Home > Reviews > Album Reviews > DJ Harrison- Tales From The Old Dominion
ヴァージニア州リッチモンド出身のジャズ・ファンク・バンドのブッチャー・ブラウンは、2014年のアルバム・デビュー以来着実にキャリアを積み上げ、2020年には〈ユニヴァーサル〉傘下のジャズの名門〈コンコード〉から『#KingButch』をリリースするに至った。ザ・ルーツのようなヒップホップ・バンド的な要素とメデスキ、マーティン・アンド・ウッドのようなジャム・バンド的な要素を併せ持ち、さらにガレージ・パンクとジャズ・ファンクをミックスさせた上で、ロバート・グラスパー、クリス・デイヴ、テラス・マーティン、サンダーキャットのような新世代ジャズを通過したバンドと言える彼らは、ニコラス・ペイトン、クリスチャン・スコット、カマシ・ワシントンなどとのツアーやレコーディングでセッション・バンドとしての技術も高く評価される。マルチ・インストゥルメンタリストでプロデューサーのDJハリソン、ベーシストのアンドリュー・ランダッツォ、ギタリストのモーガン・バーズ、ドラマーのコリー・フォンヴィル、サックス&トランペット奏者のマーカス・テンニーの5人組で、メンバーのソロ活動やほかのミュージシャンとのセッションもいろいろとおこなっており、スピンオフ的なグループのマーカス・テンニー・トリオ(テンニー、ランダッツォ、DJハリソンのトリオ)もある。
そんなブッチャー・ブラウンのリーダー的存在のDJハリソンがソロ・アルバムをリリースした。彼の本名はデヴォン・ハリソンで、2013年の『モノトーンズ』以来これまでにいくつかアルバムやミックステープをリリースしてきている。またブッチャー・ブラウンやマーカス・テンニー・トリオ以外にも、ライブラリー・ミュージックに特化したザ・スペースボム・ハウス・バンド、コリー・フォンヴィルとのドラムズ・ヴァーサス・ローズ・デュオやペイス・カデッツ、サンズ・オブ・フォードと多数のプロジェクトを抱えて精力的に活動している。2017年の『ヘイジー・ムーズ』は〈ストーンズ・スロー〉と契約してリリースしており、今回の新作『テールズ・フロム・ジ・オールド・ドミニオン』も〈ストーンズ・スロー〉からとなる。
彼の父親はラジオDJで、そんな父親の影響でさまざまな音楽を聴いて育った。また幼い頃のヴァイオリンのレッスンにはじまり、高校時代のドラム・レッスン、大学でのジャズの専門教育とさまざまな演奏技術や理論もマスターし、独学でもほかの楽器演奏の習得やプログラミングやサンプリングなどDJスキルも身に着けた彼は、ザ・ルーツのクエストラヴはじめマッドリブ、クリス・デイヴ、テラス・マーティンのように演奏家とプロデューサー/トラックメイカーを兼任するアーティストだ。ジャズやジャズ・ファンクを軸にヒップホップやダウンテンポ、ビート・ミュージックなどからアフリカ音楽と多彩な要素が交ざった『ヘイジー・ムーズ』は、どちらかと言えばトラックメイカーとしてのDJハリソンを表現したものだった。そして、ラジオ・ショーを意識した作りはラジオ育ちの彼らしいものだ。
自宅のベッドルーム・スタジオでひとりで作った『ヘイジー・ムーズ』に対し、『テールズ・フロム・ジ・オールド・ドミニオン』は基本ひとりでやりつつも、スティミュレーター・ジョーンズ、ナイジェル・ホール、ピンク・シーフ、ビリー・マーキュリーなどゲストとのコラボを交えたものとなっている。
1980年代的なエレクトリック・ブギーの “ビー・ベター”、口笛とギターとブラジル音楽的なアプローチが印象的な “バック・イン・ザ・ハウス”、スローモーなメロウ・グルーヴの “シティ・ライツ” と多彩な音楽が並ぶ。アンビエントとも前衛音楽ともつかない幻想的な “ヘル・オン・アース” の直後に、スティミュレーター・ジョーンズをフィーチャーしたコズミックなジャズ・ファンク・ディスコ “2021ディスコ” が続く構成など、やはり本作もラジオ・ショー的な作品となっている。ナイジェル・ホールが歌う “コフィー” は、ロイ・エアーズのブラック・プロイテーション映画のサントラでレア・グルーヴ・クラシックとして有名な楽曲のカヴァーだが、余韻を残しつつ1分程度で終わってしまうところもラジオ・ショーならではだろう。
Jディラ的なビートの “ファーロウ” や “RVAフォリーズ”、ピンク・シーフをフィーチャーした “コスモス” などヒップホップとの繋がりの深さを見せる点もDJハリソンの特徴だ。一方で “カワイ・ヴォヤージ” はカワイの電子ピアノの演奏に口笛を絡めたドリーミーなナンバーで、クインシー・ジョーンズがトゥーツ・シールマンをフィーチャーした “ヴェラス”(イヴァン・リンス作曲)を彷彿とさせる。そして、ディーン・ブラントを思わせるローファイで実験的な “ビー・フリー” と、その多彩さゆえに掴みどころがない印象を与えるが、裏を返せばDJハリソンが無限の可能性、自由な音楽性を持っていることの証でもある。
小川充