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SUN RA
THE MIKE HUCKABY REEL TO REEL EDITS VOL.2
ART YARD / KINDRED SPIRITS / NL / 2011/10/2
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COFFEE & CIGARETTES BAND
SESSIONS -LIVE AT FORESTLIMIT-
DISQUES CORDE / JPN / 2011/9/28
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Ricardo Villalobos,Max Loderbauer - Re: ECM - ECM |
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Raymond Scott - Soothing Sound For Baby - Basta |
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John Mcguire - Pulse Music ... - Sargasso |
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Jim O'rourke - The Visiter - P-Vine |
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V.A. - I Don't Feel At Home In This World Anymore - Mississippi |
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Joe Meek & The Blue Men - I Hear A New World - RPM |
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Fripp & Eno - Evening Star - Editions E.G. |
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Haruka,nicciee - Detox Audio - CDR |
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Aphex Twin - Selected Ambient Works 85-92 - Beat Records |
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Nsi. - Plays Non Standards - Sahko |
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CLAUDIO MATE
M2G4
FLYING DONKEY(GER)
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KRAMER
HOUSE REVENGE 2
HOUSE REVENGE(FR)
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UGLY DRUMS
QUITE FRANKFUL
QUINTESSENTIALS(GER)
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ニューヨークでは毎日いろんなところでさまざまなショーがおこなわれている。行かなければそれで終わり。すべては自分次第。自分がどうこのシーンに関わりたいか......である。
私はベッドフォードとS 1stという便利なロケーションで仕事をしているので、ショーにはアクセスしやすい。例えば、先週の日曜日(10/2)は、トーク・ノーマル、イレース・イラッタのショーが〈グラスランズ〉であり、友だちのソフィア・カップのショーが〈カメオ・ギャラリー〉であった。
〈グラスランズ〉はうちのオフィスから2~3ブロックのところにあり、〈カメオ・ギャラリー〉は6ブロックぐらい先にある。歩いてもたぶん10分ぐらいなので、気軽に往復できる。〈グラスランズ〉の隣には285 kent aveという別のヴェニューがあり、ぐるっと角を回った先には〈デス・バイ・オーディオ〉というまた別のヴェニューがある。〈グラスランズ〉では、その前の日曜日には、ザ・スーザン、ハード・ニップス、ロストボーイのショー、今週はエクストラ・ライフ、ミック・バー、GFDX (リタジーのグレッグ)のショーがあった。いつ行っても何かやっているので、ついついふらっと立ち寄ってしまう。
先週の日曜日(10/2)のトーク・ノーマルとイレース・イラッタのショーは、どちらも久しぶりのライヴだった。イレース・イラッタにいたってはおよそ5年ぶりかもしれない。
オープニングは元エル・グアッポというバンド、エディ・セドウィックほか2バンド。日曜日にしてはお客さんもきっちり入っている。
最初はソフィアを聴きに〈カメオ・ギャラリー〉に向かう。それはラヴィン・カップ・カフェのバックルームにあり、初めてここに来たときカナダのポップ・バンドのモンタグをみたことを覚えている。カフェではビールが1ドルと激安なので、よくハングアウトしている場所でもある。
その晩の共演はロバート・ロウのLichenというバンドだった。彼は、以前は90 デイ・メンというバンドでもプレイしていて、ソフト・サークルのヒシャムとよくショーをおこなっている。ソフィアは、元ライツというバンドでプレイしている。いまはソロで、〈ドラッグ・シティ〉のアーティストとして活躍している。10月はレジデンシーとして毎週日曜日演奏しているが、毎回違う編成でプレイするという。その晩はソフィアがアコースティックギターで、もうひとり(男の子)のメンバーがキーボードで参加していた。
ソフィアと似たアーティストとしては、シャロン・ヴァン・エッテンの名が挙げられる。彼女は最近〈ジャグジャグア〉と契約している。どちらも日本ではまだまだ名の知られていない女の子のシンガー・ソング・ライターである。
![]() 力強くも美しい歌を響かせるSophia |
ソフィアが終わり、〈グラスランズ〉に戻ると、ちょうどトーク・ノーマルのライヴの真っ最中だった。トーク・ノーマルのサラは、少し前まで〈グラスランズ〉の隣の285ケントに住んでいて、(当時はウエスト・ナイルという名前だった)、私はそのショーによく行っていたので、彼女とは普通に家でハング・アウトしているような感じで道ばたでよく顔を合わせていた。いまは少し南のほうに引越し、元ダム・ダム・ガールズ、ヴィヴィアン・ガールズのフランキー・ローズ(現フランキー・アンド・ジ・アウツ)やシンダーズのストなどと、7人ぐらいでロフトに住んでいるらしい。去年日本にも来日したこともあって、いまの日本の状況に関する気になるいろんな話をした。ドラムのアンドレアは、その日は偶然というか、日の丸タンクトップを着ていたし、もともと彼女は日本が大好きで、よくうちのカフェでハングアウトしては、本を片手に、いろんな質問をしてくる。もちろん飲み物はソイ・グリーンティ・ラテ(豆乳入り抹茶)を愛飲。ライヴは、少し新曲も披露していた。最近はレコーディングをしていて、ライヴする量を減らしているそうだが、来週のCMJでは、フランキー・ローズとトーク・ノーマルが共演する。
![]() 激しいノイズ、Talk Normalのライヴ |
イレース・イラッタは、4人編成で、メンバーはみんな、白ベースのTシャツに幾何学模様のレギンス・スタイル。ドラムの女の子とキーボードの女の子が新しい......と思ったらキーボードは、トーク・ノーマルの来日でベースを弾いていたクリスティーナだった。彼女はイレース・イラッタなどのレコードのエンジニア兼プロデューサーでもある。
そしてこの日曜日は、リタジーのグレック・フォックスのバンドやミックバーが〈グラスランズ〉で、その次の日、月曜日は、〈ニッティング・ファクトリー〉で、DMBQ、ボアダムスの増子慎二のソロ、ソフト・サークル、マン・フォーエヴァー、リタジーがプレイ。月曜日から盛りだくさんだ。
マン・フォーエヴァーは、キッドがオネイダで〈オール・トゥモローズ・パーティーズ〉でプレイしていて、飛行機が間に合わず、代わりにヒシャムが指揮を取っていた。今日出演したメンバーは、ほとんどマン・フォーエヴァーに参加していたのだが、リタジーのグレッグは、ここ何日間かウォール・ストリートのライヴラリー・パークに立てこもり、その様子を事細かに報告してくれた。たくさんのミュージシャンがウォール・ストリートに現れては、ゲリラ・ライヴを繰り広げているが、グレッグはベネフィット・ショー、その様子をレコーディングしてアルバムを作る企画をしている。
![]() USインディ・シーンに長年活動を続けるErase Errata |
そう言えば2週間前に、PS1(クイーンズにあるミュージアム)にプリンテッド・マター主宰のアート・ブック・フェアを見にいったのだが、たくさんのアート・ジンが庭の一角にテントを張って所狭し出店し(シンダーズももちろんいた)、自分たちでバスを持ち込んでブースにしていたり、建物のなかにはいるとミュージアムで売られているような、きちんとしたアート本があり、その上にはショーペーパー、サップなどの音楽系の媒体のブースもあり盛りだくさんだった。階段の踊り場では、バンドがプレイしていて、私が見たのはリタジーとも良く共演しているバルチモアのバンド、エド・シュレイダーだった。ドラムとギターのふたり編成で、ドラムはスネアのみ、下からライトを照らし、Tシャツを上からかけて演奏していた。キャラ的にもなかなか良くて、聞けば本人はコメディアンでもあるらしい。
![]() ユーモラスなアヴァン・ポップを演奏するEd Schrader |
3日続いたこのアート・ブックフェア、ソフト・サークルやグレッグの別バンド、ガーディアン・エイリアン、プリンス・ラマなど、私がよく見に行くバンドもプレイしていた。行くところに行くと同じ人が集まって同じテイストの人がいる。日本からはジーンズ・ メイト(zines mate)が参加していて、オノ・ヨーコの本などを売っているのを見た。そういえば、トム・トム・マガジンという女の子のドラマーばかりを扱うマガジンの子たちもいて、日本の女の子のドラマーを特集したいので教えてとせがまれた。すでにあふりらんぽのピカチュー、ボアダムスのよしみちゃん、mi-guのゆうこさん、ブン・ブン・サテライツのようこさんは紹介済みですが、誰か知ってますか?
ニューヨークのインディペンデント音楽シーンのひとこま。毎日動き、人びとが中心になり、つながり、作り上げている。来週は怒涛のCMJ週間をレポートします。
実験精神旺盛なレーベル〈Macro〉のオーナーであり、〈Panorama Bar〉でもレギュラー・パーティに出演するDJであり、ハウスと現代音楽を横断するプロデューサーでもある生粋のベルリナーであるステファン・ゴールドマン。日本でも人気は高いはずだが、不思議なことにこれまで日本のメディアに取材を受けたことはないという。しかも来年には3ヶ月日本に滞在する予定になっている。これはぜひ日本の音楽ファンにも彼のことを知って頂きたいと思い、インタヴューを行った。ちょっと意外なバックグラウンドのこと、レーベルのこと、父フリードリッヒ・ゴールドマンのこと、そしてベルリンのことを聞いた。

父がレコードをかけている姿はほとんど記憶にないです。それより楽譜を読んでいました。音を聴かなくても楽譜を読むことでその音楽が彼には聴こえていたんですよ。まるで新聞を読むように楽譜を読んでいた。変な感じでしょう? 僕にはできませんけどね、世のなかにはそういう人もいるんです(笑)
![]() Stefan Goldmann Macrospective Macro/Octave-lab |
■本邦初インタヴューということで、いろいろ伺いたいことはあるんですが、まずは最近のリリースの話からにしましょうか。レーベル〈Macro〉設立から5周年、そして25番目のリリースとしてミックスCD『Macrospective』が出たばかりですよね。
ゴールドマン:そうですね。
■まったく同じトラックリスト(選曲)をあなたとフィン・ヨハンセンふたりのDJがそれぞれ違う順序でミックスするという、ちょっと変わったダブルCDですが、このアイディアはどのように生まれたんですが?
ゴールドマン:収録している曲自体はデジタルでしたら誰でも変えますし、フィンも僕もすでにミックスやポッドキャストはかなりの数やってきているので、普通のミックスではつまらないと思ったんです。商品としてそれほど魅力がない。そこで特別でユニークなものにするにはどうしたらいいか考えたんです。いままで誰もやっていないし、5周年を機に過去のリリースを振り返る意味でもいい企画だと思いました。聴く人がそう思ってくれるといいんですけど!
■資料によるとフィンのミックスは一発ライヴ録りだそうですが、あなたのミックスはどのように録ったんですか?
ゴールドマン:僕のもレコードでライヴ録りですよ。ただフィンは本当にクラブでプレイするみたいに、その場で曲順も決めずに「一発録り」したのに対し、僕は8~9回録ってみた中で一番満足できたものを出しました。多少雑音を消したりといった後処理はしましたけど、ミックスはいじってません。だから若干のミスは残してあります。
■あなたのDJとしてのキャリアは、実はあまり知らないんですが、いつ頃からやっているんですか?
ゴールドマン: 学生の頃にドラムンベースを回しはじめたのが最初ですね。98年くらいかな。友だちとベルリンでアンダーグラウンドなパーティをオーガナイズしてたんです。 その後2年ほどDJを止めていた時期がありました。あまりその頃の新しいドラムンベースの流れが好きじゃなくて。それで自分で制作をするようになったんですが、「ドラムンベースじゃなくてハウスが作りたい」と思ったんですよ。でもそれまでハウスをやっていなかったので、ハウスDJとして自分のスタイルを確立するまでには少し時間がかかりました。「プロ」としてDJをするようになったのは、最初のリリースが〈Classic〉からだったこともあり、ドイツではなくUKでよくやっていました。〈Perlon〉から曲を出してからですね、ドイツやそれ以外の国でもやるようになったのは。2004~2005年くらいかな。
■実は先日Discogsであなたの過去のリリースを確認するまで、〈Classic〉からデビューしたということは知らなかったんですよ。ちょっと意外でした。〈Classic〉と言えばデリック・カーターのイメージが強かったので。
ゴールドマン:でも実はかなりオープンなレーベルなんですよ。イゾレーやアトランティック・フィージョンのようなものも出してましたし。
■ドラムンベースに飽きてから制作をはじめたとおっしゃいましたが、それまでは音楽制作はしていなかったんですか?
ゴールドマン:バンドでベースギターを弾いていたことなどもありましたが、コンサートをやるというようなレヴェルではなくて、仲間とジャム・セッションをしていた程度ですね。
■最初に世に出たのは〈Classic〉からの「Shnic Shnac EP」だったと。
ゴールドマン:実はその前に、〈Classic〉の姉妹レーベルである〈Music for Freaks〉から、Simitliという名義で2002年に1枚EPを出しているんですけど、本名で出したのはそれが最初です。
■それはどういう経緯で?
ゴールドマン:自分の曲がいくつか出来上がったときに、どこに送ればいいかわからなかったので、まずは〈Poker Flat〉とか〈Playhouse〉に送ってみたんです。反応はあったんですが、リリースには至らなかった。そこで、当時〈WMF〉クラブのレジデントだったDJディクソンにデモを渡して聴かせたところ、とてもいいと言ってくれて。「外国のトップ・レーベルに送ってみたらいい」とアドバイスをもらい、「例えばどんなところがいいと思う?」と聞いたらいくつかのレーベルのリストをくれた。その内のひとつが〈Classic〉で、約1週間後に返事が来て「あなたと仕事がしたい」と言ってくれたんです。
■ディクソンがきっかけだったとは面白いですね(笑)。
ゴールドマン:なんせ僕はハウスのことは詳しくなかったのでね。それまで〈Classic〉のことも知りませんでした。後で気づいたらいくつか〈Classic〉のレコードを持っていましたけど。
■そして2007年に〈Macro〉を立ち上げたわけですね?
ゴールドマン:実は〈Classic〉からアルバムを出すはずだったんですが、その過程でレーベルが倒産してしまって。その後レーベルは再建されましたけど、アルバムはリリースしてもらえず終いだった。だから他に出してくれるレーベルを探しはじめて、〈Perlon〉とほとんど話をまとめたんですが、彼らはものすごい量のリリースを抱えていて、出るまでに1年以上かかりそうだということになって。それに、レーベルのA&Rに「このトラックはいいけど、そっちはダメ。これをA面にしてB面はあれにしよう......」と指図されるのにも疲れて、だったら収録曲から発売日まですべて自分でコントロールできる自分のレーベルをやろうと思ったんです。
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父、フリードリッヒ・ゴールドマンはクラシックの作曲家であり指揮者でもありました。現代的・アヴァンギャルドな作品を手がけていました。シュトックハウゼンなどの系譜の音楽ですね。ですから、僕自身もそういう音楽を聴いて育ちました。十代の反抗期に入るまでは(笑)
■フィン(・ヨハンセン)は立ち上げ当初から共同オーナーだったんですか? それはどういう経緯で?
ゴールドマン:やはりレーベルをはじめるにあたり、ひとりでは不安だったので誰か頼れる人が欲しかった(笑)。まだ知り合って1~2年の頃でしたが、彼とはすぐに意気投合して。彼はドイツの音楽雑誌『De:Bug』や『Groove』、『Resident Advisor』のようなウェブサイトにも原稿を書いてきた経験があったので、プレス業務にぴったりでした。レーベルのコンセプトについても共通の理解があったし、同じ考え方を持っていたので協力し合うことにしたんです。
■5年経って、これまでのレーベルの歩みを振り返ってみてどうですか?
ゴールドマン:やはりレーベルをはじめたときは、「こんな人と仕事したい」とか、「こんな作品を出したい」というアイディアを勝手にいろいろ持っていて、それが実現可能かどうか、相手が僕らと一緒に仕事をしてくれるかどうか全然分かりませんでしたが、実際その多くを実現できました。それに、まったくの新人であるエレクトロ・グッツィのようなアーティストを世に紹介できたことも、とても誇りに思っています。素晴らしいリミキサーたちにリミックスを手がけてもらうこともできました。5年間を振り返ってみても、いい「音楽ファミリー」を築けたと感じますね。〈Classic〉や〈Perlon〉や〈Innervisions〉では絶対に出さないような風変わりな自分の作品も出すことができましたし(笑)。まだしばらく続けていける、いい基盤が整ったように思います。
■レーベルのA&Rとしては、どんな基準で出すアーティストや作品を選んでいるんですか?
ゴールドマン:陳腐な言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、私たちが求めているのはユニークなサウンドを持っているアーティストです。「○○っぽい」とか、「××風」、あるいはすでに〈Macro〉で出しているアーティストのような作品はもう必要ありません。他のレーベルが出していないようなものを出してきたと思いますし、それがひとつの判断基準になっていますね。プロダクションの上手さにはそれほどこだわりません。まあまあのアイディアで精巧に作られたものよりも、技術的にはそれほど高度でなくても面白いアイディアが光るものがいい。
■実際にはどうやってそういうものを見つけ出すんですか? 積極的に探しに行くのか、それとも勝手に集まって来るものですか?
ゴールドマン:いろいろですね。個人的な知り合いを介してということもありますが、エレクトロ・グッツィなどはまったく接点はないのに向こうからレーベルのことを知ってデモを送ってきてくれました。ピーター・クルーダーは、もともとレーベルのプロモを送っていた相手でした。リリースを気に入ってくれていて、ある日「こんな曲があるんだけど、良かったら出さない?」と曲をくれて。「ワオ、ほんとですか?」という感じでしたね。
■なるほど。でもレーベルのカラーを保ちつつ、ユニークなものに寛容であることは難しくないですか?
ゴールドマン:レーベルのやり方というのは主にふたつの方法に分けられると思います。ひとつは、特定のサウンドを確立して、それを追求する方法。でもこの方法は短期的には有効ですが、長期的に続けるのは難しい。5年以上は無理だと思います。もうひとつの方法が、ひとつひとつのリリースを個別に扱う方法。〈Warp〉や〈Ninja Tune〉のようなレーベルはこれをやってきたから、聴く人を驚かせながら長く人気を保つことに成功しています。
■いま例に出てきたレーベルは、同じアーティストと継続的に仕事をしてともに成長してきたレーベルでもありますよね。
ゴールドマン:そうです。まだ〈Macro〉は5年しか経っていませんが、そういうつもりでやっています。いま一緒に仕事をしているアーティストたちとはずっと一緒に成長していきたいですね。若いアーティストというのは、そのときにいくつかいいトラックが作れても、同じクオリティのものを作り続けることが出来るとは限りません。ですから、潜在力、成長の可能性を見出すことが重要だと思いますし、〈Macro〉ではそういうアーティストたちと仕事をしているつもりです。だから10年後、15年後も一緒にやっていけたらいいなと思っていますよ。
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B面とD面を組み合わせてループを構築することができるようにしたものを出しました。片方が4/4拍子で、もう片方が3/4拍子なので、同時にプレイすることで異なるリズムのループを作れるようになっています。何か人がやっていないことを考え出すのは、僕の趣味みたいなものです(笑)
■レーベルの今後の展開として、新たな計画などはありますか?
ゴールドマン:今後の予定は、同じアーティストたちと一緒にやっていくということ以外はとてもオープンです。向こう6ヶ月ほどの予定は決まっていますが、それ以降は決めていません。年内はエレクトロ・グッツィの新しいアルバムが11月に出て、ピーター・クルーダーのシングルが12月に出ます。来年は、そろそろ自分の制作に集中したいと思っています。ですから、リリースの数は少し減るかもしれません。実は、4月から京都にしばらく滞在する予定なんです。僕はハードウェアを中心に曲作りをするので、それまでにはある程度完成しているようにしたいですね。日本に全部持って行くわけには行きませんから。
■「アーティスト・イン・レジデンス」というプログラムで日本に行かれるということですが、そのことを少し教えて下さい。
ゴールドマン:はい。ドイツのゲーテ・インスティテュートが、京都に「ヴィラ鴨川」という施設を持っているんです。ドイツ文化を紹介する事業の一環として、ドイツのアーティストを3ヶ月滞在させ、日本のオーディエンスにドイツ文化を伝えたり、日本のアーティストとの交流を行います。実は遊び半分でそれに応募してみたところ、受け入れてもらえた(笑)。ちょっと驚きましたね!
■でも少なくとも日本に行きたいという気持ちはあったわけですよね?
ゴールドマン:もちろんです。日本には1度だけ、5日間だけしか行ったことがありませんが、とても興味を持ちました。5日間だけでは東京のいち部を見れただけで、不十分だと感じたんです。ですから、3ヶ月という時間があればだいぶ日本のことを知ることができると思いました。これまでにもフォース・オブ・ネイチャーのリミックスをやったり、〈Mule Musiq〉のミックスCDを制作したりと日本のアーティストやレーベルとも交流があったので、長期滞在することでより密なコラボレーションの機会も生まれるのではないかと思います。
■京都にはまだ行ったことがないんですね?
ゴールドマン:ないんです。いろんな人から話は聞いているんですけど。だからとても楽しみですね。
■東京とはまた全然違うところなので驚かれるとおもいますよ!
ゴールドマン:そうですね。とても美しいところだと聞いています。
■少し話を戻しますが、先ほど楽曲制作をはじめたのが90年代も終わりになってからのことだと聞いて少し驚きました。日本のリスナーでは知らない人も多いと思うんですが、あなたのお父さんは著名な作曲家でいらっしゃいますよね。少しお父さんのお話も聞かせて下さい。
ゴールドマン:実は、父は京都に行ったことがあって、同じゲーテ・インスティテュートで講義をしたこともあるんですよ! 父、フリードリッヒ・ゴールドマンはクラシックの作曲家であり指揮者でもありました。現代的・アヴァンギャルドな作品を手がけていました。有名なところで言うとシュトックハウゼンなどの系譜の音楽ですね。ですから、僕自身もそういう音楽を聴いて育ちました。十代の反抗期に入るまでは(笑)。反動でクラシックのピアニストやミュージシャンには絶対になりたくないと思いました(笑)。
■でも、それまでにレッスンを受けさせられたりはしていなかったんですか?
ゴールドマン:父はあまり気にしていませんでしたね。でも母は僕に長いあいだピアノの練習をさせようとしました。いまでは、そのお陰でMIDIキーボードなどの電子楽器を操作でき、すべてマウスでプログラムしたりする必要がないので良かったと思っていますが、当時はまったくピアノに興味が持てなかった。即興演奏は好きだったんですが、既存の曲を弾く練習をするのが嫌いだったんです。親もそれを見て諦めた(笑)。でも、僕が電子音楽をはじめてからは応援してくれましたよ。関心も持ってくれたし。
■お父さんは、電子音楽との関わりは全然なかったんですか?
ゴールドマン:なかったです。ただ、音大で彼の教え子だったポール・フリックという学生が、ブラント・ブラウアー・フリックというユニットをはじめて、彼と一緒に作曲をしたりもしていましたね。それに父の音楽仲間には実験的な電子音楽に触れていましたし、父の恩師であるカールハインツ・シュトックハウゼンは電子音楽のパイオニアのひとりですから。でも、自分自身では電子音楽を作曲したりプロデュースすることはありませんでした。
[[SplitPage]]ドイツのハウス・レーベルが外国で評価されるようになったのなんて、本当に最近のことですからね。僕の初期のリリースがドイツのレーベルではなく、UKのレーベルだったという事実もそれを物語っています。〈Classic〉からリリースした東ドイツ人は僕が初めてだったはずですよ(笑)
■子供の頃、家ではどんな音楽が流れていたんですか?
ゴールドマン:家ではあまり音楽を聴いていませんでしたね。不思議に思うかもしれませんが、母が個人的に好きなものをときどきかけていたくらいで、父はあまり家で音楽を聴きませんでした。父がレコードをかけている姿はほとんど記憶にないです。それより楽譜を読んでいました。音を聴かなくても楽譜を読むことでその音楽が彼には聴こえていたんですよ。まるで新聞を読むように楽譜を読んでいた。変な感じでしょう? 僕にはできませんけどね、世のなかにはそういう人もいるんです(笑)。
■へぇー! では家に音楽が溢れていたというわけじゃないんですね?
ゴールドマン:違いましたね。よくリハーサルを見に行ったり、母に連れられてコンサートを見たりはしましたけど、家に音楽はそれほどありませんでした。
■音楽ファンにとっては、音楽家の親を持つことは憧れですけど(笑)、そういう音楽家系もあるんですねぇ。
ゴールドマン:親が酷い音楽を作っていたら、それはそれで悲劇じゃないですか(笑)?
■でもあなたのお父さんはそうじゃなかったでしょう?
ゴールドマン:それでも、父の音楽を評価するまでには時間がかかりましたよ。父が周囲に評価されているということは何となく感じていましたけど、子供の自分にはその良さがわかりませんでした。20歳を過ぎてからじゃないですかね、父の音楽そのものに興味を持てるようになったのは。
■そうなんですね。でも今年はお父さんの作品を〈Macro〉からもリリースされましたね。
ゴールドマン:はい。残念ながら本人は2009年に他界したんですが、もし生きていたら去年で70歳だったんです。そこで、『WIRE』誌との共同企画で『Late Works』というCDに商品化されていなかった彼の晩年の作品をまとめました。『WIRE』誌の購読者プレゼントとして無料で配布され、その後〈Macro〉からリリースして誰にでも買えるようにしたんです。そういうかたちで世に出せて良かったと思っています。普段なら彼の音楽に触れないような層の人たちにも聴いてもらえることが出来たと思うので。エレクトロニック・ミュージックのアーティストやDJなどからも、とても好意的なフィードバックをもらって嬉しかったですね。
■お父さんから、音楽的な影響は受けていると思いますか?
ゴールドマン:僕のハーモニーへのアプローチは受けていると思います。とくにハウス・ミュージックではハーモニーを軽視しているものが多いように感じます。コードの組み合わせが耐えられないものとか、よくありますよ(笑)。もし父が聴いたら同じことを言っただろうと思います。それに豊かで厚みのある音作りというクラシック音楽の録音の技巧なども、自分の曲を制作する際に参考にすることがあります。背景音のディテールに注意を払ったりとか。
■〈Macro〉は他の多くのダンス系レーベルと比べると、かなり実験的な音楽を紹介している印象がありますが、そこは意識していますか?
ゴールドマン:はい、そうですね。理由は、僕たち自身が飽きないようにしているからでしょう。レーベルによっては、レコードをDJのツールとして出しているところもありますが、僕たちはそれ以上のものと考えています。自分達のカタログの中に、それまでにない表現を加えたい。新しいことを色々試していることが、結果的に「実験的」になっているんでしょう。新しいものは実験してみないと分からないですからね。
■逆に、クラブ/ダンス・フロアも意識していますか?
ゴールドマン:ええ。僕もフィンもDJですから。それが基本にあることは変わりません。そのなかで、いままでにない新たな要素やヒネリを加えるようなものを意識しています。ですから、クラブが基盤となっていることはとても重要ですが、そのクラブ体験をこれまでにないようなものにしたいんです。いくら実験的になろうとも、頭の片隅では必ずクラブを意識していますね。
■また音楽的な実験だけでなく、今回のミックスCDのようにコンセプトやフォーマットも変わったことに挑戦していますよね?
ゴールドマン:そうですね。例えば『The Grand Hemiola』という作品では、2枚組の12インチのB面とD面を組み合わせてループを構築することができるようにしたものを出しました。片方が4/4拍子で、もう片方が3/4拍子なので、同時にプレイすることで異なるリズムのループを作れるようになっています。何か人がやっていないことを考え出すのは、僕の趣味みたいなものです(笑)。
■カセット・テープでリリースした作品もありましたよね?
ゴールドマン:これも同じような考えのものです。〈The Tapeworm〉というレーベルから出した『Haven't I Seen You Before』というテープで、片面に5曲、裏面に同じ5曲が逆の順番に入っています。ですから、曲を再生中にリバース・ボタンを押すと、同じ曲が延々とループできる仕組みです。同じレーベルでフェネス(Fennesz)のリミックスのテープも制作しました。これは彼が出した、サンプル集のテープを元に、僕がサンプルのリミックスをしたというものです。といっても、彼のサンプルをそれに合った自分のサンプルとひとつずつ差し替えていくという作業をしたものなので、実際にはフェネスのサンプルはいっさい含まれていません。まさに実験的なおかしな作品ですが、ダンス・トラックを作るのとは全く違う体験で。そうやって、「今度は何をやってやろうか」と考えるのは楽しいですよ。
■最後になってしまいましたが、一つ伺うのを忘れていたことがありました。あなたはベルリンで生まれ育ったんですか?
ゴールドマン:そうです。僕が子供の頃、両親はよくブルガリアのソフィアとベルリンを行き来していましたが、僕はずっと東ベルリンで生まれ育ってきて、ベルリンを長期間離れたことはないです。いまは西側に住んでいますけどね。
■では幼少の頃は、この街がエレクトロニック・ミュージックの首都になる日が来るとは想像していなかったでしょうね?
ゴールドマン:してませんでしたね。その兆候を感じたのは、やはり90年代に入って〈Tresor〉が出来た頃からです。その頃から、デトロイトのアーティストがたくさん来るようになったり、ベルリンから彼らのレコードが出たりしていましたから。でもドイツのアーティストの曲を、外国の人たちに聴いてもらえるようになるとは、だいぶ後になるまで想像できませんでした。ドイツのハウス・レーベルが外国で評価されるようになったのなんて、本当に最近のことですからね。僕の初期のリリースがドイツのレーベルではなく、UKのレーベルだったという事実もそれを物語っています。〈Classic〉からリリースした東ドイツ人は僕が初めてだったはずですよ(笑)。いまでは多くのUKのアーティストがベルリンのレーベルにデモを送るようになっていますけど!多くのUKレーベルがそのままベルリンに引っ越してきてしまうケースも多いですしね。
■そのような変化は好意的に見ていますか?
ゴールドマン:ええ、とてもいい変化だと思います。ただ、この状態がずっと続くわけではないこともわかっていますけど。ベルリンはかつて、とても不親切で排他的な街でした。90年代の後半くらいでも、例えばレコード屋に行っても本当に店員があり得ないくらい不親切で(笑)、疎外感を感じたものですが、いまでは全然変わりました。国際的でコスモポリタンな文化が流入してきたこと、さまざまな国や地域からやってきた人びとと触れ合うようになったことで、ベルリンはずっといい街になりましたよ。
■外からやってきた人間としては、そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。ありがとうございました。
(以上)
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KRAMER...
#House Revenge #502
(HOUSE REVENGE)
»COMMENT GET MUSIC
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REEL BY REAL
Surkit Chamber - The Melding
(A.R.T.Less)
»COMMENT GET MUSIC
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RONNY & RENZO
Heartbreak Theme
(Rekids)
»COMMENT GET MUSIC
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QUINTUS PROJECT
Night Flight
(Derwin)
»COMMENT GET MUSIC
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STRANGER SON
Inside Many Summers
(WHITE BOX)
»COMMENT GET MUSIC
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DON PAPA & SUBMARINE
Kambo Super Sound
(Sex Tags Amfibia)
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BRYAN FERRY
Alphaville
(Leo Zero Remix) (White)
»COMMENT GET MUSIC
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DJ DEEP AND JOVONN
Back In The Dark
(Clone)
»COMMENT GET MUSIC
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KASSEM MOSSE
Enoha Ep
(Nonplus)
»COMMENT GET MUSIC
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およそ1週間前にマシュー・ハーバートの"ワン・ピッグ"ライヴを観ている。その同じ会場で、もっとも先鋭的なドイツの電子音楽家(アルヴァ・ノト=カールステン・ニコライ、坂本龍一との共演者としても知られる)と......ポスト・パンクの時代にチェインソーを金属に斬りつけるノイズを音源として、くず鉄を打楽器としたバンド、つまり、いわゆる既存の楽器のすべてを放棄したバンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの中心人物にしてヴォーカリスト、ブリクサ・バーゲルトとのプロジェクト、ANBBのライヴである。破壊に憑かれ、ダダイズムに深く共振し、そして実験音楽に人生のすべてを捧げていると自ら語るアーティストの久しぶりの来日だ。オーディエンスの数は......意外なほど少なかったが、しかしそのライヴは耳と心にこってりと焼き付くものだった。
フロント・アクトのNHKyxは、大阪とベルリンを往復する国際派の電子音楽家で、〈スカム〉〈ラスター・ノートン〉、あるいはセンセーショナル(元ジャングル・ブラザースのぶっ飛んだラッパー)との共作を〈ワードサウンド〉から......とにかくいろんなレーベルからたくさんの作品を出しているプロデューサーである。インダストリアルなビートを操作しながら、ノイズをかき鳴らし、IDMとハードコアなダンス・ミュージックの溝を埋めるような、インパクトのあるステージを披露した。続いて登場した伊藤篤宏のウルトラ・ファンクターは、蛍光灯のノイズを音源としながら、NHKyxの冷たいグルーヴをバトンタッチするかのように、彼の白い熱を展開した。昔、あるオーガニック系の人物から、家では絶対に蛍光灯は使わないと言われたことがある。ウルトラ・ファンクターはそうしたハイソなエコ人間へのアンチテーゼでもあろう。
そうした強力なフロントアクトを経て、ステージに登場したふたりのベルリナーは、それまでの騒音とは真逆で、曲のなかには多くの静寂があった。ライヴは......ノイバウテンのリスナーにとってはお馴染みのバーゲルトのヴォーカリゼーション、あの水蒸気のような声(口笛のような音)ではじまった。
黒いスーツでめかし込んで、もみあげを尖らせ、髪の毛をしっかりと整えてマイクの前に立っているバーゲルトは、ある意味古風な"ヨーロッパ主義"を強く感じさせるものだった。それはいまとなってはレトロ趣味のひとつとも言えるし、1920年代のベルリンのナイトクラブと2011年のIDMとの交流会という点では新鮮にも思える。
ライティングは、すべてバウハウス的なデザインだ。直角で、そして色彩は2色に制限される。黒と赤、黒と緑、青と黒、そうした組み合わせで構成される。それは、かつてグラム・ロック/パンク・ロック/ポスト・パンクが、アメリカ的な経済繁栄への強烈な反撃として持ち上げたドイツ的な美学(非人間性や灰色の頽廃美、終末や衰退への陶酔、人工美、表現主義などなど)を表しているように思えた。
"ワンス・アゲイン"~"ワン"~"ミミクリー"~"エレクトリシティ・イズ"......アルバム『ミミクリー』ではオウテカ(もしくはメルツバウ)を彷彿させるような情け無用の冷酷なエレクトロニック・ミュージックに思えたような曲も、ニコライの間(沈黙)を効果的に用いたIDM、そしてバーゲルトの呼吸まで聴こえそうなライヴではむしろエロティックに聴こえる。ジャック・ブレル(まあ、彼はドイツ人ではないが)のラップトップ・ヴァージョン――そんな言葉が脳裏をよぎる。「昆虫としてのあなた(You as an insect)/あなた自身を擬態する(Mimic yourself)」......バーゲルトは"ミミクリー"における最初の英詩をゆっくりと喋ってからはじめる。アルバムのスリーヴアートには、目を奪うような、女が昆虫のように町を這っている写真が使われているが、これは1967年の映画『欲望』にも出演しているドイツ人のスーパー・モデル、ヴェルシューカの写真である。
アンコールの"フォール"(アルバムの1曲目)にいたってはさすがというほかない。周波数を手品師のように操作するニコライは、最初鼓膜の近くでさざ波を起こし、それをいつの間にか気が狂いそうなほどのノイズとして突き刺す(アルバムでは耳をつんざくノイズに思えたそれは、より展開のある楽曲となっていた)。そして静寂とピアノ、バーゲルトの歌......。最後の"ホール・イン・ザ・グラウンド"は、僕にはファーストの頃のスーサイド風、まあ、要するにロカビリー+ノイズに聴こえた(オリジナルではそうは感じなかった)。
先週同じ会場で観たハーバートの、英国人らしい社会風刺のライヴ・パフォーマンスとはまったく別の興奮を覚えた。それは実験音楽に人生を捧げたと自負する人間による、現代における新古典主義とも喩えられるような、しばらくのあいだ家に帰りたくなるほど感動的で美しい時間帯だった。
なお、raster-notonジャパンツアーは今週も続きます!
【R-N EXPRESS】(東京公演)
■日時:2011年10月9日(日)23:00開場 /開演
■会場:渋谷WOMB
■出演:Alva Noto / Byetone / Vladislav Delay / Luomo / Aoki Takamasa /Anne-James Chaton / AGF / NIBO / Atsuhiro Ito
■raster-notonジャパンツアー特設HP:<https://www.raster-noton.net/japantour>
また、東京馬喰町にある現代美術ギャラリー、Motus Fort(モータス・フォート)では、11月5日までブリクサ・バーゲルトの展覧会をしています。
https://www.motusfort.com/exhibition.html
エレファント6なる集団に特別の感情を抱いている人は、30代もなかばの世代だろうか......。エレファント6とは、80年代後半、アップルズ・イン・ステレオのロバート・シュナイダー、ニュートラル・ミルク・ホテルのジェフ・マンガム、オリヴィア・トレマ・コントロールのウィル・カレン・ハートとビル・ドスという4人のルイジアナ州のラストンの学生時代の同級生が4トラックのカセットレコーダーでレコーディングしたことからはじまっている。
彼らはテープを交換しあい、アルバムのアート・ワークやライナノーツを作り、レコーディングのコラボレーションとバンドを結成した。1991年にロバートはデンバーに、残りの3人はアセンスに引っ越し、そこからエレファント6という名前とロゴが発生し、彼らが関連する作品には、エレファント6のロゴがつくようになった。これは、エルフ・パワー、ビューラー、ジャービルズ、ミュージック・テープス、オブ・モントリオールなど、さまざまな仲間のバンドに広がった。ロバートはアップルズ・イン・ステレオとして、日本のトラットリア・レーベルからアルバムをリリースしている。
エレファント6という名前は、90年代末にピークを迎えている。よく知られているように、「エレファント6ミニ・ツアー」として、2000年にはオブ・モントリオール、エルフ・パワー、カルヴィン・ドント・ジャンプが日本に初来日した。オリヴィア・トレマ・コントロールはカヒミ・カリィなど日本のアーティストとコラボレートしたり、ソニーからリリースされたヴェルヴェット・アンダー・グラウンドのカヴァー・アルバムにも参加している。
ジェフ・マンガムは、ニュートラル・ミルク・ホテルとして、いまでは伝説のアルバムになっている『In The Aeroplane Over The Sea』を1998年に発表している。ちなみにこの作品は、アマゾンでは100枚のグレート・ロック・アルバム、『Q』マガジンで25年のあいだでのトップ30アルバム、『ヴィレッジ・ヴォイス』では1998年のベスト・アルバムに選ばれている。
その後活動を停止していたが、2011年のATPのキュレーターとしてついにカムバックしたのである。伝説となっている彼を一目見ようと、チケットは早々にソールド・アウトとなった。インディロック・ショー・リスティング・サイトの「オー・マイ・ロックネス」では、今週(9/29現在)は一面にジェフの話題で満載である。
ウィル・カレン・ハートとビル・ドスは、エレファント6の中心人物だ。オリヴィア・トレマー・コントロールのオリジナル・メンバーでもある。彼らは1999年に『Black Foliage』をリリースした後、サーキュラトリー・サウンド・システムと名義を変えて活動している。また、エレファント6の「ホリディ・サプライズ・ツアー」へとライヴ参加もあった。が、今回のオリヴィア・トレマー・コントロールとしては約10年ぶりのショーである。
共演のミュージック・テープスは、ジュリアン・コスターのプロジェクトで、彼もエレファント6にはなくてはならない存在である。ニュートラル・ミルク・ホテルのメンバーで、ニューヨークではチョコレートUSAとしてビル・ドスと一緒にプレイしていた。
ジュリアン・コスターのミュージック・テープスは、基本的には彼と7フィートの大きさの巨大メトロノームによるプロジェクトである。
90年代後半、著者はアセンスに住んでいた。彼がちょうどこの巨大メトロノームを作っていた頃だった。そして、ミュージック・テープスとしてのプロジェクトを話していたとき、彼は「オービタル・ヒューマン・サーカス」という名前の巨大な遊園地ツアーをしたいと、目をキラキラさせながら語っていたのを覚えている。メトロノームの裏側には、さまざまな機材が入念に作り込まれていて、自動的に演奏する仕組みになっている。見た目もプレイもびっくりな楽器である。ここ何年か、ミュージック・テープスはララバイ・ツアーとして、人の家にララバイ(子守唄)を届けるというユニヴァーサルなツアーをしていたが、ミュージック・テープスとしてのショーはオリヴィア・トレマー・コントロール同様、かなりの久しぶりなのである。
このオリヴィア・トレマー・コントロールとミュージック・テープスのショーが9月21日、マンハッタンの ル・ポワソン・ルージュであった。観客は意外にも若い人が多かった。隣にいた子に話しかけると、「オリヴィア・トレマー・コントロールは音楽を聴いたことがあって、ずっと見たいと思っていた」と、新しい世代は顔を赤らめながら言う。「今回、彼らが見れるなんてドキドキしている。もちろん、ジェフ・マンガムがキュレートするATPのチケットも買ったよ。本物のジェフが見れるなんて、夢みたいだ」
筆者が会場に到着するとすでにミュージック・テープスがはじまっていて、ジュリアンはミュージック・ソウ(のこぎり)をプレイし、その隣ではオルゴールのような仕掛けのオルガンが自動プレイしていた。彼の父はルーマニアのジプシーで、今日はその父が会場に来ていると、ステージ上の彼は嬉しそうに話している。バンジョー、ミュージック・ソウなど曲のたびに楽器(彼の手作りである)を代え、やがて7フィートのメトロノームが登場し、トランペット、トロンボーン、キーボードなどのサポートメンバーが加わる。目で見て楽しい、耳で聴いて驚く、素晴らしいミュージック・テープスのショーだった。
![]() ミュージック・テープス |
続いてオリヴィア・トレマー・コントロールが登場する。筆者が個人的に知っているドラマーのエリック・ハリスの代わりに、元オブ・モントリオール、エルフ・パワーのデリック、そして〈クラウド・レコーディング〉主宰のジョン・フェルナンデスがベース、ピーター・アーシックがキーボード、ウィル・カレン・ハートとビル・ドスがボーカル&ギター、ミュージック・テープスのジュリアン、ジャービルスのスコットもメンバーとして参加した。もうひとり、初めて見るメンバーがギターで参加していた。あとで聞くと、AJという男の子で、アップルズ・イン・ステレオから紹介されて、すでに何年か一緒にプレイしているらしい。
ウィルの横には、タンバリンや摩訶不思議な打楽器やパペットと並び、マイク・スタンドの前にレコード・プレイヤーが置いてある。その上にはレコードではなく、緑色のリンゴが回っていた。昔と比べて年を取ったのは否めないが、演奏がはじまるとあの懐かしい、90年代後半の豊かな香りが放射される。新曲の"The Game You Play Is In Your Head, Parts 1, 2, & 3"や定番のの"Jumping Fences"、 さらにフリーフォームの"Green Typewriters"(No.1からNo.10まである)......、イントロがはじまると歓声が上がったり、歌詞の最初から最後までを一緒に歌う声が場内に響いたりと、1時間のショーはとても充実したものだった。古いファンは懐かしい曲にいちいち喜んだり、新しい観客にはまったく新しいバンドとして、さまざまな思いをうながしている。彼らは変わっていなく、やっていることも90年代とほとんど変わらない。新曲もあったがオリヴィア・トレマーらしい、胸がくらりと動かされるような美しさを持つ曲だった。
アンコールを3曲ほど披露したあと、終わったステージ上からセット・リストを奪いあうファンの姿を横に、まだレコード・プレイヤーの上でくるくる回り続けるリンゴがあった。楽屋に行くと、ジェフ・マンガムがいて(デンジャー・マウスもいた)、今回のショーのことを嬉しそうに話してくれた。「来週ニュー・ジャージーでアコースティック・ライヴをするんだ」と、自分がキュレートするATPのことも話してくれた。昔アセンスで一緒に住んでいた頃と何も変わっていない。
オリヴィア・トレマ・コントロールはこのあとATPに出演すると、10月中旬に地元アセンスのアセンス・ポップ・フェスに参加する。10年は何かの周期なのだろうか、彼らのリヴァイヴァルはもはや回顧展以上の意味を持っているようだ。デジタル化された2011年の音楽業界においてニュートラル・ミルク・ホテルのジェフがフェスティヴァルをキュレートすると、瞬く間にソールドアウトになる世のなかなのである。これは何を意味するのだろうか、なぜいまの世のなかが彼らに惹き付けられるのだろうか......、10年のあいだで忘れそうになっていたものをあらためて見直す良い機会になるかもしれない。
![]() オリヴィア・トレマ・コントロール |
ジェフがキュレートするオール・トゥモローズ・パーティズ〈I'll Be Your Mirror〉は今週末9月30日に、ニュージャージのアシュバリー・パーク、10月3日はパラマウント・シアター、UKでは12月2日~4日に(w/フリート・フォクシーズ、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン、サーストン・ムーア、ザ・フォール、ボアダムス、パンダ・ベアなどが出演)開かれる。
今回のショーレポート
https://www.brooklynvegan.com/archives/2011/09/the_olivia_trem.html
エレファント6集団について
https://www.elephant6.com/about.html
バンドへのリンク
apples in stereo:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Apples_in_Stereo
neutral milk hotel:
https://en.wikipedia.org/wiki/Neutral_Milk_Hotel
olivia tremor control:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Olivia_Tremor_Control
https://www.oliviatremorcontrol.com/
the music tapes:
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Music_Tapes