ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. フォーク・ミュージック──ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー
  2. Pulp - More | パルプ
  3. Cosey Fanni Tutti - 2t2 | コージー・ファニ・トゥッティ
  4. Derrick May ——デリック・メイが急遽来日
  5. Theo Parrish ──セオ・パリッシュ、9月に東京公演が決定
  6. サンキュー またおれでいられることに──スライ・ストーン自叙伝
  7. Adrian Sherwood ──エイドリアン・シャーウッド13年ぶりのアルバムがリリース、11月にはDUB SESSIONSの開催も決定、マッド・プロフェッサーとデニス・ボーヴェルが来日
  8. Little Simz - Lotus | リトル・シムズ
  9. MOODYMANN JAPAN TOUR 2025 ——ムーディーマン、久しぶりの来日ツアー、大阪公演はまだチケットあり
  10. 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 ——ノイズとレイヴ・カルチャーとの融合、韓国からHeejin Jangも参加の注目イベント
  11. Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell - We Insist 2025! | テリ・リン・キャリントン
  12. interview with Rafael Toral いま、美しさを取り戻すとき | ラファエル・トラル、来日直前インタヴュー
  13. Swans - Birthing | スワンズ
  14. interview with caroline いま、これほどロマンティックに聞こえる音楽はほかにない | キャロライン、インタヴュー
  15. Columns 高橋幸宏 音楽の歴史
  16. Columns 高橋康浩著『忌野清志郎さん』発刊に寄せて
  17. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第3回 数字の世界、魔術の実践
  18. GoGo Penguin - Necessary Fictions | ゴーゴー・ペンギン
  19. 忌野清志郎さん
  20. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2025

Home >  Reviews >  Album Reviews > Blessed Initiative- Blessed Initiative

Blessed Initiative

AmbientExperimentalGlitch

Blessed Initiative

Blessed Initiative

Subtext

Amazon

デンシノオト   Dec 22,2016 UP

 これは相当のアルバムだ。ヤイール・エラザール・グロットマンによるブレスド・イニシアティヴのファースト・アルバム『ブレスド・イニシアティヴ』。個人的には2016年ベストに入る。2016年の最先端音楽のモードが結晶しているからだ。
 イスラエル出身、現ベルリン在住のヤイール・エラザール・グロットマン(Yair Elazar Glotman)は、写真家の父を持つサウンド・アーティスト/プロデューサーである。本年、すでにKETEV名義としてアルバム『アイ・ノウ・ノー・ウィークエンド』(なんというタイトル!)をリリースしており、鋭い感覚の音楽ファンの耳を射止めていた。KETEVの漂白されたインダストリーなサウンドは強烈だが、このブレスド・イニシアティヴはそれをも(軽々と)超えてしまっていた。最先端音楽のモード=「ミュージック・コンクレーティズム」なサウンドが見事な音像/構造として結実していたからだ。今、ヤイール・エラザール・グロットマンの才能は大きな結晶化をみせつつあるのではないか。

 ヤイール・エラザール・グロットマンといえば、エンプティセットのジェイムズ・ギンツブルグとニンバスとしての活動も知られており、くわえて2015年には傑作ソロ・アルバム『エチュード』も発表している。特に『エチュード』は弦楽インダストリアルとでも形容したいほどのアルバムであり、現代音楽とインダストリアルなアンビエントが、生々しい音響空間の中で交錯していた。このアルバムでヤイール・エラザール・グロットマンは確実に飛躍した。凡庸なポスト・クラシカルなど消失させてしまうようなダーク・モダン・クラシカル・アルバムなのである。
 だが、本作『ブレスド・イニシアティヴ』は、その『エチュード』を超えている。本作は、現代の音/環境に発生する様々なノイズ(世界の環境音、デバイスが発生させる音、コンピューターが生成するノイズなどなど)を、ひとつ(にして複数の)の流れ=フロウとしてコンポジションしていく。いわばミュジーク・コンクレート的な手法によって、基底財となっているテクノからベース・ミュージックをバラバラに解体し、分断し、周期的なリズムを消失させていく。ヤイール・エラザール・グロットマンは、その微かな残骸を抽出し、新しい音響として、再構成し、その細やかなノイズのむこうに、まるで宗教曲のような清冽な響きや旋律をレイヤーしてみせるのだ(2曲め“ジャズ・アズ・コモディティ”など!)。そう、まるで世界/自己の救済への希求のように? 世界の再構築のように?

 私は本作を聴きながら、2013年に〈モダン・ラヴ〉がリリースしたザ・ストレンジャーの『ウォッチング・デッド・エンパイアーズ・イン・デコイ』を継承する(超えた?)アルバムが、とうとう生まれてしまったと思った。ノイズ、アート、テクノ、都市、廃墟、彷徨、人間、ロマン主義、その終わりとしてのノイズのフロウ、ビートの残骸、微かな賛美歌の痕跡、個、世界。それらが2016年的な精密なサウンド・コンクレーティズムな美意識の中で交錯し、脳神経に直接アディクションする……。ああ、なんという刺激か。なんという快楽か。
 繰り返そう。『ブレスド・イニシアティヴ』は、世界のノイズをミックスする。なぜか。世界の崩壊すらも美しい現象のように見据えるために、である。 この『ブレスド・イニシアティヴ』は、内面と刺激、個と外、そのふたつを、サウンドトラックのように繋げる。アルカの物語性を宙に浮かす「魂」の彷徨のような音響空間は、2016年の最後から2017年の初めにかけて、つまりこの「冬の時代」に、もっとも必要な音楽といえよう。ヤイール・エラザール・グロットマンによる「新しいペルソナ」には、今=同時代性のモードが強く横溢している。これぞ電子の福音ではないか。

デンシノオト