Home > Reviews > Album Reviews > Binker And Moses- Feeding The Machine
サウス・ロンドンのジャズ・シーンのなかでも、フリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼイションの分野で最右翼に位置するユニットがビンカー・アンド・モーゼスである。それぞれソロでも活躍するサックス奏者のビンカー・ゴールディングとドラマーのモーゼス・ボイドによるデュオで、2014年のファースト・レコーディングとなる『デム・ワンズ』を皮切りに、『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』(2016年録音)、『アライヴ・イン・ジ・イースト?』(2017年録音)といったアルバムをリリースしてきた。
ビンカーは英国フリー・ジャズ界の重鎮サックス奏者であるエヴァン・パーカーからの影響を思わせるプレイヤーで、『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』と『アライヴ・イン・ジ・イースト?』は実際にエヴァンもゲストに交えたレコーディングとなっている。『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』は架空の神話を題材としたスピリチュアルな大作で、エヴァンをはじめとしたゲスト・ミュージシャンたちとのスケール感に溢れたセッションが展開される。
一方『アライヴ・イン・ジ・イースト?』はトータル・リフレッシュメント・センターで観客を交えたライヴ録音となり、もともと実験的なライヴ・パフォーマンスから発展してきたこのデュオの迫真の生演奏を封じ込めている。モーゼス・ボイドとゲスト参加したユセフ・デイズのツイン・ドラムなど聴きどころの多いアルバムであった。
『アライヴ・イン・ジ・イースト?』に続いて2020年にリリースした『エスケープ・フロム・ザ・フレイムス』は、実際には『アライヴ・イン・ジ・イースト?』と同時期にトータル・リフレッシュメント・センターで収録されたライヴ演奏で、『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』の前半部分をそのまま録音したものとなっている。従ってこの度リリースされた『フィーディング・ザ・マシーン』は、スタジオ録音盤としては『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』から約5年ぶりの新作となる。
『フィーディング・ザ・マシーン』は『ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン・オブ・フォーエヴァー』や『アライヴ・イン・ジ・イースト?』と違い、演奏者はビンカーとモーゼスのみで、完全にふたりの即興演奏にフォーカスしている。ただし、マックス・ラザートがライヴ・テープ・ループスとエレクロニック・エフェクツという名目で参加していて、ふたりの演奏の隙間をエレクトロニクスで補完している。マックスは本職がベーシストで、ピーター・エドワーズ・トリオやザラ・マクファーレンのグループなどで昔からモーゼスと共演してきており、サックス奏者のダンカン・イーグルズとミリオン・スクエアというエレクトロニック・ユニットを組んでいる。モーゼスがモジュラー・シンセやエレクトロニクスを自身の作品に導入するにあたり、そのきっかけになった人物がマックスだったそうで、『フィーディング・ザ・マシーン』はそのミリオン・スクエアでの役割に近い形での参加だ。
具体的にはビンカーとモーゼスが演奏するサックスとドラムの音を生音素材として用いつつ、一方でそれらの音素材をマックスによるエレクトロニクスを通じてフィードバックさせ、そのフィードバックに対してさらに生演奏を被せていくという手法をとっている。一般的なマシン・プログラミングやシンセ・ループに合わせた演奏というより、あくまで自身のライヴ演奏によって生まれた音をフィードバックするプログラミングに合わせて演奏することで、まさに機械も交えたフリー・インプロヴィゼイションが可能となっている。マックス自身がベーシストなので、エレクトロニクスの操作においてもジャズの即興演奏におけるアイデアが十二分に反映されているということだ。『機械に餌づけする』というアルバム・タイトルは、こうしたマシンと人間の生演奏との共存に結びつく。
『フィーディング・ザ・マシーン』のレコーディングにおいては、モーゼスはジャズ・ドラマーのマックス・ローチのほか、ビョーク、スクエアプッシャー、エイフェックス・ツイン、マッドリブ、カニエ・ウェストを影響源に挙げており、映画音楽に造詣の深いビンカーはデヴィッド・リンチの名前も挙げている。そうしたなかでテリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングからのインスパイアがかなりの頻度で制作中の話題に上ったそうで、特にテリー・ライリーとドン・チェリーによる1975年のケルン・コンサートあたりを参照していたという。ビンカーによると『フィーディング・ザ・マシーン』ではミニマリズムとアンビエントのアイデアがとても重要だったということで、“フィード・インフィナイト” や “アフター・ザ・マシン・セトルズ” などにそうしたアイデアが表れている。ビンカーいわく「ビンカー・アンド・モーゼス史上もっとも孤独なアルバム」という『フィーディング・ザ・マシーン』だが、ビンカーとモーゼスの濃密な演奏による対話を描くと共に、マシンとの共存や調和、コミュニケーションを推し進める人間の姿を映し出しているようでもある。
小川充