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木津 毅   Dec 17,2013 UP

 先日、京都の小さなカフェ・バー――もしも屋という、とても素敵なお店だ――で観たアクロン/ファミリーのマイルス・シートンのアコースティック・ソロ・セットは、何よりもそこでゆっくりと流れる時間が愛おしいものだった。20人くらいだっただろうか、そう多くはなかったが集まった連中が、そこで静かに弾かれる弦の音に暖を取るように耳を傾ける。「友だちの子どもの子守唄がわりの曲なんだ」……その、小さな音を聴き逃さずに慈しむような場所だったが、しかしたぶん、優しいララバイに眠ってしまってもかまわなかった。こんな風に過ぎるときを忘れていたな、と思いながら僕はゆっくりと手元のグラスワインを飲み干す。そうだ、でも、今年はビル・キャラハンのアルバムにもこんな時間の流れがあった……心地よい酔いがそれを思い出させてくれる。

 「僕が今日発した言葉は「ビール」と「ありがとう」だけ ビール… ありがとう… ビール… ありがとう… ビール…」

 1曲め、“ザ・シング”のそのフレーズを聴いた瞬間はもう、僕は『ドリーム・リヴァー』を――キャラハンの15作目のソロ・アルバムを、すっかり好きになっていた。ホテルのバーでひとりでひっそりと酔っ払う寡黙な男……しかしそれを描写する音は、対照的にとても雄弁だ。ゆっくりと演奏される弦たちと、そっとリズムを取る打楽器たち、それらが控えめながらもダビーに響き、キャラハンの深い深い低音がそこに寄り添う。かと思えば、フィドルのピンと張った弦の高音がいっしょになって歌いはじめる……。とにかく録音がすばらしい。ひとつひとつの楽器が、それぞれの音が、呼応し合うように重ね置かれている。フルートやオルガン、そしてソー・ハリスによるコンガといった多様な音色がここでは聞けるが、どれもが思慮深く抑制されている。それをじっくりと耳で追うためのアルバムだ。
 スモッグとしての活動を含めて20年以上、ビル・キャラハンは体内での時間の過ぎ方がひとと違っているのだろうか。豊かな色彩で描かれる非常に映像的な音は、アルバムのアートワークのように叙情的な風景を見事に浮かび上がらせてしまう。そのバリトン・ヴォイスだけでなく詩的さも含めてレナード・コーエンのような歌で、彼はわたしたち聴き手に思索に潜る時間を与えようとする。「どれぐらい行っていたのか/どれぐらい旅していたのか/どれぐらい疲れたのか/そして どれぐらい遠くまで来たのか/輪のなかで(“シーガル”)」……いくぶんヘヴィですらあるそのバラードは、酒場に引き寄せられる男を形而上的な領域までするりと連れて行ってしまう。

 アメリカ大陸で、いや世界じゅうで綿々と歌い継いできたフォーク・シンガーのように、キャラハンはどこか超然とした佇まいで静かに風景と物語を歌いつづけてきたが、その豊穣な時間の流れこそを録音物として封じ込めることにここで成功している。12月の街の喧騒がどれだけ慌しかろうとも、これを聴いているときだけは、ゆっくりと呼吸ができる。穏やかな演奏の後ろでごく小さく風のような音が聞こえる“ウィンター・ロード”……「冬の道」で、キャラハンは悠然と、しかし感情を乗せてこう歌う。「物事が美しいときを 僕は学んだ/ただ守り続けるために」。ジャスト・キープ・オン。このアルバムの締めくくりに、ふさわしい言葉だ。
 本作に先がけて2曲ダブ・ヴァージョンの12インチをリリースしていたが、来年1月には全編ダブ・ヴァージョンのアルバムが発表されるという。聴き手をさらに深いところまで連れて行ってくれるだろう。タイトルは、『ハヴ・ファン・ウィズ・ゴッド(Have Fun With God)』というそうだ。つまり、スピリチュアルな場所について、音によって迫っているに違いない。

木津 毅