Home > Columns > 11月のジャズ- Jazz in November 2023
先日、ele-king年末号で「2010年代のジャズ」に関するコラムを寄稿し、その中で英国マンチェスターのゴーゴー・ペンギンについて「テクノやドラムンベース的な生演奏を現代ジャズでやってしまう」と解説したのだが、スコットランドのエジンバラを拠点とするヒドゥン・オーケストラもそうしたタイプのアーティストである。
Hidden Orchestra
To Dream Is To Forget
Lone Figures
「アコースティックなスタイルでエレクトロニック・ミュージックを創生する」というコンセプトも両者に共通するものだ。ただし、ゴーゴー・ペンギンがバンドであるのに対し、ヒドゥン・オーケストラはマルチ・ミュージシャンであるジョー・アチソンのソロ・プロジェクトである。形態としてはジェイソン・スウィンスコーのシネマティック・オーケストラに近く、実際の作品制作やライヴにおいては様々なミュージシャンやシンガーが参加しまたフィールド・レコーディングを大幅に取り入れた制作スタイルをとる。ゴーゴー・ペンギンよりも少しキャリアは長く、2010年に〈トゥルー・ソウツ〉からファースト・アルバムをリリースしている。2010年といえば英国リーズのサブモーション・オーケストラもデビュー作をリリースしたが、ドム・ハワード率いるこちらは人力ダブステップ・バンドと形容されたが、ヒドゥン・オーケストラの方はジャズ、エレクトロニック・ミュージック、ポスト・クラシカルなどが結びついた存在と言えるだろう。
最新アルバムの『トゥ・ドリーム・イズ・トゥ・フォゲット』は、前作『ドーン・コーラス』から6年ぶりのスタジオ・アルバムで、これまで作品を発表してきた〈トゥルー・ソウツ〉から離れ、アチソン自身が設立した新レーベルの〈ローン・フィギュアズ〉からのリリースとなる。基本的にはこれまでの路線を踏襲するものの、以前に比べてフィールド・レコーディングスは少なくし、音楽的なテーマやアイデアをより直接的なアレンジメントに落とし込んでいる。ジェイミー・グラハム(ドラムス)、ティム・レーン(ドラムス)、ポッピー・アクロイド(ヴァイオリン)など、これまで多く共演してきたメンバーに加え、ジャック・マクニール(クラリネット)、レベッカ・ナイト(チェロ)など新たなミュージシャンも迎え、重厚で繊細なオーケストラ・サウンドはより深みを増している。“スキャッター” はヒドゥン・オーケストラお得意のドラムンベースを咀嚼したようなリズム・アプローチで、スロヴァキアの民族楽器であるフヤラが尺八のようにエキゾティックな音色を奏でる。小刻みなドラミングと怪しげなクラリネットがサスペンスフルなムードを駆り立てる “リヴァース・ラーニング” も、現代ジャズとドラムンベースやダブステップの邂逅というヒドゥン・オーケストラを象徴するような世界だ。
Laura Misch
Sample The Sky
One Little Independent / ビッグ・ナッシング
2017年頃から作品をリリースするサウス・ロンドンのサックス奏者のローラ・ミッシュは、トム・ミッシュの姉として既に名前が広まっており、この度デビュー・アルバムの『サンプル・ザ・スカイ』をリリースした。サックスのみならずいろいろな楽器を操るマルチ・ミュージシャンで、作曲からヴォーカルまでこなすシンガー・ソングライターでもある。1年ほど前よりエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーであるウィリアム・アーケインとコラボを重ね、そして完成したのが『サンプル・ザ・スカイ』である。
エレクトロニックなプロダクションであるが、“ハイド・トゥ・シーク” に代表されるように全体のトーンは非常にオーガニックで、それは柔らかでナチュラルな彼女の歌声や風をイメージしたというサックスによる部分が大きい。そして、“リッスン・トゥ・ザ・スカイ” をはじめとした作品では、自然や草木、花などをモチーフにした歌詞、ハープなどの弦楽器やアンビエントなサウンドスケープ、鳥のさえずりなどのフィールド・レコーディングを盛り込み、空を浮遊するような感覚に襲われる作品集だ。“シティ・ラングス” のようにフォークトロニカ的な作品もあり、ギターと歌とサックスが織りなす優しい世界は非常に魅力的だ。
Astrid Engberg
Trust
Creak Inc. / Pヴァイン
アストリッド・エングベリはデンマークのコペンハーゲンを拠点とするシンガー・ソングライター/プロデューサー/DJで、2020年にファースト・アルバム『タルパ』を発表した。デンマークをはじめとした北欧ジャズ界の精鋭が多く参加したこのアルバムは、現代ジャズにエレクトロニック・ミュージックのプロダクションを持ち込み、伝統的なジャズ・ヴォーカルやクラシックの声楽とネオ・ソウルやR&B的なヴォーカル・スタイルを邂逅させ、デンマーク・ミュージック・アワード・ジャズの年間最優秀ヴォーカル作品賞を受賞するなど高い評価を得た。そうして一躍期待のミュージシャンとなったアストリッドの3年ぶりのニュー・アルバムが『トラスト』である。『タルパ』から『トラスト』にかけての間、アストリッドは母となって長男を出産し、『トラスト』のジャケットでは赤ん坊を抱く彼女の写真が用いられている。子育ての中で『トラスト』は制作されたそうで、そうした子どもの存在や母としての自覚が信頼というアルバム・タイトルに繋がっている。
『トラスト』はトビアス・ヴィクルンド(トランペット)、スヴェン・メイニルド(サックス、クラリネット、フルート)など前作からのメンバーに加え、アメリカからミゲル・アットウッド・ファーガソンが参加する。ミゲル・アットウッド・ファーガソンが2009年にJ・ディラのトリビュートとして作った『スイート・フォー・マ・デュークス』を聴いて以来、アストリッドは彼の生み出すストリングスのファンとなり、切望してきた共演が本作で叶ったのである。その共演作である “スピリッツ・ケイム・トールド・ミー” は、ストリングスやフルートがアラビックで神秘的なフレーズを奏で、アストリッドの歌がスピリチュアルなムードを高めていく。
Kiefer
It's Ok, B U
Stones Throw
2021年の『ホエン・ゼアーズ・ラヴ・アラウンド』から2年ぶりの新作『イッツ・OK、B・U』をリリースしたキーファー。『ホエン・ゼアーズ・ラヴ・アラウンド』はDJハリソン、カルロス・ニーニョなど多くのゲスト・ミュージシャンが参加し、初期のジャジーなヒップホップ・サウンドから、より複雑で熟成されたサウンド・アンサンブルへ進化を遂げていった。そうした中でキーファーもビートメイカー的なピアニストからトータルなサウンド・プロデューサーへとさらにスキル・アップしていったわけだが、『イッツ・OK、B・U』はゲストも最小限にとどめてほぼ独りで作っており、『ホエン・ゼアーズ・ラヴ・アラウンド』以前の作風に帰ったものと言える。そして、改めてビートメイクとピアノをはじめとしたキーボードのコンビネーションに注力している。
ヘヴィなビートに引っ張られる “マイ・ディスオーダー” はキーファーのビートメイカーならではのセンスが表われた作品で、“ドリーマー” やタイトル曲でのタイトなビートとメロウなピアノのコンビネーションは彼の真骨頂である。ジャジーなヒップホップだけでなく、“ドゥームド” のようなエレクトロとニューウェイヴの中間のようなビートもあり、ビートメイカーとしてもさらに幅が広がった印象だ。また、アンビエントな “フォゲッティング・U』は、キーファーの新しい一面を見せるに十分な楽曲である。そして、『ホエン・ゼアーズ・ラヴ・アラウンド』での体験がピアニストとしてのキーファーのキャリアも高めたようで、より繊細で複雑な表現力を持つピアニストとなっていることが、“ヒップス” や “ヘッド・トリップ” などを聴くとわかるだろう。