「Nothing」と一致するもの

Sam Binga - ele-king

 ここ数年間、ドラムンベースを追っているリスナーたちの多くから賞賛のことばを浴びてきたアーティスト、サム・ビンガ。いや、むしろそのサポーターの枠はドラムンベースに限らず、フットワークからワールド周辺の刺激的な音を求めるディガーの方にも多いという事実に注目するべきなのかもしれない。たしかに、いくつかの点において、「重低音」というターム内だけで聴くには、あまりにも広い表現をするアーティストだ。

 前回のアルバム『ジョイント・ベンチャー』はバオビンガ名義で自身の〈ビルド・レコーディングス〉から2011年に発表され、それまでのキャリアを総括するような、ブレイクビーツをダブステップやドラムンベース上で巧みに組み合わせたサウンドを披露。それ以降、彼は名義をサム・ビンガに変更し2013年にリリースを再始動させた。その年に〈エグジット〉からオム・ユニットとの共作で発表された『スモール・ビクトリーズEP』を、今回彼の音に初めて接する方に薦めよう。UKアンダーグラウンドのメッカであるブリストルから、フットワークやトラップの要素までをも取り込んだ音は、リリースから2年経ったいまでもフォロワーを寄せ付けない金字塔になっている。

 そういった傑作を連発しているプロデューサーなだけに、この名義でどんなアルバムを発表するのか大きな期待がかかっていたことは間違いない。それに彼はすでに10年選手だ。ジャンルの変化やプロダクション・テクノロジーの進歩が、いかにひとりのアーティストに影響を与えうるのかという意味でも、サム・ビンガはリスナーの注目を集めていた(もしかしたらポシャってしまうという不安もあったかも漂っていたかもしれない)。

 そうして先日、とうとう『ウェイステッド・デイズ』が我々の手元に届いたわけだ。語弊があるかもしれないが、これは「ラップ」アルバムだ。サム・ビンガはほぼ全曲にわたって、さまざまなMCとコラボレーションをしている。そして、その声の使い方がとても素晴らしい。それは冒頭のウォーリアー・クィーンとの表題曲を聴けば一目瞭然だ。彼女が声を荒げるとき、バックトラックのベースも突き抜けるようにトーンを上げ、有機的にリズムを形成していく。ベース・カルチャーにおいては、トラックという絶対的な存在に、MCが即興でことばを被せていくのがひとつのマナーであったわけだが、サム・ビンガは他人のための作品ではなく、自身のアルバムにおいて他者との共存を選び取ったわけだ。

 アルバムを支えている強靭なトラックにも、やはり最後の最後まで目を離すことはできない。作品全体貫くのは、ドラムンベースとジュークの共通項である170BPM前後の速度なのだが、そのなかでの表情の付け方が……。いわゆるジュークの三連キックが出てくることもあれば、MCに空間を明け渡して、そこにUSのサグさを投入したり、グライムのクラップが高速で鳴らされたりと、雑食性は混迷を極めているのだが、なぜかそれがスッキリと成り立っている。謎だ。

 一聴するとジェット・コースター的なノリで時間が過ぎるのかと思えば、“マインド・アンド・スピリット”のような曲では、叙情性までもが溢れ出してくる。その辺で、このカオスを理解するのではなく、消化不良のまま飲み込むことが正解なんじゃないかとすら思えてきてしまう。再度、MCの話に戻ってしまうのだが、そこでマイクを握るライダー・シャフィークの声がまた……良い。恐らくは褒められるようなことなど歌っていないのだが、他のMCと比べてみても、フロウするところはフロウし、きっちりリズムにハメるところではそのタイミングを逃さない。こういうときに、歌詞カードが手元にないことを悔やみたくなる。

 やはりこの作品を「ラップ&リズム」アルバムと呼びたい。そこに踊るひとがいる限り、やはり音楽はリズムの呪縛からは逃れられないし、身体的に訴えかけるような声もやはりまだまだデジタル時代には必要なようだ。そのテーゼを突き進んだのがこの生産的な「無駄な日々」であり、たとえそれが「ベース・ミュージック」論争に巻き込まれようが、DJに使いづらいと罵倒されようが、そこでサム・ビンガが選択したリズムと声は、現代において想像以上に強いのである。

Idjut Boys - ele-king

 ディスコ・ダブのパイオニアであるイジャット・ボーイズが今月末から11月上旬にかけて日本ツアーを敢行する。今年8月に〈スモールタウン・スーパーサウンド〉からリリースされた最新作『ヴァージョンズ』は、2012年に同レーベルから発表した『セラー・ドア』を換骨奪胎、ダブ・アレンジをしたもので、90年代より続くふたりのキャリアに裏打ちされた傑作だ。
 現在、ノルウェイ〈セックス・タグス〉のDJフェット・バーガーとDJソトフェットらの活動によって、再評価がされているディスコ・ダブだが、今回の来日ツアーはそのサウンドを理解する上でよい機会になるだろう。

Idjut Boys Japan Tour 2015
- new album "Versions" release party -

10.30 (金) 岡山 Yebisu Ya Pro
Info: Yebisu Ya Pro https://yebisuyapro.jp

10.31 (土) 大阪 Studio Partita (名村造船所跡地)
Info: CCO クリエイティブセンター大阪 https://www.namura.cc
CIRCUS OSAKA circus https://circus-osaka.com

11.2 (火/祝前日) 東京 CIRCUS Tokyo
Info: CIRCUS TOKYO https://circus-tokyo.jp

11.6 (金) 浜松 Planet Cafe
Info: Planet Cafe https://www.club-planetcafe.com

11.7 (土) 札幌 Precious Hall
Info: Precious Hall https://www.precioushall.com

11.8 (日) 江ノ島 OPPA-LA
Info: OPPA-LA https://oppala.exblog.jp

Total Tour Info:
AHB Production https://ahbproduction.com

calentito:
https://bit.ly/1N2w6ms

映画会社で働いていたDanと、サボテン農場で働いていたConradが出会い、Idjut Boysを結成。2人はパブやレストランでPhreekという名前のパーティーを始め、そのパーティーはその後、U-Star Dance Partyとなった。パーティーU-Star Dance Partyをそのままにレーベル名に使用し、1994年にはレーベルU-STARが立ち上がった。ダンスミュージックへの強い愛情をライブ感覚溢れたダブ処理とユーモアによって昇華した彼らの作品は、単なるリコンストラクトに留まらないオリジナリティーに満ちており、”Dub- Disco”なスタイルを確立。DiscfunctionとNOIDというレーベルも始動させ、また2000年以降はcottageとDroidというレーベルを立ち上げ、それらのレーベルを通じて素晴らしい才能達をリリースした。そんなIdjut BoysのDJスタイルとは、巧みなミックスと創造性溢れる選曲で構成されるmadでグルーヴィーなダンスパーティーである。2011年、Idjut Boysとしての初のオリジナルアルバム『Cellar Door』をSmalltown Supersoundより発表。2014年、大阪の盟友Altzが主宰するALTZMUSICAからドーナツ盤”World 1st Day”をリリース。2015年9月には『Cellar Door』をまるまるダブ化したダブ・アルバム『Versions』をリリース。今回はそのアルバムリリースツアーとしての来日が決定した。


ENA - ele-king

 東京を拠点に活動するプロデューサー、エナが11月にふたつの作品をベルリンの〈サムライ・ホロ〉
と、その姉妹レーベル〈サムライ・レッド・シール〉よりリリースする。昨年に同レーベルよりリリースされた『バイノーラル』では、ダブステップとドラムンベース以降の重低音とリズムの新境地を切り拓き、作品は高い評価を得た。その年末には東京での彼のホームである〈バック・トゥ・チル〉のコンピレーションに参加し、今年に入ってからはカセットで『ディバイデッド』をリリース。今回の作品は2015年初のレコード・リリースとなる。
 RAによれば、〈サムライ・ホロ〉からの『ディバイデッド9 & 10』が7インチでリリースされ、〈サムライ・レッド・シール〉からの『メテオ』のデジタル版にはボーナス・トラック2曲が追加される。トラック・リストは以下の通り。

Release:2015年11月6日

『Divided 9 & 10』
〈Samurai Horo〉
A 9th Divided
B 10th Divided

『Meteor』
〈Samurai Red Seal〉
A1 Meteor
A2 Bulkhead
B1 Insective

JUZU a.k.a. MOOCHY (J.A.K.A.M. / NXS / CROSSPOINT) - ele-king

最近ゲットした新譜

Obscure Rural Laid Back Rock Bandit Buggy Classics

Rose Mcdowall - ele-king

 ローズ・マクドウォールと聞いてもいまいちピンとこないかもしれませんね。というわけで、“ふたりのイエスタディ”といえば話は早いだろうか(ちなみに吉川ひなのとトミー・フェブラリーもカヴァーしてましたよね!)?
 そうなんです。このローズ、何を隠そう──水玉模様の衣装とド派手なメイク&ヘアスタイルをキメこんで、時代を先取りしたゴスロリ・ファッションと甘くはじけるシンセ・ポップで80年代のお茶の間を席巻した──グラスゴー出身の女の子デュオ=ストロベリー・スウィッチブレイドの片割れなのだ。

 突然の名声により2人が抱えた精神的ストレスは相当なものだったのだろう。スウィッチブレイドはわずか1枚のアルバムを残して86年に解散。その後、ソロへの道を歩んだローズが唯一発表している作品『カット・ウィズ・ザ・ケイク・ナイフ』(2004)がこの度リイシューされた。そして、そのリイシュー元が、現行ポストパンク〜ノイズ〜シンセポップ・シーンのなかでもとりわけセンシブルでトンガった連中の作品を輩出するレーベル〈セイクリッド・ボーンズ〉と〈ナイト・スクール〉ということからだけでも、この作品がいまこそ聴かれるべき状況にあることを容易に察知できるはずだ。

 さて、その内容はというと、88年〜89年に録音されたデモ音源に、88年にリリースされたEP『ドント・フィア・ザ・リーパー』(「死神を恐れないで〜」なんて歌うブルー・オイスター・カルトのカヴァー曲!)の2曲を追加収録したものである。そして、このデモ音源。ずばり! ストロベリー・スウィッチブレイドのセカンド用に作られた曲も多く含まれているので、(相方ジル・ブライソンのいない)ひとりスウィッチブレイドの未発表曲集としても十二分に楽しめる。しかも、スウィッチブレイド時代のポップスター然としたゴージャスなサウンドの装飾(それはそれで重要なのだけれど)が取りはらわれているぶん、ハッとしてグー! なメロディの豊かさがよりくっきりと浮かび上がり、雲の間から射しこまれる「天使のはしご」のごとくローズの歌声とソングライティングの妙がゆらめきながら光り降り立つのだ。

 そして、もはや説明不要かもしれないけれど、ローズ・マクドウォールといえばコイル、サイキックTV、カレント93からデス・イン・ジューンに至るまで、いまも語り草となっている当時のインダストリアル〜ゴシック〜ネオフォーク〜オカルティックな音響シーンの最重要バンドを渡り歩いた歌姫としても知られている。なので、本作はパンク上がりの田舎の不良少女があれよあれよと表舞台に駆け上がり世界をカラフルに彩ったポップ・サイドと、まったく同じ時期に地下に潜りこみ世界を禍々しい黒に染めた暗黒サイドをつなぐ奇跡的な軌跡としても聴きどころたっぷりである。いかんせん太陽の光が強い分、裏に潜む影の部分がいっそう存在感を増し、その強いコントラストを存分に楽しめるってわけだ!

 アルバムはカレント93のデヴィッド・チベットとの失われた友情について歌われる悲しい哀しいナンバー“チベット”から幕を開ける。そして、続く“サンボーイ”ではスロッビング・グリッスル〜サイキックTVのジェネシス・P・オリッジと、80年代ニューロマを代表したバンド・パナッシュのメンバーにして後にサイキックTVに参加するポール・ハンプシャーについて歌われている。とはいえ、そのサウンドにドロリとした重さはなく、とびきりポップで軽快だ。ポコポコとしたチープなリズムが小気味良いドラムマシンのビートに、ソーダ水のように清涼感あるシンセとクリアなギターがピチピチはずむ。そこに乗っかるシュガーコーティングされたローズの歌声は、どれだけリアルで悲しみにあふれて陰鬱な内容を描き出そうとも、辺りにぱっと華やいだ真紅の花を咲かせる。まさに甘くて美味しい毒入りキャンディー。地上世界からドロップアウトした地下世界のフェティシストたちを虜にしたのも納得である。

 また、美しいハーモニーと情緒あふれるグッド・メロディが短編映画のように紡がれ、ローズの心の中に秘められたさまざまな心象風景を覗かせる“シックスティー・カウボーイズ”。シンセによるセンチメンタルなリフをバックにドラムマシンが疾走するイントロだけでインディー・ギターポップ・ファンのハートを打ち抜くキラー・チューン“クリスタル・ナイト”(最近のダムダム・ガールズ・ファンにも聴いてほしい)など、シンプルながらも繰り返し聴きたくなる現代性と中毒性はかなりのものだ。

 というわけで、王道シンセ・ポップ好きからアヴァンギャルド好きまでをもそわそわさせるこのリイシュー。水玉模様のファンシー・ドレスからタイトな黒のレザー・スーツに衣替えし、天使も悪魔も困惑させてしまうローズのコケティッシュな魅力だけでなく、彼女の想像力豊かでずば抜けたポップ・センス(というか罪深き魔力ですね、これは)をこれでもかと再確認できるリリースとなっている。

 余談になるけれど、これを機にローズがノイズ・ユニット「ノン」のボイド・ライスと結成していたデュオ=スペルが発表した60Sポップスのカヴァー集『シーズンズ・イン・ザ・サン』(1993)。そして、ロバート・リーと結成していたデュオ=ソロウによるケルティック色も漂う夢見心地アルバム『アンダー・ザ・ユー・ポゼスト』(1993)のリイシューも密かに願う。

Moritz Von Oswald - ele-king

 ダブ・テクノのレジェンド、モーリッツ・フォン・オズワルドのコンソール・システム、Speak Electronics SSM-24が現在eByaで競売にかけられており、出品者はモーリッツの代理人のネーション-X。
 ベーシック・チャンネル全盛期においては、彼らの使用機材は完全にシークレットだっただけに、衝撃は大きい。なにしろあれほどのミニマル(最小)の音が、これほどの卓でミックスされていたのかと思うと、感慨深い。
 ちなみに現時点での値段は17,500ユーロ(日本円で約237万円)。『Fact』によれば、本機によって、ベーシック・チャンネル、モーリッツォ、リズム&サウンドの諸作品や『リコンポーズド』が作られ、今日でも状態は良好だそうだ。

Regis - ele-king

 〈ダウンワーズ〉総帥として、またブリティッシュ・マーダー・ボーイズ(BMB)としてサージョン(Surgeon)とともにハードテクノの一時代を築き上げ、ファンクション(Function)、サイレント・サーヴァント(Silent Servant)、フィメール(Female)らとのレーベル・コレクティヴ、サンドウェル・ディストリクト(Sandwell District)によってポストパンク/パワエレ/インダストリアルとテクノをノワールなイメージとミニマリズムで繋いだカール・オコナーことリージス。

 暗黒電子音界最高峰プロデューサーとしての近年の秀逸な仕事をまとめたコンピレーション『マンバイト』が〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉から発売された。アイク・ヤードやヴァチカン・シャドウ、ダルハウスにファミリー・セックス、レイムらのトラックを完全に我が物に扱い、ほぼオリジナルとして再構築される敏腕エディット術。凍りつくように美しいミニマリズムはリージスにしか出しえないのだ。え? ヴァージョン違いばっかりじゃなくって新たなオリジナル曲はどうしたの? という疑問を忘れるくらい、あらためて関心させられる。ま、ほぼ聴いた音源で被りまくることでお馴染みのBEBですから。

 もちろん、本人としても近年はプロデュースとコラボレーション・ワークを中心に据えての活動を好んでいることに間違いはないが、誰もが彼の完全新録トラックを待ち望んでいるだろう。

 ぜんぜん関係ないけど、最近ゴッドフレッシュとのライヴ・コラボレーションを披露するとかしたとか。そこまでもろなインダストリアル・メタルとの邂逅はなにげに初めての試みなんじゃないか?

WIRED CLASH - ele-king

 日本最大規模のテクノ・パーティのワイヤーとクラッシュのコラボレーション・イベント、ワイヤード・クラッシュの開催が今月24日に迫るなか、リッチー・ホゥティンやレディオ・スレイヴらスターDJに加えて、さらに石野卓球とケン・イシイがB2Bで出演することが発表された。長年日本テクノ代表を務めてきたふたりの共演を、是非スタジオ・コーストの音響で。DJソデヤマといった先鋭的なプレイヤーから、東京のローカルで活躍するスンダまで実に多彩な顔ぶれが揃っており、4つのステージを往復するのに忙しくなりそうだ。詳細は以下の通り。


interview with Albino Sound - ele-king


Albino Sound
Cloud Sports

Pヴァイン

ElectronicAmbientTechno

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 それはどこで鳴っている?
 それは25年前なら、ウェアハウスや小さなクラブだった。それは30年前ならベッドルームだった。それは35年前ならライヴハウスだったかもしれない。ま、インターネットの共同体でないことはたしかだろう。
 で、それはどこで鳴っているんですか?
 アルビノ・サウンドはしばし考える。
 「……現実と明らかに乖離しているもの」と彼は重たい口を開く。
 なんですか、それは? ファンタジー?
 「ファンタジーとも違いますね。やっぱり現実が剥離しているというか。剥がされて浮いている1枚、みたいな」
 それをファンタジーというのでは?
 「それがファンタジーになる場合もあるし、もっとものすごい虚構というか彼岸みたいなというか……説明が難しいんですけど、僕は剥離感と呼んでいます」

ぼくがいろんな音楽を聴き出した10代の頃は、東京のシーンって完成されていたんですよね。で、そういうところに変な違和感があったんです。外から耳に入ってくるものと、生きている近くで起きていることの状況があまりにも違い過ぎていて、その間の隙間だったり不在感が自分の音楽のルーツになるんだと思います。

 東京で生まれ、横浜で育った彼は、10代のときにポストロック、レディオヘッド、そしてクラークやボーズ・オブ・カナダの世界にどっぷりはまっていた。深夜のTVから流れるエレクトロニカに耽り、そして学校で音楽の話題を共有できる友人もなく、ただ黙々と聴いていた……という。
 そして、17才の時の2004年の『スタジオ・ヴォイス』の特集に人生を狂わされる(松村正人が知ったら喜ぶだろう)。彼は、カンを知り、アーサー・ラッセルを知った。この頃は、ちょうど紙ジャケ再発が盛んな時期だったこともあって、ひと昔前なら聴くことさえ難しかったそれらの音源との距離は縮まっていた。

「とにかくアーサー・ラッセルにハマって、『ワールド・オブ・エコー』(1986年)がとくに好きになりました。ポストパンクにいったりとか、それこそニューエイジ・ステッパーズやディス・ヒートに夢中になって、最終的にクラウトロックにたどり着きました。ぼくはもともとは、クラブ・ミュージックではないんです。ひとりでギターを使ってドローンとかアンビエントとかをやっていたんですね」

「思春期の頃は、ポスト・カルチャーが蔓延していたというか、なんでも“ポスト”がつく世のなかだった。結局はエレクトロニカという言葉もそうですし……」
 いわゆる細分化ですね。
「そうです」 
 苛立ちを覚えましたか?
「世代的に虚無感が支配していたので、ロスト感で生きていたところはあります(笑)」

  話は逸れるけれど、アーサー・ラッセルの再評価は、この細分化の初期段階のときはじまっている。ぼくは、90年代末のUKで起きた再評価によって彼のことを知るが、彼の再発がレコ屋に出はじまめのが2003年以降である。
 ラッセルとは、ジャンル音楽家であることを拒んだ何でも屋で、つまり、シーンが分断されていても越境的な個によって回路は生まれ得ることを証明した人物とも言える。松村正人がディスコで踊ることはない。しかし、ラッセルは踊ってしまった。

 もっとも、ぼくが若い頃はシンプルに出来ていた。ロックのスター崇拝の文化やホワイティー一辺倒な世界観への違和感がそのままクラブ・カルチャーへの情熱に転換されたと言っても良い。好きなのは音楽、主役はリスナー。高い金払ってスターを崇めるくらいなら自分たちでやれ。その実践の場がクラブだったので、たとえどんなに実験をやっても、重箱の隅ばかりを見せびらかすマニアによる支配はなかったし、ふだん出会うことのない人たちが出会うことができた。重要なことは、踊れるか、ないしは何かを感じさせてくれるか、ないしは、いままで感じたことのない感情に直面させてくれるのか、そのいずれかだろう。
 細分化後の世界のつまらなさとは、周辺だけで完結してしまうところであり、周辺小宇宙群を突破するダイナミズムが、いまのマージナルな文化にもあって欲しいとぼくは思うのだが、レッドブルを何杯飲んでも無理だろう。が、アルビノ・サウンドは、そのヒントは「カンとクラスターにある」と主張する。そうか、クラウトロックか……。

 彼が打ち込みの音楽をやる契機となったのは、マウント・キンビーだという。マウント・キンビーは、ダブステップ以降のクラブ・サウンドにIDMを折衷したことで、一世を風靡した連中である。ぼくも彼らが出てきたときは興奮した。

「とくにライヴにやられました。ライヴでは彼らは歌うけど、その歌が下手じゃないですか(笑)? 完璧じゃないけど、彼らが向き合うなかで出てくるエモさに、がっちりと掴まれてしまいました。ぼくは彼らのエモなところに感動したんです。ああいうインディ・ロック的なユース感はマウント・キンビーにありますよね。“メイビーズ”とか。曲によりけりですけどね。あとはあの疾走感ですかね。とにかく、マウント・キンビーと出会うまで、家でひたすらパン・ソニックを聴いているような生活だったので(笑)」

「彼らはクラブ・ミュージックがやりたかったわけではなかっただろうし。おそらくですけど、ソフトの値段が下がって、ライヴをどうやるかを考えた結果、ああなったんだと思います。結果、ドラマーを後から入れていましたし。自分が音楽からすっぽり抜けていたときにあれが来たから、すごく新鮮な音楽に感じたのかもせれません」

 「ぼくがいろんな音楽を聴き出した10代の頃は、東京のシーンって完成されていたんですよね。で、そういうところに変な違和感があったんです。外から耳に入ってくるものと、生きている近くで起きていることの状況があまりにも違い過ぎていて、その間の隙間だったり不在感が自分の音楽のルーツになるんだと思います。都市的な孤独だったりとか、言いようのない感情だったり。そこにも隙間がありました。それは音楽にも反映されていると思います」

  彼の音楽が鳴っているところは、ここだ。
 いわゆる既存のクラブにも100%感情移入できないし、汗だくのライヴハウスにも、そしてインターネット共同体にも、どこにも行く場所がない人たちの場所を確保すること。ここからは、NHKコーヘイからカリブー、ローレル・ヘイローからリー・バノンにいたるまでの、あるいはゴートからドリーム・プッシャーにいたるまでの一種の共通の感覚を引き出せる。
 かつて商業主義にがんじがらめになったテクノは、エレクトロニカというジャンル名のもとで別の潮流となった──まあ、悲しい細分化の走りでもある──ことと、どこか似ているが、しかしこの新しいエレクトロニック・ミュージックの潮流は、どこにでもアクセスできるし、拒んでいないという点では、ニュアンスが違っている。
 アルビノ・サウンドのデビュー・アルバム『クラウド・スポーツ』は、自分たちの居場所を探している人たちの、今日的な折衷主義の成果とも言える。ここには、いままで書いてきたような彼の影響、エレクトロニカ、ポストロック、そしてシカゴのジュークの影響まである。

 なにしろ彼は、そう、あのリキッドルームのタイムアウト・カフェでふだんはフライパンを握っているのである。

「ぼくはあの場所で、基本的に鍋を振りながらいろいろな音楽を聴いている」と彼は言う。「見ているだけなので、ものすごく客観的にそこを見ていられたのは大きいです」
 隣には太郎さんがいて、とくにエイプリルさんがDJしているし(笑)?
「ミニマルやってるひともジュークやってる人もいるし、ヒップホップをやっている人もいる。〈ブラックスモーカー〉は毎年ブラック・ギャラリーをやってらっしゃるし、ロスアプソンのTシャツ市もある。素晴らしい環境です(笑)」
 この素晴らしい環境が、アルビノ・サウンドの作品にどれほど関わっているのかはわからないが、少なくとも、彼はフライパンを持ちながら日々アンダーグラウンドな音楽を意識せずとも吸収しているのである。

子供の頃はテレビで流れるJポップぐらいしか聴いていなかったんですよ。で、初めて〈ワープ〉系のような音楽を聴いたときに、『嘘をつかれていたんだ』と思ったんです。自分がいままで聴いていたものは嘘だったと

 驚くべきことに、彼がエレクトロニック・ミュージックを作りはじめたのは、去年の3月からだ。つまり、2014年から2015年に作られているこのアルバムは、長年家に籠もって作り続けきた人の作品ではない。それが、人に聴かせたらあれよあれという間に好意的に受け止められて、いまこうして作品が出ることになったというわけだ。「数年前まではパソコンすらまともに使えなかった」と彼は笑いながら話す。

「人間的に群れるのも好きなほうじゃなんです。たとえば、本を読むと文字から音を想像できるじゃないですか? ぼくが好きなのはそれです。すごい国語的な感覚で音楽を作っている自覚はあります。だから自分らしさを出すものとして、言語的な作り方があるんだと思います」

 彼は自分の音楽をこのように分析する。

「あと、曲作りはじめたときに、映像ディレクターをやっている仲が良い友だちがいて、いっしょに仕事をするようになったんです。その頃のぼくは全然パソコンが使えないのに、そういう依頼がいきなり来た。で、いざいやってみたら、映像と音楽のグリッドって全然違うんですよね。たとえば『顔が横を向くから音楽はこう変わってほしい』とかは、小節単位で起きることじゃないので、それが面白かった。音楽的な判断じゃなくて、映像的な判断が自分に加わると、どんな変化をしても整合性を保てるし、これはこれで面白いというのが、今回のアルバムには反映されています」

「彼(=石田悠介)が去年自主制作で映画(=Holy Disaster)を作ったんですけど、そのサントラを自分とボー・ニンゲンのギターのコーヘイ君といっしょにやったんですけど」

 ちなみに、高校の先輩にはボー・ニンゲンのヴォーカリスト、そしてネオ・トーキョー・ベースのメンバーもいたという。

「ボー・ニンゲンのギターのコーヘイ君といっしょに『なんかやろうぜ』と世間話をしていたら、たまたま僕が(スティーヴ・)アルビニ・サウンドを言い間違えてアルビノ・サウンドと言ったら、それはなかなか面白い名前だと。それで去年レッドブルに応募するときのための名義を考えていたら、これでいいだろうと。どういう音楽か想像つきづらいのも面白いなと思いました」

 「子供の頃はテレビで流れるJポップぐらいしか聴いていなかったんですよ。で、初めて〈ワープ〉系のような音楽を聴いたときに、『嘘をつかれていたんだ』と思ったんです。自分がいままで聴いていたものは嘘だったと」

  こういう感動は、ぼくもよくわかる。中学生のとき、初めてクラフトワークを聴いたとき、この世界にはこんな音楽があるのかと心の底から驚き、興奮した。これだけ音数が少なく、すべてが反復なのに、これほどまでに聴いていて気持ちがいい。そして、その回路が開けた自分自身にも嬉しかった。いったいこれは何なのか? そう思うたびにワクワクした。意味もなく。

「だから自分が音楽を聴いて、想像力だったりとか、感情の喚起と言ったら変かもしれないですが、いまの音楽も昔の音楽も自分にとってはそういうものだったので、それをリスナーに感じて欲しい。音楽を聴くことで、音楽以上の何かを感じてもらえれば嬉しいんです」

 そんなわけで、確実にいま、新しいエレクトロニック・ミュージックが混ざりながら、ぼんやりとだが新しいシーンが形成されつつある。アルビノ・サウンドもその一員だ。

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