Home > Reviews > Album Reviews > Rose Mcdowall- Cut With the Cake Knife
ローズ・マクドウォールと聞いてもいまいちピンとこないかもしれませんね。というわけで、“ふたりのイエスタディ”といえば話は早いだろうか(ちなみに吉川ひなのとトミー・フェブラリーもカヴァーしてましたよね!)?
そうなんです。このローズ、何を隠そう──水玉模様の衣装とド派手なメイク&ヘアスタイルをキメこんで、時代を先取りしたゴスロリ・ファッションと甘くはじけるシンセ・ポップで80年代のお茶の間を席巻した──グラスゴー出身の女の子デュオ=ストロベリー・スウィッチブレイドの片割れなのだ。
突然の名声により2人が抱えた精神的ストレスは相当なものだったのだろう。スウィッチブレイドはわずか1枚のアルバムを残して86年に解散。その後、ソロへの道を歩んだローズが唯一発表している作品『カット・ウィズ・ザ・ケイク・ナイフ』(2004)がこの度リイシューされた。そして、そのリイシュー元が、現行ポストパンク〜ノイズ〜シンセポップ・シーンのなかでもとりわけセンシブルでトンガった連中の作品を輩出するレーベル〈セイクリッド・ボーンズ〉と〈ナイト・スクール〉ということからだけでも、この作品がいまこそ聴かれるべき状況にあることを容易に察知できるはずだ。
さて、その内容はというと、88年〜89年に録音されたデモ音源に、88年にリリースされたEP『ドント・フィア・ザ・リーパー』(「死神を恐れないで〜」なんて歌うブルー・オイスター・カルトのカヴァー曲!)の2曲を追加収録したものである。そして、このデモ音源。ずばり! ストロベリー・スウィッチブレイドのセカンド用に作られた曲も多く含まれているので、(相方ジル・ブライソンのいない)ひとりスウィッチブレイドの未発表曲集としても十二分に楽しめる。しかも、スウィッチブレイド時代のポップスター然としたゴージャスなサウンドの装飾(それはそれで重要なのだけれど)が取りはらわれているぶん、ハッとしてグー! なメロディの豊かさがよりくっきりと浮かび上がり、雲の間から射しこまれる「天使のはしご」のごとくローズの歌声とソングライティングの妙がゆらめきながら光り降り立つのだ。
そして、もはや説明不要かもしれないけれど、ローズ・マクドウォールといえばコイル、サイキックTV、カレント93からデス・イン・ジューンに至るまで、いまも語り草となっている当時のインダストリアル〜ゴシック〜ネオフォーク〜オカルティックな音響シーンの最重要バンドを渡り歩いた歌姫としても知られている。なので、本作はパンク上がりの田舎の不良少女があれよあれよと表舞台に駆け上がり世界をカラフルに彩ったポップ・サイドと、まったく同じ時期に地下に潜りこみ世界を禍々しい黒に染めた暗黒サイドをつなぐ奇跡的な軌跡としても聴きどころたっぷりである。いかんせん太陽の光が強い分、裏に潜む影の部分がいっそう存在感を増し、その強いコントラストを存分に楽しめるってわけだ!
アルバムはカレント93のデヴィッド・チベットとの失われた友情について歌われる悲しい哀しいナンバー“チベット”から幕を開ける。そして、続く“サンボーイ”ではスロッビング・グリッスル〜サイキックTVのジェネシス・P・オリッジと、80年代ニューロマを代表したバンド・パナッシュのメンバーにして後にサイキックTVに参加するポール・ハンプシャーについて歌われている。とはいえ、そのサウンドにドロリとした重さはなく、とびきりポップで軽快だ。ポコポコとしたチープなリズムが小気味良いドラムマシンのビートに、ソーダ水のように清涼感あるシンセとクリアなギターがピチピチはずむ。そこに乗っかるシュガーコーティングされたローズの歌声は、どれだけリアルで悲しみにあふれて陰鬱な内容を描き出そうとも、辺りにぱっと華やいだ真紅の花を咲かせる。まさに甘くて美味しい毒入りキャンディー。地上世界からドロップアウトした地下世界のフェティシストたちを虜にしたのも納得である。
また、美しいハーモニーと情緒あふれるグッド・メロディが短編映画のように紡がれ、ローズの心の中に秘められたさまざまな心象風景を覗かせる“シックスティー・カウボーイズ”。シンセによるセンチメンタルなリフをバックにドラムマシンが疾走するイントロだけでインディー・ギターポップ・ファンのハートを打ち抜くキラー・チューン“クリスタル・ナイト”(最近のダムダム・ガールズ・ファンにも聴いてほしい)など、シンプルながらも繰り返し聴きたくなる現代性と中毒性はかなりのものだ。
というわけで、王道シンセ・ポップ好きからアヴァンギャルド好きまでをもそわそわさせるこのリイシュー。水玉模様のファンシー・ドレスからタイトな黒のレザー・スーツに衣替えし、天使も悪魔も困惑させてしまうローズのコケティッシュな魅力だけでなく、彼女の想像力豊かでずば抜けたポップ・センス(というか罪深き魔力ですね、これは)をこれでもかと再確認できるリリースとなっている。
余談になるけれど、これを機にローズがノイズ・ユニット「ノン」のボイド・ライスと結成していたデュオ=スペルが発表した60Sポップスのカヴァー集『シーズンズ・イン・ザ・サン』(1993)。そして、ロバート・リーと結成していたデュオ=ソロウによるケルティック色も漂う夢見心地アルバム『アンダー・ザ・ユー・ポゼスト』(1993)のリイシューも密かに願う。
久保正樹