Home > Reviews > Album Reviews > Kronos Quartet & Friends Meet Sun Ra- Outer Spaceways Incorporated
何年か前に、ザ・スリッツのギタリストだったヴィヴ・アルバーティンによるゴシップ満載の自伝が刊行されたが、ぼくにとっては本のなかで興味深かったのは、バンドが初のアメリカ・ツアーをした際にアリ・アップとヴィヴがフィラデルフィアのサン・ラーの家を訪ねていったというエピソードだ。読んでいて、思わず「へー」と声を上げてしまった。結局ツアー中で会えなかったとはいえ、彼女たちはマーシャル・アレンの父親のサポートでアーケストラ全員が暮らしていたという伝説の住居(そこではサターン盤のジャケットの制作や梱包などもおこなわれていた)まで行ったわけだ。ここに、ポスト・パンク時代の日本ではあまり語られてこなかった事実がひとつ確保された。当時ザ・ポップ・グループのマネージャーが運営していた〈Y Records〉からサン・ラー作品がリリースされたのは「意外」なことではなかったのだ。
サン・ラーとアーケストラの影響の大きさ、その多様さは、経済的な成功とは無縁だった彼らのキャリアを思えばこれまたじつに興味深い。人はなぜ、いつまで経ってもこんなにもサン・ラーに惹きつけられるのだろう。なぜ、彼の死後(いや、彼がこの地球を旅だってから)、これほど多くのアーティストたちが彼の曲をカヴァーしたがるのだろう。理由のひとつには、サン・ラーの曲はじつは親しみやすいものが多いということがあるだろう。本作冒頭に収められたジョージア・アン・マルドロウの歌う“Outer Spaceways Incorporated”は、大ざっぱに言って、村上春樹の小説に出てきてもおかしくはない、上品でレトロな(そして幻想的な)ヴォーカルもののスウィング・ジャズに思えなくもない。だが、歌詞は壁抜けどころではなく大気圏抜けだ。曲は歌う。「地球に飽き飽きしたなら、いつまでも変わらないとうんざりしたら、さあ、サインアップしよう、宇宙へ飛びだそう」
本作はAIDS医療援助活動のための非営利団体、レッド・ホット・オーガニゼーションによるサン・ラー・プロジェクトの最新盤だ。1990年の設立以来、女性とLGBTQ+コミュニティを中心に活動してきたレッド・ホットには、これまで多くのミュージシャンが協力してきている。2002年には、AIDSの合併症で亡くなったフェラ・クティに捧げる『Red Hot + Riot: A Tribute to Fela Kuti』によって、その音楽マニアなところも広く知られるようになった。レッド・ホットは昨年、サン・ラー・プロジェクトを開始し、まずは『Nuclear War: A Tribute to Sun Ra: Volume 1』、そしてサン・ラーのブラジル音楽解釈版『Red Hot & Ra:SOLAR - Sun Ra In Brasil』をリリースした。前者は、エンジェル・バット・ダウィッド、ジョージア・アン・マルドロウ、イレヴァーシブル・エンタングルメンツらが、くだんの〈Y Records〉からリリースされた反原発曲“Nuclear War”をそれぞれがカヴァーしたものだった。そしてさらに、レッド・ホットは最近2枚のアルバムを発表した。そのうちの1枚がここに大きく取り上げるクロノス・クァルテットと複数のミュージシャンによるカヴァー/再構築集なのである。
まず、参加ミュージシャンの顔ぶれがele-kingのためにあるようで(笑)、すばらしい。上記のアン・マルドロウほか、ジェイリン、ララージ、ローリー・アンダーソン、RPブー、アーマンド・ハマー、ムーア・マザーと700 Bliss、DJハラム、テリー・ライリー&宮本沙羅ほか、オークランドの即興演奏家ザカリー・ジェイムズ・ワトキンス、サンフランシスコの実験音楽家のEvicshen、同所の前衛集団シークレット ・チーフス3M、カナダの実験音楽家ニコール・リゼ。現役アーケストラーのマーシャル・アレンも参加している。これだけのクレジットを見れば、聴かずにはいられないでしょう。
それでぼくの感想だが、クロノス・クァルテット(これまでスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラス、テリー・ライリーなどとの共演を果たしている)の存在がこのアルバムの魅力の土台を作っている。周知のようにサンフランシスコのこの楽団は弦楽器奏者のグループで、アーケストラは主に管楽器と鍵盤(そしてある時期からはシンセサイザー)のグループ。だから、“Outer Spaceways Incorporated”が良い例だが、ヴァイオリンやチェロで演奏されるサン・ラーの曲はじつに新鮮に感じる。ジャズとクラシカルな響きとのなんとも美しい融合だ。また、やはり、エレクトロニック・ミュージックのいちファンとしては、ジェイリンとRPブーがここに名を連ねていることに反応してしまう。20年前に〈Kindred Spirits〉がセオ・パリッシュ、マッドリブ、フランシスコ・モラ・カルテット、ジミ・テナー、ビルド・アン・アークなどをフィーチャーしたサン・ラーのトリビュート・アルバム『Sun Ra Dedication』(このときのメンツも良かった)を出したことがあり、I.G.カルチャーやセオ・パリッシュのリミックス盤(名盤だ)も当時ずいぶんと話題になった。ただしあれはクラブ系のレーベルからのリリースだったし、言ってしまえば、90年代のクラブ系をずっと追い、90年代後半以降のジャズに寄ったデトロイト・テクノやジャングル〜ブローンビーツ、インストゥルメンタル・ヒップホップを聴いているリスナーに向けられてのものだった。
今回のアルバムがより広範囲なリスナーに向けられていることを実現させたのは、間違いなくクロノス・クァルテットの演奏力やアイデアによるところが大きい。ジェイリンやRPブーのエレクトロニクスが曲全体をコントロールするのではなく、あくまでも曲のいち部として機能している。それはララージでもムーア・マザーでも同じことだ。
そういう点で、ローリー・アンダーソンとマーシャル・アレン(とクロノス)との共同作業は面白かった。この組み合わせのみが2曲収録されているが、ほんとうにアンダーソンならでは声の響きがそのままサン・ラー宇宙とドッキングした音楽になっている。RPブーのビートとアーマンド・ハマー(とクロノス)の共演もぼくには嬉しかった。が、本作はラーの宇宙を楽しむ至福の1時間、という内容ではない。どの曲にも各々の光沢があり、ラーの宇宙空間の多次元を楽しめることはたしかだ。しかし700 BlissとDJハラムによるエレクトロニック・ノイズもさることながら、ササクレだった曲、緊張感みなぎる曲もある。
アルバムを締めるテリー・ライリー&宮本沙羅の“Kiss Yo Ass Goodbye”は、あの“Nuclear War”のいち部を切り取って、別の物に作りかえたものだ。この、深みのあるトリビュート曲は、リスナーによって感じ方はさまざまかもしれないが、ぼくはラーの怒りをあらためて表現しているように思えて、ライリーのあまり語られていない一面を感じ取った次第である。(当たり前の話だが、ラーはニコニコした宇宙案内人などではない。たとえばセオ・パリッシュにとってラーとは、“Saga Of Resistance(抵抗譚)”なのだから)
※同時に、USのシンガー・ソングライター、マルチ・インストゥルメンタリストのMeshell Ndegeocelloによる『Red Hot & Ra: The Magic City』もリリースされている。もちろん『The Magic City』(1973)は〈Impulse!〉からも出たということもあって、ラーの有名作のひとつだ。彼女は歌を挿入しながら、同作をより甘美で魅惑的なものへとうまくまとめている。ファンはこちらもぜひ聴いてください。ぼくのような『The Magic City』好きから見ても、数曲、すごく魅力的な演奏(解釈)がある。
野田努