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昨日、紙の薔薇は咲くのを忘れてしまった
(“Ride Lonesome”)
そんな、抜群に詩的なフレーズと穏やかなアコースティック・ギターの演奏で始まるベックの7年ぶり15作目のアルバム『Ride Lonesome』は、『Sea Change』(2002)、『Morning Phase』(2014)に代表されるようなベックのフォーク・ロックの側面を前景化した新作であると位置づけられている。たしかに、そこは間違いないだろう。それ以前にもフォーク、ブルースにフォーカスした(ローファイな感覚から当時はアンチ・フォークとも呼ばれた)『One Foot in the Grave』(1994)やアコースティックなアレンジでソングライティングを深めた『Mutations』(1998)もあったものの、やはり『Odelay』(1996)での時代の寵児としてのイメージがあまりにも強かったため、「フォーク・サイドのベック」がきわめて重要なもととして広く認識されたのは21世紀に入ってはじめてのアルバムだった『Sea Change』のタイミングだったと思う。多様なジャンルを異化しながらミックスする才気ばしったエディターとしてではなく、ダークな内面にまで踏みこんでいくソングライターとしての彼が、そこでは驚きとともに讃えられることになったのだ。『Sea Change』はベックのディスコグラフィの代表作となり、そして、同作と同様に『Ride Lonesome』はパートナーとの別離を経た内省的なアルバムとしてすでに高い評価を受けている。
ただし、このアルバムを『Sea Change』に回帰しながらベックの飾らない感情をフォーク・スタイルで表現した作品、と簡単にまとめることはできない。ベック・ハンセンというアーティストはもっと複雑な多面性によって支えられているからだ。
長らくベックは90年代的な磁場とともに語られてきた。『Mellow Gold』(1994)、『Odelay』、『Midnite Vultures』(1999)でのロック、ヒップホップ、ブルース、ファンク、ソウルをカットアップしてコラージュし直すポストモダン・ポップは、そのあり方として、アイデンティティを固定しないことが当時のクールさだと捉えられた部分があっただろう。あるいは、70年代の若者たちを描きながら90年代の若者の共感を呼んだリチャード・リンクレイターの映画『Dazed and Confused』(邦題『バッド・チューニング』、1993)とベックのはじめの大ヒット “Loser”(1994)がいわゆるスラッカー的なイメージで結びつけられ、「大人にならない世代」としてのXジェネレーション論に展開されもした。リニアな時間感覚としての成長や成熟から離れ、あちこちの時代と場所をワープして、軽やかにアイデアで遊び続ける感覚。1970年生まれのハンセンにとって90年代はまるまる20代と重なっているため、彼のオルタナティヴ性はその時代における若々しさを象徴してもいた。
そんなこともあって、『Sea Change』がベックにとっての「成熟」として受け止められすぎたきらいはあったかもしれない。もしくは、ベック・ハンセンがはじめて晒した「素」であるとか。そこにはシンガー・ソングライター的なフォークが内面をさらけ出すものだという安直な発想による罠もある。実際のところは『Sea Change』はいま聴いても、父デイヴィッド・キャンベルによる凝ったストリングス・アレンジやナイジェル・ゴッドリッチによる奥ゆきのあるプロダクションなど精緻に作りこまれたアルバムであり、パーソナルな内省をやや入り組んだ回路で表出させるものだったと思う。必ずしもフォークのベックが「素」とは言い切れないのである。その次作『Guero』(2005)では彼のアイデンティティの定まらなさを再び示していたし、その後もアルバムごとに変化しながら、いろいろな領域を渡り歩いてきた。そのようにベックはひとつの像に集約することのできないポップ・アイコンであり続けてきたし、そのせいもあってかアーティストのアイデンティティが音楽と紐づけられて論じられることの多かった2010年代には存在感が後退していたところもあったが(そのディケイドでもっとも広く評価されたのがフォーク作『Morning Phase』である)、少なくとも本人は特定のトレンドに回収されることはなかった。
そのことを踏まえて『Ride Lonesome』を聴くと、たしかにジョーイ・ワロンカーやスモーキー・ホーメル、そしてナイジェル・ゴッドリッチといった『Sea Change』と同じメンツが集っているものの、同作に「戻った」のとは少し違うことがわかる。直接的には昨年おこなったロンドンでのオーケストラ公演に触発された今作は、その成果として、“In The Night” をはじめとして豊かな厚みのあるオーケストラ・サウンドが聴けるものとなっている。あるいは、あまり評判の奮わなかったエレクトロニック・ポップ作『Hyperspace』(2019)でのアンビエント的な音響の作り方が生かされている部分もあり、たとえば “Bleed” のような瞑想的なフォーク・ソングではオーケストラが旋律だけでなく空間の広がりを演出している。これらは『Sea Change』よりもモダンなサウンドとして結実しているところだろう。ストリングスのリヴァーブに沈みこんでいくような “For Your Love”、レイドバックしたカントリーとチェンバー・ポップが親密に寄り添う “Falling Through My Hands” と、楽曲のムードの幅もじつのところ広い。
喪失と再生の兆しを主題とし、スローテンポのバラード “Beyond the Light” で余韻を残して終わっていく本作は、たしかにかつての若々しいベック・ハンセンとは違って年を重ねたからこそ生みだせたものではあるだろう。ソングライターとしての「成熟」はたしかにある。ただ同時に、彼が変身しながら通過してきた要素もここにはニュアンスで入りこんでおり、フォークを軸にしながらも多様な自己を多様なサウンドで表現するベックを貫く一作だとも位置づけられる。“If You Don't Know What Love Is” で「愛が何かわからない、それはつらい道のりだ」と歌うベックは、ミュージシャンとしてもアイコンとしても特定の場所に留まることなく、そこから立ちあがる生身のエモーションを探求し続けている。
木津毅