Home > Reviews > Album Reviews > KRM & KMRU- Disconnect
荒廃した都市の深淵から深く、そして重厚に響く強烈な音響。アンビエント、ドローン、ノイズ、ヴォイス、工業地帯の音、いわばインダストリアル・サウンド、そしてエコー。それらが渾然一体となって、崩壊する世界の序曲のようなディストピアなムードを醸し出している。このアルバムにおいて、ふたりの才能に溢れたアーティストが放つ音は渾然一体となり、さながら都市の黙示録とでもいうべき圧倒的な音世界が展開されていく……。
といささか煽り気味に書いてしまったが、このアルバムの聴き応えはそれほどのものであった。ザ・バグことケヴィン・リチャード・マーティン(KRM)と、〈Dagoretti〉、〈Editions Mego〉、〈Other Power〉などの先鋭レーベルからリリーするナイロビのアンビエント・アーティトのジョセフ・カマル(KMRU)によるコラボレーション・アルバム、KRM & KMRU『Disconnect』のことである。
これは単なる顔合わせ的な共作ではないと断言したい。われわれ現代人の聴覚=感覚をハックするようなサウンドスケープを形成し、インダストリアルとアンビエントとダブが混合する有無を言わせぬ迫力に満ちた音世界を縦横無尽に展開しているのだ。まさに世代の異なる天才的アーティストの遭遇によって生まれた作品といえよう。
リリースはイギリスはブライトンを拠点とするエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Phantom Limb〉から。ケヴィン・リチャード・マーティンは2021年に『Return To Solaris』をこのレーベルから発表している。
アンビエント・アーティスト KMRU が手がけたコラボレーション作品といえば2022年にブリストルの〈Subtext〉からリリースされた Aho Ssan との『Limen』があった。これもなかなかのアルバムで、惑星的終末論のような壮大なSF的ムードを生成するドローン作品である。いっぽう本作『Disconnect』は『Limen』とはかなり異なる雰囲気だ。「惑星から都市へ」とでもいうべきか。荒廃した都市のサウンドトラックのような音響を展開しているのだ。
やはりコラボレーターによる変化は大きい。今回はケヴィン・リチャード・マーティンのカラーも反映されているといってもよい。じじつ、どうやらケヴィン・リチャード・マーティンが KMRU のドキュメンタリー映像を観たことが本作の創作の発端だったようだ。そこで KMRU の「声」の魅力に気がついたケヴィン・リチャード・マーティンは、コラボレーションを持ちかけたとき、ジョセフ・カマルに彼のヴォーカルを用いたいと申し出た。アンビエント作家の「声」とはさすがの着眼点である。
そうして完成した本作は両者の個性が交錯し、錯綜し、その結果、まるで都市を覆う神経系統のような、もしくは断線したネットワーク回線のような、それとも荒廃した都市に鳴り響く不穏な工事音とような不穏なサウンドとなった。アンビエントからインダストリアル、そしてダブの要素が交錯するサウンドスケープはじつに刺激的だ。
1曲目 “Differences” から共作の成果は存分に出ている。楽曲全体をジョセフ・カマルの声が読経のように響きわたり、聴く者の精神を深く鎮静へと導く。同時にベースの動きをする低音部分、深いエコーがダブのような重層的な音響空間を生成・構築し、それが薄暗い不穏感覚を演出していく。まさに鎮静と不安の混合体のようなサウンドだ。もしくは崩壊と蘇生とでもいうべきか。とにかく灰色の質感に満ちたディストピアなムードがたまらない。この音像はケヴィン・リチャード・マーティンと KMRU のアンビエンスの交錯から生まれたものに違いない。そこに一種の「主演俳優」のようにジョセフ・カマルの声がレイヤーされる。見事な「演出」だと思う。
2曲目 “Arkives” はカマルの声と透明なアンビエンス、ケヴィン・リチャード・マーティンによるダーク・ダブ・インダストリアルな音像が地響きのように展開する曲。3曲目 “Difference” ではビートが加わり、まるで作品世界を方向するような音響的展開を聴かせてくれる。そこにカマルのヴォイスがまたもレイヤーされていくわけである。
やがてビートが静かに消え去り、4曲目 “Ark” がはじまる。ノイズの周期的なループにカマルの声の反復が重なる。それが列車の音の進行のように進み、いつしか雨のような音と反復音のみが残る。5曲目 “Differ” ではその荒廃したムードを受け継ぎつつ、周期的なリズムが刻まれていくトラックだ。ここではカマルの声もほんの少しだけ希望の兆しを感じもする。
そしてクライマックスであるアルバム最終曲6曲目 “Arcs” に行き着く。反復するノイズ、パチパチしたノイズ、加工された声のレイヤー、アルバムで展開されてきたいくつもの要素が統合され、アルバムの終局である音世界を鳴らす。やがて鐘のような音が世界に警告を鳴らし、静まり返った世界に降り注ぐ雨の音のようなノイズでアルバムは幕を閉じるのだ……。
アルバムは全6曲にわたり、都市の終焉と世界の再生のように不穏と希望のインダストリアル・アンビエントを展開するだろう。ときにビートも織り交ぜながら、交響曲のように展開するさまは、どちらかといえばケヴィン・リチャード・マーティンの個性によるものかもしれない。一方でジョセフ・カマルの「声」が啓示のように響く。まさにレクイエムのようなインダストリアル・アンビエントだ。
いずれにせよ『Disconnect』において、ケヴィン・リチャード・マーティンとジョセフ・カマルは相互に深い影響を与えつつ、それぞれが別の逃走=闘争線を引くように生成変化を遂げている点が重要だ。お互いの個性が明確に鳴り響いていても、しかし全体としては未知の音になっている。コラボレーション・アルバムは数あれど、これほどの相互作用が生まれた作品も稀であろう。
私はこれまでも KMRU の音楽を追いかけてきたが、本作は彼のディスコグラフィのなかでも異質にして特別な仕上がりになっていると思う。彼はケヴィン・リチャード・マーティンという圧倒的個性を前にして、ナチュラルな姿勢で対峙し、音と音の新たな交錯を実現した。これはもはやコラボレーションではなく「KRM & KMRU」というユニットの音楽といえるのではないか。まったく新しいインダストリアル・アンビエント・アルバムの誕生を祝福したい。
デンシノオト