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Thoughts of You

SPACE SHOWER MUSIC

木津毅 Mar 24,2026 UP

 日に日に不安が増していく。ここで暮らしていくということは、いつからこんなにも恐ろしいことだっただろう。それはずいぶん前から始まっていたことだったと言われたら、たしかにそうかもしれない……が、最近は生活のより近いところにまで不安がやって来ているという感覚が膨らんでいる。ニュースを見れば終わらないどころか新たな戦争の報せや、何の安心も用意しない政治、どんどん排他的になる大衆の声……同性の外国人と生活をしている自分は朝ごはんを食べながらふと、こんな生活は簡単に吹き飛んでしまうのだという考えで頭のなかがいっぱいになってしまう。

あなたが眠るまで 近くにいるよ
どんな辛い時間も どんな遠い未来も
いまだけ この瞬間は 忘れていられるように
(“In Silence”)

 butajiの4作めとなる『Thoughts of You』には、さまざまな暮らしの風景がさまざまな音で描かれている。本作についてまず言えるのは、前作『RIGHT TIME』と同様に多くのミュージシャンを招き入れることで、さらに音楽的な広がりが生まれていることだろう。もともと同時代のオルタナティヴR&Bとの共振を日本のインディ・ポップとして示していたbutajiだが、ここに来て明らかに多様なプロダクションに自身の歌を委ねようとしている。キーパーソンとしては“In Silence”と“Lost Souls”のプロデュースに参加した岡田拓郎、“so far”のアレンジの篠田ミル、“Isolated blues”のMETなどがいるが、それぞれbutajiの歌を芯とした上でベース・ミュージックやダブ、R&Bといった要素を織りこんでみせる。butajiは自分の楽曲をつねに「ポップス」であると表明してきたが、そこでは当然のように多様なサウンドが行き交うのだ。
 そのような楽曲のレンジで示されるのは、現代の街で生きる人びとの暮らしの多様さだ。butajiは強い声と言葉を持ったシンガーソングライターだが、その歌においては不思議と、本人の考えやエモーションをそのままダイレクトに反映しているというのとは少し違うように感じられる。たとえば本作の中でももっともドラマティックなメロディが聴けるバラード“Birthday”は同性婚についての歌であるという。それはもちろん、みずからクィアであることをオープンにしているbutaji個人の想いを乗せたものであることは間違いない。が、それが「特別じゃない/当たり前のおめでとう/繰り返そう」と歌われるとき、文字通り「特別じゃない」愛の歌として立ち上がる。そうしたものが折り重なって『Thoughts of You』が……「あなたへの想い」が多層的なものとして響いているのだ。ダブの要素がある本作でももっとも冒険的な一曲“Lost Souls”では、孤独な魂たちの出会いがbutajiの官能的な歌で讃えられ、それが香田悠真が手がけた濃密なストリングス・アレンジに受け止められる。魂はつねに複数形だ。

 butajiの歌の多くはラヴ・ソングだが、それは「あなたとわたし」「きみとぼく」に閉じたものではない。それどころか、象徴的な言葉としてそこには「社会」という言葉がしばしば現れる。代表曲“中央線”では「急げ 急げ/社会が変わる 世界が変わる」と高らかに宣言していたし、本作の場合は“Birhthday”で「私たちを取り巻く社会から/離れて暮らしたつもりでいた」と告げられるが、これは愛の歌が社会と無関係でいられないことを示すものだろう。クィアにとってはなおさらだ。「LGBTブーム」と言われた時期から10年が過ぎるが、肝心の「社会」は何が変わったのだろう? 僕は答えに詰まってしまう。
 だから『Thoughts of You』は、「社会」が良いほうに変わっているとは思えない日本のなかで、それでも遍在するささやかな愛をかき集めるようなアルバムであるように僕には思える。ともに暮らすひとの抑うつを見守る“In Silence”にはじまり、おそらく凄惨な事件を回想しているのだろうと思われる“so far”と、本作には平凡な暮らしがいつ壊れてしまうかわからない不安や恐怖が底にあり、しかし、だからこそ他者と生活を続けていく覚悟のようなものが宿っている。それは社会のなかに生きるということでもある。
 アルバムは“remission”であっけらかんと明るいトーンで終わっていく。「完全に無くならなくても/段々と良くなっていくから」――これは本作の制作の時期に発声障害を経験したbutaji個人の実感がこもったものだそうだが、それはもちろん、さまよう魂ひとつひとつに届けられる言葉でもあるだろう。いや、それは歌だ。それがポップスであるからこそ、不安と愛の両方を抱えながら暮らしを続けていくことを、butajiの音楽は懸命に支えるようなのだ。

木津毅

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