり不透明なメディアとしてのレコードそれ自体の物質性を前景化した。他にもレコード・ジャケットのステレオタイプなジェンダー・イメージをユーモラスかつクリティカルにコラージュした「ボディ・ミックス」シリーズ(1991~92年)、さまざまな人々が歌い叫ぶ口元を切り取った写真で構成される《コーラス》(1988年)、古今東西の映画から演奏シーンを抜き出して4つの画面に映した《ヴィデオ・カルテット》(2002年)など、発表されたヴィジュアル・アート作品は多岐にわたるが、そのどれもが音または音楽と関連する要素がモチーフとなっている点では共通している。2010年には無数の映画から時刻がわかる映像を切り出してコラージュし現実の時間と対応させた24時間にわたる大作《ザ・クロック》を完成させ——この作品もまた時間を構成するという点で音/音楽と密接に関わっている——、翌2011年に第58回ヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を獲得することで美術家として名実ともに確固たる地位を確立した。2010年代以降は《マンガ・スクロール》(2010年)を突端に、無音のヴィデオ・インスタレーション作品《サラウンド・サウンズ》(2014~15年)や近作「叫び」シリーズ(2018~19年)および「フェイス」シリーズ(2020年)など、マンガに描かれた絵やオノマトペを素材として用いた作品に目立って取り組むようになっている。

 このように音楽と美術の領域を跨ぎつつ、一貫して音/音楽にまつわる要素をモチーフに、一流のユーモアとクリティカルな視点を織り交ぜ、聴覚のみならず視覚的作品としても自らの活動を展開してきたのがマークレーの足跡だと、ひとまずは言うことができるだろう。そうした彼がミュージシャンによる演奏を前提として制作したグラフィック・スコアの一部が、《ノー!》(2020年)と《つづく》(2016年)である。21日のライヴ・イベントでは、∈Y∋が《ノー!》を、ジム・オルーク・バンドが《つづく》を、どちらも約20分弱の時間でリアライズした。通常のグラフィック・スコアがそうであるように、演奏内容の大部分は演奏者自身に委ねられているものの、これら二作品にはマークレーによるディレクションも記載されており、そのディレクション内容の違いも手伝ってか、∈Y∋のパフォーマンスがほとんど彼自身の個性を大々的に伝えるような独自のリアライズとなっていたのに対して、ジム・オルーク・バンドは極めて構成的で、スコア解釈も奏功することでマークレーのユーモアさえ感じさせるようなリアライズとなっていた。


パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する (2021/11/21)
「ノー!」∈Y∋
撮影:鈴木親

 最初の∈Y∋のパフォーマンスでは、ステージ上に15台の譜面台が扇状に設置され、それぞれの譜面台には計15枚ある《ノー!》のグラフィック・スコアのシートが1枚ずつ置かれていた。《ノー!》はソロ・パフォーマーのためのヴォーカル・スコアとして制作されており、15枚のシートをどのような順序で並べるのかはパフォーマーに委ねられている。シートにはマンガから切り抜いた間投詞を含むシーン、たとえば「AAAH!」「NNNN!」「WOO-OO-OO-OO!」といったさまざまなセリフが絵とともに貼りつけられ、パフォーマーはこのスコアをもとにヴォイスと身体で解釈していく。コップを持ちながら舞台袖から登場した∈Y∋は、向かって右端の譜面台へと歩み寄ると、おもむろにマイクを手に取って絶叫し始めた。そして左端まで1枚ずつスコアをリアライズしていったのだが、会場で準備されていた計3本のマイクを通じて∈Y∋のヴォイスにはディストーションやディレイなどの激しいエフェクトがかけられ、ほとんど言葉を聴き取ることが難しいような凶悪なノイズが響き渡っていた。身体を大きく後方に反らせてなにかに取り憑かれたかのようにヴォイスを振り絞るそのパフォーマンスは他でもなく∈Y∋そのものである。だが1枚ずつスコアをリアライズしていくという点では、自由な即興演奏でもなく、明確に15のブロックに分節されたパフォーマンスだったと言える。そして最後の1枚はタイトルでもある「NO!」というセリフがさまざまなシチュエーションで発されているシーンを切り抜いたスコアで——厳密には「NO!」以外のセリフのシーンも含まれているが——、ここに至って渦を巻くような絶叫ノイズからようやく誰もが聴き取ることができるほど明確な言葉が立ち現れる瞬間が訪れた。全てのスコアをリアライズした∈Y∋はステージ中央に戻るとマイクのプラグを荒々しく引き抜き、まるで示し合わせたかのように横に置かれたドラムセットのクラッシュシンバルが倒れて終わりを告げた。


パフォーマンス:クリスチャン・マークレーを翻訳する (2021/11/21)
「つづく [To be continued]」 ジム・オルーク(ギター)、山本達久(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス)
撮影:鈴木親

 しばしの休憩を挟み、続いてジム・オルーク(ギター)が山本達久(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス)とともに今回のパフォーマンスのために結成したバンドが登場。マークレーのグラフィック・スコア《つづく》がリアライズされた。同じグラフィック・スコアとはいえ《つづく》は制作経緯が《ノー!》とはやや異なっており、もともとスイスのグループ、アンサンブル・バベルのために考案された48ページからなる冊子タイプの作品である。アンサンブル・バベルは今回のジム・オルーク・バンドと近しい二管&ギターのクインテット編成で、《つづく》はギター、木管楽器、コントラバス、パーカッションを想定して作られているが、編成に若干の異同が許されている。スコアにはやはりマンガの切り抜きがコラージュされているのだが、必ずしもセリフが書かれているわけではなく、演奏シーンや楽器、機材、オノマトペ、あるいは音を想起させる描写、そして五線譜までが、まるで一編の物語を描くように配置/構成されている。コラージュされた五線譜にはところどころメロディとして解釈可能な音符も記されており、スコアに付されたマークレーによる複数のディレクションを踏まえるなら、通常のグラフィック・スコアよりも比較的明確に演奏内容が定められているとも言える。実際に当日のジム・オルーク・バンドによるリアライズでは、数10秒程度で次々にシーンが切り替わっていくように演奏がおこなわれ、その音像は時間の枠組みと分節を設定する現代音楽のコンサートのように構成的なものだった。そしておそらくスコアそれ自体のディレクションに加えて、スコア解釈にあたって演奏前にバンド内で交わした取り決めも、こうした構成的側面の創出に大きく寄与していたのではないだろうか——たとえば出演者たちが揃って足踏みするユーモラスなシーンは、あらかじめ定めたスコア解釈の一つの結果だったと言える。とはいえその分、当日のパフォーマンスでは全体を満たすアンサンブルの細部にも妙味が宿っており、スコアそれ自体や事前の取り決めに還元することができないような、5人のメンバーそれぞれに特有な楽器奏者として持ち合わせている音色、そして独自に開発しただろうテクニックも一つの聴きどころとなっていた。いずれにしても、個性的ヴォイスが前面に出た∈Y∋のパフォーマンスに比して、ジム・オルーク・バンドがリアライズした《つづく》には作曲家・マークレーの痕跡が色濃く刻まれていたとは言えるだろう。


《ノー!》2020
15枚のインクジェットプリントを含むポートフォリオ
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング [翻訳する]」展示風景(東京都現代美術館、2021年)Photo: Kenji Morita
© Christian Marclay

 どちらの演目も、マークレーが手がけたヴィジュアル・アートでもあるグラフィック・スコアを、音中心のパフォーマンスへと「翻訳」する試みであった。展覧会のテーマがそうであるように、「翻訳」はマークレーの活動の一側面を鋭く言い表した言葉だ。ただしコンサートにおいては、スコアとパフォーマンスの間を置き換えるプロセスはあくまでも秘密裏に遂行されている。観客はどのような「翻訳」がおこなわれているのかをリアルタイムで知ることはなく、ステージ上の演奏風景とそこから発される響きに耳を傾けるのみだった。こうした演出の仕方はマークレー自身の意向によるものである。というのも《つづく》に書き記されたディレクションには次のような箇所がある。すなわち「このスコアは演奏するミュージシャンたちのために作られたものであり、コンサート中にオーディエンスとシェアするものではない」のであり、しかしながら「この出版物はパフォーマンスとは別物として、誰もが楽しむことができる」のである。もしもイメージを音へと「翻訳」するプロセスそれ自体が作品となっているのであれば、ヴィジュアル・アートとしてのグラフィック・スコアをプロジェクターでスクリーンに投影するなどしつつ、視覚的要素がどのように聴覚的要素へと置き換えられるのかを明らかにした方がよりよく表現できるだろう。だがマークレーは《つづく》のディレクションで「プロジェクションを使用してはならない」と釘を刺してさえいる。つまり彼にとってイメージを音へと「翻訳」するプロセスは、観客に伝えるべき内容としては考えていないようなのだ。実際に《つづく》のみならず《ノー!》も、当日に会場でスコアが投影されることはなかった。観客にはパフォーマンスのみ体験させ、他方でスコアそれ自体をヴィジュアル・アートとして楽しむことは半ば推奨されているのである。


《つづく》2016
冊子(オフセット印刷、ソフトカバー、48ページ)
「クリスチャン・マークレー トランスレーティング [翻訳する]」展示風景(東京都現代美術館、2021年)Photo: Kenji Morita
© Christian Marclay.

 このことからはグラフィック・スコアを用いたパフォーマンスに対するマークレーのスタンスが窺えるのではないだろうか。すなわち彼にとってグラフィック・スコアは、一方ではヴィジュアル・アートとして制作されているものの、他方ではヴィジュアル・アートとは別の記号系に属するパフォーマンスそのものを生み出すための手段としても制作されている。そして「翻訳」を通じて置き換えることはあくまでもパフォーマンスの裏にある作業として、受け手にはリアルタイムでは伝えることなく実行されなければならない。それは言い換えるならパフォーマンスそのものの価値を積極的に認めようとすることでもある。だが翻って考えるなら、このようにスコアを投影しないということ自体は、むしろ音楽においてはスタンダードなあり方だ。通常、譜面台に置かれた楽譜は演奏者が音を生み出すためにあり、観客に見せるためにあるわけではない。マークレーは映像をスコアとする《スクリーン・プレイ》(2005)のみ例外的にスコアを見せることで観客に「より積極的に聞く」よう仕向けることを企図したと明かしつつ、グラフィック・スコア(図案楽譜)を観客に見せないことの理由をこのように説明している。

大半の図案楽譜はミュージシャンのためにあります。楽譜のイメージは音楽を説明することは意図していませんし、テレビやインターネットのせいで私たちはサウンドにイメージを紐づけるよう飼い慣らされています。サウンド抜きのイメージだとなにかが欠けているという感覚を持ってしまう。私にとって楽譜のイメージは演奏の引き金であり、ミュージシャンのための通常の譜面となんら変わらないのです。
(「クリスチャン・マークレーに、恩田晃が聞く 音楽とアートの関係」『intoxicate vol.155』2021年12月10日発行)

 マークレーは大規模なコンサートで豆粒大にしか見えないミュージシャンの姿を映像として巨大なスクリーンに映し出すことを例に挙げながら「人々は音楽を聞きながら、何かが見えることを期待してしまう」とも述べる。たしかにわたしたちは、音のないイメージ、またはイメージのない音について、なにかが欠落していると感じてしまうことがしばしばある。野外フェスティバルではかろうじて視認できるミュージシャンの小さな姿よりもスクリーンに映る大きな映像を目で追ってしまう。たとえイメージが用意されていたとしても飽き足らず、動画サイトで静止画と音楽の組み合わせに出会すと、時間とともに変化する映像を欲してしまう。それは音楽体験の充実度を情報量の多寡で判断しているということなのかもしれない。音楽を情報として捉えるなら、できるだけ効率よく多量の情報を摂取することが望ましいのだ。だがこうした消費のあり方はどれほど効率的であっても創造性の観点からは貧しい体験だと言わざるを得ない。受け手が自ら想像し作品に積極的に介入する余白を持たないからだ。しかしマークレーの作品はむしろこうした想像/創造へと受け手が自発的に足を踏み出すよう誘い出す。なにも聞こえないヴィジュアル・アートは音の欠落ではなく、受け手自身が豊かな音を想起するきっかけとしてある。同様にグラフィック・スコアを用いたパフォーマンスは、響きを聴くことによって一人ひとりの観客が異なるスコアのイメージを思い浮かべることになるだろう。むろんイメージに限る必要はない。今まさにこうして書かれているテキストがそうであるように、当日のパフォーマンスに触発された受け手は、音とは別の記号系にあるなにがしかを想起し、あるいは具体的な形をともなう表現としてアウトプットする。「翻訳」という観点が重要なのはこの意味においてである。もしもスコアをスクリーンに投影していたのであれば、イメージとパフォーマンスの対応関係に観客の注意が向いたことだろう。それは「翻訳」を客体として眺めることであって、観客自らがそのプロセスに介入しているわけではない。例外とされた《スクリーン・プレイ》のパフォーマンスも、「より積極的に聞く」という意味において、やはり観客が自ら主体となって「翻訳」をおこなう契機となる。

 クリスチャン・マークレーのヴィジュアル・アートは観客に音を想起させる。だが彼のグラフィック・スコアが想起させる音楽と、ミュージシャンが「翻訳」することによって具現化する響きは、おそらくまったく異なるものとしてある。それはとりもなおさず観客とミュージシャンそれぞれの「翻訳」がつねに致命的なズレと不可能性を抱えた創造的な「誤訳」であることを示している。この点で音を譜面の再現と看做す通常の五線譜と彼のグラフィック・スコアは根本的に異なるあり方をしている。そしてヴィジュアル・アートとしてのスコアがあくまでも固定化された視覚的要素として存在しているのに対して、それを手段として生まれたパフォーマンスはつねに具体的なパフォーマーをともなうことによって、実現されるたびに新生し続けていく可能性がある。それはかつてマークレーがターンテーブル演奏に関して「死んだと思えるオブジェを、生きたライヴの文脈において使うための一つの方法」(『ur 特集 ニュー・ミュージック』第11号、ペヨトル工房、1995年)と語ったこととも通底している。ヴィジュアル・アートとしてのグラフィック・スコアは、他の人間によって「翻訳」されない限り、あくまでもある時点で記録され固定化された「死んだと思えるオブジェ」に過ぎない。それは一方では見られることで受け手の記憶をまさぐり、想像上の音の発生を引き起こすことで「生きたライヴの文脈」へと蘇ることになる。他方ではパフォーマンスのための手段として用いられることによって、やはり「生きたライヴの文脈」に鳴り響きをともないながら置き直される。それだけではない。さらにパフォーマンスそれ自体の受け手によっても「翻訳」されていくのである——まるで物体としてのレコードが延々と回転し続けるように終わりのない連鎖を呼び込みながら。他の音楽家による多くのグラフィック・スコアが作曲と演奏のプロセスに焦点を合わせ、あるいは視覚のための純粋な絵画へと近づくのに対して、マークレーの作品はあくまでも連鎖の網の目——そもそもが既存のマンガを流用したコラージュだ——のなかに位置している。その意味で∈Y∋とジム・オルーク・バンドによる「翻訳」のプロセスを通じたリアライゼーションは、グラフィック・スコアを生きた文脈へと置き直す一種の蘇生の儀式であるとともに、パフォーマンスそれ自体が「死んだと思えるオブジェ」のように観客の記憶へと刻まれることによって——あるいは記録メディアにアーカイヴされることによって——、新たな「翻訳=創造」のプロセスを駆動させる試みでもあったのだと言えるだろう。

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