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Bill Callahan

AlternativeExperimentalFolk

Bill Callahan

My Days of 58

Drag City

木津毅 May 11,2026 UP

「わたしの58歳の日々」と題されたビル・キャラハンの新作、1曲目の“Why Do Men Sing(なぜひとは歌うのか)”で彼はいつものバリトン・ヴォイスで死への恐怖について歌う。「わたしは自分が死にゆく悪夢を見た/魂の案内人が来て、わたしが隠れる場所を教えてくれた」。本人名義では2022年の『YTI⅃AƎЯ』以来のスタジオ・アルバムである本作は、タイトル通りより率直に自身の人生についた綴ったものになっていて、この曲では加齢することが死を意識することと分かちがたいものだと示される。だからシリアスな自己省察であるのだが、音楽はあくまで軽やか、語りはユーモラスだ。ノイジーなギターと情感のこもったブラスが鳴るなか、キャラハンは「ルー、ルー、ルー……」と気ままに唱える。ルー・リードのことだ。夢のなかで敬愛する音楽家に出会ったキャラハンは、不安に駆られて「この場所は何?」と尋ねる。「だいじょうぶだよ、ベイビー。流れに身を任せればいいんだ」と優しく告げるルー・リード。ああそして、なぜひとは歌うのだろう。この1曲を聴くだけで、『My Days of 58』を聴くことが心躍る体験であることがわかる。

 58歳というのはシンガーソングライターが人生を切り取るのには中途半端な年齢に感じられるが、占星術をかじったことがあるひとならピンとくるところがあるかもしれない。サターンリターンだ。試練の星とされる土星が自身が生まれたときの位置に回帰するサターンリターンは……という解説はとりあえず脇に置くとして、要点を言うとこれは人生における課題や試練に向き合う時期とされ、一度目は29歳前後で訪れるものだ。実際、この時期がモチーフになった小説や映画、シンガーソングライターの作品は少なくない。だが、59歳前後で訪れる2度目のサターンリターンについて語ったものはそれに比べて多くないのではないか。ふたつの土星回帰の狭間の年齢にいる僕はだから、これからの人生をぼんやりと想像しながら『My Days of 58』を聴いている。そのとき僕は、どんな心境にたどり着いているだろうか?
 いや、キャラハンが本作の制作において占星術を意識していたとは思わないが、これまで以上に自分の現在地を深く見つめていたのではないかと感じる。スモッグ時代には非常にローファイな録音もあってミステリアスなアーティストとして見られがちだったキャラハンは、本人名義でより開かれたタッチのフォーク・ロック作品を重ねるようになり、次第に自己像をざっくばらんに綴るようになっていった。音楽的にはジョン・マッケンタイアとの関わりもあり音響意識の高いシンガーソングライターとして見なされてきたし、それは現在も変わらないが、本作について言えば2024年リリースのライヴ・アルバム『Resuscitate!』からの直接的な続きにあり、同じバンド・メンバーによる演奏の活気が一番の聴きどころになっている。その自然体のエネルギーとともに、キャラハンはキャラハン自身の人生の機微を遊び心とウィットをこめて歌う。いま、かつてのレナード・コーエンがいた場所にもっとも近いシンガーと見なす意見にも頷けるのである。

 クラリネットがフリーキーに鳴らされるアシッド・フォーク調の“Computer”で「オートチューンは聴きたくない」と告げるのは年寄りの愚痴のように聞こえるひともいるかもしれないが、しかし、「わたしはロボットではない」というキャラハンがさりげなく気迫のこもった演奏とともに「それはただ、魂がない歌に満足させられるための準備にすぎない」と歌うとき、そこにはトレンドに左右されずに自身の表現を貫いてきたヴェテランならではの説得力が宿っている。ブルージーなギターが牽引する“The Man I'm Supposed To Be”では「わたしたちは人生を真剣に受け止め、死を笑い飛ばす」と繰り返すが、バンドのアンサンブルが生き生きしているからこそ、40代になったばかりの自分にはまだ到達できない境地が表現されているように感じられるのだ——「いま、わたしの最大の恐怖は死ぬことではない/自分がなるべき人間になろうと努力することをやめてしまうことだ」。年を取ることがここでは、生きる知恵を積み重ねることとして力強く立ちあがる。
 本作の感情的なハイライトはもっとも穏やかな“ Empathy”で描かれる。生前の父親に言われたショッキングな言葉を思い出しながら、自分も同じように不出来な父親であることを認めるキャラハン。「わたしはいつも息子にあれこれ怒鳴り散らしている/でも、わたしが旅から帰ってきたら息子は強く抱きしめてくれた」……自身のふたりの子どもの優しさと共感の力を讃えるこの曲が、たんなる綺麗ごとではなく、たしかな実感から生まれていると感じられるのはどうしてだろう? キャラハンはいま、長年の音楽的変遷の成果を自分を飾らないことに注いでいる。

 アルバムは静謐なアンビエント・フォーク“The World is Still”で幕を閉じる。曲調自体が瞑想的なナンバーでキャラハンは、「何も変わらない/これからも/世界は静まっている」と悟ったように語りかける。現在の世界の荒廃を前にしてどうしたらこうした精神状態になれるのか自分には想像しきれないところもあるが、少なくとも本作を聴いている間は人生や世界にまつわる思索が可能になる。フォーク・ロックのヒューマンな生命力、ユーモアと詩情、人生にまつわる哲学的な思考に満ちた『My Days of 58』は、彼個人の58歳の日々を超えて聴く者に豊かな洞察を与えるだろう。

木津毅

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