「Low」と一致するもの

新ジャンル用語解説 - ele-king

問題:以下のアーティストをジャンル別に分けよ。ジュリア・ホルター、アイコニカ、アクトレス、ハイプ・ウィリアムス、ダニエル・ロパティン、ジェームス、フェラーロ、ジャム・シティ、ワイルド・ナッシング。
答え:無理。理由としては、ジュリア・ホルターをひとり見ても、シンセ・ポップ、アンビエント、ノイズ、いろいろある。ダブステップ系に括られるアイコニカにしても、フットワーク、エレクトロ......。ハイプ・ウィリアムスやダニエル・ロパティンにいたっては、スクリュー、ニューエイジ、ダブ、シンセ・ポップ、ジャム・シティはUKガラージ、サイケデリック、ドローン、ワイルド・ナッシングはシューゲイズ、ドリーム・ポップ......(以下、略)。

 1980年代後半から1990年代にかけてのジャンル用語を振り返ってみる。シカゴ・ハウス、デトロイト・テクノ、ガラージ、アシッド・ハウス......このあたりからジャンル用語は噴出する。アンビエント・ハウス、ガバ・ハウス、ハード・ハウス(NYのコマーシャル・ハウス)、ヒップ・ハウス(ラップ入りのハウス)、そして舞台をUKに移すと、バレアリック・ハウス、アシッド・ジャズ、プログレッシヴ・ハウス(トランスとほぼ同義)、テクノ、ハード・テクノ、ジャーマン・トランス、ゴア・トランス、インテリジェント・テクノ(大いなる失敗作)、ハード・ミニマル、ミニマル・ダブ、トライバル・ハウス、ディープ・ハウス、そして1994年当時もっとも問題視されたトリップ・ホップ(多くのアーティストがこう呼ばれることを嫌悪した)、そして、さらに多くの批判を促した用語としてIDM(レイヴで踊っている奴はバカという視点に基づく)がある。
 さらにまた、ハンドバッグ・ハウス(その名の通り、ちゃらいハウス)、ジャングル、ドラムンベース、ダークステップ、2ステップ、ビッグビート、ドリルンベース(駄洒落のきいたネーミングだった)、ブレイクコア、ポスト・ロック、グリッチ、アブストラクト・ヒップホップ、ブロークンビーツ......、当時はこうした用語解説を依頼されたものだった。
 ゼロ年代のダブステップ以降もまた、こうしたジャンル用語シーンが活性化している。ことインターネット・ユーザーにとっては、これらは知識というよりもある種のシニカルな情報との戯れでもある。

 たとえば、「hypnagogic(ヒプナゴジック)」、これは2009年の『Wire』誌が言い出しっぺのタームで、ポカホーンティッド、エメラルズ、マーク・マッガイア、ダックテイル、ジェームス・フェラーロなどがその例として挙げられている。おわかりのように、ほぼ同じときを同じくして出てきたある世代の共通的な感覚を『Wire』なりに言い表したタームだ(要するに、正確に言えば、感覚を指す用語で、ジャンル名ではない)。

 ちなみに『Wire』は、「ポスト・ロック」というタームを1990年代後半に生んでいる。これが日本では長いあいだ誤用されている。
 そもそも「ポスト・ロック」とは、トータス周辺に象徴される音で、つまり主義主張を訴えていたロック文化とはまったく別の(まさにポストな)方向性を持つ音楽を意味する。さらに言えばジャズやクラウトロック、さもなければ現代音楽にその源泉を求めている。ゆえにモグワイやシガー・ロス、65デイズ・オブ・スタティックスのような、歌手がいないインストというだけで、基本やってる音はロックな連中にまで「ポスト」を冠するのは間違っている。
 フリー・フォークも同じように、かなり曖昧に日本の音楽ライター界では使われている。これも『Wire』が出自で、この場合の「フリー」とは、フリー・ジャズの「フリー(即興)」に近いニュアンスだった。ゆえにサン・バーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのような即興性の高い音楽はフリー・フォークと呼べるが、デヴェンドラ・ヴァンハートは昔ながらのフォークであり、フリー・フォークではない。
 こうした誤用はときには「ま、どうでもいいか」で済ませるが、ときには済ませられないこともある。音楽としての「フリー」を目指しているバンドにとってフォーク(アコースティックな響き程度の理由から)と呼ばれることは、ひとつの解釈という話しではなく、誤謬そのものだ。旧来のフォーク・スタイルに「フリー」が冠せられるのもあんまりである。

 music is music........あったり前だが、音楽を楽しんでいるときにジャンル用語を気にしているリスナーがいると思ってはいない。それでも僕がこうしたジャンル用語をわりと面白がるのは、それら情報のカオスから生まれたタームが、音楽を語る言語の停滞を阻止する役目を果たし、新しい問題提起へと連続させるからだろう。単純な話、これは人の好奇心を煽る。昔はよく、商売熱心なレコード会社やレコー店もジャンル用語をでっちあげたものだったが......(デス・テクノとか、サイバー・トランスとか、あるいはレイヴという言葉さえもジュリアナ東京に差し替えたりもしたが、ことの善し悪しはともかく、それによって売り上げが伸びたのは事実)。

 たしかに新ジャンル用語はときにリスナーを困惑させる。IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)というジャンル名が出てきたとき、「何がインテリジェントだ」と、最初は抵抗があった。が、もうどうでもいいやと思って使っている。IDMという用語の普及とともに、その音楽性も急速に拡大したという事実を前に、「それで通じるなら、ま、いいか」と、「便宜上」使うことにした。IDMをやっていれば知的だとは決して思っていない。 
 最近では、「chillwave」もやっかいなタームだった。「chillwave」はブロガー発の新ジャンル用語として定着した最初の例となったわけだが、その契機となったウォッシュト・アウトやトロ・イ・モアの初期音源(つまり、ネタありきの音楽)からはずいぶん離れたところでも使われている。
 「chillwave」とは、いわば素人の作ったタームだ。それはデジタル文化における情報発信の自由がもたらした最初の結実だ。音楽を楽しんでいる素人の作ったブログから生まれた造語と、レーベルから送られてくる情報のコピー&ペーストで構成される音楽情報サイトと、どちらが文化的に有益だろうか。いずれにせよ、それがどんなに陳腐に見えようが、今日の新ジャンル用語の氾濫は、アンダーグラウンド・シーンの活況を反映しているのである。

 以下、興味がある人のみ参考にしてください。そして、間違い/追加項目があったら教えてください。

screw:わかりやすく言えば、ウルトラマンに出てくるゼットン星人の声だが......音楽の世界では、いまは亡きヒューストンのDJスクリューの編み出した技から来ている。ゆえにジャンル用語ではなく、グリッチと同じように、テクニック用語である。ピッチを落としてミキシングするだけだが、独特の幻覚性が得られることから、ゼロ年代半ば以降から現在にかけて、いろんなシーンで流行っている。オリジナル・チルウェイヴとクラウド・ラップがスクリュー・リヴァイヴァルをうながしている。



footwork(juke):シカゴの速くてくどい、ハードなダンス。チョップとドラムマシン。強いコミュニティ意識から生まれたジャンル用語。DJネイト、DJロック、DJダイヤモンド、DJラシャド等々。彼らの汗は、欧州や日本へも飛び火している。また、こうした固有の地域から生まれたジャンルには、他にもメンフィスの「crunk」、南アフリカの「shangaan electro」、ディプロが見つけた「new orleans bounce」などがある。



UK funky:グライムのハウス化。ソカのセンスが混じっている。ロンドン在住の友人によれば、ほぼ20歳以下限定のノリだとか。

brostep(filthstep):レイヴ仕様のダブステップ。もともとはダブステップもブローステップも同じ場所にいたはずで、こうした識別こそジャンル用語のネガティヴな作用だと言える。ハンドバッグ・ハウスよりはマシだが......。

dream pop:ドリーミーな宅録音楽。チルウェイヴ、クラウドラップ、ヴェイパーウェイヴと違って、盗用すなわちサンプリング主体ではない。ビーチハウス、ピュリティ・リングス、ナイト・ジュウェル、ツイン・シスターほか多数。

cloud rap:ドリーミーかつヒプナゴジックなラップとトラックで、クラウド・ストレージのような共有ファイルからがんがんに音源をダウンロードして作っている、サウンド的にもクラウド(雲のよう)なラップ。リル・B(本人は自分の音楽を「based」と呼んでいる)、メイン・アトラキオンズ、クラムス・カジノ、エイサップ・ロッキー、オッド・フューチャーなどなど。また、「trill wave」という言い方もあって、クラウド・ラップのラップがあるかないかという説明がされている。ストーナー・ラップとも親和性が高いが、別に大麻を主題としているわけではない。



dark wave:コールド・ケイヴのような、ゴシック調のシンセ・ポップ・リヴァイヴァル。ちなみにコクトー・ツインズ系のような気体のような音、マジー・スターのようなウィスパー系を、欧米では、エーテル系(ether、英語読みではイーサ)と呼んでいる。

witch house:冗談めいた、ちょっと痛いジャンル名のひとつ。簡単に言えばゴシックなハウス。ブリアルの影響下で生まれ、スクリューを取り入れている。oOoOOが有名で、ほかにもセーラムとか、†‡†とか、恐怖モノですな。



vaporwave:クラウド・ラップのように、ネットからダウンロードした音源の再利用によって作られているモダン・サンプリング・ミュージックの第三の波。グローバル資本主義への批評性、もしくは抵抗とも解釈されている。ひとつの文化現象としても興味深い。情報デスクVIRTUAL 、インターネット・クラブ、マッキントッシュ・プラス等々。



Burial follower:これは筆者が勝手に言っている。ジャンル名ではなく、ひとつの傾向。悲しく、ダークで、ヴォーカルを加工するところに特徴を持っている。ホーリー・アザー、バラム・アカブ、マウント・キンビー、ダークスターなどなど。クラムス・カジノも、共通の感覚を有している。

drone folk:ギターでドローンしながら歌うことだが、なんとなく雰囲気を指し示す、曖昧なターム。そもそもフォークとは、ポップスと比較して言葉表現が自由なことから、詩的な言語を使えるジャンルとして発展している。ドローン・フォークは、必ずしも一音で構成されているわけではないし、言葉の詩学ももたない。ときにポポル・ヴーといったドイツのコズミックの系譜とも関連づけられる。グルーパー、モーション・シックネス・オブ・タイム・トラヴェルなどなど。



haunted R&B:ハウ・トゥ・ドレス・ウェルをはじめ......ジャンル名というよりは今日顕在化している感覚。ウィッチ・ハウスと同じようなものか。サッド・コアとかね。



dark minimalism:シャックルトンの絶大な影響力によって拡大している。雨後の竹の子のようにこれからも出てきそうな気配。

dark industrial:デムダイク・ステアやレイミ、ブラッケスト・エヴァー・ブラックのようなインダストリアル・リヴァイヴァル。





 一時期は「post dubstep」とはなんだったのかとよく訊かれたが、僕なりに説明すれば、ブリアル以降のハウスのBPMに合わせたベース・ミュージックで、ピアソン・サウンドやジョイ・オービソンなどその一部はテクノやハウスに回帰しているから、その過程だったともいまなら言えるか。
 また、〈ワープ〉の若手としてはダントツに才能がありそうなハドソン・モホークは、少し前は「wonky」などと呼ばれていたが、いまでは死語となりつつある。

[Electronic, House, Dubstep]#12 - ele-king

 買ってからけっこう時間が経ってしまっている盤も少なくない。いまはヴィラロボスのアナログ盤が並んでいるけれど、ぜんぶ揃えると5千円かよ~。とりあえずはいくつか現状報告。

1.Lindstrom - Call Me Anytime (Ariel Pink's Haunted Graffiti Remix) |
Smalltown Supersound


amazoniTunes

E王いつか誰かがやるんじゃないかと思っていたけれど……リミキサーがアリエル・ピンクス・ホーンティッド・グラフィティ、OPN、そしてマーク・マグワイアという、三田格じゃなくとも「ついにこの時代が来たか!」と唸りたくなるような記念碑的なシングル。機能性のみが重視されているこの10年のリミックス文化には見られなかった何でもアリの実験精神が刻まれている。それでも、OPNとマーク・マッガイアに頼むのはわかる。そこにアリエル・ピンクがA面にどしんと刻まれているところが良い。レーベルの方向性に拍手したい。ノルウェイーのコズミック・ディスコの王様、リンドストロームが今年リリースしたサード・アルバム『シックス・カップス・オブ・レベル』収録曲だが、最近はネナ・チェリー&ザ・シングやラジカのアルバム、数年前はサンバーンド・ハンド・オブ・マンやヤマツカ・アイなどといったレフトフィールドなアーティストの作品を出している〈スモールタウン・スーパーサウンド〉らしい冒険心と言えるだろう。
 アリエル・ピンクス・ホーンティッド・グラフィティのリミックスが意外なことにしっかりとフロア対応していて、クラウトロック的な、そして諧謔性のあるミニマリズムを展開。OPNは、チルアウトを押し通しつつも、左右音が飛びまくりの見事なトリップ・ミュージック。マーク・マグワイアは……思わず笑ってしまうほど、ギターを弾きまくっている。

2.Azealia Banks - 1991 | Interscope Records


amazoniTunes

E王とくにヒップホップ/R&Bのリスナーのあいだでは期待が高い、ハーレム出身の21歳、アゼリア・バンクスの〈インタースコープ〉からの12インチ・シングルをマシン・ドラムとローンがプロデュースしているところに“いま”を感じるし、M.I.A.を過去のものにしてやるぐらいの意気込みを感じる。ミッシー・エリオットとM.I.A.の中間をいくようなフローも魅力的で、一聴しただけで強く惹かれるものがある。ハウスを取り入れたマシンドラムの“1991”に対して、ローンはレイヴィーな“Liquorice”で迎える。路上のにおいが漂うB1の“212”も素晴らしい。すべてにおいて完璧。夏前に買ったシングルだが、2012年のベストな1枚だと思う。

3.Joy Orbison, Boddika & Pearson Sound - Faint / Nil (Reece) / Moist | SunkLo


 UKベース・ミュージック、ジョイ・オービソンがボディカと一緒に作ったレーベルから3枚リリースされている12インチの最初の1枚。この盤のみピアソン・サウンドが参加。
 ハウス/テクノに限りなく近づきながらも一寸止めでベース・ミュージックにとどまっている。ダブステップやグライムで育った感性がハウス的展開をしているまっただ中にある。ザ・XXのジェイミー・スミスあたりといちばんシンクロしている音はこのあたりなんじゃないだろうか。

4.Moody - Why Do U Feel ? / I Got Werk / Born 2 Die | KDJ


amazon

E王問題はB面の2曲目。ラナ・デル・レイとは、とくに“ボーン・トゥ・ダイ”のプロモーション・ヴィデオを見たことのある人なら、あの曲の世界観が吐き気がするほど白いアメリカだとわかるだろう。それは、デトロイトのブラック・ソウル・ハウスにおけるもっともラジカルなプロデューサーが描き続けている世界とは正反対に広がっている。が、ムーディーマンはそんな彼女を、突き放すのではなく、セクシャルな黒い女神へと変換している。鮮やかな手口でもって。
 ほかの2曲は毅然としたブラック・ソウル。“Why Do U Feel ?”はムーディーマンのメロウなセンスを活かした曲で、“I Got Werk”はファンク。ちょっとオタク的なことを言えば、スネアの音ひとつ、シンバルの音ひとつ、違う。

5.HRKY - Madwazz Ep | Madwazz Records


これをもそうだが、最近は、本当に、デトロイト・テクノがインディ・ミュージックを聴いているいちばん若い世代のあいだで盛り上がっているようだ。ロックのおけるブルースやソウルのように、迷ったら帰る家となっているのだろう。  これは神戸のレコード店〈アンダーグラウンド・ギャラリー〉が鼻息荒く、「CARL CRAIG / BASIC CHANNELファンへ!」と紹介する福岡のレーベル〈マッドワズ〉からの第一弾。バック・トゥ・ベーシックなファンクのグルーヴをキープしながら、アトモスフェリックなシンセサイザーが広がっている。3曲収録されているが、僕はB1の“The momentary break”がいちばん好き。メトロノーミックな909系のキック音、重なるストリングス、美しい余韻、まさに初期のカール・クレイグを彷彿させる。カセット・レーベルの〈ダエン〉といい、大阪と同様にナイトライフの締め付けが厳しくなっている福岡が、なんだか良い感じでざわついてきた。次は稲岡健か?

6.Being Borings - E-Girls on B-Movie(KT Re-Edit) / Red Hat and Black Sun / Love House of Love (Dr.Dunks Club Remix) | Crue-L Records


 瀧見憲司と神田朋樹によるプロジェクト、ビーイング・ボーリングの2枚目の12インチで、ピッチを落とした、どろどっろのドラッギーなハウスが3種類収録されている。スクリュー的(チルウェイヴ的)なフィーリングのハウス解釈とも呼べる内容で、最近ではシーホークスと繋がっているように、言うなればアシッド・スクリュー・ハウスのAOR的な展開なのだ。瀧見憲司の場合は、どれだけフリークアウトしても身だしなみはしっかりしているようなところがあって、ビーイング・ボーリングにも彼の長所がよく出ている。B面ではラブン・タグのエリック・ダンカンがリミックスをしている。

7.Kahn & Neek - Percy / Fierce | Bandulu Records


 スウィンドルに匹敵するような強力なグライムを下さいと、下北沢のZEROの飯島直樹さんに教えてもらったのが、この12インチ。
 新しいレーベルの1枚目だが、カーンのほうは〈パンチ・ドランク〉などから数枚のシングルを出している。まあ、飯島さんが推すぐらいだからブリストルの連中なのだろう。このど迫力あるベースとサンプリング、若くて、ヴァイタルで、重たい音、たしかに「ドゥ・ザ・ジャズ」に匹敵する。グライムにパワーもらおっと。

8.Major Lazer - Get Free | Mad Decent


amazoniTunes

 これも実は夏前のリリースで、はっきり言ってE王クラスのキャッチーなポップなレゲエ。ダーティー・プロジェクターズの女性、アンバー・コフマンさんをヴォーカルに迎えて、ディプロとスウィッチは彼らなりのラヴァーズ・ロックを披露している。B面ではボンヂ・ド・ホレ(Bonde do Role)がタイ・ディスコ調のリミックス。両面ともすごく良い。曲調、歌詞ともに今年のサマー・アンセムだった。
「政府からは愛を得られない/お金を得て何ができるの?/金すら得られないっつーのに/私を見て/私には信じられない/彼らが私に何をしてれたのだろうか/私は自由になれない/夢をみたいだけなのに」、その通り。異論はない。

9.Tashaki Miyaki - Sings The Everly Brothers | For Us


iTunes

 日本人ではない。ジーザス&メリーチェインをさらにレトロに再構築したようなサウンドで、実際バディ・ホリーやサム・クックのカヴァーも発表している。というか、他にもボブ・ディランとか、カヴァーばかりなのだが……。またレトロ・サウンドかよーと言わないで、聴いてみたほうが良い。形態こそロック・バンドだが、演奏している音は、スクリュー的なのだ。つまりテンポはどろっと遅く、けだるく、ドリーミー。

JET SET Chart 2012.09.03 - ele-king

Shop Chart


1

Crue-l Grand Orchestra Vs Seahawks - Bon Voyage Trip (Crue-l)
Crue-l Grand Orchestra & Seahawksによるコラボ作。Crue-l Grand Orchestraの楽曲パーツをSeahawksが再構築した、話題の1枚です。

2

Orb Featuring Lee Scratch Perry - The Orbserver In The Star House (Cooking Vinyl)
アンビエント・ハウスの祖The Orbと重鎮Lee Perryによる、大御所同士のまさかのコラボ作。両者の代表作をリメイク/再録音した楽曲も収録です!!

3

Blu & Exile - Give Me My Flowers While I Can Still Smell Them (Fat Beats)
やはりこのタッグは間違いありません! Exileのソウルフルなトラック上をBluが巧みに言葉を敷き詰めていく様は圧巻です! 客演にはBlack SpadeやFashawn, Homeboy Sandman, i, Cedらが参加した全17曲。

4

Dam Funk - I Don't Wanna Be A Star! (Stones Throw)
Us版Wax Poetics第50刊のエクスクルーシブとして聴くことのできた"A Prince Mix"収録曲より、俄かに注目の集まっていたPrinceカヴァー"17 Day"までも収録!

5

Evisbeats - ひとつになるとき (Amida)
奈良県出身、大阪府在住。元韻踏合組合のラッパーでありトラックメイカー。2008年のファースト・アルバム『Amida』に続き、自身のレーベルされた2ndアルバムをLp化。

6

Crystal Ark - We Came To (Dfa)
ファットで妖しいアシッド・トラックにラテン調の女性ヴォーカル・エディットとチープなシンセ・リフが初期衝動的に絡みつく絶妙インディ・アーリー・ハウス!

7

Funkshone - Purification Pt.3 & Pt.4 Kenny Dope Remix / (Kay Dee)
1分半にも及ぶイントロはB-boyでなくとも2枚使いしたくなる最高のブレイク。最強の組み合わせによるKay Deeからの新作7"は、両面とも文句なしのキラー・チューンです!!

8

Walls - Walls Vs. Gerd Janson & Prins Thomas (Fm X)
Wallsの作品をGerd JansonとPrins Thomasのコンビがリミックスした注目作品!加えて、Wallsによるセルフ・エディットを収録。

9

John Cage - John Cage Shock (Em)
2012年はケージ生誕100年、そして初来日から50年という事で、EmとOmega Pointが共同で凄い物をリリースしました!!

10

Dj Shadow - Total Breakdown: Hidden Transmissions From The Mpc Era (Recon)
サンプリング・ミュージックの歴史を塗り変えた名作1stアルバム『Entroducing』以前の92'~96'年に制作されたという全23トラックを収録したヘッズ悶絶の2lp盤!

Variou Artists - ele-king

 ジョン・リーランドの、抜群に読み応えのある『ヒップ――アメリカのかっこよさの系譜学』(篠儀直子+松井領明訳)という大著に拠れば、パティ・スミスはかつてこう言ったという。「女というボディのなかでではなく、作品というボディのなかで、アーティストとしての自己主張をする必要があった」と。クールな言葉だ。

 さらに、1976年、彼女は作家のニック・トーシュに次のように語った。少々長いが、引用したい。「かたくなな女は凡庸な芸術しか生み出さない。凡庸な芸術なんかに用はない。......ポエトリー・リーディングでわたしが『プッシー(pussy)』という言葉を言うと、どこかのばか女が必ず立ち上がり、『プッシーという言葉について、あなたはどう定義しているんですか?』とかみついてくる。わかるもんですか、ただのスラングよ。プッシーと言いたくなったらそう言うだけ。ニガーと言いたくなったらそう言うし。誰かがわたしのことをすげえビッチと言ったとしたら、それもクールなこと。アメリカ人であるって、そういう言葉を使うことよ。なのに、あの堅物の運動家たちときたら、わたしたちのスラングを責め立てる。苛々するわ」。このカッコイイ発言に付け加える言葉、あるいは異論があるだろうか? 僕は、「その通りです!」と同意するしかない。

 〈ブラックスモーカー〉が初めて制作したコンピレーション・アルバム『LA NINA』は、女性アーティストの作品集である。パティ・スミスの発言に倣って言えば、ここに集結した女性たちは、作品というボディのなかでアーティストとしての自己主張を展開する豪傑な女たちだ。僕は彼女たちの音楽から、引用したパティ・スミス的なパワフルな態度を感じる。音は一様にハードコアで、彼女たちは、愛想笑いのような生ぬるい態度を一切見せない、自由奔放で、怒りたければ怒るし、嘆きたければ嘆く、笑いたければ笑う。やりたいことを貫き通す凄みと強さいうものが音からビシバシ伝わってくる気がする。

 音楽的にも、ダブやラップ、テクノやハウスといったダンス・ミュージック、ノイズや実験的な電子音楽と多彩だ。2007年のアリ・アップの来日ツアーに参加し、ドライ&ヘビーのサポート・メンバーでもあるジャー・アンナの物憂げなダブ"ILLUMINATOR"から幕を開け、その後に続くのは、〈セミニシュケイ〉のイレブンによる〈ON-U〉を彷彿させる硬質で、重厚な"Installation DUB"だ。妖しい雰囲気を演出するラテン・ジャズ風のヒップホップ"Ill sleeping blues"の黒光りのするトラックは、ヒップホップ・グループ、デレラのDJであるヨーコa.k.a.ジルによるものだ。この曲の殺気立ったラップで知られることになるであろうミチノからは、往年のダ・ブラットに通じるやんちゃな魅力を感じる。デレラからは、MCのミホ、ラッパー/シンガーのマクシーも参加している。ルミとシミ・ラボのマリア、クレプトマニアックによる"LA NINA"は、[music video] ♯1で紹介した通り、タイトル曲にふさわしい強力な一発だ。
 ラキラキ・ワズ・真保☆タイディスコの型破りな電子音楽"HIMMEL"から実験的な領域に突入するこのコンピには流れというものがある。サナエによる遊び心のある愉快なサウンド・コラージュ"48stomach to the smell of sense"のインタルードを挟んで、クレプトマニアックのスペーシーなソロ曲"GET UP W"が私たちをディープなところへ引きずりこんでいく。
 そして後半、さらに怒涛の展開が続くのだ! 原発と放射能汚染に翻弄されるこの国で鳴らされるクロスブレッド(リエ・ラムドールとマユコのユニット)の怒りのテクノ・ミュージック"stress test"から世界中を飛び回るDJ、シホ・ザ・パープルヘイズのトライバル・ハウス"gold dust flowers"へ、そして、ノイズ・ロック・バンド、タッジオのドラマー、あらきとくわまんによるユニット、コケティッシュ・マーダー・ガールズの獰猛なエレクトロニック・ミュージック"T.M.W.B.H"から関西アンダーグラウンド・シーンで異彩を放つドッドドの時空を歪めるノイズ"1999"へとなだれこんでいく。ハードにぶっ飛ばし続けて、最後の最後で、ヨーコa.k.a.ジルとマクシーのソウルフルな"he said"が柔らかい着地点を用意してくれる。

 参加アーティストによる個性的なアートワークも面白い。初回限定盤にはクレプトマニアックのアートブックレットがついてくる。
 クラブやライヴハウスの現場に多くの女性の表現者たちがいることを考えれば、『LA NINA』は時代の必然とも言える。このようなコンピが成立するということは、この背後でより多くの才能がひしめき合っているということでもある。また、本作の音にある種の一貫性があるということは、シーンらしきものが存在するということでもある。何よりもこれは、親しみやすくキュートだ。

 9月7日には西麻布の〈イレブン〉で『LA NINA』のリリース・パーティがある。スペシャル・ゲストDJはノブとヒカルで、ザ・レフティ(キラー・ボング+ジューベー)のライヴもあるが、コンピには参加していない女性DJやダンサーやVJも出演する。名前を見れば、デコレーションやフードにも気合いが入っているのがわかる。これは見逃したくない。〔『LA NINA』特設HP https://blacksmoker.net/la-nina/


ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

Amazon iTunes


ジョン・フルシアンテ - PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン

Amazon

 『レター・レファー(Letur-Lefr)』『PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン(PBX Funicular Intaglio Zone)』というふたつの作品のリリースをめぐって、ジョン・フルシアンテはその思いを自身のブログに滔々と書き綴っている。「ジョン・フルシアンテ・ドット・コム」に掲載されたその文章は、彼の情熱と熟考のあとを生々しく伝える内容で、ファンのみならずひろく音楽リスナーの間でも話題になっている。

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズというモンスター・バンドに在籍し、ことにソングライティングにおいてその音楽性の多くを担ってきたフルシアンテが、そこを脱けてめざした天地はどのような場所か。

 彼は2004年前後からはオブセッシヴなまでに数多のソロ・ワークスをリリースし、さまざまなアーティストと交流しながら腕を磨き、あくまでストイックに自らの目指す音を探求し続けてきた。バイシクル・シーフのジョン・クリングホッファー、マーズ・ヴォルタのオマー・ロドリゲス・ロペス、ヴィンセント・ギャロ。彼らとのイマジナティヴな共同作業を経て、今作に登場するのはMC、RZAやウータン・クラン・ファミリーの若手たちである。音のうえからみても、シンセやドラムン・ベースに彩られたこのキャリアにおける異色作からは、彼がいま目にしているものが過去ではないということが、ひしひしと伝わってくる。

 また、それはたんにロックからエレクトロニック・ミュージックへの転向という単純なモード・チェンジでもない。「シンセ、シーケンサー、ドラム・マシンに対するエキサイトメントをギターにも向けられるようになった」......自らのなすべきことについての真摯な思考と試行の果てに、この数年を音楽のプログラミング修行にあててきた彼が、ふたたびギターに向かい合うという物語までもが、この作品の背景にはふくまれている。

 ブログによれば、作品タイトルには彼の音楽ヴィジョンの一端が象徴として示されているようだ。思弁的な文章じたいも、彼のキャラクターに深く触れることができるものである。国内最速でその翻訳をお届けしよう。


Part.1

みなさん

 新作が2枚リリースされることになった。
 最初に『Letur-Lefr』というEPを、その次に『PBX Funicular Intaglio Zone』というLPがつづく。僕がヴォーカル、すべての楽器の演奏、そしてエンジニアを担当しているんだ。EPには何人か友達がヴォーカルで参加しているんだけど、そのほとんどがMCだ。LPにはゲストがひとり参加しているけど、その他は僕がヴォーカルを担当している。

 僕はこの音楽をプログレッシブ・シンセ・ポップだととらえている。だからと言って、そういうサウンドの作品に仕上がっているというわけではなくて、今作の基本的なアプローチを反映しているということだ。さまざまな音楽スタイルを組み合わせ、エレクトロニック楽器を使うことで、自分独自の音楽フォームをクリエイトしてるんだ。

 『Letur-Lefr』は2010年のもので、『PBX』は2011年に制作された。『Letur-Lefr』はコンピレーションみたいなもので、『PBX』の構想を練っている最中に作った楽曲をセレクトしたものだ。EPの楽曲は連続してレコーディングしたものだ。それぞれの作品は内容がまったくちがうものだから、LPをリリースする前に、“Walls And Doors”という曲をフリー・ダウンロードとして提供する。“Walls And Doors”は『PBX』の7ヶ月前にリリースされたけど、アルバムの方向性を予知していたんだ。“Walls And Doors”は最初はアルバムに入れると思っていたけど、入れない方がアルバムにとってよかった。

 『Letur-Lefr』は7月4日に日本でリリースされ、北米は7月14日、その他の国では7月16日にリリースされる。EPはプレオーダーできるけど、アナログ、CD、カセット、そして32ビット、FLAC、MP3などのフォーマットでこのリンクから購入できる。

 『PBX Funicular Intaglio Zone』は日本で9月12日、北米では9月25日、その他の国では9月24日にリリースされる。『Letur-Lefr』と同様、『PBX Funicular Intaglio Zone』もアナログ、CD、カセット、そして32ビット、FLAC、MP3などのフォーマットでリリースされる。

 『PBX』のプレオーダー・リンクは8月上旬に発表する予定だ。

ありがとう

ジョン

Hello people,

There are two new John Frusciante records coming out. The first is an EP entitled Letur-Lefr, and the second is an LP entitled PBX Funicular Intaglio Zone. I sing, play the instruments and am the engineer. The EP features a few friends on vocals, mostly MC’ing. The LP has one feature, the rest of the vocals being my own.

I consider my music to be Progressive Synth Pop, which says nothing about what it sounds like, but does describe my basic approach. I combine aspects of many styles of music and create my own musical forms by way of electronic instruments.

The tracks on Letur-Lefr are from 2010 and PBX was made in 2011. Letur is a compilation, a selected portion of music I made that year while PBX was conceived as an album, the songs having been recorded in succession. The records are very different from each other, so prior to the release of the LP, I will make available a free download of a song called Walls and Doors. This song pointed the way towards PBX, but was recorded 7 months earlier. I always took it for granted that Walls and Doors would be part of the record, but as it turned out the record was better off without it.

Letur-Lefr will be released in Japan on July 4th, in North America on July 17th, and in the rest of the world on July 16th. You can pre-order the EP, which will be available on vinyl, CD, cassette and in 32 bit, FLAC and MP3 digital formats here https://johnfrusciante.com/letur-lefr/

PBX Funicular Intaglio Zone will be released in Japan on September 12th, in North America on September 25th and in the rest of the world on September 24th. Like Letur-Lefr, PBX Funicular Intaglio Zone will be available on vinyl, CD, cassette and in 32 bit, FLAC and MP3 digital formats.

We will provide a pre-order link for PBX sometime in early August.

- Thanks, John

[[SplitPage]]

Part.2

Album Titles

 「PBX」は内部のコミュニケーション・システムを意味する。自然界だと、ビジネスやオフィスではなく人間の内部にも似たようなシステムがある。「Funicular(フニキュラー)」とは、ふたつのケーブルカーが1本のケーブルに繋がれていて、ひとつのケーブル・カーが上がるときに、もう1台が下がる仕組みのことだ。音楽というのは、さまざまなレベルで常にそれと似たことが起きている。「Intaglio(インタリオ、沈み彫り)」は彫刻におけるひとつのテクニックなのだが、彫刻家が作品の裏側から彫ることで、徐々に見物人には前面から肖像がレリーフで見えるようになる。しかし彫刻家は、前面とは対極のアングルから肖像を彫っているわけだ。僕が魅力を感じる音楽には、これに似たアプローチが取り入れられていて、このアプローチが多ければ多いほど好きになるのだ。「Zone」は、自分の感情と身の回りの環境が一体化し、他の世界がすべて消えてしまう心理状態のことだ。この4つの言葉を組み合わせることで、僕のクリエイティブ・プロセスを深いところまで描写できるのだ。

 「Letur-Lefr(レター・レファー)」という言葉は、ふたつの異なるものが連結部分によってひとつになることを意味している。それは、アルバムの1曲目がアルバムの最終曲の続編であることに象徴されている。

PBX refers to an internal communication system. There is a natural version of this, wherein the “business or office” is a person. A funicular involves two trams connected by a cable, one going up while the other goes down. All music perpetually does this on many levels simultaneously. Intaglio is a technique in sculpture where one works on the opposite side of the image, whereby the image will eventually appear to the spectator in relief, but the angle the sculptor works from is the negation of that. In music that I like, an approach analogous to this was employed, the more so the better. Zone refers to a state of mind wherein the rest of the world seemingly disappears, and nothing matters but the union of one’s immediate surroundings with one’s feelings. These four words linked together go far to describing my creative process.

Letur-Lefr for me signifies the transition of two becoming one, notably symbolized by the first song on the album being the sequel to the album’s last.



Part.3

My Recent History

 エレクトロニック・ミュージックを作り、エンジニア作業もすべて自分で手掛けたいという夢を実現することに、5年前から真剣に取り組みはじめた。その10年前から、僕はさまざまなタイプのシンセサイザー・ミュージックやサンプリング・ミュージックを模倣してギターをプレイしていた。マシンの言語は、マシンをプログラミングする人に新たな音楽ボキャブラリーを与えたことに気がついた。過去22年間に生み出されたエレクトロニック・ミュージックは、新たなリズム、メロディ、ハーモニーの原理を導入した。以前はプログラミングで作られたエレクトロニック・ミュージックを聴いても、どのようなプロセスで曲が作られたかが解明できなかった。80年代のマシンや、90年代のトラッカー・ソフトウェアを熟知している人たちは、理論的なアプローチでプログラミングをしていたが、僕がポップ/ロック、ジャズ、クラシックから知っていた理論とはちがう体系のものだった。手と楽器の密接な関係性は、ミュージシャンが作り出す音楽の基礎となっているが、ポップ/ロックを演奏する上で、自分の頭が手によってコントロールされている傾向が強いことに気づいて、それを修正したいと強く願っていた。マシンの知能と人間の知能が刺激し合って、その相互作用によって生まれる音楽に僕は強い関心を抱くようになった。

 2007年から僕はアシッドハウスで使用される機材やハードウェアのプログラミングを学ぶようになった。7ヶ月間は何もレコーディングしなかった。その後は、10個の機材を同期させ、ミキサーに通してCDバーナーに録音するようになった。最初は実験的アシッドハウス・ミュージックを作っていたが、ロック・ミュージックで学んだスキルはいっさい使わなかった。僕は伝統的なソングライティングに興味を失って、音楽をクリエイトする新たな方法を見つけたいと感じていた。マシンに囲まれ、次々とマシンをプログラミングし、その興味深いプロセスを楽しんだ。それまでは筋肉を使って楽器を演奏していたが、同様に数字を使ってマシンをプログラミングする作業が楽しくなった。数学的で理論的な方法でリズム、メロディ、サウンドに取り組むようになったため、これまで無意識に使っていたスキルが徐々に意識的になった。

 その後は2人の友人と演奏するようになったわけだが、これまでひとりでリビング・ルームでやっていたことを仲間とやるようになった。この編成はいまでも僕の性分に合うバンドだと考えている。

 仲間と演奏するようになった直後から、僕はコンピューターを使用するようになった。最初は、僕がハードウェアで作り出していた音をレコーディングするためにコンピューターを使っているだけだったが、徐々にコンピューターがメインの楽器になった。僕の制作方法と考え方に特化した理想的なスタジオも同時に作り始めた(この作業は今も進行中)。この時期に作っていた音楽はCDバーナーに録音していた音楽よりも冒険的なインスト・アシッドハウスだった。コンピューターで2曲レコーディングしてから、自分が作り出している新しい音楽が“プログレッシヴ・シンセ・ポップ”という言葉にふさわしいと感じはじめた。当時作っていた音楽では、アシッドが中心的要素だった。

 1年ほどコンピューターを音楽制作に使うようになってから、自分のヴォーカルを導入するようになった。それまでは、ギターとヴォーカルをエレクトロニックに取り入れたくないと考えていた。僕が大好きなタイプのエレクトロニックのルールに基づいた音楽を作りたいと思っていたからだ。ギターとヴォーカルをエレクトロニック・ミュージックとミックスすると、以前僕がやっていたポップ/ロック・ミュージックのソングライティングとギターのルールに戻ってしまうから、避けたかった。エレクトロニック・ミュージックをギターやヴォーカルとブレンドしたら、エレクトロニクスが僕の曲、ヴォーカル、ギターの補助的な役割になってしまうと考えていた。そのアイデアには不快感を覚えた。僕はロック・ミュージシャンとしての経験が長かったので、ロックのルールが優先されてしまい、新しいことを発見するペースが遅れてしまうと考えていた。“ルール”という言葉を使うときは、特定の音楽スタイルを定義づけ、その境界線を設定する根本的原理や抽象的現象を指しているわけであって、その境界線のなかで人間はクリエイティブな探求をしているわけだ。

 ソングライティングは続けていたが、必要性を感じたときに、そしてその方法で表現しなければいけないときに曲を書くようにしていた。僕は長年、曲を量産することでソングライティングのスキルを磨くものだと考えていたが、それが違うということに気がついた。最近は、ソングライティングというのは呼吸のように、自然に起きるものだということが分かった。最初のうちは、事前に作曲した曲をレコーディングする作業が窮屈のように思えたが、新たな曲作りのメソッドを吸収し、プログラミングのスキルとスピードも上達していたので、インストを作っていたときと同じくらいヴォーカルとギター入りの曲のレコーディングが楽しくなった。この時期に『Letur-Lefr』の曲をレコーディングし始めた。このときはまだロックの要素は遠ざけていたが、R&Bとヒップホップは自然と僕がやりたかった音楽にブレンドできることがわかった。ソングライティングとプログラミングを統合する上で、R&Bは有効な方法だということに気がついた。ヴォーカルがインスト・トラックを支える曲作りの方法を見つけることができたわけだが、その逆ではないことが僕にとって重要だった。

 この時期が経過すると、僕は新たなアプローチでギターを演奏するコンセプトを練り始めた。そのために定期的な練習が必要だった。その数年前は、レイヴやシンセ・ポップのレコードに合わせて練習することが多かった。僕がやりたかった音楽では必要性を感じていなかったため、ギターを演奏するための筋肉を訓練させるような練習はしたくなかった。僕の妻のセカンド・アルバムで特定の演奏法がしたかったので、定期的に練習していた。しかし、その後に僕はまったく新しいギター演奏のアプローチを発見することができた。僕のメインのエレクトロニック楽器はMC-202だったが、最初の頃は202をプログラミングするときは、ギターの知識を使ってプログラミングしていた。しかし、長く202を使ったことで、僕のギタリストとしての知識と202奏者としての知識が同じレベルになり、僕のギター演奏が202のプログラミング方法に影響されるようになっていた。ギターを演奏するとき、ロック・ミュージシャンとしての指と筋肉の使い方から完全に離れることができるようになっていた。違うギターに変えたということもあるが(Yamaha SG)、202を使うときは指のポジションによって音符を演奏するわけではないので、そのアプローチによってギターを演奏する新しいアイデアが芽生えていた。この時点から、ギターが完全に僕がやろうとしている新しい音楽と一体になった。ギターに対する新しいアプローチが見つかり、音を加工する新たなテクニックを吸収していたので、シンセ、シーケンサー、ドラム・マシンに対するエキサイトメントをギターにも向けられるようになった。したがって、僕はロック/ポップスの音楽理論を他の好きな音楽要素と同じように、僕の音楽に応用できるようになった。考え方が変化したので、クリシェを避けることを意識する必要もなくなった。新しい癖が身についていたので、そこから様々な新しい音楽的方向に進むことができた。古い癖は完全に捨て去っていた。コンピューターも完全に僕にとって楽器になっていたので、ドラムンベース(そしてその他の作りたかった音楽的スタイル)も僕の音楽に完全に取り入れられるようになっていた。この時期から、僕は過去のエンジニアリング・スタイルを理解できるようになっていたので、新旧のプロダクション・スタイルを、様々な音楽スタイルと同様に組み合わせられるようになった。数ヶ月が経過すると、僕は『PBX Funicular Intaglio Zone』をレコーディングし始めた。何年間も僕は1曲ずつ制作するアプローチをとっていたが、新たなプロダクションの経験を積んだことで、ひとつの作品のコンセプトの中で完全に没頭しながら制作できるようになっていた。この時期から僕が長らく求めていたバランスを見つけることができた。ボーカルと曲の構造があっても、ミュージシャンとして完全に自由でいられる境地に達していた。

 『PBX』では僕が何年も前に頭の中で想像していた音楽的要素の組み合わせが実現しているが、当時はどうやって形にすればいいか分からなかった。純粋に音楽に取り組むチャンスを与えられたことが幸運だと思っているし、音楽ビジネスの中に長年いても、音楽に集中することができたことに感謝している。僕は長年レコードを聴きながら演奏したり、曲を書いたり、夢見ることにほとんどの時間を費やすことができた。それを手助けしてくれた人々にとても感謝している。

 最後に、アシッド・ミュージックは僕にとってよい出発点となった。そこから徐々に、僕はワンマン・バンドとしてあらゆる音楽的スタイルを自由に組み合わせられるようになったわけだから。

ジョン

I started being serious about following my dream to make electronic music, and to be my own engineer, five years ago. For the 10 years prior to that, I had been playing guitar along with a wide range of different types of programmed synthesizer and sample based music, emulating as best as I could, what I heard. I found that the languages machines forced programmers to think in had caused them to discover a new musical vocabulary. The various forms of electronically generated music, particularly in the last 22 years, have introduced many new principles of rhythm, melody, and harmony. I would learn what someone had programmed but their thought process eluded me. Programmers, particularly ones fluent on machines from the early 80s and/or tracker programs from the 90s, clearly had a theoretical foundation in their employ but it was not the theory I knew from pop/rock, jazz or classical. The hands relationship to the instrument accounts for so much of why musicians do what they do, and I had come to feel that in pop/rock my mind was often being overpowered by my hand, which I had a strong desire to correct. I was obsessed with music where machine intelligence and human intelligence seemed to be bouncing off one another, each expanding with the incorporation of what it received from the other.

In 2007 I started to learn how to program all the instruments we associate with Acid House music and some other hardware. For about 7 months I didn’t record anything. Then I started recording, playing 10 or so synced machines through a small mixer into a CD burner. This was all experimental Acid House, my skills at making rock music playing no part in it whatsoever. I had lost interest in traditional songwriting and I was excited about finding new methods for creating music. I’d surround myself with machines, program one and then another and enjoy what was a fascinating process from beginning to end. I was so excited by the method of using numbers much in the same way I’d used my muscles all my life. Skills that had previously been applied by my subconscious were gradually becoming conscious, by virtue of having numerical theoretical means of thinking about rhythm, melody and sound.

Then I began a musical relationship with two friends, wherein I could do basically the same thing I had been doing in my living room, only with other people. This continues to be a band which is perfectly congruent with my nature.

Right after we started playing together I started using a computer. Initially it was just something to record what I was doing with hardware but it eventually became one of my main instruments. I gradually built up a studio ideally set up for the specific ways I work and think (this is a continual work in progress). The music I did at this stage was a more adventurous kind of instrumental Acid House than what I’d been doing onto CD, and by the time I recorded my second song on a computer, I was aware that Progressive Synth Pop was an accurate description of what I was doing. Acid was nevertheless the central musical style involved.

After a year or so on the computer, I occasionally began using my voice again. Prior to this, incorporating guitar and singing had posed a problem because I wanted to make music based on the rules, as I perceived them ? inherent in the various kinds of electronic music I loved ? and did not want to blend this with what I previously did with songwriting and guitar wherein many rules of pop/ rock music would then naturally be employed. If I’d attempted to blend the two at that time my electronics would have served as support to my songs, voice, and guitar. This idea was repugnant to me. Because I was so much more developed as a rock musician, rocks characteristics and rules would have dominated, thereby slowing down the rate at which I was discovering new things. To be clear, when I say rules, I mean the underlying principles and abstract phenomena which define a particular style, marking its boundaries and limits, within which exists an area proven to be worthy of human creative investigation.

I continued to write songs, but only when I had to out of necessity, because something had to be expressed that way. I no longer looked at songwriting as a craft to prolifically hone, as I had for so long. In these recent years, it is just something that happens sometimes, a natural thing, like breathing. At first, recording pre-written songs felt like a restriction, but I eventually found myself having acquired enough new work methods of my own and enough skill and speed at programming that when I recorded a pre-written song I had as much fun as when I made instrumentals. This is the point at which the tracks on Letur-Lefr were recorded. I was still steering clear of most rock music characteristics, but R&B and Hip Hop were blending well with the various types of music I was combining. R&B seemed to me a path through which to integrate my songwriting with my programming, being that I could do it in such a way that the song served as support for the things I was doing instrumentally ? and not the other way around ? which was very important to me.

As this phase passed, I began developing a concept for a new approach to playing guitar, which required regular practice. For the preceding couple of years, practice consisted of playing along with this or that Rave or Synth Pop record or whatever. I didn’t see a point in developing my playing musculature-wise because there was no call for that kind of playing in my music. I originally was practicing in a disciplined manner because I wanted to play a specific way on my wife’s second record. But I found an approach to the instrument, which was brand new for me, in which I saw a lot of room to grow. My main melodic electronic instrument being the MC-202, I had gone through a long period where my knowledge of guitar informed much of my 202 programming. But I had now reached a point where I thought as much like a 202ist as I did a guitarist, and my guitar playing was now being informed by my knowledge of the 202. I was using the muscles I was developing in a way completely divorced from the way I used them as a rock musician, partially because I switched to a different type of guitar (a Yamaha SG), but mainly because my musical ideas stemmed from my understanding of an instrument on which the choice of notes is not limited by the position of ones hand. So at this point guitar became fully integrated into my music. The combination of having a new approach to the instrument, combined with all the ways I was now well versed at processing sound, resulted in my having the same excitement about guitar that I had long had for my synths, sequencers and drum machines. This, and other factors, resulted in my being able to pick and choose specific musical principles from rock/pop to apply to my music, just as I had been applying specific aspects of every other type of music I love. I no longer had to be concerned with avoiding cliches because I just didn’t think that way anymore. I had developed new habits which were taking me all kinds of new places, and the old habits were now foreign to me. Also the computer had now become an instrument for me, so Drum n’ Bass (as well as a number of other styles I’d been reaching for) had now become fully integrated into my music. At this point, I also had begun to grasp the characteristics of engineering styles of the past, allowing me to combine aspects of old and modern styles of production just as I’d been combining different styles of music.

A few months into this period, I began the recording of PBX Funicular Intaglio Zone. For years I had just approached everything one song at a time, but my experience in production now allowed me to comfortably work within a record concept while remaining completely absorbed in the process. By this time, I had found the balance that I’d been searching for, wherein the presence of a vocal and the structure of a written song actually provided me with additional freedoms as a musician.

Aspects of PBX are the realization of combinations of styles of music I saw in my head many years ago, as potentials, but which I had no idea how to execute. I’m so happy that I’ve had the opportunity to focus exclusively on music for music’s sake, and also so thankful that I got to spend all those years active in the music business whilst keeping my head in music all the time. I was free to spend most of my time playing along with records, writing, and dreaming. I have so much gratitude for everyone who made that possible.

In summary, Acid served as a good starting point for me, very gradually leading me to be able to combine whatever styles of music I want, as a one man band.

- John

(訳:バルーチャ・ハシム)

[music video] ♯2 - ele-king

Givvn - One Day (In The City)(DEMO)



 リリックに山下達郎の歌詞が引用されているからそう感じたのか、山下達郎"Dancer"をイエスタデイズ・ニュー・クインテット(マッドリブ)が大胆にリミックスしたようなクールな曲だ。が、このグルーヴィーなトラックの作者は、中盤からソウルフルな歌声を響かせ、ふてぶてしい表情でラップをかますギヴン(Given)という日本人のアーティストで、タイトルに(DEMO)とエクスキューズがついている通り、数日前にyoutubeにアップされて世に出ている。現段階で再生回数が574回であるのが信じられないほど、ある意味で、彼のアートは成熟している。
 ところで、この、ラップもトラックメイキングもこなすギヴンは、DJ/トラックメイカーのティー・ラグ(tee-rug)とロウパス(LowPass)というヒップホップ・デュオを組んでいる。彼らはまだ22、23歳の新人だ。彼らが昨年末に発表したデビュー・アルバム『Where are you going?』と今年3月にインターネットで無料配信した『Interludes from"Where are you going?"』は、新旧のブラック・ミュージック・ファンを同時に唸らせるであろうブリリアントな魅力を有している。ベースは心地良くうねり、マーヴィン・ゲイ『I Want You』が引用される。アフロ・ファンクやブラジル音楽の要素もある。また、ロウパスの音楽には、〈ストーンズ・スロウ〉に通じるソウルがあり、元カンパニー・フロウのエル・Pが主宰する〈デフ・ジャックス〉を思わせる、謎めいたムードがある。ちなみに、QNとシミ・ラボのオムスビーツは、ロウパスのアルバムの1曲に参加している。彼らのアルバムの曲のいくつかはyoutubeでも聴ける。
 では、最後のオマケにもう1曲。ギヴンがラップし、Mirugaiという謎のトラックメイカーがプロデュースしたQN"Ghost"(『New Country』収録)のカヴァー。なんともかっこいいコズミック・エレクトロ・ファンクじゃないか!

Ghost (QN Cover)



Ghost (QN Cover) by Mirugai feat. Given from LowPass.
Prod. by Mirugai.

vol.2 硬派なのは見た目だけじゃない - ele-king

 みなさんこんにちは。NaBaBaです。連載もはやくも2回目となりましたが、今回は前回の予告通り、今年発売された新作をご紹介したいと思います。その名も『Max Payne 3』。

 『Max Payne 3』は01年に発売された初代『Max Payne』の続編で、03年の『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』から数えると、実に9年ぶりの最新作。開発は1作目、2作目までの〈Remedy Entertainment〉(以下Remedy)から代わり、〈Rockstar Games〉(以下Rockstar)が担当しています。

■現代によみがえる“演出されるゲーム・プレイ”の仕上がりやいかに

 本作のレヴューに入る前に、作品の周辺事情から先に解説をいたしましょう。『Max Payne』シリーズはジャンルとしてはTPS(サード・パーソン・シューティング)で、前回ご紹介した『Half-Life 2』のFPSと違い、操作するキャラクターが画面に映っている形態のゲームです。

 初代『Max Payne』は言うなれば“演出されるゲーム・プレイ”の新境地でした。本作の最大の特徴である“バレット・タイム”という、『Matrix』さながらにスロー・モーションになるシステムが象徴するように、精密な射撃を要求されるゲーム性と、アクション映画さながらの演出が両立する内容が当時高く評価されました。

『Max Payne』より。いまでは当たり前となったバレット・タイムはこのゲームから始まった。

 それに加えてグラフィック・ノベルの形式を用いたストーリー・テリングも魅力的で、ハード・ボイルドで劇的な雰囲気を演出するという面で、ゲーム・プレイ内外ともにさまざまな技巧が凝らされていたのです。


こちらは『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』より。ノベルシーンは今見ても完成度が高い。

 いっぽう今回〈Remedy〉にかわり開発を引き継いだ〈Rockstar〉は、映画的な演出や雰囲気を構築する手腕においては右に出るものはないスタジオです。クライム・アクション・ゲームとしてももっとも有名な、〈Rockstar〉の代表作である『Grand Theft Auto III』を筆頭に、最新作『Grand Theft Auto IV』までの一連のシリーズや、近年では西部劇をテーマにした『Red Dead Redemption』等、このスタジオは一貫してハード・ボイルドな設定を売りにした作品を作り続けています。

 いまだほとんどのゲームが映画的であることをアクションやスペクタクルの迫力という観点からの解釈しかできていないなか、〈Rockstar〉の脚本やシチュエーションという部分においてより映画的であろうとしている姿勢は、他作品より抜きん出ているとともにユニークであり、それは一種の〈Rcokstar〉ブランドを築くまでにいたっていると言えるでしょう。


『Red Dead Redemption』より。Rockstarなりの西部劇映画へのリスペクトに溢れた作品だ。

 こうした〈Rockstar〉の強みは『Max Payne』シリーズが志向しているハード・ボイルドさや映画らしさにも合致します。しかしいっぽうで〈Rockstar〉の作品はどれもシューティングとしてのできは平凡以下という悪しき慣習があり、シリーズのストイックなシューターとしての側面をどこまで引き継げるのか危ぶむ声も少なくありませんでした。

 しかしふたを開けてみると、実際にはいろいろな面で予想とはちがうでき映えだったのです。

■シンプルながらよく作りこまれたゲーム性

 結論から言ってしまえば、TPSとして非常によくできていたのがなによりも驚きでした。〈Rockstar〉作品としてはもちろん、歴代『Max Payne』シリーズや近年のゲーム全体で見ても屈指のでき映えです。

 基本的なシステムは前作までのプレイ感を踏襲しており、敵は体力がそこそこある反面プレイヤーは撃たれ弱く、なにより回復手段が有限なので、何も考えずに戦うとすぐやられてしまうバランスです。

 そのためつねに頭や心臓などを狙って一撃でしとめること、相手から攻撃を受ける前に沈めることといった、言うなれば居合い斬りのような戦い方を求められます。そしてこの戦法を実現させるための手段として、時間を遅くするバレット・タイムというシステムがある、という構造ですね。


バレット・タイムで周囲がスローになっている内に相手の頭を的確に撃ち抜く。これが本作の基本だ。

 バレット・タイムとひと口に言っても『Max Payne』シリーズには2種類あり、ひとつが単純に周囲の時間が遅くなる、字のままのバレット・タイムと、もうひとつに任意の方向に飛び込み、空中に浮いている短い間だけ時間が遅くなるシュート・ドッジというものがあります。それぞれ得手不得手があり状況に応じてこれらふたつを使い分けるのがこのシリーズの醍醐味と言えますが、本作『Max Payne 3』は特にこれらの役割づけが過去シリーズ以上によくできていると感じました。

 前作まではなんだかんだと言って、どっちか片方が性能いいかで、使用頻度も偏りがちだったのが欠点でした。今作ではバレット・タイムは発動の手軽さ、汎用性の高さから、咄嗟の状況への対応や、こちらが比較的有利または安全な状況下から多くの敵を相手にするのに向いていて、いっぽうのシュート・ドッジは発動中はダメージをいっさい受けなくなるので、敵の攻撃が激しいなど不利な状況から活路を見出したいときに使えるなど、差別化が非常にうまくいっています。

 これらふたつの典型的な使い分け例としはこんな感じ。部屋に入ると大勢の敵がいるが相手はこちらに気づいていない。なので木箱の陰からバレット・タイムを使って先制攻撃、数人捌いた時点で敵の反撃で木箱は崩れ、このままではやられるというところでシュート・ドッジを発動し、残りの敵を華麗に迎撃......。こうした瞬時の使い分けが本作の肝であり、こちらのもくろみどおり綺麗に決まったときの気持ちよさは度し難いものがあります。

 ちなみにエリアの最後の敵を射抜いた瞬間はファイナル・キル・カメラといって『Matrix』を彷彿させる独特の演出が入り、勝利をみごとに演出してくれます。僕がこのシリーズを“演出されるゲーム・プレイ”と呼び表すゆえんであり、その精神は本作でも健在と言えましょう。


本作のキル・カメラは状況に合わせて演出内容が変化するなど、9年ぶりも納得の進化を感じさせる。

 また上記の駆け引きを盛り上げるレベル・デザインの秀逸さも抑えておきたいポイントです。本作はバレット・タイムを使い分けてのシューティング、この1点におもしろさを求めたストイックなゲームなのですが、そのシンプルさを維持しつつも状況のバリエーションを生み出すことに成功しており、単調になりがちだった前作、前々作から大きく改善されています。

[[SplitPage]]

■『Max Payne 3』最大の強みはシステムのアレンジ力にあり

 さて、ここまで述べた本作の特長は、いまどきのTPSとしてはじつはかなり異端です。急所への一撃に賭ける短期決戦型のデザインは、いま流行の物陰に隠れながらジリジリ敵勢を削っていく、いわゆるカバー・シューターとは相反する。むしろ本作のデザインはカバー・シューター登場以前によく見られたものだと言っていい。

 しかしそれをもってして本作を古くさいゲームと評価する向きがあるようですが、僕はそれは支持しない。とは言えいまっぽいとも当然言えないわけで、じゃあなんなんだろうってところに、このゲームの魅力があると思っています。

 まず古い作法に則るだけの懐古趣味と異なるのは、現代のシステムを取り入れている部分もちゃんとあるということですね。いち例として挙げればカバー・システム自体は実装されているし、武器所持数が制限されるところもいまどきです。

 ただしどれも通りいっぺんとうな運用はされておらず、前者であればあくまでも相手に踏み込む際のつなぎとして、後者は所持する武器が目まぐるしく変わりつづけることで戦闘にバラエティを出すためにと、核となるゲーム性に合うようにアレンジが加えられているのがおもしろい。システムとしての体裁は他のゲームと同じでも、実際の役割が異なっているんです。


本作のカバーは脆くて役に立てづらいが、むしろそれが本来のゲーム性を引き立てている。

 本作の優れた点とはとどのつまりこの細やかなアレンジ力で、ゲームの目指す方向性に合わせて個々の要素にしっかり独自の意味づけをおこなえているところが他とはちがうのです。これはバランスがいいと言いかえることもできて、システム同士の相互作用をしっかり吟味した上で調整されており、浮いている要素がひとつも無い。前述したバレット・タイムとシュート・ドッジの役割のちがいや、レベル・デザインの秀逸さも、すべてはここに集約されます。

 実際これは地味なことではあるのですが、むしろシステムの見かけ上の古い新しいにおもねることなく仕上げてきたところに、本物のゲーム・デザインを見た思いです。しかもそれを〈Rockstar〉が実現してきたことが何よりも驚きでした。

■カット・シーンの濫用に甘えたストーリー・テリング

 シューティングとしての完成度の高さがうれしい驚きだった反面、もともと期待していたストーリー・テリングの方は逆に〈Rockstar〉作品としてはいろいろとものたりない内容でした。問題点は大きくふたつあって、ひとつがストーリーそのものの質、もうひとつが伝達手法の欠陥ですね。

 物語は前作からの続きではありますが、主人公Maxは妻子を亡くしているという基本設定を引き継いでいるのみで、実質過去作からは独立した話になっています。フィルム・ノワールという根幹の様式は貫きつつ、舞台をNYからブラジルへと大胆に移したのは斬新で、『City of God』等の近年のブラジル映画からの影響を明言する、〈Rockstar〉らしいセンスを感じさせます。


とりわけファベーラの作りこみはみごと。フィルム・ノワールの様式にも意外とマッチしている。

 しかし裏を返すとそれがすべてといった感じで、設定以上の魅力が無いのが残念。妻子を亡くしたMaxの苦悩がクローズ・アップされるかと思いきや、結局は悪者をやっつけるというベタな内容に収まってしまう。もっともゲーム・プレイの動機づけとしてのストーリーとしてはこれでも必要十分と言えるかもしれません。

 しかしながら〈Rockstar〉はいままでそれ以上のストーリーをゲームで描いてきたし、本作でも引きつづきそれをやろうとしていたはず。ただその実践方法がどうにもよくなく、おまけにシューティング・ゲームとしてのデザインと折り合いがつかずに結果として不協和音を放ってしまっているような気がします。

 何よりも問題なのはストーリーの伝達手段をほぼカット・シーンのみに頼ってしまっていること。現代のストーリー重視のゲームは前回ご紹介した『Half-Life 2』が正しくそうであるように、ゲーム・プレイのなかにストーリー・テリングを混在させることが命題になっているのですが、その試みが『Max Payne 3』には見当たらない。カット・シーンそのものの質はいいものの、黙々と戦っては映像が挟まる、その繰り返しになりがちです。


前作までのノベル・シーンを意識した、コマ割りとセリフがカット・インする演出自体はいいのだが......

 これは単純に古くさい。あるいはそれはそれでゲームプレイの引き立て役として小休止程度に挿入されるならまだいいのですが、輪に掛けてよくないのが挿入頻度がとても多い。しかもカット・シーン中にローディングをしているようで、見たくなくても飛ばすこともできない!

 結果としてゲーム・プレイの引き立て役としてはきわめて押しつけがましく、ストーリー重視のゲームにしては古臭くて工夫が足りないと、どちらにとっても不都合ななんともちぐはぐなことになってしまっています。

 〈Rockstar〉ともあろうものがこのような失敗をしてしまったこともまた大きな驚きでしたが、思えば〈Rockstar〉はそもそもストーリーを伝達する仕組み自体はつねに古典的なカット・シーンを使いつづけていて、『Half-Life』シリーズのようなゲーム・プレイとストーリー・テリングの融合、という意識がことさら強いわけではないんですね。そのかわりカット・シーン自体の質、カメラ・ワークやキャスティングといった部分においてハイ・クオリティであることを目指すアプローチのように思えます。

 ただそれがいままでの〈Rockstar〉作品で成立していたのは、どれもオープン・ワールドといういろいろなできごとを十分なプレイ時間、多様な角度から描くのに長けたジャンルだったからなのではないか。その点『Max Payne 3』はひたすら敵と戦いつづけるアクション・ゲームなので、取れるアプローチに時間的にもゲーム内容の幅的にも限りがあった。それでもあえてこだわろうとして、カット・シーン濫用という手に走っちゃったのかなと分析します。しかしそこでマジックを見せてくれよ! というのが自分の期待だったんですけど。

■まとめ

 冒頭でふれたとおり、いろいろな意味で予想を裏切る内容でした。シューティングとしての出来は本物で、いっさいのごまかしがなくシンプルなおもしろさを追求した作りは硬派と呼ぶにふさわしく、FPSやTPSが飽和状態にあるいまのゲーム業界のなかでも、頭ひとつ抜けた完成度と個性を放っていると言えるでしょう。

 しかしながらストーリー・テリングという面ではカット・シーンを濫用するなど硬派なゲーム性にそぐわない安易な作りも見受けられ、全体を見たとき正反対のものが入り混じったちぐはぐな印象も受けます。

 とは言えこうした弱点を差し引いてもなお魅力はあり余るものがあり、今年発売された作品のなかでは屈指の出来であると断言できます。本文では触れませんでしたがグラフィックスやアニメーションも優れており、その面でも2012年のクオリティを味わえる作品です。




XINLI SUPREME - ele-king

 さすがの橋元も編集部でこの音が鳴った瞬間に「なんすかこれ?」と訊いてきた。「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやジーザス&メリー・チェインのようだ」と、イギリス人にとって最高の褒め言葉で迎えられた日本のバンド、現在大分を拠点とするシンリシュープリームが10年ぶりに新作を発表する。
 2002年、ロンドンの〈ファットキャット〉からリリースされた彼らのデビュー・アルバム『トゥモロー・ネヴァー・カムス』は、いま思えばシューゲイザー・リヴァイヴァル......などと言うと生ぬるく思う方もいるかもしれないけれど......の先駆けであると同時に今世紀のノイズ・ムーヴメントともリンクしていた(〈ファットキャット〉は当時、メルツバウも出している)。
 『トゥモロー・ネヴァー・カムス』は否定、否定、そしてまた否定の作品だった。ジーザス&メリー・チェインのように徹底的に、どこまでもネガティヴでありながら、同時に甘美で、恍惚としたサウンドで我々を魅了した。2002年の暮れには当時のアメリカ帝国主義を非難するかのように星条旗をデザインしたミニ・アルバムの『マーダー・ライセンス』もリリースしている。いずれにしても、シンリシュープリームとは、2002年当時、音楽が変わりゆく時代の波を感じていた人たちにとっては忘れがたいバンドなのだ。
 
 10年ぶりの新作は、ワールズ・エンド・ガールフレンドが主宰する〈Virgin Babylon Records〉から10月23日のリリースされる。タイトルは『4 Bombs』、レーベルの資料によれば「10年をかけ完成まで辿り着いたのはわずか4曲」で、彼らが2010年にオフィシャルサイトからmp3でフリー配信した"Seaside Voice Guitar"に関しては、この1曲のみに3年半の時間が費やされたという。彼らはこの10年、新たなノイズの創造に力を注ぎ続けていたのである。
 まずはこちらの映像を見よ!



XINLISUPREME - 4 Bombs

2012年10月13日 リリース
¥1100 VBR-009
8月24日よりVirgin Babylon Records通販サイトにて先行予約開始。

HeavysickZERO - ele-king

 東京のアンダーグラウンド・ミュージック・シーンの重要拠点〈中野heavysick ZERO〉が10周年を迎える。ということで、8月24日(金)、25日(土)に盛大にアニヴァーサリー・パーティが開かれてしまう! まずは、おめでとうございます!!! 僕が、この、山の手の外れの小さな箱から学んだことと言えば......当たり前のことだが、新しい音楽が生まれる背景には、果敢な挑戦や実験を好む向こう見ずなミュージシャンやバンド、DJやラッパーを応援するクラブやライヴ・ハウスがあり、また、それらを支える献身的なスタッフや情熱的なミュージック・フリーク、そして、最高にファンキーな野次馬たちがいるということだ。音に対しては厳しくても、朝まで酩酊したり、酒癖の悪い、だらしない人間にも優しかったりする、そういう連中が集まるクラブで、刺激的な音楽文化が創造され、根づくということだったりする。
 注目すべきことに、10周年記念のコンピまで発売される。しかも全曲、このコンピのための録り下ろしだ。ザ・ヘビーマナーズにはじまり、ルミとキラー・ボングの強烈な初コラボ曲、シンガー、チヨリとスティルイチミヤのヤング・Gがタッグを組んだ曲、MJPのDJケン、アサやザ・ブルー・ハーブのO.N.Oやダブステップ・シーンで今注目のDJドッペルゲンガーのトラックも収録されている。
 アニヴァーサリー・パーティの出演者に関しては、以下のインフォを見て欲しい。知らない名前があったとしても、あなたがいちばん最初の発見者になるかもしれない。それが、この箱で遊ぶ最大の魅力。とにかく〈中野heavysick ZERO〉らしく、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、ダブ、アヴァンギャルド、ダブステップ、ノイズが渾然一体となったファンキーな二日間になるでしょう。僕も遊びに行きます。乾杯しましょう。(二木信)


『HeavysickZERO 10th ANNIVERSARY』
~ SPECIAL 2DAYS ~

[特設WEB]
https://www.heavysick.co.jp/zero/2012_10th.html

8月24日(金)

- ACT -
THE HEAVYMANNERS
DJ KIYO(ROYALTY PRODUCTION)
CHIYORI with LOSTRAINS
INNER SCIENCE
DJ KEN(MIC JACK PRODUCTION/ILL DANCE MUSIC)
DOPPELGENGER
噛ます犬[asa / DJ HIDE / ICHIRO_ / DJ noa]
惹蝶
MIZUBATA(一○∞)

8月25日(土)

- ACT -
O.N.O - MACHINE LIVE -
K-BOMB
DJ DUCT(THINKREC.)
CONOMARK
OPSB
TAICHI(Stim/Nice Brew)
Yousuke Nakano(DUBBING HOUSE)
DJ SATOSHI(izmical/NNNF)
jitsumitsu(P.V.C.)
HAGIWARA(FAT BROS)
Militant B

@heavysick ZERO
[OPEN&START]23:00
[DOOR]3000YEN(1D)
[W.F]2500YEN(1D)

≪information≫
heavysick ZERO
〒164-0001
東京都中野区中野5-41-8 B1F/B2F
TEL: 03-5380-1413
WEB: https://www.heavysick.co.jp/zero/
※JR中央線/総武線「中野駅」北口下車、早稲田通り沿いの"モスバーガー"を過ぎた先。
"からあげ塾"の地下です。



Various Artists
『heavysick ZERO 10th ANNIVERSARY』
heavysick ZERO / ULTRA-VYBE, INC.
2,000円(税込)
2012年09月05日発売!!

『~ローカリズムとリアリティー此処にあり~』

 独自の文化が渦巻く中央線"中野"にて、一般的な流行廃りには左右されず、型にはまら ないスタイルで自由な音楽パーティーを実験的かつ挑戦的にバラ撒き続けるheavysick ZERO。そんな現場第一主義で2012年に10周年を迎えるheavysick ZEROが、過去と未来を繋ぐ重要アーティストを中心にオリジナル楽曲をコンパイル!!! 全曲・本作が初だし音源のみという豪華内容に加え、Heavysick ZEROだからこそ成し得たジャンルの枠組みを取っ払った数々の楽曲、
自慢のサウンドシステムにて最高の音を体感出来るようなサウンドに仕上がっている。

01. THE HEAVYMANNERS / HEAVYSICK MANNER
02. SKIT 1
03. RUMI x KILLER-BONG / suck'n'chill
04. SKIT 2
05. asa feat. nuffty / NAKA - 噛ます犬REMIX -
06. O.N.O / eng
07. SKIT 3
08. 惹蝶 feat. 宮本 忠義 / Interesting City Nakano
09. MIZUBATA +小宮守+ペヤング+ILLSUGI / HAI-SAI-GARA
10. Like A Rolling Stone [DJ KEN & 響大] / Slowdown Sundown
11 .SKIT 4
12. DJ DUCT / Run the Game !
13. SKIT 5
14. DJ SATOSHI / sexual appetite
15. Yousuke Nakano / NO GENERATION
16. SKIT 6
17. OPSB / PUSH
18. DJ Doppelgenger feat. saara / Grounding
19. CHIYORI x Young-G / 憂晴れ
20. SKIT 7
21. OUTRO
22. SKIT 8

SKIT:森田貴宏

BASSの時代 - ele-king

 日本のベース・ミュージックについて改めて考えてみると、「ベース・ミュージック」という言葉を日本人が使いだしたのは東では〈Drum & Bass Sessions〉、西では1945 a.k.a KURANAKAが率いる〈ZETTAI-MU〉に代表される方々が支えてきた「ドラムンベース」や「ラガ・ジャングル」の登場以降だと推測される。
 しかし、近年では「ベース・ミュージック」という言葉の意味にかなり広がりを持つように進化し続けていると思う。もともとは海外でマイアミ・ベースやゲットー・ベースなどのヒップホップやエレクトロからの流れが「ベース・ミュージック」と言われだしたのがはじまりだろうし、「DUB STEP」という言葉にある「DUB」についてはもっと昔から存在する手法だ。
 そんな「ベース・ミュージック」の言葉が持つ深いポテンシャルに注目し、日本におけるベース・ミュージックの現在進行形を体験できる貴重な機会があったので、少々時間は経ってしまったが、レポートしようと思う。

 〈Outlook Festival〉とは、ヨーロッパはクロアチアにて数日間に渡って開催され、世界中のアーティストやDJ、そしてサウンドシステムが集結する世界最大級のベース・ミュージックの祭典だ。その錚々たるラインナップには、リー"スクラッチ"ペリーやマックス・ロメオやジャー・シャカといった、生きるレゲエ・レジェンドたちからスクリームやデジタル・ミスティックズなど、最先端ダブステップ・アーティストが一斉に名を連ねる。

 ある日、Part2Style Soundの出演するクロアチアの〈Outlook Festival〉に同行したeast audio sound system(イーストオーディオ・サウンドシステム)のtocciの体験談として「BASS MUSICは体で体感する音楽である。しかるべきサウンドシステムで鳴らせば、その重低音は肌から伝わり、体のなかを振動させ、ついには喉が震えて咳き込むほどの音楽だ」という見解を、過去にサイトにアップしていたのを読んで、自分の目を疑ったのと同時に「体感してみたい」という思いが芽生えた。その個人的な思いは「Outlook Festival Producer Competition」という、勝者はクロアチアへのチケットを手にすることができるコンペに自作曲を応募する形でぶつけてみた。仲間や応援してくれたみんなのおかげもあって、数多く存在するファイナリストまでは残れたものの、結果としては敗北に終わり、悔しい思いをしたのも記憶に新しい。
 そんな〈Outlook Festival〉の日本版がPart2Style とイーストオーディオ・サウンドシステムによって、今年も開催されると知ったのは春のはじまりのころで、それを知ってからは毎日のように「Outlookを体験したい」と心のなかで連呼したが、どうしても行きたい思いとは裏腹に、諸事情により今回のフェスへの参加を諦めていた。
 その矢先、小説家であり、ライターであり、大阪の夜の飲み先輩であるモブ・ノリオさんから一本の電話がかかってきた。
 以前、モブさんにとあるパーティで会ったときに酒を飲みながら〈Outlook Festival Japan Launch Party〉がいかなるものかと熱く説明したことがあり、そのときに何度も「それにはお前は行かなあかんやろ」と言われたが、「行きたいですねぇ......」と返すのが僕の精一杯の返答だった。それを察しての電話口だった。「〈Outlook〉行くの?」と聞かれ、「めちゃくちゃ行きたいですけど、もう諦めました」と返すと「行かんとあかんときっていうのは、どうしても行かんとあかん。お前、ああいうことを自分で書いといて、いかへんつもりなん? それはあかんぞ......あのな、エレキングで取材の仕事をセッティングしたから、行って来てレポートを書いてみぃへんか? 文化を体験するって行為は絶やしたらあかんで」
 涙がでるほどの奇跡が起きた。僕のなかで行かない理由はなくなった。

 5月26日、TABLOIDの隣にある、日の出駅に着いたときに、まず驚いた。改札を通るときに重低音の唸りが聴こえてきたからだ。駅から会場までの近さも手伝って、初めて行く会場への方向と道のりを重低音が案内してくれた。会場の建物がどれなのかは、低音の振動でコンクリートが「ピシッ」と軋む音でわかった。ついに ここに来ることができた、と胸が高まった瞬間だ。

 会場に入り、さっそくメインフロアであるホワイト・アリーナへ向かうと、先ほどの駅で聴いた重低音の唸りがSPLIFE RECORDINGSがかけるラガ・ダブステップだったことがわかる。そびえ立つモンスター・スピーカーたちの城から発せられるその音は、「爆音」なんてものではなく、まるで生き物のようにスピーカーから"BASS"が生まれ、フロア中を駆けめぐった後、壁を登り、遥か高い天井で蠢く、「獣帝音」と言えば伝わるであろうか。そう、これがイーストオーディオ・サウンドシステムとTASTEE DISCOが繰り出す、メインフロアの音だ。驚いたのは、出番が終わったあとにSPLIFE RECORDINGSのKOZOから聞いたところによると、これでまだ50%ぐらいの音量だというのだ。驚きとともに、100%の音量を出したときに自分は正気でいられるのだろうか? 建物は大丈夫なのだろうか? などと、少しの不安と緊張感を抱くとともに、武者震いをするかのように心を踊らせた。

 大阪から到着したばかりで腹がすいていたので、メインフロアの後方にあるFOODブースへと向かった。
 DUUSRAAのカレーを注文し、待っているあいだにおもしろい出来事があった。テーブルの上に置いてあった誰かのカクテルのカップが、重低音の振動で勝手に動き出し、なかに入ってあるカクテルが噴水のようにしぶきを上げ、こぼれだしたのだ。それぐらい、建物自体が振動していたということだ。

 知人の皆と、久しぶり感がまったくない(1ヶ月前に会ったばかり)挨拶やジョーク等を交わし、会場全体をウロウロとまわるうちに最初の狼煙が上がった。Part2Style最重要ユニット、ラバダブマーケットの登場だ。Erection FLOORと名付けられたフロアで鳴り響く、姫路は最高音響サウンド・システムの音も、サブ・フロアという陳腐な言葉では片づけられない、まさしく最高の音だった。その音は暖かく、どれだけの音量で鳴っていたとしても耳が疲れない、例えて言うならマホガニーサウンドだ。しかし、鳴っている音量はかなりのもので、ここのフロアが階段を登った2階にあったのも手伝ってか 振動が床を伝い、足から体全体が震え、まるで自分がスピーカーになったような錯覚すら覚えた。そんな最高音響でのラバダブマーケットのライヴは、フロアの反応も最高だった。Dread Squadの"Sleng Teng International Riddim"にジャーゲ・ジョージとMaLが歌う"Digital dancing mood"~e-muraのJUNGLEビート本領発揮の"Bubblin'"~突き抜ける"MAN A LEADER"の流れは、正にリーダーが告げるこのフェスの本格的開始合図だった。そしてその勢いは櫻井饗のエフェクターを駆使した多彩なビートボックス・ライヴへと継がれていった。

 ホワイト・アリーナへ戻ると会場にも人が溢れ返っていて、LEF!!!CREW!!!が、フロアにいるオーディエンスをハイテンションでガンガンにロックしていた。休憩しようと外へ向かう途中にグラス・ルームではDJ DONが、まだ生まれて間もないベース・ミュージック、ムーンバートンのリズムで"Bam Bam"をプレイしていた。僕もよくかけるリミックスだ。ついつい休憩のつもりがまたひと踊りすることに。Jon kwestのアーメンブレイクを切り刻んだムーンバートン(これまた僕もよくかける)など、ニクイ選曲にTRIDENTがパトワのMCで煽る。108BPMという、遅いような早いような不思議なテンポに錯覚してしまい、ついつい踊らされてしまうのがムーンバートンの魅力だろう。

 外の喫煙ブースでマールボロのタバコをもらい一服してからなかへ戻ると、さっきのグラス・ルームでは函館MDS CREWのボス、SHORT-ARROWがSUKEKIYOのMCとともにジャングルをプレイしていた。同じく函館から来ていたKO$は今回、カメラマンとしてもかなりいい写真を撮っていたので、是非チェックしてほしい。ここでも先ほどラバダブマーケットのライヴでも聴いたDread Squadの"Sleng Teng international"が聴けたし、時を同じくしてホワイト・アリーナではTASTEE DISCOがスレンテンをかけていた。

 この〈Outlook Festival Japan Launch Party〉の興味深いポイントとして、「ベース・ミュージックに特化したフェスティヴァル」ということでは日本ではかなり早いアクションだということだ。以前からPart2Styleは"FUTURE RAGGA"というコンセプトのもと、コンピュータライズドなレゲエをやっていたし、ジャングルやドラムンベースはもちろんのこと、最近ではダブステップやクンビアも自分たち流に消化して発信していたし、ムーンバートンを僕が知ったきっかけはMaL氏とNisi-p氏がふたりで作ったミックスだった。それらやその他もろもろを総じて、ベース・ミュージックと日本内で呼ばれ、波及しだしたのは ごく最近のことであり、まだまだ発展途上といえる段階だろう。スレンテンのベースラインは、この新しい試みのなかでも 互いに芯の部分を確かめ合うように呼応する不思議な信号や、電波のようにも聴こえた。

 時間が深まっていくなか、eastee(eastaoudio+TASTEE)が本領を発揮しだしたと感じたのはBROKEN HAZEのプレイだった。重低音が何回も何回も、ボディブローをいれてくるように体に刺さりまくる。激しいビートとベースで、まるでボクシングの試合でボコボコにされ、痛いどころか逆に気持ちよくなってしまう感覚だ。パンチドランカー状態になってしまった体を休めに、バー・スペースへ行きDUUSRAA Loungeの音が流れる中、友人と談笑したりした。

 上の階では、ZEN-LA-ROCKPUNPEE、そしてファンキーなダンサーたちによってオーディエンスが熱狂の渦と化していた。音の振動によってトラックの音が飛ぶトラブルもなんのその。
「皆さん、低音感じてますか? Macも感じすぎちゃって、ついつい音が飛んじゃいました。低音はついに800メガヘルツに到達! Everybody say BASS!!」とトラブルすらエンターテイメントへと変換させる話術は、お見事の一言では片づけられないほど素晴らしく、ごまかしや隠すことの一切ない、正に全裸ライヴだと実感した。ZEN-LA-ROCKは独自にこのフェスティヴァルをレポートしているので併せて見てほしい。



 楽しいライヴを満喫した後は、D.J. FULLTONOを見にグラス・ルームへと移動する。個人的にエレクトロやシカゴ・ハウス、ゲットーベース等を2枚使いでジャグリングをガンガンやっていた頃を知っているだけに、いま、日本のJUKE/JIT第一人者として〈Outlook Festival Japan〉に出演していることが不思議であり、同じ大阪人として嬉しくもあった。彼がプレイしている時間のフロアは、このフェスのなかでもっとも独特な空気を放っていただろう。矢継ぎ早に、時にはトリッキーに繰り広げられるJUKEトラック、"FootWurk"という超高速ステップ、難しいことは言わず自然体な言葉でフロアを煽るMC、仲間たちお揃いのBOOTY TUNE(FULLTONO主宰レーベル)のTシャツ、ブースに群がるクラウド、汗だくになりながらも、次々とフットワークを踊り、DJブース前のフットワークサークルを絶やそうとしないダンサーたち、出演者、観客、スタッフ、なんて枠組みは取り払われたかのように、そこにいる皆で夢中になってフロアを創った時間だった。その素晴らしさは、FULLTONOが最後の曲をかけてすぐさまフロアに飛び出し、さっきまでDJをしていた男がいきなり高速フットワークを踊りだした時に確認できた。僕にはその姿が輝いて見えた。

 メインフロアに戻ると、Part2Style Soundがいままで録りためたキラーなダブ・プレートを惜しげもなくバンバン投下しフロアをロックし続けていた。そのスペシャル・チューンの連発にフロアのヴォルテージが高まりすぎて、次の日に出演予定のチャーリー・Pが我慢できずにマイクを取ったほどの盛り上がりだ。そしてその興奮のバトンとマイクは、DADDY FREDDY(ダディ・フレディ)へと渡された。高速で言葉をたたみかけるダディ・フレディのライヴは圧巻であった。何回も執拗にライターに火を灯せ! とオーディエンスに求め、フロアは上がりに上がった。早口世界チャンピオンは上げに上げた後、だだをこねるように「もう行っちゃうぞ?」とフロアに問う。フロアは声に応え、ダディ・フレディを放そうとはしない。チャンピオンはノリノリでネクスト・チューンをうたい終えた後、またフロアに問う。「おれはもういくぞ!?」と。もちろん皆は声に応える。するとチャンピオンはノリノリで「ワンモアチューン!」と、まだまだ歌い足りなさそうだが、やはりチャンピオン。どのアクトよりも怒涛の勢いを見せつけた、素晴らしいステージだった。

 チャンピオンの勢いに圧倒された後に続いて、特別な時間がやってきた。
 DJ、セレクタのセンスと腕が問われる真剣勝負、サウンド・クラッシュ。今回、かなり楽しみにしていたイベントだ。NISI-Pの司会によってルール説明が行われ、場内は緊張感に溢れた。今回のルールとして、はじめにくじ引きで第1ラウンド出場者である3組の順番を決め、1ラウンド目はダブ・プレートではない曲で3曲ずつかけ、次ラウンドの順番が決まる。第2ラウンドが「Dub Fi Dub」(ダブプレートを1曲ずつかける)の流れだ。第2ラウンドで決勝進出の2組が決まり、ファイナルラウンドで一対一の対決となる。
 第1ラウンドの一番手はHABANERO POSSE(ハバネロ・ポッセ)だ。普段からイーストオーディオ・サウンドシステムの音を研究しているだけあって、音の鳴りはピカイチだった。ガンヘッドのDJにFYS a.k.a. BINGOのMCの勢いもハンパなく、スピーカーとオーディエンスを存分に震わせた。続いて、JUNGLE ROCKがプレイするジャングルはレゲエのサウンドマンの登場を物語る。サウンドクラッシュはレゲエから発生した文化だ、と言わんばかりにフロアに問いただす。最後に登場したDEXPISTOLSは、なんとレゲエ・ネタで応戦し、エレクトロの先駆者が異文化であるクラッシュへの参戦表明を見せつけたことで、このサウンドクラッシュがいままでのどのサウンドクラッシュとも違う、斬新なものであるかがわかっただろう。今回のサウンドクラッシュの見どころとして、ヒップホップやエレクトロの文化やレゲエの文化などが、カードの組み合わせによって異種格闘技戦となっていることも、おもしろい試みだ。
 肩慣らしともいえる第1ラウンドを終え、いよいよ本番、ガチンコ対決となる第2ラウンドへと続く。トップバッターはDEXPISTOLSだ。第1ラウンドのときとは、やはり気合いの入り方が違い、ダブプレートには自身たちの曲にも参加している、ZeebraJON-Eがエレクトロのビート上で声をあげ、DEXPISTOLSがDEXPISTOLSであることをオーディエンスに見せつけた。
 続くはHABANERO POSSE。ムーンバートン・ビートにのるラップの声の持ち主に耳を疑った。なんと、Zeebraのダブ・プレートである。まずは「ベース好きなヤツは手を叩け!」と、"公開処刑"、そしてビートがエレクトロへと急激にピッチが上がり、DEXPISTOLS自身がZeebraをフィーチャーした"FIRE"のダブへと展開し、DEXPISTOLSへ向けたレクイエムを送る。逆回転のスピンの音が少し短くて、思ったことがあった。「あれはもしかして、レコードかもしれない......。」その盤はアセテート盤と呼ばれる、アナログレコードをわざわざカットして鳴らされたものであるのも、block.fmで放送された後日談にて確認できた。HABANERO POSSEは、ぬかりのない綿密な作戦と、業が成せる完璧な仕事を僕らに見せつけたのだ。
 ラストのジャングル・ロックは、アーメンブレイクと呼ばれるジャングル・ビートに、猛りまくったMCで問う。「さっきも、V.I.Pクルーがかかってたけど、V.I.Pクルーって言ったらこの人だろ!?」と、BOY-KENがうたう様々なクラッシュ・チューンでレゲエの底力を見せつけた。
 ファイナルラウンドに駒を進めたのは、HABANERO POSSEとJUNGLE ROCKの2組だ。本気の真剣勝負の結果である。誰もそこに異論を唱える者はいなかったと思うし、オーディエンスの反応にも間違いなく現れていた。戦うセンスと実力だけがものをいう、音と音のぶつかり合い。それがサウンドクラッシュという音楽の対話だ。
 ファイナルラウンド、先行はJUNGLE ROCKだ。「おれがこのダブとるのに、いくら使ったと思ってんだよ!」と意気込みを叫び、ダブを投下した。鎮座ドープネスリップ・スライムからはPESとRYO-Zという、豪華なメンツにフロアは沸きに沸いた。そして後攻にHABANERO POSSE。なんとその場のゲストMCにSEX山口を迎え、マイクでフロアに物申す。「おれらの敵はJUNGLE ROCKでも、DEXPISTOLSでもない。本当の敵は、風営法だ!」なんと、YOU THE ROCKがラップする"Hoo! Ei! Ho!"のダブだった。



 優勝は満場一致で、HABANERO POSSEが受賞した。展開の読み、選曲、音像、すべてにおいて郡を抜く存在だった。本当に、普段から音の鳴りを研究した努力の賜物だったと思うし、あの時間にあのダブ・プレートを聴いた時の、ドラマのような展開に感動した。近年、風営法を利用した警察が、文化を発信している場所となるクラブを摘発していることへの、強烈なアンチテーゼを意味するメッセージでもあった。クラバーたちの真の戦いとなる風営法を、サウンドクラッシュという戦のなかで伝え、勝利という名の栄光を掴んだ、真のチャンピオン誕生の瞬間だった。

 この頃には酔いもできあがってしまって、BUNBUN the MCのライヴではPart2Styleのメンバー、DJ 1TA-RAWがカット(バックDJ)をやっているにも関わらず、大阪のオジキの大舞台を応援したい気持ちで僕もDJブースにノリこんでカットをやるが、酔った手がCDJの盤面に当たってしまい、ズレなくてもいいリズムがズレてしまって、「WHEEL UP!Selecta!」とすぐにお声がかかり、ネクストチューンへ。大変、お邪魔いたしました。。もちろん、ライヴはいつにも増して、大盛況であった。酔いも深まる中、タカラダミチノブのジャーゲジョージをフィーチャーしたDJにシビれ、朝を迎えた。

[[SplitPage]]

 2日目はひどい2日酔いのなか、昨日が夢のような1日だったため、目が覚めてもまどろみ状態がなかなか覚めなかった。そんな状態で、酒を飲む気分になれなかったので、この日はレッド・ブルだけを飲んで過ごした。
 会場に到着して、ブランチに虎子食堂のごはんを食べようと、真っ先にフードブースへ足が進む。フェジョアーダという黒豆ごはんを注文し、知人と一緒に「初めて食べる味ですねー」なんて話しながら、美味しくいただく。ふと、ブースの方へ向くと、Soi Productions(ソイ・プロダクションズ)がスタートダッシュのドラムンベースをブンブン鳴らしていた。会場の音も、昨日よりも開始直後からよく鳴っている印象だった。考えたら昼の2時だ。鳴らせる時間には鳴らさないと、サウンドシステムがもったいない。目もスッキリ覚めるほどのベースを浴びて、2日目がはじまったことを改めて確認した。

 バー・スペースではDJ DONがクンビアを気持ちよくかけている。今日はどうやって過ごそうかな? とタイムテーブルを見ながら周りを見渡す。ここは〈DUB STORE RECORDS〉や〈DISC SHOP ZERO〉がレコードを販売しているフロアでもある。ふと見ると、E-JIMA氏がレコードをクリーニングするサービスなんてのもあって、もしレコードをもってきてたら、超重低音でプレイする前にキレイにしたくなるだろうな、と思ったりした。

 入り口付近のグラス・ルームではKAN TAKAHIKOがダブステップのベースの鳴りをしっかりとたしかめるように、自作曲も交えながらプレイしていたり、2階へ行くと、DJ YOGURTがスモーキーで渋いラガ・ジャングルをかけていて、最高音響で聴くアーメン・ブレイクは体にスッと馴染みやすく刺さってくることを確認したり、NOOLIO氏との久々の再会がグローカル・アリーナで太陽を浴びながら聴くグローカルなハウスだったり、ホワイト・アリーナに戻っては、G.RINAの生で聴く初めてのDJにテンションが上がってしまい、BUNBUN氏とふたりしてかっこええわ~なんて言いながら楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 グラス・ルームでワイワイと楽しそうにやってたNEO TOKYO BASSの姿は、誤解を招くのも承知で書くと、やんちゃな子どもたちが はしゃいでいるようにも見えて、その楽しそうな姿に、ついついこっちまで指がガンショットの形になってしまった。クボタタケシのクンビア・ムーンバートンを交えたセットも素晴らしかった。この時にかかっていたKAN TAKAHIKOの"TOUR OF JAMAICA"のエディットはこのパーティ中に最も聴いたチューンのひとつだ。

 Tribal Connection(トライバル・コネクション)の1曲目は、ジャングル・ロックの昨日の決勝戦のチューンだった。昨日のバトルの雰囲気とはうってかわって、パーティ・チューンに聴こえたのもセレクター、DJとしてかける意味がかわって聴こえたりもして、趣が深かった。悔しそうに、そして楽しそうに。深いジャングルの時間だった。続くJxJxはグラス・ルームをファンキーに彩るムーンバートンで、大都会の夕暮れの時間を鮮やかに彩った。

 そうこうしている内にはじまったPart2Style Soundが、確実にメインフロアを唸らす。興奮もピークに近づいてきたところで、やってきたのはCharlie P(チャーリー・P)だ。まだ若いらしいが、堂々としたステージはベテランのようで、スムーシーに唄うその声は、ときに激しく、ときにまとわりつくように耳から脳へとスルリと入ってくる。続いて登場したSolo Banton(ソロ・バントン)は先日、大阪で見た時よりもキレがあり、"Kung Fu Master"や"MUSIC ADDICT"など、堂々としたステージングでオーディエンスをグイグイ引き寄せる。そして時には、ソロとチャーリーが交互に歌ったり、お互いの声質が異なることによるスペシャルなブレンド・ライヴを展開した。かなりマイクを回しあっただろう。時間が終盤に近づくにつれ、グルグルと回るマイクをもっと回せと口火をきったのはRUMIだ。"Breath for SPEAKER"の「揺らせ! スピーカー!」のフレーズで、正にスピーカーとフロアを存分に揺らした。すかさずソロがたたみかけるようにうたう、すると今度はなんと、CHUCK MORIS(チャック・モリス)が出てきては「まんまんなかなか、まんまんなかなか、ド真ん中!」と、すごい勢いで登場し、「たまりにたまった うさばらし! Outlookでおお騒ぎ!」と、けしかけては、「ハイ! 次! ソロー!」とソロ・バントンにマイクを煽る。ソロがすかさず歌い返すも、Pull UP! ちょっと待ったと、いきなり現れた二人のMCに たまったもんじゃないソロはなんと、ダディ・フレディの名を呼んだ。「ジーザス、クライスト!」とダディフレディが一言、そこからのトースティングは即座にフロアを頂点へとのし上げた!!! ダディ・フレディは会場に集まった皆と、Part2Styleに感謝を述べ、よし、マイクリレーしよう!と閃き、なんとスペシャルなことか、ダディ・フレディとソロ・バントンとチャーリー・P、3人の怒涛のマイクリレーがはじまった。これにはフロアもガンショットの嵐!! 最高のスペシャルプレゼントステージだった。Nisi-pが「もう一度、3人に大きな拍手を!!」と叫ぶと、会場は拍手大喝采に見舞われた。



 SKYFISHがクンタ・キンテのフレーズを流したのはその直後だ。ラスコの"Jahova"にチャック・モリスが歌う、"BASS LINE ADDICT"。続くRUMIのアンサーソング"BAD BWOY ADDICT"と、さすが、UK勢にも引けをとらないふたりのコンビネーションがフロアをぶちかました。今回のフェスで誰が一番のアクトだったかなんてことは、到底決められないけども、個人的にBASSを浴びる、いや、BASSをくらったのはNEO TOKYO BASSのときだ。腹にかなり直撃で受けてしまい、なんというかお腹のなかで内臓が揺れているのだ。いや、いま思い返せばそれが本当だったかはわからない。しかし、記憶していることは、体のなかが、なかごと、ようするに全身震えていたのだ。音が凶器にも感じた瞬間だった。ずっとフロアで聴いていたから低音には慣れているはずなのに、NEO TOKYO BASSがエグる、BASSの塊に完全にKOされてしまった。
 メインフロアを出た後、グラス・ルームでは、KEN2D-SPECIALが"EL CONDOR PASA"を演奏していた。どうやらラスト・チューンだったらしく、もっと見たかったが、そこで久しぶりの友だちと会い、話をしながらINSIDEMAN aka Qのかけるディープなトラックに癒された。少し外で休憩した後はクタクタだったのもあり、グローカル・エリアの帽子屋チロリンにて少し談笑したりした。すぐ隣にあるグローカル・エリアで見た1TA-RAWから大石始への流れはトロピカル・ベース~ムーンバートン~クンビア~民謡と、自然に流れるダイナミクスへと昇華され、僕が見たグローカル・エリアでは一番のパーティ・ショットだった。そして最後に見たのは、OBRIGARRD(オブリガード)だ。ハウスのビートから徐々にブレイクビーツ、クンビアへとビートダウンしてく"Largebeats"~"Ground Cumbia"の流れは素晴らしく、個人的にエンディング・テーマを聴いているような、寂しく、狂おしい瞬間だった。

 僕の〈Outlook Festival 2012 Japan〉Launch Partyは、こうして幕を閉じた。
 いまになって思い返してみても、なんて素晴らしく、楽しい体験だったのだ。体験したすべての人たちが、それぞれの形で、記憶に残る2日間になったと思う。そして日本のベース・ミュージックにとっても、キーポイントとなるような歴史的な2日間だったのではないか。
 出演していた あるアーティストに「今回出演できて、本当に良かった。もし、出演できていなかったら、自分がいままでベース・ミュージックを頑張ってきたことはなんだったんだろう? と、思っていたかもしれない」という話を聞いた。もちろん、自分も「出たいか?」と問われたら、即答で「出たい」と答えるだろう。それほどまでに、魅力溢れるパーティだ。個人的に思う〈Outlook Festival 2012 Japan Launch Party〉が残した大きな功績は、アーティストやDJたちが「次も出演したい」と、または「次は必ず出演したい」と、いわば、「目標」を主宰たちが知らず知らずのうちに創ったことだろう。その目標を叶えるためにも、来年、再来年と、また日本で〈Outlook Festival〉が開催されることを、切実に願っている。

 Part2Styleとイーストオーディオ・サウンドシステム、会えた方々、関係者の方々、そして体験する機会を与えてくれた「ele-king」の松村正人さんとモブさんに最大級の感謝をここに記します。

追記
 そしてこの夏、Part2Style Soundが2011年に引き続き、本場はクロアチアで開催される〈Outlook Festival 2012〉に出演する。本場のベース・ミュージック フェスティヴァアルに2年連続で出演し、何万人といった海外のオーディエンスを熱狂させることを思うと、同じ日本人としてとても誇らしい気分にさせてくれる。
 きっと彼らはまた素晴らしい音楽体験を得た後、その景色を少しでも日本へと、形を変えて伝えようとしてくれるだろう。
 進化し続ける「ベース・ミュージック」。未来のベース・ミュージックはどんな音が鳴っているのだろうか。
 僕はその進化し続ける音楽を体感して追っていきたい。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294