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Home >  Columns > 10月のジャズ- Jazz in October 2026

Columns

10月のジャズ

Jazz in October 2026

小川充 Oct 29,2026 UP

Sarah Tandy
Delicious Capricious

Self-released

 サウス・ロンドンのジャズ・シーンでは女性ミュージシャンの活躍が目覚ましいが、ピアニストのサラ・タンディもそうしたひとり。もともとクラシックを学び、その後トゥモローズ・ウォリアーズで鍛錬を積んだサラは、トゥモローズ・ウォリアーズの仲間だったサックス奏者のカミラ・ジョージのバンドで演奏し、2019年にはソロ・デビュー作『Infection In The Sentence』を発表する。フェミ・コレオソ、ビンカー・ゴールディング、シーラ・モーリス・グレイ、ムタレ・チャシが参加したこのアルバムは、ちょうどサウス・ロンドン・シーンの盛り上がりが話題を集めはじめた時期とも重なって注目を集め、サラの名前も認知されるようになる。内容的には比較的オーソドックスな演奏をやっていたが、レゲエやダブの影響を感じさせるが楽曲もあり、サウス・ロンドンならではというところも見せた。そして2020年のコロナ禍におけるツアー休止中、彼女はエレクトロニック・ミュージックに接近してスキルを磨いていく。そうした中でシンガー・ソングライターのヤスミン・レイシーと出会い、彼女のデビュー・アルバム『Voice Notes』(2023年)での “Pieces” の共同プロデュースとピアノ演奏へと繋がる。こうしてジャズ以外のフィールドでも活動の幅を広げ、『Infection In The Sentence』以来となるアルバム『Delicious Capricious』をリリースした。

 『Infection In The Sentence』とは異なり、『Delicious Capricious』はサラのピアノ演奏とともにエククトロニック・ミュージックのプロダクションを融合した作品となっている。そして、K.O.G.、カイラ、ティー・ピーターズ、エイキン・ソウルなどをゲストに招き、ヴォーカル作品を織り交ぜているところが特徴だ。そのひとつがエイキン・ソウルをフィーチャーした “My Motion” で、80年代のエレクトロ・ブギー・ソウルを彷彿とさせる作品となっている。もちろん、中間にはサラの流麗なピアノ・ソロも挟まれるが、ピアニストとしての本領を発揮するのは “Unleash The Beast”。ダブステップ調の出だしから8ビートのディープなジャズへと変化する異色作で、スリリングで鬼気迫るピアノ演奏を披露する。ジャズとエレクトロニック・ミュージック両方の世界を往来するサラらしい作品と言えよう。“Wayward Flames” はアンビエント・テクノやダブの要素が詰まった作品で、ザ・コメット・イズ・カミングやサッカー96に通じるサイケデリックな世界を展開する。


Orson Claeys
OTHELLO

SDBAN Ultra

 オーソン・クレイズ(本名オーソン・ドワイト・オセロ・クレイズ)はベルギーのゲント出身のピアニスト/作曲家。1998年生まれのオーソンは、ブリュッセル王立音楽院で学び、アーロン・パークス、アンブローズ・アキンムシレ、シャイ・マエストロ、ウォルター・スミス3世などコンテンポラリー・ジャズ界の面々から影響を受けた。卒業後の2023年より活動をはじめ、ベルギーの急進的なジャズ・レーベルとして知られる〈SDBANウルトラ〉と契約。2024年に現代ベルギー・ジャズ界のピアノ・トリオとして名高いデ・ベレン・ギーレンとツアーをおこない、「ゲント・ジャズ」や「ジャズ・イン・ト・パーク」などベルギー有数のフェスに出演する。ジャズ、ヒップホップから、バロック音楽や中近東音楽など伝統音楽から現代音楽を幅広く融合するスタイルで2024年9月にデビューEPの「Odyssey to Self」を発表し、こうした活動が認められて2025年にジャズ界の新鋭を発掘することで知られる「ブリュッセル・ジャズ・ヴァンガード」の審査員特別賞を受賞した。

 本名の『OTHELLO』を冠したファースト・アルバムは、現代ベルギー・ジャズ界の重要人物であるドラマー/プロデューサーのランダー・ギゼリンク、『Odyssey to Self』でも共演した長年のコラボレーターであるウード奏者のアクラム・ベン・ロムダーネ、ベルゴ系ブラジル人シンガーのヘレナ・カセラ、ロサンゼルスのラッパーのIAMOMNIらが参加。アンブローズ・アキンムシレに捧げた “For Ambrose” やロバート・グラスパーからとられた “Glasperlude” など、オーソンに影響を与えたミュージシャンを意識した作品が並ぶ。“One On One” なども非常にグラスパー的な作品だ。一方、“Rodney’s Dance” はスケートボードの歴史に名を刻むレジェンドのロドニー・ミューレンに捧げた作品。ヒップホップや周辺のアート、カルチャーなど様々な方面から影響を受けた彼ならではの楽曲である。IAMOMNIのラップをフィーチャーした “What A Night” はそうしたヒップホップ・カルチャーと現代ジャズが融合したオーソン・クレイズのアイデンティティを示す作品だ。ブロークンビーツやビート・ミュージックなど、エレクトロニック・サウンドのビート・プロダクションを持ち込んだ “Emphasis Of A Dream” や “Drift” などは、デ・ベレン・ギーレンやゴーゴー・ペンギンなどに通じる現代的な作品である。


Okvsho
Frozen Flashes

Current Moves

 オクショウはクリストフ・キスとゲオルク・キスによる兄弟ユニットで、スイスのチューリッヒを拠点に活動する。2019年にEPの「Traphouse Jazz」でデビューするが、この当時はJ・ディラ的なヒップホップとネオソウル、ジャズをミックスしたような作品だった。クリストフがキーボード、ゲオルクがドラムとパーカッション、キーボードを担当し、ゲストでその他の楽器やヴォーカルを交えるというスタイルで、UKのブルー・ラブ・ビーツに近い形態のユニットと言える。ファースト・アルバムの『Kamala’s Danz』(2020)は参加ミュージシャンも増え、音楽性の幅が広がるとともにプロダクションの向上や即興性の進化が見られる。彼らのルーツはハンガリーにあり、2024年の『A Place Between Us』ではそうしたバルカン地方の民族音楽からブロークンビーツなどを交え、より深みを増したエレクトロニック・ジャズ・アルバムとなった。

 それから2年ぶりのニュー・アルバムの『Frozen Flashes』は、チューリッヒとロンドンでおこなわれたセッションをまとめたもので、チューリッヒからはビートメイカーのメロディーズインフォニー、ロンドン勢ではテンダーロニアスやアジキル、ドイツのビートメイカーのフローフリッツなどが参加。“Roottree” はテンダーロニアスのフルートや土着的なパーカッションをフィーチャーしたミステリアスな作品で、ルーツ・レゲエやナイヤビンギなどに通じるムードを持つ。“sl.wm.ed” はメロディーズインフォニーとフローフリッツとのセッションで、レイドバックしたムードのビート・ミュージックとなっている。女性シンガーのヘイデルをフィーチャーした “La Joconde” やアジキルが歌う “Pluto” は、深く沈み込むトリップ・ホップやダウンテンポにジャズのエッセンスを加えたような作品で、“Never Done, Always Trusted” はアンビエントな空間構築が光るコズミック・ジャズ。


Jimetta Rose
MettaSun

Day Dreamer

 ジョージア・アン・マルドロウ、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、サー・ラー・クリエイティヴ・パートナーズなどと仕事をしてきたロサンゼルスの女性シンガーのジメッタ・ローズ。ゴスペル・コーラス・グループのザ・ヴォイシズ・オブ・クリエイションと共演した『How Good It Is』(2022年)や『Things Are Getting Better』(2024年)など、近年はゴスペル寄りの活動が目についていたが、最新作の『MettaSun』はサン・ラー・アーケストラのカヴァー集となった。参加メンバーはザ・ヴォイシズ・オブ・クリエイションのメンバーほか、サン・ラー・アーケストラやその出身者であるフィル・コーランなどと共演経験もあるハープ/ヴィブラフォン/フルート奏者のマイア・ジ・アーティステ、ロサンゼルスのミュージシャンやラッパー、DJ集団のカタリストのメンバーでもあるパーカッション奏者のアーマッド・デュボーズ・ドーソン、ドラマーのウェイン・マシューズ、ピアニスト/サックス奏者のカーティス・クランプ、ベーシストのマイク・アルヴィドレスなどロサンゼルスのミュージシャンが集まった。

 印象的な演奏曲はサン・ラー・アーケストラ屈指のヴォーカル作品として知られる『Sleeping Beauty』(1979年)の表第曲の “Sleeping Beauty”、『My Brother The Wind vol.2』(1971年)などに収録された “Somebody Else’s Idea”(または “Somebody Else’s World”)、『Strange Celestial Road』(1980年)などで演奏された “I’ll Wait For You”、『Nuclear War』(1984年)の表題曲で1979年のスリーマイル島原子力発電所事故にインスパイアされた “Nuclear War”。なかでも “Sleeping Beauty” は原曲とはかなりアレンジを変えた演奏だが、素晴らしい開放感に溢れたスピリチュアル・ジャズとなっている。 往年のサン・ラー・アーケストラにはジューン・タイソンというヴォーカリストがいて、ときに力強く、ときに幻想的な歌声でサン・ラーの宇宙観やアフロ・フューチャリズムを象徴するような役割を担ってきたのだが、1992年に没してからはしばらく女性リード・シンガーが不在の期間が続き、現在はヴァイオリン奏者でもあるタラ・ミドルトンがその役を務めている。タラ・ミドルトンはブラジリアン・ジャズやコンテンポラリー・ダンスの要素を交えたステージ・パフォーマンスで、彼女なりの独自の色を出しているのだが、ジメッタ・ローズの『Metta Sun』は比較的ジューン・タイソンの色に近く、彼女に対するオマージュ的な作品と言える。そして、ゴスペルで培ったジメッタの色も注入している点も特徴だ。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

COLUMNS