「Nothing」と一致するもの

Jah Shaka - ele-king

 ジャー・シャカ初の日本ツアーから早20年……長年にわたり唯一無二の存在として尊敬を集めてきた御大が、いまふたたびこの極東の地を訪れます。今回のツアーは東京を皮切りに、名古屋、大阪、福岡を巡る予定で、東京公演にはジャー・シャカのサウンド・システムを日本で継承するJah Iration Sound System + Jah Rising Sound Systemがフルで導入されるとのこと。これは本場UKスタイルのパフォーマンスを体験する絶好のチャンスですぞ。

祝! 来日20周年!!

1997年、当時奇跡と言われたJAH SHAKAの初来日公演から20年が経過する。その間、彼の伝道とも呼ぶべき活動によって日本各地にサウンドシステム・カルチャーが伝播し、ルーツ・ミュージックの発展に貢献してきた。今年2月にはJARIA(Jamaica Reggae Industry Association)のHONOUR AWARDSを受賞し、故国ジャマイカに凱旋した。今も地元UKでJAH SHAKA SOUND SYSTEMは定期的に開催され、ポジティヴなメッセージとスピリチュアルなダブ・サウンドの真髄を伝え続けている。

11/2(木・祝前日)代官山UNITでは日本屈指のJAH IRATION SOUND SYSTEM + JAH RISING SOUND SYSTEMをUNITフロアにフル装備。
JAH SHAKAオンリー! 本場UKスタイルのオールナイト・セッションが遂に実現!
Roots Rock Reggae, Dubwise!
"LET JAH MUSIC PLAY"

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King of Dub
JAH SHAKA
DUB SOUND SYSTEM SESSIONS
- An all night session thru the inspiration of H.I.M.HAILE SELASSIE I -

Lana Del Rey - ele-king

 行ったことがないので伝聞でしかないのだけれど、西海岸で最大規模のフェスティヴァルである〈コーチェラ〉はもはやセレブ御用達の一大産業になってしまっているという。音楽産業にとってフェスが重要な収益場となっている以上避けられないことだろうが、もしセレブリティがインスタグラムにセルフィーをアップするためのイヴェントになっているのだとしたら、音楽フェスティヴァルがかつて目指していたのであろう……目指していたのかもしれない……愛と平和の精神はもはや死に体だということだ。
 が、現在のセレブリティ・カルチャー/アメリカのエンターテインメント産業のある部分を強烈に象徴するラナ・デル・レイは、“Coachella - Woodstock In My Mind”で、そのタイトル通りに現在のコーチェラと1969年のアイコニックな愛の夏を接続してしまう。ウッドストック・イン・マイ・マインド……彼女はこれまでも粒子の粗い映像のMVとサウンド、そしてヴィジュアルで古き良きアメリカを回顧していたが、これまでとどうやら少しばかり様子が違う。はためく星条旗ではなく、ドラッグと音楽に酔いしれる群衆を引っ張り出す。そして愛を……“Coachella - Woodstock In My Mind”で彼女は壊れた世界と次世代について想いを巡らす。それが本気かどうかはこの際どうでもいい。事実として、オーディエンスとともに過ごしたコーチェラからの帰り道(彼女は出演者ではなくオーディンスとして参加している)、ラナ・デル・レイというポップ・アイコンは60年代末の夢を幻視したのだ。

 そもそも、アルバム最初4小節のイントロを聴くだけでコンセプトが60年代であることがわかる。1963年辺りのフィル・スペクターを彷彿とさせるビートと響きで彼女が歌うのはまさに“Love”だ。続く“Lust For Life”では60年代のガール・ポップスのシングルのようなコーラスを、ウィークエンドとデュエットしながら2010年代型R&B(「ジェイムス・ブレイク以降」)と溶け合わせる。「服を脱いで、あなたの服を脱がして」……スロウなテンポで交わされる情動の歌のタイトルは、「生への渇望」。それはたしかにアメリカのノスタルジーとして召喚されているが、あの変革のディケイドを――もちろん彼女にとっても我々にとっても伝聞でしかないのだけれど――何らかのエネルギーに変換しているようなのである。
 これをファースト・アルバム『死ぬために生まれた』と対比させる向きもあるようだが、しかしながら、正直僕には彼女がここで急にポジティヴなパワーを発揮し始めたようには思えない。続く3曲め、“13 Beaches”で「まだあなたを愛しているの」と懇願するように繰り返す声には、どうしたって男に虐げられる女の姿を思い浮かべずにはいられない。何かの呪いのようにダウナーに引き伸ばされた“Cherry”のプロダクション。トラップ以降のサウンドを意識し、エイサップ・ロッキーとプレイボーイ・カルティを迎えた“Summer Bummer”でのあの世から発せられるような歌。ラナ・デル・レイはいまでも死と退廃を纏うアイコンだし、そういう意味で本作はそうした彼女のイメージを引き受けている部分も多い。自殺を促したとしてキム・ゴードンに「陳腐」と批判されてこそ彼女の不道徳は際立つし、仄暗い光を放ってしまう。聴く者の生気を奪うかのように甘美なハスキー・ヴォイスの魅力に取り憑かれた者であれば、『ラスト・フォー・ライフ』もまた耽溺の歌曲集だろう。レトロへのノスタルジーとモダンなアプローチが入り混じったプロダクションは、マックス・マーティンやリック・ノウルズといった超メインストリームのアーティストを手がけてきたプロデューサーによるこなれたものだったとしても、見事と言う他ない。本人も周りの人間も、偶像としてのラナ・デル・レイに何が求められているかよくわかっている。

 だが、先述の“Coachella”を経ての中盤、少なくとも言葉の上では『ラスト・フォー・ライフ』は「わたしたち」の生を祝福しているようなのである。続く曲は“God Bless America - And All The Beautiful Women In It”、そして極めつけは“When The World Was At War We Kept Dancing”だ。「アメリカとすべての美しい女たちに祝福あれ」、「戦時下でわたしたちは踊り続けた」……それが50年前の邪気のなさを思い出しているのは明らかだが、と同時に、スピリチュアルに愛と平和を謳うことが21世紀に有効ではないことを彼女は当然わかっているはずだ。それを証明するように、音はデカダンな装飾を脱さない。嘘のように透き通ったファルセットと、余韻たっぷりに響くストリングスとエレクトロニクス。ショーン・オノ・レノンとデュエットを取るアコースティック・ギターのバラッド“Tomorrow Never Came”では抜け抜けとビートルズ~ジョン・レノンのサイケデリアを引用し、スティーヴィー・ニックスと歌う“Beautiful People Beautiful Problems”では気だるげに地球規模での美を歌う。虚像としての美しきアメリカ、退廃としての60年代。アルバムのベスト・トラックのひとつ、“Groupie Love”では20世紀のグルーピー・カルチャーの亡霊が愛らしく戯れているようだ。
 その分裂こそがこのアルバムの面白さで、ジャニス・ジョプリンが死んだ27歳をとっくに過ぎ、サターン・リターンも終えたラナ・デル・レイ、いや、エリザベス・グラントがこれからどの方向へ行くのかが読めないものとなっている。そもそも、デビュー時の彼女を見て多くのひとはここまでキャリアが続くことなど予想していなかったのではないか。だから、わたしたちはとりあえず彼女が演じる偽物の60年代にいまは酔いしれていればいい。それが完全に忘れ去られる前に。

This REmortal Coil - ele-king

 10/30(月)~11/5(日)、ドイツ文化センター(ゲーテ インスティチュート)にてハードエッジな展示とライヴ「This REmortal Coil」が開催される。
蛍光灯音具OPTRONプレイヤーの伊東篤宏を中心として、カイライバンチ、VELTZの3人の合作インスタレーションがドイツ文化センター/ ゲーテ インスティチュートで展示されるのを皮切りに、11/3(金・祝)には ICC キュレーター 畠 実氏と 伊東篤宏による、「音楽~アートフォームとしての『インダストリアル 』について 」を軸にしたトークイベント、 11/4(土) にはエントランスに設置されたインスタレーションマシンをフル稼働させる上記3名によるライヴをはじめとし、エントランスとホール 2ヶ所を交互に使用したライヴイベントが開催される。しかもすべて入場無料!

10/30(Mon)-11/5(Sun)
--This REmortal Coil--

Group Exhibition & Live performance
@ドイツ文化センター / ゲーテ インスティチュート
期間中の展示、ライヴ、トーク、全て無料!!

■Exhibition version
伊東篤宏 × カイライバンチ × VELTZ によるコラボレーションワークス
10/30(Mon) ?11/5(Sun)
ドイツ文化センター1F エントランス (入場無料)

■11/3(Fri)
1F エントランスにて19時よりトーク (入場無料)
テーマ: 音楽?アートフォームとしての『インダストリアル 』について
トークゲスト: 畠中 実 / ICC 主任学芸員)
司会・進行: 伊東 篤宏

■Live performance version
11/4(Sat)
ドイツ文化センター1F ホール & エントランス
This REmortal Coil
- Live version -
16:30 open 17:00 start
(入場無料)

ACT:
phew
ZVIZMO (テンテンコ × 伊東篤宏)
The Lefty
カイライバンチ
VELTZ × Radio ensembles Aiida
(*全ての会場: ゲーテ・インスティトゥート東京 (東京ドイツ文化センター) エントランス & ホール)
107-0052東京都港区赤坂7-5-56
https://www.goethe.de/ins/jp/ja/m/sta/tok.html

Norhern Soul - ele-king

 個人的には今年のベスト映画はこれ。『ノーザン・ソウル』。本国イギリスでは2014年の上映だが、有志による日本語字幕付きのほとんど自主上映の形で、「ほぼ丸ごと未公開!傑作だらけの合同上映会」(https://nbsff2017.wixsite.com/nbsff2017)の1本として上映される。

 簡単に言おう。『さらば青春の光』『ビギナーズ』『トレインスポッティング』『24アワー・パーティ・ピープル』『THIS IS ENGLAND』──以上のなかから2つ以上好きな映画がある人は必見である。
 さて、ノーザン・ソウルとは何であるか。今日のダンス・カルチャーには3つの源流がある。1.DJのミックス技術を生み、発展させたNYのディスコ・カルチャー。2. オリジナルを何度も何度も再構築するヴァージョン文化を生んだジャマイカのサウンドシステム。そして3つめが、「レア盤」文化を促し、レイヴ・カルチャーの青写真となったひと晩限りのアンダーグラウンド・ダンス・パーティを醸成させたUKのノーザン・ソウル、である。
 音楽産業とは隔離された、イギリス北部の工場で働く労働者階級を中心に盛り上がったノーザン・ソウルのシーンは、長いあいだミステリーでもあった。ノーザン・ソウルの「ノーザン」とは、音楽が作られた場所ではなく、その音楽が人気だった場所を指す。ノーザン・ソウルとは完璧にリスナーの文化である。しかもそれがロンドンではなく、シェフィールドとかブラックプールのような、パっとしない地方都市のリスナー文化であり、労働者階級による自発的なパーティ文化だった。音楽メディアも手が及ばない。

 映画『ノーザン・ソウル』でぼくたちは音楽史最大の謎のひとつをようやく知ることになる。ストーン・ローゼズの“アイ・アム・リザレクション”がモータウンのビートであった理由もね。英国アカデミー賞のデビュー賞にもノミネートされたこの映画、物語も音楽もファッションも最高だが、ひとつだけ気をつけなければいけないのは、この映画を見終わったあとではスリムのデニムなんて履けなくなること。
 それにしても、この映画を情熱だけで日本上映までもっていったスタッフの方々には頭が下がる。そのアティチュードもまさにノーザン・ソウル。いまのところたった1回の上映だが、はっきり言って最低3回は観たい映画だ。

※上映日時は、12月2日(土) 14時30分~会場はユーロライブ(https://eurolive.jp/

ザ・サークル - ele-king

 産業革命以降、二酸化炭素の排出量が増えたとされるように、このところ「書き言葉」の量も飛躍的に増えた気がしてならない。ちょっとスマホを見るだけでも同じ内容の案件が繰り返し書き込まれていて「書き言葉」は放射能のように漏れ出してくる(この文章も「書き言葉」だし)。「書き言葉」の歴史はわずか5000年である。人類は鉄道がなかった時代(たかだか200年ぐらい前)にも戻ることはできないだろうけれど、「書き言葉」がなかった時代までリセットすることも不可能だろう。それ自体はいい。つい最近まで代書屋という職業があったぐらいで、文字が書けなかった人の方が多かった時期よりも、いまはきっと何かが良くなっていると思いたいし(一方で日本の識字率は下がりつつあるらしい)。しかし、それにしても文字量が多過ぎる。ここまで何もかも文字にする必要があるのだろうか。人類にとって適正な食物の量というものがあるならば、「書き言葉」にも同じく適正の量が想定されてもいいような気がしないではない。「書き言葉」が増えに増えて、そして、二酸化炭素がオゾン層を破壊したとされるように、いつしか過剰な「書き言葉」も人類の何かを破壊したりはしないだろうか(J・G・バラードなら、ここで言語掃除機を取り出すか)。
「書き言葉」が飛躍的に増えたと感じたのはSNSの影響が大きい。単に体感でそう思っているだけなので、本当かどうかはわからない。100万部に近いベストセラーが立て続けに出たりして出版不況などという言葉がなかった時代の方が印刷された文字数自体は多かったりするのかもしれない。人の目にはふれない日記というものもあっただろう(いまもあるか)。そんなことはSNSの監視に余念がないCIAあたりが毎年の文字量をカウントでもしてくれない限りわからない。SNSが増やしたのは明らかに発信する人の数だから、「多過ぎる」と感じるのは、「書き言葉」そのものよりも、どこに向かって放たれてるのかわからない「書き言葉」のあり方が乱雑すぎて過剰に感じられるというだけのことかもしれないし。もう、ぜんぜんわからない。キングコング西野に至っては文字数を単位とした仮想通貨「レターポット」などという新たな信用経済の構想をぶち上げてくるし。うがー。

 巨大SNSを扱った映画だというので『ザ・サークル』に興味を持った。しかし、結論から言うとSNSがテーマの作品というよりは、SNS批判がトレンド化している現在にあって、その危険性を面白がるエンターテインメント作品であった。文字量=人数という捉え方でSNSを把握し、数の暴力に作品のテーマは絞られている。集合無意識は必ずしも善ならずというような。
 主演はエマ・ワトソン。普段からファンとセルフィーは撮らないと公言し、ツイッターで「HeForShe」や「FemnistBookClub」を呼びかけたり、地下鉄を舞台に様々なアクティヴィストぶりを発揮する彼女がSNSを批判する役回りというのはあまりに……あまりに整合性があり過ぎる。一方、SNS企業のトップにいて悪役を務めるのはトム・ハンクス。メールのやり取りに慰めを見出していた相手が実はビジネス上の敵だったという『ユー・ガット・メール』(98)の役柄がそのまま肥大化し、スケール・アップした感じ。エマ・ワトソン演じるメイ・ホランドは苦情処理の仕事から巨大IT企業、ザ・サークルへ転職を果たす。ツイッターとかフェイスブックがぐちゃぐちゃに混ざったようなアカウント・サーヴィスを提供するザ・サークルが新たに提供しようとするのは小型の監視カメラで、目的はリベラルな政治活動を支援すること。これにホランド自身が命を救われることになり、ホランドは以後、自分自身に監視カメラをつけて行動し、24時間、自分の生活を実況放送することになる。ところがホランドと一緒にいると自分のプライヴァシーまで奪われると感じた親や幼馴染はみな彼女と距離を置くようになり、SNS上のフォロワー以外、彼女はあらゆる人間関係を失ってしまう。そこに小型カメラに託された真の目的を探っている活動家が現れて……。

 すぐに思い出したのは『エドTV』(99)である。マシュー・マコノヒー演じるエド・ペカーニは24時間、自分の生活をケーブルTVで放送し続ける。彼は自分のすべてを誰かに観られることが楽しくてしょうがなく、やることなすこと過剰になっていく。要するにリアリティTVのパロディである。ストーリーの大筋は『エドTV』も『ザ・サークル』も大して変わらない。個人情報をさらけ出せば出すほどいいことがあるとしても、それによって失われるものを秤にかけた時点で話の流れは変わっていく。たとえば自らの身体情報をさらけ出しておくことで早期に病気が見つかるとしても、それでも知られたくないことはあるというようなことが話の潮目になる。そうした倫理観は2作とも同じだった。しかし、無名の一般人が多くの人に注目されたいという欲望を持っていることを暴き出した『エドTV』と、公共の利益をたてに個人情報を流出させようとする『ザ・サークル』では欲望の主体がまったく逆である。ここに政治家に期待される「透明性」だとか、様々な理屈が『ザ・サークル』では積み上げられていく。あなたの個人情報はあなたにはうまく管理できないから国が管理してあげた方がいいでしょうということになる(実際にイギリスではビッグ・データから個人の寿命を割り出せるので、あなたは○○歳で死ぬから年金はいくら納めて下さいという制度にすることも可能だけど……その方が平等なので……でも、さすがにそれはやらないんだとか)。話はそこまで急進的にはならないけれど、アメリカでは親が子どもを育てられないと判断すればソーシャル・ワーカーが親から子どもを取り上げてしまうように、個人から個人情報を取り上げていくような未来が待っていると『ザ・サークル』は示唆する。物語はそのようなことになったら怖いでしょうというSNS批判のトレンドにのって収束し始める。奇しくもいまアメリカではハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ騒ぎが引き金となって#WomenBoycottTwitterが巻き起こっている最中である。そう、SNSはよっぽど社会全体の負担になっていたのだろう。それも峠を越したから、こうしてエンターテイメント化され、スリラー映画として楽しめるのである(怖いという意味では同じエマ・ワトソン主演の政治劇『コロニア』はまったく別種の怖さだった)。

 SNSが個人情報を流出させるという危惧(「いいね!」のプロファイラーという職業もあるらしい)というのはいまは完全に反転してしまい、たとえば芸能人たちがTVで見せる「プライヴァシー公開芸」のようなポテンシャルにすり替わってしまった(気がつくと視聴者は誰かと誰かが飲みに行ったという話を延々と聞かされているだけだったりする)。80年代ならば「それ以上はプライヴェートなので」といってお笑い芸人でさえも口を閉ざすことができた領域をビジネス・チャンスと捉え、すべてをさらけ出しているフリをするのである。芸能人をやっているその人に共感するとか、消費者から見た対象の位置が変わっている現在、プライヴェートがどのようなものであるかを想像させることができない芸能人はもはや売れないのだろう。これはいわばリアリティTVの常態化であり、差し出すものがあるから得るものがあるという構造をどうコントロールするかにその人のセンスがかかっているといえる。こういった仕組みを批判的に捉えたのが『容疑者、ホアキン・フェニックス』(10)で、同作は俳優のホアキン・フェニックスがラッパーに転じるというフェイク・ニュースを流し、プライヴェートを捏造しきったモキュメンタリー作品だった。それと同じことを、もっと薄く、現在の芸能人たちはやっている。改めて思うのは、人々は、では、何を買っているのだろうということだけれど、物語の消費欲求は『ザ・サークル』ぐらいでは止めようがないことだけは確かである。

 もうひとつ気になったこと。グーグルの宣伝映画でしかなかった『インターンシップ』(13)もそうだったけれど、『ザ・サークル』も現在のサンフランシスコを過剰にユートピアのようなところとして描く傾向がある。メイ・ホランドが転職してきてすぐに会社の中を案内され、しばらく歩いていると中庭で本物のベックがコンサートをやっていたりと、どこもかしこもサブカルチャーの天国かと思うような仕様なのである。実際にそういった面もあるのだろう。しかし、現実にはアマゾンなどに多くの社員が勤め出したことにより、地元の交通状況は混乱の一途を増している上に、全米からホームレスが集まってきたためにカリフォルニア州には2年前から非常事態宣言が出されている(アマゾンは社屋のひとつをホームレスに開放している)。60年代にヒッピーが集まってきた時もサンフランシスコの住民はいい迷惑だったかもしれないけれど、似たような歪みがあることはまったく触れられていない。それなりにIT企業を主役として描いているわけだから、ユートピア性ばかりでなく、少し引いた視点も織り交ぜてくれないかなあと思うばかりである。

 ちなみに『エドTV』は、その前年に公開された『トゥルーマン・ショー』(98)に対するブラック・アンサーと評された作品だった。同じようにリアリティTVから発想したとしても、自分の人生が世界中の人に視聴されていることを知らずに暮らしている『トゥルーマン・ショー』はどちらかというと「自分は神に見られている」という宗教的な観点を持った作品で、その主題は当時から統合失調症を予感させるものであった。そういう意味では『トゥルーマン・ショー』に対してアンサーを返した作品は『エドTV』ではなく、僕はウィル・フェレルが珍しくシリアスな演技に徹した『主人公は僕だった』(06)だったと思う。『エドTV』は『ザ・サークル』との対比でようやく現代性を発揮できるようになったのではないかと。


Zodiak - ele-king

Favorite 2017

Marcus Fischer - ele-king

 00年代後半に電子音響のノイズがアンビエントの海に溶けはじめてから、無数のアンビエント/ドローンが私たちの耳と心をうるおしてきた。この時代、音楽は響きの海の中に溶けていた。
 アメリカのレーベル〈12k〉は、初期のクリック&グリッチな作風からアンビエント/ドローンへと舵をきったことで、この「アンビエントの時代」を体現する重要なレーベルである。みずからもアンビエント・アーティストへと変化を遂げた主宰テイラー・デュプリーのキュレーションによるレーベル・ラインナップは、2010年代以降のアンビエント・ミュージックを知る意味でも重要な指針を与えてくれる。

 そんな〈12k〉を知るうえで重要なアーティストが、マーカス・フィッシャーである。ポートランドはオレゴンを拠点とするマーカス・フィッシャーのサウンドは、〈12k〉のアンビエント/ミュージックを象徴するものだ。淡いドローン、静謐な環境音、微かなノイズ。朝の空気のような清冽なアンビエンス。まさに2010年代的アンビエントの最良の要素を結晶させたかのような音楽/音響を聴かせる。
 とはいえ、マーカス・フィッシャーが〈12k〉からリリースしたソロ・アルバムは2010年の『Monocoastal』のみである。たしかに主宰者テイラー・デュプリーのコラボレーション作品『In A Place Of Such Graceful Shapes』(2011)や『Twine』(2015)など、〈12k〉から素晴らしいアンビエント・アルバムをコンスタントに発表はしてきたものの、ソロ・アルバムではない。また、けっして多い数でもない。
 〈12k〉以外では、〈Tench〉から『Collected Dust』(2012)、自主リリースで(マスタリング担当はテイラー・デュプリー)『Public Works』(2015)をコンスタントにリリースしているし、本年2017年には〈IIKKI〉からテイラー・デュプリーとのコラボレーション・アルバム『Lowlands』をおくりだしてもいるのだが、やはり多作という印象はない。テイラーと協働しつつ、コラボレーションであっても自身が追求する音を誠実にリリースしているような印象である。

 じっさい、マーカス・フィッシャーの作品は、どのトラックも、どのアルバムもアンビエント音楽として、とても澄んでいて、やわらかく、かすかに深淵で、美しい。職人の作るガラスの玉のような音だ。それは彼のつつましい美点でもある。その「つつましやかなアンビエンス」という感覚が、〈12k〉というレーベルのイメージにぴったりとはまる、ひいては2010年代的なアンビエント/ミュージックも。
 じっさいマーカスの演奏映像を観てみると、ギターを中心にさまざまなエフェクターや機材を鳴らして独特のアンビエントを生みだしている。音と音を手で触り、工作するように音を探り、鳴らすかのように。

 それは新作『Loss』でも変わらない。“Nocturna”では、淡い色彩・音色の環境音の中にそっと溶け込むようなギターの響きが鳴る。音楽の手前にある微かな音のうごめきが耳に心地よい。2曲めの“Veering”からして、ひそやかな環境音がドローンに溶け合っていくような楽曲を展開する。まるで風景がゆっくりと変化していくような感覚に耽溺できる。
 そしてアルバム・タイトル曲である“Loss”には、環境音とドローンの交錯の果てに、ピアノがまるで透明な雫のように落とされていく。また、“Murmurations”では、水の音のような環境音に、澄んだ空気のようなドローンと深い響きのギターの音が複雑な色彩のように交錯する。3分ほどの短い曲“While”では、これまで音の欠片のように散りばめられてきたギターの音が、霧のむこうではじめて音楽としてたちあらわれてくる。
 アルバムでキーとなる曲は11分に及ぶ“Home”だろう。曲調としてはアルバム中、もっともダークである。しだいに日が暮れ、あたりが薄暗くなっていく時間、ひたすら家をめざして歩いているような、そんな感覚である。静謐な環境音。ときおり鳴るギターの音のむこうから夜の気配のように聴こえてくるドローン。11分という時間のなかで光景と時間の推移のようなアンビエントを生み出している。この自然音と音楽の非同期的な交錯は、今年リリースされた坂本龍一の新作『async』あたりとも共振するといえないか。

 アルバムには全7曲が収録されているが、どの曲も朝の空気のように清冽で、同時に夜の時間のように親密である。このさわがしい世界から少しだけ離れ、「自分」という存在を再発見するような静謐なオトのつづれおりは、見慣れた風景のように、どこまでも優しく、愛おしい。

 このマーカス・フィッシャーの新作に限らず、現代的なアンビエント・ミュージックは音楽における風景のようなものかもしれない。聴き手の心理、状態、感覚、感性の推移、変化によって、いかようにも見え方が変わってくる景色のような音楽。その意味で、2010年代以降のアンビエントは、写真的かつ映像的である。環境音楽としてだけではなく、もっと聴き手の内面の深いところに作用する音楽/音響作品なのだ。そして、本作『Loss』もまた耳と心をうるおしてくれる逸品なのである。

interview with Shonen Yoshida - ele-king


吉田省念 - 桃源郷
Pヴァイン

PopIndie Rock

Amazon Tower HMV

「省念さんにとって桃源郷とはなんですか」と書きかけてやめた。メールインタヴューでそんなことを訊くのは照れくさいし、理想にせよ状況にせよ、抽象化をともなう問いは対話において感傷的な回答を結果しやすく、ヤボなテレビのドキュメンタリー番組みたいになっちゃいそうじゃないですか。ある作品に通底するものはそれを耳にする私たちの目の前にあり、吉田省念の音楽はそれを隠そうともしない。おおらかなものがゆったりながれていく。フォークやブルース、ロックさえすでにルーツのいちぶである世代の、先達の音楽をたっぷりとりこみ血となり肉となったものを気負うことなく提示する音楽。クラウス・ディンガーと協働した経験のあるエンジニア尾之内和之とつくりあげたサウンドは前作『黄金の館』よりもナマの響きをいかし、伊藤大地、谷健人、千葉広樹、四家卯大、Yatchiら、おなじみのメンバーとの演奏は視線をかわしあう趣がある。色彩はおちついたが滲むものは倍加し、「苔」や「富士」や「お茶」といった記号とあいまって和的な情緒を感じさせるが、エキゾチシズムの和というよりそれは日々の暮らしの傍らにあるものをさすかのようである。つまるところ桃源郷とは――いや、よそう。以下をお読みいだければそれがなにかただちにおわかりいただける。それ以上に音を聴けばたちどころに腑におちる、そのような形容がまことにしっくりくるアルバムをつくりあげた吉田省念のことばを京都からお届けします。

でもほんとうは、桃源郷はユートピア的思考とは逆に“日常のすぐそばの物事が捉え方次第で変化することを楽しめる世界”だという考え方に興味を持ってアルバム・タイトルにしました。

『黄金の館』のリリースから1年とすこし、『桃源郷』にとりかかったきっかけを教えてください。前作リリース後、継続的に曲づくりされていたのでしょうか?

吉田:きっかけは、年にワンタイトルを目標に決めていたので、前作のリリース後すぐにそういうテンションにはなっていました。『黄金の館』でエンジニア尾之内和之さんとのスタジオワークを試行錯誤できたのもあり、レコーディング作業は前回よりもスムーズでした。アレンジでは京都のバンド・メンバーと定期的にライヴやプリプロを行えたことが完成に早く導いてくれました。曲は日々ふと思いつきます。断片を集めてそれを繋ぎ合わせたりすることもあれば、歌詞も曲も同時でできることもあります。

『黄金の館』では曲をつくるなかで構想ができあがっていったとおっしゃっていましたが、『桃源郷』の場合はいかがでしょう? 前作より全体の構想が先行したようにも思いますが。

吉田:今回も『黄金の館』とおなじく、全体の構想は並べてみてはじめて見えてきました。構想とはいえないかもしれませんが、アルバムの全体で収録する曲にヴァラエティをもたせることは目標にしていました。

『桃源郷』の“雨男”は『黄金の館』の“晴れ男”に対応しています。“晴れ男”はこの曲に客演した細野さんが晴れ男を自称したことからできたとおっしゃっていましたが、“雨男”はどのようななりたちだったんですか?

吉田:歌詞は『桃源郷』にもゲスト参加していただいている四家卯大さんと3月に東北ツアーに行ったときにできました。出て来たイメージが雨だったので“晴れ男”の対として“雨男”にしました。カエターノ・ヴェローゾのライヴに行ったこと、マテオだったり感銘を受けた音楽にある“ムード”みたいなものが存在する曲になればと思っていました。

“茶の味”のゆったりした歌い回しはアコースティックなサウンドとあいまってとても味わい深いです。とくに「花の季節はほころびて〜」のあたりですね、歌手=吉田省念の進化を感じさせる曲だと思いましたが、本作で「歌を歌うこと」についての考えた方に変化はありましたか。

吉田:“茶の味”は自分も気に入っている曲なのでうれしいです、ありがとうございます。歌うことについては、ぼくは毎月、京都の拾得で開催している〈黄金の館〉というマンスリーライヴを主催しているのですが、そこにお招きしている歌い手の方々を間近で観ているのがためになります。生の演奏で等身大の歌を聴くと、声や歌い方は曲に引き出される面白みがあると感じられますし、歌詞に親近感を抱くとその世界観に自然に寄り添えるようにもなれると思うんですね。

『黄金の館』では多くの要素をいかに解放的に聴かせるかが音づくりのテーマだったと前回のインタヴューでは話した憶えがあります。『桃源郷』にもむろん、省念さんのリスナー体験が色濃く反映していますが、(引用の面では)『黄金の館』に較べると引き算的な印象を受けました。本作の曲づくりの面での狙いを教えてください。また模範にしたとはいわないまでも念頭にあった他者の作品があればネタバレしない程度に教えてください。

吉田:まずは自分たちが聴いて心地よいということを大前提に、ギターと歌をきわだたせようと思って作りました。サウンドで意識したものは、たとえばウィルコやベックのバンドサウンドのなかでのアコギの音でしょうか。それとフィル・スペクターのベスト盤とか。

伊藤大地さん、谷健人さんはじめ、前作を引き継いだ布陣で制作されています。前作での細野さん、柳原陽一郎さんのような客演を招かなかった理由はありますか。

吉田:まさか自分の作品に細野さん、柳原さんのような大先輩をお招きできるとは思ってもいなかったことですし。ただただ、後押ししていただいたことに感謝の気持ちしかないです。前作で参加していただいたことを自信に繋げて、今作はできるだけ少人数で制作したかったんですね。

『黄金の館』に較べ、『桃源郷』は中央に集まった音づくりを想定しているように聴きましたが、尾之内和之さんとはどのような作品にしたいと話し合われましたか。

吉田:さきほどもうしあげたとおり、自分たちが心地良い音という前提で進めつつ、尾之内さんのマイブームもあったんでしょうね。ミックスにかかるまではモノラルで作業を進めていたことも今回の音づくりに影響していると思います。仕上がってみると、前作よりも音にリアリティを求めていたんだと思います。尾之内さんとは、音づくりの方向性を具体的に話したことはそんなになくて、感覚的に察知してそのときどきで判断して進めました。それが彼と作業していく上での楽しみでもあります。

いまはソウルや、ソウル的なニュアンスの音楽が注目を集めているかもしれませんが、ぼくはどんなジャンルの音楽をやっているかということよりも音自体の深さみたいなものに興味が向かいます。

前作をふまえると、『桃源郷』は“霊魂の涙”から「桃源郷」までをA面、“Stupid Dancer”から“カサナリアッテクオト”がB面とすると、A面に和的な印象の曲(おもに文字面のことではありますが)を集めた理由はなんですか。

吉田:構想があとづけだったのはさきほどもうしあげましたが、曲順も直感で決めたんですね。曲の並びを決めるうえで和と洋の対比は意識しなかったですが、けっこう気に入っています。和的なイメージはおそらく「桃源郷」というタイトルに由来すると思うんですが、ぼくはこの言葉に勝手にエキゾチックなイメージを抱いていていました。でもほんとうは、桃源郷はユートピア的思考とは逆に“日常のすぐそばの物事が捉え方次第で変化することを楽しめる世界”だという考え方に興味を持ってアルバム・タイトルにしました。

歌詞に出てくる「霊魂」や「お茶」「富士の山」などの単語も意図的ではない?

吉田:人間模様を題材に歌詞を書くことがなかなかできなくて、景色や情景からイメージを膨らます場合が多いです。たとえば、1曲目の「霊魂の涙」だったらつげ義春の「海辺の叙景」、「桃源郷」は歌川広重の「東海道五十三次」――リズムを重視して歌詞を考えれば考えるほど難しくなっていきますね。それもあって、意味なくわいてきたイメージの言葉や、気になる言葉もできるだけメモするようにはしています。歌詞はむずかしいですよね。日常で話して面白い話題や経験したこと、日々感じることをそのまま歌にできればいいのですが、まだまだ修行中です(笑)。

苔とさざれ石の組み合わせはいやおうなくあの有名な曲を想起させますよね。「さざれ石も転って」(ローリング・ストーンですね)の一節も印象的です。

吉田:これも作詞するさい、景色や情景を思い浮かべることが多いことの影響だと思います。苔もさざれ石も時間の経過が感じさせる日本独特の美意識ですし、それが存在する景観は美しいですよね。あと、自宅スタジオのあたりは山間で苔も多くて、環境的にもそいうったものに普遍性を感じやすいと思います。

“Stupid Dancer”はアルバムのなかでは異色な曲だと思いました。省念流ソウルといってもいいかもしれませんが、省念さんにとってソウルやR&Bはどのようなものですか。

吉田:ソウルやR&Bは60年代70年代の時代を追っていくうちに自然に入ってきているジャンルだろうと思います。“Stupid Dancer”はアコギのラフとドラムをベーシックにつくりました。“霊魂の涙”も“雨男”もそうですが、『桃源郷』では曲の原型をつくるうえで伊藤大地くんとの演奏が骨になっています。とりあえず2〜3テイク、彼に初見で叩いてもらってその後に一気に曲のイメージを膨らませていくやり方が多かったです。そういった方法をとったのは、大地くんのビートが気持ちいいのがまずもってあるんですが、瞬間的に曲を把握してくれて、溶けた鉄を鋳型に嵌めこんでいくように作業が進んでいく気持ちよさがあったのが大きいかもしれない。『桃源郷』で伊藤大地くんの存在は大きいです。彼と作業しているとモチベーションがさがらない。とくに“Stupid Dancer”はアレンジ先行型というよりも、ビートから全体が派生した結果仕上がった曲といえます。いまはソウルや、ソウル的なニュアンスの音楽が注目を集めているかもしれませんが、ぼくはどんなジャンルの音楽をやっているかということよりも音自体の深さみたいなものに興味が向かいます。

“月と太陽”でカスタネットが鳴っているからといって反射的に大瀧さんを想起されても困るでしょうが、いまこの瞬間、いまこの瞬間、細野さんと大瀧さんの曲で好きなのを1曲あげてみてください。

吉田:(笑)ともに提供曲ですが、細野さんは“ラムはお好き?”(吉田美奈子、1976年の『フラッパー』に収録)、大瀧さんは“三ツ矢サイダー”のCM提供曲がマイブームです。

ギタリストとしては前作よりも抑制的なプレイにこだわっていると思わせる反面、“カサナリアッテクオト”のスライドなど印象にのこる箇所も少なくないです。プレイヤーとして、今作ではどのような面に留意されましたか。

吉田:“カサナリアッテクオト”ではペダル・スティールがハマるだろうなと思ったんですが、そもそもペダル・スティールが手元になくて(笑)、ギターでそれっぽくやってみようと思ったんですね。演奏については、たとえばギターなら、「らしく」弾こうとすると行き詰まってしまいがちなんですが、他の楽器の奏法や音を意識することで打開策がみえてくることはあると思いますよ。

『黄金の館』から『桃源郷』にいたるあいだに省念さんの生活でもっとも変わったことはなんですか?

吉田:来年引越しをするのもあって、その準備に意識が向かっていたと思います。新しい生活空間で発生する次作も楽しみです。

吉川然さんのアルバムジャケットの写真もすばらしいです。たんにノスタルジックとはいえない記憶を問題にしているようです。

吉田:彼のことは行きつけの美容院の方に紹介していただきました。HPのアルバムを拝観して一気に引き込まれました。記憶を呼び起こすなにかと瞬間に凝縮したキラメキ、エネルギーに魅了されてタイトルもまだ決まっていない段階でしたが、制作に参加してほしいととお誘いしました。

“霊魂の涙”の歌詞の「記憶の深い海」の情景を起こさせます。ところで省念さんは幼年期の記憶でいまでも夢にみる光景ってありますか?

吉田:幼年期の記憶は何気なく話しているときに出てくることが多いですね。事故とか、怪我したこととか非日常的な現実の記憶だったり。ある年の冬に車で家族旅行をしたとき、緩やかな下り坂で路面が凍結していてスリップして回転しながら停まっていた車にぶつかったことがあるんです。そのときカーステでかかっていたのが、テープが伸びたビートルズの“デイ・トリッパー”なんですよ。だからあの曲を聴くたびにそのときのことを思い出します(笑)。あと、ライヴでトラブったり、スッポかしたりする悪夢もたまにみてうなされます(笑)。

ライヴといえば、前回の取材時27回目だった〈黄金の館〉もHPを拝見したところ44回目を数えるまでになっていました。今後の活動について教えてください。

吉田:〈黄金の館〉を継続していくことで自分の生活の一部になったのがとてもうれしいです。そこでしか体感できない時間が過ごせることにしあわせを感じています。ゲストの方とのかかわりにも毎回発見があるのも前向きにイベントができている証拠だと思っています。〈黄金の館〉は年内、11月、12月は、『桃源郷』にも参加してもらったメンバーをふくむ吉田省念バンド(谷健人、Yatchi、 渡辺知之)のワンマンです。来年も春ごろまではゲストが決まっていて、1月は友部正人さんです。(了)

Cornelius - ele-king

 最近、20年ぶりにele-kingに寄稿している大久保祐子がコーネリアスの応援サイト、「コーネリアスのファンのすべて」を立ち上げたことはお気づきだろうか? 
 先日同サイトでは、「コーネリアスについて話す会」というとにかくファン同士で喋り合うという企画に続いて、「コーネリアスについてのアンケート」を実施。果たしてコーネリアスの一般的なファン像とは……『Mellow Waves』でもっとも人気のある曲とは? そしてあなたがいるならの「あなた」とは誰だと思いますか?
 ※もし調査結果にご不満なファンがいたら、ぜひアンケートに答えて異見を表明してください~~

密偵 - ele-king

 ヴァイオレンス映画やホラー映画が専門なのかと思っていたキム・ジウン監督の新作は日本統治時代の大韓帝国を扱った抗日アクション映画。エンターテインメントであることは外していないものの、これまで緻密に描きこんできたテンションや恐怖感とはどこか焦点が異なっている。拷問シーンなどもあっさりとしたもので、これが残虐極まりない『悪魔を見た』(10)と同じ監督なのかと思うほど。アクション映画とは書いたものの、これもくどいほどヤクザ同士が殺し合う『甘い人生』(05)に比べれば非常に淡白で、そもそも血がそんなにほとばしらない。爆破シーンもカメラは引きになってしまう。抑えたものである。「反日」を強く印象づけているとも思えず、日本人が為政者としてわざとらしく振舞っているシーンも皆無。刑務局のトップを演じているのは鶴見辰吾で、これはけっこう冷酷な役ではあるけれど、日本ではもっと冷酷な役を鶴見は演じまくっている。そう思うと単なるナイス・キャスティングである。では、どこにパワーを振り向けているのか。

 この夏、韓国で公開された『軍艦島』が日本のTVニュースなどでも話題になった。日本統治時代に長崎の軍艦島で朝鮮人たちが強制労働に就かせられ、脱出を試みるというエンターテインメント映画だそうである。観ていないのでなんともいえないけれど(つーか、日本では公開されない?)、どうも韓国通らしき人のブログなどを読むと大韓帝国における「親日派」の表現に違和感があるらしい。日本がどうこういう前に日本に尻尾を振っていた同胞にすっきりしないものがあり、日韓両国でメディアが大騒ぎしたほどの映画ではないというのである。詳細はやはり観てみないことにはわからない。しかし、キム・ジウンが『密偵』で力を入れていたテーマが、そう、これと同じだった。「親日派」をどう描くか。『軍艦島』を観てからつくるのは時間的に無理なので、まったくの偶然なんだろう。監督自身は現在の北朝鮮と大韓民国に分かれてしまう前の大韓帝国について考えてみたかったということもあるらしい(日本による占領時代を舞台設定とした作品はこの2~3年だけでも『暗殺』や『お嬢さん』などけっこうな数がある)。

 オープニングで刑事イ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)は日本からの独立運動を進める義烈団(ウィヨルダン)のメンバーを追い詰める(義烈団は実在した組織で、作中で行われる爆破事件はすべて史実)。イは朝鮮総督府の刑務局部長ヒガシ(鶴見辰吾)の命令で義烈団の全貌を探り、ハシモト(オム・テグ)もその捜査に加われと命じられる。義烈団の団長チョン・チェサン(イ・ビョンホン)はイを味方に引き込もうと画策し、二人は共に酒を酌み交わすことになる。大韓帝国にとどまることが難しくなった義烈団はいったん上海に逃れ、爆弾を大量に入手して、再び、京城へと引き返す。列車に乗り込んだ彼らはメンバーのなかにハシモトの密偵が潜んでいることを知らされ、発車寸前に乗り込んだイやハシモトらと車中で攻防戦が繰り広げられることに。


 韓国系といえば『スノーピアサー』(14)や『新感染』(16)など走行中の列車のなかで登場人物たちが活劇状態に突入するというヒット作が続くのは偶然なんだろうか。狭い空間には経済的に厳しくなってきた韓国の閉塞感が投影され、パニックに陥ることが幻視されているのだろうか。『密偵』で興味を引いたのは、そうしたパニックは適度に回避され、登場人物たちが空いている席にスッと座ることで何度も危機を切り抜けることである。それだけ空席があり、余裕があることを示すことで全体は落ち着くことができる。まるで「親日派」について考えることもそうした余裕から生まれると同作は示唆しているような気がしないでもなかったけれど、警察が待ち受けている京城に着くと、結局はパニック状態を招き、独立運動は頓挫したかに見える。「親日派」の心が深く揺れ出すのはここからである。誰もが初めから抗日の活動家などではなく、占領下にあってはもっと弱い人間だったのではないかという問いが後半のストーリーをドライヴさせていく。韓国では『軍艦島』よりも『密偵』の方がヒットしたそうなので、エンターテインメント以上の問題意識がここでは評価されたと見ていいのかもしれない(反米を強く打ち出した『シン・ゴジラ』とは逆パターン?)。

 ソン・ガンホが演じたイ・ジョンチュルはまったく表情が読めない。「密偵」というのはダブル・ミーニングでもあり、イがどこで何を感じ、どう思ったかは観客次第だし、その解釈によって「密偵」が意味する範囲も変わってくる。ソン・ガンホの演技は、そうした解釈の幅を主人公の「心の揺れ」として感じさせるところが素晴らしい。角度によっては毒蝮三太夫に見えてしょうがない人だけれど、やはり『シュリ』(99)や『殺人の追憶』(03)といった名作に起用され続けてきただけのことはある。また、僕が役者として見飽きなかったのはハシモト役のオム・テグ。日本人を演じているのはやはり無理があったとはいえ、こまわり君を思わせるメイクのせいもあって、その風貌だけで遠くまで持って行かれてしまった。すでに彼を指してオムファタールなどというフレーズまで生まれているらしい(内輪受けですいませんが「倉本諒が真面目な役者としてデビューしたら、こんな感じになりそう」とか言いたい)。

 日本の占領時代といっても舞台の大半は20年代に集中していた。セットによって再現された京城の景観は高貴な佇まいを示し、西欧的なモードとも巧みに折り合った独自の豊かさを感じさせた。『グエムル』(06)や『息もできない』(08)で見慣れた現代の景色とはまったく異なる雰囲気であり、戦後に続いた軍事政権とはもちろん異なっている。この時代を描き出す目的は日本に占領されていたことを思い出すための記憶装置としてだけでなく、日本でいえばバブル回顧のような側面もあるのかなあと。1997年と2008年に2度も通貨危機を経験した韓国は現在、またしても構造危機に陥っているとされ、恋愛や結婚、出産を諦めた若い「三放世代」がさらに仕事や家、夢や人間関係も諦めた「七放世代」に膨れ上がり、すべてを諦めた「n放世代」にまで発展しているらしい。現在の韓国で義烈団がどのように振り返られているのかはわからないけれど、テロリズムを肯定した『密偵』は様々な意味でガス抜きの効果も備えているのかもしれない。

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