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Aho Ssan

AmbientExperimental

Aho Ssan

The Sun Turned Black

Subtext

Bandcamp Amazon

デンシノオト Jul 16,2026 UP

 実験音楽においては、ノイズやドローン、エレクトロ・アコースティックを通して音を抽象化する試みが数多くおこなわれてきた。それは90年代以降の電子音響、00年代以降のアンビエント/ドローンでも同様であった。
 一方、アホ・サン(Aho Ssan)は、そうした抽象性を保ちながらも、身体や土地、記憶といった現実の感覚を音へと結びつけてきたアーティストだ。そして彼の最新作『The Sun Turned Black』は、その姿勢をさらに発展させた一枚である。音響を単なる素材ではなく、風景や時間、文化的記憶を映し出す場として提示しているのだ。リリースはエンプティセットのジェイムス・ギンズバーグが主宰する、UKの〈Subtext〉から。

 フランスを拠点に活動するニアムケ・デジレ(Niamké Désiré)ことAho Ssanは、電子音響やノイズ、コンピュータ・ミュージック、現代音楽、インスタレーションを横断しながら独自の表現を築いてきた。デビュー作『Simulacrum』(2020)では人工と自然、秩序と崩壊の境界を揺るがす緊張感に満ちた音響空間を構築し、『Rhizomes』(2023)ではドゥルーズ=ガタリの「リゾーム」の概念を音響へ展開。さらにカマル(KMRU)との『Limen』(2022)、Resinaとの『Ego Death』(2024)では、土地や環境へのまなざしをより深めてきた。

 本作『The Sun Turned Black』は、その延長線上にありながら、これまで以上に「経験」と「記憶」を主題としている。祖先の故郷であるガーナで採取したフィールド・レコーディングを土台に、ヴァイオリニスト、アジア(ASIA)との共同制作によって完成した。現地の風景や空気、身体感覚は民族音楽として引用されるのではなく、電子音やノイズ、弦楽と溶け合い、新たな音響へと生まれ変わっている。
 そう、『The Sun Turned Black』は民族音楽と電子音楽を融合した作品ではない。文化的記憶を電子音やノイズ、弦楽へと翻訳し、新しい音響空間を立ち上げた作品だ。音数は少ないが、そこから立ち上がる空間は驚くほど広大である。『Simulacrum』や『Limen』にも通じるスケール感を持ちながらも、ビートや周波数で空間を制御するのではなく、絶えず姿を変えながら聴き手の知覚へ浸透していく。

 加えて『The Sun Turned Black』でもっとも印象的なのは時間の表現である。一般的なアンビエントのように時間を停止させるのではなく、過去と現在、記憶と現実が循環しながら重なり合う。その感覚は『Rhizomes』で探究された非線形的な構造をさらに発展させたものだ。西洋近代音楽が前提としてきた直線的な時間とは異なる、有機的で身体的な時間が作品全体を支配している。
 『The Sun Turned Black』においては、その音響設計にも(微細な)変化が見られる。電子音は従来より柔らかく有機的な響きを獲得し、ヴァイオリンは旋律を奏でるというよりノイズとの境界を曖昧にする素材として機能する。重厚な低域と砕け散るような高域の倍音が共存し、緊張感と温かみを同時に生み出している。

 近年の実験音楽では、フィールド・レコーディングや土地の記憶、ポストコロニアルな視点を取り入れる作品が増えている。しかし、コンセプトが前面に出るあまり、音楽そのものが理念の説明に終始してしまう例も少なくない。その点でAho Ssanは異なる。ガーナで録音された音は土地性を示す記号ではなく、電子音やノイズと等価な素材として徹底的に再構築される。その結果、本作は民族誌的な記録や環境音楽には収まらず、記憶や風景そのものが音へと変化していく過程を描き出している。背景を知らなくても、その音響は身体感覚として十分に伝わってくる。
 また、本作は近年のアンビエント・ミュージックの潮流とも距離を置いている。静けさや癒やしを目指すのではなく、ノイズや沈黙、倍音の微細な変化によって知覚そのものに揺さぶりをかけるのだ。その緊張感はアルバム全編において保たれているが、攻撃性ではなく包容力へと転化されている点も重要かつ印象的だ。抽象性を失うことなく、これほど豊かな身体性と情感を獲得した作品は近年の実験音楽でも稀だろう。

 アルバムは約40分・全7曲。その中心を担うのが約30分に及ぶ「100 Suns」四部作である。
 冒頭の “Sunrise” では微細なノイズと低くうごめくドローンが作品全体の輪郭を示し、環境音と弦楽が以後の音響語彙を定める。“100 Suns Pt. I” “Pt. II” では弦と電子音が有機的に絡み合い、ノイズは破壊ではなく、物質が風化し再生する過程として響く。
 “The Children of Noise” では静寂そのものが重要な役割を担う。ASIAによる旋律的なヴァイオリンへ鋭い電子ノイズが差し込み、静と動が高密度に交錯する。
 続く “100 Suns Pt. III” “Pt. IV” では、本作の主題が最も濃密なかたちで結晶化する。繊細な音響の内側には圧倒的なエネルギーが潜み、わずかな倍音や低域の揺らぎが巨大な質量を感じさせる。ここで光は眩しさではなく、熱や粒子、空気の震えとして知覚される。描かれるのは宇宙そのものではなく、宇宙的な時間感覚である。
 終盤では音の層がゆるやかに厚みを増し、異なる時間が重なり合いながら作品全体に静かな重力を与える。弦は電子音へと溶け込み、ノイズは霧のように空間を満たす。最終曲 “The Sun Turned Black” では、それまで積み重ねられた音響がゆっくりと輪郭を失い、冒頭の緊張感は穏やかな受容へと変化していく。

 『The Sun Turned Black』の核心は、ノイズやドローンといったジャンルの技法や探求ではない。そうではなく、「知覚そのものの揺さぶり」を「作曲=コンポジション」しているのだ。聴き手は音楽を鑑賞するというより、音によって再構成された時間と空間を体験することになる。複雑な構造も理論を示すためではなく、耳と身体の感覚を開くために機能しているとでもいうべきか。聴き返すたびに異なる風景が立ち現れる奥行きも、本作の大きな魅力だ。

 アホ・サンは『The Sun Turned Black』で、「音響彫刻としての電子音楽」というテーマをさらに成熟させると同時に、土地の記憶と身体的経験を新たな次元で結び付けた。精緻な音響設計はそのままに、作品はこれまで以上に「感覚」へと開かれている。実験音楽の新たな可能性を示すとともに、彼ののキャリアにおける重要な転換点となる一作といえよう。

デンシノオト