「IR」と一致するもの

Interview with METAFIVE - ele-king



質問:元をたどればここにいるO/S/Tの皆さんが……。

TOWA TEI:吸収合併されました。


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 昨年、ele-king編集部からMETAFIVEの取材をオファーされたとき、ぼくが手にしていた情報は、歌詞やクレジットなどの記載が皆無なアルバムの音源と、高橋幸宏、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳、ゴンドウトモヒロ、LEO今井からなる6人編成のバンドであるという、この二点のみだった。
 何も考えずに音源を再生した瞬間から、1曲目“Don’t Move”のインパクトにまずやられ、2曲目“Luv U Tokio”の遊び心いっぱいの仕掛けに思わず笑みがこぼれ、収録された12曲をすべて聴き終えたあとの心地よい興奮は、期待をはるかに超えていた。
 その期待値の超えかたは、ジョージ・ミラー監督やジョルジオ・モロダーといった、老境に入って久しいはずの巨匠が放った破格のカムバック作(前者は30年ぶりのマッドマックス・シリーズ最新作『マッドマックス/怒りのデス・ロード』、後者はソロ名義としては30年ぶりのニュー・アルバム『Déjà vu』)から受けた衝撃や驚嘆、あるいはデヴィッド・ボウイが癌と闘いながら珠玉の復帰作『ザ・ネクスト・デイ』(13年)に続いて、彼らしく尖鋭的な新作『★(ブラックスター)』(16年)を遺し、鮮烈な印象とともにこの世を去ったことへの深い感動とはまた別の意味合いで、伊達に年齢を重ねていない者たちの底力がどれほどのものかを思い知らせてくれた痛快事であった。
 平均年齢47歳のMETAFIVEは、日本のみならず世界のポップ・ミュージック史に大きな足跡を残した偉大なるバンドのメンバーを含む、一騎当千のミュージシャンの集合体である。楽曲制作に関してはプロダクションからポスト・プロダクションまでの全工程を担えるプロデューサー集団でもあり、ヴィジュアルの表現にも長けている。各人各様の才能と個性が見事に融合したMETAFIVEには、キャリアを重ねた者が自己の可能性をさらに拡張するための叡智がそこかしこに散りばめられている。そして、その進化の秘訣は、「メタ」という本作のタイトルにも使われたキーワードに集約される。
 “meta-”はギリシャ語に由来する接頭辞で、「後続」;「変化・変成」;「超越」「高次の」「抽象度を高めた」などの意を表わす。
 このバンドの言わば発起人となった高橋幸宏によると、METAFIVEというネーミングの由来は、“メタモルフォーゼ(変身、変態)”の「メタ」と、かつて細野晴臣がYMOのテーマとして提唱した“メタ(超)・ポップス”の「メタ」から来ているという。ちなみにYMOの2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(79年)の仮タイトルは、「YMO の音楽は超突然変異のポップスである」という意味合いを込めた『メタマー』であった。

 これからの世の中は、ひとまず表面的なものは全部捨てちゃって、人間が変わってゆかなけりゃ、解決しないような危機感がある。だれも先が読めないし、否定的な世の中だ。そんなときに、売れればいいような音楽ばかり作っていたら、まず自分がダメになってしまう。
 イエロー・マジック・オーケストラのテーマはメタ(超)・ポップス。
トミー・リピューマ(※YMOと契約を結んだアメリカのA&Mレコーズの名プロデューサー)に、プロモート用のメッセージを送ったんだ。内容は、「自分としては、この音楽をメタ・ポップスと呼びたい。われわれの目標は、メタマー(変形態)」。
──細野晴臣『レコード・プロデューサーはスーパー・マンをめざす』(79年/CBS・ソニー出版)

 細野晴臣は、この「メタマー」というテーゼについて、「ディーヴォの逆なんだ」と前掲書の中で語っている。
 1972年にアメリカのオハイオ州ケント州立大学(※70年5月4日、同大学構内で開かれたヴェトナム反戦集会の参加者に対して、警備に就いていた州兵が発砲し、死傷者が出るという「May 4th事件」が発生。それをきっかけにニール・ヤング作詞・作曲によるクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの名曲「オハイオ」が生まれたことで知られる)の美術学生、マーク・マザーズボーとジェラルド・V・キャセールが出会い、彼らが中心となって74年に結成されたディーヴォ(DEVO)は、「人間は進化した生き物ではなく、退化した生き物だ」という人間退化論に基づき、“De-Evolution”を短縮した“DEVO”をバンド名に冠し、コンセプチュアル・アートとしての音楽活動を開始した。
 ディーヴォはエレクトロニクスを取り入れたバンドの元祖的存在であり、クラフトワークとともにYMO に大いなるインスピレーションを与えたが、METAFIVEのメンバーをつなぐ接点となったロキシー・ミュージックやトーキング・ヘッズ、デヴィッド・ボウイらと、ブライアン・イーノを介してリンクしているといえる。つまりディーヴォの人間退化論を裏返した新たな人間進化論こそ、METAFIVEがめざす地平であり、しかもそれがけっして単なる理想論ではないことは、今作『META』の成果をみれば明らかである。

 《常に変化してゆくこと。ひとつひとつがすぐれていて、しかも際限なく、どんどんよくなってゆく。可能性が広がってゆくっていうのが、このグループ全体のコンセプトなんだ。このコンセプト以外に、レコーディング前に決まっていたのは、3人のメンバーが、それぞれ、3曲ずつ作品を書くこと、そして、レコーディング・スケジュールだけだった。》

 《考えてみたんだけど、音楽の魔術というのがあるんだね。もちろん、音楽だけで生きてゆくことはできないんだけど、人間の潜在意識に働きかけて、緊張させたり、悲観させたり、そういう現実的な力があることを思い出した。(中略)
 つきつめてゆくと、超感覚的なものを身につけてゆくようにしないと、ダメだと思った。すると、いまの自分じゃダメだ。病気じゃダメなんだ。歌を歌うにも、病気じゃ、それが聴いている人にうつってしまう。
 それくらい、音楽には力がある、と思ったんだ。だから、自分が健康なだけじゃダメで、もっと強い波動を持たなけりゃと思ったんだ。他人に売る曲を書くにも、無理に作ったんじゃなくて、ほんとうに自分の中から出てきたもの。何もいわなくても、必然的に人が動かされる、そういうものを作ろう。まず、そういうものを底辺に持とうと思った。》

 前掲書から引用した細野晴臣の思弁は、時を超えてMETAFIVEのメンバー全員の意識とおそらく共振するものであろうし、METAFIVEというスーパー・グループがYMOの根幹にあったコンセプトを引き継ぎ、発展させようという想いを内に秘めていることも、想像するに難くない。
 METAFIVEがYMOの再現ライヴを起点に誕生したことは、メタフィクション(※小説というジャンルそのものを批評する小説)のように「何かを取り込んだ何か」や「何かについての何か」といった自己言及的な方法論を用いているという意味で、最初からメタ的なはじまりかたであったが、理想的なメンバー構成のもと、正しき時と場を得ることで目覚めた理力(フォース)は、驚くべき「メタ(超越する、高次の)進化」をもたらすことを、今作で見事に証明してみせた。
 イエロー・マジック・オーケストラというバンドは、細野晴臣の構想によれば「ブラック・マジック(黒魔術)とホワイト・マジック(白魔術)、善と悪の対立ではなく、トータルな統合された世界」をめざすところからはじまったが、地球全体が当時危惧した以上の混乱に覆われ、文字通り存亡の危機に瀕しているいまとなっては、METAFIVEも、そしてぼくらも、「トータルな統合された世界」の実現は、少なくとも現実世界においてはほぼ不可能であろうというところからはじめざるをえないのではないか。
 ここにきて、ディーヴォの人間退化論がいよいよ真実味を帯びてきたといえるが、何が善で何が悪なのか判断不能な世の中においても、METAFIVEが示してくれたように、ひとりひとりが散り散りばらばらになるのではなく、有機的につながることで超えられるものは確かにあるのだ。
 今作を何度もリピートしながら原稿を書いていると、高揚のあまり、前説の範疇を超えて、話がスター・ウォーズ・サーガのようにめったやたらに広がってしまう。そろそろMETAFIVEの最年長(高橋幸宏)と最年少(LEO今井)の中間に位置する3人のメンバー、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳とのミーティングに移ろう。


TOWA TEI:幸宏さんが僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。


METAFIVEのデビュー・アルバム『META』がいよいよ2016年1月13日にリリースされます。元をたどればここにいるO/S/T(Oyamada/Sunahara/TEI)の皆さんが……。

TOWA TEI(以下、TT):吸収合併されました。

M&Aの産物なんですね(笑)。では、その辺りから訊いてみたいと思います。お三方は、O/S/T名義で高橋幸宏さんのトリビュート・アルバム『RED DIAMOND 〜Tribute to Yukihiro Takahashi』(12年)に参加していますが 、O/S/Tはどのような経緯で結成されたのでしょう?

TT:結成とかそういう感じじゃないよね(笑)。はじめようとしていたのは、もう10年くらい前じゃない?

砂原良徳(以下、砂原):そうだね。オフィシャルなバンドっていうより、組合的な……っていうかレジスタンス的なもの(笑)。

TT:個人商店の組合ですよね。「3人で何かやれたらいいね」って10年くらい言ってたんですよ。幸宏さんにO/S/Tで(リミックスを)やってくれって頼まれる前に何かやったっけ?

砂原:やってないんですよ。でもテイさんのソロとかではあったよね。

TT:そうだったね。ふたりに「なんかやってよ」って声をかけて、「As O/S/T」として曲を出してたね(“SUNNY SIDE OF THE MOON”as O/S/T、6thアルバム『SUNNY』収録/11年)。

それが幸宏さんのトリビュートでいよいよ実体化されたわけですね。

砂原:打ち合わせとかやったよね。テイさんの事務所へ行ってさ、どういう風につくろうかって。

小山田圭吾(以下、小山田):あー、リミックスのときね。何を話したかあんま覚えてないけど。

楽曲は自分たちで選んだのですか?(“Drip Dry Eyes”O/S/T with Valerie Trebeljahr [from Lali Puna])

TT:そうですね。

ミーティングでは3人の意見は近かった?

TT:うん。でもぶっちゃけ、あれはまりんがたくさんやってたよね。それを僕と小山田くんで「いいね!」って言ってただけだし。「これもいいけど、ひとつ前のヴァージョンの方が良かったかな」とかね。

砂原:そんなことないよ(笑)。

TT:でも“Drip Dry Eyes”を選んだのはこのふたりで、僕じゃないんですよ。僕が提案したら決まっちゃいそうだったからね。O/S/Tでいつか6曲くらい作ろうと思っていました。そのくらいの曲数でもクラフトワークの初期を考えればアルバムといえるかなと。そうやって話していたんですが、全然具体化していなかったんです。まりんは「小山田くんは歌わない方がいいね」って言っていたよね。

砂原:そっちの方が3人でやりやすいと思ったんだよね。毎回フィーチャリングで誰かに歌ってもらって、僕ら3人がバックでやるのを考えてた。

TT:最初は誰に歌ってもらうか決まっていなかったんですが、幸宏さんとLEO(今井)くんに歌ってもらう方向で考えていました。幸宏さんからLEOくんとゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)とO/S/Tの3人で何かやろうと言われた時点で、「あ、吸収合併されたな」って思いました。それで良かったと思います。

その6人になってから最初の音源は、小山田くんがサントラを担当した『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』(14年)のED曲、“Split Spirit”ですよね?

TT:そうですね。あの頃は、まだ名義は高橋幸宏&METAFIVEだったかな。

そのときの音源制作のやりかたは、最初に小山田くんがラフなデモを作って、みんなで回して、最後に小山田くんと幸宏さんとLEOくんとゴンドウさんで歌入れをしたという流れだったと。

小山田:うん。そういう意味では、バンドというよりは、まだ僕のプロデュースっぽかったかな。僕が言い出しっぺだったしね。だから一応、自分でやんなきゃなと。

ライヴも何回かやって、バンドが温まってきたから、フル・アルバムを作ることになったのですか?

砂原:最初はライヴだけをやっていて、そこからじょじょに曲も出来上がっていくんです。最後にライヴをしたのが去年(14年)の11月で、科学未来館というところなんですが、そのときは演奏も良かったし、映像も良かった。ライヴを録音してもらったんですけど、その状態もすごく良かったんです。だから、このままじゃもったいないと言いつつ、そこから活動をしていなかったんですけど。

TT:それで、その後の2月にメシ会を開くんです。

砂原:そこで誰かがアルバムを作ることを決めたんだよね。でも誰がアルバムを作るって言い出したのか覚えてないんですよ。

TT:水面下で幸宏さんのマネージャーの長谷川さんが動いているという話は聞いてたから、幸宏さんがそう考えていそうだとは思っていました。(当初の名義は)高橋幸宏&METAFIVEだったけれど、そこで幸宏さんは自分をM&Aして、6人のバンドにした。だからMETAFIVEに関しては幸宏さんありき、なんですよね。

砂原:ライヴをやるにしてもレパートリーがほとんどなかったので、YMOのカヴァーからはじめたんですよ。だからそこで持ち曲がほしいなと思っていました。

小山田:あとはテイさんのソロで、幸宏さんが歌った流れもあったよね。“RADIO”(TOWA TEI with Yukihiro Takahashi & Tina Tamashiro、7thアルバム『LUCKY』収録/13年)とか。

TT:そうだ。幸宏さんが“RADIO”をやりたいって言ってくれたんだ。(幸宏さんは)自分のコンサートでこの曲はやらないから、小山田くんがギターを弾いてこのメンバーでやれたらいいなと。最初は僕のヴァージョンでやっていたけど、途中からはまりんのリミックスを土台にして、ゴンちゃんのアレンジ、小山田くんのギター、LEOくんの歌を入れたらだいぶ変わった。

小山田:“Turn Turn”とかはテイさんがやっていたりするから(※細野晴臣と高橋幸宏によるSketch Showが02年に発表した1stアルバム『AUDIO SPONGE』に収録されたオリジナル・ヴァージョンの編曲にテイトウワが参加、07年の『細野晴臣トリビュート・アルバム-Tribute to Haruomi Hosono』にコーネリアス+坂本龍一によるカヴァーを収録)、いろんな曲が混じっているなかでMETAFIVEへの伏線があったりする。

その後、まとめ役は幸宏さんからテイさんへ移ったとか?

TT:全然そんなことないですよ(笑)。2番目に年長というだけで、幸宏さんとやりとりすることもあります。(幸宏さんが)僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。

砂原:昔は聴けなかったと思うんだけど、時間が経ったから大丈夫なのかな。

TT:いつもは家でターンテーブルを2台触ることってめったにないんですよ。でも、(YMOの)“Ballet/バレエ”をかけて、幸宏さんの曲をそこに繋いだりとかしてました(笑)。けっこう面白かったです。プロダクションに関しては、METAFIVEの推進力はまりんだと思いますね。

砂原:いやいや。みんなが推進力になっている部分もある。でもLEOくんの存在はけっこう大きいですね。やっぱり若いやつが先頭を走るというか。そこにみんなが引っ張られているのもあると思うんですよね。

TT:LEOくんはプロダクションもやるし、詞も書けるからね。


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小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。


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今作は楽曲が粒ぞろいだから、1枚のアルバムとして本当に楽しめるんです。サンプル盤を何度もリピートして聴いていますが、LEOくんと幸宏さんのツイン・ヴォーカルの融合具合がとにかく素晴らしいと思いました。

TT:その組み合わせがみんな好きなので、それも推進力になっているというか、あのふたりに歌ってもらえる演奏をしようとする。話が戻りますけど、O/S/Tをやっていてもそうなった気はしますけどね。

リリースに先駆けてスタジオ・ライヴの映像が公開された“Don’t Move”は今作のオープニング・ナンバーですが、あれを1曲目に置くとか、シングル代わりになる曲だというのは、最初から決まっていたのですか?

TT:最初に聴いたときは難解すぎると思った。曲が全部揃ったときに“Luv U Tokio”もリード曲の候補だったんだけど、バンドとしての面白さを表現しているのは、“Don’t Move”の方なんじゃないかなと。

聴いていると、なぜかパワー・ステーションを思い出すんですよ。

砂原:あっ! それ、また言われた。

小山田:よく言われるんだよね。

LEOくんのヴォーカルの節回しがロバート・パーマーっぽいと思って。サウンドもけっこう近い。パワー・ステーション(※a)はデュラン・デュラン×シック×ロバート・パーマーだから、そういう意味では彼らも「メタ」なバンドですね。

※a デュラン・デュランのベーシスト、ジョン・テイラーと同じくギタリストのアンディ・テイラーがヴォーカリスト/ソロ・アーティストのロバート・パーマーとシックのドラマー、トニー・トンプソンを誘って結成したスーパー・グループ。85年にシックのバーナード・エドワーズのプロデュースにより同名のアルバムを発表、シングル第1弾の“Some Like It Hot”とT・レックスのカヴァー“Get It On”が大ヒットした。

砂原:それね、僕らまったく意識してなかったんですよね(笑)。ドラムの響きが強くて、LEOくんの声がそんな感じで、ちょっとファンクっぽくて、ゴンちゃんのホーンも入って、それでかなりパワー・ステーションに似たんです。でもそれで良かったと思いますよ。

TT:うん、全然OK。幸宏さんのアイディアで“Don’t Move”が1曲目になったんですが、それで良かったな。いちばんエクストリームだし。かと言って、この曲だけではこのアルバム全体を表現できているわけではないですけどね。

2曲目の“Luv U Tokio”もすごくキャッチーですよね。

TT:これは……スナック狙いです(笑)。

ちょっとひねったダンサブルなラヴ・ソングというか。日本語詞と英語詞の混合で、曲間に女性の語りが入ったり、「Tokio」というロボ声がシャレで入ったり(笑)、いろんなフックがある曲だなと。今作は1曲ごとにリーダーを交代しながら作ったのですか?

TT:ひとり2曲がノルマでした。“Don’t Move”は小山田くんの発動、“Luv U Tokio”はまりんからだし。

最初にどんな投げかけをしたのか教えてもらえますか?

小山田:“Don’t Move”は、(『攻殻機動隊ARISE』のために)“Split Spirit”を作ったときに1回やってるんだけど、メンバーが多かったから、回したデモが戻ってきたときには、けっこう(トラックが)埋まっちゃったんだよね。あと、前は僕があらかじめ作りこんでいたから、自分の色が強すぎたような気がした。今回はもうちょっとバンドっぽくやりたいと思っていて、ベースとドラムとギターくらいしか入っていない薄めのトラックをみんなに回したんですよ。最初のトラックには上モノが入っていたんだけど、それをカットした状態で回しました。そこにテイさんとLEOくんがヴォーカル・ラインと上モノを考えてくれて、次にまりんがオーケストラを入れてくれて、ゴンちゃんがホーンを入れて、幸宏さんがドラムを入れて。だから戻ってきたものは、ひとりの顔が見えないものというか、全員の感じがすごく出たかな。

TT:小山田くんが最後にバッサリ切ったもんね。たしかに、そうしないと音数がちょっと多かった。次作があるかどうか未定だけど、制約の美学を課すのはありかなと思います。ひとり担当するのは2トラックまで、とかさ。

小山田:そうだね(笑)。まんべんなく全部のトラックに音が入ってる必要もないし。入っていてもバランスは良い方がいい。

TT:ひとり4つでやったら、4×6で24トラックだね。昔は24トラックとか48トラックで十分に(曲が)できていたじゃないですか? いま200トラックとか使うひといるもんね(笑)。

小山田:まぁ、1stアルバムだったし、とくに何も決めずにはじまったので、みんな濃いものを最初に出していた。だから、こういうアルバムになったんだけど。

TT:“Albore”は僕が発動の曲で、はじまりのサビのメロディは僕が作りました。オケも作ったんですけど、ハネていたところをまりんが修正して、僕が入れたシャッフルを外して、もうちょっとスクエアにして、ドラムの音も全部変えたんです。鳴っている雰囲気はそのままなんですけどね。バンドっぽいですよね。小山田くんのギターがそこに入ってきて、どんどん変わっていきました。明るい曲が暗くなったということはないんですけど、曲の骨組みは残ったまま、面白い形になっていったかな。

“Albore”は幸宏さんとLEOくんのダブル・ハーモニーからはじまって、YMOのフィーリングもありつつ、踊れるテクノというか。

TT:僕はそれをアルバムの冒頭にもってくるのもありかなと思ったんですよ。だけど、“Don't Move”ではじまるのも、それはそれでいいなと。

たしかに、あのふたりのハモりでアルバムがはじまると、「おおっ!」というインパクトがありますからね。

TT:でも僕が発動したんだから、本来なら仕上げも僕がやるべきだったんですけど、やらなかったです。まりんにまかせっぱなし。僕は育ての親。生むだけ生んで、1歳ぐらいから会っていない、みたいな(笑)。

砂原:テイさんのアルバムでも作業をやっているし、他人の曲をいじるのは日常的にやっているので、自然にやれたといいますかね。

TT:僕は返ってきたものにさらに自分で手を入れることもするんですが、今回はそれがあんまりなかったよね。返ってきたものが良かったら、こっちでエディットする必要もないもんね。

たしかに全員の色が混ざって、そこがしっくりきて……という意味では、実にバンドらしい作品ですよね。

砂原:最初はこの6人が集まっても、各々がちゃんと役割をもったバンドになるのかどうか不安でした。でもちゃんとなるもんなんだなと。

TT:そういう意味では、ひとりだけガツガツしているひとはいないよね。

砂原:年齢的にもよかったのかもしれないね。もうちょっと若かったらこうはいかなかったかもしれない。

小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。

フリッパーズ・ギターだって最初は5人組だったでしょう。それが最近忘れられがちじゃない?

小山田:僕も忘れがちなんだよね(笑)、最初は5人だったって。

LEOくんはソロでやりつつ、向井(秀徳)くんとKIMONOSをやっている。

TT:でも、彼はバンドは初めてだって言いはってるよね。

彼には若いだけじゃない勢いも感じました。

TT:若いだけじゃないですよ。それに、そんなに若くもないでしょ(笑)。

小山田:若すぎないっていうのもよかった。

フロントマンとして様になっているし、独特の存在感がある。日本語と英語の両方で詞を書けるし、スウェーデン語もできるんでしょう?

小山田:LEOくんはスウェーデンと日本のハーフ。お母さんがスウェーデン人で、“Luv U Tokio”で喋ってるのはLEOくんのお母さん。

あのナレーション、LEOくんのお母さんだったんだ! 

TT:僕はLEOくんと話してると英語圏のひとと話してる感じがするけどね。ふたりで英語で話すことも多い気がするな。

彼が書く詞にはヴィジターの視点を感じます。常に外から見ているというか、ストレンジャーっぽい感覚だなと。

TT:ちょっと日本語がユニークだよね。

砂原:特徴ありますよね。「これワタシ」みたいな。

小山田:一人称がワタシだもんね。

砂原:「LEOくん、これってこうだっけ?」って訊いたら、「うん……」みたいな(笑)。

METAFIVEはスター・プレイヤーが集まって結成した、言わばスーパー・グループではあるけれど、単に「顔」で集まっていない独自のバンドらしさを感じるんです。

TT:AKBですかね(笑)。

テイさんは“Albore”と“Radio”の2曲を主導された?

TT:そう。僕と小山田くんには“Radio”と“Split Spirit”があったので、お互いあと1曲でよかったからノルマが低かった。

砂原:シード枠みたいに途中からトーナメントに参加した感じだったよね(笑)。

小山田:その2曲は僕とテイさんの曲だけど、アルバム・ヴァージョンに関してはまりんに育ててもらった(笑)。

砂原さんが各曲の土台を作った?

砂原:いやいや、そんなことないですよ。みんなそれぞれ2曲ずつ出してますからね。

小山田:でもプロダクションに関してはまりんがやっていて、後半はマスタリングやミックスも中心的に担当してたよね。

砂原さんが主導した2曲というのは?

砂原:僕は“Luv U Tokio”と、後ろから2曲目の“Whiteout”ですね。

“Whiteout”はメランコリックなメロディとLEOくんの内省的な歌声が相性抜群で、心に残りますね。エレクトロニカとかテクノの要素も少し感じます。

砂原:何っぽいっていうのかな。ヒップホップっぽいところもあるし、ファンクなところもあるし。音はちょっと黒っぽいんだけど、上に乗ってる要素は白いかな。
 僕、最初はみんなが曲を出すのを見てたんですよ。それである程度見えてきたところで、足りないものを出そうと思ってたんです。“Luv U Tokio”はテイさんから「リード曲らしいものを作るように」っていう指令が出たんですよ(笑)。

TT:僕のノルマは終わっていたので、言うだけなら言えるなと(笑)。

砂原:それで比較的わかりやすいものを作りました。ある程度できたところでテイさんに聴かせて、テーマとかをどんどん言ってもらったかな。全体的に勢いのある曲が多かったので、“Whiteout”はちょっとクールダウンさせるために作りました。

これは砂原さんがメロディを作ってから、LEOくんに詞を書いてもらった?

砂原:そうですね。とりあえず「立ちくらみの曲を作りたい」っていうテーマだけ考えて。

歌詞カードなしに聴いていて、「〜shades of gray」っていうフレーズに引っかかって、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』と何か関係があるのかと思ったんだけど、ここで歌詞カードをさっと見たら、“Shed some light on your shades of grey”(灰色だらけに少し明かりを点す)と韻を踏んでいる。ライミングしただけで別にあのベストセラー小説や映画とは関係ないのかもしれないけど、フックとして洒落てるなって。

TT:今回はひとつこだわりがあって、歌詞カードに英語詞と対訳を全部(シンメトリーに配置して)載せてるんですよね。(英語詞と日本語詞のパートを)まったく反転させて、アートワークも黒と白だったり……本当は予算の関係で黒と白しか使えなかったりして(笑)。

小山田:コンセプチュアルな感じで白黒反転させて、日本語と英語が反転してる。

砂原:でも、最近対訳が載ってる作品はあんまりないよね? 日本企画版とかならありそうだけど。

TT:読み応えはありますね。まだ読んでないけど(笑)。

このサウンドにあのふたりのツイン・ヴォーカルが載るとなれば、いったい何を歌っているのか興味を引かれて、歌詞を知りたくなりますよ。

TT:アナログ盤だと歌詞(を載せるスリーヴ)がもっと大きいんで、そのときにじっくり歌詞を見ながら聴こうかなと思います。

このなかですごく苦労した曲ってありますか?

TT :うちらの活動に関しては、ものすごく悩んだっていうのはないかな。

砂原:メールで曲を投げたあとに「どうしようかな」って悩んでいても、一周して曲が戻ってくると解決されてることが多かったですね。

たしかにそこはバンドの強みですよね。

砂原:ひとりだと作業が止まっちゃうので……。

TT:それで10年くらい作業が止まってたんでしょう?

砂原:ははは(笑)。いまも止まってます(笑)。

ぼくは全曲好きなんですが、ラスト・ナンバーの“Threads”はこのバンドならではのエッセンスが凝縮された曲に聞こえます。メロディは幸宏節が炸裂してるし、全員のテイストが見事に融合してる。これを最後に聴くと気分が上がりますね。

砂原:“Threads”はもっと幸宏さんっぽかったけど、テイさんはけっこう手を入れましたよね。

TT:そうですね。暇だったから(笑)。ただ、幸宏さんはご自分でおっしゃっているけど、けっこう幸宏さんとゴンちゃんの曲って、(はじめから)でき上がっちゃってたんですよ。

砂原:そうですよね。余白があんまりない状態で回ってきたから。

TT:アレンジもできてたから、そのまま進めばいいんですよ。幸宏さん主導の“Threads”と“Anodyne”のドラムをまりんに整理してもらって、そこからもうちょっと足したり引いたりしたんだよね。

“Anodyne”の日本語のサビが歌謡曲っぽくて、おそらく幸宏さんが書いたフレーズだと思いますが、歌謡曲の全盛時代を通過しているひとならではのものを感じました。

砂原:最初はもっと歌謡曲っぽかったと思いますね。テイさんのシンセが入ったら、突然ジャパンっぽくなって、ニューウェイヴ感が強くなった(笑)。

間奏はフリューゲル・ホルンですよね。ギター・ソロは小山田くん?

小山田:あれはLEOくんだね。

その味付けもすごく面白い。サビは歌謡曲っぽいのにニューウェイヴなアレンジで、そこに宙を舞うようなフリューゲル・ホルンとうねりまくるギターのソロが入る――このハイブリッドなミックスは新鮮でした。

TT:なるほど……それは評論家ならではの視点で、渦中にいるときはそうは思っていなかったですね。曲はできてるから、何かを入れたり、何かを引いたりすることしか念頭になかった。ゴンちゃんの“Gravetrippin'"では小山田くんのギターが炸裂してる。

それを聴いて、コーネリアスがリミックスした、Gotyeの“Eyes Wide Open”っぽいと思った。リズムはスカっぽい性急なテンポで、わりとコーネリアス・テイストだなと。

砂原:ギターがかっこいいよね。

小山田:ゴンちゃんにしてはずいぶんロックっぽい曲だと思ったけどね。デモの段階で良かった。

各曲のデモを聴くと面白そうですね。デラックス・エディションで再発するときにはぜひ……。

TT:出さないです(笑)。

“W.G.S.F.”は誰の主導ですか?

TT:これもゴンちゃんですね。

これもコーネリアスっぽい変拍子のニューウェイヴだなと思いました。

小山田:ファンキーっていうよりも、8ビートっぽいのがゴンちゃんの曲には多いね。

TT:LEOくんとゴンちゃんの曲は、素質的にロックっぽい気がしたね。幸宏さんはポップスというか。

全体的にダンサブルなトラックが多くて、そこはテイさんの味なのかな、と推測していたんですが。

小山田:最初にまりんが「踊れる感じがいいね」って言ってたんだよね。

砂原:なぜかというと、ライヴ先攻のバンドだったんで、体が動くような曲の方がいいんじゃないかと。

TT:かといって、EDMみたいな感じじゃないでしょう?

そういう感じはしなかったですね。ダンスといってもタテノリではなく横揺れのグルーヴで、ファンクなノリがあって、そこにニューウェイヴとか、ときどきノー・ウェイヴやポスト・パンクの要素も感じたり。でもR&Bのテイストもあって、すごく好きな感じでした。METAFIVEみたいなコスモポリタンが作るハイブリッドな音楽を気に入るひとは人種を問わず世界中にたくさんいると思うし、海外のひとたちに聴かせて感想を聞いてみたいですね。

TT:僕らのなかでは、ダンサブルなものが通奏低音としてあった上でのバンドを描いていました。でも、かといってEDMじゃない。だからクラブ・ミュージックっていうのは意識してないかもね。だけどクラブでたまにバイトしてるんで(笑)、要素としては入ってるんです。僕は自分のDJのときにMETAFIVEをかけますよ。“Don't Move”もずいぶん前からかけてるし。

砂原:“Don't Move”をかけてるとき、僕は客席に行ってちゃんと音をチェックしてます(笑)。

“Don't Move”は、テイさんのセットではどういう役割ですか?

TT:4つ打ちなんだけどロック、みたいな。EDM聴くくらいならロックを聴いてた方が楽しいですよね。

砂原:あとファンク色は強いですよね。

TT:そうですね。ファンクはいつも好き。あとロキシー(・ミュージック)。ジャケットはロキシー感が出てると思う。

砂原:とにかく引用だらけなんだよね。

ジャケットの絵を描いた五木田(智央)くんには何かキーワードを投げかけましたか?

TT:(アルバムを作ってる)途中で“Don't Move”と“Luv U Tokio”を聴かせたんですよ。幸宏さんが五木田くんの絵をけっこう好きなんだよね。五木田くんは小山田くんとまりんと同い年で、彼の兄貴が僕と同い年。それもあって音楽的なボキャブラリーが合うんです。それで五木田くんにMETAFIVEの印象を聴いてみたら、LEOくんと幸宏さんの声がブライアン・フェリーとかデヴィッド・バーンっぽいと。僕らが好きなロックとかニューウェイヴの感じを、五木田くんも音で解釈してくれたんで、(デザインの)内容は何も話さなかったんですよ。それで完成した作品を聴かせたら、「ロキシーっぽいね」と。それでロキシーってジャケットにバンド名しか書いてないからMETAFIVEもバンド名だけで、書体も細い方がロキシーっぽさが出るんじゃないか、とか。そこは幸宏さんも同意見でした。

そもそもバンド名は、最初はMETAMORPHOSE FIVEで、それをテイさんが縮めてMETAFIVEになったそうですね。

TT:でも、いずれにしろバンド名はMETAMORPHOSE FIVEにはならなかったでしょう。長いし、同じ名前のイベントがあるし。幸宏さんはイベントの「METAMORPHOSE」を知らなかったんじゃないかな。途中からMETAでもいいんじゃないかという説もあったよね。最近はみんなMETAって呼んでるけど(笑)。僕は、五木田くんは7人目のメンバーだと思っていますけどね。これだけ理解してくれる絵描きはいないんじゃないかなと。五木田くんは自分で作っている音楽も面白いんですよ。めちゃくちゃ多重録音していて、昔はバンドをやってたみたいですね。まりんがマスタリングしてあげなよ(笑)。

砂原:曲を送ってください(笑)。

最後にハンコを押すみたいに、アートには名前を付けてやることが必要なんですね。

TT:でもやっぱし、カラオケでは“Luv U Tokio”がいいんじゃないんですかね。

その曲名もいいですよね。

TT:あれはずっと“Tokio 2000”って言ってたよね。それで、「オリンピック、ちょっとまずくね?」って話すようになって(笑)。

砂原:「泥舟だ。逃げろ!」っていう(笑)。

「オリンピックまで日本はもつのか……!?」っていう。

小山田:“Luv U Tokio”ってちょっと歌謡コーラス系じゃないですか?

ロス・プリモスの“ラブユー東京”が元ネタでしょ?(笑)

小山田:METAFIVEになる前はCOOLFIVEとかって呼んでたんだよね。いまはおっさんばっかりだから、なんとなく歌謡コーラス的な感じもいいかなと(笑)。

たしかに「歌謡曲」と言うよりも「歌謡コーラス」ってピンポイントで言った方が気分だね(笑)。でも、そういう意味では「ちょっと女っ気がないな」とは思いました。例えばテイさんは、ご自身の作品を作るとき、必ず華やかな女性の存在を意識してフィーチャーされていますよね。そういうフェミニンな、もしくはグラマーな要素は、今回は必要ではないと思われたのですか?

TT:僕が若いときに衝撃的だったことのひとつが、YMOのメンバーのなかにいる矢野(顕子)さんの存在だったんですよ。あと“Nice Age”とかサビを女のひとが歌ってて、メンバーじゃねぇじゃん!みたいな(驚きがあった)。そういうときに、もちろん幸宏さんの歌も好きなんだけど、その対称に女性の声があると。これはいま分析するとしての発想ですが、幸宏さんを立たせつつ、何かがあった方がいいな、と考えていたかもしれないです。実は“Luv U Tokio”のサビのところはヒューマン・リーグ(※英国シェフィールド出身のシンセポップ・バンド。結成当初はボウイ、ロキシーとジョルジオ・モロダーを掛け合わせたような実験的な電子音楽を志向していたが、リード・ヴォーカルのフィル・オーキー以外の主要メンバーが脱退してへヴン17を結成。残ったオーキーらはディスコでスカウトした音楽歴ゼロの女子2人をヴォーカル兼ダンサーとして加入させ、「エレクトリック・アバ」と評される大胆な路線変更を行い、80年代初頭のMTV揺籃期に全英・全米チャートNo.1を記録した“Don’ t You Want Me”などの大ヒットを放った)のイメージでした。LEOくんが歌っているパートは女性のイメージだったんですよ。そしたらまりんに「外注はやめましょう」って却下された(笑)。

砂原:メンバーが豊富なんで、身内でやりましょうと。

TT:でもLEOくんと幸宏さんとで成立したんで、結果的にはこれで良かった。間奏のところに「かわいい娘(の声を)入れようよ」って言ったんだけど、またまりんに却下された。そこで「身内がいい」って言うから、LEOくんのお母さんになったんだよね(笑)。

砂原:でもLEOくんのお母さん、すごく良かった。60年代の(外国の)万博のソノシートに入ってるようなノヴェルティ感がある。そしたら、昔、NHKで本当にアナウンサー的なことをやってたみたいだね。

TT:独占契約して他のバンドでやるなって言わないと(笑)。


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TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:マーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。


META
METAFIVE

ワーナーミュージック・ジャパン

Synth-PopElectro FunkYMO

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2作目を作ることになったら、女性ヴォーカルを入れるのもありかな、と思うんですけど、却下ですか?

砂原:そのときにならないと全然わからないですね。テイさんの“LUV PANDEMIC”っていう曲があるんですけど、ライヴでそういう曲をやるときは女の子に出てもらったりしましたよね。

TT:そうですね。この前、まだ21の水原佑果ちゃんに出てもらったんです。

砂原:ライヴの最後に女の子に出てきてもらうと、ちょっといいなっていうのはありますよね。

ヒューマン・リーグとまではいかなくても、音楽的には女性の声が入っている方がカラフルだし、そういうMETAもちょっと見てみたい気がしました。

TT:まりんも自分の曲で女のひとのヴォーカルを使ってるよね?

砂原:そうですね。踊りと歌は女性の方がいいって、僕は思っているんですよ。

TT:そこで幸宏さんとLEOくんっていうのはどういうこと?

砂原:ああ……ちょっとわかんないですね(笑)。

TT:でも、「Radio〜」って言っている女性の声は今回生かしている(※“RADIO [META Version]”にはTina Tamashiro & Ema のコーラスがフィーチャーされている)。

小山田:あとゴンちゃんの娘の声だよね。最初の「メタ!」ってやつ。

まったく野郎だけというわけじゃないんですね(笑)。今作を作ってみて、かなりの手応えがあったと思うのですが、今後どうしたいか、目標みたいなものはありますか?

TT:まずはワンマンだよね。ライヴをやってもレパートリーがなかったのが、このメンバーだからこそできる曲が十分にできたので、美味しいものがある関西では優先的にフェスに出て(笑)。それでみんなの反応を見て手応えを確かめてから、これから何をやるのかを決める感じじゃないですかね?

砂原:次の作品を考えるよりも、ライヴの準備をしなきゃとか。

小山田:それにみんなそれぞれ(の活動を)やってるからね。若者が集まってバンドでやったるぜ、みたいな感じでもないから。

海外リリースをして、一回くらいツアーをやると面白い反応が来る気がするんですが、テイさんは海外ツアーはNGですか?

TT:そんなことないですよ。いまはインターネットもあるし、どこへ行ってもラーメン・ブームだし。僕は90年代から海外ツアーをやってるけど、海外は昔とはだいぶ違いますよね。ヨーロッパの方がいいかな。昔、アメリカをツアーで2周したけどギヴ(・アップ)でしたね。

砂原:すべての食い物がバターの味みたいな(笑)。

TT:すべての味はバターを基調に、肉か魚を食べるみたいな。肉だけのときもありましたからね。

砂原:いまって、ツアーを周るっていうよりも、フェスを周るって感じじゃないですか? そこも昔と変わりましたよね。でも向こうの反応は聴いてみたいね。行く行かないは別として。

TT:いま海外ではあんまり盤って作らないですよね? 

これだけ英語詞がフィーチャーされている作品だし、海外向きだと思いますよ。

砂原:英語と日本語の区別に対する認識も、昔とは変わってきていると思うんです。とあるアメリカの女の子の曲を聴いていたんだけど、最初は英語なんだけど、途中から完全な日本語になるんだよね。それで調べてみたら、その子が昔は日本にいて英語も日本語も両方喋れるみたいなんですよ。途中で日本語になるのは本当にびっくりして、なんかもう(英語とか日本語とか)関係ないなと思いました(笑)。

TT:僕も最初のソロを出したときに、英語の曲をもっと入れろとか、インストが多いとか言われましたね。“Technova”とかリード曲なのに、なんでポルトガル語なんだ、とかね(笑)。考え方、古いなーと思った。

そういう意味では、世界がグローバル化したことで良くなったところもあって、異文化を昔ほど抵抗感なく受け入れて楽しむ土壌ができて来たのかもしれない。

砂原:“江南スタイル”とかって、ことばは関係ないじゃないですか?(笑)

最近の韓国は、日本よりも先に音楽の新しいスタイルを躊躇なく受け入れて発信もするからすごいですよね。

TT:10年前にアジアへ行ったときは、日本のものをマネしていた感じだったんです。でも数年前に韓国やインドネシアへ行ったら、韓国がデフォルトになっていた。和食屋へ行ってもKポップが流れているんですよ。それを見て中国人とかがキャーキャー言ってる。

ここ数年疑問に思っていることのひとつが、日本における「歌の上手さ」の基準がかつて自分が思っていた基準と変わってしまって、それこそ三代目(J Soul Brothers from EXILE TRIBE)とか、ああいう歌い方がデフォルトになっているような気がして。ヴォーカル・スクールの先生をやっているミュージシャンの友だちに訊いてみたら、それはKポップの影響大なんだと。ここ最近のアメリカのチャートでヒットしている曲によくあるヴォーカルの発声のスタイルを日本より先に韓流が消化して、それを日本が後追いで取り入れているという説を聞いて、なるほど……と納得したんです。

TT:日本より韓国の方がアメリカに近かったですよね。韓国語の発音の方が英語に近いっていうのもあるのかもしれないですね。

砂原:韓国の音圧感も、日本じゃなくて、アメリカとかヨーロッパの感じなんだよね。アメリカに近いかな。

TT:そのテリトリーを取られちゃった感じですね。ウチらには関係ないけど。

砂原:Kポップはエンターテイメント性が強いのかな。遊園地ぽいっていうか。

テイさんやコーネリアスとはまったくクロスしない感じですよね。

TT:まったくしないですね。

リミックスもコラボレーションもしていないし。マーケットに合わせて音楽を作るということを、METAFIVEのメンバーは誰もやって来なかったという共通項はありますね。

砂原:この前、“Don't Move”のビデオを見たときに、それがないから良いと思いましたね。それがないからこその勢いがあるのかなと。

TT:三代目とか、それ以外のEDMみたいなトレンドを気にしていないというか。

ロック魂やファンク魂を感じて、すごく清々しかったですね。

TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:そういうマーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。

たしかにMETAFIVEでスネークマンショーみたいなギャグをフィーチャーした作品はありかもしれない。だれか尖ったひとたちと組んだMETAFIVE版『増殖』はぜひ聴いてみたいですね。……野田さん、何か補足したいことはありますか?

野田(以下、△)ちなみにテイさんから見て、どういうところで、このふたりとは気が合うと思いますか?

TT:同世代にあんまりいないんですよね。64年生まれって高野寛くんくらいしか合うひとがいなくて。ふたりは5つ下だけどたまたま共通言語が多いっていうだけのことです。

△それは趣味が合うということですか?

TT:趣味が合うかはわからないですけど。他の趣味とか全然知らないので。

砂原:テイさんの世代だと、まだ生で楽器をやっているひとが多かったですよね?

TT:ケンジ・ジャマー(鈴木賢司)さんとか?

小山田:あー。僕、中学生くらいのときに、学生服を着た天才ギタリスト少年って言われて登場したのを覚えてるな。

TT:あとはパードン木村さんとか。

△小山田くんやまりんはバンドに参加していたので、複数の人間で音楽をやっていた経験はありますけど、テイさんは基本的にソロでやっていますよね。そういう意味で、テイさんが誰かといっしょにやるのはどういう感じですか?

TT:このふたりも、ひとりでやっていて停滞してるんだろうなと思ったから、気楽にO/S/Tやんないかって10年前に持ちかけたんですよ。有言不実行でしたけど(笑)。

O/S/Tという名前だから、映画のサントラからはじめる手もあったかなと。

TT:依頼があれば、ですけど。それ、いいですね。

砂原:いまはMETAFIVEが子会社になりましたもんね(笑)。

映画部門もぜひ。

TT:いや、でも僕一回やったことあるんですけど、きつかったですね。何曲か決めていた劇伴とかあったけど。

砂原:僕もやったことあります。小山田くんもやってますよね。

TT:ひとつの作品を全部やるのってきつくない?

砂原:僕の場合は制作サイドが優しくていろいろ言うことを聞いてくれましたね。けっこうサントラって(音楽を)ぶつ切りにされちゃうじゃない? 「えー! こんな使い方するの!」みたいなことはなかったな。

TT:坂本(龍一)さんとご飯を食べていて、「サントラっていうのは、画を見て音がないともたないな……っていうところからはじめるんだ」と言われて、「あ、そうなんですね!」って(笑)。知らなかったからね。僕が音楽を担当した『大日本人』(松本人志監督/07年)はテーマ曲から作った。それはすっと通ったんですけど、他は松本人志さんがピンとこないってことで、大変でしたね。二度とやんないって思いましたけどね。

砂原:僕も音が必要なところに(音を付ける)っていう考えなんですけど、もっとわかりやすくストーリーを感じて音を付けるパターンが多い気がするんですよね。だから解釈がひとつしかない。それはつまんないというか、考える余地はあった方が面白いと思うんですけど。

TT:個人的には、音が少ない映画は好きなんですけどね。使うべきところにバシッと入っているのがいいですよね。車に乗っていてカーステからラジオが流れて、カットが変わったときにそれがラインになって原曲の実音が流れたりとか。そのくらいの感じが好きなんです。数年前の『ドライヴ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督/11年)はすごく上手いなと思いました。使っている音楽はテクノだけでしょう?

『ドライヴ』は映像がすごく80年代っぽかったですよね。

TT:音楽はフレンチ・テクノのひと(クリフ・マルティネス)の曲で、どうしてここで「ズデデデ、ズデデデ」って鳴るのかなって思うんだけど、カットが変わったときに「あ!」と思う。伏線的にイントロのシーケンスを弾いたりするのが良かった。

砂原:小山田くんが言ってたけど、最近の映画は効果音が適当というか。

小山田:僕がやったのはアニメで画面の情報が少ないでしょう? だから音楽の量がけっこうあるんだよね。あとバトル・シーンとか効果音が多いからさ(笑)。規模が大きい映画だから、まず音響監督さんがいて、音効さんがいて、それから音楽があって、っていう感じで、楽曲を必要な場面で入れるのもその音響監督さんがやるんだよね。だから、とりあえず素材をたくさんくださいと言われて、それでバンバンと素材になる音を出して、そのなかから監督が選ぶような感じだったから、あんまり自分で考えて音楽をやれたという感じでもないんですよ。いま教育番組(NHK『デザインあ』)の音楽をやっているんだけど、それに関しては、もうちょっと狭いプロダクションで、僕も入っていっしょにできている感じがあるんだけどね。

砂原さんがサントラを担当した作品というと、“神様のいうとおり”(いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ、TVアニメ『四畳半神話大系』主題歌/10年)ですか?

砂原:それはエンディング・テーマですね。サントラは韓国と日本の合作で妻夫木聡とハ・ジョンウが出ていた映画(『ノーボーイズ、ノークライ』キム・ヨンナム監督/09年)を担当しました。わりと自由にやらせてくれました。

TT:昨日『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を2回観たんですけど、けっこうずっと音が鳴ってるんですよね。あれ、うるさかったですか?

ぼくはあれを観て、ジョン・ウィリアムズはさすがだな、と思いました。引き出しが広いし。

TT:僕も上手いと思うんですよ。足すだけじゃなくて引くことも上手だし。全部スコアの世界なんだけど、新しい登場人物のレイのテーマに、それまでの曲をアレンジしたものがミックスされていたりとか。2回見たので冷静に観察できたんですけど、とにかく自分には全く作れない世界だと思いました。教授のサントラの世界もすごいですけどね。いまディカプリオ主演の映画(『レヴェナント:蘇えりし者』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督/16年1月全米公開)の音楽もやっているでしょう? けっこう重い感じの映画ですよね。そういうのじゃなくて、「音があってもなくてもいいから」という作品の依頼はO/S/Tへ(笑)。

例えばタルコフスキーの映画を観ると、劇中で使われる音楽よりも水の音が頭に残ったりするんです。「映画音楽」というものを音響的に捉えていて、そういう映画を初めて観たのでハッとさせられた記憶があります。武満徹もタルコフスキーが好きで、いちばん音楽的な映画作家だと評価していて、なるほどそういう見方もあるなと。

TT:(映画作家のなかには)音楽を効果的に使いたいという方もいると思うんですよね。音で(観客を)心理的に引っ張っていく劇伴的なアプローチと、逆に音を聴かせるだけじゃもたないから、そこで印象を付けるためには(既成の楽曲の)選曲でも可能というか。『大日本人』は全部自分で作らなきゃと思っていたけど、ヴィンセント・ギャロみたいにやってもよかったかな。

ギャロは選曲のセンスが絶妙ですよね。『ブラウン・バニー』(03年)のサントラも1曲目に60年代のTVドラマ『トワイライト・ゾーン』の劇中歌を持ってきたり、『バッファロー'66』(98年)ではイエスの隠れた名曲を持ってきたりとか。

TT :それで自分で作った曲もむちゃくちゃ良かったりするじゃないですか? ああいうのはいいですね。ということは、ハリウッド映画じゃないってことですね(笑)。

砂原:ハリウッド系は大変そうだよね。

△でも、DJカルチャーではハリウッドへ行ったひとが多いよ。デヴィッド・ホームズとかさ。あとはフレンチ・ハウスのカシアスとか。

砂原:そうか! カシアスは昔からよくできてたから、そうなるのはわかる気がする。

小山田:ダニー・エルフマン(※ロサンゼルスのニューウェイヴ・バンド、オインゴ・ボインゴの元リーダー。80年代から映画音楽を多数手がけ、特にティム・バートン監督との名コンビで知られる)とか。

エルフマンのポジションはちょうどいい按配じゃない? 仕事するときのスタンスは小山田くんに似てるかもね。ティム・バートンの他にもハリウッド大作からインディペンデント映画まで作品本位で手がけていて、アカデミー賞作曲賞ノミネートの常連だし。ダニー・エルフマンってキム・ゴードンの高校時代の彼氏なんだって。キム・ゴードンの自伝を読んでいたらそう書いてあってびっくりした。それって意外だよね。

小山田:そうなんだ。あの自伝買ったけど、まだ読んでないんだよね。

△インタヴューを始める前に、小山田くんが『スター・ウォーズ』より『未知との遭遇』派だというのを聞いて、すごく意外でしたね(笑)。だってコーネリアスのイメージって、絶対に『スター・ウォーズ』じゃないですか?

TT:そうなの?

小山田:僕は『未知との遭遇』です。

※ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』第1作(「エピソード4/新たなる希望」)とスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』はいずれも77年に全米公開、78年に日本公開という同時期に上映され、SF 映画ブームを巻き起こした。

音楽的には『未知との遭遇』のテーマの、あのリフの方が耳に残るよね。

小山田:♪タララララ〜。僕、ライヴで絶対にあのフレーズ弾くんだよね。

砂原:弾いてたよね(笑)。でも『FANTASMA』の頃のコーネリアスだと、ちょっと『スター・ウォーズ』っぽい感じはあったかもね。

TT:まりん、『スター・ウォーズ』ひとつも観てないくせに(笑)。

……という感じで話は尽きませんが(笑)、最後にあらためて、お三方から見たヴォーカリストとしての幸宏さんとLEOくんについて、見解を聞かせてください。

TT:さっき言ったことと同じになりますけど、もしもO/S/Tでアルバムを作っていたとしても、LEOくんと幸宏さんは最高のヴォーカリストだと思うので、吸収合併されて良かったなということですかね。

砂原:テイさんがよく言っているんですけど、自分のヴォーカリストのデフォルトは幸宏さんの声だと。僕もYMOで幸宏さんの声を聴いていたので、そういう感覚に近いですね。

TT:「Tokio」って言ってたのは教授だけどね(笑)。

砂原:LEOくんはバンドをはじめるときのミーティングで出会ったんですけど、彼がMETAFIVEをやっていくうえでキーになるような気がしていました。最初はなんで彼を呼んだのかわからなかったんですけど、KIMONOSは知っていたので、その「わからなさ」に何かあるなと。

小山田:幸宏さんとバンド(高橋幸宏 with In Phase)をやっていたジェームズ・イハの代役で入ってきたんだよね。ユニヴァーサルで幸宏さんを担当していたひとがレオくんも担当していたという縁もあるし。

TT:ギターもキーボードも打ち込みもできて歌も歌えるから、自分に近い存在っていうことも、幸宏さんにはわかってたんだよね。だから僕らに紹介しようと思ったのかな。

砂原:“Whiteout”の歌詞を書いてもらったときも、僕は何となく「立ちくらみ」っていう情報を伝えただけだったのに、彼の解釈がすごく良かった。

TT:僕もタイトルは“Albore”って伝えただけ。夜明けに作ったということもあるし、バンドをはじめることも新しい夜明けだという気がするとか、最近は音楽にしか夢はないよね、っていう話を飲み屋で散々したので。それでできた詞を見たら、すごくポエティックだった。(テーマやイメージを)具体的に良いことばにする才能がある。

小山田くんは?

小山田:幸宏さんとLEOくんがちょうど最年長と最年少で、共通している部分も感じているし。さっきブライアン・フェリーとデヴィッド・バーンって言ったけど、両方ともブライアン・イーノが関わっている感じで(笑)。

TT:あとディーヴォもイーノだよね(※78年の1stアルバム『Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!(頽廃的美学論)』のプロデュースをイーノが手がけた)。“Don't Move”の大サビみたいなところはディーヴォっぽく歌って、って言ってたんだけどね。

小山田:ちょっとマーク・マザーズボー(※ディーヴォのオリジナル・メンバー。ウェス・アンダーソン監督作品など映画音楽も多数手がける)が入ってる感じ。そういうイメージで僕は作ったから。

砂原:幸宏さんとLEOくんは声の混ざり方もいいし、コントラストもあるし。

小山田:静と動の混じり具合が絶妙だなって。これだけ良い素材だったら、何をやってもそこそこ良い料理が作れそうだなっていう。

まさに理想のツイン・ヴォーカルという感じがしますね。

TT:親子であってもおかしくない年齢ですよね。それでふたりともブリティッシュ・アクセントがベースにあるんですよね。幸宏さんの師匠がピーター・バラカンさんだから。そのうえでアメリカン・アクセントもいける。

小山田:LEOくんもずっとイギリス育ちだもんね。

TT:でも僕の曲で、「これはワタシ、どっちで歌えばいいですか?」って訊いてくれる。アメリカンか、それともブリティッシュ・アクセントか、って(笑)。

たしかにアルバムの全曲で、ふたりのヴォーカルの独特の混ざり方やコントラストが鮮やかに栄えているのが、成功の第一の要因だと思います。

TT:みんながふたりのツイン・ヴォーカルが好きだから、結局全曲歌ものになったっていうことですからね。それは想定していなかったでしょう?

砂原:それはすごい成果でしたね。そういう決まりを作ったわけじゃないんですよ。

そういえばゴンドウさんの役割はどんな感じでしたか?

砂原:ゴンちゃんはホーンとかスパイス的なアレンジをやってくれるし、プロダクションもできる。だから僕は悩んだときはゴンちゃんに相談してました。

TT:あと、幸宏さんはなくてはならない存在というか。幸宏さんって最初にプロダクションありきの音楽を作るひとのハシリじゃないですか? その頃ってマニピュレーターがいたんですよね。いつの間にか自分たちでやるようになって、シンセを買ったらプリセットが1000個とか入っていて。でも幸宏さんは、その分オールド・スタイルを貫きたいと思っている。自分で詞を考えたいし、衣装も考えたいし、ライヴの選曲も考えたい……そういうオールマイティなタイプなんですよ。幸宏さんだけ自宅スタジオがないじゃん? あれは美学なんだよね。家にはドラムもシンセも何もないっていう。アール・デコの鏡とかはまだあるらしいよ(笑)。

小山田:そういえば幸宏さんの家、行ったことあるな。あの時計、まだあったよ。

TT:だから、僕が軽井沢の自宅でレコードとシンセとターン・テーブルを置いて、DJをだーっとやってるのを「だせえな」って思ってるはず(笑)。

そんなわけないですよ(笑)。でも「ダンディとは美学を生きた宗教のように高める者」というボードレールの定義に従えば、ダンディという称号が似合う日本のミュージシャンは、加藤和彦さん亡きいまとなっては幸宏さんが最後かもしれない、という気もします。
METAFIVEは、パーマネントなバンドとしてのポテンシャルに計り知れないものがあるので、これからの展開次第では大化けして、予想を超える飛躍を見せてくれる予感もあってワクワクしているんです。ディーヴォが『In The Beginning Was The End:The Truth About De-Evolution』(76年/チャック・スタットラー監督)みたいなショート・フィルムを作ったように、METAFIVEならではの映像作品も作ってもらえると嬉しいですね。

DUBKASM - ele-king

 ブリストルを拠点に活動するDJストライダとディジステップによるレゲエ/ダブのデュオ、ダブカズムが2月に来日ツアーを行う。2013年に発表された“ヴィクトリー”は、ダブ界の重鎮ジャー・シャカやダブステップのパイオニア、マーラにもプレイされ、多くの人々に愛されるアンセムとなった。去年リリースされたマーラによるリミックス・バージョンも、発売後すぐにソールド・アウトになるほどの人気ぶりだ。

Victory - Dubkasm (Mala Remix)

 世界各地域において独自のシーンを持つサウンドシステム文化において、グローバルな広がりはもちろんのこと、現地のミュージシャン同士の繋がりを見るだけでも心が踊るものだ。テクノ・シーンでも評価される〈リヴィティ・サウンド〉のペヴァラリスト、ダブステップやグライムのシーンで活躍するカーン&ニーク、スミス&マイティとして多くのクラシックを生み出したロブ・スミス。日本でも馴染み深い彼らは、各々が少しずつ異なったフィールドに身を置いているものの、ブリストルというひとつの街のなかで実に有機的な関係性を築いている。

 そのなかで重要な役割を果たしているのがダブカズムのふたりだ。ブリストルにみずからのスタジオを構え、自分たちのプロダクションに専念するだけではなく、他のプロデューサーたちとも積極的にコラボレーションを続ける彼らは、ブリストルのハートのような存在なのかもしれない。2014年に発表された“マイ・ミュージック”の音楽とビデオで描かれるのは、ブリストル、ひいては他の街のミュージシャンたちとダブカズムの繋がりだ。テクノロジーの発達により、個人作業の可能性がどこまで拡張される現在。そんな時代においても、素晴らしい音楽は人々が交差する「場所」からやってくることを、彼らは思い出させてくれる。

 ツアーは2月5日からはじまり、東京、京都、福岡、相模原、札幌の5都市をダブカズムが巡る。東京公演ではロブ・スミスことRSDもプレイする予定だ。近くの会場でブリストルのハートを心して聴こう。

'My Music' - Dubkasm meets Solo Banton (Feat. Buggsy)

Dubkasm( from Bristol, UK)

DJ StrydaとDigistepは、15才の頃に地元ブリストルで体験したJah Shakaのセッションで人生を変えられ、サウンドシステム文化に没入していく。以降、20年以上に渡りトラック制作/ライヴ&DJ/ラジオ番組などでシーンに関わり続けている。そのトラックはJah Shaka、Aba Shantiらのセッションでも常連で、昨年リリースの「Victory」はここ日本でもアンセムと化している。09年に発表したアルバム『Tranform I』は高い評価を受け、全編を地元の盟友ダブステッパーたちがリミックスしたアルバムも大きな話題となった。最近ではMalaやPinch、Gorgon Soundらとの交流も盛んで、ダブをキーにした幅広いシーンから厚い信頼を獲得している。2016年2月、BS0の第2弾として待望の初来日を果たす。


Millie & Andrea - ele-king

  現代のエレクトリック・ミュージックを代表するレーベルのひとつ、UKの〈モダン・ラヴ〉に所属するアンディ・ストットとデムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーによるプロジェクト、ミリー&アンドレアの来日公演が決定した。
2014年のアルバム『ドロップ・ザ・ヴァウェルズ』はインダストリアルかつ、ふたりのジャングルのバックグラウンドもかいま見える傑作。そのリリース後にアンディとデムダイクは来日ツアーも行ったものの、ミリー&アンドレアとしてステージに上がることはなかった。
この約2年の間にも数々のリリースでシーンを沸かせてきたふたりが、今回の来日でどのようなライヴ・セットを披露するのかに期待しよう。東京公演にはヤジとハルカによるツイン・ピークスや、国内でのライヴは久しぶりのエナ、独自のテクノ/ノイズ観を探求するコバらが出演。

root & branch presents UBIK
Millie & Andrea

日程:2016年2月26日金曜日
会場:東京 代官山 UNIT
時間:Open/ Start 23:30
出演:
Millie & Andrea (Modern Love, UK) Live
Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker) 3 Hours Set
ENA (7even, Samurai Horo) Live
Koba (form.)
料金:¥3,500 (Advance) 1.23 sat on SALE!!
Information: 03-5459-8630 (UNIT)
https://www.unit-tokyo.com/
Ticket Outlets:
PIA (287-002), LAWSON (70967), e+ (eplus.jp), diskunion CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, JET SET TOKYO, DISC SHOP ZERO, clubberia, RA Japan, UNIT

【Millie & Andrea 大阪公演】
日程:2016年2月27日土曜日
会場:大阪 心斎橋 CIRCUS
出演:Millie & Andrea (Modren Love, UK)
more acts to be announced!!
時間:Open/ Start 23:00
料金:¥2,500 (Advance), ¥3,000 (Door)
Information: 06-6241-3822 (CIRCUS)
Ticket: https://peatix.com/event/141308


Millie & Andrea (Modern Love, UK)


2008年に結成されたMILLIE & ANDREAは、MODERN LOVE傘下のヴァイナル・レーベルDAPHNEからハンドメイド仕様ヴァイナルを2008年から2010年の間にゲリラ的に限定リリースして、カルトな話題を集めた。作品をリリースする度にその評価を拡大させ続けているANDY STOTTは、2014年11月にリリースした『Faith In Strangers』でポスト・インダストリアル・ブームを凌駕する充実度と多面性を以て圧倒的存在感を示した。MILES WHITTAKERは、DEMDIKE STAREで幽玄的なインダストリアル・サウンドの美学を追究、多くのリスナー層に訴求するその普遍性を兼ね備えた作品は世界中で賞賛されている。2014年初頭、500枚限定ヴァイナルでリリースされ即日完売となった最新ベースサウンド~トラップに挑んだ作品「Stage 2」で更なる注目を集めた。同年4月には満を持してアルバム『Drop The Vowels』をリリースした。制作に2年の歳月を掛けたこのアルバムは、彼等の飽くなきビートの追求が結実した傑作として、ダブ~ミニマル~ベースミュージック~インダストリアルを通過した孤高のストリート・ベース・サウンドの金字塔として大きな話題となった。多忙な個々の活動の為、中々実現しなかったMILLIE & ANDREAとしての超レアなライヴ・セット、お見逃しのない様に!

ENA (7even, Samurai Horo)

Drum & Bassから派生した独自な音楽の評価が高く、ジャンルを問わないTop DJからのサポートを受け、Resident AdvisorのPodcastに自身の曲を中心としたMixを提供。多数のレーベルからリリースを重ねると同時に、楽曲のクオリティの高さからミキシング/マスタリングの評価も高く、様々な作品にエンジニアリングでも参加。7even Recordings, Samurai Horoなどヨーロッパを中心に多数の作品をリリース。
https://ena-1.flavors.me/

Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker)

Black Smoker RecordsのYaziとFuture TerrorのHarukaの友情に基づいたコンビ。様々な手法、機材を導入したそのセットはDJとライブのハイブリッド。それぞれの音楽的な背景を活かしてはいるが、どちらのDJともかけ離れた世界観を提示。

Koba (form.)

線の細いキック、マシンノイズが混じったハードウェア産ベースライン、硬質なハイハット、ダブルアクションのスネア。徹底したマテリアルの配置と、その裏側から大きくうねり次第に厚みを増していくグルーヴに抱き合わせた「緊張感」と「高揚感」を投げ込むDJ / Producer。「温度」に固執した楽曲の選定は、ミニマルミュージックの根底に在る「変化に伴うリズムの層と層の浮き沈み」を簡潔に提示し、そこにオリジナルの素材を組み込む事で確立するサウンドTechno / Dubの解釈を広義に着地させる。2010年より、音楽行為において「演奏」に到達するまでの着想を様々な媒体でコミュニケートする極建設的DJレーベル「form. (フォーム)」を展開。翌2011年には、レーベル初のリリースとなるMIX CD「Thought to Describe」を発表。自身のダブプロダクトを再認識する為のライブレコーディングをコンポジットした。現在は「form.」の企画・運営と、「SOLISTA」にてレジデントDJを勤める。
www.soundcloud.com/koba-form

 トータスによる約7年ぶり7作めのニュー・アルバム『ザ・カタストロフィスト』。多様な音楽性を折衷し、ひとつの時代を築きつつ20年にわたって飽くことなき実験を繰り返してきたバンドによる新作──ヨ・ラ・テンゴのジョージア・ハブリーが歌い、デヴィッド・エセックスのカヴァーまで登場する本作を“読み解く”ために聴いておきたいアルバムを約10枚ご紹介。

Tortoise - Tortoise (Thrill Jockey 1994)


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 記念すべきファースト・アルバム。「亀」というロックバンドらしからぬ名を冠した彼らの歩みはここからはじまった。ジョン・マッケンタイアの出自であるハードコアやダグ・マッカムな叙情的なメロディが生々しくも未分化まま、乾いた熱量と共に封じ込められている。ポストパンク的ともいえるダビーな処理や電子音への耽溺に加え、サウンドのポスト・プロダクション的実験も行われており、90年代のポスト・ロックの鼓動が聴こえてくる。(D)

Tortoise - Millions Now Living Will Never Die (Thrill Jockey 1996)


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 トータスの名を一気に広めることになった傑作セカンド。ポスト・プロダクション志向はさらに強まり、演奏と編集、編集と作曲の境界をスムーズに遡行/移行しながら、90年代のポスト・ロックの基本形を完成させた。ジャーマン・ロックや電子音楽の影響を臆さずに導入し、90年代中期のDJモード=リスナー主義的な雰囲気も象徴している。乾いたギターの音色や旋律に、グランジ以降を「生き延びてしまった」ロックの叙情性を感じる。(D)

Tortoise - A Digest Compendium Of The Tortoise's World (Tokuma Japan Communications 1996)


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 ファースト・アルバム収録曲や95年リリースのリミックス盤、さらには初期7インチ盤などを収録したコンピレーションアルバム。ジャズ、ヒップホップ、テクノ、音響派、電子音楽、映画音楽など多種多様な音楽のショウケースといった趣で、いま聴きなおすとバンドの試行錯誤が刻印されているのがわかる。傑作セカンド・アルバムへと繋がっていくエレメントをはっきりと聴き取ることができる。スティーヴ・アルビニのリミックス曲も注目。(D)

Tortoise - TNT (Thrill Jockey 1998)


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 トータス初期の歩みの集大成にして彼らの代表作。ハードディスク・レコーディングを大幅に導入し、編集と作曲の境界はさらに滑らかに。シカゴ音響派の代表格といわれる彼らだが、この作品においてストラクチャー志向にモード・チェンジしている点は重要なポイントに思える。ジャズ的なものに接近しているのは本アルバムでジェフ・パーカーが正式メンバーになった影響大か。印象的なアートワークはメンバーのジョン・エルドンの落書き。(D)

Tortoise - Standards (Thrill Jockey 2001)


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 トータス史上、もっとも過激で、もっとも過剰で、もっとも怒りに満ちているアルバム。『TNT』的洗練への反動か、穏やかなムードをあえて破壊するようなノイジーなサウンドが展開されている。1曲め“Sensca”のエレクトリック・ギターはジミヘンの霊が乗り移ったかのようだし、ドラミングはハードコアの亡霊のよう。機材もハードディスク編集からアナログ機材へと回帰し、その太い音像が魅力的だ。過渡期故の過剰な魅力が本作にはある。(D)

Tortoise - It's All Around You (Thrill Jockey 2004)


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 前作が「破壊」とするなら、本作は「再生」だろうか。リラクシンなムードが漂う中、緻密に再構成させるサウンドは『TNT』を想像させるが、前作の過剰なポスト・プロダクションを経由したそのサウンドは、トータス史上、最大級に洗練されており、ストラクチャー志向であった『TNT』よりも、サウンド志向の強いアルバムともいえる。本作においてトータスは初めて演奏と音響の融合に成功したといえるのではないか。声の導入もバンド初。(D)

Tortoise - Beacons Of Ancestorship (Thrill Jockey - 2009)


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 『イッツ・オール・アラウンド・ユー』から5年を経て発表された6枚めのアルバム(06年にボニー・プリンス・ビリーとの競演作を発表していたが)。前作がサウンドなら本作は演奏に焦点を当てたアルバムか。あるい『スタンダーズ』に内包していた過激さの再認識か。プログレッシヴ・ロックを彷彿させる叙情的でダイナミックな演奏はロック・バンド・トータスの面目躍如といった趣。以降、7年間、オリジナル・アルバムのリリースは途絶える。(D)

Various - CHICAGO 2018... It's Gonna Change (Clearspot 2000)


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 独人ジャーナリスト主導で、現地コーディネーターにジム・オルークと〈スリル・ジョッキー〉のベッティナを立てたオムニバス。『Eureka』と『Insignificance』の狭間にいたジム、ポスト『TNT』としての『Standards』を世に問うたばかりのトータスはもちろん、サム・プレコップ、ケン・ヴァンダーマーク、アイソトープ217など2枚組にぎっしり18組。バンディ・K・ブラウンやプルマン、トー2000など、往時を偲ばせるメンツもふくめ、(はからずも?)90年代オルタナ~ポストロック~音響万博の趣だが、過渡期ならではの多様性はいまもってまぶしい。表題は「2018年――シカゴは変わっているだろう」の意。しかし予言の年を迎える前にシーンは激変した。(松)

Terry Riley - In C (Columbia Masterworks - 1968)


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 ジェフ・パーカーによれば「Gesceap」は「In C」を参照したとのことだが、同じライリーの「Rainbow In Curved Air」(69年)のラーガ的モードも彷彿させる。「In C」はミニマル・ミュージックの代表作のひとつで、すべてハ長調の短い53個のフレーズをモジュールに見立て、その反復と連動が楽曲を構造化する、ミニマル・ミュージックの代表曲だけあって、ロック畑にも無数に援用(ときに誤用)されてきたが、トータスはミニマルの解釈と更新において頭ひとつ抜けているようだ。(松)

David Essex - Rock On (CBS 1973)


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 英国のポップ・シンガーの、タイトル曲がビルボードでもヒットしたデビュー作。73年のUKといえば、ボウイは前年の『ジギー・スターダスト』で押しも押されもしない☆となり、ゲイリー・グリッターがチャートを席巻する、グラム全盛の潮流を見越したふしは冒頭の“Lamplight(邦題:魔法のランプ)”にうかがえるが、アメリカン・オールディーズやシングルB面のバラード“On And On”など、音楽性は幅広く、なかでも“Rock On”はつづく“Ocean Girl”と併せ、レゲエ~カリブ音楽の影響大で、幼少期のトータスの面々をとらえたのもむべなるかな。エントロピーが高まる世相のなかで、その引き算の戦略が新鮮かつセクシーだったのだろう、エセックスはのちに俳優業でそれをふるうことになる。(松)

George Lewis - Voyager (Avant 1993)


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 ジェフ・パーカーのいうシカゴの即興コミュニティとコラボレートした作品とはどのようなものか。発言ではうかがい知れなかったので妄想で、このようなものだったんじゃなかろうかと導き出したのがこちら。アンソニー・ブラクストンと並ぶAACM──ジェフ・パーカーもその一員──の論客であるトロンボニスト、ルイスによる自作即興対応ソフトウェア「Voyager」とのマンマシーン・インプロヴィゼーション集。発表当時は、アカデミシャンだけあって、気宇壮大なこころみのわりにDX7的な音色のダサさに耳がいって仕方なかったが、あらためて聴くとなかなかどうして味わい深い。シンクラヴィアと同じ寝かしどきの問題か、数日前ブーレーズを聴き直したせいか?(松)

Yo La Tengo - Fade (Matador 2013)


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 ホーボーケンの守り刀にしてUSインディの要石、ヨ・ラ・テンゴのスタジオ作13枚めのプロデュースは20年来の旧友ジョン・マッケンタイア。不変のスタンスはそのままに、しかし3年前の『Popular Songs』以上に濃縮した曲ごとの旨味をジョンマケのツボを押さえた音づくりがひきたてる。ほんのりサイケかつアシッドな風味はジョージアがヴォーカルをとった“Yonder Blue”に3年越しにフィードバックしていくかのよう。ジェフ・パーカーが2曲めで弦アレンジを担当。ロブ・マズレクらの参加も色どりを添えている。(松)

Chicago Underground Duo - Locus (Northern Spy 2014)


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 そのロブとチャド・テイラーによるシカゴ・アンダーグラウンドのデュオ名義は7作目にあたる最新作で電子音と即興によるこれまでの鋭角的な作風から新世代のジャズを念頭に置いたそれに舵を切った。ボウイの遺作への参加でときのひとになっ(てしまっ)たマーク・ジュリアナのように、抽象と抑制より具体と饒舌を前に、エチオピアン・ジャズやらIDMやらをおりこみながら『ザ・カタストロフィスト』に通ずる音色でコンパクトかつグルーヴィに攻める、なんと巧みで聡明なひとたちであることか。(松)

KANYE WEST × KENDRICK LAMER - ele-king

 カニエ・ウェストがサウンドクラウド・ページに、ケンドリック・ラマーとの初コラボレーション曲、“NO MORE PARTIES IN L.A.”を公開した。英紙『ガーディアン』によれば、サンプリングの元ネタは、ジュニー・モリソンの“Suzie Thundertussy”。また同紙には、曲中のケンドリック・ラマーが歌うリリックが抜粋されている。

“Liquor pouring and niggas swarming your section with erection / Smoke in every direction, middle finger pedestrians / R&B singers and lesbians, rappers and managers / Music and iPhone cameras.”
KANYE WEST×KENDRICK LAMER – “NO MORE PARTIES IN L.A.”

 なお、カニエ・ウエストは2月11日にニュー・アルバム『Swish』のリリースを控えている。



Isolde Touch - ele-king

 実験の旗色が悪いのか。前衛は死んだのか。あの死なないはずの、もしくは何度も死んでも蘇生したはずのピエール・ブーレーズも死んでしまった。前衛音楽も、実験音楽も、とうの昔に20世紀のフォルダに入れられてしまってわけで、マニアの蒐集欲を満たすブツ=盤としてフェティッシュな欲望の対象になってしまったのだろうか。むろんこれはこれで悪くない倒錯だ。私も大好きな倒錯である。

 では、実験音楽も前衛音楽も死んだ、というかゾンビ化した21世紀において、音楽における実験的な試みそのものも無効化したというのだろうか? いや、そうではないだろう。そもそも音楽とは終わることなき音の実験ではないか。20世紀が終わっても音楽が音楽である限り実験は終わらない。実験とは生の証である。ならば、もっとカジュアルに、もっとクールに、もっとモダンに、もっとモードに、音の実験をすればいい。モダン・モード・エクスペリメンタル。

 そして昨今の音楽的潮流において、そのようなモダンでモードなエクスペリメンタル・ミュージックは極めて重要な存在になっている。ベルギーの実験音楽/サウンド・アート・レーベル〈アントラクト(Entr’acte)〉はその代表格だろう。〈アントラクト〉はグラフィック・デザイナーでもあるアロン・ケイ(Allon Kaye)が主宰するレーベルで00年代から活動を続けている。もはや中堅といってもいいレーベル・キャリアだが、白地+色の新しいアートワーク・フォーマットやヴォイナル・リリースなどを導入して以降は、ノイジーな実験音楽のクラブ的展開という新しい領域へとその活動を拡張しつつある。じじつ、昨年リリースした、イマジナリー・フォーシズ(Imaginary Forces)、ガイ・バーキン&サン・ハマー(Guy Birkin & Sun Hammer)、カイル・ブラックマン(Kyle Bruckmann)などのアルバムは、エクスペリメンタルとロウなテクノをリンクさせた素晴らしいアルバムであった。

 そんな〈アントラクト〉から、イゾルデ・タッチの新作がリリースされた。彼女は南カルフォルニアを拠点として活動をしているアーティストである。イゾルデ・タッチ名義では〈ファーザー・レコード(Further Records)〉からアルバムを発表しており、本作は2作めに当たる。また本名アーシャ・セシャドリ(Asha Sheshadr)名義では、〈グリッド・コンプレックス(Gryd Complex)〉や〈ジギタリス(Digitalis Limited)〉などから作品をリリースしている。

 この〈アントラクト〉という、いまもっとも重要なエクスペ・レーベルからのリリースは彼女に大きな飛躍をもたらすのではないかと思う。じじつ本作はとてもユニークな作品に仕上がっているのだ。どの楽曲も、霞んだ音ならではの、美しくも儚い美が生成されている。アルバム1曲め“スタンダード・デヴィエーション(Standard Deviation)”から、その美的感覚は十分に表出している。クラシカルなピアノのループに、硬い電子ノイズに、ダブィなベース、キックの音、彼女自身と思われる声が、真っ白な空間に漂流する粒子のように交錯していくのだ。

 個人的には2曲め“パセティック・マシン(Pathetic Machine)”、3曲め“スカルペルス(Scalpels)”、4曲め“PVCバーン(PVC Burn)”などに聴かれるビートの音色=テクスチャーに注目したい。柔らかい声の層に、崩れ落ちていくかのようなインダストリアル・ビートが融合し、崩壊直前の美を聴き手に与えてくれるのだ。この感覚は極めて独特である。
 また、どの楽曲においても(彼女の)「声」と「ノイズ」によって極めて独特なアンビエント/アンビエンスな感覚が生成している点も重要だ。この宗教歌曲的/賛美歌的ともいえるクラシカルなアンビエンスは、2010年代以降のドローン/アンビエントを経由した新世代ならではの響きではないかと思う。私見だが、カラリス・カヴァデール(KARA-LIS COVERDALE)のアンビエント作品との近似性も感じられた。

 それにしても2015年において、〈アントラクト〉はついに頭ひとつ上に突き抜けた。ノイジーなサウンドを伴ったエクスペリメンタル・ミュージックでありながら崩壊したようなテクノ・ビートやループも混入されており、00年代の電子音響や10年代初頭のインダストリアル/テクノ「以降」を感じさせる作品を多数リリースしたのだ。とても新しく、モダンなレーベルへと刷新したように思えてならない。
 新年早々〈アントラクト〉のサイトでは、2016年最初のカタログがアナウンスされていた。主宰アロン・ケイの審美眼(耳)はますます冴え渡っているといっていい。今年も刺激的で、クールで、エクスペリメンタルで、モダン/モードな作品をリリースしてくれることだろう。

 擬装チェンバー・ポップの傑作『Ansiktet』(Inpartmaint)以後、ピアノ・カルテットを結成し、このところ弦楽曲に注力してきた渡邊琢磨(akaコンボピアノ)が、本媒体でも何度かとりあげた気鋭の映像作家、牧野貴とタッグを組み、「Origin Of The Dream(夢の起源)」と題した音と映像によるステージを渋谷WWWで初演する。具体的なイメージを重層化し、縦横無尽に運動させる牧野の映像と、古今東西の弦楽曲の批評的乗り越えを目する渡邊琢磨のスコアにもとづく13台の弦楽器の52本のストリングスが織りなすドラマの交錯は、逃れることのできないほど官能的な、夢の起源(Origin Of The Dreams)を思わせる舞台になることうけあいです!


写真:Yasuhiro Koyama


写真:Ryo MItamura

渡邊琢磨 × 牧野貴 Live Concert
'Origin Of The Dreams'

2016年3月17日(木) 
渋谷WWW
開場20:00/開演20:30
 
映像:牧野貴
音楽:渡邊琢磨

Piano,Conduct : 渡邊琢磨
1st Violin : 梶谷裕子、大嶋世菜、高橋暁
2nd Violin : 須原杏、帆足彩、波多野敦子
Viola : 中島久美、中山綾、河村泉
Cello : 徳澤青弦、橋本歩
Double Bass : 鈴木正人、千葉広樹
 
料金:3,300円(全席自由/ドリンク代別)
会場:渋谷WWW
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
アクセス:https://www-shibuya.jp/access/
お問い合わせ:WWW 03-5458-7685
チケット購入ページURL(パソコン/スマートフォン/携帯共通)
https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002179310P0030001

牧野貴(映画作家)
2001年日大芸術学部映画学科撮影・現像コース卒業後、単独で渡英、ブラザーズ・クエイに師事する。2002年よりテレシネ・カラーリストとして多くの劇映画、ミュージックビデオ、CF、アーカイブの色彩調整を担当する傍ら、2004年より単独上映会を開始する。フィルム、ヴィデオを駆使した、実験的要素の極めて高い、濃密な抽象性を持ちながらも、鑑賞者に物語を感じさせる有機的な映画を制作している。また、ジム・オルーク、ローレンス・イングリッシュ、コリーン、マシネファブリーク、大友良英、山本精一、渡邊琢磨、カール・ストーン、タラ・ジェイン・オニール、イ・オッキョン等の前衛音楽家と共同作業においても、世界的に高い評価を獲得している。2009年には上映組織「+」プラスを立ち上げ、今まで日本に紹介される事の無かった映画作品を多数上映している。2011年よりエクスパンデッドシネマプロジェクトを開始、ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリア、アジア等数多くの国際映画祭で受賞、上映多数。作品の発表は主に映画祭、映像芸術祭、音楽祭などの他、映画館、美術館やギャラリー、ライブハウスでも行い、その活躍の場は増幅を続けている。現代日本実験映像界を率先する作家である。https://makinotakashi.net/

渡邊琢磨(作曲、ピアノ)
97年、米バークリー音楽大学で作曲を学ぶ。帰国後、「COMBOPIANO」名義で活動を開始。2000年、NYに渡り鬼才プロデューサー、キップ・ハンラハンとの共同制作でアルバムを次々とリリースし注目を集める(英、音楽専門誌「WIRE」などに取上げられる)以降、国内外のアーティストと多岐に渡り音楽制作活動を行う。2004年、内田也哉子、鈴木正人(little Creatures)と、「sighboat」を結成(サマーソニック'10出演ほか)。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー18カ国30公演にピアニストとして参加。2008年、内橋和久(gt)、千住宗臣(ds)とCOMBOPIANOをバンドとして再編(フジロックフェスティバル'09出演ほか)2014年、本人名義としては6年ぶりとなるアルバム『Ansiktet』をリリース。同年、本人主宰による室内楽アンサンブル「Piano Quintet」を結成(アラバキロックフェスティバル'15出演ほか)映画音楽、CM、舞台等、多岐に渡り楽曲制作・提供する。https://www.takumawatanabe.com/


 

星から零した水たまりの話 【前段】 - ele-king

 何時ごろだったんだろう。おぼえが凪いでは遠くけだるげに薄靄へとまぎれこみ、ぼくはといえばおおかた放心していた。おどろくほど菫がかった濃い空にも、次第しだいに暗がりが満ちてくる頃合いではあったのだけれど。時計で時刻をたしかめるたんびに吐息のような軽い失望。刻限なんですって、でもなんの? かならずしも視界は良くない。墨版ヲ抜イタノハ誰カ? やがてはついえ、なんにもかにもなくなってしまうよりかはほんの、ほんに少ぅしだけ手前、市営バスなら停留所から次のんまでのちょっきり真ん中らへん。うろついてた猫が流し目くれながらわざとらしく目の前を横切り、ラジオはありきたりな軽音楽を鳴らしていた。不思議なほど眠くはなかった。ねむたくないのならでも、ただただ、だからこそ、いつもながらの夕くれどきだった。
 と、音楽が不自然にやや遠のいて、雑音ともなんとも、だけどさっきまでのジョッキーとはあきらかにちがう、なんだよ、これ。胸騒ぎよろしくときめいては、壊れた信号機さながら三原色に瞬く電波に乗って、揺れながらもなお近づいてくるなんて。囁くような波動のこれって「こえ」? 

  子どもたちを 夢中にさせて
  子どもたちを、めざめさせて
  子どもたちみんなに ブギーを

 たったの一度っきりしかない恩寵というものがある。あとにも先にも二度とはおこりえない。ただいっぺんこっきりの僥倖。
 ぼくにもそれは訪れた。
 テレビから来た。え、TV? そうテレビ! 木枯らしモンローや無用の介あたりを最後に殆ど省みられることもなくなっていたブラウン管。ウルトラQもプリズナーNo.6もゲバゲバ90分もとっくに終わってしまってて、腐った夕方の奇妙な吹き替え洋画(J・ロージーBOOM! 『昼顔』、エリオ・ペトリ!)か再放送のマグマ大使(お母さんが人間モドキに! だのに江木俊夫は三色ロッテの半ズボン!)あるいは記憶もいくらか前後してるか。
 でもその、陳腐化はなはだしかったはずの四角い箱から、うそじゃないけどうそみたいな、そいつは、ほんとうに来たんだ。
 1980 Floor Show。
 ビデオなんてあるわけない。大急ぎで受像機の前に、でっかいテープレコーダーを据えてテレビのボリュームをあげる。ジャックなんか差し込んじゃったらこんどは音がきこえないだろう。日本全国でこの夜、いったいどれだけたくさんの少年少女が同じように、つかわないコンセントをこっそり抜いて、レコーダーに付け変えてしまっていたことか。人差し指を口の前に立てて「いいからあっち行っとけってば」騒ぎたて煩い弟や妹を遠ざける、シーってあんた、“China Girl”なんかまだ2年は先だよ。
 なんとも幼稚な、ぶざまで、おまけに、なんてイノセントな15才。どんなにロックに飢えていたろう。なんと渇き、餓えていたことか。
 その前年には神戸に、船で(!)来日したボウイのライヴにも行っているというのに。因果にも疑り深い日本人は、でも目が悪いのと、巨大ホールでの演出に疎外感というより、周囲の観客の目が気になってたのかも。慣れてないから。すべて想いおこせばJUN ROPEのCMが入っていたよなあ。国営放送とおもいこんでいたのはきっと“Starman”のせいだ。大阪でNHKは2チャン(ネル)だったから。

♭ たまらなく 誰かに知らせたくなって 
   電話したんだ 知らせなきゃってね
   遠いけど ほら、きこえるよね?
   TVにだって映ってるじゃないか! 
   チャンネルは2だ 回してごらん
   窓からだって見えてる あれって?
   あの光が「彼」だよね もしか
   ぼくらが合図したら 来たりしてね
   この地上に? まさか でも 
   パパたちにはないしょだよ だって
   バレたらぼくら さらわれちゃうかも
   (連れてって欲しいくせに……!)
  

 「1980 Floor Show」を見たのは家のテレビでだった。ほんとうに偶然だった。生放送だったのかって、あんたね、文脈読み違えるのもたいがいにしておくれでないかって、李礼仙かっちゅうねん。だれが少女仮面やねん、だれが薪能で大鶴義丹やねん。“All You Need Is Love”ちゃうちゅうねん。

 やれ魂が揺サブラレただの、あたまの中心までズドンって撃ちこまれたみたいだったのって、けっして、そう、けっして、
 誓ってそんな、なまやさしいものではなかった。
 使い古され、たとえ究極の名言ではあっても最近、使用過多かもしれなくてもやはり、言明する義務はある。すなわち、
 マルクスのいう「命がけの飛躍」がそこにはあった。
 すくなくともあの日、「あれ」を見た瞬間からわたしは、後戻りすることなどできなくなってしまったのだ。厳然たる事実だ。然るにこのていたらく……なのかもしれない。反省なんか…、いや反省くらいふつうにいくらでもするし、ただ、再び同じ繰り返しが訪れたら躊躇無くまた、おんなじ轍を必ず踏んでやる、というだけだ。ミック・ロンソン(死んでる)のソロでボウイ(死んじゃいました)が歌った“Like A Rolling Stone”聞いてるか。かつて間章(死んだ)はパリの本屋の店先で、モーリス・ブランショ(故人)の新刊の題名が「友愛」なのを見て、人目もはばからず街中で泣いた。ぼくだってめっきり涙を流さなくなって久しいけど、いや泣くのはECDに譲るとしよう。わたしには別の主題がある。とうてい一代では終われないし終わるつもりもない。1回だけで追悼しきれるものではない。
 誰にとって? ぼくに、わたしに、ボウイに、オレに、やつがれに、拙者に、自分に、みどもに、おいらに、ミーに、ハルミにとって、ああ。
 絶対に「決定的」で、だからこそ……、
 じじつぼくはいまだに、打ちのめされたそっから一歩も、立ち直れてさえいない。

 さて、年寄りになればなるほど懐古趣味高じては時代環境も背景も顧みずに、昔日を美化しては頑固に言い張り言い募る傾向が、ある。あるね、じつによく。とはいえこの「1980 Floor Show」のビデオも売ってたけど。買って、そして見たけど。
 それで?
 おまえな、『迫力ありますね』とか心にもないこと言うなや。あほにおもわれるで。ええ? オレが傷ついたりするかいな、知ってるか? KINKI KIDSの“硝子の少年”って、ゲイやらオカマに人気あんの。むろんのこと時間などあるはずもないし、猶予などあろうはずもない。お金はどうだろうか、わからない。
 ぼくには、ついにわきまえられそうにもない。「どうしてモロッコ行きを繰り返すんですか?」ときいてくる人までいる。つまり、この2016年にデヴィッド・ボウイを、ぼくが追悼することは、かつてのぼくがある種の、へんな嫌われかたをしたのはなぜか、というのに通底はするにちがいない。
 それは「かっこいい」と「かっこわるい」
の二元論、姫と坊主、美女と野獣…ではなしに、いいやそれだけじゃない以上、次回に回そう。それにしたって、
 もしもわたしが死んだら、そしてお葬式まで出すことになったとしたら、まずはAlladine Saneで、出迎えて欲しい。それといまひとつ、“Time”の中の「We Should Be On By Now」について、
 「わたしたちは 間に合ってっているはずだのに」と、
 それと、Ryco盤CDの『LOW』のボーナス最後の「サウンドアンドヴィジョン」途中からのノイズが、空襲に聞こえるのはわたしだけ?

 京都にいたんだ。
 だいたい現代音楽家が不摂生だからこんな羽目に陥るんだ。ピエール・ブーレーズがあとさきも考えずよりによって正月明けなんかに死んじまうもんだから。知らんぷり決めこもうにも、ふくれっつらした切手貼る用のスポンジが水を含んでなきゃ意味を為しえないようにね。言い過ぎだわ、いくつだって思ってるの? かくてそんなようにして、体内に蓄電されすぎた真冬の人の手が、深い毛のふさふさした猫をなぜたりなんかしたら。電気掃除機のでっかくて意味のわからない、ほんのちょっぴり触れるだけで、わざとらしくぱちぱちとはぜる。そうよそれ。静電気が摩擦熱のあおりくらって、おかげで狂った予定の歯車は留めゴムが一方的に勝手にのび、のびのびとエントロピーの羽根をひろげはじめてしまう。空腹なのに繕いごとに余念がなくなってしまっては間にあわない。しっちゃかめっちゃかな徹夜続きのまま新幹線に飛び乗るのがやっとというこんなありさまじゃねぇ。掛けた目覚ましに跳ね起きて眠たい目をこすりながら、五条烏丸にほど近いゲストハウスまで。なんて立派な2階建ての、木造のでもしんしんとなんて冷えるのかしら。昼の日なかからひたひたと飲み続けたあげく22時もまわって京阪の駅地下にあるクラブ「メトロ」に。31才で夭逝したアシッド・フォーク歌手(山田仁というらしい)の没後十年記念オールナイトのギグ。友川(カズキ)さんと……。

 以下、後段に続く

文:山崎春美

interview with Alixkun - ele-king


Various Artists
ハウスOnce Upon A Time In Japan... by Brawther & Alixkun

Les Disques Mystiques/Jazzy Couscous

House

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 外から日本をどう見るかなんて、人の勝手なんだけど、アイドルと通勤ラッシュの構図こそを日本だとしたがる海外メディアの報道写真には多少腹が立つ。せめてポップ・カルチャーぐらいは……と思っても、『ブレードランナー』イメージを劣化再生産させたヴィジュアルがヴェイパーウェイヴではお約束になっていたり。キッチュな頽廃というのか、とりあえずsamuraiよりはマシか……と思ってみたり。ま、よく言えば、ミステリアスなんだろうな。
 一時期は、加速するグローバリゼーションによって世界は均一化する……などと言われたりもしたが、ダンス・ミュージックを聴いていると、世界はひとが思っている以上にアメリカナイズされていないことがわかる。たとえばUKグライムは、いくら彼らがUSラップに憧れていたとしてもUSラップにはならない。強固なまでの「らしさ」すなわち個性ってものがある。エスニシティも独創性も感じる。北欧でも、東欧でも、南欧でも、どこの土地にも、消せないにおいがあるのだろう。
 おもに80年代末から90年代にかけて、欧米の影響を受けて、日本でもハウス・ミュージックが制作されている。当時のぼくには、その多くは一生懸命にNYを追っているようにしか見えなかった。だったらNYハウスを聴けばいいじゃんと思っていた。
 ところが、である。ブラウザー(昨年、初のアルバム『Endless』をリリースしたパリのディープ・ハウスDJ)とアリックスクン(日本在住のフランス人DJ)の耳には、当時のいくつかからは、NYハウスとは違う、日本らしさとも言える特徴を持つ「ハウス」が聴こえた。つまり、日本人がNYに憧れてやったことが、結局のところ、はからずとも日本らしさを醸し出していたと。
 それは「和」の感覚があるとか、伝統的だとか、そんな嘘くさいことではない。プロダクションの繊細さも日本らしさだろうし、とくにメロディの作りには個性が出るだろう。少し考えてみれば、ジャズでもロックでもそうであるように、当たり前のことなのだけれど……、電子機材のプログラミングで作られるハウス・ミュージックにおいても「日本」が浮き出てしまうことにいちばん驚いているのは、作った日本人かもしれない。
 そしてふたりのフランス人は、数年前から、日本のハウス・ミュージックを──当時は数百円で買えたが、いまではン千円に値上がった──漁り続けている。その研究と長きにわたってのディグの成果が、アナログ盤4枚組のコンピレーション『ハウスOnce Upon A Time In Japan... 』となって、昨年の11月末にリリースされた。国際的なトレンドになりつつある「ハウス」を本格的に紹介するものとして、海外では話題になっている。
 以下は、昨年の12月にアリックスクンと渋谷でランチを取りながら対話した記録である。

根本の部分はアメリカなんですけど、そこに日本的なレイヤーが被さってジャパニーズ・サウンドになるんですね。だから、ハウスやディープ・ハウス、ソウル・ジャズとかヒップホップは、日本人が作ったものではないんですけど、そこに自分のヴァイブを入れて日本の音楽になっている。そこにぼくは魅力を感じますね。

コンピレーションの完成おめでとうございます。

アリックスクン(Alixkun、以下A):ありがとうございます。

何年くらいかかったの? 

A:作ろうと決断してから1年半から2年ぐらいかかったと思います。でもコンピレーションを作ろうというアイディアは前からありました。最初はドキュメンタリー(映画)といっしょにリリースしたかったので、コンピレーションの方はなかなか先に進まなかったんですね。ドキュメンタリーは制作に時間がかかるとわかっていたので、そちらを優先的に進めていたんです。

具体的にはいつから動きはじめたの?

A:ジャザデリック(Jazzadelic)の永山学さんと食事したときに、彼がけっこうプッシュしてくれたからじょじょに動き出しました。それが2014年の春ぐらいだったと思います。でもその段階ではドキュメンタリーの方を進行させたかったんですね。ただ秋ぐらいに〈ラッシュ・アワー〉が寺田創一さんのコンピを企画しているのを知って、ぼくらも動かなきゃマズいなと焦りだしました。ジャパニーズ・ハウスの盛り上がりに乗っかって、ぼくたちがコンピを作ったというイメージがついてしまうのは嫌だった。だから積極的にコンピを進めることにしたんです。それからぼくは「この曲を入れたい」というメールをいろんなひとに送りはじめました。

アリックスクンは、もう前からジャパニーズ・ハウスに興味を持っていたもんね。

A:最初に興味を持ったのは2009年くらいですかね。ブラウザー(Brawther)と繋がったのは2010年。面白いことに、ぼくらはYouTubeで繋がった。彼が自分のYouTubeのチャンネルにジャパニーズ・ハウスのプロデューサーが関わった曲をあげていたんですね。それを見つけてぼくが「いいね」を押したら、彼がぼくのページにきて、そこにあげていたピチカート・ファイヴのテイ・トウワさんのリミックスを見て、彼が「お前、この曲知ってんの?」とコメントをくれました。

こうやってコンピレーションを作ってみて、あらためてジャパニーズ・ハウスの魅力とはなんだと思いますか?

A:音のクオリティが高いことは魅力のひとつですね。

それは音質ということ?

A:そうです。ぼくはジャパニーズ・ハウスだけじゃなくて、70年代の歌謡曲以降の日本のソウル、ジャズ、ポップ、ヒップホップに興味がありました。そこにある大きな共通点は、アメリカやヨーロッパからインスパイアされていることです。でも単にコピーするだけじゃなくて、日本のトラディショナルな楽器を入れたり、日本語で歌っていたりする。あと日本を思い出させるようなメロディがあるんですね。根本の部分はアメリカなんですけど、そこに日本的なレイヤーが被さってジャパニーズ・サウンドになるんですね。だから、ハウスやディープ・ハウス、ソウル・ジャズとかヒップホップは、日本人が作ったものではないんですけど、そこに自分のヴァイブを入れて日本の音楽になっている。そこにぼくは魅力を感じますね。
 ぼくはヨーロッパ出身ですが、ヨーロッパで作られたものにはフランスっぽいとかイギリスっぽいとかって、あんまりない気がするんですね。フレンチタッチとかUKガレージとか、そういう区分はありますよ。ただ、それらがフランスやイギリスを思い出させるかというと、ぼくはそうではないと思います。ジャパニーズ・ハウスのすべてが日本のことを思い出させるわけではないですが、多くの曲にはその要素があります。

たぶん、日本人のプロデューサーはそういうことを意識せずに、ニューヨークのプロデューサーに近づけようと作っていただけだと思うけどね。

A:ぼくもそう思いますよ。ドキュメンタリーを作ったら、アメリカに好きなプロデューサーがいたからハウスを作りはじめたってひとが多かったんですね。日本っぽく作りたかったとか、ジャパニーズ・ハウスとして認められたかったとかっていうのは、全然思っていなかったんですよね。

で、コンピの1曲目は、タイニー・パンクス(T.P.O.)の“Punk Inc. (Hiroshi's Dub)”で、これは日本でも当時から人気の高いなんだけど、この曲の日本っぽさって何よ?

A:正直に言いますと、この曲にはあんまり日本っぽさはないと思います(笑)。このなかでいちばん日本を感じる曲は寺田さんの曲、“Sawauchi Jinku (Terada mix)"ですね。もちろん金沢明子の影響もあります。あとはGWMの“Deep Loop(edit)”、ヴィオレッツ(Violets)の“Sunset”という曲からもかなり感じる。
 このコンピレーションは、ぼくとブラウザーのもっとも好きなジャパニーズ・ハウスを集めたわけではないんです。もしそういう意図で作っていたら、同じアーティストで2、3曲は入れていたと思いますね。でもいろんなアーティストを紹介しなければならなかったので、そこのバランスをとりました。15曲くらいのコンピレーションを作るのに、アーティストが5人しか入っていなかったら、もったいないなと思って。それよりも、いろんなアーティストを紹介して、そこからみんなが自分でディグってほしいんです。

日本で同じようなことを日本人がやろうとすると、交流関係のしがらみとかが入ってきちゃうだろうけど、『ハウス』は、アリックスクンやブラウザーみたいな業界とはいっさい関係のないひとが外から見て選曲している。そこがこのコンピレーションのユニークなところだよね。

A:ぼくらはドキュメンタリーを先に作ろうとしていたので、このコンピレーションに入っているほとんどのアーティストにはインタヴューをしていたんですね。だからもう関係があったんです。例えば、寺田さんとはすごく仲が良くなったんですけど、だから寺田さんの曲をたくさん入れましょうということではなくて、ジャパニーズ・ハウスのシーンを紹介するためにコンピレーションを作りたかった。だから特定のアーティストに寄らずに、できるだけ客観的に選曲しました。

そういう意味ではとても画期的なコンピレーションになったと思います。日本人が選んだら、エクスタシー・ボーイズは入っていなかったんじゃないかな(笑)。

A:そうですか(笑)。それはどうしてですか? 全然知られていないから?

いや、彼らも当時はかなり有名だったよ。ぼくは一度、天宮志狼さんに大阪でインタヴューをしたことがあるんだけど、ぶっ飛んだひとだったなぁ。

A:ぼくとブラウザーもいろいろディグってみましたが、エクスタシー・ボーイズには、ぼくらもついていけない曲がたくさんありました(笑)。でも、この曲は素晴らしかったから入れることにしたんです。

そういうところが良いよね。だって、他にはYPFにもよくたどり着いたなと思ったよ(笑)。これも日本人なら絶対に行かないな。どうやって知ったの? 

A:〈Balance〉からトーキョー・オフショア・プロジェクト(Tokyo Offshore Project)がリリースしたシングルから知りました。それでいろいろ調べたら、このリミックスを見つけたんです。

YPFをやっていた清水さんとは一緒にデトロイトへ行ったことがあるんですよ。

A:そうなんですか! YPFの連絡先を知らなかったので、トーキョー・オフショア・プロジェクトのメンバーに聞いてみたんですが、彼らも連絡先を知らなかった。だから結局連絡が取れなかったんです。

この記事を読んで連絡をくれたら嬉しいね。

A:記事を読んだりして、この企画を知ったら是非連絡してきて欲しいです(笑)。

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ブラウザーはもっとすごいんですよ。彼は日本語を話せないし、日本にいないのに、すごい時間をかけてネットで翻訳ツールを使いながら日本語ページを調べています。インターネットのアーカイヴを調べたり、シャットダウンされたページとかを掘り出したり(笑)。あとヤフー・オークションを使って名前を検索して、いままで見たこともないレコードにたどり着いて、買ってみてたり。

俺も全然知らない曲ばかりで、アリックスクンとブラウザーのオタクっぷりに感服しました(笑)。アリックスクンは、わざわざ立川、埼玉、千葉の中古レコード屋まで探しにいってるもんね。

A:ブラウザーはもっとすごいんですよ。彼は日本語を話せないし、日本にいないのに、すごい時間をかけてネットで翻訳ツールを使いながら日本語ページを調べています。インターネットのアーカイヴを調べたり、シャットダウンされたページとかを掘り出したり(笑)。あとヤフー・オークションを使って名前を検索して、いままで見たこともないレコードにたどり着いて、買ってみてたり。
 (浪曲師の)国本武春の“Home (6 a.m. mix)”が入っていますが、このコンピレーションのレヴューが海外で出たとき、「われわれがまだ知らなかった曲をタケハル・クニモトが提供している」と書かれていたんですが、実はこのミックスをしたのは福富(幸宏)さんなんですね(笑)。国本さんの原曲とは全然違ってて、これは完全に福富さんワークだから面白いと思った(笑)。クレジットにはそうやって書いてあるんですけどね。
 あと、ジャザデリックの “I Got A Rhythm (1991 original mix)”ってパール・ジョーイ(Pal Joey)の曲なんですよね。でも本当はジャザデリックの曲。彼らが作ったプロモ盤をパール・ジョーイが聴いて、ビューティフル・ピープル(Beautiful People)で作ることになった。でもこのミックスはそのプロモ盤にしか入っていないんですね。しかもそのプロモ盤は50枚くらいしかない(笑)。

それはどこで手に入れたの?

A:もともとはそのレコードが存在していることを知らなかったんですが、永山さんをインタヴューしたときにプロモ盤を作ったことを教えてくれたんです。それで探しはじめました。みんなこのレコードをビューティフル・ピープルのプロモ盤だと思っているんですよ。でもそれは違って、本当はジャザデリックのプロモ盤なんですね。このレコードはオークションで買ったんですが、その出品者のひともパール・ジョーイのプロモ盤と書いていて、全然高くなかった。テクストにも書いているんだけど、たまにインディ・ジョーンズみたいな気持ちになりますよね(笑)。忘れられた宝を掘り出すみたいな。

はははは。ジャザデリックはどういうひとたちなの?

A:ジャザデリックは永山さんと森(俊彦)さんのユニットで、ニューヨークのDJスマッシュの〈ニュー・ブリード〉なんかと関わっていました。

このコンピレーションを作っていて、一番大変だったことは? やっぱりライセンスの連絡とか? 日本では著作権が厳しいから、入れたくても入れられなかった曲があったと思うんだよね。

A:ピチカート・ファイヴの曲も検討していたんだけど、著作権のせいで諦めることになりました。

大阪のベテランDJ、紀平くんがプロデュースを手掛けた曲もあるんだよね。

A:そう、そのフェイク(Fake)の曲も、あるいは、カツヤさんの曲もレコードでしかなくて、情報がとても少なかったから、プロデューサーを探すところからはじめました。例えば、カツヤさんについてはレコード屋のテクニークのスタッフに尋ねてみたら知っていて、繋げてくれたんですね。いまカツヤさんはベルリンに住んでいます。YPFの場合はさっきも言ったように、探してみたんですが見つからず……。

ホント、労作ですね。これも時代というか、でも、日本で音楽を作っているひとたちに自信を与えるものにもなっていると思うな。

A:ありがとうございます。意図としては曲のクオリティが大事だったんだけど、それに加えていろんなアーティスト、あまり知られていない曲も紹介したかったというのがあるんですね。たしかにT.P.O.の“Hiroshi's Dub”はすごく有名なんだけど、それとは反対にすごくマイナーな曲も入っているんじゃないかな。あと福富さんも入っているし、マイナーなアーティストも入っているから、幅広い内容になったと思います。

リリース後のリアクションについても教えてください。

A:いまのところ、とくにヨーロッパにおいてはかなり良いリアクションが返ってきています。

どこか特定の国がすごいっていうのはある?

A:全体的にヨーロッパでは良く受け取られていますね。いまディープ・ハウスのリヴァイヴァルがいちばん熱いのはヨーロッパですからね。「知らなかった曲を紹介してくれてありがとう」という気持ちでみんな評価してくれているんです。15曲が全部ヒット曲かというとそうではない。でもそれはぼくらも認めている。

もちろん、ヒットしてないと思うよ(笑)。あのね、本場志向っていうか、当時のハウスのリスナーもNY産しか認めないみたいなところがあったし、デトロイトだってB級扱いだったから、ましてや日本産となると……。柱になったレーベルもなかったしね。

A:寺田さんのレコードも少なかったんですよ。自分のレーベルがあったけれど、当時はあまり知られていなかった。

寺田さんは当時の印象では、ものすごくメディアに露出していたから、有名人って印象だったんだけど、それでも苦戦していたんだね。ところで、アルバムのインナーの日本語はアリックスクンが書いたの?

A:最初はぼくが書いて、友だちの日本語ネイティヴに直してもらいました。

ちょっと日本語が間違っているんだよね。

A:そうなんですよ(笑)。ぼくが書いた日本語を見てくれたひとが原文を生かそうとしたから、場合によっては文章が変かもしれません。

はははは。でも、最後に書いてある「House is the feeling」っていう言葉がすごく良いね。感じることで、国籍がどこであろうと、わかる。

A:そうそう、本当にそういうこと。ハウスって、感じることだから。

コンピレーションを作っていて、当時の日本のハウス・シーンは見えてきたの? 見えてはこないでしょう(笑)?

A:先ほど野田さんが言っていたように、当時このひとたちはヒットしていませんでした。小さいレベルで2、3曲作ってそれっきりというアーティストも多く、けっして大きなシーンではなかったようですね。アメリカの影響がデカすぎて、国内シーンは生き残れなかったというかビッグにはなれなかった。あと、アメリカのカッコよさへの憧れもあったんじゃないかな。

全員がそうじゃなかったけど、概してものすごくあったね。ただ、いまでは信じられない話だけど、当時の日本のミキシングの知識では、メーターがレッドゾーンにいったら音が歪んで悪くなるからっていうことで、EQなんかも適度に調整されてしまって、作った人の意図とは別のとこで、ペラペラの音になっているのが多いんだよ。そこは、今回リマスターをしてある程度音をそろえているよね。

A:難しいですね……。リマスターはしています。でも、半分以上は元のマスターを貰えたんだけど、残りはヴァイナルから音を落としました。でもどんなにきれいに落としても、いろんなノイズが残ってしまうから、あとはブラウザーがきれいに仕上げてくれたんです。


Various Artists
ハウスOnce Upon A Time In Japan... by Brawther & Alixkun

Les Disques Mystiques/Jazzy Couscous

House

Amazon

アルバムのジャケットのデザインがすごく良いと思ったんだけど、これは?

A:もともとはぼくたちが好きな日本のアーティストに声をかけたかったんだけど、3人くらいに依頼したらタイミングが合わなかったり、興味がなかったりで、実現しませんでした。そこでイギリスのアーティストに頼んだんですよ。ヴィクトリア・トッピング(Victoria Topping)というひとです。ぼく、本当はコラージュがあんまり好きじゃないんですよ(笑)。でもこのコンピレーションで一番大事なのは音楽だから、コラージュについてはブラウザーと多少喧嘩しました(笑)。ブラウザーはデザインを気に入っていたし、期限もあったからジャケットはお任せして、ぼくの趣味に合わなくてもしようがないと割り切りました。でもリアクションを見ると、みんなジャケットを評価しているから、自分のテイストを犠牲にしてよかったです(笑)。

浮世絵って、江戸幕府からは監視されていたぐらい、実は、ものすごくエロティシズムを含んだ大衆文化なんだよね。たぶんこの絵は、花魁といって、まあ、当時の人気の娼婦ですね。だからその意味で、まさにハウス・ミュージック的なんだよ。

A:そうなんだ(笑)。それは日本人にしか理解できないことですね(笑)。

David Bowie - ele-king

 これはジャズではない。では何か? ただの痛みだ。

 たしかに先行曲ともいえる“スー”は、新世代ジャズ・ラージアンサンブルで知られるマリア・シュナイダーとのコラボレーションが話題になった。アルバム曲には、管楽器にダニー・マッキャスリン、鍵盤にジェイソン・リンドナー、ベースにティム・ルフェーベル、ドラムにマーク・ジュリアナら新世代のジャズ・ミュージシャンを起用している。彼らがアルバム全編にわたって活躍をしており、とくにジュリアナのドラミングの凄まじさは誰しもが驚愕するだろう。だが、それにも関わらず本作はジャズではない。彼らであればいとも簡単に演奏できてしまうであろうジャズ的な和声やリズムを半ば拘束的ともいえるほど禁じているからだ。

 では本作はロックなのだろうか。たしかにときにシンプルな3コードに収まりもするボウイのソングライティングはロック的即物性を兼ね備えてはいる。だが、 ボウイは(少なくともメロディ・和声面での構造では)ビートルズの影響をまったく受けていないように思える。これは60年代以降のロック・ミュージシャンとしては、ルー・リードと並び極めて異例である。

 それでは、そもそもボウイの音楽は何なのだろうか。もともとはアマチュアのジャズのサックスプレイヤーであり、60年代にロック・ミュージシャンとしてデビューをした彼は何者なのだろうか。簡単にいえば、彼は「デヴィッド・ボウイの音楽」を「演じてきた」特異点のような存在なのだろう。むろん、彼の「演技性」と「肉体性」と「ペルソナ」の問題など、ロックの本を紐解けばどこにでも書いているし、そもそもボウイのファンならば当たり前すぎることだ。いまさら語っていいとも思えない。

 私がここでもっとも重要視したいのは2点だ。より正確には後者のひとつだ。まずひとつ。ボウイのソングライティングは、黒人音楽と白人のポピュラー・ミュージックのキマイラのようであり、それは20世紀という時代のモダニズムの象徴である点。そして、もう1点。彼の音楽はロックにテクスチャーの感覚を導入したという点である。もっともそれは彼一代限りのものでない。スコット・ウォーカーからボウイが受け継ぎ、デヴィッド・シルヴィアンに受け継がれていった感覚でもある。
 
 わかりやすい例として有名な『ロウ』を上げよう。ブライアン・イーノも参加したというこの傑作は、イーノ特有のアンビエンス/アンビエント感覚を大胆に導入し、アルバム後半(B面)のインスト曲によって、ボウイはそのテクスチャー感覚を前面化させる。淡い音色によるシンセサイザーの持続音が一定のムードを生成し、そこにリズムやサウンドが絡み合う。このB面のアトモスフィアこそ、後の電子音響からエレクトロニカなどに、たとえば、カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネス、インダストリアル/テクノのザ・ストレンジャーまで受け継がれていく感覚でもある。

 そして本作『★』は、そんなボウイのテクスチャー感覚が久しぶりに、それこそ『ロウ』以来、前面化した傑作とはいえないか。コード進行など楽曲の変化は曖昧で、聴き手は掴みきれない曲のテクスチャーを撫でるように聴くことになる。名うてのジャズ・ミュージシャンたちは、ボウイのテクスチャー感覚を生成するために召還されたといっても過言ではないだろう。なぜか。ボウイが欲したのは、彼らジャズ・ミュージシャンの演奏情報量の豊富さであり、それをある一定のトーンに制御することで生まれるムードではなかったか。
 事実、本作において、彼らは意識的にロックの即物性に「拘束」されている。あの複雑なリズムを分割できるマーク・ジュリアナですら、8ビートのリズムを叩いているのだ。しかしそれでも彼らの持っている演奏情報量の複雑さが「漏れでてしまう」。正確に、拘束的にバッキングに徹するなかで、ときにドラムのリズムが、サックスのフレーズが、ベースラインが、ジャズ的な複雑さをもらしてしまう。そこに拘束とから生まれる官能によって、この『★』の音楽に生まれているように聴こえる。本作は非常にマゾヒティックな官能に満ちたアルバムなのだ。
 10分に渡る“★”にせよ、先行曲のリミックス曲“スー”にせよ、まるでジョイ・ディヴィジョンのようなイントロの“ラザルス”にせよ、ジャズ・ミュージシャンに「ロックを演奏させる」拘束を見事に成功している。そこから生まれる拘束の官能性は、本作の色気を象徴しているといっていい。マーク・ジュリアナのビートは複雑なリズムと単純なニュー・ウェイヴ的な8ビートを往復しながら、彼のソロ・アルバムや他の参加作品とは異質の「色気」を放っている。

 では、なぜこのようなコンポジションが可能になったのか。私見だが「拘束の響き」の基調として、本作のどの楽曲にも、(たとえ聴こえていなくとも)ひとつのの持続音が流れているように思えならないのだ。聴いてみればわかるが、管楽器もシンセサイザーもロングトーンを奏でており、ギターのコードのカッティングよりも、そのロングトーンが楽曲の中心であり、ムードを形作っていることがわかるだろう。
 この感覚こそがあの『ロウ』に近いものであり、本作がときに『ロウ』以来の傑作と呼ばれるゆえんに思える。そして、ボウイのヴォーカル・ラインは、そのロングトーンのひとつの変奏として象徴的に響いているのだ。拘束。解放。生(本作は音楽家の受難と解放そのものように聴こえるし、その意味では非常に「西洋音楽」的だ)。
 このロングトーンの感覚は、果たして彼がサックス・プレイヤーであったことに由来するのだろうか。この傑作『★』を繰り返し聴くにつけ、肉体が奏でるロングトーンの揺らぎと拘束こそが、彼の音楽の官能性の根源だったのではないかと思えてならないのだ。
 だからこそ、その拘束が外されたかのように(偽装する?)、最終2曲、“ドラー・デイズ”と“アイ・キャント・ギブ・エブリシング”のメロディは、単なるポップというだけではない死の不穏さを称えているようにすら聴こえてくる。そう、「生」の拘束以降の世界に響く、死後のポップ・ミュージックのように……。

   ***

 ここまで書いたところで、公式サイト、フェイスブック、ツイッターの公式アカウントがこのようなアナウンスをリリースした。本文は、彼の「死」を知る直前に書きあげた記録として「あえて」修正せずに提出させて頂いた。「死」のフィルターを通していないレヴューであるが、確実に「死」の影を感じていたことも事実である……。そこが芸術の力でもあると思う。

January 10 2016 - David Bowie died peacefully today surrounded by his family after a courageous 18 month battle with cancer. While many of you will share in this loss, we ask that you respect the family’s privacy during their time of grief.

https://www.davidbowie.com/news/january-10-2016-55521

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