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Columns

6月のジャズ

Jazz in June 2024

小川充 Jun 28,2024 UP

 ここ数年来、南アフリカ共和国から良質なジャズ・ミュージシャンが輩出されているが、その筆頭がピアニストのンドゥドゥゾ・マカティーニである。


Nduduzo Makhathini
uNomkhubulwane

Blue Note Africa

 南アフリカ・ジャズが注目を集めるきっかけのひとつに、シャバカ・ハッチングスと共演したバンドのジ・アンセスターズがあるが、ンドゥドゥゾ・マカティーニはその中心人物のひとりで、2014年頃からリーダー作品を発表している。2020年には〈ブルーノート〉と契約を結んで『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』をリリース。2022年の『In The Spirit Of Ntu』は、〈ユニバーサル・アフリカ〉が〈ブルーノート〉と提携して設立した〈ブルーノート・アフリカ〉の第1弾作品となった。『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』はモード・ジャズや即興演奏を土台に、ベキ・ムセレク、モーゼス・タイワ・モレレクワ、アブドゥーラ・イブラヒムら南アフリカの先代のピアニストらの影響を見せる作品だった。『In The Spirit Of Ntu』はアフリカのバントゥー系民族に由来する人間という意味のズールー語の精神をタイトルとし、アフリカの大地に根付く祝祭性、呪術性に富むアルバムだった。ンドゥドゥゾは南アフリカ共和国のウムグングンドロヴ郡出身で、その地域に伝わる先住民族の儀式や音楽の影響を受け、音楽かであると同時に呪術師や祈祷師としての顔も持つ。そうしたンドゥドゥゾらしさが表われた作品と言えよう。

 新作の『uNomkhubulwane』はズールー土着信仰の女神の名前を示しており、「Libations」「Water Spirits」「Inner Attainment」というアフリカ民族であるヨルバ人の宇宙論で重視されていた「3」の数字に倣って楽曲を3パートに振り分けている。「作曲や何らかの概念的パラダイムを通じて意図を表現することが多かった。超自然的な声と交信する方法として音を使用している」とマカティーニは述べており、音楽家で祈祷家でもある彼の哲学的なヴィジョンや宗教観を示したものとなっている。録音はこれまでともにワールド・ツアーをおこなってきた南アフリカ出身のベーシストのズワラキ=ドゥマ・ベル・ル・ペルと、キューバ出身のドラマーのフランシスコ・メラとのトリオ編成。ヨルバ語で歌われる「Libations」の “Omnyama” は、清廉としたピアノと素朴なリズムによって紡がれる美しいアフロ・スピリチュアル・ジャズ。「Inner Attainment」の “Amanzi Ngobhoko” における祈りのような歌とモーダルなピアノ、土着的なドラムが導くメディテーショナルな世界は、マカティーニの真骨頂が表われたヒーリング・ミュージックと言えよう。


Malcolm Jiyane Tree-O
True Story

A New Soil / Mushroom Hour

 マルコム・ジヤネは南アフリカのハウテン州のヨハネスブルグにほど近いカトレホン出身で、若干13歳で音楽学校のブラ・ジョニーズ・アカデミーに進学したという早熟のトロンボーン奏者。ピアノなども演奏するマルチ奏者であり、これまでにンドゥドゥゾ・マカティーニや同じくジ・アンセスターズのトゥミ・モロゴシほか、ハービー・ツォアエリ、アヤンダ・シカデといった南アフリカの有望なミュージシャンらと共演してきた。2021年に自身のグループを率いて初リーダー作の『Umdali』を発表。グループはトゥリー・オーというもので、トリオよりももっと大人数から成る。ベースのアヤンダ・ザレキレ、ドラムスのルンギレ・クネネのほか、サックス、トランペット、ピアノなどを交え、マルコムはトロンボーンとヴォーカルを担当し、すべてマルコムの作曲による自作曲を演奏。全体に静穏なムードが漂い、ゆったりと時の流れるアフリカらしいジャズを演奏した。ツバツィ・ムフォ・モロイの清らかなヴォーカルをフィーチャーした “Moshe” は、同じ南アフリカ出身のタンディ・ントゥリなどに近い牧歌性に富むジャズだった。

 『Umdali』から3年ぶりとなるセカンド・アルバムの『True Story』は、アヤンダ・ザレキレ、ルンギレ・クネネ、ンコシナティ・マズンジュワ(ピアノ、キーボード)、ゴンツェ・マクヘネ(パーカッション)など、ほぼ前作のメンバーがそのまま参加する。『Umdali』と同じ時期の2020年から2021年にかけて数回のセッションを重ね、2023年に最終的なセッションを行って録音がおこなわれた。アルバムは詩人でソフィアタウンの住人である故ドン・マテラへのオマージュで、反戦的なメッセージの込められた “Memory Of Weapon” ではじまり、地球の悲惨さを哀悼する “Global Warning” や、ピーター・トッシュに捧げられたアフロ・ビートの “Peter’s Torch”、南アフリカの反アパルトヘイト運動にも参加したギタリストでシンガーの故フィリップ・タバネについての曲となる “Dr. Philip Tabane”、その名のとおり南アフリカにおけるジャム・セッションをスケッチした “South African Jam” などが収められる。マルコムのふくよかで哀愁に満ちたトロンボーンが奏でるアフロ・ジャズ “MaBrrrrrrrrr”、レオン・トーマスのようなヨーデル調のヴォーカルをフィーチャーしたスピリチュアル・ジャズの “I Play What I Like” など、全体的にゆったりとピースフルなムードに包まれた楽曲が印象的だ。


Julius Rodriguez
Evergreen

Verve / ユニバーサル

 ジュリアス・ロドリゲスはニョーヨークを拠点とするハイチ系黒人ミュージシャンで、ピアニスト兼ドラマー及び作曲家とマルチな才能を持つ。幼少期からクラシック・ピアノ、そしてジャズを学び、マンハッタン音楽院、ジュリアード音楽院に進んだ。音楽的ルーツはジャズ、即興音楽、ゴスペル、ヒップホップ、R&B、ポップ・ミュージックと多岐に渡り、オニキス・コレクティヴ、A$APロッキー、ブラストラックスなどと共演をしてきた。ジャズ方面ではミシェル・ンデゲオチェロ、カッサ・オーヴァーオールモーガン・ゲリンらと共演し、ジャズ・シンガーのカーメン・ランディによるグラミー・ノミネート作『Modern Ancestors』(2019年)ではピアノ伴奏者として高い評価を得た。ソロ・デビュー作は2022年の『Let Sound Tell All』で、オニキス・コレクティヴと繋がりの深いニック・ハキムやモーガン・ゲリンなどが参加。カッサ・オーヴァーオールの『I Think I’m Good』(2020年)や『Animals』(2023年)のミキシングを担当したダニエル・シュレットが制作に参加したということで、オーソドックな演奏を聴かせる一方で、即興演奏やソウル、ヒップホップ、エレクトロニック・ミュージックなどが融合した新世代ジャズ・ミュージシャンならではの作品だった。

 セカンド・アルバムとなる『Evergreen』は、キーヨン・ハロルド、ジョージア・アン・マルドロウ、ネイト・マーセローなどが参加し、ソランジュ、ホールジー、ビリー・アイリッシュらをプロデュースしてきたティム・アンダーソンとの共同プロデュースにより、デビュー・アルバムからさらにスケール・アップしたものとなっている。ジュリアス・ロドリゲスはピアノ。シンセ、オルガン、ローズ、エレキ・ギター、エレキ・ベース、アコースティック・ギター、クラリネット、ドラムス、パーカッション、ドラム・プログラミングを担当するマルチぶりを見せる。ドラムンベース調のリズム・プロダクションと美しいピアノやサックスのメロディが一体となったコズミック・ジャズの “Around The World”、ジョージア・アン・マルドロウの幻想的な歌声が繊細なピアノ・リフと相まり、途中からダイナミックなドラムが加わって深遠な世界を作り出す “Champion’s Call”。時を経ても色あせることのないエヴァーグリーンな音楽という意味を込めたこのアルバムは、ジャンルの枠や偏見にとらわれることなく、彼自身が内から自然にやりたいと思うサウンドを具現化したものである。


Ibelisse Guardia Ferragutti & Frank Rosaly
Mestizx

International Anthem Recording Company

 イベリッセ・グアルディア・フェハグッチはボリヴィア出身でアムステルダムを拠点に活動するシンガー。フランク・ロサリーはシカゴ出身のドラマーで、そんなふたりは結婚し、ともに音楽活動をおこなっている。

 シカゴ、アムステルダム、ボリヴィア、プエルト・リコでレコーディングがおこなわれた『Mestizx』は、ふたりのほかにベン・ラマー・ゲイ、ダニエル・ヴィジャレアルといったシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉周辺のミュージシャンも参加する。そのダニエル・ヴィジャレアルの『Panamá 77』(2022年)や『Lados B』(2023年)同様に、フランク・ロサリーの作り出すリズムはパーカッシヴでラテンやアフリカの原初的な音楽を想起させる。そうしたサウンドとイベリッセ・グアルディア・フェハグッチのエキゾティックで飾り気のないヴォイスが一体となり、独特のミステリアスな世界を作り出す。“DESTEJER” はキューバの宗教儀式の音楽であるサンテリアを想起させ、イベイーなどに繋がる楽曲。“TURBULÊNCIA” はハモンド・オルガンを交えてクルアンビンのようなサイケ・ムードを出していく。“DESCEND” はシカゴらしい即興ジャズと実験的な音響、魔女のようなポエトリー・リーディングが融合する。

Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

COLUMNS