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Taylor Deupree

Modern Classical

Taylor Deupree

Sti.ll

Nettwerk / 12k

デンシノオト Jun 24,2024 UP

 米国・NYで電子音響〜アンビエント・レーベル〈12k〉を主宰し、自らも静謐なサウンドスケープを展開するアンビエント・ミュージックを作り出している1971年生まれの電子音楽家テイラー・デュプリー。坂本龍一との共演でも知られる彼は、90年代から現代に至るまで、エレクトロニクス・ミュージックからグリッチを活用した電子音響作品、そして静謐なアンビエント/ドローンなどに作風を変化させつつも、すぐれた電子音楽作品を世に送り出してきたサウンド・アーティストである。その音はまさに「透明・静謐」という言葉がぴったりとくるものばかりだ。「もっとも静かなニューヨーカー」と呼ばれたことは伊達ではない音楽性といえよう。

 そのテイラー・デュプリーが2002年にリリースしたエレクトロニカ史上に残る『Stil.』を、弦楽器などのアコースティック楽器で再構築/リアライズしたアルバムが本作『Sti.ll』だ。そのアイデアも素敵だが、音の方も美麗というほかない見事な作品である。同時に、グリッチ以降の「00年代エレクトロニカ」の本質が、音のレイヤーと浮遊感、その反復にあったことも改めて教えれくれる音楽であった。00年代の電子音響空間が、新たな方法論と楽器(音色)と編曲によって生まれ変わったとでもいうべきだろうか。
 プロデュースと編曲を担当としたのはジョセフ・ブランシフォート(Joseph Branciforte)。1985年生まれの彼はグラミー賞受賞のレコーディング・エンジニアでもあり、セオ・ブレックマンとの共演作でも知られるミュージシャンでもある。ジョセフ・ブランシフォートは、本作でもエディット、ミックスも担当しているほか、1曲目、2曲目ではヴィブラフォンやラップハープなどの演奏にも参加。マスタリングはテイラー・デュプリー本人が手がけた。
 本作『Sti.ll』において、ジョセフ・ブランシフォートとテイラー・デュプリーはオリジナルにある「音の層」を楽器の演奏による「再演」を試みている。ふたりは、過度に「音楽的」にならないように(ポスト・クラシカル化しないように)、過度に「音響化」しないように(現代音楽的にならないように)、細心の注意をはらって楽曲を再構築する。

 アルバムには全4曲が収録されている。オリジナル『Stil.』と同じ曲数・構成だ。曲名も同じで、それぞれ担当する楽器名が記載されている点も注目である。では具体的にはどのように変化=アレンジメントされたのだろうか。一言で言えば電子音の「トーン」を楽器で「演奏」しているのである。1曲目 “Snow/Sand (For Clarinets, Vibraphone, Cello & Percussion)” を聴いてみるとよくわかる。オリジナル『Stil.』の1曲目 “Snow-Sand” は、高音域の電子音響のレイヤーによって成立している楽曲だが、『Sti.ll』ではチェロやクラリネット、ヴィブラフォンによって中音域をメインとしたサウンドスケープを形成している。そしてオリジナルにあった「持続音の周期」をミニマルな旋律に変換しているのである。ちなみにデュプリーはスネアドラムや紙の音、ベルなどを担当している。
 2曲目 “Recur (For Guitar, Cello, Double Bass, Flute, Lap Harp, & Percussion)” は、ギター、チェロ、ダブルベース、フルート、ラップハープとパーカッションのアンサンブルとなっている。アルバム中、もっとも大きな編成の曲だ。とはいえ楽曲・編曲に大袈裟さはまるでない。むしろ原曲の静謐な複雑さ=電子音響をアコースティック楽器で再現するために必要な楽器数といえる。デュプリーはグロッケンシュピールとラップハープを担当。
 3曲目 “Temper (For Clarinets & Shaker)” では、クラリネットとシェイカーによる演奏。ここからアルバムはややドローン色が強くなる(オリジナルもそう)。だがここでも原曲の電子音響を楽器で見事に再演していく。グリッチをシェイカーで表現するのは微笑ましくも可愛らしいアイデアだ。
 この3曲の差異を聴き比べると、『Sti.ll』がいかにして『Stil.』をリアライズしようとしていたのかわかってくる。要するにさまざまな小さな粒子のような電子音の折り重なりであるエレクトロニカの「レイヤー」を、アコースティック楽器の「アンサンブル」によって再現しようとしているのである。静謐な器楽曲へと変化させたというべきか。この試みはとても意欲的だと思う。現代音楽的に音の持続音やトーンをストイックに追い詰めるのではなく、ミニマルな旋律の折り重なりによってエレクトロニカを再演する試みなのだから。
 レイヤーからアンサンブルへ? いやというよりは「レイヤー/アンサンブル」の音楽とでもいうべきかもしれない。異なる層に鳴る電子音響の生成(00年代エレクトロニカ)に対して、音のレイヤー構造を守りつつ、それを楽器演奏で再現することで、音と音が互いに反応しつつも音楽の大きな輪を作り出すアンサンブルも構築しているのである。
 つまりテイラー・デュプリーが自らのエレクトロニカをアコースティック楽器による音楽作品として作り直した理由は、音のレイヤーとアンサンブルの境界線を溶かすことにあったのではないかと思うのだ。いちばん原曲に近いのはドローン主体の4曲目 “Stil. (For Vibraphone & Bass Drum)” だが、音の持っているトーンはまったく異質であることからもそれはわかる。

 全曲、柔らかい音色の弦楽などのアコースティック楽器が一定周期でループし、音楽を奏でている。そこにいくつかの楽器がさらに折り重なる。やがてエレクトロニカとクラシカルの境界線が揺らぎ、無化するだろう。その音のさまを聴き込んでいくと、どこかバロック音楽にも接近しているように感じられた。その意味では同じくバロック音楽的なアンビエントであったタシ・ワダの『What Is Not Strange?』とどこか雰囲気が近いようにも思えた(特に「似ている」というわけではない。音が醸し出す雰囲気が共通しているとでもいうべきか)。
 このように書き連ねると、いささか難解な音楽に感じるかもしれないが、実際に聴いてみるとわかるように、まったく難解な音楽ではない。それどころか誰が聴いても心身に効く、心地よい音楽なのである。エモーショナルでもあり、夢のような音楽であり、心を鎮静する音楽である。
 何かと気忙しい現代を生きる音楽聴取者によって、自身の感覚を、心身をチューニングするように長く聴き込んでいけるアルバムではないかと思う。エレクトロニカから器楽曲へ。その変化はいわば普遍的な音楽の希求であったのだ。

デンシノオト