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Boards of Canada

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木津 毅   Jun 19,2013 UP

 1曲め、"ジェミニ"(双子座)のタイトルに、即座に『ミュージック・ハズ・ザ・ライト・トゥ・チルドレン』に収録された"アクエリアス"(水瓶座)を思い出し、本当に何度も何度も聴いたそれを聴き返してみる。じつによくできた夢の世界、幼少期の記憶を辿るような子どもの声のサンプル......。ああ、これがボーズ・オブ・カナダだと思う。そして"ジェミニ"へ。イントロでホーンが鳴ると、ストリングスが何やらダークな音を導いてくる。心地よい夢の世界では......ない。緊張感はそのまま、先行公開されたシングル"リーチ・フォー・ザ・デッド"(死者に手を伸ばす)へと引き継がれる。浮遊感のある和音こそドリーミーだと言えるかもしれないが、そこに危うげな旋律を持った電子音とブレイクビーツが重なってくると、立ち上がってくるイメージはじわじわとどこか恐ろしく、不穏なものだ。ここで、『ミュージック・ハズ~』にもたしかに、淡くも不気味なアートワークがあったことを思い出す。
 ボーズ・オブ・カナダの新作は時空がねじ曲がっている。

 本作のリリース前にレコード店やネット上に暗号をばら撒きそれをメディアやブロガーに解読させた振る舞いを、大掛かりでもったいぶったプロモーションとして不快感を露にしたひともいれば、スリリングな試みとして評価したひともいたようだが、事実としてそれだけボーズ・オブ・カナダが沈黙した8年間で彼らへの渇望が高まったことの表れであるだろう。近年とめどない広がりを見せるドリーミーあるいはヒプナゴジックな感性は当然、BOCの過去のカタログからの影響が少なくない。そのことにスコットランドの寡黙なふたりも自覚的にならざるを得なかったのかもしれない。
 ゆえに、この約10年における膨大な彼らのフォロワーに対する回答のようなものを僕は想像していたが、その予想はある部分では当たり、ある部分では外れていた。『トゥモローズ・ハーヴェスト』は、きわめてBOCの内的な歴史に言及する作品であるように思えるからだ。しかし結果的に、良くも悪くも気軽な逃避が愛でられる現在にあって、ボーズ・オブ・カナダのどこか厳格な態度は自分たちの音楽がそれらとはまた別のものであることを示すようだ。
 実際に本作を聴いたあと象徴的なものとして僕が思い返したのは、凝った一連の暗号よりも、"リーチ・フォー・ザ・デッド"の逆回転のヴィデオだった。(普通のものはこちら

 とくに説明もなく公開されたこのヴィデオは、見れば見るほど、聴けば聴くほど説明のつかない恐怖心を掻き立てる。幼少期に漠然と抱いた、きわめて抽象的な不安感と似ているかもしれない。どこか「あちら側の世界」との境界が曖昧になっているような......ひとの記憶のなかで、時間の流れが一定でなくなっているような感覚。それはボーズ・オブ・カナダのこれまでの作品にもたしかに見え隠れしていた。このアルバムではその感覚を使いながら、わたしたちの記憶のなかのボーズ・オブ・カナダへと導いていく。
 音としては、なにか決定的に新しいことをやっているわけではない。彼らの徴がよく施された、サイケデリックでメロディアスなダウンテンポ・トラック群。繰り返すが、それらのダークさや不穏さがより目立つようになっており、そして、"リーチ・フォー・ザ・デッド"だけでなく"コールド・アース"や"サンダウン"、"カム・トゥ・ダスト"(塵になる)といった、終わりや死をイメージさせるモチーフが散見される。恐らくアルバム・タイトルの『明日の収穫』に呼応しているのであろう"ニュー・シーズ"(新しい種)などは、ポジティヴなタイトルとは裏腹に決して明るい音を持っておらず、どこかインダストリアルな圧迫感すらあるトラックだ。ここでの「明日」はかならずしも明るくない。

 もういちど"アクエリアス"を聴いてみる。そして、"ジェミニ"......から、本作を通して。その変わらず催眠的なサウンドは、しかしただ気持ちいいだけのトリップをさせてはくれない。現実世界から逃避、というよりはそれを拒絶するように、死者たちの世界にすら手を伸ばす。意識は記憶を逆流し、自分のいる場所がわからなくなってくる。

木津 毅