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Loula Yorke

Loula Yorke

speak, thou vast and venerable head

Quiet Details

AmbientExperimentalkosmische

Loula Yorke

Loula Yorke

Volta

Truxalis Records

野田努   Jul 22,2024 UP

 「好きなもの 苺 珈琲 花美人 懐手して宇宙見物」——これは物理学者の寺田寅彦が1934年に詠んだとされる有名な、そしていまでも人気ある俳句だ。寺田の時代では、苺にしろコーヒーにしろ一部の文化人や特権階級のものだったはずで、だからまあ、ずいぶん気取った言葉なのだろう。そのエリート視点はともかく、「宇宙見物」という言葉がぼくは長いこと好きだった。が、近年ではその「宇宙見物」をめぐる様相もずいぶん変わってきている。
 2016年『ガーディアン』が報じた、SpaceX社を創設したイーロン・マスクの言葉によれば、いま人類にはふたつの選択肢があるそうだ。「ひとつは永遠に地球に留まり、そして不可避な絶滅イベントを迎えること」「もうひとつは宇宙を航行する文明を得て、複数の惑星に住む種族になること」。ほかにも、2021年、11分間の外気圏への旅から戻ったジェフ・ベゾスのBlue Origi社という例がある。また、中華人民共和国もこの宇宙開発競争に加わっていることを忘れてはならない。星を眺めることが想像力豊かな現実逃避になった牧歌的な時代はどんどん過去のものになってきている。
 (もちろんサン・ラーの「宇宙」はさらに再注目されている。なぜならラーの宇宙は反植民地主義、反帝国主義のメタファーなのだから。惑星間移住計画のすべてがそうとは限らないが、ただ、昨年グレッグ・テイトの本を編集している際に、もっとも多く目にした言葉「新世界(New World)」はいま夜空の向こうに広がっていると、そう思っている人がいても不思議ではない)

 近い将来、おそらくは数十年後には人類(極々いちぶの人類だろうけれど)がインターステラー種族になる可能性が高いなか、今年の1月、『クワイエタス』ではあのローラ・キャネルによるルーラ・ヨークのインタヴュー記事、「宇宙で渦巻く:ヨークの『Volta』におけるコズミック・ハーモニー」が公開された。キャネルは「循環(ループ)」をコンセプトとしたその作品のなかに、ピタゴラスが提唱した天空の音楽論、すなわち太陽、月、すべての惑星の公転周期に基づいたハミング、そして17世紀初頭の天文学者ヨハネス・ケプラーの音楽観を見出している。キャネルはアルバムの曲中に爆発する小さな星や遠い宇宙の花火を幻視し、英国サフォーク在住のシンセサイザー奏者によるその作品を普遍的な引力があると賛辞を惜しまない。彼女は自分では書いていないが、ヨークのその作品にはキャネルの音楽作品とも共通する、自然と向き合うことのある種の恍惚があるようにぼくは思う。

 宇宙見物は、じつはたんなる現実逃避でもない。そこは知恵の宝庫で、人類は夜空の星々からじつにいろんなことを導き出してきた。中国で天文学が進んだのも天(宇宙)を知る者こそが「天下」を支配できると信じられていたからだし、周知のように西欧では、紀元前より、さまざまな起源物語、神話、詩学を引き出してきている。ときには彗星や日食に特別な意味を読み取り、もちろんその他方では、宇宙見物によって時間と空間の理解における科学的思考を進展させている。また、キャネルが言うように、人は宇宙からは「Harmonia Mundi (ハルモニア・ムンディ=調和の音楽)」を観てきている。ルーラ・ヨークによる循環する音楽は新世界の「開拓」ではなく、現代版コズミッシェであり、癒やしと修復(さもなければ瞑想)に向かっている。

 もっともヨークによれば『Volta』は「ローリー・シュピーゲルとオウテカの出会い」だそうで、シンセサイザー奏者という点ではカテリーナ・バルビエリにも近い。ほかにもヨークは、ケイトリン・オーレリア・スミスやスザンヌ・チアーニら女性エレクロニック・ミュージシャンに共感を抱いているようだ。つい先頃、新たにリリースされたアルバム『speak, thou vast and venerable head』で、彼女は『Volta』の作風をさらに発展させた、多彩な曲調を展開している。短いフィールド・レコーディングからはじまり、コズミッシェやドローンがあり、詩的かつサイケデリックで、没入観のある曲を配列させている。なかには、一般相対性理論の時空の歪みに思いを馳せたであろう“matter tells spacetime how to curve”なんていう曲もある。クローサー・トラックの“lie dreaming, dreaming still”の夢幻的なドローンはみごとで、この美しさには彼女がもともとはパンク/レイヴから来ているアーティストであることも大いに関係しているのだろう。ぜひみなさんの耳で、この叙情性がたんなる反動なのかどうか、あるいは、宇宙開発競争と絶滅だけが未来ではないと言っているかどうかをおたしかめください。なんにせよ、宇宙はときに壮大な映画館で、ときに自己意識の反映で、ときに居場所であり、そしていまもなお、ご覧のように何かを学べるところなのだ。

野田努